久々のUPですが、年末に向け忙しくなりペースは上がらないかもです(汗
いよいよ六階層の闘技場に向かう段になり、不可知のスキルや魔法を重ね掛けして、モモンガにも知覚出来なくなったピメントに〈伝言〉を繋ぐ。
『では指輪を使いましょう。行き先は六階層の闘技場で』
『了解』
モモンガは返事を聞くと大きく息を吐いてギルドの指輪を使う。
視界が一瞬で闇に閉ざされ、闇が晴れた先の光景は円卓から薄暗い通路へと変わっていた。
『……成功だ。ピメントさん、来てますか?』
同じく転移したはずの、姿の見えない友人に〈伝言〉で確認する。
『すぐ後ろにいますよ。ここも久しぶりですね』
『私もです。侵入者なんて大侵攻以来ほとんどいませんでしたから。――行きましょう』
少し昔を思い出したモモンガだが、今はそんな時ではないと歩きだした。
歩を進める二人にあわせ、廊下を塞ぐ格子戸が自動的に持ち上がり闘技場へと足を踏み入れる。
地下であるにも拘わらず夜空が広がる六階層の空を眺め、ゲームの時と変わらぬ光景に心を軽くするモモンガだったが、ふと視線を感じた瞬間――
「とあ!」
遠くから掛け声が聞こえて、声のした方へ顔を向ける。その先では生身の人間が飛び下りたら死ぬだろう高さから、軽やかに飛び下り着地する子供の姿があった。
「ぶぃ!」
『おー、あれは……アウラか。懐かしいな』
『ですね。気配の察知に長けてますから気をつけてください。土埃とかも立てないように注意を』
『リアルになるとその辺にも注意しなきゃか、了解です』
二人がやり取りしてる短い間に、もの凄い速さで走り寄ってきたアウラが、モモンガへ挨拶をする。
「いらっしゃいませ、モモンガ様。あたしの守護階層までようこそ!」
制作者の趣味で男装はしているが少女である闇妖精のアウラは、六階層の防衛を担当するNPCでLv100の魔獣使い兼レンジャーだ。
個の戦闘力こそ守護者の中では低いが、操る大量のモンスターまでもが敵対するとなれば厄介な相手。しかし、敵を識別する〈敵感知〉には反応は無く、モモンガは安堵する。
「……ああ、少しばかり場所を借りるぞ」
「何を言うんですかー、借りるだなんて。私たち階層守護者は至高の御方々より、階層を守護するように申しつかり預かっているだけですよ? ナザリックの全ては至高の御方々のものです。どこでもいつでもご自由にお使いください」
「そうか……? そうだな。ならば、任務ご苦労」
モモンガは、小さな部下を労うと頭を撫でる。
「えへへ」
モモンガの手の感触を堪能するように、笑顔で目を閉じ頭を少し前に傾けて撫でられるままにするアウラ。
『……アウラかわええ。……忠誠心に問題なさそうですね。モモンガさん、代われ』
『はやっ!? 落ち着けっ! まったく、ペロロンチーノとは違う方向で少女に対してダメ過ぎでしょう…… 他の守護者の反応を見るまで我慢してください』
『チッ……分かりました』
『〈伝言〉で舌打ちしないでくださいよ。しかし、マーレが居ませんね』
『あっちあっち。……アウラが飛び下りた貴賓席のとこ』
アウラと双子として創造され、同じく六階層の守護者として置かれたはずのマーレの姿が見えない事を訝しんだモモンガに、ピメントは指差して答えるが姿が見えないのを思い出し、口頭で説明する。
言われた場所を見ると、確かに貴賓席の暗闇からこちらを伺う気配がした。
アウラの頭を撫でていた手を下ろしたモモンガは、マーレが何をしているのか問うつもりでマーレの姉であるアウラに聞いた。
「アウラよ。マーレは何をしているのだ?」
モモンガの質問を、マーレがここに居ない事への叱責と受け取ったアウラの背筋が跳ねるように伸びる。
「は、はい! 申し訳ありません、モモンガ様! すぐに連れてきます!」
「あ、いや――」
「マーレ!! モモンガ様が来てるのにお待たせするなんて失礼でしょ! あたしが蹴り落としてあげる!」
モモンガ達に駆け寄った時も速かったが、それとは比較にならない程の速度で貴賓席の下まで即座に走り着いたアウラは、そのままの勢いで飛び上がると壁を蹴り、僅か数歩で地面から数十メートルもの高さにある貴賓席に飛び込んだ。
途端に、貴賓席から離れたモモンガ達にまで聞こえる怒声が響く。
「マーレ! そこに立ちなさい!」
「え、えぇ!? 自分で降りるから待っ――」
「問答無用! てりゃあ!!」
「きゃいん!?」
短いやり取りがあった後に、威勢のいいアウラの掛け声が聞こえ、可愛らしい悲鳴と共に貴賓席から少女の姿をした闇妖精が飛び出してきた。
『まんまペロチとぶくぶく茶釜さんだなぁ』
のんびりとした〈伝言〉とは対照的に慌てたのが己の発言でこの状況を作ったモモンガである。
『呑気に言ってる場合ですか! あれじゃ頭から落ちますよ!』
『マーレは強いから大丈夫でしょ。ほら、スカートを押さえる余裕があります』
マーレを受け止めようと、魔法の〈飛行〉を使おうとしたモモンガをピメントが抑えた。
ピメントの言う通り、空中に放り出されたマーレは、スカートの前後を両手で押さえながらも、器用に姿勢を直し足から着地して――ぺたりと尻餅をつく。
「け、蹴るなんてひどいよぉ……お姉ちゃん…… こ、怖かったぁ」
無事に着地し、己を蹴飛ばした姉に弱々しい抗議をするのは、これも制作者の趣味で少女の衣装を着る闇妖精の“少年”であるマーレ。所謂、男の娘だ。
気弱そうな態度や外見とは裏腹に、守護者の中でも第二位の強さを誇り、特に地形すら操る広範囲殲滅魔法での対集団戦では最強である。
「マーレぇ? いつまで座ってる気?」
そんなマーレの後ろに、貴賓席から飛び下り音もなく着地した姉であるアウラが眉間をピキピキと痙攣させ睨む。
「お、おねえ――」
「早く立ってモモンガ様の下まで走る!」
「は、は、ははい!」
姉に急かされながらも、スカートを押さえ翻らないように走っているマーレは、アウラよりは遅いがそれでも見た目にそぐわない速さでモモンガの下へ駆けてくる。
『ね。無事だったでしょ』
『無事でしたけど、アウラとマーレの対応が違いませんか?』
『男の子は厳しく育てる。が家訓なので』
『いつの時代の話ですか…… まぁ、暴走しないのは楽でいいですが』
兄馬鹿な友人は、シスコンであってもブラコンでは無かったらしい。
新しくどうでもいい発見をしたモモンガだったが、駆け寄る双子に意識を向ける為に余計な情報を頭の片隅に追いやった。
「お、お待たせしました、モモンガ様……」
「不出来な弟がお待たせして申し訳ありません、モモンガ様。でも、この子はちょっと臆病であそこから飛び下りれなかっただけなんです。わざとお待たせした訳じゃないんです」
先程まで弟を怒鳴り付けていたアウラが、その弟の為にモモンガの前で頭を下げる姿は正に姉であった。
『ああ……ペロロンチーノがしでかして、変わりに謝る茶釜さんにそっくりだな』
『……ですね。ぶくぶく茶釜さんも、なんだかんだでペロチを見捨てる事はしませんでしたから。……モモンガさん?』
『分かってますよ』
ペロロンチーノが下ネタ等で暴走した際には厳しい姉であったぶくぶく茶釜だが、戦闘時に弟のミスでピンチになった場合には代わりに謝る良い姉であった。ペロロンチーノには姉から罰が下ってはいたが。
「頭を上げよ。アウラよ、マーレを責めてはいない。私はお前たちの忠義を疑ったことは一度たりとも無いぞ」
モモンガから頭を上げるように言われ、顔をみせた二人の表情が見るからにほっとしたものへ変わる。
「マーレの行動も茶釜さんがそうあれと決めたもの。ならば私は全てを受け入れよう」
「「モ、モモンガ様ぁ……」」『モモンガさまぁ』
「それよりも、二人とも元気そうでなによりだ」『黙れ、ピメント』
双子には気遣いの言葉を口にしつつ、茶化してきたピメントには〈伝言〉で突っ込みを入れる器用なモモンガ。ピメントには少々乱暴になったが気にしない。
モモンガはその後、アウラに協力してもらい同士討ちやモモンガの所持する特殊能力の確認。それから、ピメント相手に〈火球〉を一度使っただけだった魔法の効果や範囲を確認した。
様々な確認をしながら、闇妖精の双子の様子も探っていたが、問題はなさそうであった。
ついでとばかりに、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも試す為に、スタッフから〈根源の火精霊〉を呼び出した。
召喚の余波で起きた熱波を受け、その発生源を見たアウラが感嘆の声を漏らしたのを聞いたモモンガは、アウラに戦ってみるか尋ねる。
その提案に一瞬ほうけたアウラだったが、すぐに無邪気で歪んだ笑顔になると、嫌がるマーレを精霊の前に引きずって行った。
『詳しい設定は覚えてないですが、アウラはあんな好戦的な設定でしたかね?』
戦うのを嫌がっていたマーレだったが、双子の為せる連携で姉を補佐し、それを受け生き生きと戦うアウラの姿を見たモモンガが疑問に思う。
モモンガと違い炎への対策をしていないピメントは、姿が見えないのをいいことにシャツの前をがっつり開き、滴る汗を拭いながら疑問に答える。
『あちぃ…… 好戦的と言うか、暇だったからじゃないですかね。アウラとは違いますが、普段は大人しいやまいこさんも、ストレス溜まるとピンボールみたいに雑魚を殴り飛ばしてましたし』
かつてのギルドメンバーであるやまいこは、ギルドに三人しかいない女性メンバーで、リアルではアーコロジー内で小学校の教諭をしている。職場で生意気な富裕層の子供を相手にストレスを溜めては、ユグドラシルでストレス発散をしていたのを他のギルドメンバーは知っていた。
『確かにやまいこさんは自己主張はしなかったですが、元々殴った方が早いって脳筋だった気が…… おお、もうアウラたちが倒しますね』
『ゲーム以上に縦横無尽ですね。アウラの鞭の動きとかゲームじゃ処理出来ないですよ』
『細かい所を見てますね。もっとゲームとは違う実戦……もしかして、アウラしか見てなかった――』
『ほら! アウラたちが来ますよ! 褒めてあげて!』
追求を避けたピメントのあからさまな態度に苦笑するモモンガだったが、双子の前では威厳のある態度を示すために気持ちを切り替える
「んんっ!――見事。二人とも、素晴らしかったぞ」
至高の御方からの称賛に、幼い双子は嬉しそうな笑みを向ける。
「ありがとうございました、モモンガ様。こんなに運動したのは久しぶりです!」
戦い自体は楽勝と言えたが、火精霊を相手にしていた二人は熱に当てられ汗だくで、汗は拭う先から吹き出してくる。
それに気付いたモモンガは、魔法アイテムの無限の水差しを取り出して水をグラスに注ぎ、双子に差し出す。
「アウラ、マーレ。飲みなさい」
ナザリックの頂点であるモモンガから直接の施しに、最初は遠慮していた双子だがモモンガの「日頃の感謝の表れ」との言葉で恐る恐るであるが嬉しそうにグラスを受け取ると、グラスに満たされた水を飲み干した。
『ピメントは喉が渇きましたよ。モモンガさん』
「……もう一杯いるか?」
モモンガは無限の水差しを持ち上げ、飲み干した双子に尋ねる。
『スルー!?』
「えっとー。うん! もう満足です!」
「そうか。ではマーレはどうだ? いらないか?」
「えっ! え、えっと、ボ、ボクも大丈夫です。も、もう喉が潤いましたから」
モモンガは頷くと、双子からグラスを受け取り、アイテムボックスの中に無限の水差しと共に仕舞い込む。
『水が……』
その光景を見たピメントから呟きが漏れるが、アウラがボソリと呟いた為にまたもスルーされる。
「……モモンガ様ってもっと怖いのかと思ってました」
『……ぶくぶく茶釜さんのが怖いよなぁ?』
「ぅぐっ!? ……そ、そっちの方が良いならそうするが」『……後で覚えてろよ、ピメント』
ピメントの何気ない呟きがツボに入りかけたモモンガはなんとか吹き出すのを堪え、アウラに返事をし、〈伝言〉で恨み言を飛ばす。
「い、今のほうがいいです! 絶対いいです! ねっ! マーレ!」
「は、はい! や、優しいモモンガ様の方が、ボ、ボクもいいです!」
モモンガが吹き出すのを我慢したのを、怖いと言われショックを受けたのかと誤解したアウラが、フォローするかのようにマーレとともに勢いよく返答する。
「なら、このままだな」
怒っていない様子の至高の御方の様子に、アウラらはほっとして呟く。
「も、もしかしてあたしたちにだけ優しいとかー」
「ピメントさんじゃあるまいし」とは言えず、モモンガは本音を誤魔化す為に、アウラの頭を軽く撫でるように叩く。
「えへへへ」
大好きなご主人様に撫でられる子犬の雰囲気を撒き散らすアウラに、羨ましげなマーレ、とピメント。ピメントがどちらを羨ましがっているかは言うまでもないだろう。
そんな歯軋りせんばかりのピメントだったが、ふと第六感の様な感覚に訴えるものがあり、モモンガへ言う。
『来ます』
『来ますって、何が――』
言葉足らずの〈伝言〉に、詳しく尋ねようとしたモモンガだが、そこにこの場に居ない者の声が届く。
「おや、わたしが一番でありんすか?」
元の世界では創作物辺りでしか聞かない言葉遣いをする、若々しい声のした辺りに顔を向けると、大地から影が膨らみ扉のような形を取る。その扉からゆっくりと出てきたのは、可愛らしさと美しさが交わりあった美の結晶とも言える、アウラより少し歳上かと思われる少女だ。ただし胸のみはアルベドとタメを張れる程に盛り上がっていた。
「……転移が阻害されてるナザリックで、わざわざ〈転移門〉なんか使うなって言うの。闘技場内まで普通にきたんだろうから、そのまま歩いてくればいいでしょうが、シャルティア」
モモンガのすぐ側から呆れと敵意を含んだアウラの声が響き、可愛らしかった子犬からの豹変っぷりにモモンガはちょっと引いた。
見ればマーレもブルブルと震えながら後退り、姉から距離を取っている。
『怒るアウラも可愛いですね。水をくれなかったケチンガさん』
『誰がケチンガですか。姿を隠してるのに渡せる訳ないでしょう。――しかし、良くシャルティアが来るのが分かりましたね』
『んー、なんか分かりました。たぶんスキルの〈第六感〉に反応したんだと思うんですが、このスキルは宝探し系だったんですよね』
ゲーム中だと、隠されたアイテム等の位置が大まかに分かるスキルだった〈第六感〉だが、これも異世界にきて効果が変わったか拡がったかしたらしい。
『なるほど…… 常時発動型のスキルは色々と試す方向を模索しなくては……んっ?』
モモンガとピメントが〈伝言〉でやり取りしている間に少女二人の言い争いが終わったのか、シャルティアがモモンガの首に左右から手を回し抱きつく――シャルティアの身長が足りない為に、ぶら下がると言った方が正しいが。
「ああ、我が君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君」
『……アルベドにチクったろ』
『やめて!? 何もやましい事はしていない! い、いや! アルベドも設定で“愛している”と書いただけで、まだ夫婦じゃないから!』
『まだ、ねぇ…… 友人代表の挨拶考えなきゃ』
『ピメントォォォ!』
至高の二人が〈伝言〉でアホなやり合いをしてる間に、いつの間にかモモンガから離れたシャルティアがアウラと言い争いを再開していた。
聞くに、少女同士の胸の争いらしく程度が低いとも高いとも判断しかねる上に、男性であるモモンガでは止めにくい争いだった。
モモンガが対処に苦慮していると、硬質な声が二人の言い争いを断ち切る。
「サワガシイナ」
声の主は二メートルを超す巨体にも関わらず、気配を感じさせずにモモンガへと近付いてきた事からも、ただ者ではない事が分かる。
その様相は、蟷螂と蟻の融合した昆虫体のようにも見えるが、鎧の如き外骨格を纏い二足歩行で凛と立つ姿は武者を思わせた。
その者の名は、コキュートス。永遠の吹雪に閉ざされたナザリック第五階層の守護者“凍河の支配者”である。
「御方ノ前デ遊ビスギダ……」
「この小娘がわたしに無礼を――」
「事実を言ったまで――」
「あわわわ……」
再びシャルティアとアウラの争いが勃発しそうになるが、また“アレ”の争いになられては堪ったものではないと、モモンガが低い声で警告した。
「……シャルティア、アウラ。じゃれ合うのもそれぐらいにしておけ」
「「もうしわけありません!」」
それまで喧嘩していた二人の少女は、声と動きをシンクロさせ謝罪した。
モモンガは鷹揚に頷くと、コキュートスへと声を掛ける。
「良く来たな、コキュートス」
「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方」
白い息がコキュートスの口から漏れ、周辺の空気中の水分が凍る。根源の火精霊の炎の影響に匹敵する冷気に心配になったモモンガが、モモンガの固有能力と言えそうになってきた口で会話しながら〈伝言〉を飛ばす、いった方法で友人に聞く。
『さっきは暑がってましたが、冷気は大丈夫ですか?』
『ん? ああ、ナザリックがある沼地の前がアレだから冷気対策はバッチリです。炎も熱いと言うか暑かっただけですし』
『言葉で聞いても分かり難いですが、ニュアンスで分かりました。会話の内容からするとコキュートスも大丈夫そうですし、後は――』
『来ましたよ。知恵者二人なんで、怪しまれないように〈伝言〉は最小限にしときます』
『――分かりました』
ピメントの言う通りに、召集した中でここに居ない二人が到着したらしく、コキュートスがモモンガに報せる。
「――オヤ、デミウルゴス、ソレニアルベドガ来タヨウデスナ」
コキュートスの視線を追いかけると、そこには人影が二つ。先に立つのはアルベドで、その後ろにはスーツを着た男が付き従うかのように歩いていた。
表情が分かる程度まで近付くと、アルベドは微笑みながらモモンガに深くお辞儀をし、男もまた優雅な礼をして、口を開いた。
「皆さんお待たせして申し訳ありませんね」
男の身長は1.8メートルほどで、浅い小麦色の肌をした東洋系の顔立ちをしており、オールバックの髪と丸メガネに三つ揃えにネクタイを締める姿は、切れ者のビジネスマンと言った雰囲気だ。
しかし、滲み出す空気は邪悪さを感じさせ、その背後に伸びる銀のプレートで包んだ尻尾が人間ではない事を示していた。
この男は“炎獄の造物主”デミウルゴス。
ナザリックの第七階層守護者であり、防衛時におけるNPC指揮官という設定の悪魔だ。
「これで皆、集まったな」
――モモンガが召集した守護者が揃い、異世界での初になる守護者同士の顔合わせが行われている間にも、ピメントは守護者全員を眺めながら警戒をしていた。
モモンガと軽い〈伝言〉をしていたのも、半分以上は楽しんでいたが、残りはモモンガが下手に警戒心を出して怪しまれないように、との配慮のつもりだった。
(一番警戒していた悪魔であるデミウルゴスも問題なさそうだな。考えてみれば、悪魔は決められた事には忠実だったっけか?)
考えるピメントの視線の先では、守護者たちが一列に並び、モモンガへと忠誠の儀とやらを行っていた。
(んー、俺らの中で正義の漢たっちさんすらPKKの影響でカルマ値は低かったから、警戒するならカルマがプラスのユリやセバスか? でもたっちさんの創ったセバスが裏切る訳ないしなぁ……)
様々な可能性を頭の中で探るピメントだったが――突如身を襲う凄まじい重圧に思考を停止させられる。NPCの裏切りかと慌てて守護者を見るが、跪いたままで変わった様子は無い。
視線を移しモモンガを見ると、漆黒のオーラを放ったり、後光を背負ったりと大忙しだった。
(モモンガかよ!)
どうやら守護者から贈られた忠誠に、一サラリーマンであったモモンガの緊張等がピークに達して混乱し、誤って一部の特殊能力を解放してしまったようだ。
ピメントがLv100なら違ったのだろうが、Lv10の差で1対1だとLvの低い方は絶対に勝てない、と言われるユグドラシルでLv95にはかなり堪える。更にモモンガはギルド武器を所持しており、その能力はLv100の限界を超えているという事実もピメントの辛さに拍車をかける。
ピメントはモモンガに〈伝言〉で能力使用を止めるよう伝えるべきか悩むが、混乱しているモモンガに伝えてボロが出た場合、せっかく守護者の忠誠心が高いのを確認出来たのに、その忠誠心がどうなってしまうかが不確かで躊躇う。
刹那の間に脳を酷使して悩むが、結局は我慢する事にして腹に力を入れ、物理的な力さえ伴うかのように押し寄せる重圧にひたすら耐える事にした。
(アイテムを使えば防げるが、取り出したアイテムにも不可知の効果は乗るのか? 仕方ない……セバスが戻るか、モモンガさんからの合図があるまで――持つかなぁ、俺)
ピメントを襲う漆黒のオーラの正体は、モモンガの特殊能力〈絶望のオーラ〉である。
それはバッドステータスの恐怖を与えると共に、能力ペナルティという効果を発揮する。その絶望のオーラにはⅠからⅤまであり、本来はLv60未満の相手のみに効果を発揮するLv依存の能力である。
不幸中の幸いか、今はⅠの恐怖だけのようであったが、ギルド武器でLv依存の効果が増幅されてLv95のピメントの耐性を抜け精神力を蝕み続けていた。
頭ではモモンガが恐怖の対象ではないと分かっているが、心が屈しそうになるのを耐えるピメントの全身には汗が滝のように流れ落ちる。無意識にか下唇を噛み締めているせいで、発達した犬歯が唇に刺さり血が流れるが、それに気付ける余裕もない。
地面に倒れ伏しそうになるのを必死に耐えていたピメントが、ふとモモンガと守護者以外の気配を感じて視線を上げると、セバスが既に合流しており、何らかの説明を受けたらしいモモンガが守護者たちへ指示を出し終えたところであった。
(やっと姿を現せるかな。――あ、やべ。限界かも)
気をやりそうなピメントに気付くはずもないモモンガは、威厳に満ちた声で守護者たちへ述べる。
「最後に各階層守護者に聞きたいことがあるのだが――その前に、お前達へのサプライズを用意した」
『ピメントさん、出番ですよ。私達を至高の御方と崇めるような守護者達の為にもかっこ良く登場してください。――ピメントさん?』
『……んー、無理?』
一向に収まらない絶望のオーラと、耐える必要が無くなったというモモンガの言葉で、一気に気持ちが弛緩したピメントは、己に掛かる各不可知スキル等を解除するので精一杯であった。
不可知を解除し、突如としてモモンガの横から表れた者の姿に、守護者たちは驚きと共に唯一ナザリックに残って頂けた至高の御方を護ろうと動くが、咄嗟に手を翳したモモンガに遮られる。
ピメントは何とか気をやらないようにしようと思うが、身体は己の意思に反してゆっくりと傾いていく。
倒れながら驚きの表情を浮かべるNPC達を見たピメントは、先程モモンガに捧げられていた忠誠の儀を思い出し、つい思ったことを呟いてしまう。
「……慣れなきゃなぁ」
突然虚空から現れた獣人らしき女性は、そう言い残してぶっ倒れた。
倒れた謎の女性は、汗を拭う為にはだけたシャツをそのままに下着を晒し、更に全身が汗で濡れていて、苦悶とも悩ましげとも取れる表情で横たわっており……その有り様は、あられもない想像を掻き立てるのに十分な姿である。
だが、そんな姿を見て一番狼狽えそうな者はそれどころではなかった。
「ピメントさん!?」
「「ピメント様!?」」
倒れた女性に、モモンガとアルベド、セバスが悲鳴を上げるように名を呼ぶと、他の守護者たちに動揺と驚き、そして歓喜と絶望が走る。
守護者達が気配を探ってみれば、確かに至高の御方の気配を感じるのだが、以前の姿とはかけ離れており姿だけではとても認識出来なかった。
それでも至高の一人がナザリックに帰還したという事は、守護者のみならず僕の末端までが歓喜すべき事であるのだが、その至高の御方は現れたと思った瞬間に倒れて気を失ってしまった。
混乱耐性を持つはずの守護者達が、あまりに急な展開に混乱しかけるが、そこにアルベドの檄が飛ぶ。
「貴方たち! 何をしているの! ピメント様を急いで自室へ御運びするのよ!」
アルベドの檄に冷静さを取り戻した守護者達は、背筋を伸ばしアルベドの指示に従い動き出す。
「セバスはペストーニャに事情を話しピメント様の自室へ呼んできて。シャルティアとアウラはピメント様のお召し物を直して、マーレは使える回復魔法を片っ端から掛けなさい。後は……担架は、無いわね」
緊急事態とは言え、女性体になったピメントを担ぐには雄であるコキュートスやデミウルゴスにやらせる訳にもいかず、かと言ってアウラやマーレ、シャルティアでは力はあっても身長が足りない。ならば自分が、と思ったアルベドに声が掛かる。
「この布を使え。丈夫な筈だ。九階層へも私が転移しよう。転移が阻害されるナザリックで、自由に転移出来るのはギルドの指輪を持つ我々だけだからな」
黒い布をアルベドに差し出したのはモモンガであった。ピメントが倒れた当初は恐らく誰よりも動揺し動けなかったモモンガだったが、ピメントを心配し適切に動く守護者達を見てなんとか落ち着き、自分に出来ることを探していた。
「はい、畏まりました! ――シャルティアとアウラは私と協力してピメント様の御身を布の上にお移しして。デミウルゴスとコキュートスは、布を担架代わりにしてピメント様をお運びしなさい」
女性守護者三人の手で慎重にピメントの身体が地面に広げられた布の上に移されると、これも慎重にコキュートスとデミウルゴスの手で布が持ち上げられ、ピメントの身体が浮く。
「では、アルベド。私とピメントさんの身体に触れよ。他の守護者も各々の身体に触れて私と繋がるようにせよ。――それでは転移するぞ」
モモンガが告げて指輪の力を解放すると、瞬時に闘技場から人の気配が消えたのだった。
落ち着きを取り戻しギルドメンバーの自室がある九階層へと転移したモモンガであったが、ピメントの自室では姉となった者の存在を待ちわびる少女が居る事を、うっかり忘れていたりする。
原作11巻のアウラはお姉ちゃんしてて可愛いですね(*´д`*)