暁の軌跡   作:兼久

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#11「中島ァ やきう…」>w<)ノ

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師走に入った或る日のこと。木枯らし吹き荒ぶ中、日課である散歩を終えて自宅に戻った私を、愛犬を執拗に愛撫する為に待ち構えていた兄と招かれざる客が出迎えた。

 

「流石ニーサン!後輩の目の前で絶対マネ出来ない事を平然とヤッてのけるッ…―其処に痺れる、憧れぬゥ!ぁ、お邪魔してまーす」

 

「…なんでアナタが家に居るの?」

 

勝手に我が家へ上がり込んだ理由を問い質してみると、昼休みに打診した試験勉強のサポートを兄に阻まれたから。だそうで、私が彼の家に行くのが駄目なら自分が四条宅に訪問すれば良い。との結論に達したのだと言う。

 

「いやぁ~~、澄香が帰る迄の間に、是非とも秋季大会の総括を!と懇願されてね」

 

「ソーナンス!それにしても麻生の奴、応援はイマイチだけど撮影はプロ級っスねぇ」>w<)ノ

 

今日の今日で良くもまぁ門前払いされずに済んだものだと感心したが、試合前のミーティングはともかく、その後の分析データを披露する機会に恵まれない兄の自己顕示欲を、上手にくすぐったらしい。

 

「そう、取り敢えずお茶でも淹れて来るわね。兄さん達も紅茶で良いのかしら?」

 

「ゴチ。しかし何だってこのピッチャー、オレん時だけストレート1本槍なんでしょ?(笑)」

 

彼らが観ていたDVDは秋季東京都大会準決勝の、進学校として有名なBB高(ブロードバンドハイスクール)戦。正直に言ってまさかの快進撃を見せたダークホースで、兄も対戦が決まってから情報収集に着手したくらいだった。

 

肝心の試合内容の方は、BB高の先発投手・中島火暴の独り相撲と評すべきね。

 

序盤は高速のスライダーとシンカーを織り交ぜながら、低めに集める丁寧なピッチングで3回まではパーフェクト。続く4回も1死3塁の状況に追い込まれながら、暁大付属打線のチグハグな拙攻により無失点。

 

するとナインに焦りが芽生えたのか、四球にエラーが絡んでノーヒットのまま先制点を献上し、ベンチに不穏な空気が漂い始める。

 

でも、そんな中で代打として送り込まれた十升が嫌な流れをアッサリ断ち切った。

 

どうした訳か中島火暴は彼を打席に迎えた途端、徹底して直球勝負にこだわり、十升が粘りに粘った9球目。チーム初安打となるツーベースヒットでチャンスメークを果たすと、それを足掛りとして一挙に2ケタ得点の猛攻に転じ、終わってみれば4試合連続5回コールドを達成。

 

この時点でも充分に完成度の高いチームだったけど、強いて言えば練習でも滅多にサードに就かない十升よりもスタメンの五十嵐権三の守備率が低かったのが、本大会最大の課題と言っても過言では無かった。

 

「…その本なら貸してあげるから、せめて今晩だけでも勉強に集中したらどうなの?」

「やた☆うれしいのですょにぱー★」

 

テスト対策を指南し始めてみると彼は拍子抜けするぐらい容易く理解を示し、実際に試験結果は全教科で80点台をマークしていた。

 

よくよく考えてみれば、一般入試で暁に入学出来る程度の学力があるのだから、当然と言えば当然なのだけど、本当に教わる必要があったのかどうかさえ疑わしい。

 

その日は結局22時過ぎまで居座り続けていながら、終盤は野球教本の読解に没頭していて‥‥‥殆ど私の蔵書を読み漁りに来ていたようなものだった。

 

――この日は、兄が心配するような真似は一切されてない。

 

「そう言えば今月は‥‥‥いつ頃なの?」

 

「にゃにが?」

 

映像を観ている合間合間に十升は兄の膨大な情報集積量及びその解析力を褒め称え、続いて千石監督やチームメイトからの信頼度の高さ、果ては六本木優希との阿吽の呼吸からチームプレイに徹する自己犠牲のバッティングに至るまで、延々と賛辞を贈り続けた。

 

翌年には新宿スワロウズから2年連続となる同一校高卒ドラフト1位指名の栄誉を浴する、強肩強打の二宮瑞穂。高校野球の通算本塁打ランキングに、今でもその名を残す三本松一と七井アレフト。そんな同期を押し退け、偉大なる一ノ瀬塔哉から引き継いだ名門・暁大付属野球部主将の座。

 

一時的ながら、その重責から開放されたばかりの四条賢二は、見事に蕩けていたわ。

 

「その、またドコかに―…もっ、もし行かないんだったら、ソレはソレで大歓迎よ?でも年末は何かと忙しいし、ハッキリしておいて貰えると助かるかなって」

 

まんまと十升の術中に嵌った兄はホンの数時間前に“嫁入り前の大切な妹を男と2人っきりなんかにさせられるか!”と大喝したのも忘れ、あまり遅くなるなと言い残すと、上機嫌で自室に戻ってしまった。

 

幼い頃から今日に至るまでズッと頼れるお兄さんで在り続ける彼でも、今思えばまだまだ子供だったのね。

 

「んじゃ26~30日で空有?」

 

「弐拾、陸?――そう。了解、なるべく予定を入れないようにしておくわ」

 

クリスマス・イヴを、初めて家族以外の人と過ごすかもしれない。

 

それが単なる思い過ごしであったのに気付かされた時の落胆は、存外大きかったみたいね。笑われてしまうかも知れないけれど、こんなツマラナイ女でもそんな事に胸をときめかせている、乙女みたいな時期があったみたいよ?

 

「ん??? ぁ~~待ちたまえ、お前さん何ぞ勘違いしとらんかい?」 

 

「かっ―…勘違いって、どういう意味よ?わ、私は別にナニもっ、何も!」

 

そこに追い打ちを掛ける様に勘違い、の一言だもの。あの時の自分の血の気がスーっと引いて行く感覚は、今でもよーく憶えてるわ‥‥‥そう、私達は恋人同士でもその1歩手前の親しい友人でも腐れ縁の幼馴染でも無い。

 

賭けの賞品。罰ゲーム。ゴッコ遊び。それを改めて指摘されるのが、嫌で嫌で堪らなかった。

 

「あんな、イブから三箇日までな、妹が帰って来るんさ」

 

「えっと‥‥‥なぎさちゃん、が?」

 

だって、普通ならドン引きするレベルのシスコンなのに、自らが些か過保護気味な兄を持つ身であったのが災いして、彼の優しさが、慈愛の深さが何となく理解出来てしまったから。

 

四条賢二と澄香は年子の兄妹で、1/365 の確率で出生日が重なった妹を、母親はアナタに贈る生涯最高の誕生日プレゼントだと幼い兄に言い聞かせ続けた。

 

それは正しく事実であると謂われれば至上の喜びであるのだけれど、育児の負担を軽減する為の方便でもあっただろう。でも、幸せなことに兄は刷り込み通り妹を溺愛し、お陰様で仕事の関係上どうしても不在がちな父母が居なくても、私はちっとも寂しくなかった。

 

当初は非実在青少年の可能性も否定出来ないと訝しんでいた十升の妹は、偶然にも私達の両親が勤務する官僚大医学部附属病院にて闘病を続けている、本物の少女だった。でも兄妹仲良く買い物に出掛けたり、海水浴に行った経験も無いのだろう。

 

「ぅぃぅぃ。普段は部活で殆ど面会もしてやれんしな、プレゼントも買ってやりたいんで短期バイトもしとるんょ。口止め料に1回オゴるから‥‥‥ミンナニヮナイショダヨ?」つ◇

 

そう言いながら、彼は自分の居る店のチラシを差し出した。

 

私に対して構築して来た優位な関係性を覆しかねない、不用意な行為。嬉しさに惚けた様な、隙だらけの笑顔。学園の承諾も得ずにアルバイトをしてる事実が発覚すれば、理由はどうあれ停学処分は免れない。

 

勿論そうなれば監督の立場や性格からして、他の部員達への戒めの意を込めて無期限2軍降格等の処罰は検討するでしょうね。

 

ただただポジティブなだけだったのかも知れないけれど、どこまで相手の気持ちを忖度して生きているのか、まるで判らない人だった。

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