勇者のあしあと   作:葵木々

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薬屋エリィの道しるべ

 代々、木の根や薬草を練り合わせた薬を売ってきた。魔法が普及する前から続く老舗の薬屋、その当代である私ことエリィは―――今。

重い荷車を押して、野道を歩いている。

「最悪だ、鬱だ、なんでこんなことに・・・・・」

泣き言は日課のようなもの。町はずれの街道に、荷車を停める。手早くヌール皮の屋根を広げ、イルンの木で作られた看板を立てる。今日の売り場はここ、モンスターが多いことで有名なバグの森に続く街道で決まりだ。

 代々薬屋を営む私の家は、魔法に頼らない薬が得意分野。簡便で早く効くという点では魔法には劣るが、効果は抜群に良い。勿論、薬屋の娘たる私も魔法になんて頼らないのだ。  

好奇心で、少しは齧っているけれど。

「吐き気頭痛に二日酔い、血吸い草の毒に擦り傷切り傷。良く効くお薬ありますよー」

定番の謳い文句も慣れたもので、途中で噛んで道行く人に笑われたあの頃が懐かしい。そう、代々続く薬屋は今、路上販売に手を出している。

「というより、それしか出来なくなったんだけどね」

誰に言うでもない独り言。誰か、私の今の境遇を慰めてください。家を失い、細々と借家で暮らす家族のために荷車で薬を売り歩く、この私を。

 

 

 

 今日の売上、今のところゼロ。

「なんで!?」

過去最悪、というか史上最悪かもしれない。まだ昼前とはいえ、お客さんが一人も来ないなんて、もしかして町の方でお祭りやってるせいか?確か―――。

「勇者が来てるんだっけ?」

「あ、はい。なんでしょう」

もし勇者にうちの薬を買って貰えたら、大繁盛したりして。そうしたら、あの家を買い戻せるかもしれない。またあの家に看板を立てられるかもしれない。あわよくば、店舗拡大とか・・・・・・!

 なんて、そんな都合のいい話はないか。地道に売って、歩いて、稼ぐしかない。コツコツと積み重ねるのが、私の―――って勇者来た!?

「えっと、何かご入用です?」

「・・・・・二日酔いに効くお薬ってありますか?」

今日初めてのお客さんは、二日酔いで真っ青な勇者様でした。いやちょっと待て。勇者凄い顔色悪い!

「今すぐ用意しますね!」

「ありがとうございま・・・・・うぷっ」

わー!待って店の前で吐かないで移動するの面倒くさい!というか袋どこ!?あぁもう普段から整理整頓しとけってあれほど言ったでしょ私のバカ!

「―――はい袋っ!」

「ありがとうございます。出来れば後ろでも向いていてください・・・・・っ!」

以下、大変お見苦しい風景につき後ろを向いてお届けします。

町から続くこの街道は、モンスターがうじゃうじゃ生息する森に続いているとは思えないほど綺麗な景色が広がっている。あの森へ向かう冒険者や狩人のおかげで、この店は繁盛している。ここに店を構えているのはそういった理由もあるのだけど、私は純粋にこの街道が好きなのだ。草木は良い香りだし、風は柔らかい。たまーにモンスターの鳴き声が遠くから聞こえるけど、こちらまでは寄ってこない安全地帯だ。少し息を吸い込んでみると、大自然の良い空気―――に混じった吐しゃ物のうぇえええええええ。

「やば、もらいゲロしそう」

しまった、迂闊だった。勇者どんだけ吐いてるんだお前、というか何やったらそうなる?なんか憐れになってきたし、背中ぐらい擦ってあげようかな。

 用意した二日酔いに効く薬と水を持って、道端で震えたままの勇者に近づく。

「大丈夫ですかー?はい、水とお薬ね」

「どうも・・・・・おえっ!」

「わー!?待って袋もうちょっと持ってくるから耐えて!」

 

 

 

とりあえず正座。

「つまり、宿を抜け出して朝まで飲んだ挙句、酒臭いとパーティメンバーから追い出されたと」

「はい。仰る通りです」

「ダメ人間じゃない」

私の中での勇者の地位は、既に地に落ちていた。営業口調すら抜け落ちて、呆れ果てたと深いため息を吐いた。

よもや私の人生の中で、勇者を正座させる日が来ようとは思ってもみなかった。だって勇者よ?ドラゴンだって倒してしまうような人よ?それがこんな―――。

「まさか、かの勇者が飲んだくれだったとは」

「たまには羽ぐらい伸ばしたいですよ」

・・・・・まぁ、どこへ行っても人気者で、周りは騒がしくて、ちやほやされる環境なんて窮屈なのかもしれない。そこらへんは同情出来るかも。

「なんで、勇者になったの?」

何の気なしに聞いてみる。私は薬屋の娘で、店を継ぐ以外の道は無かった。別に嫌ではなかったし毎日楽しんで過ごしているけど、それでも、他の道を歩んでいたらなんて考えに耽ることがある。

「条件付きとはいえ世襲制ですからね。そうなるために生まれてきた、と言うべきですよ。あなたはどうですか?」

「それはもう、数え切れないほどに。一番なってみたいのは花屋さんだったけど・・・・・」

 幼い頃に憧れた、家の目の前の花屋―――に住んでる幼馴染。思えばあれが初恋で、未だに抱え続けている。昔はよく、幼馴染と結婚して花屋と薬屋を掛け持ちするんだ!なんて想像してた。

「やらないんですか?」

「今は、家族を養うだけで精一杯よ。お父さんもお母さんも、私もこうやって働いてる。これでも代々続く老舗の薬屋だったのよ?」

この看板を下ろすわけにはいかない。もはや意地だ。他の事なんて、やっている暇はない。

「なら、花屋と薬屋を一緒にやったらどうです?」

「そんな余裕があったら、もうちょっと楽してるって―――」

いや、ちょっと待って。うちの薬は基本的に自然由来だし、薬は何も人間だけに効くようなものじゃない。花に効く薬だって出来るかもしれない。

「お花用の薬・・・・・」

「面白そうですね、それ」

こうなると、考えは止まらない。次々にアイデアが出てくる。勇者ってば、ちょっと見直したかも。

「ありがと、勇者」

「こちらこそ。おかげで大分良くなってきました」

それは良かった。一番強いヤツ渡したんだから、効いてくれないと困る。代金は割安にして、大々的にうちの店を宣伝してもらおうかな。

「そうだ勇者、お会計」

「・・・・・あれ?」

ポケットをまさぐる勇者―――おまえ。まさか!

「文無しか」

「追い出された時、鞄も置いたままだったんですよね」

ほー。勇者の分際で良い度胸してるじゃない。とはいえ、アイデア料ぐらいは考えてあげてもいいだろう。

「しょうがないわね。今回は特別にタダにしてあげる。ただし、うちの宣伝をすること!」

「分かりました。ありがとうございます」

深々と頭を下げる勇者。は、見下げ果てたわ。

「じゃあ、試供品とか貰えないですか?」

「なっ!?」

コイツ、この期に及んで・・・・・!いや、いくら勇者といえど実物が無ければどうしようもないか。ちっ、仕方ないな。

「持ってけ泥棒!」

「はい、ちゃんと宣伝しますとも―――あ、そうだ」

まだ何か貰おうとする気かと警戒する私を尻目に、勇者はポケットから何かを取り出した。

「なにそれ」

「ちょっと失礼しますね」

そう言って、私の首の後ろに手を回す。

「えっなになに!?」

待って近い近い近い!あと少しで鼻同士がぶつかるってば!なにやってんの!?

こんな至近距離で見ると、改めて勇者の整った顔立ちに驚かされる。なんか、瞳に吸い込まれそうな感じ。心臓の音がいつもより大きくなって、顔も赤くなってる気がする。

「はい、どうぞ」

勇者が離れると、私の首元にはアイスラー鉱石のネックレスが掛けられていた。澄んだ青色を銀細工が飾っていて、なんというか―――私好みだ。

「え、いいの?」

「代金代わりになるか分かりませんが、前に立ち寄った街で買ったものです」

わあ、これは素直にうれしい。勇者め、こんなところで好感度上げに来なくてもいいのに。プレゼントで釣られるなんて単純すぎるけど、今は良い。頬が緩む。

「それでは、ありがとうございました」

勇者は、フードを目深に被って町へと向かってゆく。私はネックレスを握りしめたまま、姿が見えなくなるまで町の方を見続けていた。

―――いつか勇者が私の店に来た時、薬と一緒に花も渡せるように。

「よし、頑張るか!」

 

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