超時空機動戦士マクロス Serment éternel〜Air/永遠の愛を君に•••   作:sharian

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西暦2009年2月、人類と使徒、異星巨人種族「ゼントラーディ」とのファースト・コンタクトを機に第一次星間大戦、その後、2040年12月に第一次使徒戦争(セカンド・インパクト)及びジオン独立戦争が勃発。2度の一年に渡る大戦は地球や太陽系の惑星を死の星へと変貌し、そこに存在した生命の大半を死滅させる結果になった。アイドル歌手リン・ミンメイの貢献により決戦に勝利した人類は、人類側に付いた一部のゼントラーディと共に荒廃した地球環境の再生を目指した。
また、星間大戦の再発や使徒の再襲来に備え、全宇宙への人類種の保存・拡散を目的とした「銀河播種計画」を立案。巨大な居住艦を中心に大規模移民船団が次々と結成され、居住可能な惑星を探して銀河の各地へと旅立っていった。
西暦2059年。旗艦アイランド1を中心に大小数千隻もの宇宙船で構成された第25次新マクロス級移民船団国家ジオン帝国(マクロス・フロンティア)は、9億8,000万人規模もの居住民を乗せて銀河の中心を目指す航海の中にあった。


第1話 【ファーストコンタクト】

ー宇宙空間ー

漆黒の宇宙空間に宇宙服を着た1人の男が浮遊している。

まるで眠っている様にも見える。

 

「宇宙には上も下もない......ずっと浮かんでいられる.....だけど俺は.......飛びたいと思った....例え落ちても良い。」

 

男の背後に広大な移民船団が現れる。

 

神様に恋をしてた頃は

こんな別れが来るとは思ってなかったよ

もう二度と触れられないなら

せめて最後に もう一度抱きしめて欲しかったよ

 

It's long long good-bye…

 

さよなら さよなら 何度だって

自分に 無上に 言い聞かせて

手を振るのは優しさだよね?

今 強さが欲しい

 

貴方に出逢い STAR輝いて アタシが生まれて

愛すればこそ iあればこそ

希望のない 奇跡を待って どうなるの?

涙に滲む 惑星の瞬きは gone…

 

忘れないよ 貴方の温もりも

その優しさも 全て包んでくれた両手も

It's long long good-bye…

 

さよなら さよなら 愛しい人

貴方が いたから 歩いてこれた

ひとりなんかじゃなかったよね?

今 答えが欲しい

 

燃える様な流星 捕まえて 火を灯して

愛していたい 愛されてたい

冷えたカラダひとつで 世界は どうなるの?

張り続けてた 虚勢が溶けてく long for…

 

どうしてなの? 涙溢れて 止められない

 

貴方に出逢い STAR輝いて アタシが生まれて

愛すればこそ iあればこそ

希望のない 奇跡を待って どうなるの?

涙に滲む 惑星の瞬きは gone…

 

もし生まれ変わって また巡り会えるなら

その時もきっと アタシを見つけ出して

もう二度と離さないで 捕まえてて

ひとりじゃないと 囁いてほしい planet…

 

ー現在ー

フロンティア船団(ジオン帝国)上空

 

「フォールド終了しました。当機は間も無くフロンティアに到着致します。」

機内アナウンスが流れると、ベルトを外しても良い事を示すランプが点滅する。機内のカーテンが自動で開けられて行く。

ファーストクラスではカーテンが開いたのを合図に誰もが羨む程の美貌を持つピンクのブロンドが特徴のピンクのワンピース姿の美少女がアイマスクを顔から引き剥がし、座席からゆっくり身を起こす。隣に座っているビジネススーツを着た美女に促され、窓の方に貌を向ける。

「わぁ!海.....!」

眼下にはリゾート地と海が広がっていた。さらに視界を広げると広大な幾つものコロニーと巨大なコロニーを一つに繋げた広大な移民船団が眼下に広がっていた。

 

君は誰とキスをする

わたし それともあの娘

君は誰とキスをする

星を巡るよ 純情

 

弱虫泣き虫連れて

まだ行くんだと思う わたし

愛するより求めるより

疑うほうがずっとたやすい自分が悔しい

 

痛いよ

味方だけど愛してないとか

守るけど側にいれないとか

苦い 二律背反

今すぐ タッチミー

運命ならばつながせて

 

君は誰とキスをする

わたし それともあの娘

こころ揺らす言葉より

無責任に抱いて 限界

 

妄想うぃ裁くオキテ

うしろから蹴りあげたら

むき出しの恋によろけた

呼吸だけで精一杯

むかえに来て おぼれてるから

 

痛いよ

前向きな嘘 真に受けるのは

笑っても声せがめないから

未来もてあました

今すぐ hold me

理性なんて押し倒して

 

君は誰とキスをする

わたし それともあの娘

涙まるで役立たず

星を駆けるよ 純情

 

キミは誰とキスをする

 

君は誰とキスをする

わたし それともあの娘

たったひとつ命をタテに

いまふりかざす 感傷

 

第1話 【ファーストコンタクト】

ーフロンティア国際空港ー

「はじめまして、キャサリン・グラス 帝国国防海軍中尉です。統合幕僚本部からの命令により今回の御滞在中、ジオン政府の代表として護衛させて頂きます。」

白い尉官用制服を着た若く美しい女性将校が敬礼する。

その優雅な物腰や教養、美貌は長旅を終えたシェリル・ノームの自尊心を満足させるものだった。

ひとつ前の中国系移民船団国家鄭和人民共和国の護衛官は屈強揃いで優雅さが足りず、その前のマクロス11共和国の護衛官は美人揃いだが、護衛と言うより動く人形で、ウィットやユーモアの足りない会話はシェリルをたっぷりとうんざりさせた。

その点ではグラス中尉は悪くなかった。

シェリルはレズビアンではないが、護衛官のグレードはつまり、自分をどれだけジオン政庁が評価しているかと言うことに直結している。なにより、側にある華は自分の美しさをより引き立ててくれるに越したことはない。

「グラス首相閣下の一人娘だそうですよ。」

「へえ...」

シェリルがキャシーの美貌と才能に満足したのを見て取った忠実なマネージャー、グレイス・オコナー女史がそんなことを囁いた。

(なるほど....)

確かにこの銀河ツアーの終結地がジオンであるのは頷けた。

街中に貼り出されたシェリルのポスターやホログラム。そのどれもがこれ迄巡った移民船団国家と同じようで、どこかが違う超越した何かがある。

あえて表現するなら熱気と神秘だ。

銀河ネットワークを通じて拡散したシェリルと言う歌姫の情報、これまでの数々のコンサートで人々の心に広がってきた感動の粒子。それに、この国の聖地の神聖な空気、それらが広大なうねりとなって、シェリルの周りを取り巻いているのを感じる。

リムジンの窓から街の景色を見るだけで、その熱気と神秘さがひしひしと伝わってくる。

戦前風に言うならオリンピックと万博が同時に来たような、そんな盛り上がりだった。

そうでなければ、ジオン帝国首相の一人娘が冷戦中の仮想敵国でもある他国のアイドルの護衛に就く、などと言うことは到底考えられないだろう。

「それで、3日後のコンサートの予定は?」

「はい。」

何十光年もの長旅の後、直ぐにコンサート。常人なら過労死するようなスケジュールだが、シェリルはそれを苦とは思わない。

彼女が幼い日から築き上げてきた鍛練の内出会ったし、それ以上に身体中の細胞、粒子か歌いたいと叫んでいた。

あの海や自然を見た感動、聖地の空気に触れ、無機質な都市艦の天井ではない、視界を埋め尽くす天蓋の空を見た今の感動。それらを形にしたいと身体がざわめく。

シェリル・ノームが歌手ではない。

彼女自身が歌なのだ。

街や国内事情やスケジュールについて説明を続けるキャシー中尉に向かって、銀河の妖精が大丈夫と小悪魔のような笑みを浮かべ遮る。

「心配御無用。あたしはシェリル・ノーム。誰が来ようとなにがあっても、この国の人々を、あたしが魅了して御覧にいれますわ。」

 

ージオン王立美星学園・屋上ー

「信じられないですよ!当日にいきなり演目の変更って........」

ジオン王立美星学園パイロット養成コースキャンパスの屋上で、パイロットスーツ姿の美星学園アクロバット飛行チームの一員、イタリア系のルカ・アンジェローニは形のよい赤い頬を膨らませた。

「しょうがない。それが仕事ってやつだ。向こうにしてみれば、学生の飛行団がアクロバットやって、何かあったら下手したら外交問題になる。ってことだろ?」

気色ばむルカと違い、飛行団長のゾラ系、ミハエル・ブランは冷静だった。少し風向きが変わった程度のことでしかないかのように、手元のipadを弾いて、新しい演目をホロフレームに描き出していく。

「でも、更衣室もないんですよ!?全部シェリルのバックヤードにするからって......僕達もスタッフなのに..!」

「おいおい、ルカ。相手はあの銀河の妖精だぜ?ちょっと顔を出しただけで毎日何百万USドルもの売上が入るようなスーパースターに文句言えるような人間は伝説の聖歌手リン・ミンメイくらいなもんだ。」

「だからって、アルト先輩のコークスクリューを演目から外すなんて!あんな驚異のループが見れないなんて、大損失ですよ!」

「いいさ。」

唇を尖らせるルカとなだめるミハエル、そして数人の学生飛行団員達。そこから離れたところで一人、飛行型パワードスーツとも言えるパイロットスーツ、EXギアの整備をする、長い黒髪が特徴のハンサムな美青年、早乙女アルトは興味なさ気に答えた。

「でも..」

「どうせ6500フィートも飛んだら行き止まりの空だ。たかが知れてる。」

髪を束ねると、アルトは手近に落ちていたシェリルのポスターを器用に折って紙飛行機を作るとEXギア(発展型着用外骨格型パワーグライダーフライトスーツ)を装着した。

「俺は、俺が飛びたいように飛ぶだけだ。」

ルカやミシェルの居る方角に向けて紙飛行機を投げた。EXギアのパワーで投げられた紙飛行機は風を切り裂き、上昇気流を捕らえてふわりと空へ舞い上がる。

「北北西。リニアカタパルト接続。」

アルトは屋上に設置されているリニアカタパルトにEXギアを接続し、離陸態勢を取る。 

「あ、アルト先輩!」

ルカが制止するよりも早く、リニアカタパルトはアルトを高度数百メートルまで射出していた。

「はは、アルト姫は相変わらずだな。良い腕してるよ、あいつ」

「良いんですか、ミシェル先輩?本番もうすぐですよ。リハーサルしないと....」

「あいつにそんなもの必要ないさ。歌舞伎もやる芸能コースから、他のコースも兼務しながらたった3ヵ月で単独飛行まで漕ぎ着けたのは、早乙女アルトだけなんだからな。」

「そりゃあ、そうですけど。」

抗弁するルカもアルトがかつて芸能コースのホープでありながら突然パイロット養成コースと複数のコースに同時に転科した変人であることくらいは覚えている。転科前の彼が、天才的な歌舞伎のアクターだったということも。

「それに....」

「それに?」

「どうせ6500で打ち止めの空さ。直ぐに天蓋に当たって、落ちてくるよ。」

移民宇宙船国家であるジオン帝国本土マクロス・フロンティアの空は、ドームシェルと呼ばれる天蓋の裏側に映し出されたホログラムの青空に過ぎない。

それは、この国で生まれ育ったアルトのような子供達にとっては自明のことだ。

「どんな空でも飛ばずにいられないのは....」

「どうしてですか?」

自分が独り言を口にしていたと気がついて、ミシェルはばつの悪そうな顔になったが、ルカがあまりに純真に聞いていたので、続けることにした。 

「人類とゼントラーディ、タイムロードの共通の先祖のプロトカルチャーが鳥の人だったからだ、って聞いたことがあるな。」

「鳥の人?」

「ああ。宇宙の深淵を飛んで、地球に流れ着いたプロトカルチャー人が人類の先祖を創造したんだとさ。だから、俺達は皆鳥に戻りたくてああして空を飛ぶって言うんだよ。」

「ロマンチックですね。ギリシャ神話の話より、よっぽどロマンがある。」

「幼馴染みのクラン・クランが話してくれたんだよ。本当かどうかは知らないが、良い話だろ?女子にこれ、受けるんだぜ。」

通称空とベッドの撃墜王と呼ばれる眼鏡が特徴の金髪の美青年はウインクを後輩に向かって投げる。ルカも慣れているので、笑って受け流す。

「さて、姫が飽きて降りてくる前にもう一度マニューバの確認やとっくか。ん?どうした?」

「あの、ミシェル先輩」

「?」

「どうして、先輩はアルト先輩を姫、って呼ぶんですか?」

「そりゃあ、神の名に賭けて....」

眼鏡の縁を上げて、ミシェルは悪戯っぽく笑う。

「どっからどう見たって、あいつ、お姫様だろ。」

 

ー首都ミナス・ティリス市内中華街高級料理店娘々ー

「本当!?本当に、シェリルのチケットが取れたの!?お兄ちゃん!」

ゼントラーディ系の緑色の髪とあどけなさが残る顔が特徴のチャイナドレスを着たウェイターの少女がiPhoneに耳を当て嬉しそうに聞いている。

「ああ、本当だ。ランカの為なら、俺は何でもやってやるぜ。」

「やった~~~~!」

その少女ウェイター、ランカ・リーはその返事を聞くなりiPhoneを天井高く放り上げて、一回転してからキャッチした。

「デカルチャー~~~!」

突然喜びの叫び声を上げながらダンスを踊りだす緑色の少女、そんな光景がランチタイムでごった返す高級中華料理店娘々の店内で繰り広げられればどうなるか、予測が出来ないのは当人唯一人だった。

「ま、不味いですよランカさん!」

「え?」

バイト仲間の瑞々しい肉体と豊満な胸、眼鏡と長い紫の髪が特徴の日系人少女松浦ナナセが、慌てて飲茶カートの影に隠そうとするが、もう遅い。

既に店内はとんだ見世物になった名物バイト少女を温かく見守るクスクス笑いの波に満たされていた。 

娘々本店は伝説のリン・ミンメイの親族が経営し、伝説の初代マクロス内部で、ゼントラーディ軍や使徒の猛爆撃の中でも店を開けていたと言われる頑固な高級中華料理店の代表格である。

「あっちゃあ......」

流石にばつの悪さを感じ、しゅんと頭を下げるランカ。その頭をナナセがよしよし、と撫でる。

「ランカさんがシェリル・ノームの大ファンなのはしていますけど、そんなところを....」

続きを言う前に少女二人の前に熱々の青椒肉絲が突き出された。

「せっかくの天然ポーク、冷めたら台無しアル!三番テーブル、大急ぎね、ランカちゃん!」

華僑の大柄な中年女性店長が浮かれるランカを睨み付けていた。

 

ージオン帝国領宙域外防空識別圏ー

銀河の暗闇が同じ景色にしか見えないというのは不幸なことだ、と栗色の髪と豊満な胸が特徴のナターシャ・レヴィ ジオン帝国国防空軍大尉は常々思っている。

偵察機パイロットの目から見れば宇宙はいつも違う色だ。ガス惑星の多彩に変化する雲の景色、煌めく白色矮星の輝、虚空に咲く薔薇のような星間ガス。それが宇宙の色だ。

彼女が厳しい訓練を潜り抜け、ジオン国防空軍特殊部隊、ナイトウィング特殊偵察飛行大隊の偵察機パイロットになってからもう3年になろうか。

軍人だった父や祖父の代のように、ゼントラーディや使徒、ダーレク帝国、アメリカ合衆国連邦やロシア連邦共和国、中華人民共和国、NATO、上海機構、イラン・イスラム共和国、アフリカ連合、中南米諸国、湾岸諸国、極東諸国との全面戦争等は遥か遠い昔の話だ。たまに地域紛争や植民地、領土、宗教弾圧、民族浄化問題やユダヤ人保護、同盟国防衛の為に中小国に出兵しても、圧倒的な軍事力と絶対的航空優勢と事前の電子攻撃で一瞬で片が付く。

ナターシャの仕事は、もっと繊細な仕事だ。  

彼女の愛機、ステルス長距離戦術偵察機RVF-171ナイトメアプラス・レイヴンの下部と上部に備え付けられた小型のドーム状の長距離レーダー・ドームと大型のカメラが彼女の瞳であり、耳だ。

今しも小惑星帯を航行するアイランドワンと無数の環境艦からなるジオン本土。それらはピンポイントバリアや対空対艦火器、シールド発生装置で厳重に防衛されているが、それでも航空機や船舶、隕石、遊星爆弾によるテロや直撃を受ければ多数の死者が出ることになる。事実、5年前には対テロ戦争の原因となった同時多発テロで遊星爆弾とハイジャックした旅客機、客船、プライベートジェットによってアイランドワンや環境艦の幾つかに大損害を受け、38000人もの死者を出したことがある。

そうした異常を最終的に発見出来るのは人間の手による探知しかない。

一発のミサイルも一発の銃弾も一発の魚雷も撃った事はないが、本土を確かに防衛しているのは、ナターシャのような人々の地味な営みだ。

「それにしても......」

彼女はEXギアのバイザーを開いて給水パックから水を一口飲んだ。 

「ついてないわぁ....今日は折角シェリルのファースト・コンサートだったのにね....」

そう言って彼女はコックピット脇に貼ったシェリルのブロマイドと婚約者の写真にキスした。

「でも、しょうがないわね....緊急出動だし......それに、先週は私の彼とのデートの為にジャスミンちゃんとシフト替わって貰ったんだし、緊急事態だし、文句は言えないわね。」

そう、彼女の偵察機がこの宙域に居るのは中東に派遣された部隊からの緊急通報に基づき、事実確認の為、急遽、特殊偵察飛行大隊に命令が下った為だ。

彼女にとって残念な事はいくら最新鋭の通信傍受設備を備えたRVF-171であっても、作戦中、民間放送を傍受してコンサートを聴くわけにはいかない事だ。

無論その気になればRVF-171の通信傍受装置なら、コンサートどころか、本土中の民間放送全てを傍受する事だって出来る。

そう言えば準ミス・マクロスFにもなった首相の娘が海軍飛行隊の誰かに熱を上げて大変なことになったって話を聞いたことがあったかしら、とナターシャは長い髪を撫でた。誰か分からないけど、うらやましい話.私も.彼と..

「ん?」

そんな夢想はコンソール片隅に付いた赤ランプによって掻き消えた。未確認物体が接近しているサイン。

情報は正しかった。司令部に報告しようと、ナターシャの脳が戦闘態勢に変わる。

が、それよりも未確認物体の方が速かった。

バキッ、と何かの軋む音。

エネルギー転換装甲によって重装甲化されているRVF-171の装甲が何かに食い破られる音だとナターシャが気付いた時には、全て手遅れだった。

RVF-171に取り付いた未確認物体が光線弾を放つと、ナターシャ・レヴィ大尉と機体が、彼女の23年の人生が吹き飛んだ。

 

ーミナス・ティリス市内コンサート会場ー

ランカ・リーは天使を、見たと思った。

天空門地区のコンサートホールに近道をしようと紛れ込んだ森の中。苔と葉緑素の匂いで蒸せ返り、誰かにぶつかって滑り落ちた坂の終わり、転がり込んだ池の向こう。

そこに、その美貌の天使は居た。

「あんたら大丈夫......か?」

振り向き様、その人影は切れ長の瞳を巡らせると、ランカの股間と、隣で延びてるツイードの上着を着た茶髪の男を交互に見て少し、頬を染めて視線を逸らした。

坂上から滑り降りてきたランカの脚は大きくM字に開かれ、白い下着の何もかもが丸見えになっていたからだ。

「きゃあっ!」

ランカは慌ててスカートを押さえた。赤らめた顔で上目遣いに、じっと見つめる。

「あ......あの......見た?」

長い黒髪にしなやかな立ち姿。一見女性にしか見えない。

「って、なんだあ、女の子かあ、よかった....」

「お、女じゃない!」

「え....?」

ランカは驚いてその人の胸元に視線を移す。たしかに、そこにあるべき女性特有の膨らみはなかった。

だが、確かに、有るのだ。と錯覚しそうなほどにその立ち姿は女だった。全身の雰囲気が女なのだ。

が、その理由を調べるより先にランカの身体は動いて、強烈な平手打ちをその美しい頬に喰らわせていた。その音でツイードの男が気が付く。

「何処だ、ここ? 知らない場所だ……調べなきゃ」

「やあ、お嬢さん達。ここは何処かな」

「俺は女じゃない!大体、あんた誰だ?」

「え....?こりゃ失礼した。僕はジョン・スミスだ。」

ツイードの男に聞かれランカと美貌の青年は当惑する。

「外国人? えーと、ミナス・ティリス市です」

「何年の?」

「え? 2059年」

「ジオンか......ありがとう、良い一日をお嬢さん。うん?どう行けばターディスに戻れるんだ?」

「「???」」

これが後にこの大戦を共に戦う事になるランカとアルト、ドクターの初めての出会いであった。

 

ージオン国防軍最高司令部ヴュンスドルフー

ジオン帝国国防軍の中枢、国防軍最高司令部の作戦司令室。

暗い室内に無数のオペレーター達や参謀、将官、各部隊指揮官、3軍の大元帥、元帥、参謀長、作戦部長、最高参謀長、最高作戦本部長、大元帥達が集い、ホログラムや地図、地勢図の光点を見つめ議論している。緊急戦闘配置にあるため、私語を挟む者は居ない。それが選ばれた軍人、最高司令部要員の資質だ。ここに居るのは、いずれも全ジオン国防軍から選抜された選り抜きの軍人達なのだ。

「......大元帥閣下」

「どうした?」

低く押さえたオペレーターの声に呼ばれ、エドワード・マックフライ大元帥は指示されたモニターを覗き込んだ。

「緊急出撃したリマ8、ロストです。」

「本当か?電磁嵐やバグじゃなく?」

「はい。いいえ、その可能性はありません。」

ドイツ系の士官の女性オペレーターは首を軽く振った。

「空域エコー3に過去6時間の間、RVF-171の電子装備を超える電磁嵐発生の兆候はありません。現地に急行中のミサイルフリゲート レディ・ワシントン号と現地付近に居る沿岸警備隊の巡視船 ウィンチ号のデータ照合からも確かです。撃墜されたことは確実です。」

「システムのバグについては?」

「防空システムのデバックは空軍元帥と陸軍元帥、大元帥閣下自らの手で2週間前に総チェックを終えた筈です。可能性は極めて低いと判断しますが....」

「そうか、そうだったな....」

司令室内は快適な温度に保たれているはずなのに、大元帥は噴き出す汗を止めることが出来なかった。

シリアに派遣された特殊部隊からN.E.R.V、ミスリル、DSO及びMIB本部、国防省を経由してジオン本土奇襲攻撃の兆候を掴んだとの緊急通報を1時間前に受けて警戒態勢を敷いたが、よりによって情報通り、本当にシェリル・ノームのコンサート当日に攻撃が行われるとは!もし、何かあれば外交問題になるだろう。唯でさえギャラクシーとは冷戦中であり、互いに仮想敵国である。何かあればすぐに全面戦争になりかねないのである。

「まあいい。手順通りだ。近くの演習中の空母、サラトガ、アークロイヤル、本土からもエルトロ、ネリス空軍基地から戦闘機隊発進。付近に居るステルスイージス駆逐艦2隻と、先行中のレディ・ワシントン号を至急派遣し、現場付近にいる巡視船と合流させろ!敵情把握の為に、攻撃部隊に先行して第一特殊無人偵察機小隊とタイガー特殊無人攻撃機中隊を緊急発進!対応はデフコン2で行い給え!」

「了解。第一無人偵察機小隊、タイガー飛行中隊に出撃命令。ゴースト45号機から95号機、F装備で3分後に射出します。更に空軍基地、及び空母から計10個中隊がその5分後に出撃します。コードはデフコン2。」

パイロットが乗り込んでいないジオンが誇る無人攻撃機AIF-9Sは低空域での機動性、スピードでも有人機を遥かにしのぐ。対地攻撃専用機として開発された為限定的な対空装備しかないのでまともに空中戦を行った記録はないが、メーカー側は万一対空戦闘が発生した場合でも、ゴースト1機に対して有人機10というキルレシオを提示している。

そのゴースト部隊2個に加えて、有人戦闘機からなる空海軍計10個中隊もの航空戦力に、2隻のイージスシステム搭載ステルス駆逐艦、1隻のステルスミサイルフリゲートを投入すれば、片付かない敵など居ない。

コンサートが始まるまでには、全てが終わっているはずだ。

大元帥も、司令室に集うオペレーター達や参謀、将官、元帥達も、この時はそう確信していた。

この時は唯一人を除いて誰もこれが世界各国を巻き込んだ銀河史上空前規模の最も凄惨かつ熾烈な星間大戦の幕開けとなるとは思っていなかった。

 

ーミナス・ティリス市内コンサート会場付近ー

「本当に御免なさい!私、貴方の事女の子としか思えなくて.....」

「良いんだ。慣れてる。」

EXギアのジェットをドライヤー代わりに、早乙女アルトは転落してきた女子、ランカの服を乾かしていた。

「幸い泥跳ねはないから、乾かせば何事もないと思うよ。」

「ありがとう。女子の服、扱い分かるんだね?」

「....誰でも出来るだろ、これくらい。」

それにしては、シミや変な折り目が付かないように手早く処置するやり方で乾かす技術は凄い。とランカは首を傾げたが、恩人を怒らせてもしょうがないので黙っていることにした。その隣で茶髪の男ジョン・スミス(ドクター)がどうみても1960年代のロンドンにでもありそうな警察用電話ボックスから出入りして呻いていた。

「ターディスが動かない....?」

「ターディスがこの時間軸に固定されて、この時間軸上の近距離しか移動できない。この街で一体何が起きてるんだ?」

「しかし、なんでこんなところに?」

「うーん、コンサートホールに行きたかったんだけすっごい人で......。チケットは有るんだけど、チケット売り場とか、キャンセル待ちとかでとっても抜けられなくって....それで、グリフィスパーク森林公園から抜ければいいかな、って。」

「森林公園って言っても、半端な広さじゃないんだ。EXギアなら兎も角、徒歩なら迷うさ。」

自分自身も不時着して、一晩キャンプして夜明かししたことのあるアルトとしてはそう言わざる得なかった。米国系ユダヤ人移民がニューヨークのセントラル・パークを模して造った巨大公園である。公園というより、単なる森と言った方が良かった。

「ほら、乾いたぞ。コンサートホールならすぐそこだから、送っていってやるよ。」 

立ち上がると、アルトは毛布に身を包んだランカに服を放り投げた。

「ありがとう....!」

「これ以上邪魔をされたくないだけだ。」

「ね、今度お礼するね。私、娘々でバイトしてるから、来て!」

ランカは、そう言うとアルトの前に飛び出した。

「にゃん....にゃん?」

「知らない?ニャンニャン、ニャンニャン、ニーハオニャン~、ゴージャス、デリシャス、デカルチャー~ってCMの。高級中華料理店。」

(今時真顔でデカルチャーかよ、古いな...)

「あっ、いけない!もうこんな時間!あたし、行かなきゃ!絶対お礼するから!お店来てね!じゃあね!」

生体携帯の示す時間を見て、ランカが慌て走り出した。また転ぶのではないかと不安になるほどだ。

「変な女....」

「よし!一発決めて見るか!」

 

ージオン国防軍最高司令部ヴュンスドルフー

「無人迎撃隊、敵の強力な電磁パルス波により全滅!」

「第一次迎撃隊全機撃墜されました!レディ・ワシントンより入電!迎撃ミサイル全機撃墜されました!」

「巡視船並びにレディ・ワシントンが撃沈されました!」

大元帥の耳にひっきりなしに不快極まりない報告が入ってくる。

「馬鹿な。ゴーストの自律型AIは完璧だ、というのがマクロス・コンツェルンの言い分ではなかったのか!?」

「わかりません。」

オペレーターも当惑気味だった。

「シャロン・アップル事件の再来だとでも言うのか?」

「その質問に推測も含めて回答することは、人類新統合連合機密保護条約第127項に抵触します。」

「分かっている!」

かつて、全有人機をアメリカ主導で全てゴーストに刷新するプロジェクトがあった。が、プロジェクトはその中枢となるべき管理AIの暴走によって中途で頓挫。

以来事件は、無人AIが外部からのハッキングや暴走によってコントロールされることによって人類存亡が危機に晒されるリスクの代名詞のように、世界各国軍内部で語り継がれている。

だが、戦闘種族のゼントラーディは進化するコンピューター・プロトコルに対応していないし、可能性としてはイランかロシア、中国か、北朝鮮、ギャラクシー並びに、これらに支援されたテロ組織しか考えられない。

(もしくは、噂の監察軍か....あるいは新手のエイリアンだとでも言うのか!?)

「如何します?大元帥閣下」

「現状だ!現状を報告せよ!」

「わかりません!」

三次元モニターには全滅を示す灰色の雲だけが広がっていた。

「対応プログラムG9に従って、後続のミサイル巡洋艦シェフィールド号から惑星間自律迎撃ミサイルASSM-09が発射されましたが、いずれも先の迎撃ミサイル同様情報途絶。アンノウンは強力なジャミングシステムを備えているものと思われます。」

「現在銀河ネットワークを通して、マクロス7共和国のエキセドル参謀ならびにフェイス・オブ・ボーに照会中。フォールド通信のタイムラグを加味すれば、一週間後には返答を得られる模様」

「遅すぎる!」

RVF-171やゴースト戦隊が消息を絶った宙域はジオン本土まで目と鼻の先だ。

敵が明確な攻撃の意思を表明するなら、今すぐ対応しなければ間に合わない。

着任以来最大級の責任と決断が、マックフライ大元帥の肩にのし掛かっていた。

「やむを得ん!第103飛行隊、本土防空隊を実弾装備で全力出撃させろ!有人機の目視で叩く!」

ここ十年近く、ジオン帝国のゼントラーディを含めた帝国軍軍人が大規模な戦争をしたことなどはない。

戦争は対テロ戦争がメインで、ミサイルや無人戦闘機が中心で特殊部隊を除けば、人間のものではなかった。

一抹の不安を覚えつつ、大元帥は船団から発進していくVF-171ナイトメアプラス中隊の輝きを見守っていた。

「大元帥閣下」

「なんだ?」

「ギレン総帥閣下から御電話です....今回の件について、事情を聞きたいと。」

-コンサート会場-

会場は既に恐ろしい程の人の波だった。隙間無く人が詰め込まれている。全ての人々が舞台を見つめ、これから始まるコンサートの予感に酔いしれている。

会場の照明が落ち、観客席がまるで水を打ったように静まり返る。そして、照明が一点に集中し、ブロンドを靡かせた、セクシーな軍服姿の美少女がモニターと網膜とに映し出される。シェリルの手にした鞭がうなり、会場に集った全ての人々、そして中継を通して彼女を見る全ての人々の意識がシェリルの一挙手一投足に集中する。

「あたしの歌を聴け~~~~!」

重力反比例

火山みたいに光るfin

君は知ってんの

あたしのbeating heart

妄想のギャラクシー

滑り落ちたらポイズンsea

何億光年 大胆なキスで 飛び越えろ

ハラペコなの♪

次のステージにいきましょう

 

持ってけ 流星散らしてデイト

ココで希有なファイト エクスタシー焦がしてよ

 

「アルト!いい加減にしろ!」

「喜んでるだろ!」

一人勝手にループするアルトをミシェルが嗜める。

「このまま、レインフォール・コークスクリュー行くぜ!」

 

飛んでけ 君の胸にsweet

おまかせしなさい

もっとよくしてあげる アゲル

「行くぜ!」

「アルト!」

 

射手座☆午後九時Don't be late

(Don't be late the lovely date)

 

「ビビるなよ!妖精さん!」

アルトのEXギアか反転する。

ただ一点、スモークを盛大に焚いてシェリルの舞台へと急降下を掛ける。

ただ、自分のギリギリの芸がこの舞台を支配しているシェリルと言う華に何処まで通じるのか試したい一心で。

モニタールームに居たキャシー中尉が驚いて立ちあげる

「馬鹿!」

観客が息を飲む中、シェリルが舞台から驚いて転落する。

「くそー!」

アルトのEXギアが急加速する

(間に合え....!)

すんでのところで、シェリルを受け止めることに成功し、空中で一旦静止してシェリルの無事を確かめる。

「すまない....直ぐに....ry」

「良いからこのまま飛んで!」

「えっ!?」

「早く!」

「よし!」

シェリルを抱えてそのまま上昇する。

 

持ってけー!赦されないのは

偽りの君の運命(ホシ)

美貌という名の 儚い奇跡

 

ミシェルが憤慨しながら急いでプラン変更を各機に伝える。

「全く!」

「全機!二番機フォロー!」

 

一瞬のromantic 溶けたらすぐに it regrets

無重力状態 地に足もつかない想いでも

この宇宙いっぱい

鼓動鳴らして愛をあげたい

 

持ってけ もぎたて pretty chance

無理に飾らないで そのbarrier 破ってよ

飛んでけ 魅力的なpart

無限に広がる

Heart 揺らしてあげる アゲル 

 

「凄いな....アンタ」

アルトがシェリルのパフォーマンスに驚いて独白する。

 

乙女座生まれ ファッシネイト

 

傷ついても...

The future of my love and life is not gonna say good-bye

 

持ってけ 流星散らしてデイト

ジカに希有なファイト エクスタシー 焦がしてよ

飛んでけ 想い届けspeed

無限に広がる

Heart 揺らしてあげる アゲル

 

飛んでけ 時を越えてく

深さ自分次第

Heart 揺らして 愛をあげる

射手座☆午後九時 Don't be late

 

ージオン国防軍最高司令部ヴュンスドルフー

「ブラヴォー1、2、3、撃墜されました!」

「ウルフ7被弾!空母浦賀に緊急帰艦します!」

司令部のモニターには絶望的な情報が多数もたらされていた。 

「事実なのかね?アンノウンがゴーストやミサイルに干渉したと言うのは?」

「はい。ギレン総帥閣下、既に第一防衛ラインが突破されました....」

ージオン帝国総帥府ー

「何としてもそこで食い止めろ!こちらでも手を打つ!全艦に避難警報を!」

「了解しました!」

電話を切るとジオン帝国総帥ギレン・ザビは自分の手が微かに震えているのに気が付いた。

「軍では防ぎ切れないか....」

「恐らく。」

エリート安全保障担当大統領補佐官、レオン・三島は眉を全く動かさずに答えた。

溜め息を付くと総帥は専用回線の受話器を取り、秘匿回線のボタンを押した。

「ミスター・ビルラー?奴らが遂に来ました....」

ーコンサート会場ー

アルトが空中で旋回しながらシェリルのコンサートを見ていると偶然、さっきのツィードの男と緑の髪の女子が観客席に居るのを確認する。

ーS.M.S可変攻撃航空母艦マクロス・クォーター艦内ー

「ランカ!?」

TVに緑の髪の少女が映って居るのみてパイロットスーツの男、S.M.S飛行隊スカル小隊隊長オズマ・リー少佐が飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出し驚く。

「これですか?ミシェル達がバイトで飛んでるってのは?」

「あぁ?あぁ....そうだな。」

その時、艦内に緊急警報が鳴り響く。緊急放送が流れ、

「緊急事態発生!総帥府よりS.M.Sに出動要請!全小隊スクランブル!ミッションコード:ビクター3!繰り返すビクター3が発令された!」

「ビクターって....マジかよ....」

艦長の緊迫したアナウンスが続けて流される。

「諸君!これは残念ながら演習ではない!全機スーパーパックを装備!隊長機にはアーマードパックの使用を許可する!」

「ギリアム!ミシェル達にもコールを!」

ギリアムと呼ばれた男、ギリアム・アングレート少尉が頷いて駆け出していく。

「カナリア!出るぞ!」

そして画面に向き直り不敵に笑うとオズマが独白する。

「ランカ....遂に来たぞ....」

ーコンサート会場ー

空襲警報が艦内各地やコンサート会場に鳴り響く。

「ジオン総帥府よりお知らせします。全艦に空襲警報、避難警報が発令されました。市民の皆さんは最寄りの防空シェルターに避難してください。繰り返しますry」

緊急放送が全艦に流される。

「また、訓練だろ....?」

舞台にキャシー中尉が慌ててシェリル目掛けて駆け寄る。

「急いでください!」

「何言ってんの!まだ....」

「早く!」

「ちょっと....!」

シェリルは抗議するも、キャシーとて、VIPを危険に晒すわけには行かない。シェリル・ノーム一人の命はそこらの国家の要人などより遥かに重いのだ。最悪冷戦中のギャラクシーとの開戦事由にもなりかねない。軍人としての優先順位に従い、会場の混乱とシェリルの抗議を一先ず無視してシェリルの避難を優先することにした。

「了解。分かりました。直ちに戻ります。行くぞ、ルカ!」

「分かりました。」

ミシェルとルカが電話で誰かと話した後、会場を後にする。呼び止めようとするもアルトの脳内に何かが響き足が止まり、動けなくなる。

「おい!ミカエル!ルカ!....」

「何なんだ!?何が起こってやがる....?」

ージオン本土近海宙域ー

その戦場は、まさに悪夢だった。 

教科書通りの編隊でV字攻撃を仕掛けたVF-171[ナイトメアプラス]ステルス戦闘攻撃機は、正体不明の敵に翻弄、次々撃破されていた。

決して低性能の戦闘機と言うわけではない。

前身のVF-17D[ナイトメア]はバロータ戦争で活躍した、二十年前に開発された特殊部隊用高性能ステルス制空可変戦闘機で、当時のバルキリーの殆どを凌ぐ火力と防御力、運動性能、ステルス性能を備えた名機である。

VF-171は生産性を向上させ、マルチロール化し、空母に搭載可能にし、操作性とステルス性能をより向上させた順当なアップデート機で、同じ時期に作られたじゃじゃ馬として知られるエデン製高速戦闘機VF-19F[ブレイザー・バルキリー]より余程乗りこなし易いと評判だった。

無論、センサーやAI、ミサイルもジオンが世界に誇る最新鋭の物にアップデートされており、銀河全域でも、これに対抗出来る機体はVF-25、VF-27、VF-24と言った所謂AVF系のハイコストな最新鋭戦闘機に限られる。筈だった。

だが、今、VF-171のコックピットで妻の写真を見つめながら震えているブワナ・レズニック少尉にして見れば、そんなことはもはや、兵器メーカーの垂れ流す戯言にしか思えなかった。

(生きて帰ったら....)

少尉の直ぐ側、かなりの近距離で、僚機がまた一機、爆散した。来週情報部の彼氏との結婚を控えていたジェシカの五番機だ。

(生きて帰ったら、こんなメカニックを納入した補給将校と、売り込んだメーカーと、採用を決定した政治家どもにマイクロミサイルの束をプレゼントしてやる)と決意して、必死に機体を操る。

敵機の姿すら未だ定かではなかったが、が鳴り立てるレーダーはそれがVF-171以上の運動性能を持つ飛翔体であることを示していた。

そして、降り注ぐ荷電粒子ビームとミサイルの嵐は敵が可変戦闘機以上の火力を持っていることをも意味している。

「Shit....!Fox two!」

VF-171のミサイルランチャーが開き内臓された高機動マイクロミサイルランチャーが無数にまとめて炎の帯を引いて敵目掛けて飛翔する。

マイクロとは言え一発一発が中戦車まで木っ端微塵に撃破する程の威力を持つ代物だ。それを何十発も食らえば地形も大幅に変わるほどの威力を持つ代物だ。ナイトメアの名は伊達や酔狂ではない。

が、散っていった僚機やゴースト同様、敵に近付くとマイクロミサイルは見えない壁に弾かれたように散らされ、無益に爆散する。

「だったら、これはどうだ!」

敵が自機下方を擦過したのを視認すると、レズニック少尉のVF-171は180度ターンを掛ける、スプリットSを実行して、敵機を下方前方に捉えることに成功した。

「ロックオン!」

視界に、敵機の姿が露になる。

初めてまともに見る敵は赤い昆虫とアンブレラ社が嘗て開発した大型B.O.Wを足したような形をしていた。

(あんな生物が、真空の宇宙を飛んでるってのか!?)

驚愕を押さえきれず、レズニック少尉は異物を抹殺することで悪夢から逃れようとした。でなければ死ぬと確信していた。

VF-171の技術者前方と両翼に取り付けられた計6門の20mmガトリング機関砲と2門の40mm機関砲から銃弾が吐き出される。

が、銃弾の奔流が敵を捉えることは無かった。

着弾にコンマ数秒先だって、昆虫の甲殻にも見える体表が青い光を放ち、次の瞬間にはあり得ない速度で急旋回と急加速を繰り返し、UFOやハウニヴのような機動で、VF-171の翼を抉り取っていた。

(フォールド....光!?)

それは確かに、宇宙船や航空機が長距離移動を行う時に空間を湾曲させる、あのフォールドの輝きに似ていた。

が、その光の正体を詮索するより、レズニック少尉はまず生きるための努力をしなくてはならなかった。

機体は既に半ば制御を失い、装甲と甲殻が触れあうほどの近距離に敵が肉薄している。

敵の赤い目が発光し、その爪が振り上げられる。

レズニック少尉の脳内に故郷と身重の妻の姿が浮かび上がって収斂しようとしたその瞬間。

曳航弾の光が漆黒の宇宙を切り裂き、敵の爪を粉砕した。慌てて、敵がレズニック機を離す。

「....危なかったな!生きてるか?国防軍機へ、こちらは民間軍事会社S.M.S スカル小隊リーダー、オズマ・リー少佐だ!」

(助かった....S.M.S?)

意識上では死んでいたつもりのレズニック少尉は、通信機越しの声が幻聴だと思った。

「....こ、こちらは第103飛行隊所属、ブワナ・レズニック少尉。多分、まだ生きてる。」

「それは良かった。指揮官は?リタ・オルドヴァイ大尉はどうした?」

「....彼女は真っ先に戦死した。連中に群がられて、あっという間に....」

「コピー。この戦線は今から総帥特令に従って、S.M.Sが預かる。残存機をまとめて撤退しろ!」

S.M.S。確かそれは、海軍特殊部隊と情報部、いくつかの特務機関からの出向者で占められた、国防軍が手を出せない汚れ仕事を扱う国営の民間軍事会社だ。軍産複合体と強いパイプを持って、最新型のバルキリーとASやMSを与えられているとか、どうとか....

だが、今は生き延びられたことに感謝するしかなかった。辛うじて生きてる機体をバンクさせ、エンジン全開で空軍基地への離脱をかける。それが精一杯だった。

「所詮、練度の低下した正規軍には荷が重い仕事だ。

ギリアム、着いてきてるか?」

「隊長の後方にピッタリ着いてますぜ!」

「よし、敵情は不明!混戦になる!無駄弾は撃つなよ!俺の尻にピッタリ付いてこい!」

「頼まれなくたって外しゃしませんよ。」

「ミシェルとルカにはスクランブル要請を掛けたな?」

「ええ。バイト先から五分で出撃を掛ける手筈です。第二戦線は張れるでしょう。」

「コピー!スカル小隊、エンゲージ!」

オズマの最新鋭ステルス可変制空戦闘機VF-25S[メサイア]が、光の尾を引いて一気に戦闘空域に突入する。

VF-25Sは世界最新鋭の第5世代型ステルス高速可変制空戦闘機だ。無論、推力、装甲、武装、ステルス性能、全てが、旧世紀の戦闘機はもちろん、VF-171やAVF系戦闘機とすら比較にならないほど高性能だ。

機体の両翼を中心に設置された増加装甲兼、強化武装パックである[アーマード・パック]は、小惑星帯に身を隠した敵機、オズマが[バジュラ]と呼ぶ宇宙生物に瞬時に肉薄した。

(間違いない、やはり、奴らだ!)

脳裏に刻み込まれたその姿は巨大な昆虫とも甲殻類とも似て非なる姿だった。その姿や特徴をオズマはこの十年間忘れたことはない。

(憎んでも、憎み足りない....)

だが、可変戦闘機パイロットとしてのオズマ・リーはあくまでも冷静だった。

どんな手段か知らないが、一直線に銀河の闇を切り裂いて飛翔するバジュラの前に出ると、可変戦闘機の足を展開、足裏のスラスターを一気に噴かして急制動。無理矢理バジュラに自機を追い抜かせた。

都合、オズマの眼前にはバジュラの尻が飛び込んでくる。ただ背後を取るのではなく、トリッキーな動きを織り混ぜるようにバックを取る。ベテランパイロットだけがなしえる、熟練技である。

「Rock on! Skull 1 fox three! Fox two!」

バジュラをロックオンすると、オズマはミサイルの発射ボタンを押した。

アーマード・パックに内蔵された空対空ミサイル2発とマイクロミサイルが一斉にバジュラ目掛けて飛び立つ。

1ダースを超えるミサイルが集中し、アステロイド帯を爆炎が輝かせる。

(やったか....?)

脚部を再度格納し、三次元ベクターズドノズルを振って機体を横にスライド。

次の瞬間、上方から火線が来た。

「隊長!」

「野郎!やるじゃねぇか」

マシンガンの曳航弾のそれにも似た光弾の嵐を掻い潜り、オズマのVF-25Sは急上昇を駆ける。

「だがな!」

小惑星を背にして上昇をかける途中でVF-25Sの機体が折れ曲がった。

折り畳まれた翼が背中を構成し、レーザー・ガンポッドが頭へと変形する。胴体に密着していた腕と脚が伸び、機体下に懸架されている60mmガトリングをその手に掴む。

それがバトロイドと呼ばれる、21世紀における主力兵器、可変戦闘機の最終形態だ。

戦車や、人型兵器の火力と装甲、宇宙戦闘機の速度と機動性、その両形態を行き来する事によって得られる高次元の汎用性と、弾力に富んだ運用能力。

陸海空宙に於いて主力兵器として活躍する、この時代の各国が戦闘のパートナーとして選んだ道具。

それが、遥か古代の戦いの女天使の名を冠した兵器、バルキリーだ。

「遅い!」

VF-25Sが握ったライフル型の6連装60mmガトリングが火を噴いた。

戦闘機形態から人型形態に変形したことで、モーメントの変化した機体は相手の予測と違う位置で相対距離を保っている。

突撃準備をして、別の隕石の影で待ち伏せしていたバジュラのすぐ側を、弾幕が叩く。

補足される、と見たバジュラが飛翔する。だが、全てオズマの予測の範囲内だった。

再び機体が跳ね上がる。瞬時にバトロイドからファイターに変形したバルキリーは、アステロイドとデブリの間を縫うようにして突撃。

離脱軌道を取るバジュラの鼻先近くに肉薄すると、40mm機関砲を雨霰と叩き込んだ。 

爆発四散。

苦悶の動きを見せて、星々の間に消え行くバジュラ。

だが、それを見るオズマの瞳には、いささかの憐憫もない。

彼の目は既に、目まぐるしく戦況を映し出す三次元レーダーを凝視している。

(待ってろ、バジュラ共!今、俺が皆殺しにしてやるからな....)

ージオン領海内宙域戦場ー

バジュラの数は、想定よりも多かった。

オズマのVF-25Sは鬼神のような働きで敵編隊を押さえ込んでいたが、単機の働きには自ずと限度がある。

ギリアムのVF-25FARXが追うバジュラも、オズマのピケットをすり抜けたうちの一体だった。

彼が乗る白銀と赤のVF-25FARXには、スーパーパックと呼ばれる増槽とミサイルポッドを兼ねた宇宙用追加兵装と、ラムダ・ドライバと呼ばれる新装置が装備されている。熱核バーストエンジンは推進剤を加熱することで、その反作用によって推進する。地上では無限に存在する大気を使えば済むが、宇宙では推進剤を自前で担いで来なければ、進むことも戻ることもままならない。

従って、大型のスーパーパックを装備したバルキリーは、通常型の機体に比べ、自ずと速力、その余剰推力によって武装も強化される。それが最新型のVF-25であれば、追随できる機体は、この宇宙にはゼントラーディも含めて殆ど存在しない。

その、筈であった。

「糞!何て速さだ!」

ギリアムの眼前で、嘲笑うようにバジュラが青い光を放つ。その光が放たれる度に、バジュラはあり得ない加速をかけ、VF-25のミサイルと弾幕を掻い潜る。

(あの光、フォールド光に似てるな....)

空間湾曲による超空間航法"フォールド"時に放出されるある種のチェレンコフ放射の青い光は、ギリアムのように宇宙に住む開拓者にとってはお馴染みの光景だ。

それと同じ光をバジュラが放っている?

だが、計器にそんな反応はない。尤も、バジュラからのジャミングの中でも信頼できるのはアイボールセンサー、すなわち生まれつきの二つの眼球であり、他の電子機器がどこまで当てになるのかは定かでは無かったが。

視界の端で、オレンジの爆発光がまたたく。

また一機、国防軍の戦闘機が撃墜されたのだ。

「糞!」

睨み据えたギリアムの視線をヘッド・アップ・ディスプレイ(HUD)のセンサーが捉え、自動的にロックオン。トリガーを引くと同時にスーパーパックから飛び出した空対空ミサイルが、毎秒数十キロメートルの速度でバジュラの紅い身体に肉薄する。

バジュラが尾を振った。甲殻から分泌された何かが網状の組織へと変異し、ミサイルの眼前に立ち塞がる。目標を誤認したミサイルは、バジュラを捕らえることなく爆散した。

「チャフまで持っていやがる!」

小惑星帯を抜けた。

眼前には巨大なアイランドワンと、本国艦隊の光の帯。

バジュラは一直線に、アイランドワンを目指している。

いくら巨大とはいえ、アイランドワンは大きな宇宙船に過ぎない。そこに戦闘で穴でも空けば、中に住む数億人の人間がどうなるかは自明の理だ。そこへの到達だけは、どんな犠牲を払っても避けなければならない。

その思いは国防軍も同じようだった。

赤とグリーンの艦色も鮮やかな2隻の戦艦がアイランドワンとバジュラの間に滑り込む。

識別コードはグリーンがスヴァール·サラン級51693110ブラスティラバ、赤がグワジン級戦艦グワジン。それぞれ全長が二キロメートルの威容を誇る、ゼントラーディの主力戦艦と、全長が三キロメートルの威容のジオン軍最新鋭の主力戦艦である。

ブラスティラバとグワジンが、艦側の対空ミサイルランチャーと対空砲を一斉に放った。

緊急発進して来たのだろう、護衛の戦闘機や駆逐艦も無しに戦場に突撃を駆けていた。

本来なら、バルキリーサイズの宇宙生物相手にはありえない対応だ。金が掛かりすぎる。艦長は懲罰は免れないだろう。

それをやってのける思い切りのよさからして、キシリア・ザビ大佐率いる部隊のゼントランだろう。彼らは戦闘生物としての最適解のみを求めるため、地球人類のような保身の考えは薄い。

火線が空を赤く染める。もとより、射線上にいるギリアムのことなど、戦艦側は考えてもいない。いや、認識していても撃つだろう。

それが戦争だ。そんなことくらい、ギリアムにも分かっている。だから、迷うことなく、味方の砲撃を回避しつつ、さらにバジュラの尻を追う。

(奴がブラスティラバの艦体を抜いて方向転換したところを、バトロイドの長距離狙撃で仕留めれば.... !)

が、ギリアムの思惑は外れることになった。

バジュラの背中から伸びた長大な棘からプラズマビームが放たれ、そのたった一撃が、ブラスティラバの分厚い爆発反応装甲を貫通したのである。

ブラスティラバが内部から白熱光を放って膨張するのを見て、慌ててギリアムは回避行動を取った。

次の瞬間、閃光が来た。

ゼントラーディ艦の反応炉が誘爆した輝きだった。

数千年戦い続けた殊勲艦は乗員諸とも、小さな太陽のように輝きながら、断末魔の悲鳴をあげるように内部から折れて、沈んでいく。

「戦艦を....戦艦を一撃で沈めるほどのビームだって言うのか!反応弾並みかよ!」

「こちら、グワジン艦長キシリア・ザビ大佐だ!本艦が、残りのバジュラを引き付ける!その間にそちらはアイランドワンに突入したバジュラを!」

グワジンから後続のバジュラに対する対空射撃が開始される。

「話を聞きました!こちら、シーマ隊隊長シーマ・ガラハウ大尉!グワジンを援護する!」

見ると、グワジンの周囲に新型モビルスーツ、ザクIIの宇宙仕様、ザクIIF型数十機が駆けつけてきていた。

「スカル4!了解!」

既にバジュラはアイランドワンのドームに穴を開け、内部への侵入を試みていた。

「うおおおおっっ!」

迷わずギリアムはデッドウェイトになるスーパーパックを切り離し、背後を狙ってきた別のバジュラをその後ろから味方のモビルスーツ、ザクIIFが撃墜したのを確認し、自らもドーム内部へと突入する。

もし、あいつがアイランドワンの反応炉に、いや首都に突入したら。

そうすれば、自分達が行ってきた長い長い航海と国家の全てが無に帰するのだ。

(それだけはさせない)

ギリアムの眼下にガラスに覆われた山と森、海と草原が映る。そこは彼が育ち、愛し続けた祖国だ。

(俺達はスペースノイドだ。開拓者なんだ。銀河の中心を見るまで、この船をやらせるわけにゃいかんのだよ!)

ーコンサート会場ー

コンサートホールの惨状は酷いものだった。混乱した人々は、誘導もされずに、群衆と言うより、暴徒化していた。屋台が倒れ、何が起きているのか分かっていないバイトの警備員が人の波に飲まれていた。

それだけではない、何があったのか分からないが大通りに自走高射機関砲や、戦車、モビルスーツ(MS)、アームスレイヴ(AS)が出動して、人々の流入を軍人達が、阻止していた。すると、そこに行けなかった人々と、大通りに逃げようとする人々が衝突して、さらに混乱が拡大していく。

「市街地では戦闘が起きてる!」

「異星人の奇襲攻撃だってよ!」

「バイオテロが起きてるらしい!」

「ゼントラとかじゃねぇのかよ!」

そんな声も上がっていたし、事実、すぐ目と、鼻の先の日本街渋谷地区からは火の手がいくつも上がっていた。

人々は生きるために、押し合いへし合いをしながら、ただやみくもに動き合っている。

地獄絵図だった。

ミシェルとルカも姿をくらまし、行方は知れない。アルトはただ、混乱を屋根の上から見ていることしか出来なかった。

「あいつ......!?」

視界の端に、豪奢な金髪が映った。

一般市民を閉め出したVIP用出入口でマネージャーらしき女性と、軍服の女性相手に抗議している少女。

銀河の妖精、シェリル・ノーム。

彼女はマネージャーと女性軍人の制止を振り切って屋上へ向かう階段を掛け上がって行く。

少し気になって屋上の出口へと飛ぶ。

「気は確かか!早く逃げろ!」

「あたしのコンサートをぶち壊しにした奴を前に逃げるなんて!」

「死んでも良いのか!」

「舞台から逃げるくらいならry」

盛大な爆発音に言い争う声が止まる。

アルトとシェリルは自分の眼を疑った。

それは、圧倒的な景色の存在だった。

通りを行進する、甲殻類とも昆虫ともつかない異形の巨体。それは二本の足を踏ん張り、長大な腕でビルを破壊しながらゆっくりと歩いている。背丈はビルよりも大きく、バトロイド形態のバルキリーよりも一回りは巨大だった。

(こちらに....来るのか!?)

まさかアルトやシェリルに気づいたという訳でもないだろうに、怪物、バジュラはコンサートホールの屋上に器官を向けると光線を浴びせた。

「シェリル!危ない!」

「きゃあぁあー」

足を踏み外したシェリルが逆さまに階下の街路に向かって落ちていく。

考える間もなく、感覚でEXギアを駆動させ、シェリルに向かって手を伸ばす。

「シェリル!掴まれ!」

「え!何であんたみたいな無礼な奴に!」

「無礼で結構!」

「きゃあ!」

そのままシェリルを掴んで抱き抱えると、街路に降り立つ。

そこに先ほどのバジュラが再び迫る。 

その顔をオレンジ色の曳航弾混じりの機関砲弾と戦車砲弾が殴打する。

舞い降りる白銀の翼と、接近する黒と紅い機体群。

「VF-25に、ザクII、M9!?もう、実戦配備されていたのか!」

資料を見たことがある。最新鋭のバルキリーとMS、ASだった。アメリカとジオンが共同開発したVF-24をジオン専用に特化改良した汎用可変戦闘機と、旧型のザク1を改良し、宇宙での運用も念頭に入れた汎用モビルスーツ、限定的な飛行能力も獲得した特殊作戦用アームスレイヴ。

「さっさとそこのお嬢さんを連れて逃げろ、坊主!仕事の邪魔だっ!」

EXギアの無線越しに、VF-25FARXのパイロットのものだろう、割れた声が飛び込んでくる。

囮になろうと言うのか、ファイターから手足を伸ばした中間形態ガウォークに変形したVF-25FARXは、バジュラの巨体を必死に押さえ込んだ。そのコクピットを、無情にもバジュラの鋭い爪が叩く。

「やられて....たまるかよぉぉぉっっ!」

搭乗員用EXギアのブースターを噴かしてパイロットが舞い上がる。その手には制式支給のキャリーハンドルとACOGスコープが搭載されたCTAR-21突撃銃。巨大な怪物に対するには、豆鉄砲より非力な代物だ。

「やらせるかよ....ここは、俺達スペースノイドの故郷、ジオンなんだからよぉッッッ!ジーク・ジオン!」

パイロット、ギリアムはタボールの引き金をフルオートで引き絞った。5.56×45mmNATO弾が秒間30発の速度でバジュラの身体を叩く。

が、バジュラは首を傾げるだけで、苦痛だと感じている様子はない。

ただ、目を紅く輝かせただけ。

バジュラの腕が、機体の上でライフルを連射するギリアムの胴体を掴んだ。

「や、やめろ!」

それでも、ギリアムはライフルの連射を止めない。アルトは全てを悟った。

守ろうとしているのだ。

そうしている間だけ、他の避難民や、負傷した国防軍の兵士、不条理な現実に悪態をつくしか出来ない子供の早乙女アルトやシェリル・ノームが逃げられるのではないか、という祈りのように。

ぎし、とEXギアの装甲が軋む音がした。

次に、肉がミンチになる時の音と、骨が何本も纏まってへし折れる不協和音が同時にした。

銃声が、止む。

ぼたり、ぼたりと、赤黒い染みが、路上に広がって、ピンク色と白の何かが、その上でのたうつ。

人の死というのは、こうもあっけないものなのか?

あの勇敢なパイロットは骨と肉の塊に還元されて、路上の染みになった。そこには、厳粛さも、安らぎもない。

「嫌ああーーっっ!」

少女の悲鳴が、アルトを思索から引き戻した。

そうでなかったら、彼もまた、初めて見る人が惨死する光景に飲まれて、バジュラの足に潰されて死んでいただろう。

悲鳴を上げたのは、あの翡翠色の髪の色の少女だった。ビルの壁面に追い詰められ、腰を抜かして震えている。あのツイードの男が庇っているが、勝ち目はない。

そしてなお悪いことに、怪物もまたその悲鳴に興味を示した様子だった。ずん、と足を踏み出して方向を変え、ギリアムだったものを完全に放り出す。

(どうする......!?俺は、どうする......!?)

逃げるのなら、今しかなかった。EXギアなら、間違いなく逃げられる。だが、EXギアであの怪物の前に出たとしても、人間3人を持ち上げて緊急離陸する推力はない。

見捨てるのか、と心の中で自分が問う。

怯え、すくみ、ただ、恐怖することしか出来ない小さな少女。そして、さっき死にかけたシェリル。

それらを見捨てて、お前は空を飛ぶことが出来るのか。

(なら....!)

アルトの視線の先にはギリアムが乗り捨てたVF-25FARX。

コクピットのキャノピーこそ破壊されているが、他は無傷だ。

「軍用じゃなくたって、EXギアの規格は一緒だ。マニュアル通りなら、行ける!」

EXギアの作動は良好。バルキリーとのコネクターユニットにも異常はない。

「シェリル!お前はそこを動くな!」

決意を込めて翼を開き、飛翔する。

たった数十メートルの距離が、無限にも思えた。

キャノピーのガラスを蹴破り、シートに身をしずめると、フットペダルをEXギアの脚部にコネクトし、両腕のパーツをコクピット側に固定。インナースーツだけになった腕でスロットルを握る。コネクターを通して機体の情報が、EXギアのゴーグルに投影される。

「起動手順は、予備役課程の実機演習のVF-1Cと同じだ。」

手順に従って、再起動シーケンスを一つ一つクリアしていく。目の前ではバジュラがゆっくり、しかし確実に、ツイードの男と少女目指して進んでいる。

焦ったら、全てが終わりだ。

(初舞台の時以来かな......こんなに緊張したのは....)

一度は死んでいた機体に、次々と明かりが灯っていく。

VF-25FARXはアルトを、新しいパイロットと認めようとしていた。

 

"READY"

 

簡素なその文字が、起動完了を示して光った。

「行ける!」

迷うことなどはない。

右手に握られたままになっている60mmガトリングが火を噴く。

バジュラの背中を、火線が強打する。

一発、弾丸が発射する度に反動で全身が痺れる。視界が、マズルフラッシュのオレンジで染まる。

ただ棒立ちで、ガトリングを撃つだけの、ASやMSどころか、戦車や砲台にも劣るただそれだけの戦い。

それだけで、喉の中が乾き、眼球は飛び出しそうに痛み、目が眩む。

撃っている限りは死なない。砲声がしている限りは生きている。撃たれているあいつは動けない。動かないなら、あの娘達は死なない。

だが、銃弾が切れたら?

バルキリーのエネルギーも、発射する銃弾も有限だ。

そうしたら....!

(銃弾を節約しろ!)

カチッ

カチッ

無情に、HUDに弾切れの表示。

弾幕を浴びて止まっていたバジュラが、こちらを向いた。いくつもの目が、不気味に光る。

その足元には、恐怖に凍りついた翡翠色の髪をした少女とツイードの男。砲弾の飛び交う下で逃げていてくれ、というのは無理のある希望だった。

(どうする?ビームとか、ミサイルとか、レーザーとか、オートキャノンとか、何か無いのか!?)

兵装を切り替えようにも、最新軍用バルキリーの兵器管制システム等はパイロット養成コースや予備役課程初級の扱うところではないから、直ぐに切り替えが出来るわけではない。

いや、よしんば火器の切り替えができても、次の火器があの少女達を吹き飛ばさないという保証などは、無い。

「だったら!」

今は、自分が出来る事をやるしかない。

ガウォーク形態のまま、アルトはVF-25FARXの質量そのものを、バジュラに叩きつけた。

バルキリーは戦闘機だが、その強度は旧世紀のものとは比較にならない。パラジウムリアクターの生み出す巨大なエネルギーをエネルギー変換装甲によって防御力に変換し、厚さ80cmの鋼板、これは米軍のM1戦車に匹敵する頑丈さを備えていると聞かされていた。

「うおおおおっっ!」

アルトはバジュラを廃ビルに押し付けた。今はとにかく動きを止めるしかない。そうすれば統合軍が来る時間も稼げるというものだ。

(あいつら、威張ってばかりいるくせに、こんな時に出動して来ないんじゃ、素人の軍隊ゴッコじゃないか..!)

「!」

バジュラの副腕が繰り出されて、ガウォークの腹、コクピットの真下を狙ってきた。アルトはそれを、右手に握りっぱなしになっていたガトリングでうけとめる。弾切れのライフルでも、チャンバラ代わり位にはなった。

(フェンシングと剣術、射撃の稽古はみっちりやったんだ!人型なら、同じ理屈で戦える筈!)

歌舞伎の役者というのは、森羅万象あらゆることに通じていなければならない。武士を演じるなら武士以上の武芸を、姫を演じるなら貴婦人以上の技芸を。役者とは世界を写す鑑だ。アルトの父はいつもそう言って、アルトにあらゆることをやらせていた。

ガウォークの下半身をかがませて、体重移動でバジュラの攻撃を反らす。左手の掌を突き出す形にして、緊急防御用のピンポイントバリアを集中、掌底をかち上げるようにバジュラの顔面に叩きつける。

不思議と今のアルトに、キャノピーに一撃食らえば死ぬ、という認識はない。それ以上に、あの少女とシェリルが、先ほど見たパイロットのように血の塊になるのが厭だった。それだけは、見たくなかった。

「何だ!?ギリアムの野郎、何て戦い方だ!」

外周のバジュラと使徒をシーマ隊とともに片付けたオズマのVF-25Sがアイランドワンに突入すると、ギリアムのバルキリーがまるで幼稚園児のケンカのように、廃ビルに押し付けたバジュラをただ、闇雲に殴りつけているのを見た。

(ナイフだってレーザー機銃だってラムダドライバだってあるだろうが!阿呆!)

おまけに、ギリアムに殴られているバジュラは、背中の甲羅を大きく開き、ロケット弾頭のような器官を生成しはじめている。VF-171をやったのと同じミサイルだろう。

「ギリアム!応答しろ!おいっ!」

急降下。地表ギリギリでガウォークに変形して、足のホバーで落下速度を相殺。ターンをかけて、道路上をバジュラに肉薄する。

そこで、オズマは見た。

「ランカ....!?ランカ!」

バジュラのすぐ側、恐怖に顔をひきつらせて、赤子のようにいやいやをしている、あいする義妹の姿。

幾度となく見た、そして今度こそ見まいと思っていた、バジュラに怯える愛するランカの姿を。

だが、今はとにかくバジュラを片付けねばならなかった。

機体をギリギリまで低くし、機首でバジュラの腹を打ち上げるように殴打。ビル毎体勢が崩れたバジュラの腹を蹴って、その反動でギリアムのVF-25を引き離す。そのまま上昇、恒星の光を背にしてバトロイドに変形、頭部のレーザー機銃でバジュラの目を潰し、バジュラの死角にそのまま潜り込んだ。

言葉にすればこれだけの事を、一切無駄のない動きでオズマはやってのけた。

(凄い....!)

死ぬかも知れない状況の中なのに、アルトはそれに見とれた。武道の持つ美とは、これのことだ。

「ギリアムじゃないな!貴様!誰だ!応答しろ!」

「....お、俺は....!あんたら軍が情けないから、仕方なくこんなことをやってる!」

えらく腹の据わった声だな、とオズマは妙なところで感心した。民間人で素人なら、戦闘中に無線でまともに聞こえる声など出せるものではない。この聞き取り易さは、俳優か何かだろう。

(俳優がバルキリー?熱気バサラじゃあるまいし)

いずれにせよ、キャノピーが大破して、見知らぬガキが乗っている。となれば、ギリアムの運命について詮索をするのは無意味だった。

「誰か知らんが、事情は後でゆっくり聞く!そこの娘達を連れて逃げろ!やれるな!」

「....あ、ああ!」

「返事は明瞭にしろ!いいか、かすり傷でもつけてみろ、反応弾で宇宙から消してやる!」

「了解!あんたこそ、死ぬなよ!」

(全く、忌々しい大人だ....)

心の中でアルトは舌打ちをしたが、その判断の正しさを認めないわけにはいかなかった。

潰さないように注意深くガウォークを移動させ、ランカとドクター、シェリルの側に移動し、手を伸ばす。「掴まれるか!君、シェリル、おっさん!」

機械の塊であるVF-25だけでは不安だろうと思い、キャノピーから身を乗り出して、肉声でそう叫んだ。歌舞伎で鍛えれたアルトの声は、戦場でもよく通る。

それが、功を奏した。

ランカの目に光が戻り、ドクターに支えられて、ガウォークの巨大な指にしがみつく。

「よし」

戦場では、もう一機、先程の赤いザクIIが戦闘に加わり、優勢に戦いを進めていた。

増援の腕は悪くない。

だが、戦闘は首都だけでなく、アイランドワン全域に拡大しているようだった。

レーダーが敵機接近を示して真っ赤に光る。

天井に空いた穴から出現した、毒々しい黄色のバジュラが瘴気を放ち、鉤爪を伸ばして肉薄してくる。

アルトはそれを、スピードスケートの選手ででもあるかのように、機体を横に滑らせて避けた。

(なんてパワーだ!実習で乗ったVF-1Cとは軽自動車とフェラーリだな!)

美星学園が予備役将校課程の航空実習で使っているVF-1Cは、第一次星間大戦で使用された最初のバルキリーVF-1Aを練習機にデチューンしたロートルだ。その経験だけで軍用最新鋭VF-25を曲がりなりにも動かしているのだからアルトの腕は大したものなのだが、当人にそんな自惚れはない。

ただ、機体をまともに操れない悔しさと、バルキリーの腕の中で震える少女達を守らねばならないという使命感が有るだけだ。

追加で増援に入った青いバルキリーは良い腕で、逃げ回るアルトと、オズマのアーマード、赤いザクIIをヒットアンドアウェイを繰り返してサポートしていた。ここで撃たれると撃墜される!というタイミングに必ず狙撃が入る腕前に、アルトは内心舌を巻いた。

「全く、誰かみたいにスカした挙動だぜ....」

「何なんだ一体!」

ふと、下を見ると、バジュラの瘴気に触れた人々が次々ゾンビに変貌を遂げ、国防軍の兵士に襲い掛かっていた。そのあまりにも残虐な光景に思わず目を背ける。

その眼前に、#199#と大書された駅前の高層ビルディングが迫る。

「しまった!」

ターンで回避すれば、EXギアがある自分はともかく、手の中の少女達とツイードの男が無事ではすまないだろう。

(出来るか!?)

「しっかり掴まってろよ!」

ビルにぶつかる寸前でガウォークの足をビルの壁面と平行にし、急上昇をかける。

「ちょっとry」「「きゃああっっっ!」」

VF-25の手の中でシェリルが抗議し、少女が悲鳴を上げたが、今出来ることは、推力と揚力のコントロールに専念することだけだった。

後方投影モニターに、肉薄するバジュラの影が迫る。

ただひたすらに空を見上げて駆け上がり、やがてガウォークの足からビルの抵抗がなくなる。

「抜けた!」

アルトは思わず快哉を上げた。

が、その油断が命取りとなる。

バジュラの瞳が光り、そこから放たれた光弾が機体の手前で激しい発光現象と共に消滅。その衝撃でランカを掴んだ方のVF-25の腕が肘から折れた。

「た、助けてえええっっっ!」

折しも、アイランドワンのドームには、侵入したバジュラによる大穴が開いていた。宇宙に浮かぶ巨大なガラス瓶でしかない都市宇宙船の大気は、外に向かい吸い出されていく。

すなわち、穴のある真上に向かって落ちていくのだ。惑星上なら天然自然の重力があるからそんなことが起きる筈も無いが、都市宇宙船の人工重力なら、少し高い場所ならあっという間に気流が勝利してしまう。そもそも、そうでなければEXギア単体で空など飛べる筈もない。、だから、ランカの華奢な身体は風に煽られて、上へ上へと落ちて行った。

もう片方の掌から急いでシェリルとツイードの男をコクピットの後部シートに移すと、その次の瞬間に光弾を浴びて吹き飛ぶ。これで完全に、バルキリーの腕は死んだ。

(どうする!?)

自問自答するまでもなかった。追うしかない。そうしなければ、一体何のためにあのパイロットは死んだというのか。

転身、半宙返りをして手足を畳、ガウォークからファイターに変形。紅いラインのバルキリーが、天空に開いた穴へと飛び出す。

アイランドワンの天蓋に映し出された青空のホログラムに唯一点、本当の宇宙の深淵が覗いて、それはまるで、天の果てへと誘う門にも見えた。

真空の宇宙に放り出されたら一巻の終わりだ。例え彼女がゼントラ系の血を引いていたとしても、巨人ならともかく、マイクローンである以上、真空の中で生きられる筈がない。

「間に合えッッッッ!」

熱核反応バーストエンジンとパラジウムリアクターで飛翔するVF-25FARXの最高速度はマッハ5を超える。だが、そんな速度で接近摩れば、機体の周囲に発生する衝撃波、所謂ソニックブームによって、少女の身体は一瞬でバラバラになってしまうだろう。

そうしないためには、相対速度を彼女の上昇と同じ速さにして、コクピットでキャッチするしかない。もちろん、機首や翼で接触するようなことは避けなければならないのは当然だ。

(ここの気流は誰より知ってる)

都市上層の乱気流を自在に活かしてEXギアで飛行する技術に掛けては、アルトはクラスの中でも卓越していた。ほんの少し飛行船が動いただけで流れの変わる気流を見通す技術については、担当教官どころか、とにかく点の辛いミシェルさえ絶賛したほどだ。

(そうだ。俺はあの天蓋を見て飛んできたんだ)

それでもなお、生まれて初めて乗る機体と、天蓋が壊れたという未経験の気流の中で飛ぶのは困難を極めた。幾度となく機首がブれ、計器が次々と悲鳴を上げる。一歩間違えば、宇宙用装備を身につけていないアルト自身、宇宙に放り出されかねない状況だ。

(目を閉じるな、平常心を失うな。)

生存本能に負けて逃げ出したくなる肉体に言い聞かせる。

最後に信じられるのは自分だけだ。空を飛ぶために繰り返してきた過酷な練習、この空を飛び続けた経験、そして子供の頃から叩き込まれた、身体のあらゆる場所をコントロールするための鍛練。

『アルト。身体はお前に付随するものではない。心もまたお前のものではない。すべてはお前の魂が動かしてやる傀儡のようなものだ。筋肉の一本一本を想像しろ。自分の腕が、指が、足が、髪の先までがどうなっているかを感じて、その通りに動かすのだ。意図通りでない動きなど、役者には許されておらん』

(こんな時に親父の言葉を思い出すかよ...ッ!)

だが、彼が叩き込まれてきたことは彼を裏切らなかった。例え彼自身が、自分の過去を裏切りたいと思っていたとしても。

指はピアニストより繊細に動き、足はフットペダルを舞うように操る。心の焦りとは別に、アルトの筋肉は自分の肉体を制御し、筋肉はアルトの意志に従っていた。

「見えた!」

少女の緑の髪と、白いヒップが飛び込んできた。

「助けてえーっっ!」

彼女もバルキリーに気づいたのか、声を限りに叫ぶ。

ゆっくりと加速し、徐々に肉薄する。

少女の瞳から流れた涙が見る間に氷結して、氷の粒になって空を舞った。

視線が絡み合う。紅い瞳が、救いを求めてアルトを見る。

(今あの娘を守れるのは俺だ。俺だけなんだ!)

「手を伸ばせ!」

「う、うんっ!」

ランカが手を伸ばし、アルトもまた手を伸ばす。

指先が触れあうか、と思った時....!

ヒュー!と風が巻いた。

ランカの身体が大きく吹き上げられ、距離が見る間に離れていく。

既に上方視界のほとんどは、宇宙で埋め尽くされていた。一刻の猶予もない。

「なら、一か八かだ!」

意を決して、アルトは加速を駆けた。彼女の現在位置は分かっている。

それなら...!

急速に、視界の中であの娘の身体が大きくなっていく。機体位置を固定するようAIに指示を出しながら、アルトはコクピットを飛び出した。両腕を広げる。

(左、コンマ0.2、もうちょい....これで!)

宇宙をバックに、ランカの形の良いお尻が飛び込んでくる。

(南無三!)

刹那、アルトはあらゆる神仏と先祖に祈った。

すれ違い様、ランカの身体がアルトの腕の中に落ちる。重みは、彼女が確かに生きている証だった。

「今だ!」

素早く腰からシルバーとブラックのツートーンカラーの光沢の美しいワルサーP38を抜くと続けざまに上に向けて5発発射。その反動を利用してコクピットに戻る。

急上昇する機体をそのまま宙返りの体勢にして、その頂点でガウォークに変形。天蓋の端を蹴飛ばすと、定員オーバーの機体が、自動的に降下体勢を取る。

「やっ....た....!」

アルトの膝の上に座る少女は確かに息をしていたし、目立った怪我も無いようだった。温かく、何より柔らかかった。

「大丈夫か?しっかりしろ!」

小さな肩がしゃっくりを上げ、振り向いた瞳から涙が溢れている。

「こ....怖かった....怖かったよぉっ....!」

ひしっ、と強い力で、少女はアルトに抱きついた。

一瞬アルトは狼狽したが、すぐに、アルトは少女がパニックに陥っているのだと気がついた。

「もう大丈夫、大丈夫だ」

操縦をフットペダル任せにして、両手でしっかりと背中とうなじを抱き締める。

「うん、ありがと、お兄ちゃん!ランカ、お兄ちゃん、大好きだよ?」

耳元でドキリとするほど甘い声でランカと名乗った少女はささやいた。

「え....!?」

女性のそうした声音に、アルトの心は不覚にも大きく乱れた。フットペダルが乱れ、機体の安定が大きくぶれる。

「ちょっ....え!?」

その揺れで、ランカの瞳に光が戻る。ようやく落ち着いたのか、自分の状況を理解して、次に混乱が来た。

「えっ!?あ、あたし....なんで、あなた、ここに....!?」

狼狽した少女は抱きついた腕をほどき、男の胸から逃れようともがく。

その手が操縦捍を叩き、VF-25は市街地への急降下を始める。

「ば、バカっ!」

ベルトも何も無しでガウォークのコクピットにいれば、落ちるしかない。アルトは手を伸ばして、ランカの小さな身体を必死に支えた。

強化手袋越しに、ほわん、とした玄妙な手触りが伝わってくる。丁度掌に収まるサイズの形の良い乳房。

それが事態の、決定的な止めとなった。

「きゃあーあああーっっ!」「この変態!」

良く伸びるソプラニーノの悲鳴と、ランカとシェリルからの今日3、4発目になる強烈な平手打ち。

その二つが完全にVF-25FARXの機位を失わせた。

真下にはバジュラとバジュラから放たれた光弾。

運命は、あまりにも明白だった。

(殺られる!)

機体の手前で再び激しい発光現象と共に光弾が消滅する。

混乱したバジュラをすかさず、青いバルキリーの狙撃手が狙撃する。

「今のはまさか....!」

「あの野郎、八つ裂きにしてプロトデビルンの餌にしてやる!」

愛する妹が悲鳴をあげながらもろとも墜落していく光景を見て、オズマは唇を血が出るほど噛んだ。

 

エンディングテーマ:ルパン三世愛のテーマ

     風に髪をとかれ

    おやすみのくちづけを

   愛を胸に抱いて ふるえて眠れ

     いつの日に結ばれる

     まだ見ない あなたよ

     この体も まごころも 

       贈りたい

     昨日から 明日へ

      愛を胸に抱いて 

      ふるえて眠れ

      夜が夢を運び

    おやすみのくちづけを

   愛を胸に抱いて ふるえて眠れ

     淋しさに涙して

    いま何処に あなたよ

   この想いも ときめきも伝えたい

     昨日から 明日へ

   愛を胸に抱いて ふるえて眠れ

 

 

 

第一話END

 

 

 

 

 

 

 




次回予告&作者小部屋
遂に始まったアクション巨編(大嘘)!奇襲攻撃を受けたジオン政府は報復を決定する。敵の惑星を覆う無数のジオン艦隊!敵に包囲され次々に散っていく戦士達!その時、紅い彗星が目覚める!あの大怪盗が遂に登場!次回!第二話「生還率0.2%」
復讐の歌、銀河に響け!

という訳で、処女作(他に短編2編があるものの長編は初。)第一話完成です。ここまで掛かったのは暫くスランプで第一話の構成が上手くまとまらなかったからですが(背後から殺気を感じる)
「遅すぎよ」主演女優S.Nさん
「出番は未だか?」準主演男優S.Sさん
ちなみに、どうでも良いですが、作者は個人的にはバーンノーティスのフィオナ・ブレナン(因みに本作で登場予定)とか、エイダ・ウォン、峰不二子、レベッカ・ロッセリーニとかの方が好きです。
では、また再来週お会いしましょう。See you~







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