ぐだ男と野獣のクッキーkiss 作:野鳥先輩
諸々の経緯を簡潔にまとめるとこうだ。俺の精神は監獄塔シャトー・ディフとやらに囚われ、現地で知り合ったアヴェンジャーと行動を共にしている。脱出する為には七つの『裁きの間』を越えねばならないらしい。
途中アヴェンジャーというクラスに言及されたが、ひでというエクストラ中のエクストラを知っていた俺からすれば、目の前の男に変なイメージが付かぬよう必死に自制するのが精一杯であった。
「さぁ、第一の間だ。お前が七つの夜を生き抜くための第一の劇場だ」
アヴェンジャーが笑みを浮かべ、門を開けた――
ビンビンビンビンビン
チクッ
あああああああああ!!!
アーイク チーン
嫉妬には気を付けよう!
テーレテレーテレテレー
「支配者、自壊しやがりましたが」
アヴェンジャーは愕然としている。部屋で繰り広げられた光景はどうも彼の筋書、思惑とは違ったもののようだ。それはともかくとして、流石にこれは説明不可欠だろう。
男優に、その男優の顔を嵌められたスズメバチが音を立てて近づいていく。その後乳首を一突き、男優は声をあげて悶え苦しみ、やがて全身が青く染まり、傾いて死ぬ。その後突然鳴り出した軽妙な音楽に合わせて、先の男優が3体現れる。その背後に、『嫉妬には気を付けよう!』と一文を浮かべながら。
「――ゆうさく?」
随分マイナーなホモビ男優だ。「乳首感じるんでしたよね?」という台詞があるくらいしか知らないが、この寸劇は一体なんだ。今までの淫夢生において見た事がない。MADかなにかだろうか。それにしては随分短い、ひとくち淫夢程度の時間だが。
「……さぁ、第二の間へ向かうぞ」
「あれは倒さなくていいのか……」
ビンビンビンビンビン
チクッ
あああああああああ!!!
アーイク チーン
色欲には気を付けよう!
テーレテレーテレテレー
ビンビンビンビンビン
チクッ
あああああああああ!!!
アーイク チーン
怠惰には気を付けよう!
テーレテレーテレテレー
メルセデスという女性を救出した以外は、そんな裁きの繰り返し。アヴェンジャーの言葉を借りるならばオートメーションか。本当に単調に、順当に裁きの間をクリアしていく。最初は不機嫌だったアヴェンジャーも、やがて何の感情も表に出さなくなっていた。
そんなこんなで今は、第四の裁きの間を控えて――
「あ、ジャンヌさんご無沙汰じゃないですか」
オレルアンで会って以来一度も遭遇することが無かった、聖女ジャンヌダルク。召喚システムが正常であれば彼女がカルデアにいた未来もあっただろうが、今はその兆候すら見えない状態だ。ともあれ対面するのは凄く久々な気がする。
「そういった反応を返されるとは思いませんでした……あの、貴方に聞かせたい話があります。一人の男の物語です」
「も、もしかしてジャンヌ……」
一人の男の物語と、ジャンヌは語った。今この場において、喉から手が出るほど欲しい答えがある。このシャトー・ディフに来て、最もわからない事が。
「――ゆうさくのあの寸劇を知ってるのか!?」
ジャンヌは一瞬面くらった様子だったが、俺の言葉の意味を飲み込んだのか顔を赤らめてしまう。
「……し、知りません! 貴方が知らないホ……ホモビ男優なんて、私が知ってる訳ないじゃないですか!」
「それもそうだ。大デュマのモンテ・クリスト伯は分かったんだけどさ、あっちは皆目見当もつかなくて」
「そう。私が話しに来たのはあのアヴェンジャーの事で……えっ!?」
どうもジャンヌは本当に、モンテ・クリスト伯について話しに来たようだ。言葉に詰まった彼女の輪郭が、どんどん薄れていく。
「あ、待って! どうかいかないで! 乳首感じるんでしたよね!?」
「……随分楽しい夢だったようだな?」
……アヴェンジャーに思い切り釘を刺され、メルセデスにはゴミを見る目で見つめられながら、第四の裁きの間へと向かう。アヴェンジャーは、今日はいつもにもまして不機嫌だ。今度こそ、今度こそ真っ当な英霊でありますように……待て。ゆうさくの方が戦闘も起こらず楽に突破できるのではなかろうか。あぁ神様、どうか次の試練もゆうさくでありますように――
「アヴェンジャー。私は、あなたを止めるために此処へと至った」
「……やっちゃえアヴェンジャー」
「女ァ! 殺すッ!!」
……神はものの見事に期待を裏切ってくれる。ジャンヌダルクの登場に、アヴェンジャーはマジギレ。怒涛の勢いとクラス相性、スキル相性で人間要塞ルーラーを削り飛ばしてしまった。
結論。困ったときの神頼みには気を付けよう!
「さっきはすみませんでした。議論しましょう議論」
「……」
夢の中に再び現れたジャンヌに平謝り。流石にやっちゃえアヴェンジャーは酷かった。
「……その。ゆうさくの寸劇とやらについてですね。一つ推測があるのです」
「ん?」
「その……真夏の夜の淫夢の、男優というのはかくあれと願う人々の思念の影響を強く受けている現代の英霊、なのですよね?」
オルレアンの時に、そんな事を語ったような語っていないような。ただあの時は「聖女にさ、ホモビの話題振ったらどうなる? 魔女の誕生ですかな?」などとぬかしたシェイクスピア(淫夢)に唆されて、話半分に語ったような気がする。彼女がここまで真摯に覚えていてくれたとは、罪悪感を抉られるようだ。
「そして今回……カルデアにおけるサーヴァントというのは、並行世界の方もいらっしゃると」
「そんな話もあるらしいね」
歴史のIF、というかバリエーション違いだ。当カルデアでは一向に観測出来ていないが。しかし並行世界の英霊としても疑問が残る。あんな一門のマイナー男優が、2013,14,15年辺りで流行る道理があるだろうか。まだまだ野獣で遊べるだろうに、他の男優に人が流れるだろうか。
「――まさか」
「その、ゆうさくというのは『人理焼却が起こらなかった平穏な2016年においてブームが来た男優さん』、なのではないでしょうか。あくまで、推論に過ぎませんが」
ジャンヌがおっ立てたあまりにも唐突な、今後の流行に対するネタバレ。つまりあの寸劇も、人理焼却さえなければニコ動で出会えたはずなのだ。命の駆け引きだのとは無縁の、ぐーたらな日常の中で。
「絶対に許さねぇぞ、魔術王!」
「夢見が良いなマスター。結構な事だ、いくぞ」
ビンビンビンビンビン
チクッ
あああああああああ!!!
アーイク チーン
暴食には気を付けよう!
テーレテレーテレテレー
第5の裁きも以前と同じ、ゆうさくが現れてスズメバチにすぐに刺されて自壊するパターン。これはもう第7の裁きまで、戦闘無しで一気に突破できるのではなかろうか。そんな甘い事を考えつつ第6の裁きの間へと至り――考えを改めた。
「――乳首感じるんでしたよね?」
これまで何の抵抗もなく自壊していた、野獣系王道の好青年は裁きの間の中央に仁王立ちし、はにかみながらこちらを見据える。両手にはそれぞれ鋏の片刃を握り、さながら二刀流の剣士の様だ。
「……予定とは違ったが。あれは亡者だ、貴様を貪り喰らう事しか考えぬ、罪の権化だ。殺せ、躊躇なく」
「力を貸してくれ、アヴェンジャー」
ゆうさくとアヴェンジャーが地を蹴ったのは、ほぼ同時だった。繰り広げられるのは目にも止まらぬ高速戦闘。アヴェンジャーが拳を放てばゆうさくは鋏刃を合わせ、アヴェンジャーが恩讐の炎を放てばゆうさくが回避する。
「お前のデカマラ……突っ込んでくれよ!」
「……フン」
ゆうさくの挑発を受け流すアヴェンジャー。一進一退のまま進んでいたが――戦闘中に耳障りな音が幾重にもこだました、そのタイミングでアヴェンジャーの動きに変化が表れる。攻撃の兆候もない自身の周囲に黒炎を展開し、注意力が散漫となっているのか、明らかに攻め手が緩くなっている。互角だった戦況ははじりじりとゆうさくへと傾きつつあった。
―ビンビンビンビンビン……―
ゆうさくの声を切り取って無理矢理作成したような音声、ここへ至るまでの間、散々聞いて来たあの音。
「……羽音、ハチか!」
ハチを何らかの方法で使役、展開して攻撃に用い、アヴェンジャーの攻勢を押しとどめているという事か。アヴェンジャーが周囲に展開する炎はハチに対応するもの、注意が散漫なのも言うに及ばず。しかしこの展開は、不味い。ゆうさくとアヴェンジャーは切り結んでこそいるものの、じりじりと追い詰められているのに変わりはない。ハチの弾数が尽きる予兆すら存在しない。
この状況でマスターたる俺に期待されているのは、一発逆転の策。待て、しかして希望せよ。これまで拾い上げた"ゆうさく"を練り上げ――閃いた。
「――アヴェンジャー! ハチを、ハチをゆうさくに誘導しろ!」
その言葉が聞こえたのかどうかは定かでないが、アヴェンジャーの高速移動の軌道が変わったのは見て取れた。あまり分の良い賭けで無い事は百も承知だが――
チクッ
あああああああああ!!!
アーイク チーン
ゆうさくの最後は恐ろしく呆気ないものであった。自らが使役したハチに刺されたかと思うと、悶え苦しみ始め、やがて引っくり返って死んでしまう。第6の裁きの間、強敵だったが、なんとか攻略できた。いやぁ、アイルランドの民並に弱点もろ出しで助かった。
……それと同時に視界が暗がりに呑まれていく。これは夢から覚め、束の間、現実世界の様子を見る事が出来る兆候だ。頼むから第7の裁きの間は気楽なものであるように祈って。
「乳首感じるんでしたよね」
「……先輩っ!?」
偶然俺の顔を覗き込んでいたマシュに堂々とセクハラをかましてしまった。……天丼には気を付けよう!