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「なんでフツーの格好をしてるのかしら?」
「そりゃ、立河駅界隈を歩くのにユニフォーム姿は恥ずいし」
平日でも多くの人出で賑わう駅前コンコース。1人場違いな格好で憤慨する私を前にして、十升は悪びれもせずシレっと言って退ける。
授業中ですらユニフォーム姿を常とする彼の私服姿を見たのは、その時が初めてだった。
「じゃあなんで私にジャージなんか着させてるのよっ、頭オカシイんじゃないの?!」
「いぃじゃないの、そーいう約束なんだし。ぅん、あの店でコンタクトにしよう」
異性として特筆すべき魅力は無いが、一目で野球部員と判るヘアスタイルを除けばドコにでも居る普通の少年で、時折垣間見せる異様な威圧感は無い。
何の断りも無く私の掌を握ると、人の話を聞き流してズンズン突き進む。
「人の話をっ‥‥‥わっ、私が?コンタクトなんて付けたコト無いわよ」
「買わなくてもお試しの1dayタイプがあるから大丈夫」
私の記憶が確かなら、お兄――兄以外の男子と手を繋ぐのなんて、自由意志の無い初等部時代の遠足が最後だった筈。それなのに、こんな大勢の人が行き交う街中でなんて勝手な真似を!と、憤る暇さえ与えない。
「ぇー今日はお前さんを俺色に染めます」m9っ`・ω・´)
「は?アナタが何を言ってるのかサッパリ理解出来な‥‥‥離してっ」
強引に店内に連れ込むとサッサと店員を呼び寄せ“このコ少し引っ込み思案でして~”などと実に失礼な解説を付け加え、私を充てがう。
根負けした私がコレで気が済むのなら、と悪戦苦闘の末、どうにか装着し終える間に、十升は買ったばかりのサングラスを装着し、頭にはバンダナを巻いていた。
一瞥して彼と見抜くのは、遠目には難しいだろう。そう思うと、少しだけ安心出来た。
曰く、今日の私は同級生の野球部マネージャーではなく、彼の妹である十なぎさ。なぎさちゃんは小学6年生の女の子で、これから兄妹仲良く遊んだりショッピングをするらしい。
約束だから仕方ないと厭々ながらに同行した私は、せっかくのオフを彼の下らないゴッコ遊びに費やす仕儀と相成った。
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「ぅ、嘘でしょ?私、初めてなのに…」
戸惑う私に、十升が優しく語りかける。
彼のバットを握ると、えも言われぬ高揚感が満ち溢れてくる。
「ふふ、でもスンナリ入っちゃったょ?」
初めての体験に少し戸惑いながらも、私はソレを受け入れた。
激しく突き抜ける快感に身を委ね、次に訪れる衝撃を焦がれつつ、乱れた呼吸を整える。
胸や腰、背中の辺りから滴る汗が心地よい。
汗を流すのが爽快だと思ったのは、いつ以来だろうか?
火照ったカラダを鎮める、大っきいのが最後に欲しい――
その一心で、十升の逸物をシッカリと握り締めた。
「ふぅ‥‥‥凄いのね、この鬼瓦バットって」
バッティングセンターに足を運んだことはあっても、それまでは兄とチームメイトの打撃を見守るだけだった。
試しにやってみたらどうか?と誘われた機会も幾度かあったけど、口先だけじゃないかと笑われるのが嫌で、固辞していたから。
「気に入って貰えてオニィチャン嬉しいょ。さぁ、そろそろお昼ご飯にしよっか?」
自分の言う通りに振れば大丈夫、と愛用のバットを借り受け、半信半疑で打席に立ったのだが―…非力な私でも、真芯で捉えればホームラン性の当たりが何本か出た。
あの時は凄く嬉しくて、今でもストレス発散や運動不足の解消に、とコッソリ通ったりもしている。会心の当たりを放つと、初めての快感が昨日のことのように甦る。
「ぅ゛ ちょっと待ってて。その前にその‥‥‥お化粧室に行かせて欲しいの」
「あぁ、大丈夫だよコインシャワー有るから」
ただ、マシン打撃のように始めからゾーンや球種をある程度絞れる状況でもなければこのバットの扱いは非常に難しく、ストレートを待ちながら変化球にも対応、なんて器用な真似は極めて困難だと思われる。
こんな得物を使いながら真剣勝負の場で、どうやって暁大付属の誇る両左腕を攻略したのであろうか?興味は尽きない。
「汗一杯かいちゃったろ?バスタオルも用意しといたんで、デオドラントなんぞ使わんでおk」
「ぁ、ありがとう‥‥‥でも、もう少しデリカシーが欲しいわね、お 兄 ち ゃ ん ?」
不可解な設定付じゃ無ければ申し分ないデート内容で、また誘われたとしても、都合さえ合えば断ったりはしないだろう。
割と上機嫌でシャワールームを出ると“コレを着用!”とのメモ用紙が貼り付けられた袋が置いてあり――
中には去年、六本木優希がウェイトレスとして着用していた衣装が入っていた。
前言撤回。冗談では無い、こんな服を着れるものか。私に似合う筈が無いじゃないか?
断固拒否せんと反抗したのだが、今日の私は四条澄香ではなく十なぎさであると一蹴され、なりきりが出来ないのであれば慈悲を乞うか、金輪際話し掛けるなと再び選択を迫られる。
こんな変態に付き合う義理は無い、と即刻後者を選ぼうとしたのだが、十升はもう少しで私の望みを叶えられるのに、と外国人並のオーバーリアククション付きで呟いた。
「どっ、どうしてソレを…」
「さぁて、な。写真集なんかを愛でてるより、本物を抱きしめたくないか?」
これ以上無い殺し文句に言葉を失ったが、何時の間に視ていたと言うのか?
私の情はもうスッカリあのワンコに移っていて、自分の中では里親を探すなんて選択肢は、存在してなかった。
「もし説得出来なければ、オレの負けで構わん。任せろ」
「でも、アナタなんかにそんな事っ」
「いくら見た目がヌイグルミでも、野良なら保健所に通報されちまえば即アウトだろ常考?」
「ぅぅッ‥‥‥その約束、絶対守って貰うわよ?」
ダメ押しの一言に葛藤をする間も無く、私の中で何かが折れた。
覚悟を決めて着替えに取り掛かるが、スポーツブラの替えが無い。ニップレスを付けたのも初めてだった。こんな物、どの面下げて買って来たのか?ジャージで来たのでストッキングも無い。ヘッドドレスは見逃して欲しいが、駄目だった。
「んっんー、まぁ~だ固いなぁ。ウィッグも追加しる」つ爪
「こ、これ以上何をっ‥‥‥もぅ、勝手にしなさいよ莫迦ァ」
要求を甘受し、実在するのかどうかも不明な少女を演じる方を選んだ私にカツラを被せる。これではまるで着せ替え人形だ。誰なのよ咲夜さんって?
でも仕方が無い。ここで帰宅して怒らせたりしたら、あの仔の身に何が起こるか判ったものでは無いのだから。
それにしても、十升が高等部に入学する以前の面識は一切無かった筈なのに、彼はまるで私の思考や行動を、予め把握しているかのように立ち回っていた。まさか、前世で私が何か仕出かしたとでも言うのだろうか?
「かぁいい!超キュート♡ 」(; ゚∀゚)=3
「知らないっ」
「そんな捨て鉢にならんと、嘘偽り無くお前さんは可愛いんだし、後は演技に徹してくりゃりゃんせ♪」
「こんなカッコで褒められても、嬉しくなんか‥‥‥ない」
間近で見なければ、恐らく家族ですら私だとは気付くまい。
髪のボリュームも全然違うし、小学生の頃から裸眼で過ごした時期の方が圧倒的に短い。あんな姿で外を出歩くなんて、自分でも信じ難いのだから。私のアイデンティティが完全に崩壊している。
デートの話?正直、その後は記憶が曖昧なのだ。
そのままファミレスで食事をし、ウィンドウショッピングをしながら夕方遅くまで連れ回されたのだが、何を食べ、どんな会話をして、何を見て回ったのかも良く覚えていない。
羞恥に身を捩らせ、好奇の目に晒される自分に煩悶としいているうちに、終わっていた。
着替えを済ませた後、帰りのモノレール内でも恋人のように振舞う十升を拒む気力も失せ、彼の肩に頭を乗せたまま、手付代わりにと贈られた青い子犬のキーホルダーを、ボンヤリと眺めていた。
【余話・五十嵐権三談】
「お大事にー」
数週間に渡る虫歯の治療をようやく終え、俺は病院を後に‥‥‥やっぱり文章にするんだったら、1人称は我輩とかの方が据わりが良い気がする。うん、将来自叙伝的な物を書く時に備え、当面はコレで行こう。
それにしても、歯磨き仕方については盲点だった。今までズッと寝る前に磨いておけば良いか、程度で済ませてたからな。完璧にマスターして、ヨコタにも教えてやるとしよう。
目標を失いかけていた矢先、突如として現れたシゴき甲斐のある後輩。アイツのお陰で自分の傷心は、少しずつ癒えつつあった。
1年前、セレクション入学にも拘わらず早々に捕手失格の烙印を押され、打撃を武器に伸し上ろうにも同期の4番候補生コンビには歯が立たず、あまつさえ自分に引導を渡した正妻にすら劣る(初期パワーは“C”で、最終的に“B”まで上昇するが、あかつき同期野手8名中4位)始末。
それでも自慢の強肩を活かしたアピールを続け、秋には慣れないサードでレギュラーの座を掴み取ったのも束の間。肝心の公式戦前日に捻挫して、懲罰降格の憂き目に遭う。
苦難の連続に耐え切れず、失意の底に沈む自分を救い上げてくれたのが、保健室の女神こと加藤理香養護教諭その人だった。
ガタイが良くて常に堂々としているせいで周りの連中は俺‥‥‥おっと、我輩を豪胆な熱血漢だと勘違いしているみたいだが、本当のところ非っ常ぅぅぅに繊細なのだ。
いつも両肩から胸元まで露わな紫のボディコンスーツに白衣を羽織り、素足に高いピンヒール履きで颯爽と学園内を歩く姿は、男子生徒と一部の女子生徒から絶大な支持を集める一方、古臭い概念に凝り固まった保護者や教師達には疎まれていた。
ご近所のお姉さんみたいな気安さと、締める所はキッチリ締める凛々しさを兼ね備えたオトナの女性で、あの日も白衣が汚れ(ミニスカートからアダルティな下着がチラリと覗いて)るのも気にせず、迅速で的確なライス(応急措置)を施して下った。
そのお陰で、暮れの昇降試験には万全の体勢で臨む事が出来た。リカ先生が説いてくれた基礎トレーニングの実践が早くも効果を発揮し、年明けの地獄マラソンでも1位入線を果して名誉挽回。監督からご褒美まで賜っている。
甲子園の常連になりつつあった名門野球部で不動の地位を確立し、学生の本分たる学業においても上位をキープ。ゆくゆくはドラフト指名を受けるか、官僚大医学部への進学を決めた段階で、敬愛するリカ先生に思いの丈を打ち明けるつもりだった。
それなのに、新年度を迎える前に恋ナンチャラとか言う元女子校に引き抜かれ、学園を去ってしまったのである。それはもう号泣した。夕日に向かってバカヤローと叫んだ。でも決して諦めた訳じゃないぞ?今は雌伏の時なんだ、我輩は逆境に強いんだ。
「いくぞヨコタ、青春ランニングだ!」
「ゴチでげす!」
ポケットにソッと魚肉ソーセージを忍ばせる。河原沿いの草むらに隠れた、即席の段ボールハウスに立ち寄る為の隠語だ。
こう宣言しておけばアリバイにもなるし、他について来る奴も居ない。我輩以外にもあのワン公の世話をしてやっている人間が居るみたいだが、飼ってやれないのだろうか?
「最後まで遅れずに着いて来れたら、ラーメン奢ってやるぞ」
「寄り道の時間稼ぎは構いませんが――別に、追い抜いてしまっても構わんのでしょう?」
「こやつめ、ハハハ!」
「ハハハw」・ω)チ
あの一之瀬キャプテンでさえ独自の調整があるから、と御遠慮されてしまうロードワークへの誘いも、積極的について来る。思わず熱が入り過ぎてしまい、勉学的な意味でのライバルの四条も一目置く、体調管理論議だって嫌な顔1つせず耳を傾ける。
コイツだったら万が一レギュラーを譲る事になったとしても、心から応援してやれる。そんな漢だった。
「ところでお前、彼女は居るのか?」
「今んトコはフリーっね、特定の恋人はいませんょ~」
「ぷっ!ぬかしおる」
「ははは」・ω)oO(お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな)