怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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お待たせしました。今回は二話連続投稿で一話目です。

今回からいよいよ前作『真・怪人バッタ男 序章【プロローグ】』のあらすじの伏線回収となる『ザギバス・ゲゲル編』……ではなく、『雄英体育祭編』のスタートです。

のっけから平成ライダーシリーズでは有り得ない、滅茶苦茶に不穏極まりないタイトルですが、作者は昭和ライダーの放送タイトルを参考にしているので仕方無い。

6/19 誤字報告より誤字を修正しました。ありがとうございます。

9/4 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

2018/10/13 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。



第6話 来たれ! 悪夢の怪人体育祭!

俺の名前は切島鋭次郎! 誰よりも熱く男らしいヒーローを目指す、雄英高校ヒーロー科の一年生だ!

 

今日はUSJの事件から2日後。昨日は臨時休校になった所為でずっと家にいたが、体はともかく気持ちは全然休まらなかった。

 

原因はハッキリ分かってる。ヴィランとの戦いで大怪我をした相澤先生や13号先生、それにクラスメイトの緑谷や呉島の事が心配だったからだ。特に呉島。

後から他の連中から聞いた話を合わせると、呉島は最初に火災ゾーンで尾白と一緒にヴィランを一網打尽にしてから山岳ゾーンに向かい、上鳴を人質に取られてピンチになった八百万や耳郎を助けたらしい。何でも呉島はコスチュームを脱いで戦ったらしく、ヴィランから仲間だと誤解された事で、これらの問題をあっさりと片付けたんだとか。

 

付き合いは短いが俺が知る限り、呉島は“個性”を使った時の自分の見た目をかなり気にしていた筈だ。そんな呉島が敢えてそうした理由は、クラスの皆を助ける為だと俺は思う。

実際、上鳴が“個性”の使いすぎでアホになったのを見て、それをヴィランの仕業だと勘違いしてブチ切れまくった呉島は、無実のヴィラン(こう言うと何かおかしい気がするが)をフルボッコにしたんだと。うん、ダチの為に熱くなれるのは男らしくて好感が持てるぜ。

 

だから、あの時の呉島の暴走も、オールマイトの言う通りダチを守れないと思った事が原因だと俺も思う。ただ、「もしもあの時オールマイトが居なかったら、俺達であの状態の呉島を止められたか?」と考えると、きっと……いや、確実に止められないと思った。

幾ら爆豪のバトルセンスが優れていても、幾ら轟の“個性”と呉島の“個性”の相性が最悪でも、あんな桁外れのパワーで暴れる呉島を止められるイメージが、俺にはまるで思い浮ばない。

 

だから決めた! ヴィランを倒すだけじゃなく、いざって時にダチを止められる様に強くなろうってな!

 

「あ、おはよう切島君」

 

「おお、緑谷! 足は大丈夫なのか?」

 

「うん。リカバリーガールのお蔭で……」

 

「おはよう……」

 

ちゃんと両足が治ったらしい緑谷と話していると、やけにヒョロヒョロした奴が教室に入ってきた。

 

「(何だ? 見ない奴だけど、もしかして転入生か?)」

 

そう思って俺がソイツに自己紹介しようとした時、隣にいた緑谷が目をこれでもかと見開いて、震えながら俺がよく知るダチの名前を叫んだ。

 

「……あ、あっちゃんんんんんんんんんんんんんっ!?」

 

「……ああ、俺は呉島新さ」

 

「!? く、呉島ぁあああああああああああああああああっ!?」

 

何てこった! この骸骨みてーな不気味な奴の正体は、ガリガリに痩せ細った呉島だった! この劇的ビフォーアフターには、流石の俺も驚きを隠すことが出来ないぜ!?

 

「えええええええ!? 嘘ぉ!? 何でぇえええええええええええええええええ!?」

 

「あ、あんまり大声出さないでくれる?」

 

「あ、う、うん。ゴメン」

 

「いや、これでも戻った方なんだよ? 今は大体35kg」

 

「「35kg!?」」

 

今時、女子でも其処までは軽くねーだろ!? いや、実際はどうなのかよく知らんけど、本当に大丈夫なのか!?

 

「ちょっ! お前、それどう考えても病院に行ったほうが良いぞ!?」

 

「行ったよ。入院を勧められたけど、無理言って断ったんだ。もう後二週間しか無いからな」

 

やっぱ、ヤベーんじゃねーか!! でも後二週間? 何かあったっけ?

 

「! そっか。そう言えばもう二週間後には始まるんだよね。でもその体じゃ……」

 

「大丈夫だ。これでも肉体改造は中学時代に経験済みだ。ちゃんと当日までには仕上げるさ。何せ年に1回しかないビッグイベント。この雄英に在籍する人間なら、絶対に外す事の出来ない特大のチャンス……賭けてるんだ、俺!」

 

「………」

 

何の事を言っているのか分からないが、何となく駄目な気がする。

 

呉島の様子を見て俺はそう思ったが、呉島の希望に満ちた前向きな表情を見ると、とてもそんな事は言えなかった。

 

この数分後、呉島と同じく全然大丈夫そうじゃない姿をした相澤先生が教室に入ってきて、二週間後に何があるのかを俺は理解した。

 

 

●●●

 

 

ハンドマン率いる『敵連合』の雄英高校襲撃から二日後。現代に蘇った即身仏から、トゥルーフォームのオールマイト位まで回復した俺は、雄英体育祭への準備を考えて入院を断り、何時も通りに学校に登校した。

すると案の定、今の俺を見たクラスの皆は度肝を抜いた。そのお蔭と言っては何だが、今日の俺はやたらとちやほやされている気がする。特にハンドマン、ミストマン、マッチョメンの三人と戦ったのを見ていた面々からの、心配や不安の声が半端無い。

 

「そう言えばシンちゃん。右手は大丈夫なの?」

 

「ああ、大丈夫だ。傷痕は残っているが、全く問題ない。指相撲だって綾取りだって簡単に出来る」

 

「本当? ちょっとやって見せて?」

 

俺は冗談のつもりで言ったのだが、右手を差し出してくる梅雨ちゃんと指相撲をやる事になった。“個性”が蛙だからなのか、右手に感じる梅雨ちゃんの体温は低く、思ったよりも梅雨ちゃんの手は冷たい。

 

……ハッ!?

 

この時、脳裏に電流走る。そう、俺は今ッ! オクラホマミキサーを踊る時以外の機会でッ!! 女子の手を握っているッッ!!

……いや、この表現は正しくないな。正確には、初めて同年代の女子に嫌悪感を抱かれる事なく、手をしっかりと握っているッッ!!

 

ああ、今でも昨日の事の様に鮮明に思い出せるぞ。小学や中学のキャンプ教室で、オクラホマミキサーを踊った時の、相手になった女子が浮かべる、明らかな恐怖と嫌悪を孕んだ、「迷惑だ」とか「不幸だ」と言わんばかりの表情を……ッ!!

俺が差し出す掌にちょんと指先だけを乗せ、踊り終わると「汚いものに触れた」と言わんばかりに、必死に指を拭うあの仕草を……ッッ!!!

 

「……シンちゃん、本当に大丈夫なの?」

 

「えッ!?」

 

決して癒える事の無いトラウマのフラッシュバックによる脳内トリップから復活した時、俺は梅雨ちゃんに敗北していた。勝負を見守っていたクラスメイトと梅雨ちゃんは、さっきよりも不安げな眼で俺を見ていた。

 

「ケロ……やっぱり本当は後遺症とか――」

 

「いやいやいや! ちょっとボーっとしていただけだ! 後遺症とか全然無いぞ!」

 

『………』

 

イカン。イカンぞ。誰も俺の言葉を信じていないと言うか、信じられない様な目をしている。しかし、だからと言って「生まれて初めてまともに女子の手を握った事に感動していた」等と、馬鹿正直に言うのは憚られる。超恥ずかしい。

 

「ね、ねぇねぇ皆。今度の体育祭なんだけど、私って目立つカッコと目立たないカッコのどっちがいいと思う?」

 

どうやって皆の誤解を解くか考えていた時、葉隠が場の空気を変えようとしたのか、葉隠にとって死活問題と言えるだろう議題が提出された。丁度いい。ここは葉隠の命題に答える形で、先程の失態を上手い具合に誤魔化してしまおう。

 

「……そうね。私は普通のカッコかしら。アピールするならパフォーマンスになるわね」

 

「俺は目立つカッコだ。いや、目立つカッコに成らざるを得ないと言うべきだな。恐らく、目立つ事に関して、俺の“個性”の右に出る者は存在しない」

 

「……そ、そうだね」

 

「ケロ……」

 

……不味い。不味いぞ。さっきから妙な感じで空回りしてしまっている気がする。俺はただ「大丈夫だ」と伝えたいだけなのに、どうしてこんな風になってしまうのだ。それに引き換え――。

 

「ん? どうしたんだ、呉島君?」

 

「……いや、飯田が凄い奴だと思っただけだ」

 

「何を言うんだ! 君だって、いや君の方が充分に凄いじゃないか! もしかして、何か悩み事でもあるのかい? 何なら俺に話してくれないか? クラス委員長として、君の力になろう! お昼でも食べながら!」

 

「………」

 

強いて言うなら対人関係かな。

 

物凄く後ろ髪を引かれる思いだったが、俺は飯田と出久、そして別人の様に豹変した麗日の四人で食堂へ向かった。その途中で、俺達は麗日がヒーローを志す理由を聞くことになったのだが……。

 

「お金が欲しいからヒーローに?」

 

「究極的に言えば。なんかゴメンね、不純で。私恥ずかしい……」

 

そんな事を言いながら頬を赤く染め、恥ずかしそうに悶える麗日。可愛い。実に癒される。

 

「でも、ヒーローってそんなに儲かる仕事って訳でもないと思うぞ? 儲けるにはヴィラン退治とかで知名度を上げて、それからグッズ展開やイベント開催が必要になってくる」

 

「うん。でも、ヒーローになれば“個性”の使用許可も取れるでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「これ、あんまり言わん方が良いと思うんだけど……実家が建設会社やってるんだけど、仕事全然来なくて素寒貧なの」

 

「建設……」

 

「そっか。麗日さんの“個性”なら、使用許可が取れればその分のコストかかんないね」

 

「なるほど! 重機要らずだ!」

 

「でしょ!? それ昔父に言ったんだよ! でも……お父ちゃん。『親としては私が夢叶えてくれる方が何倍も嬉しい』って言ったんだ。

だから……私は絶対にヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させてあげるんだ」

 

なるほど。親は自分達より娘の将来と幸福を願い、娘は両親の幸福を願って夢に進む。げに美しき親子愛だ。

……しかし飯田よ。そろそろ「ブラボーー! おお、ブラボォオーー!」と、大声で連呼するのは止めた方が良い。五月蝿い。

 

その後、突如現れたオールマイトの妙に女子力の高い誘いに、出久がホイホイと付いていってしまい、俺達は三人で食堂に向かった。出久がいないと一人で飯を食う事を余儀なくされた、あの暗黒と波乱に満ちた中学時代と今の生活水準の差に、俺は内心感動すら覚えている。

 

「デク君、何だろうね?」

 

「そうだな……考えられるのは、緑谷君は蛙吹君の言う通り、超絶パワーでオールマイトと“個性”が似ているから、その関係なんじゃないか?」

 

……ああ、確かにあの二人の事を客観的に見れば、接点になりそうなのはそれ位しかない。だが、恐らくあの二人の関係は、二人が思っているよりも深い。

実際、同時期にオールマイトから色々と見て貰っていた当時の俺から見ても、オールマイトと出久の関係は「師匠と弟子」と言った感じの雰囲気だった。当時の俺と出久とではスタートラインからして違っていたのだが、オールマイトの接し方は明らかに俺と異なっていたと思う。それにしても……。

 

「付き合って貰って一年経ったんだよな……」

 

「えっ!? 付き合ってるって、誰と誰が!?」

 

「俺と出久がオールマイトと」

 

「「えっ!?」」

 

……あ、やべぇ。梅雨ちゃんじゃないが、また普通に思った事を口にしてしまった。しかし、後悔先に立たず。興奮する二人を見て、もう後には引けない状況だと悟らざるを得ない。

 

「そ、それって、どう言う事!?」

 

「オールマイトと君達の間に、一体何があったと言うんだい!?」

 

「……あまり大声を出さないなら話そう」

 

興奮状態をキープしたまま口を閉じ、何度も高速で頭を上下に振る二人。そして二人は気付いていないが、轟が刃物の様な鋭い視線を向けている。……何か知らんが、兎に角何かヤバイ気がする。

 

それからランチを注文し、食堂の端っこに陣取った俺達三人。今か今かと目を光らせる飯田と麗日の二人が俺の目の前に、そして俺の真後ろにさり気なく轟が座った。一人で。

……正直想像すらしていなかったが、もしかして轟はボッチなのか? コッチの席に誘うべきかどうか悩んだが、轟のあまり友好的では無い雰囲気から断念する。何と言うか、変則的な「前門の虎、後門の狼」って感じだ。

 

「それでそれで!? シン君とデク君がオールマイトと付き合ってるって、どう言う事?」

 

「……これは去年の春の話なんだが、ひょんな事からオールマイトと出会った俺と出久は、雄英の入試を受けるまでの10ヶ月間、オールマイトから色んなトレーニングや指導を受けたんだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それはつまり、二人は『オールマイトの弟子』と言う事か!?」

 

「……いや、俺に関しては別にそんな感じでは無かったと思うが」

 

「いや、それはオールマイトに見初められて弟子になったとか、普通は思うんじゃないか!?」

 

「だよねぇ!? そう思うよねぇ!?」

 

「………」

 

小声で絶叫すると言う、妙に器用な真似をしている二人。そして聞き耳を立てていたのだろう轟の雰囲気が明確に変化していく。

 

「そ、それでオールマイトはどんなトレーニングを!?」

 

「まずは海岸のゴミ拾いから始まったな。多古場海浜公園って知ってる?」

 

「!! 新聞にも載ったアレか!!」

 

「凄い! 凄い! 他には!? 他には何かない!?」

 

「………」

 

ああ、全然食ってる気がしない。そして、皆の誤解を解く方法がまるで思いつかない。正直勘弁して欲しかったが、取り敢えず俺がオールマイトから受けた、巨大鉄球を受け止めたり、必殺技のオンパレードを受けたりといった、オールマイトの正気を疑う地獄の訓練の数々を話した。

 

「なるほど。そんな過酷なトレーニングを行なっていたとは……それなら君の強さも納得がいくな」

 

「うんうん!」

 

「………」

 

飯田と麗日は、満足と納得の表情を見せたが、そんな二人とは対照的に、轟の方は受け入れ難い現実を目の当たりにした様な表情をしていた。何だろう。何故か物凄く巨大で厄介な地雷を作ってしまった様な気がする。

 

それから教室へ戻った俺達は、教室で再び指相撲を敢行した。二人だけでなく、梅雨ちゃんや葉隠、切島や瀬呂等、男女問わず色んな奴と対戦した。

かなり楽しかったのだが、後になって「もしかして、単にリハビリに付き合おうとしただけだったのではないか?」と思ったら、何故か少しだけ悲しくなった。

 

 

●●●

 

 

全てのカリキュラムが終わった時、俺達がいるA組の教室の前に人だかりが出来ていた。その正体は勝己の言う通り、敵情視察の為にやってきた同学年の生徒達だったが、勝己のお蔭でA組の印象が恐ろしく低下したと思われる。現に明らかに生徒達の視線が変わった。

 

正直こうした空気は非常に不味い。例えるなら、自分はちゃんとマナーを守って釣りをしているにも関らず、平気でゴミをポイ捨てしたり、外来種のゲリラを放流したりする釣り人がいる所為で、「釣り人=環境破壊の化身」と釣り場の地元住民に捉えられる……と言った感じか。

更に常闇や砂藤など、勝己の言葉に同調している者までいる為、これでは「勝己の言葉=A組の総意」と受け取られかねない。……いや、こうした考察自体、もはや手遅れで無意味か?

 

「……で、呉島は爆豪の言う事、どう思う?」

 

「どう思うって……何故俺に聞く?」

 

「いいじゃん。幼馴染なんでしょ?」

 

何がどう「いいじゃん」なのか分からないが、耳郎を含めて何人かは俺の答えが聞きたいらしく、人が散るのを待とうと思った俺の机の周りに、障子や瀬呂、葉隠と言った面々が集っている。

 

「……何とも言えないな」

 

「と、言うと?」

 

「確かにヒーロー科の入試に落ちて、仕方なく普通科に入学する奴はいる。特に実技試験の内容と“個性”の相性が悪かった所為で落ちた奴なら、入学してまだ一ヶ月程度しか経っていない今が、ヒーロー科に編入出来る可能性が一番高いと考えている生徒は多いだろう。

雄英体育祭は、ヒーロー科にとっては一年に一度のプロに見込まれるチャンスの場だが、普通科にとっては一年に一度の諦めた夢を叶えるチャンスの場だと言える」

 

「確かに……」

 

「しかし、大抵の場合はヒーロー科が“個性”を使った実戦訓練で“個性”を使い慣れている関係もあって、普通科がヒーロー科に編入するケースは有るには有るが、かなり稀だと聞く。体育祭でヒーロー科との壁を感じて、一年目でヒーロー科への編入を諦める奴も少なくないから、俺達が上に行く事で五月蝿い連中を黙らせる事は出来るだろう。

……だが、それでも諦めない奴はいる。必ずいる。何度敗北を喫しても、何度挫折を味わっても、諦めずに挑戦する奴が必ず出てくる」

 

「つまり、篩いにかけられるって事?」

 

「そうだ。自分が『上に行く』って事は、誰かを『下に落とす』って事だ。俺達が上に行けば行くほど、下に落とされた悔しさをバネにして、より強力な存在となって再戦をしかけてくる奴だって、これから先出てくると思う」

 

具体的には、俺に何度でも絡んでくる勝己とか。

 

そう考えると、案外勝己は自分と同じ様な人間が欲しくて、ワザと大衆の面前であんな事を言ったのかも知れない。勝己はアレで精神面に結構繊細な部分があるから、まるっきり的外れな意見だとも言い切れない。

 

「でもさ、幾ら“個性”に相性や向き不向きがあるって言っても、ヒーロー科に入学した時点で、普通科とは結構差が開いてる気がするぜ?」

 

「同感だな。普通科はヒーロー科と違って、“個性”の使用による実践訓練はしてないのだろう?」

 

「だから、向こうはそーゆー油断を突いてくるつもりなんだよ。コッチからすれば、逆に相手は中々油断してくれないからやり辛い事になるとは思うぞ?

まあ正直、体育祭に関る普通科のヒーロー科への編入は、一年の時よりも二年や三年の時の方が要注意だと俺は思う」

 

「? どう言う事? 二年や三年の時の方が難しくなるんじゃないの?」

 

「逆だ。雄英は生徒に絶え間なく壁を用意して、それを超えさせていくって教育方針を採っている。その過程で超えられない壁に当たって挫折する奴が、ヒーロー科の中で毎年何人か出てくる。

色々なケースがあるから一概には言えないが、碌に挫折を知らないでココまで来たエリートが、挫折して立ち直れなくなった所為で成績不振に陥り、ヒーロー科から普通科に編入した挙句、精神が耐えられなくなって自主退学した……なんて事もあったらしい」

 

「うわ、それってかなり悲惨……」

 

「なるほど。そしてその空いた席に、やる気の漲っている普通科の人が編入すると!」

 

「そうだ。しかも、例外なく不屈の精神で挑戦し続けた猛者だ。精神的にはある意味、ヒーロー科以上にタフだ。だが、今回に限っては多分大丈夫だろう」

 

「何で?」

 

「人間の本気度は、言葉によって推測する事が出来る。だから本気だった場合『油断してると、足元掬っちまうぞ』なんて事は言わない。本気の奴は大体『首を討ち取る』とか言うんだ」

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

「俺の経験則だ。昔から『怪人を倒して名を上げよう』とか考える馬鹿によく襲われていてな。まあ、全員返り討ちにしたが」

 

「そ、そうか……」

 

……アレ? 何かまた引かれたような気がする。尾白の時もそうだったが、やはり今までに相対してきたチンピラやゴロツキを基準にして話をするのは間違いなのかも知れない。

 

 

●●●

 

 

翌日。俺は仮眠室でオールマイトと二人っきりで対峙していた。基本的にオールマイトと話をする時はこの部屋を使うのだが、傍から見ればこの仮眠室と言うのは、雄英の中でもイマイチ使用用途が分からない部屋である。

そんな部屋を俺達やオールマイトが頻繁に使用しているとなれば、見る人が見ればそれこそ「教師と教え子の禁断の関係」と捉えられてもおかしく無い気がするのは俺だけだろうか。

 

……と言うか、実際にオールマイトが俺に「放課後に一緒にお茶でもしない?」と無駄に女子力が高い誘いをかけてきた所を轟が影から見ていて、更にその轟を数人の女子生徒がこっそりと尾行していた。

それは傍目から見て、さぞ怪しい光景だったに違いないが、轟には何かトンでもない勘違いされている様な気がする。

 

「50分前後!?」

 

「ああ、私の活動限界時間だ。マッスルフォームは、ギリギリ一時間半維持出来るって感じ」

 

「……すみま」

 

「謝らんで良いよ! 全く、私達って変なトコで似てるよな! それより、体調はどうだい? その体じゃ、まともに戦う事は出来ないだろう?」

 

「……大丈夫ですよ。体育祭までには仕上げます」

 

血反吐を吐いて豪快に笑いながら「大丈夫だ」と言うオールマイトに対して、俺も出来る限りの笑顔で「大丈夫だ」とアピールする。実際、体育祭当日までに体を元に戻す自信はある。

 

「……呉島少年。今回君をココに呼んだのは他でもない。君も知っての通り、私が“平和の象徴”として立っていられる時間は少ない。私は君に、この社会の新しい柱に……人々の拠り所となる“象徴”になって欲しいと思っている!」

 

「……自分の“個性”で苦しむ人達の、“希望の象徴”」

 

「そうだ。生まれ持った“個性”の為に傷つき、心に深い闇を抱えた人々の“希望の象徴”! 私では辿り着けない、君だからこそ辿り着ける、そんな“次世代の新しい象徴”の卵! 『君がいる!』って事をッ!! 体育祭を通じて全国に、世の中に知らしめて欲しいッ!!」

 

「………」

 

「もっとも体育祭ではコスチュームの着用は許されていない。君にはきっと酷な戦いになるだろう。だが、だからこそ君にとって、全力で自己アピール出来る数少ない機会であるとも思う。だから……その……」

 

前半は非常にオールマイトらしいハッキリとした口調だったが、後半はどこか歯切れが悪く、実にオールマイトらしくなかった。これはオールマイトが、俺が“個性”を使ってヴィランだと誤認逮捕された過去を知るが故だろう。

 

だが、俺の答えは当の昔に決まっている。それに体育祭は恐らく、全国のヒーローだけでなく、全国のヴィランも、それこそ『敵連合』の生き残りであり主犯である、ハンドマン達も体育祭を見るに違いない。

 

ならば、彼奴等に目にモノを見せてくれるわ!! その為に、一刻も早く体を元に戻さなければならないッ!! 頑張るぞッッ!!

 

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「!? どうした、呉島少年ッ!!」

 

おっと、つい興奮して“個性”を使ってしまった。取り敢えず今日は家に帰ったら、10ℓの水と4kgの砂糖で作った砂糖水でも飲んでみようか。

 

 

○○○

 

 

月曜日。オールマイトに言われてどうやって「僕が来た」とアピールするかを考えて、その考えを纏めた紙(捨てた筈なのに)を母に見られると言う、新しい黒歴史が僕に加わった事を除けば、充実した日曜日だったと思う。……そう思わなければやっていけない。

 

「皆、お早う」

 

「お早う緑谷君! 体育祭の準備は万端かい?」

 

「……う、うん。まあまあかな」

 

教室を見渡すと、あっちゃんはまだ学校に来ていない。飯田君と話しながら僕は、先週オールマイトと話した事を頭の中で反芻する。

 

「そう言えば緑谷少年。君、呉島少年の暴走を止めようとした時、反動が無かったよね? アレって、今までと何か違ったのかな?」

 

「……『今度は絶対に失敗出来ない』って思いました」

 

「そうか。ふむ、『無意識的にブレーキをかける事に成功した』って感じかな? 何にしても前進したね。良かった。それと……私が君に『ワン・フォー・オール』を渡した時に言った事、覚えているかい?」

 

「『食え』……」

 

「違う。そこじゃない。『DNAを取り込められるなら何でも良い』と言った筈だ」

 

「え……あ、もしかして、あの時僕を止めたのは……」

 

「ああ。『ワン・フォー・オール』は、持ち主が“渡したい”と思った相手にしか譲渡されない。逆に言えば、相手に無理矢理渡す事が出来る“個性”なんだ。呉島少年の“個性”を熟知している君なら、呉島少年を助ける為に『ワン・フォー・オール』を譲渡しかねないと思ったんだけど……そうか、気付いてなかったのね」

 

オールマイトの言う通り、あの時の僕にそんな事を考える余裕は無かった。でも、あの時に「“あらゆるエネルギーを吸収して進化する”能力を持ったあっちゃんに、『ワン・フォー・オール』を譲渡すれば助かるかも知れない」と思えば、確かに僕はあっちゃんに『ワン・フォー・オール』を渡していたかも知れない。

 

「そしてここからが本題なのだが、もしかしたら呉島少年は、私が全く意図しない形で『ワン・フォー・オール』を手に入れたのかも知れない。あの時、君の代わりに私が呉島少年に血を与えただろう?」

 

「ええ、でも『ワン・フォー・オール』は……」

 

「そうだ。既に君に譲渡されている。だが、『ワン・フォー・オール』は譲渡したからって直ぐに消える訳じゃない。今でも私の中には、君に譲渡した『ワン・フォー・オール』の“残り火”が燻っている」

 

「……まさか」

 

「そう。私の『ワン・フォー・オール』の“残り火”が、呉島少年の眠れる野生に火を点け、“あらゆるエネルギーを吸収して進化する力”と混ざり合った! それがあの時、呉島少年に齎された、新たな進化の真相なのでは無いか……と私は思っている。皮肉なものだよ。元々“無個性”だったから大丈夫だと思ったのが不味かった」

 

「……え!? オールマイトも“無個性”だったんですか……!?」

 

「ああ。君の世代程じゃないが、珍しい部類だったよ」

 

「……もしかして、僕に『ワン・フォー・オール』を譲渡したのは……」

 

「まあ、最初は確かに嘗ての自分と重ねていたよ。全然似てないのにね」

 

HAHAHA……と笑うオールマイトに、僕は衝撃を隠しきれなかった。正直想像さえしてなかった。オールマイトが僕と同じ“無個性”だったなんて。

 

「さて、それで呉島少年の事だが、アレが『ワン・フォー・オール』の“残り火”から齎されたと仮定して、一体どこまでその性質を引き継いでいるのかは、恐らく呉島少年自身も分からないだろう。“個性”に取扱説明書なんてないからね。最悪の場合、使用に伴う何らかのデメリットが存在する可能性もある」

 

「デメリット……」

 

「そうだ。だから注意して見ていて欲しい。ずっと傍で彼を見てきた、幼馴染の君だから頼める事だ」

 

「! はいッ!」

 

 

……そんな訳で、あっちゃんに何か変化があったらオールマイトに報告する事になっているんだけど、本当にあっちゃん大丈夫かな。何かトンでもないことになってないと良いんだけど。

 

「皆、お早うでごわす」

 

そんな事を考えていた時、教室の扉を開けて入ってきたのは、筋肉と脂肪の塊と化した幼馴染だった。

 

「……えっと……」

 

「……おいは、呉島新でごわす」

 

「……ええええええええええええええええええええええええ!? 何でぇええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

「いや、真面目な話『これから増量だー』って、凄ェ頑張ったらさ……今180kgもあるんだ。……あ、ごわす」

 

「180kg!? 横綱にでもなる気!? てゆーか、ごわすって何!?」

 

「……リバウンドだろうな」

 

「体育祭への焦りからか、自分を見失ってしまったのか……?」

 

僕とあっちゃんのやり取りを見ていた切島君と飯田君が、冷や汗を流しながらあっちゃんがこうなった原因を推測する。うん、多分それで間違いない。

 

でもコレはかなり不味いと思う。こんな短期間で体型が大幅に変化したら、本番の『体育祭』で使う体力が無くなっちゃうよ。

 

「ねぇ! 本当に大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ。これでも肉体改造は経験済みだ。ちゃんと当日までには仕上げるさ。何せ在学中に3回しかないビッグイベント。日本中はおろか、世界中にさえアピールする事も不可能では無い超特大のチャンス……賭けてるんだ、俺ッ!!」

 

「「「(駄目な気がする……)」」」

 

オールマイト。僕、あっちゃんの事がとてつもなく不安です。

 

 

●●●

 

 

太って、痩せて、太って、痩せて……と、短期間で体型が著しく変化したものの、新しく獲得したマッスルフォーム(仮称)の加減を徐々に掴んでくると、それに伴う体型の変化も、振れ幅が段々小さくなっていった。

今日で体育祭まで残り一週間。体は完全に元の状態に戻り、マッスルフォームのコントロールは完全とは言えないものの、通常形態への切り替えや出力調整など、大分コントロール出来る様になった。

 

復ッ活ッ!! 呉島新、復ッ活ッ!! 呉島新、復ッ活ッ!!

 

そんな俺が今日の放課後に何をしているのかと言うと、驚く無かれ、梅雨ちゃんに誘われて水中戦の特訓を二人でする事になったのだ。

確かに色々な“個性”を持った生徒が在籍しているのだから、地上や空中は言うに及ばず、水中での戦闘も視野に入れた方が良いかも知れない……と言う建前の元、内心体育祭に向けての特訓とは言え、同学年の女子と二人で過ごす事に成功した事に、俺の心は歓喜に震えた。

 

つまり、これは擬似おデート! いやぁ、どんなクソ人生でも長生きはしてみるモンですね。15年位しか生きてないケド。

 

「ケロ。ここよシンちゃん」

 

「うむ……」

 

しかし、想定外だった事もいくつか有る。まず特訓の場所が池だったこと。しかも人気が無く、夕暮れには幽霊でも出てきそうな場所だ。その上、実際の競技を想定して着衣水泳だ。幸いな事に池の水は生きており、これで池の水が死んでいたら泣いていたかも知れない。

……まあいい。想像とは大分違っていたが、こんなイベント今後の人生で一体何回あるか分かったもんじゃない。そして、ここで上手い事決める事が出来れば、また一歩『勝利と栄光の青春時代【ゴールデン・エイジ】』へ近づく事が出来るだろう。

 

「それじゃあ、準備は良い?」

 

「BUUM」

 

さて、肝心の水中戦の特訓だが、内容としては追いかけっこや鬼ごっこに近い。元々俺は“個性”を使った状態ならば、無呼吸で30分程度の水中活動が可能なので、蛙の“個性”を持つ梅雨ちゃんが相手でも、水中で充分に渡り合う事が出来る。

 

「VUUUU……」

 

「ケロ。思ったよりもやるわね」

 

徐々に水草や藻が体に絡みつき、俺達が動く度に巻き上がる泥によって、クリアな視界も段々悪くなる。かくして鬼ごっこはかくれんぼの要素を孕み始め、お互いに居場所を正確に特定する索敵合戦の様相を呈してきた。

 

感覚をより鋭く、より繊細に、僅かな変化も逃すまいと、俺が神経を集中させたその時、何もかもをかき消す爆音が、水中に響き渡った。

 

「GWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

「ケロォオオーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

俺は何とか耐え切った。しかし、梅雨ちゃんは耐え切れずに気絶したらしく、同じく気絶したらしい池の魚達と一緒に、ゆっくりと水面に浮上していく。

 

これはイカン! 俺は絡みつく泥と水草を物ともせず、大急ぎで意識を失った梅雨ちゃんを腕に抱え、水面へと浮上した!

 

「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

水面に浮上すると、何故か池の畔に耳郎がいて、俺の姿を見て腰を抜かしていた。

 

つまり……犯人は耳郎かッ!?

 

クラスメイトが犯人である事に驚き、動きを止めてしまった俺に対し、耳郎はまるで世にも恐ろしい妖怪にでも遭遇したかの様な表情で、即座に現場からの逃走を開始した。死に物狂いで腕と足を動かすその俊敏な動きは、入学初日の『“個性”把握テスト』の時の持久走を思い出す。

 

「………」

 

「GULUUUU……」

 

今すぐにでも耳郎を追いかけたい衝動に襲われるが、まずは気絶した梅雨ちゃんの介抱が先だろう。俺は梅雨ちゃんを抱え、大急ぎで街中を駆け抜けた。

 

「MYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「大変だーーー!! ヴィランが女の子を攫っているぞーーー!!」

 

「お母さぁーーーん!! 怖いよぉーーーーーッ!!」

 

「早くしろぉーーー!! ヒーローはまだかーーーーッ!?」

 

救急車を呼ぶより俺が運んだ方が早いと思ったのが悪かったのか、町は一般市民の悲鳴と混乱に満たされた。そんな一般市民を無視し、俺は全速力で梅雨ちゃんを運んだ。そして病院に辿り着き、コレで一安心……と思いきや。

 

「止まったッ! 強制停止を試みるッ!!」

 

「BUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

ターボヒーロー『インゲニウム』のスピードに乗った豪快なキックが首に炸裂し、俺は意識を失った。

 

 

●●●

 

 

「済まない! 本当に済まないッ!」

 

「……いえ、本当に、もう良いですから。頭を上げて下さい」

 

その後、俺の誤解は直ぐに解けた。そして診断の結果、梅雨ちゃんは気絶していただけで、体に特に問題はないらしい。

 

「良かったな」

 

「ええ。でもわたしよりシンちゃんは大丈夫なの?」

 

「ああ、もう治っている」

 

「ケロ。相変わらず凄い回復力ね。お医者さんは『普通ならムチウチじゃ済まない』って言ってたのに」

 

「!! 済まない!! 本ッ当ッに、済まないッッ!!」

 

「いや、だからもう、いいですって……」

 

その後も謝り続けるターボヒーローとのやり取りは一時間近くに及び、俺達は彼によって車で家まで送ってもらった。

 

それよりも問題は耳郎だ。さて、ドウシテクレヨウカ……。

 

 

●●●

 

 

翌日。俺は飯田から「家の兄が迷惑をかけた」と熱心に謝られ、耳郎は「昨日池で恐ろしい妖怪を見た」と、クラスの皆へ必死に訴えていた。

 

「きっとアレは河童よ、河童! もしくは海坊主の親戚!」

 

「耳郎、エイプリルフールはもう終わったんだぜ?」

 

「本当だって! 信じてよ!」

 

「そう言われましても……」

 

「………」

 

必死の訴えを却下される耳郎は、ちょっと可哀想だった。でもまあ考えてみれば、コイツも危害を加えようと思って加えた訳じゃないし……仕方無い、助け船を出してやるか。

 

「……耳郎。俺はお前の言う事を信じるぞ」

 

「ほ、本当!? 呉島は信じてくれるの!?」

 

「ああ、この世には、目には見えない闇の住人達がいる」

 

「……扉の向こうで何かが起こる」

 

そう。河童は実在する。具体的にはお前達の目の前にいる。そして何時の間にか後ろにいた常闇の言う事はよく分からんが、常闇はオカルトに対して肯定的な意見を持っているようだ。

 

「いやいや居るわけねーっしょ。この時代にそんな河童だか海坊主だか、訳が分かんねー妖怪なんて」

 

「それなら俺の『イナゴ怪人』とかどうなんだよ。アレだって視点を変えれば、ある意味妖怪の類だぞ?」

 

「いや、アレは“個性”っしょ?」

 

「でも“個性”だって昔は“超能力”とか言われていたオカルトの類だったんだぞ? それが今では身体能力の一部だって解明された訳だし、俺としては妖怪がいたっておかしくないと思うんだが」

 

「いや、確かにそうかも知れねーけどよー」

 

むう。どうやら上鳴はオカルト否定派らしい。まあ、耳郎の言う妖怪の正体が他ならぬ俺なので、「いないと言えばいない」し、「いると言えばいる」から、正直この問答に意味は無い。ただ、頭ごなしに否定されるのは何となくムカつくので、出来れば肯定して欲しいのが俺の気持ちだ。

 

その日の放課後。再び昨日と同じ池で梅雨ちゃんと二人、水中戦の特訓を行なう事になった。

 

今回は池の魚をどれだけ多く捕まえられるかを競い、ルールは「池の魚は生け捕りのみOKで、殺してしまっては駄目」と言う事だ。

 

「ケロ、準備はいい?」

 

「BUUA」

 

そして、いざ探してみると、これで結構な数の魚がいる。一通り自分の周囲の魚を取った所で、俺は一際大きな魚に目を付けた。ひょっとしたら池の主かも知れない。それに梅雨ちゃんも気付いたようで、俺達は同時に行動した。

 

梅雨ちゃんの伸びる舌と俺の腕。どちらが先に主を捕らえるか……と思った刹那、強烈なショックが俺達を襲った。

 

「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「ゲロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

!! これは昨日の様な爆音では無い。これは電気だ! 何だ!? どこぞの阿呆がビリでもやってんのか!?

 

俺は何とか耐え切った。しかし、梅雨ちゃんは耐え切れなかったようで、感電によって意識を失い、同じく感電した池の魚達と一緒に、ゆっくりと水面に浮上していく。

 

これはイカン! 俺は絡みつく泥と水草を物ともせず、大急ぎで意識を失った梅雨ちゃんを腕に抱え、水面へと浮上した! 

 

「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

水面に浮上すると、何故か池の畔に上鳴がいて、俺の姿を見て腰を抜かしていた。

 

つまり……犯人は上鳴かッ!? あんな事を言っておいてココに来るとは、一体どんな神経をしているんだ!?

 

……ハッ! そうか、分かったぞ! 謎は全て解けたッ!

 

体育祭では必然的に人間相手に“個性”を使うことになる。基本的に対人戦闘では上鳴の様なタイプの“個性”は出力調整が重要になるが、これが案外難しい。

そこで、上鳴は耳郎の話を聞いて、同じ様に池の魚を相手に“個性”を使い、“個性”の出力調整を企んだに違いない! ついでに、耳郎と同じ様に池に“個性”を放つ事で、噂の妖怪がいない事を証明しようとしたに違いない! もっとも、その目論見は粉々に砕け散ったと言わざるを得ないがなッ!!

 

クラスメイトの行動を推測していた為に、動きを止めてしまった俺に対し、上鳴はまるでこの世の者とは思えない魔物にでも遭遇したかの様な表情で、即座に現場からの逃走を開始した。風車の様に腕を回しているその姿は、入学初日の『“個性”把握テスト』の時の持久走を思い出す。

 

そして改めて池を見れば、俺と梅雨ちゃんが捕らえた魚は感電死したのかピクリとも動いておらず、梅雨ちゃんも俺の腕の中でピクピクと痙攣している。その生物の授業の実験で足に電極を刺されたカエルの様な梅雨ちゃんの姿に、俺の心の中のナニカが唸りを上げる。

 

……おのれ、上鳴電気ッ!! お前だけはッ!! 絶対にッッ!!!

 

ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ゛ッ゛!!!!!

 

「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」

 

俺は感電した梅雨ちゃんを池の畔に寝かせると、イナゴ怪人をテレパシーで呼び寄せた。

 

「うむ! 任せろ王よ! あの痴れ者を成敗するのだ!」

 

言われずともそうするわ! 俺はイナゴ怪人に梅雨ちゃんを任せると、現場から逃走した上鳴の後を追った。

 

言っておくがコレは断じて私怨では無い! コレは大自然の使者が、傲慢にして愚かなる人類に発する警告であり、我が物顔で自然を破壊した狼藉の徒に対する、公平なる裁きなのだ!

 

「BADEBORULAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「ウ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ゛!?!?」

 

水草が絡みつき泥に塗れた体であるが故に、足を動かす度にアスファルトの道路がべチャべチャと音を立てる。そんな足音に気付いて後ろを振り向いた上鳴は絶叫し、目にも止まらぬ程の高速で腕を振って加速した。逃がしてたまるかと上鳴の背中を追いかけるが、入り組んだ住宅地に逃げ込まれたお蔭で、俺は完全に上鳴を見失ってしまった。

 

……まあいい。これであの池には安易に近づかないだろうし、何か大分スッキリしたから良しとしよう。

 

そして、俺が昨日と同じ病院に辿り着いた時、ターボヒーローが大量の巨大なイナゴの死骸を調べているのを目撃した。

 

 

●●●

 

 

「済まないッ! 重ね重ね、本当に済まないッ!」

 

「いや、いいですよ。アイツ等、基本的に不死身ですから」

 

その後、俺の誤解は直ぐに解けた。そして診断の結果、梅雨ちゃんは感電していたものの、特に問題はないらしい。

 

「良かったな」

 

「ええ。でももう懲りたわ。明日からは学校のプールで練習しましょう?」

 

その後、俺達は昨日に引き続き、ターボヒーローによって車で家まで送ってもらった。更に明日は今日と異なり水着で訓練をする事になった為、ある意味では結果オーライと言えるだろう。やったぜ。

 

しかし、それよりも問題は上鳴だ。さて、ドウシテクレヨウカ……。

 

 

 

●●●

 

 

翌日。やはり飯田が「家の兄が迷惑をかけた」とこれまた熱心に謝り、上鳴が「昨日、耳郎が話した事は本当だった」とクラスの皆に力説し、自身の恐怖体験を熱く激しく語っていた。

 

「マジなんだよ! この世には想像を絶する怪物が、意外と身近な所にいるんだよ!」

 

「それはもしかして俺の事か? それとも『イナゴ怪人』?」

 

「違ぇよ! 本当に河童が出たんだよ! 若しくは妖怪・池坊主!」

 

「君の後ろに黒い影……」

 

昨日とはうって変わり、妖怪が実在する事をこれでもかと訴える上鳴。しかし、常闇の言う事はやっぱりよく分からん。肯定している事は確かだと思うが、一体どう言う意味なのか?

 

でもまあ考えてみれば、コイツも危害を加えようと思って加えた訳じゃないし、ある意味コイツのお蔭で梅雨ちゃんの水着姿を拝む機会が得られたと言えなくもない訳で……よし、ここらで助け舟を出してやるか。

 

「……上鳴、河童って言うのはもしかして――」

 

「お困りのようだな! 王とその学友よ!」

 

「ウェ!? イナゴ怪人!?」

 

「おお! 貴様から強烈な呪いを感じる! 世にも恐ろしい河童の呪いだ! 今すぐに大量の青果を貢物として池に捧げなければ、貴様のナンパは全て失敗し! 女っ気が微塵も無く! 暑苦しい男達の飛び散る汗と塩の味に満ちた! 実にしょっぱい青春を過ごす事になるだろう!」

 

「マジで!?」

 

「………」

 

何と言う事だ。イナゴ怪人の霊感商法紛いの除霊作戦を、上鳴は完全に信じてしまった。それにしても、何て人の心の隙間に入り込むのが上手いんだ。このバケモンは。

 

そしてこの日を境に、夕暮れ時になると池に出没する妖怪の存在が、まことしやかに噂される様になった。昨日までオカルト否定派だったヤツが、一日経ったらいきなりオカルト肯定派になってしまったものだから、噂に信憑性が増したのだろう。

更に雄英では目撃情報を元に作成された想像図まで出回り、生徒は言うに及ばず、現場となった池の近隣住民の間でもちょっとした騒ぎになった。

 

それからこれは完全な余談だが、上鳴が大量の青果を池に捧げた後、池で得体の知れない怪物達が何かを貪り喰らう姿が目撃されたらしいのだが、その正体は言うまでも無いだろう。

 

 

●●●

 

 

あれから更に時は流れ、いよいよ雄英体育祭当日となった。

 

この間にクラスで花見があり、そこで上鳴は峰田とポッキーゲームをした後で、イナゴ怪人に「河童の呪いが解けてない!」と抗議したが、イナゴ怪人は「そんな事、俺が知るか!」と返していた。

ぶっちゃけ、「お前らがモテないのは、どう考えてもお前らが悪い」と俺は思うぞ。特に峰田。絶対にお前には河童の呪いは掛かっていない。

 

「コスチューム着たかったなー」

 

「公平を期す為に着用不可なんだよ」

 

「皆、準備は出来てるか!? もうじき入場だ!!」

 

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

「……呉島はコスチューム着た方が絶対良いよね?」

 

「むしろ、着ないとヤバイって気がするよな……」

 

そう。俺は今回、最初から最後まで“個性”を使った姿で体育祭に望む。これは最もグロい人間から怪人バッタ男へ変化する姿が、全国のお茶の間に流れると言う放送事故を防ぎ、未来ある子供達にトラウマを与えない為の配慮である。

 

つまり、今日の俺は最初からクライマックス! 最後までキバッっていくぜ!

 

「呉島。そして緑谷」

 

「UMNN?」

 

「轟君……何?」

 

「……お互いの“個性”の相性や、客観的な視点から考えてみても、実力はお前達二人より俺の方が上だと思う」

 

「へ!? うっ、うん……」

 

「でもお前等、オールマイトに目ぇかけられてるよな? 別に其処を深く詮索するつもりは無ぇが……お前等には勝つぞ」

 

「MUUUU……」

 

現在のA組において、単純に「クラス最強」と言えばそれは轟であり、その轟が突然宣戦布告をした事で、クラスメイトが俄かに騒ぎ出す。ちなみに「ありとあらゆる意味でクラス最強」と言えば俺の事だ。

ぶっちゃけ、俺とオールマイトとの馴れ初めを盗み聞きしていたり、放課後にオールマイトと一緒に居る時にストーキングしていたりする奴の言う台詞では無いと思うのが……面白い。望む所だ。

 

「VVIIBAVOO! BUBEEVEDAAAB!」

 

「……何言ってるか分からねぇが、意味は分かるぞ」

 

「……轟君が何を思って、僕にそんな事を言うのかは分からないけど……そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う……」

 

「緑谷、そーゆーネガティブな事は……」

 

「でも……! 皆、他の科も本気でトップを狙ってる。僕だって遅れを取るわけにもいかないんだ。だから、僕も本気で……獲りに行くッ!!」

 

「……おお」

 

おお、実にいい目だ。これこそが上を目指す人間の目。そうだ、出久だってここでは、俺のライバル足りえる存在なのだ。

 

ならば、今日だけは出久を仲良しの幼馴染ではなく、ライバルとして見る事にしよう!!

 

『雄英体育祭ッ!! ヒーローの卵達が、我こそはと鎬を削る、年に一度の大バトルッッ!! てゆーか、どうせテメーらアレだろ!? コイツ等だろ!? ヴィランの襲撃を受けたにも拘らず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星ッ!! ヒーロー科ッ! 1年ッ! A組だろぉおおおおおおッ!?』

 

プレゼント・マイクの実況に合わせ、遂に俺達A組が入場する。見れば観客席は埋め尽くされ、誰も彼もが俺達に注目している。

そんな大舞台に立つ緊張からか、出久や飯田、峰田と言った面々は手と足を同時に出し、勝己は掌が爆発し、切島は顔や腕が硬化している。

 

……ん? 待てよ? 緊張から“個性”が無意識に発動すると言う事は……コレは情報収集のチャンスと言えるのではないか!?

 

この『雄英体育祭』は、言うなれば各学年の頂点を決めるバトル・ロワイヤル。……そう、過酷にして無慈悲な戦いの火蓋は、既に切られているのだ! そうと分かれば、こうしてはいられない! 俺は「キャット・アイ」と「ハイパーセンサー」に神経を集中させた!

 

「キャット・アイ」とは!? それは“個性”を発動する事で俺の眼球が変化した、単眼と複眼の能力を併せ持つ深紅の瞳であり、単眼で集中的に相手の動きを捉えつつ、複眼で広範囲の情報を多角的に捉える事で、目まぐるしく変わる情報を瞬時かつ正確に判断する事が出来る!

 

そして「ハイパーセンサー」とは!? 温度変化などを素早くキャッチする触角であり、これで相手の存在や大きさ、方向等を正確に捉えることが出来るのだ!

 

「GUUUURAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「く、呉島!?」

 

「い、一体何が……」

 

『さあ、話題性では後れをとっちゃいるが、こちらも実力者揃いだぁッ! 1年ッ! B組ィッッ!!』

 

よし! これで情報収集の為の準備は完璧に整った! これで俺はどんな些細な変化も見逃す事は無いだろう!

 

さあ、来るが良い! 無敗の最新鋭達よ! お前達の一挙手一投足、その全てを俺の糧としてくれるわ!

 

――トップヒーローはその多くが、学生時から多くの逸話を残している。

 

これは、『怪人バッタ男』が『仮面ライダー』になるまでの数々の軌跡の一端。通称『シンさん伝説』が世に知られる切っ掛けとなった、ほんの些細な(?)青春の一ページである。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 怪人の肉体と人の心を持った、ばけものフレンズ。非モテであり、時々トラウマスイッチによって「脳内クソメモリアル劇場」が発動し、余計な誤解を招いてしまう事がしばしばある。もっとも、トラウマスイッチが無くても周囲に要らぬ誤解を招いてしまう宿命にあるのだが。

蛙吹梅雨
 心配性なけものフレンズ。『すまっしゅ!!』ネタを使用したい作者の手によって、爆音と電撃と言う災難に二日連続で遭ってしまう。しかも、現場にシンさんがいた所為で、加害者には被害者だと認知されていない。

轟焦凍
 微妙な距離感で、無意識の内にフラグが立ち続けていたフレンズ(仮)。彼の言う「深く詮索するつもりは無い」と言う台詞の意味は、『すまっしゅ!!』の第2巻を見ている読者なら大体の見当がつくと思う。

緑谷出久&切島鋭児郎
 シンさんの劇的ビフォーアフターに驚愕のフレンズ。割と書きやすいのでシンさんとの絡みは多目。切島に関しては、ジャンプ最新号で凄い事になっているが、アレで「スパイン・カッター」を止める事は出来るのだろうか?

耳郎響香&上鳴電気
 池で妖怪を目撃した災難なフレンズ。前述の通り、この二人は池の中に梅雨ちゃんがいて、二人の“個性”の被害を受けていた事を認識していない。二人にあるのは、恐ろしい妖怪に遭遇したトラウマモノの恐怖の記憶だけである。



太ってごわすなシンさん
 元ネタは『すまっしゅ!!』に登場した、トゥルーフォームの逆バージョン。ぶっちゃけ、オールマイトが憔悴している様には全然見えないのだが、コレはコレで何かしらのデメリットがあるのだろう。多分。

準備期間中のアレコレ
 梅雨ちゃんとの絡みを多めにしたが、大半は『すまっしゅ!!』が元ネタ。若干、現在放送中の第二期アニメも参考にしている。インゲニウムに関しては、『ヴィジランテ』に出演していたのを見て、急遽作品に出してみたくなったので出してみた次第。
 ちなみに梅雨ちゃんが選ばれたのは、少しでも『真・仮面ライダー 序章(プロローグ)』の要素を取り入れたかったから。流石にプールで全裸水泳はさせられなかったよ……。



今日の妖怪大辞典

河童
 ある女子高生が池で“個性”の特訓をしていると、池の中から突然得体の知れない怪物が奇声を上げて飛び出してきた。驚いた女子生徒は死に物狂いで逃げ出し、翌日この事をクラスメイトに話した。
 この話を信じなかった一人の男子高校生が、試しに池に向かって“個性”を使ったところ、話の通りに怪物が池から飛び出してきた。しかも、今回は池の魚を殺されたからか、怪物は烈火の如く怒り、逃げる男子高校生を執拗に追い掛け回した。追い詰められた男子高校生は近くにあった神社に逃げ込んで身を隠し、妖怪の追跡をやり過ごす事で何とか逃れる事に成功したと言う。
 考えてみれば妖怪にとっては人間の都合で勝手に自分の住処を荒らされた訳だから、怒るなと言うのは少々無理がある話である。立場が違う者からすれば、我々も彼等の生活を脅かす侵略者に成り得ると言う事を、自覚するべきなのかも知れない。

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