暁の軌跡   作:兼久

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#2「NDK」m9(^Д^)

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「そ、そんなのインチキ!詐欺じゃないのッ」 「ぇー 」( ´・ω ・)

 

私のヒステリックな金切り声に衆目が集まる中、十升は“この人なんで怒ってんの?”とでも言いたげに、困惑した表情を作って見せた。

 

この男に接触を試みた理由は先述の通り、悪い意味で気になって気になって仕方が無い、本当に不格好なスイングのせいである。

 

三本松一と同様に身長190センチオーバーの巨漢、もしくは七井アレフトみたいにコーカソイド(白色人種と意訳)とのハーフである等、恵まれた体躯の持ち主ならば4番タイプとしての成長を期待し、多少の欠陥には目を瞑ろう。

 

でも、違う。背筋群もリストも二の腕も、骨格がスラッガーと呼ばれる人間のソレには当て嵌まらない。そんな彼が猪狩守の豪速球をフェンス際まで運べたのは、ひとえに金属バットの恩恵があってこそだろう。

 

今でも歴代最強ナインと謳われる暁ナンバーズ。

 

猪狩世代とまで呼ばれる当たり年の象徴、猪狩守。

 

その2つの世代が同時に目の前に居たのだから、私の趣味の1つである選手観察は、彼らだけでも十二分に満たされていた筈。

 

にもかかわらず、それに飽き足らなくなった当時の私は、傲慢にも育成の真似事もしてみたくなり、何を血迷ったのか十升を、取り組み甲斐のありそうなサンプルだと判断したのだ。

 

誰よりボールを速く、遠くに運ぶ膂力。自分の脇を擦り抜けんとする白球を捕える、瞬発力・敏捷性・スポーツビジョン―…超一流と呼ばれるアスリート達が持って生まれた、天賦の才。

 

それが無いのなら、せめて彼らと同等以上に努力して技術を磨く。誰もが及ばない程の知識を蓄え、頭を使う。バントでも代走でも守備固めでもソツなくこなす、ユーティリティプレイヤーになればいい。

 

要はどれだけ効率良く経験を積み重ねられるかである、とは兄の弁。だから四条賢二は、もしもの時のスーパーサブとして、野手の全ポジションをこなす事が出来る。

 

草野球程度ならまだしも、甲子園出場が手に届く名門校でレギュラーを目指すのなら、それ相応の身の振り方を考えるべきなのだ、と。

 

「もし、もしも私の納得の行くスイングが出来たら――」

 

噴飯物の補足にはなるが、性格やプロポーションはともかく、私の見てくれは満更でもなかったと自負している。

 

事実、学園祭では他校の生徒や自称OBの大学生達にナンパされた経験もあるし、マネージャーとして紅一点の存在であった環境も手伝ってか、アプローチを仕掛けて来る部員は先輩後輩の中にも少なからず存在していた。

 

彼の言動から察するに堅物とは程遠い存在に見受けられたし、女っ気の無い高校球児を釣るぐらい自分にも容易い。

 

そう踏んだ私は彼のフォームを散々貶しめた上で、自分とのデートを餌にフォーム矯正を画策したのだ。

 

飴と鞭を使うにしても何とも稚拙で露骨なやり方で、若気の至りにも程がある。

 

もしも過去に戻れるのであれば首根っこを引っ掴んででも押し止め、何を考えているのかと小1時間は問い詰めてやりたい。

 

とりあえず自分の頭で考えさせ、可能な限り足掻かせようと1週間の猶予を与えたのだが――

 

「ねぇねぇ今どんなキモチ?昨日散々っぱら m9(^Д^)したばっかの奴に想定外の結果を見せ付けられて、イマどんな気持ち?」

 

そんな小賢しい目論見を嘲笑うかの如く、十升はその翌日に満点回答を叩き出し、私の度肝を抜いた。

 

一体何が起こったのか?理解が追い付かずに狼狽し、正常な判断を下せない状態にあった私に、彼は自身の約2年半に及ぶ野球人生をチップとした、大胆なレイズを仕掛けた。

 

賭けに負ければ、野球部を引退するまで私のモルモットになる、と言い放ったのだ。

 

彼の作るポーカー・ハンドと、私が支払う対価は全部で3通り。先ず1つ目は猪狩守と同じか、それよりも早く1軍昇格を果たす。実現したら指定のシチュエーションでのデート。

 

次に1軍昇格後、直近の大会でやはり猪狩守と同じか、それよりも早くベンチ入りを果たす。実現したらその年のクリスマス・イブまで月1回、先述の条件でデート。無論、途中で2軍落ちしたら即刻無効。

 

そして最後に公式戦でHRを打ったら、チームメイトが居る前で祝福のキスをする。地方大会であれば時と場所、キスする部位は私の指定。甲子園であれば彼の好きな時に―…舌と舌を絡めて。

 

それが嫌ならデートなんかしなくても良いから、自分にはもう2度と話し掛けるな、とも。

 

暁大付属の選手層を鑑みれば、野手である彼にはどれも実現不可能な内容ばかりに思えたし、信条的に自らのビッドにより始まったゲームをドロップするのは嫌だった。

 

だから、コールしたの。この度し難い変人に屈するのが、物凄く嫌だったから。

 

「交渉成立ゥ。んじゃ、ネタバレも兼ねて練習に付き合って」

「えっ‥‥‥えぇ?!」 

 

情けない。目の前で披露されたフラミンゴ打法の美しさに驚愕し、思考を止めてしまった自分の愚かさが本当に恨めしい。

 

「そ、そんなのインチキ!詐欺じゃないのッ」

「ぇー?確かデートの条件は、お前さんが納得するスイングが出来れば良かった筈だょ?」

 

言われるがまま手伝わされたトスバッティングの最中で、ようやく気付かされる。逆だった。入部試験で彼が立っていたのは右打席。

 

魅せられたのは、左打ちでのスイングである。

 

「それは、あのフォームの改善を前提にしての話よ卑怯者!アナタの回答は、私の主旨をまるっきり無視しているじゃないッ」

 

どうして気付かなかったのか?迂闊にも程がある―…右打ちでの彼は、昨日までと何一つ変わっていなかったのだ。

 

猛然と抗議する私に“でも右打ち限定でどうにかしなきゃダメ!なんて約束はしてない”などと悪徳業者さながらにのらりくらりと詭弁を弄する十升。

 

「だからって、昨日の今日で右打ちにする人間がドコにいるのよ?!」

「ん」σ(゜ω゜*)

 

得意気に親指を自分に向けないで頂戴。入部試験の日からスイッチヒッターに挑戦するなんて、信じられない!詐欺だ無効だと憤懣やる方無い私の主張を、彼のブラフが遮った。

 

「んじゃ、コッチでも同じ水準に出来たらナニしてくれる?弾道が4になるまで特訓に付き合ってくれるんだったら、仕切り直しでもおk」

 

挑戦的な視線を投げ掛け、今度は往年の三冠王さながらの神主打法。お次は天才打者の代名詞である振り子打法を披露し、ご要望とあらばあと51通りのバッティングフォームをご覧に入れようと豪語する。

 

「なっ‥‥‥!?」

 

言うが早いか天秤打法に特徴的なガニ股打法、果てはコンニャク打法と呼ばれるクニャクニャとした不規則な動きからでも快音を響かせ、私の心胆を寒からしめた。

 

「~~~っ、そう。あの高慢ちきの天狗鼻がヘシ折られるのも一興だし、アナタの化けの皮が剥がれるのならソレで充分よ。どっちに転ぶか楽しみにしておくわ」

 

敵愾心と自分の節穴加減への八つ当たりも含まれていたけれど、正直なトコロ半分は演技で、私の中での勝算はかなり高かった。

 

「うへぇ、サドっ気タップリだねぇwww だがそれがイイ」Σd(゚∀゚d)

 

この時既に、私の耳には5月末の1軍昇格試験に猪狩守を参加させるとの情報を、予め対戦相手に指名されていた兄より漏れ伝わっていたから。

 

 

 

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「やぁ、頑張ってるね。今日もキャッチボールかい?それともノックがご所望かな?」

 

「押忍!ごっつぁんですキャプテン!!」[▼六▼]3

 

それなのに――

 

周囲の評価はおのずと千石監督の耳にも届き、一般入部者としては異例となる5月末の1軍昇格試験に参加が許されると、十升はまたしてもアッサリ結果を出して見せた。

 

それも、監督自身と周囲を納得させる為に送り出された難攻不落のエース・一之瀬塔哉(本名。一般的に広く知られる塔矢は登録名)を相手にしての快挙。

 

何故?抜群の制球力でコースを突く140km/h超の直球と、多彩な変化球で幻惑する投球術は、初見の新入部員が易々と攻略出来る相手では無い。秋には競合必至、特Aランクの大型左腕である。

 

「んなコト言われもオレ、対左◎だし」( ̄ー+ ̄)

 

折を見て本人に理由を聞いてみても、上記の通り不可解な回答しか得られなかった。

 

相性的に左投手との対戦が得意だと言いたかったのかも知れないが、もしかしたら陰で試合VTRを入手し、何らかのクセを盗んで――何を馬鹿な。

 

仮に昇降システムの内容を知っていたところで、その為だけに自軍のエースを研究して何になる?通常であれば一般入部の彼が1軍昇格試験のチャンスを掴めるのは、早くても3年生の引退後。

 

結果云々より何の実績も無い新入部員の名が呼ばれた事、それ自体が前代未聞のサプライズなのだ。

 

余程の事が無い限り、彼には第一関門を突破するチャンスすら与えらないのだからと挑発に乗っていれば、どうなっていた事か?今でもあの時の遣り取りを思い出すと、背筋がゾクゾクするわ。

 

もしも、この一筋縄ではいかない曲者に構わなければ、多分‥‥‥いいえ、絶対に今とは違った人生を歩んでいたと断言出来る。ただ救いなのは、さほど悪くも無かったと言えることかしら?




【余話・四条賢二談】

「よし、そこまで!猪狩、合格だ。今日から1軍入りだ!」

――見逃し三振。その瞬間、千石監督が高らかに宣言する。

前評判の高さと同時に、猪狩守の実力については懐疑的な声も多かった。中には学園OBでもある猪狩茂氏への阿りに違いない!なんて根拠も無く誹謗する者も。

その背景には、一般生徒の入部試験前に彼を蔑視していた二宮と対決し、惨敗していたのも一因として挙げられるだろう。

実際のところ入部から未だ3ヶ月足らずで、既に速球は一之瀬主将を凌駕している。スライダーも1軍レベルを相手に充分通用するレベルで、入部希望者達がマトモに打てないのも道理だ。

だが三本松相手じゃ出会い頭の事故みたいな一発もありそうだし、二宮や七井みたいな剛柔自在なタイプとは、かなり相性が悪いと思われる。

その辺を考慮してか、何の予備知識も与えずに五十嵐を当てている。そして分析に費やす間を与えた態で、一応は巧者として通っている俺に出番が回る。

仮に五十嵐に打たれたとしても、俺を2打席連続で凡退させられるのなら、何とか及第点を与えられる。そんな腹積もりだったに違いない。

しっかり下駄を履かせてやったのに結果を出せないのなら、所詮はその程度。同期の継承みたいに、バッサリ切り捨てられていたかも知れないな。

その時には保険として推薦しておいた、麻生とか云う似た様なタイプの奴にお鉢が回る可能性も有った。まぁ、全くの杞憂だったが。

次代のエース候補が得意満面でマウンドを降り、代わって我が校の真のエースが投球準備に入る。猪狩と俺の対戦が花相撲なら、ある意味コッチが本日の結びの一番だろう。

「…なにそれこわい」

九十九も顔負けの大番狂わせ。酷いジャイアントキリングを観せられた。

影山スカウトに、短いイニングなら今スグにでもプロのマウンドに上げられると太鼓判を押されたカーブが、シュートが、スクリューが、難無く弾き返される。

変化球に合わせると言うよりも、バットを振った先にボールが吸い寄せられている、と表現した方が的確な気さえした。

当然、主将が恣意的に手加減するなんて考えられないし、絶不調だった様にも見えなかった。

「四条!」

同じポジションだから、色々教えてやれ。監督には指導を仰せ付かったが、放っておいてもヨコタは勝手にドンドン吸収した。

俺とっては2軍と隔絶の感があった1軍練習を、何食わぬ顔で平然とこなす。三本松と七井の過剰な筋トレも、五十嵐や二宮のオーバーワーク気味の自主トレも、嬉々として遣り遂げる無尽蔵のタフネス。連邦の新型と初めて交戦したエースパイロットの心境だ。

ひょっとして俺がネットで見つけたツボが、経絡秘孔か何かだったのか?もしかすると父さんが何とかジョーブ博士から貰って来たサプリが、特別な作用をもたらしているのかも知れない。

遠からず、自分からレギュラーの座を奪うのだろう。正直、そんな奴の教育係なんてやりたくも無くなるさ。

「おーいヨコタ、ちょっと良いか?」

半ばヤケクソで、他のポジションを練習させてみようかと考えた。とんでもない独断専行。あの時は本当にどうかしてたんだ、魔が差したと云うか、運命の悪戯ってヤツかな。

「ぁ=イイっスね~~っと、サーセン。急用を思い出したんでお先失礼シャス!」

「ウフフ・・・・・・ようやくご対面と相成りましたわ!ずっとお待ちしておりましたのよ?この約束の刻をっっ」

まるで魂を重力の井戸の奥底まで引き摺り込む様な、計り知れないインパクトだった。
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