怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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お気に入り件数が2000件を突破し、読者の皆様のお陰で、6月19日の日刊ランキングで5位を記録する事が出来ました。ご愛読、誠にありがとうございます。

そして、気晴らしで書き上げた、前作の『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』を投稿してから、早いもので一年が経過しました。好評なら書こうと思っていた続編がここまで来たのは一重に読者の皆様のお陰です。

そこで、今回は『怪人バッタ男』シリーズ一周年記念として、『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』に、IFルートの特別編を2話読み切りで投稿します。
内容は「シンさんがダークサイドに回る」と言うモノで、ギャグはほぼ皆無である上に、時系列が原作と異なる為、コミックス派にとってネタバレを含む内容となっています。閲覧する際はその辺を注意して下さい。

ちなみに今回のタイトルは『スーパー1』の「天才怪人対ライダーの知恵比べ」が元ネタ。ある意味、誰も見たことが無い展開になったと思います。多分。

何はともあれ、これからも『怪人バッタ男』シリーズを、宜しくお願いします。

8/21 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第13話 イナゴ怪人対エロコンビの知恵比べ

昼休み。それは全ての雄英生徒に等しく分け与えられ、各々が栄養満点の昼食を取り、午後の部に向けて英気を養う幕間の時間。

 

俺と出久は只ならぬ様子の轟によって、そんな貴重な時間を割く事となり、俺は疾風の如くトイレに駆け込んで全身にこびり付いたイナゴ怪人共の返り血を始末すると、今度は更衣室に雪崩れ込んで怪人バッタ男から人間の姿にトランスフォームし、大急ぎで予備のジャージに着替えて轟と出久の元へ急いだ。

ぶっちゃけた話、物凄い目力で俺達を見る轟の所にはあまり行きたくないのだが、その轟とマンツーマンで対峙している出久の事を考えると、バックレると言う選択肢は絶対に取れない。

 

「済まん。待たせたな」

 

「……いや、大して待ってはいない」

 

「うん。2分位しか待ってないよ」

 

出久はそう言うものの、この状態の轟と2分間も二人きりでいた事を考えると、その精神的疲労は決して軽くはあるまい。俺が居なくなってから此処に来るまでの出久の体感時間は、大体20分位だろう。

 

「それで、話とはなんだ?」

 

「……気圧された。最後には自分の制約を破っちまう程にな」

 

「1号を葬った、“左の炎”の事か?」

 

「そうだ。お前達なら知ってるだろうが、俺の親父は『エンデヴァー』。万年№2のヒーローだ。お前達が№1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……お前達に尚更勝たなきゃならねぇ」

 

それはつまり、『親父の為に一番になる』……と言う事か?

 

何だ。それならば我が同志じゃ無いか。そう思うと、これまでに轟がやってきた会話の盗み聞きや、放課後のストーカー行為と言った、挙動不審極まる行動の数々が、急に親しみあるモノに見えてくるのだから、人間の感覚など全く以ていい加減なモノである。

 

「なるほど。お前も戦う理由は俺と同じく、『父さんの為』と言う訳か。それが――」

 

「違ぇッッッ!!!」

 

「「!?」」

 

「虫酸が走る……ッ!! 誰があんな屑の為に勝つかってんだッッ!! 逆だッ!! 俺は奴をッ、完全に否定する為にッッ、戦ってるんだッッッ!!!」

 

……どうやら俺は、轟の“心の地雷”を踏み抜いてしまったらしい。俺の言葉を聞いた瞬間、正に豹変と呼ぶに相応しい轟の変わりように、俺と出久は割と本気でビビった。

しかし、常にクールなイメージが付きまとう轟がここまで激情を見せるとは……。どうやら轟には、父親であるエンデヴァーと何か浅からぬモノがあるらしい。

 

「と、轟君……落ち着いて……」

 

「……済まん。取り乱した」

 

「構わん。むしろ、俺の方が悪かった。だが『お前の戦う理由』と『俺達に負けられない事』。この二つの点が、どうしてお前の中で一本の線に繋がる事になるんだ?」

 

「……親父は極めて上昇志向の強い男だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが、それだけに“生ける伝説オールマイト”が目障りで仕方なかったらしい」

 

俺の所為で物凄い爆発を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻した轟は、淡々とエンデヴァーの過去を語り始めた。

 

「そして自分ではオールマイトを超えられねぇと悟った親父は、“次の策”に打って出た」

 

「次の策?」

 

「『個性婚』……って知ってるよな?」

 

「……! 超常が起きてから、第二~第三世代間で問題になったやつ……」

 

「ああ、自身の“個性”をより強化して継がせる為に配偶者を選び、結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的な発想……」

 

「……ちょっと待て、此処でそんな話が出るって事は、まさか……」

 

「そのまさかだ。親父はその頃から万年№2なんて言われていたらしいが、そこは腐っても№2ヒーロー。つまり、親父にはそれに相応しい実績と金だけはあった。それで親父は母の親族を丸め込み、母の“個性”を手に入れた」

 

「……いや、その理屈はおかしい」

 

「? 何がだ?」

 

「“個性”は確かに親から子へ受け継がれるが、その場合『両親の“個性”の内、どちらか一方の“個性”』か、『両親の“個性”が複合した“個性”』になる。つまり、生まれた子供が、『必ず両親の“個性”の性質を受け継ぐ』とは限らない。ぶっちゃけ、どんな“個性”を持って生まれるのかは運次第だ」

 

「……ああ、そう言えば言ってなかったか。俺には兄が二人と姉が一人いて、俺は四人兄弟の末っ子。ここまで言えば……分かるだろ?」

 

「「!!」」

 

果たしてエンデヴァーの精神は正常なのだろうか? 俺達は、もはや蛮行と呼ぶに等しい手段を実行に移したエンデヴァーの、オールマイトに対する嘔吐を催す様な執念に戦慄を禁じ得ない。

 

「話を戻すが、要するに親父は俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。鬱陶しい……! 俺はそんな屑の道具にはならねぇ……ッ!!」

 

そう語る轟を見て、俺はようやく理解した。

 

轟は何処かで俺を重ね合わせていたのだ。父さんが叶えられなかった目的を、呪いと化した夢を祝いに変えようとしている俺を。

そう考えると、轟にとって俺の行動は、「№1ヒーローを超える」と言う、エンデヴァーが轟に課した願望以上に、轟の心を揺さぶっていたのかも知れない。

 

「記憶の中の母は、何時も泣いてる……。『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

「……ッ!」

 

「……そのお袋さんは?」

 

「親父が精神病院に入院させた。今もそこにいる。ざっと話したが、俺がお前達に突っかかんのは見返す為だ。クソ親父の“個性”を使わずに、『母さんの“個性”だけで一番になる事』で、奴を完全否定する……ッッ!!」

 

父に対する憎悪と拒絶が混ざり合った瞳と声色で、改めて自身の決意を俺達に宣言する轟。そんな轟に出久は言葉を失うが、そんな轟の経緯と決断を聞いた俺の口から出た言葉は――。

 

「……羨ましい野郎だな」

 

「……何?」

 

「あっちゃん!?」

 

轟に対する羨望の感情だった。

 

「おい……今……なんっつったんだ……」

 

「ま、待って、轟君! 落ちついて……」

 

「羨ましいだァッ!?」

 

「俺には生まれた時から母はいない。俺が腹の中にいる時に死んだ」

 

「!!」

 

「あ……」

 

「父さんの話じゃ、死んだのは23歳の時で、母さんの死体の中で、俺はしぶとく生き存えていたらしい」

 

「「………」」

 

「俺にとって母親ってのは、写真や動画の中だけの存在でな。頭を撫でて褒められようにも、馬鹿をやって叱られようにも、煮え湯を浴びせられようにも……死んでちゃ仕方ねぇ……」

 

「「………」」

 

俺の言葉に怒り狂い、俺の胸ぐらを掴んだ轟の手は、俺の身の上話を聞く度に、徐々に力を失っていった。

 

出久にも勝己にも、他の誰にも言った事はないけれど、幼稚園で皆にはお母さんが迎えにくるのを見て、運動会で皆がお母さんの手作り弁当を食べるのを見て、「何で自分にはお母さんがいないんだろう」と、何度思った事か分からない。

 

母親が生きている。そんな大多数の人間にとって当たり前の事が、俺にはとても羨ましい事だった。

 

「お前は確かに親父さんへの憎しみでここまで強くなったんだろう。だけど、俺はそれだけじゃあないと思う。大好きなお袋さんへの思いで……いや、ここはハッキリと言うか。お前は、お袋さんへの愛でも、ここまで強くなったんだと、俺は思う」

 

「………」

 

「そりゃ、勝つしかないだろ……なぁ」

 

「………」

 

「お前にはまだ、チャンスがある」

 

「………ッ」

 

歯を食いしばる音が聞こえた。両手を握りしめ、うつむく轟の表情は見えない。その姿は、何か溢れそうなモノを堪えている様で、何かはち切れそうなモノを押さえつけている様で、何か崩れそうなモノを支えている様に見えた。

 

「……僕は。僕は……ずぅっと誰かに助けられてきた。さっきだってそうだ。僕は……誰かに助けられて此処にいる」

 

「「………」」

 

「オールマイト……彼の様になりたい……。その為には、一番になるくらい強くならなきゃいけない。君や、あっちゃんに比べたら、僕の動機なんて些細なものかも知れない。でも、僕だって負けらんない。僕を助けてくれた人達に、応える為にも……!」

 

自分の心の内を語る出久を見て確信する。もはや、何時も何処かオドオドしていた出久はいない。此処に居るのは、相応の現実を見た上で理想を目指す、俺と同じタイプの夢追い人だ。

 

「さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも……。僕も君に、君達に勝つ!」

 

三者三様。それぞれの思いや、そこに至る過程は違えど、狙うべき目標と結果は皆同じ。

 

雄英高校一年生の頂点。

 

戦い、勝ち残った最後の一人にのみ与えられる栄光だ。

 

「本戦で誰が勝ったとしも、恨みっこなしだぞ?」

 

「う、うん!」

 

「……ああ」

 

「食堂に行くか。俺、カツカレーが食いたいんだ」

 

「あ、僕、ラーメンコーナーの方に行くつもりなんだけど……」

 

「俺もだ……」

 

「……それじゃ、また後で」

 

「うん……」

 

「……何か、悪いな」

 

「いや……」

 

何処か後味の悪い思いをしつつ、ラーメンコーナーへ歩いて行く出久と轟の二人と別れ、俺は食堂の方に向かった。一人で。

 

しかし、今から食堂に行って、果たして座れるのだろうか? 最悪の場合、立ち食いも視野に入れつつ、俺は久々のボッチ飯を覚悟した。

 

 

○○○

 

 

その頃、此方は今大会である意味、一年生以上に大いに注目されているイナゴ怪人達。彼等は今、新から報酬としてお小遣いを貰い、大いにハメを外していた。

 

この時点で約4800円の散財……ッ! そして豪遊……ッ!!

 

「グハハハハ!! 働いて呑む酒は実に旨いな!!」

 

「ゲハハハハ!! 正に生き返った様な気分よ!!」

 

「ゼハハハハ!! さあ、遠慮は要らん! 心ゆくまで勝利の美酒を楽しもうぞ!!」

 

「「「「「「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」」」」」

 

しつこいようだが、彼等は新の“個性”によって生まれた怪人であり、最古のイナゴ怪人である1号ですら精々11年程度しか生きておらず、最新のイナゴ怪人であるストロンガーに至っては二週間程度しか生きていない。

しかし、彼等は今、自分達が人間では無い事を良いことに、本体である新を差し置いて、人生(?)初の飲酒を実行し、真っ昼間の酒盛りに興じていた。

 

キンキンに冷えた缶ビールを片手に、焼きイカや焼きそば、タコ焼きに焼き鳥と言った屋台の食べ物を手当たり次第に購入し、貪り食らうイナゴ怪人達。

それはまるでサラリーマンの宴会を彷彿とさせるが、イナゴ怪人達のそれは『悪魔の宴』と言われても仕方が無い光景であった。

 

「しかし、アレだな。我らが王の話題性は、もはや雄英高校の全学年を通して見ても圧倒的であるが、立場については悪化の一途を辿っているな」

 

「うむ、何故だろうな? 実に不思議だ」

 

そう言いつつ、またもや無断で持ち出した新のスマホを使い、掲示板を覗くイナゴ怪人V3。そこに書き込まれていたのは……

 

 

○○○

 

 

【雄英体育祭掲示板】ヒーローの卵の中に怪人がいる件について語るスレ№7

 

303:名無し

何かやらかすだろうとは思ってたけど、あんな事になるなんて思わなかった。しばらく肉が食えそうにない。どうしてくれよう。

 

304:名無し

下手なヴィランよりもヴィラン……てゆーか、並のヴィランには出来ない事をやってたな。

 

305:名無し

>>304

並じゃないヴィランでも中々出来ないだろ。

 

306:名無し

こんな奴が3年後にはヒーローとして世に解き放たれてしまうのかと思うと、夜も眠れない。

 

307:名無し

>>306

心配するな。ヴィランにならない限り襲われたりはしない。……多分。

 

308:主人を守る目

>>306

見通しが甘い。ヒーロー科には「ヒーローインターン」と言う物がある。内容は兎も角、あれだけの実力があれば、3年を待たずして世に解き放たれる事になるだろう。

 

309:名無し

>>308

何だって!? それは本当かい!?

 

310:名無し

ヴィランは近い将来、全滅するんじゃ無いか?

 

311:名無し

もうアイツ一人で十分なんじゃ無いか? 色んな意味で。

 

312:名無し

ヴィランへの圧倒的抑止力(恐)。

 

313:名無し

バッタの恐怖が世界を覆うとか、もう完全に黙示録じゃないか。

 

314:名無し

そして、逆らう者は分身でも容赦しないと。いや、分身だからこそ容赦しないのか?

 

315:血飛沫炸裂ガール

>>314

アレは良かったです。血がいっぱい出て、全身血塗れですっごくカッコイイです。

 

316:名無し

>>315

俺は思いっきり引いた。特に脊髄ぶっこ抜きはアカン。

 

317:名無し

>>316

共食いよりはマシ。

 

318:名無し

>>316 >>317

どっちもどっちだろ……。

 

319:はぶりん

でもイナゴ怪人ってバッタが集まってできた怪人でしょう? 案外美味しいのかも。

 

320:名無し

流石に生はキツイ。せめて加熱して欲しい。

 

321:名無し

>>320

こんがり焼けた怪人の腕なんて、とても食う気にはなれんぞ。

 

322:全は一、一は僕

>>319

注目すべきはイナゴ怪人の味よりも、彼等を捕食する事によって体力を即座に回復させる継戦能力の高さだろう。ほぼ無尽蔵にイナゴ怪人を呼び出せる事を併せると、彼と相対するヴィランにとって実に厄介な特性だと言える。

 

323:名無し

>>322

やっぱりヴィランは滅びるしかないじゃないか。

 

324:ste-sama

俺としてはあの時のイレイザー・ヘッドの解説が良かった。奴は違う。ヒーローと言うモノをワカっている。

 

325:名無し

>>324

確かにアレはシビれた。

 

326:名無し

>>324

ああ、流石は雄英の教師だ。

 

327:名無し

その理屈で言うと、あの怪人は「誰かの為に“個性”を使える奴」って事になるのか?

 

328:ste-sama

>>327

それを試す方法はある。そして奴が信念無き弱者ならば、必然淘汰されるだろう。

 

329:名無し

>>327 >>328

いずれにせよ、夢と希望を与える所か、恐怖と絶望を与える存在である事は確定。

 

330:名無し

もう世紀末で活躍してくれ。頼むから。

 

 

○○○

 

 

「むぅ……フォロワーがいないわけでは無いが、あまり芳しくはないな」

 

「うむ。騎馬戦以降、『イレイザー・ヘッドの台詞について語るスレ』や、『爆発怪人の活躍スレ』と言ったスレが立てられているが、内容を見ると我等の王が引き立て役の様な扱いになっている」

 

「ぐぅ……やはり、ボンバー・ファッキューに倒されたのは痛かったか」

 

ネットで雄英体育祭における新の評判を調べながら、自分達の失敗を反省するイナゴ怪人達。彼等にとって新は主役になるべき存在であり、決して引き立て役になってはいけないのである。

 

「……さて、そんな我らが王のイメージアップを図るにはどうすれば良いと思う?」

 

「そうだな……こうなれば前回の『敵連合襲来』を上回るレベルの確変。例えるなら、『宇宙人地球襲来』位のアクシデントが欲しいところだな」

 

「チッチッチッ! まだまだだな。後輩共」

 

「「「「「「?」」」」」」

 

「良いか、後輩共。この世に生まれておよそ10年、私は既に悟ってしまったのだよ。『人生に逆転劇など無い』となッ!! 仮に有ったとしても、それは積み重ねがあればこそであって、何もしない者には何も起こらないッ!!」

 

手にした缶ビールの底を机に叩きつけ、熱く激しく人生論を語るイナゴ怪人1号。普通に考えて、「人間ではない怪人が、人間の人生を語るのはどうなの?」と思うのだが、それをツッコむ人間は誰一人としておらず、後輩である2号以下のイナゴ怪人達は、そもそもツッコむつもりが最初からない。

 

「では、どうするのだ?」

 

「フッ。知れた事……。今の内からコツコツと『善行値』を稼ぐのだッ!!」

 

「『善行値』?」

 

「なんだそれは? 善行によって得られる経験値的なモノか?」

 

「そうだ。我々イナゴ怪人が善行を積む事によってポイントを稼ぎ、愚かな人間共の信頼を得るのだ! さすればソレは王の評価改善へと繋がり、王が多少ハメを外してもマイナス評価にはならないッ!! 例え、王が脊髄を引っこ抜こうが、共食いをしようともなッ!!」

 

「なるほど」

 

「意外と堅実な策だな」

 

どう考えても、脊髄を引っこ抜いたり、共食いをしたりするのは「多少ハメを外す」のレベルを遙かに超越しているのだが、やはり彼等の暴走を止める者はこの場には存在しない。ただ、止める事はしなかったものの、イナゴ怪人2号は一つの疑問を口にした。

 

「しかし、王が脊髄を引っこ抜き、共食いを敢行した今、それはもはや無意味な行動なのではないか?」

 

「いや、だからこそ今がチャンスだ。人間は破落戸の善行には理不尽に甘く、勤勉なる者の過ちには度を越して咎め落とすと言う、実に愚かな習性を持っている。それを利用するのだ」

 

「つまり、今ならテキトーな善行でも、まかり間違えば……もとい、上手く事が運べば王に対する風評が改善され、状況は好転すると言う事か?」

 

「然り」

 

「………」

 

信頼できるイナゴ怪人1号の言葉を受け、イナゴ怪人2号は思案し予測を立てる。自分達が善行を積むことで発生する数ある分岐点の中から、正解となるべき未来を導き出そうとしているのだ。その結果――。

 

『呉島、見直したぞ!』

 

『呉島君、ステキ!!』

 

『呉島君、抱・い・て』

 

「……1号に全政権を託そう」

 

「よし! そうと決まれば、早速『善行イベント』を手分けして探すとしようではないか!」

 

「「「「「「うむっ!!」」」」」」

 

かくして、イナゴ怪人達は善行を積み、ポイントを稼ぐべく奮起した。ちなみにゴミはきちんと燃えるゴミと燃えないゴミに分別し、缶ビールは小さく潰した上で捨てた。地味な所で下手な人間よりも出来ている怪人達である。

 

しかし、彼等はある事を忘れていた。

 

今年の雄英体育祭は『敵連合』の襲撃によって全国からプロヒーローが招集され、警備は例年の5倍に増えている。それは必然的に、体育祭の間に起こるトラブルは、その規模の大小に関わらず、起こった瞬間プロヒーローの手で即座に解決してしまうと言う事。

 

つまり、今年の雄英高校は……例年以上に平和だったッ!!

 

「「「「「「「クソッタレがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」」」」

 

速攻で計画が頓挫する事態に陥り、慟哭するイナゴ怪人達。特にイナゴ怪人アマゾンに至っては、怒りの余り普段は片言で話している日本語が流暢なモノになっている。

 

「おのれヒーロー共……お陰で『善行イベント』がまるで起こらんでは無いか!」

 

「うむ。小さなゴミさえも、まともに落ちておらん。ほんの僅かな善行さえも積むことが許されないとはな……」

 

「俺に至っては、ヒーロー共に職質されたぞ!! 一体どうなっておるのだ!?」

 

「それもこれも、こんな変な計画を立てた、1号が悪いのだ!」

 

「何!? 俺の所為だと言うのか!?」

 

「待て、少し落ち着い……!! 皆!! アレを、見てみろ!!」

 

「「「「「「あ゛あ゛ん゛!?」」」」」」

 

イナゴ怪人Xに企画倒れな提案をした事を指摘され、激昂するイナゴ怪人1号が起爆剤となり、今にも血で血を洗うような醜い仲間割れが始まろうとしたその時、イナゴ怪人達の目に飛び込んできたのは……。

 

「え!? それ本当!?」

 

「何でそんな事、私達がやんないといけないワケ?」

 

「お気持ちは分かりますが、相澤先生の指示となれば……」

 

何やら困った顔で話し合っている、葉隠透・芦戸三奈・耳郎響香・八百万百の姿が!!

 

正に千載一遇の……善行チャンス到来ッ!!

 

「副委員長ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「お困りですね、副委員長ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

この貴重な機会を逃してなるものかと、四人の下へ殺到するイナゴ怪人達。傍から見ればその姿は、困っている人を見かけたお助けヒーローと言うよりは、目についた新鮮な肉に群がるハイエナ。或いは、世紀末の世界でヒャッハーするモヒカン(悪党)の群れにしか見えない。

 

「!? い、イナゴ怪人!?」

 

「い、一体、何ですの!?」

 

「『何ですの!?』では無いッ!! 西に悩める子羊あらば、行ってお悩み、大・解・決ッ!! このイナゴ怪人がお前達の悩みを解決しようではないか!!」

 

「……いや、アンタ等には関係無いし、無理でしょ」

 

「む? それはどう言う事だ?」

 

「実は……」

 

耳郎はイナゴ怪人では力にならないと思って協力を断ったが、ソレを怪訝に思ったイナゴ怪人に対し、八百万は事の経緯を簡潔に話した。

 

「――と言う訳でして、これから私達はチアリーディングをする事になっておりますの」

 

「……怪しい」

 

「「「「え?」」」」

 

「あの合理性の塊の様な人間が、朝のHRでその事をお前達に告げず、更に“忘れてるかも知れないから、一応教えてやれ”と言う理由で、委員長でもない『ナンパ怪人リビドー・スパーキング』と『エロ怪人グレープ・チェリー』に言伝を頼む? 行動にせよ人選にせよ、普段のイレイザー・ヘッドからは、大分かけ離れているとは思わないか?」

 

「い、言われてみれば……」

 

「確かに……」

 

「ってか、『ナンパ怪人リビドー・スパーキング』と『エロ怪人グレープ・チェリー』って……」

 

「我々の趣味だ。良いだろう?」

 

クラスメイトに怪人的な渾名を付けている事に対し、胸を張ってドヤ顔をかますイナゴ怪人達。『半分こ怪人W』にしろ『爆発怪人ボンバー・ファッキュー』にしろ、もしかしたら自分達にも、そんな無駄にネーミングセンスの高い渾名をつけているのではないかと、ちょっとした興味がある一方、妙に恐ろしい事を四人は考えていた。

 

「えっと……つまり、峰田さんと上鳴さんの言った事は……」

 

「うむ。二人が拵えた罠の可能性が高い。現にB組や普通科。更にサポート科や経営科の女子に、それらしい動きは全く無いだろう?」

 

「……そうですわね。“女子全員がチアリーディングの服装で応援合戦”と言う事は、他のクラスの女子もやらなければならない訳ですから、ソレが本当ならそろそろ動いていなければならない筈ですわ」

 

「それにしても……アンタ達、良く気づいたね?」

 

「フッ。当然だ。ヒーローたる者、得られた情報は決して鵜呑みにはせず、視野は常に広く持ち、情報を取捨選択した後に、自分の頭で考え、そこから初めて行動に移すもの……違うか?」

 

「「「「………」」」」

 

見た目に反して高い洞察力を持つイナゴ怪人に、彼女達は感心していた。もっとも、怪人にヒーローの何たるかを説かれる日が来るなんて露程も思わなかったし、怪人に知力で負けていると言う事実に、若干凹まざるを得ないが。

 

「と、とにかく、ウチ等はチアする必要は無いんだよな?」

 

「うむ。しかし、お前達を騙して公衆の面前で辱めようとした奴等に対し、このままでは収まりがつかないと思わないか?」

 

「え? ん~~、ま、まあねぇ?」

 

「そこでだ。私に良い考えがある」

 

峰田と上鳴に対する制裁の許可を得たイナゴ怪人1号は、邪悪な笑みを浮かべて八百万に耳打ちをした。

 

 

●●●

 

 

皆より遅れて食堂に入った為、食堂はどこもかしこも人で一杯。ほぼ満席に等しい状態であり、ここは外で食べるかと思った時、梅雨ちゃんが俺を見つけて声をかけてきた。

 

「シンちゃん、コッチに来て。峰田ちゃん、食べ終わったなら、どいてあげて。こう言う時は譲り合いでしょう?」

 

「……蛙吹。何かオイラにやる事はないのか?」

 

「? 何かあるかしら?」

 

梅雨ちゃんの答えを聞いた瞬間、峰田は無言で席を立ち、後ろ髪を引かれる様な顔をして去っていった。

個人的には、峰田がほっぺたにご飯粒を付けた状態で、通常の50%位美化したキメ顔と無駄に決まったポーズで梅雨ちゃんを見ていたのが気になるが、普段の峰田の行動から、何となく碌でもない事を考えていたのだろうと邪推……もとい、推測できる。

 

よって、これ以上峰田の言動と行動の意味を考えるのは時間の無駄と考え、注文したカツカレーに手を伸ばす。サクサクの衣に包まれたトンカツと、程よくスパイシーなカレーとのコラボが堪らない。

 

「そう言えばシンちゃん。私、今日は良いモノを持ってきたのよ」

 

「? 良いもの?」

 

「そう。コレよ」

 

そう言って梅雨ちゃんが取り出したのは、ハート形の可愛らしい小さなケース。お弁当箱の様にも見えるが、一体何が入っているんだろうと、若干期待に胸を膨らませて見ていると、箱の中にはある意味で予想外。そしてある意味ではイメージにぴったりな代物が、ギッシリと入っていた。

 

「えっと……コレは……」

 

「イナゴの佃煮よ。本当は本選の前に食べて元気つけようと思って持ってきたんだけど、負けちゃったから……シンちゃん、コレ食べる?」

 

イナゴの佃煮をつまみ、俺に食べるかどうかを何処か不安そうな顔で聞いてくる梅雨ちゃん。ふと横目で向かい側に座る飯田と障子、そして口田の三人を見ると、三人は動きを止めて此方を凝視し、特に飯田と口田は物凄い勢いで顔が青ざめている。

口田の方は言わずもがなだが、飯田の方は恐らくイナゴの佃煮から、俺がイナゴ怪人を貪り食らった光景を思い出してしまったのだろう。

 

「……貰おう」

 

「! そう。嬉しいわ。他にも蜂の子の素揚げがあるの」

 

「ああ~~シン君、良いな~~。梅雨ちゃん、私も貰って良い?」

 

「!! ええ、良いわよ。飯田ちゃん達もどう……って、いないわね……」

 

何時の間にか三人は俺達の前からいなくなり、俺と梅雨ちゃんと麗日で、イナゴの佃煮と蜂の子の素揚げをつまむ。若干此方を見た人のギョッとした視線が気になるが、梅雨ちゃんがケロケロと嬉しそうなので問題ない。

ちなみに、余り知られてはいないが、昆虫は不飽和脂肪酸、食物繊維、ビタミンB群、その他ミネラル等、普段の食生活では不足しがちな栄養素がたっぷりと含まれており、タンパク質に至っては鶏卵に匹敵するレベルの高タンパクでありながら低カロリーと言う極めて優れた食材である。コレは見た目が悪いと言うだけで、敬遠してはいけないと言う好例だろう。

 

そんなこんなで、若干周りから距離を取られたことで三人だけの空間を展開している中、一人の女子生徒が此方に近づいてきた。水色のロングヘアーで、どことなくデキる雰囲気を全身から醸し出している。

 

「ねぇねぇ、君達なんで虫食べてるの? 趣味?」

 

「……本戦への準備です」

 

「そうなんだ。私は波動ねじれ。ヒーロー科の三年生だよ。ねぇねぇねぇ、私知ってるの。聞いちゃったの。今年の一年生のステージは傍若無人なバッタの怪人や怪獣が大暴れしたんだって。ヒーローの学校の体育祭なのにね。不思議!」

 

いや、俺にしてみれば、アンタの方が不思議で仕方ないのですが。つーか、この人本当に高校生? 何というか、幼稚園児がそのまま大人になったみたいな感じだ。

 

「……すいませんが、何か御用で?」

 

「うん。聞いて聞いて、さっきからそのバッタの怪人を探してるんだけど、全然見つからないの。あんな一度見たら忘れられない様な姿なのに、一度も見てないの。不思議!」

 

「「「………」」」

 

……居るよ。アンタの目の前にな。

 

しかし、その事をこの先輩に告白する事は何故か憚られたので、俺はこの状態でもある程度は使える様になったテレパシーによって、イナゴ怪人共の現在位置をおおよそで特定し、イナゴ怪人共を囮に使う事を企んだ。

 

「学校の敷地内をうろちょろしてるんじゃないですか? 屋台の方とか見ました?」

 

「ううん、校舎の中だけ。知ってる? 1時間位じゃ、外の方まで探す余裕が余り無いの。三年生のステージまで戻らなきゃいけないから」

 

「そうですか……」

 

「ところで、コレ少し貰ってもいい? 私と同じ三年生で食べた物を再現する“個性”の天喰くんって人がいるんだけど、何時もアサリとかタコ焼きとか食べてるの。でも、私虫食べた方が強くなれると思うの。思っちゃったの。だから、ちょっと頂戴?」

 

「え、ええ……良いですよ」

 

梅雨ちゃんの了承を得た波動先輩は、イナゴの佃煮と蜂の子の素揚げを幾つかティッシュに包むと、意気揚々とした様子で食堂を去って行った。

波動先輩が立ち去った後、俺はこれからイナゴの佃煮と蜂の子の素揚げを勧められるだろう、顔も知らぬ天喰先輩に対して、心の中で手を合わせた。

 

 

〇〇〇

 

 

峰田実は怒りに満ちていた。

 

「畜生……畜生……ッ!」

 

彼の顔には米粒がついているのだが、コレは偶然の産物では無く、故意にやったものである。何故そんな事をしたのかと言うと、その理由は極めて浅はかな欲望に塗れていると言わざるを得ない。

蛙吹が自分の頬についた米粒を舐めとったのを見た峰田は、もしかすれば自分の頬についた米粒を、蛙吹が舌で舐め取ってくれるのではないかと期待したのだ。

 

「(ホラホラいいんだぜ、カエルちゃん。いきなよ、ペロッとよぉ!)」

 

しかし、肝心の蛙吹は峰田の方を全く見ておらず、更に峰田の頬に付いた米粒についても何の感心も示さなかった。それなのに――。

 

『あら? シンちゃん、付いてるわ。ん……』

 

『む……』

 

何故か新の頬についたイナゴの足は舐め取っていた。正直、イナゴの佃煮と蜂の子の素揚げは食べたくないが、それでペロッと舐めて貰えるなら安いモノだと考える峰田にとって、この光景は新を妬み、僻み、嫉むには十分過ぎるモノであった事は言うまでも無い。

 

「(蛙吹は蛙だから、米じゃなくて虫が正解だったのか……おのれ、呉島ぁああああああッ!!)」

 

『おやおや、1-AはOBENTO持参かなぁ~~?』

 

「(ぐああああああ! しかもTV中継されてるんだったぁ~~~~~~~~ッ!!)」

 

此処で更なる追い打ち。考え事をしているあまり、未だに自分の頬に米粒が付いている事を忘れていたのだ。しかし、今更後悔しても手遅れだ。

 

「ま、まあ、気にするなよ。むしろメインは此処からだろ? な?」

 

「!! お、おう! その通りだぜ、上鳴!!」

 

そうだ。あの二人のやり取りを見て、すっかり忘れていた。

 

自分達にはとっておきの秘策がある。予選落ちしたのは痛いが、これが成功した暁には自身の欲望は満たされ、無限を遙かに超越したある種究極の満足感を得る事で、薄汚れた魂はキラキラとした輝きを放ち、浄化される事だろう。

 

『最終種目発表の前に、予選落ちの皆に朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで、一層盛り上げ……って、アレ?』

 

『……なーにやってんだ?』

 

「「((き、来たッ!!))」」

 

『おいおい! そりゃ一体、何のサービスだ!? 一体、誰が得するんだ、ソレェッ!?』

 

「「へっ?」」

 

プレゼント・マイクと相澤の戸惑いの声に、二人は自分達の計画が成功した事を確信したが、その後の実況に違和感を覚えた。

 

そんな二人が目にしたのは、無駄にスタイリッシュでセクシーなポーズを決め、チアリーディングのコスチュームに身を包む……6人のイナゴ怪人達ッッ!!!

 

「「な、何じゃ、こりゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」」

 

「フハハハハハハッ!! A組が誇る『童貞ヒーロー 新品ブラザーズ』の諸君ッ! 君達の企みなど、我々には最初からお見通しだったのだよッ!!」

 

「どうだ、『ナンパ怪人リビドー・スパーキング』に『エロ怪人グレープ・チェリー』よ!! 萌えたなら萌えたとハッキリと言うが良い!!」

 

「見よ! この想像を絶する程に発達した大胸筋をッ! そしてハリツヤ共に完璧な太モモをッ!!」

 

「アア……俺達、オッパイ、大ッキイ……」

 

「そうだ! そこの女子達よりも我々の方がッ! 雄っぱい大っきいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「「ふざけんなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」」

 

両目から血涙を流し、吐血しながら絶叫する峰田と上鳴。一体何がどうなれば、こんな事になるのか? 疑問は尽きないが女子達がジャージを着て、ゴミを見るような目で此方を見ている事を見ると、自分達の企みが完全にバレている事は明白である。

 

「馬鹿な……俺達の完全無欠で、完璧な作戦が……」

 

「何処が完璧だ! 『トムとジェリー』に出てくるチーズより穴だらけだぞ!」

 

「畜生ォ! 馬鹿野郎ォ!! コノ野郎ォッ!! さっきからオイラの邪魔ばっかしやがって!! 一体、オイラに何の恨みがあるってんだよぉおおおおおおおおッ!!」

 

「……やかましいッ! 童貞の癖に調子に乗りやがってよぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

膝をつく上鳴と、掴みかかる峰田を一蹴し、二人に猛然と襲いかかる流暢な日本語のイナゴ怪人アマゾンと、イナゴ怪人ストロンガー。

瞬時に二人を仰向けにして地面に押さえつけると、スカートをたくし上げて股間を二人の顔面にぐりぐりと擦りつけた。股間には女性用と思われる純白のパンツを履いている上に、股間が無駄にモッコリとしており、元々の気色悪さに更なる拍車をかけている。

 

「オラァアアアアアア! 喜べぇえええええええッ!! 貴様達の大好きなラッキースケベだあああああああああああああああああッ!!」

 

「何が『チアコス、ウッヒョー!!』だッ!! コーフンしてみろ、オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「や、ヤメロォオオオオオオオッ! 止めてくれぇええええええええええええええッ!!」

 

「断る! そして止めだッ! 行くぞ、2号!」

 

「うむッ! 行くぞ1号!」

 

「「トォオオオオオオオオオオオオオウッ!!」」

 

イナゴ怪人1号とイナゴ怪人2号が天高く跳躍すると、二人の肉体は無数のミュータントバッタに変化し、上鳴と峰田を竜巻のように包み込んだ。

 

「「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 

アリーナに響き渡る二人の悲鳴。そして、無数のミュータントバッタが二人から離れた時、そこにはチアリーディングのコスチュームに身を包んだ……峰田と上鳴の姿が!!

 

「「な、何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」」

 

「グハハハハハ!! コレで少しは辱められる気持ちが分かったか!? 『童貞ヒーロー 新品ブラザーズ』よ!!」

 

「フハハハハハ!! 実に気持ち悪いな!! 一部のマニア以外は誰も興奮するまいて!!」

 

「ゼハハハハハハ!! アロマ企画でも無いだろうなぁ!!」

 

自身の姿に驚愕する峰田と上鳴。一方、イナゴ怪人1号と2号の手には、峰田と上鳴の着ていたジャージと下着が握られており、常識を遙かに凌駕する、驚異の着せ替えテクニックを見せつけている。

 

『おいいいいいいいッ!! 何やってんだイナゴ怪人ッ! 全然目の保養になんねーぞ!? むしろ視界の暴力以外の何物でもねぇええええええええええッ!!』

 

「黙れ、バナーヌ・テットゥ! コレは人の尊厳を守る為の戦いだ!」

 

『むしろ人の尊厳を奪ってるよーにしか見えねぇーんだけど!? つーか、バナーヌ・テットゥって何……』

 

プレゼント・マイクがイナゴ怪人に抗議した瞬間、実況席の扉が勢いよく開かれた。

 

そうだ。そう言えば、あそこにイナゴ怪人は6人しかしない。では残り一人はどうした?

そう思ったプレゼント・マイクが振り向くと、其処にはイナゴ怪人が此方を睨んで仁王立ちしていた。

 

「やはり今大会の実況は貴様では力不足ッ! 此処からはこのイナゴ怪人V3がやらせて貰う!! バッチリミイヤァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

『ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

再び会場内に響き渡るプレゼント・マイクの絶叫に、選手と観客はプレゼント・マイクの末路を悟った。

 

 

●●●

 

 

昼休みが終わり、本戦が始まる午後の部は、新たなイナゴ怪人暴虐伝説で幕を開けた。

 

まあ、峰田と上鳴に関しては、二人が良からぬ事を企んでいた事が発端らしいので、此方の方は自業自得だと割り切れるが、プレゼント・マイクに関しては若干の罪悪感が湧いてくる。

もしかしたら、騎馬戦の時に俺が披露したイナゴ怪人捕食の際の、プレゼント・マイクの俺に対するコメントを若干根に持っていた事を、イナゴ怪人達が鋭く感知した所為かも知れない。

 

『雄英高校一学年で最強の生徒を見たいかぁーーーーーーーーーッ!!』

 

――ざわ……。ざわ……。――

 

『俺もだ……俺もだ……皆……ッ!!』

 

誰も何も言ってない。しかし、プレゼント・マイクを乗っ取ったイナゴ怪人V3は気にする事無く、テンション高めに司会を進行していく。大した精神力である。

 

『それでは、見事予選を突破した選手紹介ッ!! そんなヒーローネームで大丈夫か!? 大丈夫だ、問題ないッ!! 頑張れって感じの「デク」、緑谷出久!!!』

 

「す、凄い煽り……」

 

『触り次第、浮かせまくってやる!! 貧乏人の意地、魅せたる!! 「ウラビティ」麗日お茶子だぁッ!!!』

 

「否定できないけど、せめて庶民派って言って!?」

 

『何でもアリならコイツが怖い!! サポート科のマッド・インベンター、発目明!!!』

 

「出来れば私だけじゃ無く、ベイビー達の紹介もして貰えませんか?」

 

『地味な絵面の地味なバトルだ!! 生で拝んでオドロキやがれッ!! 「怪人セロファン・バイシコー」瀬呂範太!!!』

 

「いや、それって驚く要素あるのか!?」

 

『素手の殴り合いなら、俺の“個性”がモノを言うッ!! 高校デビューマンは倒れない! 「烈怒頼雄斗【レッドライオット】」切島鋭児郎!!!』

 

「チョット待て!! 何でその事、知ってんだ!?」

 

『特に理由は無いッ! ヒーロー科がヒーローになりたいのは当たり前ッ! 血が強酸性のアレを目指しているのは内緒だ! 溶解人間、芦戸三奈!!!』

 

「そこは『エイリアンクイーン』じゃないの!?」

 

『口ほどにも無いとはよく言ったもの!! 有言不実行の鬱憤が今、本戦でバクハツする!! 「爆発怪人ボンバー・ファッキュー」爆豪勝己だーーーーーーーー!!!』

 

「んだと、ゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

『不意打ちなら絶対に負けん! 今、ごん太の尻尾がいきり立つ!! 「怪人バニシング・モンキー」尾白猿夫!!!』

 

「誤解を生みそうな台詞は止めてくれないか!?」

 

『今大会で我が輝きを世に知らしめたいッ! その前に便所に行けッ!! キラめく下りのスペシャリスト、青山優雅!!!』

 

「キミ……やるかい☆」

 

『特徴は“個性”にインパクトがある事では無い! 名前にインパクトがある事だ! 僕さー、ボクサー! 庄田二連撃!!!』

 

「ダ、ダジャレッ!?」

 

『ヒーローになりたいからここまで来たッ!! キャリア一切不明!! 普通科の心操人使だ!!!』

 

「やっぱ、凄ぇなぁ……」

 

『ヒーロー活動のベスト・パフォーマンスは、俺の中にある!! 真面目の神様がやって来たッ!! 飯田天哉!!!』

 

「そ、そんな……ウハッ! ハハッ! 照れるじゃないかッ!!」

 

『美女、美少女の前では、俺は何時でも発情期だッ!! 「ナンパ怪人リビドー・スパーキング」上鳴電気!!!』

 

「それ俺じゃ無くて、峰田に言うべきなんじゃね!?」

 

『デカァァァァいッ!! 説明不要!! 発育の暴力、八百万百!!!』

 

「ちょっと! 説明不要ってどう言う意味ですの!?」

 

『1位の座は俺の物! 邪魔する奴は思いきり冷やし、思い切り燃やすだけ!! 「半分こ怪人W」轟焦凍!!!』

 

「………」

 

『若き異形の王者がやって来たッ!! 今まで何処にいたンだッ、チャンピオンッッ!! 世界は君を待っていたッッッ!!! 呉島新の登場だーーーーーーーーーーーーーッ!!!』

 

「UWYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

『以上、総勢16名によって、トーナメント形式の本戦を行いますッ!!』




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 かなり久しぶりに人語を話した主人公。作者としても久しぶりの人間体だったせいか、口調がどんなのだったかすっかり忘れていたりする。もっとも、すぐに元の怪人ボイスに戻る事になるのだが。

轟焦凍
 絡むと話が自然とシリアス寄りになる男。かなりハードな人生を歩いているが、ある意味で更にハードな身の上話を聞いて、ちょっと視野が広がったかも知れない。シンさんとの絡みの元ネタは、『グラップラー刃牙』の幼年編における刃牙と花山の会話。

麗日お茶子&蛙吹梅雨
 イナゴが食える系女子。その理由は『すまっしゅ!!』の単行本第一巻と第二巻を購入した読者ならワカる筈。イナゴの佃煮を入れたケースの元ネタは、『W』のホッパー・ドーパントことイナゴの女。

八百万百&耳郎響香&芦戸三奈&葉隠透
 すっかり騙されていたが、イナゴ怪人の善意(?)によって九死に一生を得る。『すまっしゅ!!』では八百万はチョロいと評判だが、描写を見る限り耳郎もかなりチョロい部類に入る気がする。

峰田実&上鳴電気
 イナゴ怪人の知と力の前に敗れ去ったエロコンビ。トラウマ必死の手酷い制裁を受けた挙げ句、更にこの二人がチアの格好をすると言う誰得な展開になったが、これは『すまっしゅ!!』の単行本第二巻の扉絵が元ネタ。

波動ねじれ
 作者の趣味で登場した『雄英ビッグ3』の紅一点。この後、緊張のあまり体育祭では何時もドンケツの男子に、前年の体育祭で全裸を晒した男子の手を借りて、イナゴの佃煮とハチの子の素揚げを食わせる事に成功。本人に悪気が無いのが逆にキツイ。無邪気であると言う事は、残酷であると言う事の裏返しでもあるのだ。

天喰環
 名前だけ登場。プレッシャーには弱いが、能力は極めて高い『雄英ビッグ3』の一人。この後、バグズ手術をする事無くイナゴとハチの特性を手に入れる事に成功したが、彼が午後の三年生ステージで活躍出来るかどうかは別問題である。

イナゴ怪人(1号~ストロンガー)
 今回は王から承った初めての報酬に狂喜乱舞し、善行値を稼ぐべく西へ東へ奔走する。もっとも、「善い事をしようとしている」と言うより、「手頃な獲物を探している」と言った感じの雰囲気を醸し出していた為、むしろコイツ等が一番体育祭の平和を乱していた。
 最終的にV3以外の6体がチアコスを着用し、上鳴と峰田にドギツイ制裁を敢行。元々タガが外れている様な連中なのに、アルコールを摂取した所為でタガそのものが無くなってしまったのだろう。多分。



雄英体育祭掲示板・リターンズ
 好評だったので再び掲載。コメント内容はこの『怪人バッタ男 THE FIRST』に寄せられた感想が元ネタになっている、一種の読者サービス。そして面倒な連中に目を付けられる羽目になった、シンさんの運命や如何に。

本戦に進む選手紹介
 元ネタは『グラップラー刃牙』における最大トーナメント編の入場アナウンス。ネタバレするとこの後、原作通りに尾白と圧田の二人は棄権するのだが、せっかくなので二人の分もやっておいた次第。一度やってみたかった事が遂にやれて、作者としては大満足。



後書き

今回の本編の更新は此処まで。前書きにも書いた通り、この後で『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』に、IFルートの特別編を2話投稿します。

引き続き、『怪人バッタ男』シリーズ一周年記念をお楽しみ下さい。

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