暁の軌跡   作:兼久

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#6「イケます」( ° ▽、° 8)+

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大声援と共に地元を送り出され、どこか非日常的で、夢見心地でいた第78回全国高等学校野球選手権大会。

 

甲子園球場には前年も兄の応援で駆け付けてはいたけれど、抽選会、開会式リハーサルと着々とイベントが進行するにつれ、マネージャーながら徐々に当事者としての現実味を帯びて行く。

 

特に甲子園練習では日常を打ち破り、唐突に訪れる現実の存在を、嫌と言うほど味わわされた。

 

「次っ、4-6-3と6-4-3、ランダムで行くぞ!」

 

出場校に与えられるのは、僅か30分。ベンチ入りから漏れた1軍選手が、球拾いでも甲子園の土を踏むことを許される、希少な機会。2軍選手にはそれさえも叶わない、貴重な時間。

 

君が為か、我が為かは知る由も無い。でも彼は、開始前から体に違和感があったのをひた隠しにして守備連携に臨み、1年振りとなる聖地の感触を確かめていた。

 

夢のような半刻はアッと言う間に過ぎ去り、係員から引き上げるよう指示が出る中、六本木優希が胸の辺りを抑えながら、片膝を付く。

 

「ろっ?! 誰か救急車を‥‥‥早く!」

 

事情を解さぬ人間には彼が名残を惜しみ、それこそグラウンドに語り掛けているかに見えたのかも知れない。

 

でも、普段の練習中に誰かが倒れても“保健室に運べ”と指示するだけで、容態を顧みようともしない鉄仮面が血相を変えて飛び出したのを見て、暁ナインの誰もが只事では無いと悟った。

 

「――基本的な作戦は以上だ。明日の暫定4番は七井とする、心して掛かれ」

 

一連の騒動から数時間後。千石監督は搬送先の病院から戻るなり、直ちに1軍メンバーを招集。

 

開口一番で六本木先輩の容態に触れ、皆を安堵させたかと思うと、そのまま対戦校のエース・山口賢投手攻略についてのミーティングを開始した。

 

数日の入院が必要だが、命に別状は無い。

 

だが言い換えれば当面の間、彼の復帰は無いことを意味する。練習中に倒れた時点でこうなるのは半ば規定路線であったとしても、一体誰がその代役を務めるのか?

 

この入院劇は出場機会を逸していた3年生達にとって、仏陀の垂らした蜘蛛の糸にも等しかった。誰かのピンチは、他の誰かのチャンスなのだ。

 

彼らの焦点はそこ一点に絞られていて、相手投手の攻略法やライバルの容態など付録に過ぎない。

 

特に顕著だったのは五十嵐権三とのレギュラー争いに破れ、ベンチウォーマーに成り下がっていた座粉将斗で、宿舎に戻ってからの練習では自ら進んでショートに就いていた。

 

「なお、六本木に代わってショートは四条、お前に任せる」

 

『ざわ…ざわ…さ゛…ざゎ‥‥‥ざわ』

 

ショート座粉再臨の目論見は脆くも崩れ去り、監督の視線‥‥‥とは言ってもサングラスで見えないのだけれども、その先に注目が集まる。

 

「そしてセカンドには十、お前を起用する」

 

「ぢヮ!? 」;・ω)oO(アイエエエ! レギュラー!? レギュラーナンデ!?)

 

他の部員達は勿論のこと、流石に今度ばかりは指名された当人ですら信じられない様子だった。

 

私も含め、千石監督がセンターラインに求めているのは強固な守備であり、その選手起用から打撃は二の次三の次だと認識していたのだから、尚更である。

 

「あの、ヨコタのスタメンは明日の試合限定のお話っスよね?2回戦からは――」

 

「こんな時に倒れる奴を使えるか!今大会中、六本木の存在は忘れろ」

 

私情が絡むので、十升の守備についてとやかく言うつもりは無い。

 

が、内野手として致命的な左投げの選手を甲子園で初スタメンに抜擢するなんて、正気の沙汰とは思えない。率直な感想を述べれば暴挙だろう。

 

「監督ッ、六本木の野郎は熱中症ってだけじゃあ無いんスか!?」

 

「カントクぅ、ユーキ死んじゃうのか?オイラ絶対イヤだぞっ」

 

普段ならミーティング中に私語を発するなんて、絶対に有り得ないのだが、皆興奮が冷めやらない。

 

鉄壁の~なんて陳腐な言葉ではとても表し切れない、華麗なる守備。

 

幾度となく勝敗に関わる痛打をアウトカウントに錬成してきた勝利の錬金術師を忘れ去るなんて、出来る筈が無いだろう。

 

指揮官の見当違いな檄に、チームの混乱は一気に加速した。

 

「何度も言わせるんじゃない!‥‥‥全員グラウンドに出ろ、貴様等は頭よりも体を動かせッ」

 

普段なら竦み上がる戦慄の一喝にも、狼狽は一向に収まらない。結局この後の練習も浮き足立ったまま、誰1人としてまともに集中出来ていなかった。

 

今にして思えば、六本木優希に誰よりも信頼を寄せていた監督自身の困惑が、滲み出た証であったのだ。

 

 

 

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「眠れないの?」

 

私の問い掛けに十升は“良い膝枕と子守唄があれば”などと言い募る。

 

翌朝から始まる一戦に備え、夜間練習は一切禁止。にも関わらず、彼は大部屋を抜け出して何故かシャドウピッチングをしていた。

 

「そう。子守唄は辞退させて貰うけど、私の膝で良ければ貸してあげてるわよ?借りもあるし」

 

まだまだ手探り感は否めなかったが、出発前に行った海水浴で、彼の扱い方は概ね把握出来そうだった。

 

他人の領域にズカズカと踏み込んで来る割に、危険水域ギリギリの、本当に我慢出来る限界でセーブする。だからある程度までは乗ってやり、後は適当に去なすのが正解なのだ。

 

「借りと来たか。そういやガンダーは元気してる?しかしお前さんがガンオタであったとは読めなかった――海のリハクの目をもってしても!」

 

「だから、名付け親は私じゃなくて兄さんだって言ってるじゃない‥‥‥いつから李白になったのよ?」

 

彼の取り成しで家族の一員になった仔犬の名は、兄も幼少の頃から愛好してやまない老舗玩具メーカー・玩多堂のヒット商品に依る。 

 

重ねて言おう、断じて私の趣味なんかでは無い。

 

私はみかんとか、もっと可愛らしい名前にしたかったのに、あの恩知らずの浮気者は兄にベッタリ懐いてしまい、もう完全に自分の名前はガンダーであると認識してしまった。

 

「でもそんなワンコと飼い主さんがキャッキャウフフしてるzipだけで小生、ご飯3杯はイケます」( ° ▽、° 8)+

 

「なななっ、なにをゆってるの!」

 

兄と2人でノートパソコンを覗きながら、矢鱈と熱心に野球談義に花を咲かせているなと傍観していたが、そう言うことかと思い当たる。

 

それでも恥ずかしい格好で連れ回されるよりはマシだし、彼のお陰で憧れのわんこの居る生活が実現したのだから、多少は大目に見たけれど‥‥‥私とあの仔の写真なんか見て、何が愉しいのか?

 

高が犬っコロ1匹で何を大袈裟なと笑うかも知れないが、十升の影響で私も兄も人生の路線が大きく切り替わってしまった。

 

「ナニって‥‥‥ぁ!もしかして月が綺麗ですね、とか言うべき流れだったり?」

 

「10年早いわよ莫迦っ!いい加減にしないと監督に言い付けるわよ!?」

 

野球と言うスポーツには、九つしかポジションは無い。

 

投手が分業制になろうとも、指名打者制度が存在しようとも、同時にグラウンドに立てるのは9人のみ。

 

その時点で、最も適している者達が選ばれるのだ。

 




【余話・三本松一談】

「4番は七井とする」

覆る訳も無い決定事項。

奴を中心に、二宮とワシで前後を固める新機軸。一ノ瀬主将の負担軽減とその先々を睨み、監督は西東京大会で1番ホームランを打った男を甲子園での4番に据える、と宣言なさった。

ワシと七井には均等に打席数が与えられ、互いに鎬を削ったが、主将とアイツが同率首位。3番手じゃグゥの音も出ん。

それでもこうして皆の前で改めて通告されてみると、心の底に押し込めた筈の嫉み、妬みが闘争心となってバチバチと焚き付ける。

「おいガイジン、ワシとバットで勝負せい」

小学生の頃、前倣えじゃ腰に手をやるのが定番だった程の弩チビだったワシにとって、既に中高生かと見紛うくらいにデカいアイツは目標であり、憧れだった。

だから2年前、風の噂で七井の奴が日本に帰って来ると聞き、胸が躍った。地元からの推薦話も蹴って、セレクションを受けた。

中学に入ってからドンドン背が伸びて、多分見下ろすぐらいにまでなっているであろう自分の力を、見せ付けてやりたかったのだ。

アイツはワシのことなんぞ露程も憶えておらんかったが、とにかく張り合った。先輩方の中でも主将以外は太刀打ち出来んようになるうちに、段々悟ってきた。

ワシは、プロには向かん。

パワーじゃ誰にも負けん自信は有る。だがパワーしかない。鈍足で、弱肩で、一塁しか守れん。プロの世界じゃ助っ人か、チームを牽引して来たベテランに宛がわれる聖域だろう。

監督が幾分前に導入した“球将軍”程度のピッチャーなら、真っ直ぐに的を絞ればどうにでもなる。直球勝負なら、その上の“ボールキング”だってドンと来いだ。

そこいらの野球部で1番、それでも140/km辺りが精々の、これが自分の全力全開でごさい、と一目で判るフォームでブン投げる棒球なんぞ、打ち頃の絶好球でしか無い。

だってのに、ドラフトに引っ掛かりそうなエース格を相手にした途端、急激に打ち損じが増える。五十嵐が後ろを任されるまでは、三本松ならぬ三振松、なんて陰口を叩かれる格下キラーっぷりを晒した。

それに比べてアイツの強靭なリストは、右へ左へと自在に打ち分ける。プロの舞台で活躍するのは七井みたいなバッティングが出来る奴であって、ワシじゃあ無いんだ。

その証拠に、本人から遠回りになるが条件付で囲い込みの話が、なんて相談もされた。二宮だって、何人かのスカウトさんから名刺を貰っとるらしい。

思い余って影山さんに、ワシをどう思うか?と尋ねてもみた。

「そうだな‥‥‥今よりステップアップを目指すなら大学に行って、色々学んでみると良い」

その一言が、ガツンと響いた。

野球を長く続けるんなら暁大進学よりも、首都防衛隊の社会人チームに所属する方が、将来的には堅実だろう。進路指導の時に、如何にもスポーツとは無縁そうな担任教師にまで諭された矢先だった。

こうなったらあと1年、憧れだったライバルとの力勝負を、精一杯楽しもう。そう開き直るしかないわ。

そよ工のエースみたいなのを相手に、追っ付けてスタンドに―…なんて器用な真似は出来ん。力任せに引っ張り倒して、場外へカッ飛ばすのがワシの醍醐味なんだ。

確かに楽して暁大に上がったって、卒業しても潰しが利かん。それなら体育大で後進の指導に生かせる何かをシッカリ学んだ方が、何倍もマシだろうよ?

ほぅら、もう悩むこたぁ無い。明日は一発ブチかましてやるわ。

「吹くっスー」/・ω)/

――そういや七井の劣化版みたいなのが、1人居た。

自分は細マッチョだの何だのと言い張る四条の方が、まだ筋肉が付いとる。非力なクセに、やたらとワシらに絡んでくる、面白い奴。入部したばっかりの頃のワシも、七井にとっちゃあんな感じだったのか?

「野球技術指導ビデオ(走塁編)か。要らんな、お前に…」
「それよか弾道上がるビデオ、貸して下さい」(´∀`人

時折コツを掴んでると言うか、ミートのタイミングが絶妙で、スタンドギリギリだろうが場外だろうが1本は1本、みたいな打ち方をして見せる。

後輩を参考にするのも癪だと思って歯牙にも掛けんかったが、何かの役に立つかも知れん。折角だから、ジックリ観察してやろう。
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