魔王を倒すために、勇者は旅をする。仲間と共に、様々な地を巡り歩く。特別な力を持ったその人は衆目を集め、憧憬と嫉妬を一身に受けるのだ。そして、魔王とは人間にとっては絶対悪なのだから、それを倒さんとする勇者が歓迎されない訳が無い。
「おお、勇者様だ!勇者様が来たぞ!」
渡り歩く先々で歓待を受ける。小さな村の村長から国王まで、出来うる限りのおもてなし。当然、贅を尽くすだろう。時には街総出のお祭り騒ぎになることもある。
諸国の王も民も、何であれ勇者が街に来るのを待っているのだ。街に活気が溢れれば勿論楽しいし、運よく勇者一行が自分の営む店に入れば、それを謳い文句に宣伝出来る。
「おいミーシャちゃん見てみろ、勇者様が来たぞ!」
「それどころじゃない!」
何にせよ、お祭り騒ぎは良いことだ。良いことなんだけど!
「海サソリのピッツァとフロッグビール、お待たせー!」
「お、キタキタ!」
ノマデ・アーラ大衆食堂は、活気に溢れていた。普段も旅人や街の漁師連中が通う賑やかな場所なのだが、今日はケタが違う。忙しすぎる。
「何時にも増して忙しそうだね、あ、フロッグビール追加ね」
「十割増しでフル稼働中ですとも!フロッグビールねー、ちょっと待ってて」
他の注文を受けつつ厨房に戻ると、既に他の注文が出来上がっていた。
「お父さん人手増やせない!?」
「今からなんて無理だ。そんなことより注文運べ運べ!」
急いで注文を運ぶ。ついでにフロッグビールも渡し、また別の注文を受ける。
「あー、忙しすぎ!」
「おおっ、ミーシャちゃんが弱音を吐いたぞ!」
思わず出てしまった本音に大衆食堂全体が盛り上がる。昼間から酔っ払った男連中は、そんな私に応援と注文を投げかけてゆく。
「頑張れ看板娘!あ、深海ヘビの悪魔風よろしく~!」
「恨むんなら勇者を恨め~!俺はコロコロ鳥のチーズ焼きで!」
うなだれつつも注文を受ける私は、本気で勇者がこの街に来たことを呪い始めていた。
勇者がこの街に来た日の夜、ノマデ・アーラ大衆食堂は閉店時間になってようやく落ち着きを取り戻した。
後片付けをしつつ、晩御飯を作り始める。コロコロ鳥の唐揚げ。メニューにもあるこの料理は、ミーシャの大好物であり得意料理だ。
包丁を振り下ろす軽快なリズムに鼻歌を添え、時折キンキンに冷えたフロッグビールをあおる。どんなに忙しい日でも、この時が来ると思えば頑張れるというものだ。
外はまだお祭り騒ぎ。とはいえ、ノマデ・アーラ大衆食堂はもう閉店。常連のオヤジ共はまた明日、仕事が終われば飲みに来る。気楽なものだ。常連のほとんどは漁師であり、昼頃には仕事が終わる。時たま、旅人が閉店後に訪れることはあるが―――。
カランコロン。来客を告げる音が鳴る。
「まだ開いてますか?」
「すみません、もう閉店なんですよ」
旅の人だろうか、初めて見る風貌だ。フードで顔を隠しているのが怪しいが、こんな時間に来る辺り訳ありだろう。
「それなら都合が良いですね」
青年?はそう言いながら、目深く被っていたフードを外した。
「え、勇者!?」
「あ、はい。勇者です」
結局ミーシャは、自分用に作っていたコロコロ鳥の唐揚げを勇者に差し出した。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
この勇者という男は、どうやら丁寧かつちょっと図々しい性格のようだった。でもまぁ、勇者に手料理を振る舞ったなんて、墓場に入ったって自慢出来るような経験だ。
魔王の手からこの世界を守らんとする守護者。全世界の希望。勇猛果敢でドラゴンにだって怯みはしない、文字通り世界を背負う人間。そんな存在が目の前にいる。
「なんでこんな夜遅くに?」
「人目のあるうちに外食なんてしようものなら、騒ぎになっちゃいますから。先代の頃はこんな感じじゃなかったみたいですけどね」
十中八九アレのせいだろう、新聞だ。ここ最近になって活版印刷と製紙の技術が揃ったのだ。決して安くはないものの、娯楽に飢えていた人々はそれに飛びついた。
「あ、やっぱり勇者って世襲制なんだ?」
「代々伝わる勇者の剣を引けるかどうか、それ次第ですけどね」
まさしく選定の剣ってわけね。円卓の騎士じゃないけど、勇者も仲間を連れているし。
「これ美味しいですね。名産ですか?」
「そ、コロコロ鳥。この地方の名産よ。唐揚げにしても美味しいし、チーズを乗せても美味しい。絶品よ」
勇者は無事、この料理を気に入ってくれたようだ。ちょっと気分が良くなってきた。
「名産といえば、フロッグビールというのが有名だと聞きました」
「この地方にしかないビールよ。飲んでみる?」
「いえ、抜け出してきましたから。飲んだらバレますよ」
遠慮する勇者の前で、これみよがしにフロッグビールをゴクリと飲む。
「一口ぐらいなら、いいんじゃない?」
「・・・・では、一口だけ」
よし。フロッグビールを飲んで一口で終わらせた人なんて見たことはない。勇者と飲み比べというのも面白そうだ。
「ん、美味しいですね」
「でしょ」
「・・・・・」
「(ニヤニヤ)」
「・・・・・ジョッキで」
「まいど~!」
ジョッキになみなみと注いだフロッグビールを差し出す。差し出した途端に、勇者は一口、もう一口と喉を潤す。そして、少し後悔したような表情でもう一口飲んだ。
「あとで絶対怒られますね、これ」
「ここまで飲んだなら、もうどれだけ飲んでも変わらないでしょ?はい、乾杯~!」
勇者と二人、自分が看板娘を務める店で乾杯。すごく気分が良い。
ちょっとしたおつまみも作りつつ、頼まれてもいない解説を始める私。結構酔っているんだと思う。
「フロッグビールっていうのはね、普通のビールより炭酸が強いのが特徴なのよ」
「ゲップがたくさん出るからフロッグなんですね」
そういうこと!ちなみに、私も勇者も既にジョッキ五杯目だ。
「そういえば、このお店の名前ってどういう意味なんですか?」
「ふっふっふ、聞きたい?」
酔っている私に怖いものなどない、六杯目だ。だが、勇者には手渡さない。
「六杯目、お願いします」
「よし。ここはノマデ・アーラ大衆食堂。お父さんが営んでるお店で、私はここの看板娘。確か、おじいちゃんが若かった頃に始めたお店だったかなぁ」
「そんなに昔からあるんですね」
「定住者が少なかった時代、ここは首都に向かう宿場町だったのよ。ちなみにノマデは放浪者、アーラは翼って意味ね。繋げてノマデ・アーラ、放浪者の翼。」
そう、放浪者が羽を休めて、もう一度飛び立ってゆくための場所。それがノマデ・アーラ大衆食堂。
「とはいえ、もう今の時代に放浪者なんてほとんどいない。ウチも、いるのは放浪者じゃなくて常連のオヤジ共だしね」
「いいことじゃないですか」
そりゃそうだけど、なんて言いながら七杯目。最高の気分。
「その常連のオヤジ共、みんな漁師とか狩人でね。獲ってきた獲物をウチとか街の食堂に売り渡してんの。それで得たお金使ってウチで飲み食いしてるんだから」
「すごい循環ですね、それ」
「いや。絶対マイナスよ。たまにオヤジ共の妻が怒鳴り込んできて、無理やり連れて帰ってくんだから」
妻に借りてるのか何なのか、次の日にはまた飲みに来るんだからどうしようもない。毎日のように来ても飽きないのなら、とっても嬉しいことだけど。
「怒鳴り込んでくるのは、怖いですね。自分もそうならないように、そろそろ戻らなくちゃ」
「それ飲み干してからね~。私ももう眠いし、飲み干すまで待ってあげる」
「ん・・・・・あ、さ?」
柔らかな日差しと小鳥のさえずり、お父さんが階段から降りてくる足音で目が覚めた。
「結局寝ちゃったんだ。・・・・・って勇者!お会計は!?」
あ、いや。ちゃんとカウンターの上に置いてあった。私の背中に毛布が掛けられてる辺り、勇者が気遣ってくれたのだろう。中々気の利くヤツだ。
「こんなところで寝てたのか、風邪引くぞ」
「お父さんおはよ。大丈夫よ、毛布かぶってたし」
風邪なんて引いたら、常連のオヤジ共がどれだけ悲しむことか。
「というかお前、どれだけ飲んでんだこれ」
「あははー」
勇者と飲み比べやってました、なんて。とっても良い自慢話なんだけど、今は言う気にはなれなかった。
「とりあえずお風呂入ってくるね」
「あいよ。さっさとその二日酔い頭覚まして来い」
バレてたか。ぶっちゃけ頭痛い。でもまぁ、楽しかったからいいか。
今日もまた、一日が始まる。店が開いて、常連客が食材を納めに来て、そのまま飲み始めて。そうして一日が過ぎてゆく。
でも、それでいい。昨晩みたいなことがあるかもしれないのだから、普段が平凡な方が印象に残る。
「さ、今日も頑張りますか!」
願わくば、今晩も勇者が来ますように。