ファントムクォーツ 仮面ライダーゴースト外伝 仮面ライダーpq   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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「もう! なんなのあのオバサン! ムカつく!」

 どかどかとアスファルトを蹴り付け、憤懣遣る方無い様子の優が、夕暮れの町を歩いてゆく。

 通り過ぎた通行人たちの幾人かが驚いた顔で仰け反ってゆく勢いで。

「本当に見たのに! お姉ちゃん、あの時……」

 やがて足速を落とした優は立ち止まり、車通りもまばらな交差点の、これから行こうとしていた方向とは別の方角の道路の先を見遣った。

 一ヶ月ほど前のことだ。

 趣味の手芸(忌々しいことに、あのオバサンの指摘は図星だった)の材料を買いに行く途中、反対側の歩道を歩く姉の姿を偶然見かけたのだ。

 その時、優は自転車に乗っていた。慌てて離れた信号を回って後を追ったのだが、見つけた地点に着いた時にはもうどこを見回しても姉の姿はなかった。

 決して見間違いではない。そこには自信がある。目前の車道を行き交う自動車を避けるために横断歩道を探す程度の冷静さもあった。

 家族をひとり失い、写真も前の家も火事で無くし、父も母もそれなりに病みもしたが、今は普通に生活を送れるほどには心の整理もつけられたつもりだ。

 それを、あのオバサンは、心無い言葉で煙に巻き貶めたのだ。

「許せない……!」

 再び怒りが沸き上がる。

 もう一度、せめて何らかの手がかりを求めて、あの時の姉を見つけた場所まで行ってみようかと考えたが、それはできないと優は頭を振った。

 時はすでに日暮れ。

 父も母も、唯一残された娘であるところの自分を、神経質なほど大切にしている。

 自分も、自分がいなくなる事で両親をこれ以上悲しませたくないと思っている。姉といた楽しい思い出のある家族に、これ以上の傷があってはならない。

 絶対に、万が一を起こしてはならないのだ。

「帰ろう」

 そのように考え、判断できる程度には冷静なのだ。

 ──だから、あのオバサンは間違っている。

「なにがゴーストハンターよ。逆に断られて良かった。胡散臭いったらありゃしない」

 見つめていた方角の道路に背を向けて歩き出した優だが、あ、と呻いて数歩と経たずに立ち止まった。

「……あー。一応、報告には行かないといけないかなあ」

 あの『大地探偵事務所』は優が見つけたものではなく、知人に紹介されて知ったものだった。

 優の境遇を知って気を遣ってもらったのだから、お礼と事後報告には行かねばなるまい。

 お礼に伺うのは、まったくやぶさかではない。やぶさかではないのだが。

「……仕方ない。行くか」

 優はそちらへ足を向けた。

 

 そこは、どこか古ぼけた印象の喫茶店だった。

 煉瓦で組み上げられた外装や、所々に配置されたステンドグラスの装飾が、神秘的でクラシックな雰囲気を醸し出している。

 正直、この商店街の直中にあっては、周囲の日本風家屋からは非常に浮きまくっている。

 だけど、中では落ち着いてくつろぐことのできる、優のお気に入りの店ではあった。

「あ。いらっしゃい」

 ドアに揺らされたベルが趣のある音色を奏でる。

「どうぞ。 いつもの席、空いてますよ」

「どうも」

 カウンターの向こうでコーヒーミルのハンドルを回していた壮年の男性が、眼鏡越しの柔和な笑顔で出迎えた。

 看板に「Blind Heart」と控えめに刻まれたこの喫茶店に足繁く通ううちに、店の主人に顔を覚えられ、気に入りの席までできてしまったのだった。

 いそいそと、いつものカウンターの席につく。

「いつものでいいのかな?」

「あ、はい、お願いします」

 そして、カフェオレ、と言うまでもなくお気に入りのメニューが出てきてしまうまでにもなった。

 決してコミュニケーションの得意なほうでない優としては恐縮しきりだが、実に居心地の良い店なのである。

 ──ただ一点を除いては。

「お待たせしたな! ユウ!」

 明朗で溌剌とした、そしてやけに尊大な声が優の傍らへやってきた。

「所望のカフェオレだ! 今日のコウジも実に良い仕事をしている! 味わって飲むが良いぞ!」

 そう言って優の前にソーサーに載せられたコーヒーカップを置いたのは、長身で、眉目が非常に整った青年だった。

「ああ! しかし、いつもいつも良い香りだ! なあコウジ! 私にも同じものをくれないか!」

「遊馬君はまだ仕事中でしょ?」

「休憩だ!」

「さっき休んだばかりでしょう?」

「もう一度休憩だ!」

「休憩は、もうおしまいだよ?」

「ダメかー! はっはっは!」

 勝手に優の隣の椅子に腰掛けた青年──榊 遊馬(さかき・あすま)は、店の主人の榊 弘司(さかき・こうじ)の従兄弟だそうで、住み込みで働いているのだそうだ。

 ──なのだが。

 光輝くサラサラな栗色の髪と言い、活力に溢れた眼光と言い、根拠の無い尊大さと言い、意味不明の気品と言い、どこのお貴族さまが外遊に来たのかという、出所不明な振る舞いが不思議な青年だった。

 「浮き世離れ」という言葉では済まない言動ばかりだが、それが嘘とも思えないほど馴染んでいるため、優としても黙って受け入れざるを得ない。

 一度、弘司にこっそりと訊ねたことがあるのだが、「実家がお金持ちらしい」以上の話は聞けなかったし、それ以上追求できる立場でもない。

 それはともかくとしても。

 優としては、お店の雰囲気は素敵で大好きなのに、それをブチ壊しにしてしまう遊馬のキャラが苦手だった。

 それが、気に入りの店に足を運ぶのを躊躇する理由だった。

 遊馬自身は至って底抜けに明るいだけの、優にとっては少々ウザいだけの、根は良い人である。

 先ほどから隣でずっと、曇りのない純真無垢な底抜けの笑顔でこちらを見つめている遊馬を半眼に見つつ、カフェオレをひとくち飲み込んだ。

「……あの、マスター。教えてもらった『大地探偵事務所』に行ってきました」

「ほう! で、どうだった!」

「遊馬さんには言ってないでしょ!」

 興味津々に目を輝かせて聞き返してきた遊馬に思わず怒鳴りつけてしまう。

 カウンターの向こうにいる弘司に聞こえていないわけがないし、仕事の手を止めさせてしまうわけにもいかないので、優はそのまま続ける。

「……行ってきたんですけど、断られました」

 紹介してくれた人に対して悪しざまに言わないだけの常識は心得ていたから、結果だけを言った。

「ありゃ。ダメだったか。ごめんね、お役に立てなくて」

「いいえ。ありがとうございました」

 詫びる弘司に、優も慌てて頭を下げた。

「しかし、行方不明者の捜索の依頼で、肉親の目撃情報もあるのに、なにがいけなかったんだろうねえ?」

「それが、ひどいんですよあの探偵事務所!」

 だが、弘司の訝しむ疑問に、つい優の中の不満が弾けてしまった。

「わたしの見間違いだろうって、決めつけるんですよあそこの所長! 不健康だから、幻覚でも見たんだろう、って! ひどくないですか!」

「えぇー、そんなこと言ったのかい?」

 抽出器具を操作しながら、弘司がおおげさに眉をしかめた。

「ふん、存外使えぬ輩だな!」

 珍しく黙っていた遊馬が、いきなり立ち上がって憤りの声をあげた。

「傷心の子供の助けを求める声すら聞けないとは、とんだ非道がいたものだ!」

「子供とか言わないで」

「ユウ。おまえの胸の痛み、良く分かるぞ」

 優の抗弁をさらっと無視して遊馬は、沈痛な面もちでまぶたを閉じると、ゆるく握った右の拳で、自身の胸元にささっと楕円を描いた。

 それはまるで、聖印のように自然な動作で。

「このカフェオレは私の奢りだ。心置きなくこの味と温もりで心身を癒すが良い!」

「…………」

 普段は頓珍漢な物言いしかしない遊馬だが、こればかりはいつものように跳ね除けることができなかった。

 なぜなら、遊馬も、数年前に妹を亡くしていたのだから。いつだったか、優の姉についてここで話した時に、遊馬が言葉少なに語ってくれたことがあった。

 だから。

「……うん。ありがとう」

 優は、ありがたく、その温もりを味わった。

 

 店を出た優を道路まで出て見送った弘司は、「closed」の札を提げてそのドアを閉じた。

 眼鏡を怜悧に光らせて、店内を振り向く。

「……あの探偵事務所の「ゴーストハンター」の看板に偽りがなければ、今夜、いや、すぐにでも動くだろうね」

「なんの話だ? コウジ」

「遊馬君のハナシをしているつもりだったんだけどねえ!」

 きょとん、と笑顔で問い返してきた遊馬に、弘司が伸び上がって素っ頓狂な声をあげた。

「遊馬君の縁者が絡んでるかもしれないんだろう? 近頃この町で起きている怪事件の中では、これは一番の好機だよ。行くのなら、今すぐ行ったほうがいい」

「しかし、ユウを利用する形になるのは、いささか気が咎めるな」

 腕組みしてスツールに腰掛ける遊馬は、眉をしかめた。

「ことに、ほぼ同じ傷を抱える者としては」

「僕も、「好機だ」と言っただけだよ」

 弘司は、なだめるように手を振ってのそのそとカウンターに戻った。

「だから、君が決めなさい。この機を利用しないのなら、せめて優君に警告して、お姉さん探しを止めさせなくてはならない。このまま放っておくと、恐らくは怪事件に巻き込まれることになる」

「……そうだな」

 呻くと、遊馬は懐から紡錘形の携帯電話のようなものを取り出した。

 それは、ディスプレイ部が横回転して展開する「リボルバー式」と呼ばれる、現代日本にあっては過去の遺物とも呼べる代物……によく似ていた。

 機械と言うには、やや生物的な意匠が目立つ奇妙な物体だったが。

 遊馬はしばし、取り出したそれを見つめていた。

「おや。降ってきたか」

 いつの間にか、薄暗い窓の外にはいくつかの雨筋と、持ち物を頭上にかざして走る人々の姿があった。

「ちょうど良い口実ができたよ。ほら、これを持っていってあげるといい。どうするかは、道々考えればいいよ」

 カウンターの裏から取り出した傘を突き出す弘司に、遊馬は意を決したように眉目を引き締めると、それを受け取って立ち上がった。

「うむ! 行ってくる!」

 

 

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