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11月3日、学園祭――野球部は毎年、喫茶店を出すのが恒例となっている。
前月の秋季東京都大会では“予想外のアクシデント”に見舞われながら、兄が率いる新チームは1次予選ブロックにて都立パワフル高校を下し、本大会でも山ノ宮、白鳥学園、極亜久商業、ブロードバンドハイスクールを相手に、全て5回コールドゲームを成立。
決勝では再び立ち塞がるそよ風工業を軽々と撃破し、センバツ行きの切符を手中に収めている。
ドラフトを翌週に控える一ノ瀬塔哉には当然非公式ながらセ・パ数球団から指名挨拶もあり、全てが順風満帆。まさに黄金期と呼ぶに相応しい情勢だった。
「オーダーよ。コーヒーセット1、パワリンサワー1、マスターのお任せ1…」
「了解っ!種の捌け具合はどうっスか白さ―…ん?どしたん?」
「うぅん、何でも無いわ。アナタってお箸は右手で持つのね」
「ぇ?あー…ぅん、親の躾ってヤツ?鉛筆なんかも右ですのょオホホホ!ヘイお待ちッ」つ旦
喫茶なのに、おでんが看板メニュー。しかも、飛ぶように売れる。
十升が菜箸でロールキャベツや煮卵等を器用に摘まむと、紙皿へと手際良く盛り付ける。毎日野球漬けの生活を送っている筈なのに、彼と九十九宇宙の2人はまるで何年も経験しているベテラン並の手腕で模擬店を取り仕切っていた。
九十九先輩が作るおでんはとても人気があって、本人も“ほなプロ諦めたら居酒屋でも始めよかぁ~”なんてトボけてたっけ。野球部の遺産と化した秘伝のレシピは、今でも有効に活用してるわ。
「あたるぅ~~スーパーまで一ッ走りしてハンペンとチクワ 「がってん!」 ブ、なんやけど‥‥‥ま、ええか」
そして、出店に当たっては1年生部員の中で最も器量の良い男子がウェイトレスの格好させられると言う意味不明な鉄の掟があり、これを拒否するのであれば野球部全員がお祭り返上での練習を課せられるので――
「お前が無理矢理こんな格好をさせたんだからなヨコタっ!責任を取れェェ!! 」
「しょうがないにゃあー…ぃぃょ」
「んまっー!十様にひん剥かれてお婿にいけないカラダにされてしまったから、その責任を取れとっ!?‥‥‥心配御無用ッ、ワタクシが貰って差し上げマッスル!」
「此処は攻めのみならず、受けにも定評のある十さんに任せろー…バリバリ」
『やめて!』
その年は、猪狩守があのエプロンドレスを纏っている。同じ衣装でもキチンとお化粧をすれば、私なんかよりもズッと可愛かったと思う。
男子校だった頃の名残りで単なる遊び心なのかも知れないけれど、六本木優希、猪狩兄弟と3年連続で洒落にならないレベルの女装を見せ付けられる女子の身にもなって欲しい。
理性を失い、猪狩守を捕食せんとする勢いで求愛する姫野カレンは今ドキ?の肉食女子なんて単語そのもの。人伝には未だに独身だと聞き及んでいるけど、今は一体どうしているのかしらね。
彼女と彼の貞操を賭けた闘いに割って入った十升は猪狩守の腰に手を回して抱き寄せると、マタドールよろしく姫野カレンを挑発。2人で手と手を取り合い、まるで円舞曲を踊るように華麗に暴れ牛を翻弄し続けた。
最後は疲れ果てて倒れ込み、無様な醜態を晒す“ピエロ”を余興の一種と勘違いした衆人が笑ったり、拍手を送ったりしていたけれど、私は自分の気持ちにあそこまで素直になれるあの子を少しだけ、ホン僅かながら羨ましく思っていたものよ?
『olé!! 』 ヽ(・ω・)人(・ω・)/ ⊂⌒~⊃。Д。)⊃
話がだいぶ逸れたけれど、学園祭では大車輪の活躍を見せた十升も、秋季大会では再び控えに回っている。
殊にエラーでの懲罰交代を命じられる五十嵐権三に代わり、途中からサードやセカンド(見せしめとして兄をベンチに下げる場合)を守る機会が多く、チャンスの場面での代打起用も度々あった。
何かを起こす意外性の男、そんな認識だったのだろう。大会期間中の全成績は6打数5安打7打点。犠飛2・四死球1となっている。
相手投手の全球種やキャッチャーリードすら完全に把握しているような成績で、唯一打率を下げたフィールダースチョイスも実情はギャンブルスタートどころか、ホームスチールも辞さない覚悟で吶喊させられた八嶋中をアシストするエンドラン。
先の西東京大会及び選手権大会本戦を含めた通算OPSは2.17と収集データが少ない影響で異常な数値を示していて、5安打のうちコールドを確定させる代打サヨナラ満塁ホームランが1本含まれていた。
個人的には勝敗に関係ない場面だったのだから、大事に備えてスクイズを試みても良かったと思う。いいえ、私が監督なら絶対にスリーバントになってでも経験を積ませている。それ程までに彼の打撃は強引過ぎるのだ。
全打席、初球から徹底してホームラン狙いのプルヒッター。
某かのサインが出ない限り、追い込まれるまで3-0からでもそのスタイルを崩さないのだから、始末に負えない。あんな無茶苦茶な打撃スタイルで結果が出せているのに感嘆すべきなのだろうか?
「すいませーん、注文いいですかぁ?」
「ハイ、お決まりで――!」
パワフル高校戦後、無駄に派手な活躍にはしゃいでいる周囲とは対照的に“そっか、パワ高に居るのか。そりゃ出逢わんさ”と、しみじみと独りごちる声が漏れ聞こえた。
恐らくそれはベンチの最前列に陣取っていた超個性的な眼鏡のヤジ将軍か、目の前に座るマネージャーと思しきピンク色の可愛らしい女子生徒を指しての発言であろう。
その一言に十升の想いが全て集約されているような、そんな響きだった。
「コレってパワリンが‥‥‥じゃあソレで。あと、このマスターの‥‥‥おでん?旨そうだな、ソレも1つ。舞は?」
「えっと、コーヒーセット1つおねがいします」
「承知しました」
どちらの話なのか、どんな関係だったのかを確認するのが怖かった私は、一切その話題に触れなかった。何も知らずに訪れた彼女は、同席したボーイフレンドと一頻り談笑を済ませると、十升とは遇わずに店を後にしている。
‥‥‥別に悪い事はしてない筈。それなのに、私の胸はチクリと痛んだ。