怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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シンさんの活躍を望む読者の期待に応え、前作の『序章』から『本編』がスタートです。『序章』が原作1巻までの時間軸ですので、『本編』は原作2巻の時間軸からのスタートとなります。

尚、『序章』をお気に入り登録して下さった読者さんへの感謝を込めて、『序章』で貰った感想からインスピレーションを得て生まれたIFルートのお話を、『序章』の方に新しく加えました。短めですが、そちらもお楽しみ下さい。

2017/4/18 誤字報告より誤字を修正しました。ありがとうございます。

8/9 誤字報告より誤字を修正しました。毎度ありがとうございます。

11/21 誤字報告より誤字を修正しました。毎度どうもありがとうございます。

2018/5/20 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

2018/10/13 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


本編 怪人バッタ男 THE FIRST
第1話 戦え! 恐怖の怪人軍団!


俺は「怪人バッタ男」の異名を取る高校生『呉島新』。

 

幾多の試練と受難を乗り越えて、幼馴染の出久や勝己。実技試験で一緒だった梅雨ちゃんや葉隠と同じく、ヒーロー科最難関と呼ばれた雄英高校に見事合格し、同じクラスになる事が出来た。

 

それから切島や飯田や麗日と言った気の合う友人も出来て、これまでに無いほどに充実した学園生活を堪能していた俺と出久は、オールマイトからヒーロー基礎学を学ぶ事となった。

 

場所は雄英高校の敷地内にある演習場・β。そこにはヒーローコスチュームに身を包んだ、自分と同年代の少年少女がズラリと勢揃いしており、中身がひよっ子にさえなっていないヒーローの卵でも、その光景は壮観と言って差し支えないものだった。

 

そんな光景に俺が若干の感動を覚えていると、俺達に気付いた麗日が話しかけてきた。

 

「あっ! デク君に、シン君? カッコイイね! 地に足着いた感じだよ」

 

「あ、麗日さ……うおおっ!」

 

「落ち着け出久。しかし、俺も出久もフルフェイスなのによく分かったな」

 

「あははは。だって二人とも分かりやすいんだもん」

 

「……そうか」

 

「でも、コスチュームの要望ちゃんと書けば良かったよ。パツパツスーツんなった」

 

「……八百万よりはマシじゃね? アレはもう返品レベルだろ」

 

「あ~~、八百万さんのは注文通りなんだって」

 

「はい?」

 

麗日が言うには、自分を含めて特にデザインを要望しなかった女子のコスチュームは、露出度が高かったり、ボディラインがハッキリ分かるようなデザインになっていたらしいのだが、八百万のコスチュームは逆に要望よりもむしろ隠されているらしい。

現時点でも峰田が鼻血を垂れ流してガン見する程度に過激だと思うのだが、オリジナルは一体どんなデザインだったのだろうか? もっとも、手袋とブーツだけの葉隠を見ると「露出度って何だろう?」って気分になるのだが。

 

授業の開始前から色々と考えさせられたが、雄英で初めてのヒーロー基礎学は『屋内での対人戦闘訓練』だった。

 

「ここにいる皆も実際に目にした事がある子がいるとは思うが、『ヴィラン退治』と言うのは主に屋外で見られるものだが、統計で言うなら凶悪ヴィランの出現率は屋内の方が高いんだ。監禁・軟禁・裏商売……『ヒーロー飽和社会』と呼ばれるこの現代において、真に賢しいヴィランは屋内と言う名の闇に潜む!

そこで! 君等にはこれから『ヒーロー組』と『ヴィラン組』に分かれて、2対2の屋内戦を行なってもらう!」

 

「基礎訓練も無しに?」

 

「その基礎を学ぶ為の実戦さ!」

 

力強く語るオールマイトが設定した今回の状況は、二人のヴィランがアジトに核兵器を隠していて、二人のヒーローがそれを処理しようとしていると言うもの。

気になる勝利条件は、『ヒーロー組』は制限時間の15分以内に「核兵器を回収する」か「ヴィラン組全員の確保」。『ヴィラン組』は制限時間まで「核兵器をヒーローから守りきる」か「ヒーロー組全員の確保」だ。チームメイトと対戦チームの選出はくじ引きによって行なわれる為、完全にランダムだ。

 

しかし、そんな事はどうでもいい。問題はこのクラスが21人で、その上で二人組を作ると言う事。

 

それは俺が出久や勝己と出会う前の、幼少期の俺が思い知った人間社会の厳しい現実。永久に忘れも消えもしないオゾマシイ記憶。そして、この魂に刻まれた禁断の地雷ワード。

 

『はぁ~~い! みんな~~! 二人組み作ってぇ~~☆』

 

今でもその当時を思い出す度に、心の奥底から絶叫したい気分に襲われる。小学校に上がる頃には、引越し先で出久と仲良くなったから良かったものの、出久以外にまともな友達は一人もおらず、出久が学校を休もうものなら俺はほぼ完全に孤立する。

そうなれば勝己が絡む時以外に俺が学校で喋る機会は激減し、俺は休み時間は物思いに耽る雰囲気を醸し出して長い一日をやり過ごすと言う、ロンリーウルフの皮を被ったレンタルキャットと化す。実にしょっぱい思い出である。

 

しかし、追い詰められた幼少期の俺の精神は、バッタが持っているテレパシー能力(本当か?)を無意識の内に強化してしまい、“奴等”はこうした「俺が一人になる可能性がある状況」が訪れると、頼みもしないのに何故か必ずやって来る。

 

俺が記憶する限り“奴等”と最後に会ったのは、5年前の夏休みに参加したサマーキャンプの肝試しで、くじで二人組みを作る時だった筈だ。闇夜に紛れて暗い森の中から、得体の知れない“怪人”が出現した事で、男女問わずに失禁する者が続出した。思い出したくも無い黒歴史である。

 

それにしても、オールマイトには一応“個性”を教えるついでに“奴等”の事を教えている筈なのだが……もしかして、その事を忘れているのだろうか?

 

「それでは、早速くじ引きだ!」

 

「あの、オールマイト先生。このクラスは21人ですので、二人組は……」

 

「待てぃ!」

 

八百万の言葉を遮る力強い声がした方向と見ると、予想通りにバッタかイナゴを模した三人の怪人が屋根の上に立っていた。

 

「小さな親切!」

 

「大きなお世話!」

 

「それでも必ずやって来る!」

 

「「「愛と正義の名の元に! トオオオウッ!!」」」

 

三人の怪人は高らかに口上を述べると屋根から颯爽と飛び降り、華麗な空中回転を決めてビシッと着地した。オールマイトを含めた初見の連中は、ヴィランが現れたと勘違いしているのか、臨戦態勢を取っている。

 

「君達! 一体何者だ!」

 

「私はイナゴ怪人1号!」

 

「イナゴ怪人2号!」

 

「イナゴ怪人ブイスリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

『3号じゃないの/か/ですか!?』

 

名前を言いながら独特のポーズを決めるイナゴ怪人達に、クラスメイトの大半が三人目の名前が「3号」ではく「V3」である事を突っ込んだ。

 

この『イナゴ怪人』を自称する怪人共は、自称「俺の心の闇から生まれた哀しみの怪人」であり、その正体はバッタやイナゴの集合体だ。しかも、そのバッタとイナゴが通常と比べてかなりデカい。とても日本産とは思えない位デカい。

しかし、所詮はバッタやイナゴの集まり。だから冬は現れないだろう……と思いきや、父さんがこのデカいバッタを「ミュータントバッタ」と名付け、研究する為に温室を作り一年中飼育している所為で、一年を通して何時でも出現する事が出来るとの事。最悪だ。

 

「さあ! 我々を加えて総勢24人! 『ヒーロー組』と『ヴィラン組』で12組の対戦カードを組もうではないか!」

 

「き、君達は何を言っているんだ!? 部外者の君達が何で我々の授業に参加すると言うんだ!?」

 

「何を言う! 我々はそこの呉島新が幼少期に体験した一人ぼっちの寂しさと、外見を恐れられキモがられた悲しみと、友達が中々出来ない孤独と、二人組を作る事に関するトラウマと言う、心の闇と黒歴史から生まれた由緒正しき怪人だ! 部外者では無い!」

 

「そうだ! その上我々を創り出した時に『ひでぇ! 怪人は怪人を生み出すのかぁ!』と言う台詞に魂を抉られ、全く反論出来ないが為に、呉島新は“個性”で我々を呼び出すことを拒絶しているのだ!」

 

「うむ! ちなみに幼稚園の頃の班組みでハブラれ、挙句の果てには幼稚園の先生に『はいはい、皆が呉島君を嫌いなのは分かるけど、イジメは駄目よイジメは』と言う台詞に、生まれて始めて憎悪と言う感情を覚えたのだ!」

 

飯田の尤もな指摘に対して、イナゴ怪人達は「俺の黒歴史の暴露」と言う最凶最悪最強の精神攻撃を「ジェット・ストリーム・アタック」の様に繰り出した。その攻撃……否、口撃は全て、俺の精神にクリティカルヒットした。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

お蔭で平常心を失った俺は絶叫し、その場から全速力で逃げようとして、即行でオールマイトに捕縛された。

 

「ぬあああああああああああ! 離せぇえええええええええ!! 離してくれぇえええええええええええッッ!!!」

 

「落ち着け! 落ち着くんだ! 呉島少年! とりあえず、アレだ! ドンマイだ!」

 

錯乱状態に陥りつつも、オールマイトに押さえつけられている状態から脱出する為に、俺は全力で足掻いた。しかし、オールマイトの拘束が緩む事は一切無く、ビクともしない。代わりに行き場の無い感情から生まれた、俺の魂の慟哭が演習場に響き渡っただけだった。

 

「むううううう! 一体どうすれば……そうだ! 少年少女よ! 君達の“個性”の恥ずかしい思い出話で、呉島少年を正気に戻すんだ!」

 

『は、恥ずかしい思い出話!?』

 

オールマイトの割とトンデモな提案に全員が驚いた。確かにあんな事を公衆の面前で暴露されればこうなる気持ちも理解出来なくは無い。しかし、幾らなんでも流石に自身の恥を話せと言うのはちょっと……と、大半の生徒が尻込みをする中、一人の少女が発狂している怪人バッタ男に近づいた。

 

「シンちゃん、聞いて。私“個性”がカエルだって理由で『コレが好物だろ?』って虫を投げつけられたり、『蛙なんだから産卵してみろ』とか言われた事があるわ。本当よ?」

 

「!?」

 

予想外の内容に、俺は思わずピタッと止まった。そしてコレを好機と見たオールマイトは、このまま畳み掛ける様にジェスチャーで指示を出した。

 

「ええっと、私もかくれんぼしてたら、全然見えないからって泥ぶっかけられた事があるよ!」

 

「わ、私だって“個性”使った時にミスって服全部溶かしちゃった事ある!」

 

「……俺、“個性”の関係でお菓子作りが趣味なんだけど、昔『女子みてぇだ』って馬鹿にされた事あるぞ」

 

こうして1-A組による、各々が持つ“個性”の弊害に関する暴露大会が開催された。地味なものから、洒落にならないものまで、その内容は実に多種多様だ。つーか、恥ずかしい話というより、嫌な思い出とかそんな感じの内容が多い気がする。

 

ちなみに口田は子供の頃に森で“個性”を使って、様々な虫を大量に呼び寄せてしまった過去があるらしく、それ以降虫が苦手になったらしい。それでいて、口田は俺と手話で会話が出来るのだから、人間関係とは実に侭なら無い。

 

それにしても――

 

「ええっと、俺はアレだ。友達のゲーム機の充電してやるつもりが、ミスってゲーム機もセーブデータもぶっ壊しちまってよ……」

 

正直、クラスの皆に悪い事をしたと思う反面、俺を正気……と言うより元気にしようとする心遣いが嬉しい。そんなこそばゆくてちょっと居辛い感じが、俺の荒れ狂う心を静めていく。

 

「そ、そうだよ、あっちゃん。僕も“個性”の制御がまだ全然出来てないし……」

 

「! そうだデク! テメェ、今まで俺を騙してやがったのか、あ゛あ゛んッ!?」

 

「落ち着きたまえ、爆豪少年! 緑谷少年はちょっと特殊な事情があるのだよ!」

 

沈黙を保っていた勝己が怒りと共に口を開いたが、オールマイトによって出久の“個性”についての解説が始まった。

 

ただ正直な話、嘗てオールマイトからその事を聞いた時に、俺は「どうして出久のお父さんやお母さんと全く接点の無い“個性”が発現したのか?」……と思ったのだが、納得できる理由を、俺はこの目でハッキリと見ている。

 

「ついでに言うと、出久の“個性”はおばちゃんの“個性”を引き継いだモノだろう」

 

「あ゛あ゛!? デクのおばさんの“個性”は『物を引っ張る』発動系だろうが! どうすりゃそれが、あんな増強系になるってんだ!?」

 

「いや、出久のおばちゃんは多分、複合系の“個性”だったんだと思うぞ? そして本人もその事に気付いていなかったみたいだ。これが証拠だ」

 

「証拠だぁ!? 一体何を……ッ!?」

 

俺が提示した“それ”を見た勝己は、完全に言葉を失った。

 

俺が勝己に見せたのは、ぽっちゃり体型からムキムキバディに変貌した出久のお母さんの写メ。その姿はオールマイトを髣髴とさせる画風と化し、ぶっちゃけ俺もこれを見た瞬間目を疑った。そして出久のおばちゃんは家に来た俺に向かって、大鍋を片手で持ち上げながらこう言った。

 

『OH、新BOY。ご飯食べてくSOON?』

 

『え? あ、はい』

 

しっかりとご馳走になった俺は、出久にこの劇的ビフォーアフターの理由を聞いたのだが、「気がついたらこうなっていた」と出久は答えた。

 

そんな出久の台詞で俺は、この現象が起こった理由を「“個性”の発現によるもの」ではないかと推測した。

 

恐らく出久ママの“個性”は、本来は発動系以外の事も出来る複合タイプの“個性”であり、それは本人さえも与り知らぬ事だったのだろう。そして、それが分かれる形で出久に継承されたとすれば、出久の“個性”が増強系だとしても辻褄は合う。

 

実際、出久のお母さんは直ぐに元のぽっちゃり体型に戻っていたので、アレは増強系の“個性”による一時的なモノだったのだろう……と、俺は思っている。その事を話したら出久も同意してくれたから、それで間違いないだろう。

 

そして、出久の“個性”が判明した時期から察するに、恐らく出久の“個性”の有無が分かったのは、あのヘドロマンの起こした事件が原因だと考えられる。何となく言い辛かったのだが、その事も一応勝己に話した。

 

「……本当にデクは今まで自分に“個性”があるって、知らなかったってのか?」

 

「出久が『騙す』なんて器用な事が出来るタマだと思うか?」

 

「……………チッ」

 

勝己は舌打ちをしつつも、それ以上は何も言わなかった。出久にそんな事は出来無いと、改めて理解したようだ。

 

「さあ! 場の空気が落ち着いたところで、我々を加えてヒーローになる為の戦闘訓練を始めようでは無いか!」

 

「……おい、シン。コイツ等をとっとと引っ込めろ。邪魔だ」

 

「さっきからやってるが、全く言う事を聞かない……と言うか、今まで引っ込めようとして、引っ込める事が出来た試しが無い」

 

「チッ! 使えねぇな……」

 

「………」

 

「大丈夫よシンちゃん。私達まだ高校生なんだもの。これから出来る様になればいいわ」

 

「そうそう。だから気にすんなって!」

 

……コイツ等、本当にいい奴等だなぁ。雄英に来て本当に良かった。コイツ等と一緒なら、俺はもっと頑張れる気がする。

 

「ふむ……それじゃあ、彼らを加えて『くじ引き』で決めようか」

 

「彼等を加えて授業を進めるのですか!?」

 

「何、ヒーローにとってアクシデントは日常茶飯事! 何事にも臨機応変に対応してこそヒーローと言うものさ!」

 

俺がトラウマの権化と言うべきイナゴ怪人と向き合う事を決意した一方で、オールマイトは八百万にボールを三つ作ってもらい、それらを箱の中に入れた。

 

 

○○○

 

 

21人の生徒と、3人の怪人を加えた『ヒーロー組』と『ヴィラン組』のチーム分けで、僕は麗日さんと一緒になった。麗日さんの言う通り縁があるとは思うけど、ちゃんと話せるかどうかがちょっと不安だ。

 

「大丈夫かい? 呉島君? 何だったら“個性”の可能性を探った時に、野菜ジュースを飲んで起こった失敗談を話そうか?」

 

「いや、大丈夫だ。問題ない」

 

今まで見た事が無い位に混乱していたあっちゃんのパートナーは飯田君だった。クラスの皆のお蔭で大分回復したみたいだけど、本当に大丈夫かな?

 

そして、僕としては『ワン・フォー・オール』の事が上手く誤魔化せた半面、あっちゃんとかっちゃんに嘘をついている事が、何だかとっても後ろめたい気分にさせた。

 

もっと言えば、母さんのアレは“個性”じゃない事を何とかして伝えたい。確かに“個性”だと勘違いしてもおかしくない位に、見た目が変わっていた事は認めるケド。

 

「最初の対戦は……コイツ等だッ!」

 

オールマイトが取り出したボールはAとK。僕と麗日さんのペアと、あっちゃんと飯田君のペアだ。ヒーローが僕達で、ヴィランがあっちゃん達だ。

 

屋内戦闘訓練は演習場にある建物の中から一つのビルが選ばれ、あっちゃん達がセッティングの為に先に入っていった。

とりあえず建物の見取り図を見て、それを頭に中に叩き込む作業に入るけど、どうしたものかと悩み出すともう止まらない。そんな僕を見て、麗日さんが心配そうに話しかけてきた。

 

「デク君、全然大丈夫そうじゃないけど、大丈夫!?」

 

「その……相手があっちゃんだから。それに、飯田君もいるし……大分身構えちゃって」

 

「デク君とシン君って、幼馴染なんだよね?」

 

「うん。僕が5歳の頃に、近所に引っ越してきたんだ」

 

あっちゃんはかっちゃんと違って、初めから僕の家の近所にいた訳じゃなかった。そして、あっちゃんは「普段は大人しくて優しいけど怒ると恐いタイプ」で、いざと言う時は躊躇無く火の中でも水の中でも飛び込む様な性格だった。

 

最初に出会った時は物凄く怖くて逃げ出したんだけど、あっちゃんは他の皆と違って“無個性”の僕を馬鹿にしなかったし、ヒーローを目指す僕の夢を笑う事もなかった。

 

何であっちゃんはそうなんだろうと思って、ある日に僕はあっちゃんにその事を聞いてみた。

 

『父さんが言うにはね。昔は“個性”を持った人が今よりもずっと少なくて、“無個性”の人がヒーローをやっていた時代があったんだって。

それでその“無個性”のヒーロー達は、色んなヒーローアイテムを使って“個性”のあるヴィラン達と戦っていたんだって言ってた。だから出久が“無個性”でも、ヒーローになれるって思ったんだ』

 

超人社会となった現代では、そんな“無個性”のヒーローは一人も居ない。そんな事は当時の幼い僕でも分かっていた事だけど、あっちゃんの「“個性”が無くてもヒーローになれる」実例を聞いて、僕はずっと前向きでいられた。

 

流石に憧れのオールマイトから「“個性”が無ければヒーローになるのは難しい」って言われた時はショックだったし、その後で僕はオールマイトから“個性”を貰っちゃったから、「“無個性”でもヒーローになれる」って事を僕自身が否定しちゃったようなものなんだけど……だからこそ、この戦闘訓練はうってつけと言えた。

 

今の僕では『ワン・フォー・オール』をまだ使いこなせないから、この訓練では使わないと決めている。つまり今の僕は“無個性”の人となんら変わらない。そんな今の僕が、あっちゃんと飯田君の二人に勝てば、「“無個性”でもヒーローになれる」って事を証明出来る気がしたんだ。

 

『それでは、Aコンビ対Kコンビによる屋内対人戦闘訓練! スタート!!』

 

オールマイトによる訓練開始のアナウンスが聞こえた。制限時間と勝利条件を考えると、コレはヒーロー側が圧倒的に不利だ。

ヴィラン側のあっちゃんと飯田君は、二人とも足に自信があるから、尖兵としてはどっちでも有りだと思うんだけど、あっちゃんの性格を考えると尖兵があっちゃんで、守備が飯田君だと思う。

 

順調に一階の窓から侵入して、一階を一通り調べて回った後、二階に移動してまたフロアを調べようとしたその時、廊下の奥のガラス窓が突然上にスライドした。

 

「トォオオオオオオウッ!!」

 

開いた窓から、勢いよくあっちゃんが飛び込んできた。軽い身のこなしで着地すると、マスクの複眼がピンク色に光った。

 

「来たかヒーロー共! この悪の秘密結社『ショッカー』の秘密基地に殴り込みとは、良い度胸だな!」

 

「真面目やッ!!」

 

……うん。思ったよりもあっちゃんは切り替えが早かった。

 

「しかしもう遅い! 我等『ショッカー』の日本壊滅作戦は間も無く実行される! そして! その前にこの『ショッカー』最強の怪人ホッパーキング様がッ! 貴様等を地獄の底に送り込んでやるッ!!」

 

「ブフゥッ!!」

 

あっちゃんは完全にヴィラン役に徹していた。訳の分からない秘密結社の怪人を名乗り、個性的なキャラクターを作った上で、テンション高めに超ノリノリでポーズを決めるその姿を見て、麗日さんは笑いを堪えきれずに噴出している。

 

この状況をどうしようかと考えていると、あっちゃんは僕達に向けて両手をかざした。

 

すると、僕達の体が突然宙に浮いた。

 

「へっ!? え!?」

 

「! しまった!」

 

「ぬうぅんッ!!」

 

超強力念力! 何とか脱出しようと体を動かすけど、見えない力によって僕達は成す術も無く、二人仲良く二階の窓から外に放り出された。

このまま勢いよく地面に叩きつけられるかと思ったけど、僕達は地面スレスレでブレーキを掛けられた様に空中で一旦停止し、地面にゆっくりと降ろされた。

 

「フハハハハハ! 見たかヒーロー共! 今や俺の『超強力念力』は自在に強弱を操れるのだ! 今では生卵を割らずに持ち上げる事も容易い!」

 

声を高々に自分の能力を僕達に暴露するあっちゃん。

 

……まあ、確かにヴィランってどう考えても自分が不利になるのに、何故か自分の“個性”を詳しく説明したりするよね。どう考えても個性不明のアドバンテージを捨てるのは愚策だと思うんだけど、そう言う意味ではあっちゃんの行動はヴィランらしいと言えばヴィランらしい。

 

あっちゃんはひとしきり笑った後で、三階の開いた窓を見上げた。すると三階の窓がピシャリと勝手に閉まり、それを確認したあっちゃんは二階の窓を手動で閉めた。

 

「デク君。どうしよう……」

 

「そうだね……」

 

麗日さんが不安げな顔で僕の方を見ている。対象に触れなければ“個性”が発動しない麗日さんと違って、あっちゃんは「手を触れずに物を動かした」のだ。麗日さんでは分が悪すぎる。

 

「……麗日さん、二手に分かれよう。僕があっちゃんを足止めするから、麗日さんは飯田君の隙を突いて核爆弾を確保して」

 

「でも、デク君一人でシン君の相手なんて出来るの?」

 

……割とズバッと言うよね、麗日さん。確かにタイマンで僕があっちゃんに敵うとは思っていないけど、何も策が無い訳じゃない。

 

「あの念力攻撃は、幾つか弱点があるんだ。まずは『対象を視認しないと発動しない』って事。さっきも、三階の窓を見てから使った様に見えなかった?」

 

「そう言えば……」

 

「それにあの念力攻撃はまだ、強弱を制御するのが難しいか、短時間しか持たないんだと思う。そうでなきゃ、さっき僕達を浮かせたまま確保テープで拘束すれば終わったもの」

 

「あっ……そっか、そうだよね」

 

あっちゃんは『超強力念力』を、今まで壊したり吹き飛ばしたりする目的で使っていた。それを今までと違う形で使うのは、相当に神経を使っているんだと思う。それも複数同時に動かすとなると負担も増えると見た。

さっき『超強力念力』を使う時に両手を使っていた事も考えると、アレは「負担を軽減する」か「使い易くする」為のどっちかだろう。

 

二人揃っていればさっきみたいに一緒に外に放り出されてしまうし、例え『超強力念力』を封じたとしても、あっちゃんは普通に強敵だ。二人で同時に挑んでも足止めされて時間切れになる恐れがある。

 

つまり、二手に分かれて僕があっちゃんを足止めしている間に、麗日さんが飯田君から核を回収する。コレが一番勝率の高い作戦だろう。

 

「時間も押してる……僕の言う通りにして!」

 

「う、うん!」

 

作戦を伝えた後で、僕は麗日さんに軽くしてもらって2階の窓へ移動し、麗日さんは“個性”で引っこ抜いた街路樹に乗る形で3階の窓に移動する。そして、二人同時に窓ガラスを破って建物に侵入した。

 

ガラスが割れた音を聞きつけて、僕の前には予想通りあっちゃんがやってきた。

 

「……此方、ホッパーキング。ゾル大佐、多分そっちに『ウラビティ』が行くぞ」

 

『―――――』

 

「了解。俺はこのままデ……『デク』の相手をする」

 

大丈夫。二手に分かれる作戦がバレるのは計算の内だ。

 

そして昨日の帰りに話したヒーロー名で呼ぶ辺りが、実にあっちゃんらしい。でも僕を『デク』って呼ぶ事には抵抗があるみたいだ。あっちゃんは今まで、かっちゃんにずっと「出久をデクって呼ぶのを止めろ」って言ってたもんね。でも今は「頑張れって感じのデク」だから、大丈夫だよ?

 

「しょ、勝負だあっちゃ……じゃなくて、ホッパーキング!」

 

「良いだろう! ここで貴様との決着を付けてくれるわ! トウッ!」

 

掛け声と共にジャンプしたあっちゃんは、狭い廊下の床を、壁を、天井を、まるでピンボールの様に縦横無尽に跳ねた。しかも、移動スピードが尋常では無い。

 

そして、背中にゾクリと悪寒が走った僕は、その直感を信じて思いっきり前に倒れこんだ。

 

「ハァッ!!」

 

「うわぁああああああああああ!!」

 

あっちゃんの右足がマスクの左耳の部分を捉え、引き千切った事で僕の顔の左半分が露になる。あっちゃんの右足はその勢いのままに壁に大穴を開け、僕の視界からあっちゃんが消えた。建物が大きく揺れた所をみると、壁を破壊した後で更に床も蹴り抜いたのかも知れない

 

「ふぅ……イカンな、少々加減を間違えてしまった」

 

するとあっちゃんは壁の大穴からではなく、階段がある方から僕の所に戻ってきた。やっぱり床も蹴り抜いて下の階に落ちたらしい。

 

「あ、危なかった……」

 

「お前の最大の武器は“個性”ではなく、観察力と分析力。そして圧倒的なプロヒーローの知識量だ。つまり、今までに見せた戦法はお前に通用しない。それなら、初見の戦法で攻めれば問題ないって訳だ」

 

ああ、そうだった。

 

全然考え付かなかったけど、あっちゃんも僕の事を良く知っているんだ。そして僕は、あっちゃんが室内で戦う所なんて見たことが無い。今まで見たあっちゃんの喧嘩は、何時だって人気の無い場所か、開けた屋外だった事を思い出した。

 

「……おっと、キャラがブレたな。オホン! 良くぞかわした! しかし、次はこうはいかん! 行くぞッ!」

 

再び縦横無尽に室内を跳ね回る黒い影と、ピンク色に発光している複眼から生まれる残光を前にして、僕は観察と分析と予測を急ピッチで開始した。

 

 

○○○

 

 

一方此方は、核爆弾のデコイを守る飯田と、三階の窓から侵入した麗日。二人は核爆弾のデコイが設置されている五階フロアで対峙していた。

 

「フハハハハハ! ぬかったなウラビティよ! 貴様の“個性”は触れられない限り脅威では無い! このまま時間一杯、粘らせて貰うぞ!」

 

飯田はヒーローになる為にその心を悪に染め上げ、今や秘密結社『ショッカー』の大幹部「ゾル大佐」と化していた。彼もまた、先日電車内で盛り上がったヒーロー名の話題をしっかりと覚えており、律儀にも麗日をその時のヒーロー名で呼んでいる。

 

それに対する麗日は、かなり厄介な状況に追い込まれていた。何故ならこのフロアには浮かせるものが何も無い。此処に到達するまでの間に、飯田がフロアにある物を全て片付けていたからだ。

先程の振動によって飯田の意識が外れた隙を突き、自身を浮かせる超必で一気に攻める作戦も、飯田の機動力を甘く見た所為で失敗した為、もはや万事休すと言っていいだろう。

 

「ハァーッハッハッハッハッハ!!」

 

「(……飯田君も凄く役作ってるから、逆にそこ狙えないかな?)」

 

正直、後一回でも超必を使えば確実に吐く。追い詰められた麗日は、そこでふと閃いたアイディアを実行に移す事にした。

 

「ゾル大佐! 目的は? 核で日本を壊滅させて、どうするつもりなの?」

 

「思い知らせてやる為だ! 力で富を独占した報いを! 自らの刃でもって思い知らせてやるのだ!」

 

「そうやって、第二第三の貴方を生み出していくのね。貴方は優しい子だったじゃない……それで亡くなったお母さんは喜ぶかしら?」

 

「かあ……さん……っ!?」

 

「(ココだ!!)」

 

「母さん……」

 

項垂れたゾル大佐は、銀の仮面を脱いでその素顔を晒した。そこにあったのは、懺悔の涙を流す年相応の少年の顔だった。そして、まるで自首をする犯罪者の様に差し出された飯田の両手に、麗日は拘束証明のテープを巻きつけた。それにしてもこの飯田、ノリノリである。

 

これで核爆弾を守るヴィランはこの場にはいない。ヒーロー側の勝利はもはや目前かと思われたが……。

 

「デク君! 上手くいったよ! 後はタッチすれば……」

 

「SHYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

突如、核爆弾のデコイからイナゴ怪人が姿を現した。バッタやイナゴの集合体である彼等は、核爆弾のデコイにびっしりと張り付いて擬態し、何も知らないヒーローが近づいてくるのを待ち構えていたのだ。

 

「!? きゃああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

「テープアーーームッ!」

 

完全に油断していた所で現れた第四のイナゴ怪人に驚き、麗日はその場から大きく飛びのいた。

しかし、そんな隙を逃すイナゴ怪人では無い。イナゴ怪人の右手から放たれた拘束用テープは、新体操選手のリボンを髣髴とさせる無駄に華麗な動きで麗日に迫り、麗日のうららかお茶子な全身を瞬く間にグルグル巻きにした。

 

「な? なななな、なんでぇ!?」

 

「分からないのか? ホッパーキングは遂に、我々イナゴ怪人を受け入れる覚悟を決めたのだ。そう! イナゴ怪人の王として生きていく覚悟をなぁ!」

 

正確に言うなら、自分の“個性”の産物である、イナゴ怪人達と向き合う覚悟である。しかし、目の前のイナゴ怪人は、新の心が闇に堕ちたと勘違いされる様な台詞を、醜悪な顔で平然とのたまった。

 

「そして私は! 秘密結社『ショッカー』が造りし、第四のイナゴ怪人! その名も……イナゴマンッ!」

 

「4号じゃないんだ!?」

 

第四のイナゴ怪人に突っ込みをいれつつ、ヒーロー『ウラビティ』はホッパーキングの恐るべき罠によって敗れたのだった。

 

 

○○○

 

 

Aコンビ対Kコンビの第一試合は、残り時間5分を切り、飯田少年と麗日少女が拘束された事で、試合の勝敗は緑谷少年と呉島少年の二人に委ねられた。

 

呉島少年は機動力と跳躍力を活かした攻撃と移動を繰り返しているが、彼の狙いは緑谷少年のポーチに入っている確保テープの残りだ。緑谷少年があの三次元的な動きに翻弄されて戸惑っている隙に、呉島少年はあっさりとポーチごとそれを奪取した。

 

一方の緑谷少年も、狭い廊下から二階フロアの中で一番広い部屋へ場所を変えて、呉島少年の動きに対応しようとしている。更に、緑谷少年も確保テープを手にしている以上、勝負はまだまだ分からない。

 

しかし、呉島少年の強靭な脚力による三次元的移動と、緑谷少年を攻め立てるその姿は、我が恩師グラントリノの戦法を髣髴とさせた。

考えてみれば、バッタの“個性”を持つ呉島少年なら、グラントリノと同じ足を使った戦法に行き着いたとしても何らおかしくは無い。

 

くっ! 静まれ! 震えるな! 私の足よッ!

 

……だが、今回の授業の裏の目的である、呉島少年の「イナゴ怪人問題」が解決したのは大きい。

 

私は呉島少年の“個性”を聞いた時から、イナゴ怪人に対して危機感を持っていた。この手の「本体とは違う意識を持った存在」を生み出す類の“個性”は、本体の死後に確固たる存在として「一人歩き」を始めるケースがあるのだ。そうなれば本体が死んでいる以上、もはや誰にもその歩みを止める事は出来ない。

しかも、呉島少年の話を聞く限りでは、イナゴ怪人は呉島少年の心の闇から生まれた存在だと言うではないか。一応、イナゴ怪人達を凶行に及ばせない程度には制御が出来ているようだが、このまま放置していい問題ではあるまい。

 

そこで、呉島少年には去年の夏に、「イナゴ怪人を任意で呼び出す」事を提案し、試しに実験してみたのだが、何度やってもイナゴ怪人は現れなかった。

呉島少年は呼び出せなかった理由として「限定条件を満たしていないから」と言っていたが、これは限定条件よりも、呉島少年がイナゴ怪人を忌避している部分が大きいように思える。

 

そこで私は、今日の授業でワザと二人組みで一人余る状況を作り、イナゴ怪人をおびき寄せた訳だが、肝心の呉島少年が絶叫してその場を逃げ去ろうとしていた。呉島少年にとって最も触れられたくない部分が、イナゴ怪人の手によって晒されてしまったからだ。

 

とりあえず呉島少年を捕らえるが、錯乱状態に陥っている彼をどうやって正気に戻すかを考え、Aクラスの少年少女達に協力を求めたが、思いついたアイディアを言ってからヤバイと思った。

 

誰も“個性”を選んで生まれる事は出来ないし、“個性”には説明書なんてモノはない。だから実際に“個性”を使って、自分の“個性”のリスクやデメリット等を模索していく他ないのだが、そうなれば当然ながら人に言えないような失敗も生まれる。しかし、それをおおっぴらに言える様な人間はそうはいない。年頃の少年少女なら尚更だ。

 

もっとも、蛙吹少女がきっかけとなって、多くの生徒が呉島少年を自分の失敗エピソードを話して、呉島少年を励ましてくれたお蔭で、結果的に呉島少年は正気に戻り、ついでに緑谷少年に渡った『ワン・フォー・オール』の事も誤魔化せた。

 

だからまあ、結果オーライ! 結果、オールマイトさ!!

 

「グハハハハハハハハハ! 永きに渡る煩悶を乗り越え! 遂に呉島新は我々イナゴ怪人の王として覚醒した!」

 

……心底嬉しそうに笑いながら、少年少女達の心遣いを利用して、呉島少年をヴィランに目覚めさせた様な事を語るイナゴ怪人達が居なければだがね。

 

「フハハハハハハハハハ! 礼を言うぞヒーローの卵共! お前達のお蔭で、呉島新は我々を受け入れる事に成功したのだからなぁ!」

 

「!? お前等まさか、最初からコレが目的で!?」

 

「ゲハハハハハハハハハ! 確かにお前達の人を想う心は、呉島新の心に新たな光を与えた! しかし、その眩い輝きこそが、更なる深遠な闇を生み出し! 我々に更なる力を与える事を、お前達は知る由もあるまい!」

 

「つ、つまり、呉島が前向きになればなる程、コイツ等はより強力な怪人になると言う事か!?」

 

「やべぇ……コイツは想像以上の難敵だぞ!」

 

私としては何度もヴィランに間違われて、誤認逮捕までされていながらも、ずっとヒーローを目指してきた呉島少年が、そう簡単にヴィランになるとは思えない。

だからこそ私は、あの「第四のイナゴ怪人」が、呉島少年が自分のトラウマと向き合う覚悟の表れだと思うのだが……イナゴ怪人達は、呉島少年を『怪人王』にでも仕立て上げたいのだろうか? お蔭でモニタールームは「イナゴ怪人VS少年少女」の一触即発の空気になっている。

 

一方で、緑谷少年と呉島少年にも変化があった。

 

『「敵が勝利を確信した時が、大きなチャンス」ってヤツだ。お前なら知ってるだろ?』

 

『! 昔、オールマイトが「情熱大陸」で言ってた事……』

 

『だから罠を仕掛けておいた。ターゲットその物にな』

 

ヒーロー組とヴィラン組で交わされる会話は、実は試験官である私にだけは聞こえている。麗日少女が確保された事で、ヴィラン組の呉島少年はこのまま時間切れを狙えるが、ヒーロー組の緑谷少年は呉島少年を倒す以外に勝つ方法は……無い。

 

『さて、これで残るは俺とお前の二人になった。そして、ヒーロー組が勝利する為には、お前が俺を倒すしかない。……まだ“個性”を使わないつもりか?』

 

『!! ぼ、僕はまだ“個性”の制御が出来ないんだよ!? それで人に使ったらどうなる位、あっちゃんにも分かるでしょ!?』

 

『それは確かにそうだが、イメージトレーニングじゃ限度があるし、俺達も普段の生活で“個性”の使用が制限されている以上、授業中以外で“個性”を試す機会は基本的に無いだろ? つまり、“個性”を試すのは今しかない』

 

『で、でも……』

 

『お前も俺の“個性”は知っているだろう? 俺の体は打撃・斬撃を問わず25%以上のダメージを受けない。今回はその上に更にコスチュームを着込んでいる。ついでにプラナリア並みの回復能力まである。最低でも再起不能になる事は無いから、ある意味最適と言える人選だ』

 

『だ、だからって、此処であっちゃんに使うなんて事しなくても――』

 

『いやいや、ヴィラン相手にぶっつけ本番で使う方が危なくないか?』

 

『そうじゃなくて! だから、ちゃんと調整が出来る様になってから――』

 

『だから、その調整が早く出来ないと不味いって、相澤先生も言ってただろ? それに対ヴィラン戦で“個性”を使わないヒーローなんて見たことあるか?』

 

二人がぐだぐだと話している間にどんどん時間が経過していく。モニターを見て怪訝なリアクションをしたイナゴ怪人達に釣られて、モニターの方に目を移した少年少女達も、ソレを見て怪訝な顔をしていた。

 

「なあ、緑谷と呉島は何をやってるんだ?」

 

「話し合っている様に見えるけど、何を言ってるのか分からないね」

 

「ハッ! 勝ち目は無ぇから諦めろって言ってんだろうよ」

 

それは違うぞ、爆豪少年。それどころか、呉島少年はとてつもなく危険な提案をしているのだ。そして二人の会話は段々ヒートアップしている。

 

『僕に「“無個性”でもヒーローになれる」って言ってくれた君だから! “個性”を使わずに勝ちたいんじゃないか!』

 

『オールマイトは「“個性”が無いとヒーローやるのは厳しい」って言ってただろ!  “個性”があるなら使えばいいだろうが!』

 

『!! この分からず屋!!』

 

『どっちが!!』

 

不味いな……。以前に二人からそれぞれ聞いた話と今の会話から推測するに、緑谷少年と呉島少年はお互いがお互いを思っているからこそ、磁石の様に反発してしまっている様に感じる。

 

また、緑谷少年は呉島少年に申し訳ないと思っているし、呉島少年は緑谷少年の力になりたいと思っている。

 

そして、二人の“個性”に対する認識の違いこそがこの諍いの原因であり、それは私の所為でもある。

 

激情を見せ続ける二人に、こんな時こそ何とかするべきだろうと思い至った私は、まずは呉島少年に語りかけた。

 

「呉島少年! 君はそれが最悪の場合、どんな結末を齎すのか分かっているのか!?」

 

『出久が調整出来れば、当たっても死にませんよ!!』

 

! 即答……ッ! 呉島少年、君はそこまで緑谷少年を信じられるのか!

 

先生としては、リスクを考えればここは止めるべきなんだろうが……止めたくない! 緑谷少年を友と呼ぶ呉島少年の思いを、意味の無いものにしたくない!

 

「緑谷少年! かつて私は、テレビのインタビューでこんな事を言った! 『“個性”と言うものは、親から子へと受け継がれていく。しかし、本当に大事なのはその繋がりではなく、自分の血肉、自分であると認識する事』だと!」

 

『!! そういう意味もあって貴方は、何時も「私が来た!」って言う……!』

 

「そうだ! 君の“個性”を、自分の物だと思い込むんだ! 呼吸をする様に自然に、それは出来て当然の事なんだと!」

 

私のアドバイスを聞いた緑谷少年は、覚悟を決めた様に構えを取った。

 

「お! 緑谷の奴、やっと“個性”を使う気か!?」

 

「でも、今度は呉島の方も全然動かねぇぞ? 何でだ?」

 

「まさか……真正面から受け止めるつもりか!?」

 

「ヴァカが! 生半可な攻撃が呉島新に通用すると思っているのか!」

 

全員が固唾を飲んで見守る中、残り時間は1分を切った。ブツブツと何事かを呟いていた緑谷少年は、遂に呉島少年に勢いよく向かって行った。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

『来いッッ!!』

 

『SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!』

 

緑谷少年の右ストレートが呉島少年の腹に命中し、その衝撃は呉島少年の体を突き抜けて、建物の窓ガラスを粉砕した。緑谷少年が右手に嵌めていた手袋は爆ぜ、コスチュームの右腕部分が千切れ飛んだ。しかし、彼の右腕は入学試験の時と違い、醜く腫れ上がったり、ぐしゃぐしゃになったりはしていない。

 

『グゥ……ゴフッ、ウウゥ……』

 

『……う゛っ! あ゛あ゛……っ!』

 

呉島少年は口元を押さえ、緑谷少年は右腕を押さえて、それぞれが痛みに耐えている。呉島少年は踏ん張っているが、どう見ても足にキている。

 

そして、制限時間の15分が経過した事を知らせるアラームが、モニタールームに鳴り響いた。

 

「……屋内対人戦闘訓練。ヴィランチーム、WI―――――――――N!!」

 

『…………ガハッ!!』

 

『あ、あっちゃん!!』

 

『だ、大丈夫……だ。……問題ない』

 

緊張の糸が切れたのか、膝を突いた呉島少年に緑谷少年が駆け寄った。大丈夫と言うが、マスクの口元には血の様な物が見え隠れしていた。

 

『……出久』

 

『な、何!?』

 

『強く……なったんだな……』

 

『!! あ、あっちゃん……ッ!!』

 

呉島少年の賞賛の言葉に、緑谷少年は嗚咽を堪えきれずに涙を流していた。

 

とりあえず、二人をリカバリーガールの元へ搬送する為に、急いでロボを手配する。そして二人の元へ向かおうとした時、息が荒く真っ青な顔色をした爆豪少年が目に入った。

 

「ハァ……! ハァ……!」

 

「!? 爆豪少年! 一体どうし――」

 

「「「ぐわぁあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」」」

 

『!?!?!?』

 

イナゴ怪人達は唐突に、そして一斉に苦しみ始めた。三人とも体がボロボロと崩れ、肉体は巨大なバッタ(それも大量)へと変化しつつあった。モニターを見れば麗日少女と飯田少年の近くにいるイナゴ怪人にも同じ現象が起こっていた。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ! か、体がぁあああああああああああああああっ!!」

 

「おのれぇえええええええええ! こんな事で、この俺がぁあああああああああああああッ!!」

 

「わ、忘れるなヒーロー共おおおおおおおおおおおおおっ! 人の心に光が在る限り、我々を生み出す闇もまた不滅! 怪人は何度でも蘇るのだぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

どう聞いてもヴィランの最期としか思えない台詞を、もがき苦しみながらも言い切ってから、イナゴ怪人達は無数のバッタとイナゴの死体の山に変化した。その光景を間近で見た少年少女達はドン引きし、爆豪少年はショックで元の調子を取り戻し、口田少年は泡を吹いて気絶した。

 

「……これ、チーム分けどうするんですか?」

 

イナゴ怪人がいなくなって21人に戻り、残された生徒は17……いや、16人か?

 

いずれにせよ、先程決めたチーム分けが一部意味を成さなくなった事で、私は頭を悩ませた。




キャラクタァ~紹介&解説

ホッパーキング
 世界征服を企む悪の秘密組織「ショッカー」が誇る最強の怪人にして鉄砲玉。怪人バッタ男とも呼ばれ、圧倒的な身体能力と様々な特殊能力を駆使する。最大の弱点はトラウマを刺激する精神攻撃。
 前作に続いて本作でも主人公。しかし、考えてみれば『真・仮面ライダー序章』のシンさんも、『仮面ライダーTHE FIRST』の本郷も、本来では悪の組織『財団』や、秘密結社『ショッカー』の鉄砲玉の怪人なのだから、ある意味ではこの姿こそが本来の姿である。

ゾル大佐
 世界征服を企む悪の秘密組織「ショッカー」の大幹部。プリキュア大好きおじさんでも、ラピュタ王でも無い。最強怪人ホッパーキングを従えて、日本壊滅作戦に必要な核爆弾をまんまと盗み出し、こそこそと核爆弾を奪還しに来たヒーローを返り討ちにしようとしたが、戦いの最中に母の愛を思い出した事で人の心を取り戻してしまい、戦闘不能に追い込まれてしまった。

デク
 原作主人公。「ショッカー」の日本壊滅作戦を阻止する事は出来なかったが、本編開始早々にショッカー最強の怪人の膝を地に着かせ、マスクの隙間から血反吐を吐かせると言う快挙を成し遂げる。結果的に原作よりも酷い怪我にはならずに済んだが、リカバリーガールの餌食になる未来は変えられなかった。

ウラビティ
 ゲロイン。悪の秘密結社「ショッカー」の大幹部ゾル大佐を捕らえる事に成功するが、ホッパーキングの仕掛けた恐るべき罠の前に敗れる。ゴール手前でついつい油断しちゃうタイプかも知れない。
 ちなみに彼女は日本食が好きだが、同時にイナゴもいける口らしい。梅雨ちゃん以上にイナゴ怪人の天敵になり得る可能性が浮上。

爆殺王
 ある意味で主人公以上にヴィランなライバルキャラ。デク君の“個性”については様々な要因から信じざるを得ない状況に追い込まれる上に、宿命のライバルであるホッパーキングが、石ころクソナードのワンパンで膝を着いた様を見て、驚愕の余り過呼吸を起こす。ある意味原作よりも精神的ダメージは甚大。

イナゴ怪人(1号・2号・V3・イナゴマン)
 ホッパーキングの能力によって生み出された怪人。『ジョジョ』の「スタンド」と言うよりは、『トラウマイスタ』の「アートマン」に近い存在。『おそ松さん』の「神松」や「悪松」っぽい部分もある。本体がダメージを受けるとイナゴ怪人達も一律にダメージを受ける為、攻略には本体狙いが最も有効。消える姿は『555』の灰化を彷彿とさせるが、残るのは大量の巨大バッタやイナゴの死骸なので、かなり迷惑。
 元ネタは『仮面ライダー鎧武』の「イナゴ怪人」。最終的に彼等は量産型のライダーコスチュームを身に纏い、『仮面ライダーTHE NEXT』の「ショッカーライダー」の様な形で、シンさんの「相棒【サイドキック】」になる予定である。

オールマイト
 全盛期を過ぎて尚、原作世界で最強のヒーロー。次世代の“平和の象徴”を育てるつもりが、何時の間にか“次世代のグラントリノ”を無意識のままに育て上げていた。若かりし頃のトラウマを引き出された上に、イナゴ怪人達に初めての授業を散々引っ掻き回されるなど、結構な苦労人。

緑谷インコ
 デク君のママさん。ダイエット目的でデク君の肉体改造に付き合った結果、一時期『すまっしゅ!!』のオールマイトを髣髴とさせるムキムキバディへと変貌したが、それが意図せずに最愛の息子を救う事となる。



テレパシー
 シンさんの持つ超能力の一つ。元ネタでは鬼塚変身体がシンさんに送信していたが、此方はミュータントなバッタやイナゴ達が一方的にシンさんの思念波を受信している状態。今回の一件で、シンさんもテレパシーの送信による、イナゴ怪人の呼び出しが可能になる。

ミュータントバッタ&イナゴ
 元ネタはシンさんと同じ『ネオライダー』である、『仮面ライダーZO』と『仮面ライダーJ』に出てくる「ミュータントバッタ」。滅茶苦茶にデカい上に数が多いが、別に愛河里花子ボイスで話しかけたりはしない。

“無個性”のヒーロー
 人口の8割が特異体質の超人社会となるもっと昔は、映画『X-MEN』の様な世界だったと推測され、「かつては『“無個性”のヒーロー』も存在していたのでは無いか?」と思い至り、更にプロトタイプである『僕のヒーロー』の設定を元ネタにして考えた独自解釈にして独自設定。
とは言え当初の『ヒロアカ』は、主人公が「“無個性”で有り物を使って戦う」設定だったらしいので、そーゆー「滝ライダー」的なデク君もアリな気がするのは俺だけだろうか?

僕のヒーロー
 読みきり作品にして『ヒロアカ』のプロトタイプ。主人公は「緑谷 弱【みどりや ジャック】」と言うセールスマンで、この作品ではヒーローは“個性”ではなくヒーローアイテムによって怪人を倒す。つまりは“無個性”の人間がヴィランを倒す訳だが、そもそも“個性”と言う特殊能力の設定がヒーローには無い。恐らくソレに該当するモノは怪人だけが持っているのだろう。
 ぶっちゃけ、この世界ならシンさんは確実にヒーロー達の討伐対象。でも一人くらいは怪人のヒーローが居ても良いと思うの。

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