怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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今作の『THE FIRST』と『序章』の両方が、お気に入り登録数1000件を突破しました。ご愛読ありがとうございます。
そして前話に登場したイナゴ怪人の人気と、『最強のイナゴ怪人』の登場を期待する声に作者は驚きを隠すことが出来ない。

でも確かに漫画版『仮面ライダー』の「13人の仮面ライダー」でショッカーライダーは12人登場するし、『HERO SAGA』ではショッカーライダーの7号~12号が登場しているから、イナゴ怪人を12人に増やしても問題ないのでないか……と思い、作者は思い切って前話に書いたイナゴ怪人の設定を少し変更しようと思います。

断言します。イナゴ怪人は最大で12人まで増えます。取り敢えず、読者が期待している『最強のイナゴ怪人』は、作者の中ではこんな感じ。

「この世に光が在る限り! 俺は(逆説的に)何度でも蘇る!」

「俺は、深遠なる闇の子! イナゴ怪人ッ! アッーー! エーーーッッ!!」

「喰らえいッ! 王の心の闇を凝縮した暗黒剣『ローカスケイン』をーーーッ!!」

でもイナゴ怪人RXが登場するなら、シンさんは「世紀王・シャドーシンさん」へと進化しなきゃいけない……様な気がする。

そして今回の話で、作者が試行錯誤した末に遂に決定した、B組の21人目がちょっとだけ登場します。

6/20 誤字報告より誤字を修正しました。ありがとうございます。

2018/5/20 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

7/28 誤字報告より誤字を修正しました。何時も報告ありがとうございます。

8/31 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2018/10/13 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2020/9/9 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第2話 青・春・葛・藤

屋内対人戦闘訓練の第一戦は、俺と飯田のヴィラン組の勝利に終わった。

 

そして出久の攻撃を真正面から受け止めた俺は、想像以上の威力を誇る右ストレートによって膝を突き、ヘルメットの中で血反吐を吐いた訳だが、オールマイトがハンソーロボと共に現れた時には、俺は持ち前の回復力によってすっかり治っていた。しかし、念の為に診てもらうようにオールマイトに言われたので、担架に乗せられた出久と一緒に保健室へ歩いて向かった。

 

リカバリーガールの診察の結果、出久は右腕の骨が折れていたらしいが、“個性”把握テストの時には骨折の他にも肉離れや内出血を起こしていたらしいから、それよりは前進したと思う。俺の方は全く問題なかったのだが、俺達は二人揃ってリカバリーガールの説教を受ける羽目に陥っていた。

 

「確かに“個性”は使わなきゃ、使いこなす事なんて出来ないけどね。それにしたってアンタは思いきりが良過ぎるよ。アタシの“個性”はあくまで治癒力の活性化で、元に戻す訳じゃない。怪我した箇所が歪な形で治ったり、重大な後遺症が残るって事は結構あるんだよ?」

 

「はい……」

 

「それからアンタだ。前にも言ったけど、あたしの“個性”はアンタみたいに自己回復する“個性”を持った人間には意味が無いし、治す為に消費する体力を回復させる事は出来ないんだ。最悪の場合、自分の“個性”に殺されるなんて事も有り得るんだよ?」

 

「はい……」

 

「だったら、もっと気をつけな。どんな凄い“個性”を持っていても、過信して痛い目をみてからじゃ遅いんだ。それこそアンタ達の場合、何時そんな取り返しのつかない事になってもおかしくないんだからね?」

 

「「………」」

 

リカバリーガールの言う事はごもっともなのだが、俺達としては早く授業に戻りたいと言うのが本音だった。その後も俺達はお線香風味のお菓子を食べながら、リカバリーガールの長~いお小言を貰い続けていた。

それからしばらくすると、“個性”把握テストの時よりもズタボロになった峰田が保健室に運び込まれてきて、そのお蔭と言っては悪いのだが、治療を終えた峰田と一緒に授業に戻る事が出来た。

 

「ふぅ……癖になりそうだぜぇ……」

 

「……峰田、冗談だよな?」

 

「? ああ。オイラ、リカバリーガールを脳内で50年前の姿にコンバートしてたんだ」

 

まさかの妄想補正!? コイツ治療を受けながらそんな事をしてたのか!?

 

「お前正気か!? エロにまず困らないであろうこのご時勢で、あのリカバリーガールを相手に!?」

 

「フッ……オイラの信条は、『ゆりかごから墓場まで』だからな……」

 

な、何て奴だ。まだ15かそこらの齢で、既にそこまでの覚悟を決めていると言うのか!?

 

峰田の渾身のキメ顔を見た俺は、生まれて初めて同年代の男子に対して言い知れぬ戦慄を覚えた。

 

「と、ところで、峰田君はどうしてあんな大怪我を?」

 

「ああ。オイラは八百万と爆豪の三人で組んだんだけど、相手チームが轟と障子のコンビでさ。いきなりビルが氷漬けになるわ、爆豪がバカスカ爆発させまくるわで、ビルがとんでもねぇ事になったんだけど、爆豪が俺の投げたモギモギに触った所為で動けなくなっちまってよ。

それで只でさえ不機嫌だった爆豪が余計にイラついたみてぇで、籠手からスゲェ爆発が起こったと思ったら、保健室で目が覚めたんだ」

 

「「………」」

 

なるほど。何となく理解出来た。しかし、勝己VS轟か。聞く限りでも凄まじい戦闘だったと予想できるが、ちょっと見てみたかったな。

 

 

●●●

 

 

三人で演習所βに戻ると、丁度第三戦が終わって模擬戦を講評する時間に入っていた。第三戦の組み合わせは、ヒーロー組が梅雨ちゃんと常闇のコンビで、ヴィラン組が葉隠と尾白のコンビ。ちなみに勝ったのはヒーロー組だとか。これも出来れば見ておきたかった。

 

「さて、戻ってきた所で早速だが、今回の呉島少年に関しては、自分の“個性”を生かした戦法や、イナゴ怪人の特性を利用した罠を仕掛けた点は実に見事だ。

だが、私としては今回の訓練においては『真に賢しいヴィラン』を想定して望んで欲しかったかな?」

 

「……自分の“個性”で何が出来るのかを語ったからですね?」

 

「そうだ。ヴィランであろうがヒーローであろうが、自分の“個性”で何が出来るのかを話すと言う事は、自分の弱点を教える事に他ならない。対“個性”戦において、個性不明のアドバンテージを捨てるのは愚策だ」

 

「はい。そう言えば、オールマイトの“個性”も『怪力』とか『ブースト』とか言われているだけで、明言はされていませんよね?」

 

「ん゛っ!? ま、まあねぇ……」

 

何気なく言った質問に対して挙動不審になるオールマイト。やはり『世界七大不思議』に数えられている事だけに、あまり話題にするべき事ではなかったか。

 

「ところで、イナゴ怪人達が居ませんが、どうしたんですか?」

 

「イナゴ怪人達は、全員が巨大バッタの死骸の山になったよ。そこの黒いビニール袋の中身がそれだ」

 

「? 死骸の山になった?」

 

「ああ、呉島少年が緑谷少年の攻撃を受け止めた後で、呉島少年がパンチを受けた場所と同じ所を押さえながら苦しんで、少しずつ体が崩れてそうなったんだ」

 

「……へぇ、初めて知りました」

 

そうか。イナゴ怪人は俺の肉体的ダメージを共有しているのか。しかも俺よりダメージへの耐性が無いのか、俺が一定以上のダメージを負うとそうなって消えると見た。今まで分からなかった事実を知れてラッキーだな。

 

「は!? ちょっと待て! 呉島はそれを知らないでアイツ等を使ってたのか!?」

 

「知らないも何も、アレはペアを作るような機会がやってくると頼みもしないのに勝手に出てきて、散々場を荒らした後で勝手に去って行くんだ。自分の“個性”と黒歴史から生まれた存在ではあるが、アレとは『極力関わり合いになりたくない』と言うのが俺の本音だった」

 

「そ、そうか……」

 

「しかし、それはもはや過去の話だ。俺は今日からあのイナゴ怪人に対し、前向きに接していこうと思っている。例え奴等が、俺が心の底から眼を背けたくなるような忌まわしい記憶から生まれた存在なのだとしても、アレも俺が持つ力の一端なんだからな」

 

『………』

 

はてな? 俺としてはかなり前向きに自分の決意を言ったつもりだったのだが、何故かクラスの皆が凄く複雑そうな顔をしている。そして心なしか轟の視線が、他の皆の視線と何か決定的に違うものを孕んでいる様な気がする。

 

「(……はっ! いかん、いかん! 呉島少年はココで起こった事を知らないのだ! こう言う時こそ、先生である私がちゃんとフォローしなければ……)」

 

「呉島。ちょっといいか」

 

「(常闇少年!?)」

 

「? ああ、何だ」

 

「よく聞いてくれ。光と闇は表裏一体。光が在るからこそ闇が存在し、闇が在るからこそ光もまた存在する。輝きが強くなればなる程、影もまたその暗さと深さを増し、空を覆う暗雲が濃くなればなる程、そこに差し込む一筋の光明もまたより一層の眩いものとなる」

 

「ああ、うん……」

 

「そして、それらは決して切り離す事が出来ないものだ。絶対にな。それ故に重要なのは、個の性質ではなく、それらのバランスを取る事に有る。それを成す為に必要な事は、お前の言うとおり“否定する心”ではなく、“許容する心”だ。

光と影の二つを揃えた時、人は初めて形ある物を細部まで認識する事が出来る……そうだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「(また思ってたよりも言われた!!)……ま、まあ、君ならそう気負う必要もないとは思うが、兎に角今まで以上に自制心を大切にするんだ。くぅ……!」

 

常闇は妙に真剣な態度と真摯な声色で、善と悪の対立論的な事を俺に語りかけてきた。何で特に接点の無い俺に対して、常闇はこんなにも真剣なのかと疑問に思う所なのだが、常闇が俺を心配している事は間違い無いと思ったので、俺は常闇の話の腰を折る事無く最後まで聞いた。

 

その後、オールマイトの出久と峰田に関する講評が続き、それが終わると第四戦を決めるくじ引きが行なわれた。

 

 

●●●

 

 

その後の屋内対人戦闘訓練は、特に大きなアクシデントも無く終了した。そして今日の授業が全て終わって帰り支度をしていたら、放課後にクラスで今回の『屋内対人戦闘訓練』の反省会をすると言うので、俺と出久も喜んで参加する事にした。

 

「オールマイトの言う通り、対“個性”戦では自分の“個性”を極力知られない方が良いに決まっている。

だからこそ、一見バッタの“個性”とは関係なさそうな『超強力念力』を如何にして活用していくか……と言う所が今後の課題だと俺は思っている」

 

「おお! 確かにあんな隠し玉があったなんて驚いたぜ! 俺の方の反省点はズバリ、もっと人を疑う事だな!」

 

「……いや、多分お前にそれは無理だろう」

 

「そうね。それと切島ちゃん、肩にゴミついてるわよ」

 

「え!? どこ!?」

 

「ウソよ」

 

その後も切島は次々とウソに引っかかり、遂には人を疑う才能が無い事を嘆き悲しんでしまった。切島は「人を疑う事を知らない」と言うか、「人を疑えない人間」なのだろう。まあ、そこが切島の良い所なんだが。

 

しかし今回の訓練で一番反省が必要なのは、どう考えても上鳴と芦戸の二人だろう。あの二人はオールマイトの話をちゃんと聞いていなかったのか、「戦闘訓練」が「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」の様相を呈していたからな。

 

そんなA組の二大巨頭の一人である、上鳴はどうしているかと言うと……

 

「麗日、今度飯行かね? 何好きなん?」

 

全く反省する様子も無く、麗日をナンパしていた。そんな上鳴と麗日のやり取りを見ていた俺は、上鳴に対して非常に複雑な感情を抱かずにいられなかった。

 

何故ならこれまでの俺の人生において、上鳴の様なチャラいタイプは、決して相容れない存在だったからだ。

 

今までに俺が出会った所謂「チャラ男」と呼ばれる人種は、その無駄に高いコミュ力でスクールカーストの上位に君臨する癖に、その中身は“口先だけの腰抜け野郎”と言わざるを得ない連中だったからだ。

その癖、自分がスクールカーストの上位に位置する事で自分が強いと勘違いして、当時「折寺中の怪人」として名を馳せていた俺に突っかかってくるのが非常にウザかった。勿論、怪人バッタ男を退治して、自分が学校のヒーローになる為である。

 

そうして討伐される側に立たされた俺は、そんな連中の思惑を分かった上で正々堂々と真っ向から戦い、ありとあらゆる分野で例外なく全員返り討ちにしてやった。文字通り“口ほどにも無い奴”と言う訳だ。そして負けたら負けたで敗北を認めず、人の陰口を平気で叩くと言う奴等の習性にも腹が立ったものだ。

 

そんな中身がスカスカな人種であるにも関らず、普通に女子と仲良くカラオケに行ったりして交流するのを目撃する度に、俺は心の中で「月にどんだけ無駄金使っとんじゃ! バイト(ママに土下座)のし過ぎじゃボケェ!」と罵倒し、彼女が出来た友達に対して「リア充氏ね!」等とほざくのを聞く度に、俺は心の中で「ならまずお前等が氏ね! 女子と普通に話せるだけ、人生勝ち組なんじゃァアーーーッッ!!」と怨嗟の雄叫びを上げたものである。……マジでしょっぺえなぁ、オイ。

 

そんな訳で、俺は基本的にチャラい奴に対して良い感情を持っていない……と言うか、「チャラ男=敵」と言う計算式が頭の中で成り立っている位に嫌いだった。

 

しかし、この上鳴に関して言えば、俺がイナゴ怪人共によって黒歴史を暴露された時に、俺を励ます為に自分の“個性”による失敗談を話してくれた。この時点で俺の中で上鳴に対する評価は、俺が今までに出会ったチャラ男と比べて実に7000万P位の差がついている。

 

つまり上鳴は今までの腐るほど遭遇した「悪いチャラ男」とは違う「善いチャラ男」とでも言うべき男なのだが、其れ故に上鳴の様なタイプは未知との遭遇に近く、どんな感じで接すればいいのかちょっと分からない。

そして女子と気さくに話せる上鳴のコミュ力の高さに対して、やはり妬みや嫉みや僻みを抱かずにはいられないのだ。ココだけの話、普段はポーカーフェイスを気取っているが、実際は結構な精神力を使って俺は「梅雨ちゃん」とか「麗日」とか呼んでいる。

 

そんな非常に複雑な青春の葛藤を持って二人のやり取りを見ていたのだが、上鳴の相手をしていた麗日は予想外の単語を口にした。

 

「おもち……」

 

「餅!? ほ、他には?」

 

「……イナゴ」

 

「イナゴ!?」

 

麗日の発言に上鳴は驚愕した。しかし、直ぐに気を取り直して今度は梅雨ちゃんに話しかけていたが、梅雨ちゃんは想定外の単語を口にした。

 

「蛙吹は? 何か好きなモンあるか?」

 

「……イナゴ怪人って言ったら、諦めてくれるかしら?」

 

「ファッ!?」

 

梅雨ちゃんの発言に上鳴は度肝を抜いた。しかし、直ぐに訓練でコンビを組んでいた耳郎と、一緒に飯を食いに行く約束を取りつける事に成功していた。チクショウ。

 

え? 麗日と梅雨ちゃんについては何も思わないのかって?

 

……いやいや、イナゴが食べられる女子がいてもなんらおかしくは無いさ。それに幾らなんでも、あのイナゴ怪人を捕食対象として見ているなんて有り得ないだろう。梅雨ちゃんのアレは、きっと上鳴の誘いを断るためのジョークに違いない。うん、きっとそうだ。

 

しかし、コミュ力を高めるというのは、俺の今後の為に必要な事である様な気がする。

 

考えてみれば、雄英に入学してからの俺の運勢は今までに無い勢いで好転していると言っても過言では無い。

ならばここで上鳴レベルのコミュ力を身につける事が出来たなら、これまで無限永久に続くと思われた非モテの暗黒時代に終止符を打ち、ハッピー・ハイスクール・ライフと言う黄金時代を到来させる事も夢では無いかも知れない。

 

ふと俺がそんな事を考えていると、誰かが俺の背中を叩いた。振り返ってみると、先ほど突然怒り狂って轟の胸倉を掴んだと思ったら、いきなり優しい眼差しで轟を「朋友【ポンヨウ】」と呼び始めた峰田が立っていた。

 

「分かるぜ、お前の気持ち。どうせ食べるなら、最後までヤッて欲しいよな?」

 

キメ顔で俺に語りかける峰田を見て、何故か内心イラッときた俺は思わず両目が真っ赤に充血し、額から触角が出てしまった。そしてそれを至近距離で見た峰田は、汗だくになりながら必死に謝った。

 

うん。許すから、床に頭を打ち付けながらの土下座は止めてくれ。

 

 

●●●

 

 

反省会が終わり、今日も今日とて出久と一緒に家路についているのだが、今回は何時ものヒーロー談義ではなく、クラスメイトの“個性”に対するお互いの意見を話し合った。

 

「かっちゃんと轟君に関してだけど、あっちゃんは二人をどう思う?」

 

「俺なら勝己よりも轟と戦いたくないな。生物型の“個性”は基本的に温度変化が弱点の奴が多いから、轟の“個性”は殆どの生物型の“個性”持ちにとって天敵になりえる。多分、梅雨ちゃんも同じ理由で轟相手は厳しいだろうな。後は上鳴の電撃が厄介だな」

 

「そうだね。それに電気を操る“個性”なら機械を使ったりして応用範囲も広いだろうから、やれる事も凄く多いだろうね。他にも電磁石みたいになって磁力を操るなんて事も出来るだろうし、電熱を利用した熱攻撃なんて事も……」

 

出久が饒舌になるのも分かる。こうして考えてみれば、上鳴の“個性”はかなり大当たりの部類に入る“個性”だ。仮にヒーローを目指さなくても、色んな企業から引く手数多だろうし。

 

そんな風に二人で人通りの無い、夕暮れの住宅地を歩いていると、突然出久が立ち止まって、大きな声で俺の名前を呼んだ。

 

「あ、あっちゃん!!」

 

「うん?」

 

「……ずっと言えなかったんだけど……どうしても、どうしても君に、言わなきゃいけない事があるんだ……!」

 

出久の意を決した只ならならぬ雰囲気と声色に、俺は一体何事かと身構える。「俺に言わなきゃいけない事」と言われても、俺には特に思い当たる節がないので尚更だ。

 

「言わなきゃいけない事?」

 

「うん。誰にも言わないって決めた筈の、僕の誰にも言えない秘密……。でも、君には、君にだけは絶対に言わないといけない気がするんだ……」

 

う~む、どうやら余程大きな秘密の様だが、一体何なんだろう? 取り敢えず状況からソレを推測してみるか。

夕焼けに染まる人通りの無い、二人きりの帰り道。意を決した表情の幼馴染。誰にも言えないが、俺には言わなきゃいけない秘密。これらから推測できる展開と言えば…………。

 

ハッ!? ま、まさか……ッ!?

 

「僕の“個性”は、ある人から授かった“個性”なんだ」

 

待て! 待つんだ出久! 俺達はあくまで幼馴染であって、決してそれ以上の関係では……って、何だそんな事か。

 

「そうか」

 

「こんなコミックみたいな話、信じられない……って、信じるの!?」

 

「ああ。まあ、『通販で買った怪しいサプリを飲んで“個性”を手に入れた』とか言い出したら、流石に信じなかったケド」

 

「そ、そうなんだ……。それで、誰から貰ったのかは絶対に言えないし、まだ全然使いこなせない“借り物”の状態で……!

それで『“無個性”でもヒーローになれる』って言ってくれたのに、僕はその人から“個性”を貰っちゃって……! それであっちゃんに“個性”を使わないで勝とうとして……!」

 

「……ちょっと待て。今お前は、『ある人から“個性”を貰って』、『使いこなせない“借り物”』だって言ったよな?

それはお前が、その“個性”を持つのに相応しい人間なんだって、そのある人に認められて、“個性”を貰ったって事なんじゃないのか?」

 

「え!?」

 

出久は「何でそんな事を!?」と言わんばかりの表情で驚いているが、俺が一体何年お前の幼馴染をやっていると思っているんだ?

 

俺が知る出久の性格や人柄。そして言葉遣いと言葉の意味。それに喋る時のニュアンスから感じ取れる、出久の申し訳なさや不甲斐無いという感じの雰囲気から考えれば、それ位は簡単に予想できる。

仮に出久が「貰った」と言う“個性”が、無理矢理押し付けられたり、気まぐれで与えられたりしたモノだとしたら、出久は“借り物”だの何だのとワザワザ気にする必要は無いだろう。それが“借り物”だと気にしていると言う事は、“個性”を貰う上で出久がそれに足る人間だと認められ、その期待に応えようとしていると言う気持ちの現れに他ならない。

 

「なら胸を張って“個性”を使えばいいだろう? 言わなかった理由も、誤魔化していた理由も大よそ察しがつく。生まれに関らず“個性”が得られる方法なんて、知られたら危険以外の何物でもないからな」

 

「……怒ってないの? 僕、君にも皆にも嘘をついてたのに……」

 

「……自分や自分の大事な人を危険に晒さない為の嘘で、どうして俺がお前を怒らないといけないんだ?」

 

誰にだって人に言えない秘密を必ず持っている。その為に嘘をついてしまう事もあるだろう。しかし、少なくとも今回は「誰かに危害を加えよう」と言う悪意ある嘘では無い。

それなら、俺が出久に怒る理由は一つも無いのだ。むしろ俺はその嘘が、出久にとって俺が大事な人であると言う証明として受け取っておきたい。

 

「ッ! あ、あっちゃん!」

 

「うん?」

 

「何時になるか分からないけど! 今度はちゃんと“自分の力”にして、君に勝ちたいんだ!!」

 

「……ああ、ずっと待ってる」

 

出久は涙目だったが、憑き物が取れた様な顔をしていた。人間は自分が思うほど、心の中に抱えた「秘密」を他人に隠して生きていく事は出来ず、秘密を打ち明けなければ永遠にその重さに苦しむと聞いた事があるが、出久がその重さから解放されたなら何よりだ。

 

こうしてお互いにスッキリした気分で、俺と出久は別れたのだが……時間の経過に従って、今度は俺が打ち明けられた秘密に悩むようになった。それと言うのも、出久が“個性”を貰った相手について見当がついてしまったからだ。

 

№1ヒーロー『オールマイト』。

 

正直、何で“あの”オールマイトが10ヶ月もの間、俺や出久を海岸線のゴミ拾いを筆頭としたトレーニングで鍛えていたのかが疑問だった。しかし、オールマイトの持つ増強系(多分)の“個性”にそうした性質があって、あのトレーニングが出久に自分の“個性”を与える為の準備だったとすれば、出久の“個性”が増強系である事にも合点がいく。

 

しかし、そうなるとオールマイトもまた、誰かから“個性”を貰ったと言う事になるが、それは一体誰なのだろうか? いや、同じタイプの“個性”である事を考えると、「貰う」と言うより「受け継ぐ」と言った感じか? でも、オールマイト以前にあんなパワー系の“個性”のヒーローってどんなのが居たっけ?

 

思っていたのとは全然違うが、俺は出久の告白によって眠れない夜を過ごすのだった。

 

 

●●●

 

 

今日は朝から色んな意味で最悪の気分だった。何故なら、性別や“個性”を反転させる“個性”を持ったヴィランに学校が強襲され、出久や勝己達の性別や“個性”が反転する夢を見たのだ。そして、ピチピチのジャンプスーツを着込んだ爆乳かつ涙目の出久を見て、不覚にも俺は萌えてしまった。

 

『体が変なの。お願いあっちゃん。見ないでぇ……』

 

ああ、くそっ! また思い出してしまったではないか! それもこれも昨日、出久が紛らわしい事をした所為に違いない!

 

後はふわっふわの柔らかい肌になった八重歯の切島とか。ドジッ子スキルを標準装備している飯田とか、髪の毛の紅白が逆になっていた轟なんかが、妙にレベルの高い美少女になっていた。ちなみに勝己は“個性”が爆炎系から氷結系になっていたが、何時だったか写真で見た、勝己のおばさんの若い頃にそっくりだった。

 

しかし、“個性”が反転した事で瀬呂は両手が鋏になり、砂籐は白い粉(砂糖)を取れば取るほど体は弱るが頭が冴えると言った感じで、色々とヤバイ事態に陥っていた奴も多くいた。

その中でも俺が特に最悪だと思ったのは、あのケロケロ可愛い梅雨ちゃんが、オカマ臭いヘビ野郎に変貌していた事。思い出しても寒気がする。もう二度と見たくない、オゾマシイ悪夢だった。

 

そんな訳で朝っぱらから不機嫌かつ絶不調の状態で一人登校していた訳だが、校門付近にいたマスコミがマイクを片手に此方にやって来た。これは別に今日に限った話では無い。オールマイトがここで教師をしている所為か、毎日の様にこうしてマスコミが学校でハリコミをし、生徒にも地道に聞き込みをして回っているのだ。

 

「オールマイトの授業はどんな感じですか?」

 

「授業に怪人が乱入してきたのに平然としていました」

 

「怪人!? どう言う事!? ちょっと詳しく教えてもらえる!?」

 

「………」

 

しまった。ついついマスコミに対して、面白いネタを言ってしまった事を俺は後悔した。自分の周りを取り囲む大量のマイクとカメラが非常に鬱陶しく、「今すぐこのカメラとマイクが全部駄目になってしまえば良いのに」と思ったその時、不思議な事が起こった。

 

「ん? ちょっと待って。何か、聞こえない?」

 

「何かって……な、なんだぁあああああああああああああああああああッ!?」

 

マスコミは混乱と恐怖に支配された。何故なら、突如巨大なバッタとイナゴの大群が押し寄せてきたからだ。そしてソレは間違いなくミュータントバッタ達だった。

 

「うわああああああああああ! か、カメラの中にバッタがあああああああッ!!」

 

「うわあああああああああ! マイクから虫の蠢く音がぁあああああああ!!」

 

飛来した巨大バッタとイナゴの大群は、マスコミの持つマイクとカメラを次々と破壊していった。明らかに今までとは違うミュータントバッタ達の行動を目の当たりして、俺はどうすればいいのか分からず、戸惑いながらオロオロしていた。

 

「フハハハハハハ! 小さな親切、大きなお世話、それでも必ずやって来る! 愛と正義の名の元に! その正体は、イナゴ怪人だぁーーーーーーーーっ!!」

 

『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

無数のバッタとイナゴの群れによって混沌とした現場に、突如顕現したイナゴ怪人を見たマスコミは、阿鼻叫喚の悲鳴を上げた。マスコミの誰もが我先にと逃げ出す中、一人の女性リポーターが腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいた。その上、女性からお腹の鳴る音が聞こえた事が、更なる状況の悪化を呼んでしまった。

 

「ひぃいい……、うわ……ふわぁ……」

 

「む? 貴様等、朝飯を食べていないのか? 朝食は一日の内で最も重要な食事だというのに、どぉれ……」

 

イナゴ怪人は何処からとも無くバーベキューで使う様な、金属製の長い串を取り出した。

 

なんと、イナゴ怪人は武器を携帯していたのだ。今までに無いパターンだが、流石にこれはヤバイと思い、俺はイナゴ怪人と女性の間に割り込んだのだが、イナゴ怪人はなんと自分の腹に串を突き刺したのだ。

 

「は!?」

 

「ヒッ! な、何を……」

 

「うらぁあああああああああああああああああああッッ!!」

 

イナゴ怪人が自分の腹に突き刺した串を、勢い良くズルズルと引き抜くと、串には巨大なイナゴが無造作に何匹も突き刺さっていた。無数のイナゴがもぞもぞと足を動かし、蠢いている串を女性に向けて、イナゴ怪人はこう言った。

 

「さあ、遠慮は要らん! このイナゴを食べて、元気になるんだ!」

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

差し出された巨大イナゴの串刺しから逃れようと、女性はお尻を引き摺りながら後ずさりをする。しかし、その先には何時の間にか出現していたもう一人のイナゴ怪人がいて、そいつは何故か石で出来た底の深い皿を持っていた。

 

「ヒィッ!! ひ、一人じゃなか――」

 

「オボロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロォオッッ!!!」

 

二体目のイナゴ怪人は両手に持っている皿に向かって、口から緑色の液体を滝の様に吐き出した。受け止めきれずに皿から溢れる、オゾマシイ怪物の緑色の吐瀉物を見て、顔面蒼白で絶句している女性に対して、二体目のイナゴ怪人は皿を差し出しながらこう言った。

 

「コレ、飲ム! 元気、出ル!」

 

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」

 

女性は凄まじい形相と人間離れした動きで、俺と二人のイナゴ怪人の前から姿を消した。恐らく二度とココには近づかないだろう。

 

「……言いたい事が山ほどあるが、取り敢えずお前等、何のつもりだ?」

 

「おっと、礼は要らんぞ。私は王たるお前の願いを察知して、お前の願いを叶えてやっただけだからな。そして私は! お前の精神的成長が生み出した第五のイナゴ怪人! イナゴ怪人Xだ!」

 

「アァーーマァーーゾォオオオオーーーーンッ!!」

 

「アーマー・ゾーン?」

 

「違う。奴は第六のイナゴ怪人『イナゴ怪人アマゾン』だ」

 

「……取り敢えず、持っている串を振り回すのは止めろ。危ない」

 

もっと言えば刺さっているミュータントバッタ達が、勢いよく振り回した事で串からすっぽ抜けている。それとイナゴ怪人アマゾンも、ぶん投げてひっくり返った皿の中身をどうするつもりなんだ。

 

「そうか。それにしても何と不躾な女だ。私達の体は牛肉よりも高タンパクで低カロリーな食材たる、ミュータントバッタ達で構成されていると言うのに!」

 

イナゴ怪人Xは、俺の話を聞いている様で聞いていなかった。そんな人の話を聞かずに勝手に話を進めるイナゴ怪人Xは、あの腰を抜かした女性が巨大バッタを食べない事に心底納得がいっていないらしい。

 

「アレを生で喰うのは無理だろ」

 

「そうか。私からしてみれば、『自らの肉体を切り離して他者に栄養として与える』と言う、ヒーロー特有の自己犠牲精神を体現した行動を取ったに過ぎないのだが……」

 

「グゥ……」

 

「……アマゾンのソレは何だ?」

 

「イナゴジュース! 生ノいなご、グチャグチャ、磨リ潰シタ!」

 

「余計に不味いわ」

 

「まずクナイ! ウマイ!」

 

味の問題じゃねぇよ。どうやらイナゴ怪人達に悪意は無い様だが、悪意が無い分より性質が悪いと言わざるを得ない。

これがイナゴではなくアンパンやカレーだったなら良かったのだが、串刺しになった巨大イナゴや、イナゴジュース(生)を差し出されて「ありがとう、イナゴ怪人」と言う人間は一体何人居るだろう?

 

「そうだ! せっかくだからコレをウラビティとフロッピーに渡してくると良い! コレを食べれば元気ハツラツ! それこそまるで発情したメス猫の様になってお前に襲い掛かるだろう!」

 

「帰れえええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」

 

俺はイナゴ怪人Xの頭を蹴り飛ばした。しかし、ミュータントバッタを何匹か潰しても大してダメージにはならず、イナゴ怪人Xはピンピンしている。

 

「な、何故だ王よ! ヒーローとは人々の期待に応えるものではないか!」

 

「ソウ! イナゴ怪人、食ベレバ、ウマイ!」

 

「……呉島、お前さっきから何をやっている?」

 

「……おっと、イナゴ怪人は3分間しか活動出来ないのだ。去らばだ、王よ!」

 

「マタ、ネ!」

 

相澤先生が現れた瞬間、白々しい超大嘘をついたイナゴ怪人Xと、片言で再会の言葉を話すイナゴ怪人アマゾンは、無数のミュータントバッタに変異し、その場を立ち去った。証拠は何一つ残っていない。さっき道路に撒き散らされたイナゴジュースも、跡形も無く消滅していた。

 

「呉島、さっきまで此処にいたマスコミはどうした?」

 

「……帰りました」

 

「そうか。それじゃあイナゴの大群が見えたのは俺の見間違いで、『イナゴ怪人』とか言う単語や、何人もの悲鳴が聞こえたのは俺の聞き違いで、マスコミがいなくなったのはさっきの『イナゴ怪人』の所為だと思うのは俺の思い違いか?」

 

「………」

 

「時間が勿体無い。さっさと話せ」

 

「はい……」

 

鋭い眼光の相澤先生に、俺は事の顛末を全てを自供した。気分はまるで犯罪者だった。

 

「見せてもらった昨日のVと成績。そして今の話から察するに、恐らく『イナゴ怪人』は今までお前が存在を否定していた事で、かなりキツめに制御されていたんだろう。

だが、お前が『イナゴ怪人』を肯定した事で、今まで押さえつけていた首輪が外れた状態になっている……と考えられるな」

 

「はぁ……」

 

「はぁじゃない。今回は不可抗力って事で大目に見てやるが、自分の“個性”に責任を持つのはヒーローの大前提だ。……次は無いぞ?」

 

「……はい」

 

どうやら俺がイナゴ怪人を受け入れた所為で、イナゴ怪人達の行動範囲が大幅に広がってしまったらしい。下手な事を考えると、イナゴ怪人が良かれと思って行動するのはかなり厄介だ。

そして相澤先生の事だから、次に似たような事が起こったら、俺は除籍処分になってしまうかも知れない。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっ!! また反応されたのさ! 失礼なマシンなのさ!」

 

「……早く行け」

 

「はい」

 

ネズミ捕りのレーザーに反応された校長先生を尻目に、俺は教室へと急いだ。

 

 

●●●

 

 

本日は相澤先生の指示により、朝からクラスの学級委員を決める事になった。そしてヒーロー科に進学した生徒は、例外なくクラスのリーダーたるクラス委員長になりたいと言う習性を持っている。それは俺だって同じだ。

しかし、その為にクラスの誰もがリーダーの座を狙って自己主張するばかりで、このままでは収拾がつかないと思った時、行動と発言が矛盾していた飯田の提案で、投票による多数決でクラス委員を決める事になった。

 

そこで出席番号順に、それぞれがマニフェストを宣言してアピールする時間が設けられる事になったのだが、どいつもこいつも「クラス委員長になったらどう言った事をするか」と言うより、「クラス委員長になったら何がしたいか」を発表している。まともにマニフェストを公約しているのは、今の所は飯田しかいない。

 

「俺が委員長になったら、早朝の筋トレと夏の海辺熱血合宿を導入します!」

 

そんな感じで、俺の前の席の切島のアピールタイムが終わり、いよいよ俺の番となった訳だが……。

 

「要らん」

 

「? 要らんってどう言う事だ?」

 

「俺はこのままでいい。口田、お前の番だ」

 

そう、コレこそが俺のアピール。激しい自己主張の嵐の中で、あえて何も言わずに悠然と静かにどっしりと構える。こうする事で逆に周囲の注目を集めると言う作戦だ。後は只静かに投票を待つばかり。

 

「次、轟の番だぜ」

 

「……俺もいい。次は葉隠がやってくれ」

 

む? 轟め、俺の作戦に気付いたか? しかし、コレ位は想定の範囲内だ。傍から見たら轟の行動は、俺の二番煎じだから問題はない。

 

そして勝己が原始時代の猿みてーなマニフェストを掲げるのを見ながら、いいぞいいぞと俺は内心ほくそ笑む。そのまま全員、自分のやりたい事をマニフェストとして――。

 

「オイラがクラス委員長になった暁には、女子全員のスカートを膝上30cmにします!」

 

…………は?

 

な、何を言っているんだ峰田は。こんな状況でこんな事を言うなんて、頭がおかしいのか!?

女子が絶対零度の眼差しを峰田に送っている事を考えれば、峰田が女子票を得るのはもはや絶望的だ。どう考えても正気の沙汰じゃ……いや、そうか! そう言う事か! 「峰田め、何て奴だ……ッ!

 

このクラスは全員で21人。その内訳は男子が15人で、女子は6人。つまり、男子が過半数を占めている事から、峰田は女子票を捨てて、男性票に狙いを絞ったに違いない。

しかも、このマニフェストなら男性票を獲得しつつ、色と言う名の飴によって確固たる人望を集める事が出来る。明らかに当選後を見据えているマニフェストだ!

 

しかし、それ以上に恐るべきは、峰田の知性と策略ではなく、それを実行に移す行動力だ。例えその効果がどれほど絶大だと分かっていたとしても、そんな完全に明日を捨てるような真似は絶対に出来ない! 余りにも恐ろし過ぎる!

 

しかし、しかしだ! 峰田はそんな女子の養豚場の豚でも見るような視線を全く気にする事もなく、自身の目的の為に全てを投げ打っている! クラス委員長となって、より優れたヒーローになる為に!

 

くそっ! 認めるしかない! 今回は俺の完敗だ……!」

 

「シンちゃんが負けを認める必要は無いし、峰田ちゃんにそんなインテリジェンスも覚悟も無いと思うわ」

 

「ああ、深読みのし過ぎだと思うぜ?」

 

「!?」

 

梅雨ちゃんと切島の突っ込みによって、俺はハッと我に返った。どうやら俺は驚愕の余り、思っていた事を口に出して言っていたらしい。

 

「もしかして、シンちゃんも思ったことは何でも言っちゃうタイプかしら?」

 

「……かもな」

 

「ケロケロ♪」

 

俺の答えを聞いて、梅雨ちゃんはケロケロ鳴いた。何故だ。

 

紆余曲折あったものの、遂にクラス委員長を決める投票が行なわれた。その結果、3票を獲得した出久がクラス委員長に、2票を獲得した八百万が副委員長に選ばれた。ちなみに峰田が獲得した票は1票だった。

そして俺は、なんだかんだでクラスを纏める発言力と、唯一マニフェストらしいマニフェストを掲げた事から、飯田に一票を入れた。しかし、飯田が獲得した票が1票だった事から、飯田も俺と同様に他の誰かに入れたと分かった。

 

ただ俺が獲得した票も同じく1票だった事から、誰かが俺に一票を入れたと思うのだが、一体誰が俺に入れたのだろうか?

 

 

●●●

 

 

今日は昨日の『屋内対人戦闘訓練』で対戦した4人と、梅雨ちゃんと葉隠が加わった6人で、学食でランチを食べる事になった。皆は食べる物をさっさと選んでしまったのだが、俺は一人何を食べるのかを悩んでいた。

 

「う~~~む」

 

「? シン君。さっきから何しとるん?」

 

「ん? いや、今日は敢えて自分の思っている事と逆の事をしてみようと思ってな。それでちょっと悩んでいるんだ」

 

「と言うと?」

 

「俺としては飲み物に日本茶の気分だが、ここは敢えてコーヒーを選ぶ。和食の気分だが敢えて洋食を選ぶから、白米ではなくパンにする。そしてコーンポタージュの気分だが、ここは敢えてコンソメスープを選ぶ……と、此処までは良い。

次に俺の気分としては豚肉を選びたいんだが、豚肉の反対って一体何だろうと思って悩んでいるんだ」

 

「豚肉の反対? 鳥? いや、牛かな?」

 

「家畜である豚の反対なのだから、野生の猪が反対なのでは無いか?」

 

「ラム肉とかはどうかな?」

 

「魚肉って選択肢もあるんじゃないかしら?」

 

豚肉の反対は何か? そんな素朴な疑問の答えに議論が展開される中、食堂で活躍するプロヒーローのランチラッシュが、実に明確で痛快な答えを俺達に示してくれた。

 

「豚の反対はシャケだね! 豚は一日中ゴロゴロした生活をするけど、シャケは元気に流れに逆らって川を上る!」

 

「なるほど!」

 

ランチラッシュの実に説得力のある言葉に、俺はサムズアップで答えた。豚の反対はシャケ。気に入ったぜ。そんな訳で俺は、豚肉ではなく鮭の切り身を選択した。

 

「それにしても、一体誰が俺に一票を入れたんだろうか? 僕は緑谷君が相応しいと思って一票を入れたと言うのに……」

 

「それは俺だ。自己主張の強いウチのクラスのまとめ役に最適だと思ったからな。かく言う俺も、誰が俺に一票を入れたのかが気になる所なんだが……」

 

「あ! それはあたしだよ! 呉島君なら退屈しないと思ったから!」

 

俺に票を入れたのは葉隠だった。そうなると、クラスの投票されていなかったのは葉隠と轟と麗日の三人だけだった筈。俺が飯田に投票し、飯田と麗日が出久に投票。そして葉隠が俺に投票したとなれば、副委員長に選ばれた八百万に投票したのは轟と言う事になる訳か。

 

そんな感じで、俺が地味に投票の内容について考えている内に、飯田の一人称が「俺」から「僕」になった事がきっかけで、飯田が実はターボヒーロー『インゲニウム』の弟なのだと言う事が明らかになった。

そして、オールマイトが出久にとって理想である様に、Mt.レディに俺がヒーローとして進むべき道を見出した様に、飯田はインゲニウムの規律を重んじ人を導くその姿に憧れてヒーローを志したらしい。

 

「わっわっ! そんな! こんな身近に有名人の親族の方がいるなんて! 流石雄英!」

 

「良ければ今度、遊びに来るかい?」

 

「ええーー!? 良いの!? ウソ! やったーーーー!! あんな大人気ヒーローの家にお邪魔できるなんて! どうしよう! 何着ていけばいいかな!?」

 

「堅くならずとも気さくな兄さ。スーツの試着を頼んでみようか?」

 

「ええ!? いや!! そんな!! えっ……いいの!? うわぁ! 生きててよかったぁああああああああっっ!!」

 

何時になくハァハァと息を荒げ、ハイテンションで大・大・大・大・大興奮している出久と、照れくさそうにしながらも何処か誇らしげな飯田。そして、その様子を乙女チックに扉の影から見つめ、釈然としない様子のオールマイト。

 

「!?」

 

「? あっちゃん、どうしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

思わずギョッとして二度見したが、オールマイトが居た場所には誰もいなかった。さっき俺が見たのは、きっと幻覚か見間違いだったのだろう。そう自分に言い聞かせて、俺が鮭の切り身に箸をつけた瞬間、今度は学校全体に警報のサイレンが鳴った。

何でもセキュリティレベル3とやらが突破されたそうで、こんな事は過去三年間で一度も無かったらしい。そして生徒は屋外に避難する様に呼びかけられたのだが……。

 

「? 呉島君、どうしたの? 早く避難しよう?」

 

「いや、何かのテレビ番組で見たんだけどさ。脱出する非常口が8つも設けられていたのに、1つの非常口に全員が殺到したお蔭で逃げ遅れて、大勢のお客さんが犠牲になった火災の話を知ってるか?」

 

「……言いたい事は分かるわ。迅速に動いた緑谷ちゃん達が流されちゃってるものね」

 

梅雨ちゃんの言う通り、誰もが我先にと出入り口に殺到しているあの状況を見る限り、下手に避難すると逆に危ないような気がしてならない。

そこで他に脱出するルートが無いかと改めて食堂を見渡すと、俺達と同じ様に避難していない奴がいた。見た目は二頭身体型の豚であり、初めは俺達と同じ事を考えているのだろうと思ったのだが、それは的外れな推測だった。

 

「おい! この食堂では豚の毛が入った飯を学生に食わせるのか!?」

 

「え!? あ、す、すいません!」

 

「「「………」」」

 

豚野郎はクレバーなのではなく、悪質なクレーマーだった。そして、どう考えても料理に入っていた豚の毛は、クレームを吹っ掛けている本人の毛だろう。

しかし、俺達以外の他の生徒は騒ぎで混乱しており、豚野郎のクレームに全く気付いていない。俺が仕方無しに助け舟を出そうかと思ったが、豚野郎の背後にポニーテールの女子が迫っていた。

 

「スイマセンで済んだら警察もヒーローも要らねぇんだよ、この豚野郎! さあ、私に豚のエサを食わせたお詫びをして――」

 

「それはどう考えてもアンタの毛でしょうがッ!!」

 

俺達が思っていた事を言ったポニーテールの女子は、豚野郎の脳天に拳骨を叩き込んだ。小気味いい音が騒動の終止符となり、ポニーテールの女子は大きなタンコブを作って気絶した豚野郎を引き摺って去って行った。

 

「……何かしら。あのブタさん、何となく峰田ちゃんと同じ感じがするわ」

 

「そうか?」

 

「ええ。何となくだけど」

 

その後、機転を利かせた飯田の活躍によって、食堂のパニックは収まった。

 

 

●●●

 

 

午後はクラス委員長と副委員長以外の、例えば放送委員や飼育委員と言った他の委員会を決める時間になったのだが、何故か俺は保健委員に選ばれた。その事に峰田は血涙を流して悔しがっていたが、そこで俺はあえて無視した。

 

そして今日も出久と一緒に帰ることになったのだが、一つ気がかりな事があった。

 

「飯田は侵入したのはマスコミだって言ってたし、実際に侵入したのもマスコミだった訳だが、ゲートやセンサーを破壊出来るならとっくに破壊して侵入している筈だよな?」

 

「うん。でも、それじゃあ、誰がゲートを壊したのかな?」

 

「……分からん」

 

このヒーローの巣窟と言える雄英高校に、ワザワザそんな事をする理由が全く思い当たらない。では何の為にそんな事をしたのか? 二人でその理由を考えながら歩いていたら、校門の近くでプレゼント・マイクがマスコミの相手をしているのが見えた。

 

「マイトっちとはマイトマイクな仲だから! そりゃトップDJともなるともね! 色んな繋がりが出来ちゃう訳よ!」

 

「……昼休みから結構な時間が経ってるよな?」

 

「うん。ざっと、5時間位かな?」

 

流石はプロヒーロー。全く声が枯れる様子が無く、むしろ調子の良さそうなプレゼント・マイクの邪魔になら無い様に、俺達は軽く会釈をしてから駅へ歩いていった。

 

「あっちゃん。そっちは帰りの電車じゃないよ?」

 

「ああ、今日は父さんの所に寄るんだ。コスチュームの話でな」

 

「そうなんだ。明日になったら聞かせてくれる?」

 

「ああ、また明日学校でな」

 

こうして俺は出久と駅で別れ、一人父さんの研究所へと向かった。

 

 

●●●

 

 

翌日。流石に昨日警察沙汰になっただけあってか、今日は校門付近にマスコミは一人も居なかった。そして昨日のマスコミのインタビューで気を良くしたのか、今日の英語の授業でプレゼント・マイクは終始ノリノリだった。

 

「次、次ッ! 次の問題はぁ~~? クレクレ呉島君ッ!!」

 

「……③番です」

 

俺の回答にプレゼント・マイクは、DJスクラッチによる数秒の間を置いてから、急にテンションを低くした声で言った。

 

「違います」

 

傷つくなぁ……。




キャラクタァ~紹介&解説

峰田実
 森羅万象を下ネタに変換する、エロQ250の知能を誇る天才。その恐るべき頭脳でシンさんに戦わずして敗北を認めさせると言う快挙を成し遂げる。そしてマスコット的な見た目からか、作者は何となく『ポケットモンスターReBURST』のヤッピーを思い出した。
 そしてB組のある生徒と違って峰田に裏切り要素は皆無なのだが、その分作者の中でマスコット的なキャラ付けも危ぶまれている。

常闇踏陰
 みんな大好き『黒影【ダークシャドウ】』を操るスタンド使い。物理的な闇をエネルギー源とする関係からか、使い手の精神的な闇をエネルギー源とするイナゴ怪人を操る主人公にシンパシーを感じる。正直、口調を考えるのが一番大変なキャラ。

上鳴電気
 『仮面ライダー剣』のオンドゥル王子みたいに、電撃使いで「ウェーイ」な要素を持つ「善いチャラ男」。第二のジョーカーアンデッドになって、「永遠の切り札」と化したりはしないだろうが、奇械人「スパーク」にはなれるだろう。コイツが「そんな事、俺が知るか!」と言うと、マジで何も知らなさそうである。

ランチラッシュ
 雄英高校の食堂にいるおじさん。ヴィラン退治ではヴィランをどんな風に料理するのかが気になるが、作者としてはコックカービィ的なやっつけ方では無い事を願っている。「豚の反対はシャケ」の元ネタは、『ジョジョ』の第六部に登場する食堂のおばちゃん。

プレゼント・マイク
 今回の英語の授業の元ネタは、昔のファンタのCMに登場したDJ先生。このヒーローの授業風景はきっとこんな感じだろうと思っていたら、案外普通だった事で作者としてはかなり物足りなかった。
 そして彼の英語を受け続けたシンさんが、イナゴ怪人を『響鬼』の魔化魍ウワンに進化させて、プレゼント・マイクをウワンさせてしまう日が来るかも知れない。

ブタ男とポニテ少女
 一年B組に在籍するヒーロー志望の雄英生。この二人の事をもっと知りたい人は、『番外編』の2.5話を読んで欲しい。最終的にブタ男の方は、何時の日か峰田と“せいきおう”の座を賭けて戦うかも知れない。

峰田「オイラのリトル峰田の方がでっかいぜ!」
ブタ男「何を! 私のぶりぶリトルこそが最強だ! オラオラオラオラッ!」
シンさん「………」

イナゴ怪人(X・アマゾン)
 自己犠牲を体現する、第五・第六のイナゴ怪人。XはBBQの金串を、アマゾンは石で出来た深い皿を携帯している。理由は勿論、自らの体を犠牲にして、お腹をすかせた人に栄養満点のイナゴを食わせるため。Xはライドルなんて持ってないし、アマゾンもコンドラーやドライバーを持っていないので悪しからず。
 彼等の行動の元ネタは、言わずと知れた国民的ヒーロー『アンパンマン』。しかし、やっている事は全く同じなのに、やっている人物と差し出す食料が違うだけでご覧の有様である。まあ、当然ちゃあ、当然なんだが。



イナゴが食える女子二人
 この二人の元ネタは『すまっしゅ!!』からだが、梅雨ちゃんが本当にイナゴ怪人を食えるのかどうかは定かではない。麗日については巻末のクイズを参照。ネタではなく、まさかの原作者公認だった。

シンさんに投票した葉隠
 原作の「誰に入れたのか分からない葉隠の一票」をネタにしたもの。単純に画面から切れているだけなのかも知れないが、せっかくなのでシンさんに投票して辻褄合わせをしてみた。

枷の外れたイナゴ怪人
 作中でも語られた通り、受け入れた事で制御が緩くなった結果、本体の思考をテレパシーで読み取って自由に出現できるようになった。この後でシンさんによってガチガチに行動を制限されるが、仮に中学時代にシンさんがヴィラン化していたならば、今回の話で語られていた「悪いチャラ男」共は、一人残らず月の出ない夜道でイナゴ怪人に襲撃されていた事だろう。

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