怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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予想通りというか何と言うか、今年初の投稿はやはり2月になってしまいました。

今年の1月は健康上の問題や仕事上の問題などがこれでもかと降りかかってきて、「もしかして厄年なのではないか?」と思う有様……。最近では『おそ松さん』と『ポプテピピック』の覇権争いを見るのが、密かな楽しみとなっております。

そんな訳で始まりますは、2018年最初の『怪人バッタ男』にして、『雄英体育祭編』の最後を飾る決勝戦。二話同時投稿ですが、コレまでと違って話が前後編となっております。ご注意ください。

今回のタイトルの元ネタは『フォーゼ』の「弦・流・対・決」。今回はフォーゼ的なタイトルで通していこうと思います。

2018/2/11 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2018/5/21 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

2020/4/22 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2020/12/2 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第22話 FINAL STAGE:新・勝・対・決

準決勝・第一試合を形容する言葉として「激闘」や「死闘」が似合うとするならば、準決勝・第二試合を形容する言葉として最も似合うのは「予想外」の三文字だろう。

 

「飯田君、悔しいだろうな……」

 

「俺、飯田が行くと思ったわ」

 

「彼も無敵ではないと言う事か(キリッ)」

 

「なるほどな……爆豪、意外とあーゆー絡め手も出来んだなぁ……」

 

この時の様子を、ヒーロー科1年A組の緑谷出久は、後にこう語っている。

 

「僕は元々、かっちゃんと飯田君の試合は『すぐに決着がつく』と予想していました。かっちゃんの『爆破』は動けば動くほど強力になり、飯田君の『エンジン』は走れば走るほどギアが上がっていく……。

つまり、この二つの“個性”には「スロースターター」という共通した特性があるのですが、かっちゃんと違って飯田君には、それを無視することが出来る裏技がありました」

 

『いよいよファイナリストが決定する、準決勝・第二試合ッッ!! 開始めいッッ!!!』

 

『レシプロ……バーストッッ!!!』

 

「そうです。“使用時間が約10秒”と言う制限こそありますが、『レシプロ』は加速を必要とせず、最初から最高速度を出す事が出来る。言うなれば『エンジン』の特性を無視する事が出来る技です。僕が麗日さんに教えようとしたかっちゃんの対策を聞いていた事もあって、それを参考にしての選択だったと思います。

その点で考えれば、飯田君の戦法はかっちゃんの“個性”との相性は抜群。だからこの試合は飯田君が有利だと思っていました。……ええ、ですから、かっちゃんがあんなモノを隠し持っていたなんて、思いもよらなかったんです」

 

試合開始直後に『レシプロ』を発動した飯田に対し、勝己は両手首を合わせ、両掌を飯田に向ける形で構えた。飯田としても勝己が迎撃してくる事は予測していたが、ソレが「攻撃を目的としたモノではなかった」と言う事は、飯田は元より勝己をよく知る出久をしても、予想外と言わざるを得なかった。

 

『「閃光弾【スタングレネード】」ッッ!!!』

 

『なッッ!!!』

 

それは「相手を爆発によって攻撃する技」では無く、爆破の際に発生する閃光を強化した「目くらましを目的とした技」。攻撃的な勝己が使ったまさかの搦め手は、飯田の意表を突いたと同時に、非常に合理的な方法であると言えた。

 

「“個性”が発現する以前の時代から、ヒーロー飽和社会とまで言われるようになった現代に至るまで、世界中で今も使われ続けている武器に『閃光手榴弾』があります。これは、相手が包丁を持っていても、拳銃を持っていても、それこそ凶悪な“個性”を持っていたとしても、“激しい光を直視した人間の取る行動が一つしかない”からなんです。それは『身体を丸める』……老若男女、これは人間の取る本能なんです。

そしてそれは、『レシプロ』を発動させた飯田君も例外ではありません。そんな飯田君に対してかっちゃんは、足を引っかけたんです。普通なら悪くてもちょっと転ぶ程度で済む事でしょうが、高速走行する自動車並みの速度を出した直後となれば話は別です。体勢を大きく崩した飯田君は、場外に向かってネズミ花火の様に高速で転げ回りました。ええ、それこそ目にも止まらぬ速さで、何度も地面に手足をぶつけながら、凄まじい勢いでスタジアムの壁に叩きつけられました……」

 

『ガハァッッ!!!』

 

『ヘッ!! 馬鹿の一つ覚えが……!!』

 

『い、飯田君、場外ッ!! 爆豪君の勝利ッ!!』

 

『勝負ありッッ!! 準決勝・第二試合ッ!! 予想を裏切る、今大会最速の決着だぁあ~~~~~~ッッ!!』

 

この瞬間、決勝戦は「呉島新VS爆豪勝己」に決定。

 

片や怪人、片や悪人面と言う、ある意味で最もヒーローらしくない決勝戦だが、それでも観客席と応援席は多いに盛り上がっていた。そんな中で、今体育祭でベスト8の結果に終わった出久は、全く別の事を考えていた。

 

「決勝戦に進んだあっちゃんとかっちゃんを見て、二人は何と言うか……精神面の鍛え方が他の人達とは明らかに違うんだなって思ったんです。『絶対に自分は負けない』って言うか、『絶対に自分は勝つ』って言うか……それこそ『自信満々』なんて言葉じゃ全然足りない位に、そーゆー思いが凄いって気づいたんです。

あと、今まで二人が喧嘩する所を何度か見てきましたけど、二人とも戦っている間は人がしていい様な目じゃありませんでした。そんな人外の目をした二人が、約一年ぶりにこの大舞台で拳を交える……ぶっちゃけ、考えるだけでゾッとしましたね」

 

この数十分後、もはや予言者の類いではないかと思われる程に正確な分析を可能とする出久の不安は、ものの見事に的中する事となる。

 

 

●●●

 

 

遂に此処まで来た。

 

雄英高校一年生の頂点。この『雄英体育祭』で数百名に及ぶ参加者の中で、戦い、勝ち残った最後の一人にのみ与えられる、唯一つの栄光。そんな唯一絶対の強者を決める為の最後の戦いが、刻一刻と近づいていた。

 

そんな舞台に立つ資格を得た俺が、控え室で今何をしているのかと言うと――。

 

「モニュ………モニュ……」

 

金にモノを言わせる形で「ランチラッシュ特性おじや」を大量に購入し、土鍋を抱えながら無言でガツガツと口にソレをかっこんでいた。空になって積まれていく土鍋の他には、大量のバナナの皮と、市販の梅干しが入っていた壺、そして炭酸抜きコーラが入っていた、空の2リットルのペットボトルが散乱している。

 

「……こんな所か」

 

それにしても結構喰った。正直、食費だけで今月の小遣いは相当に削られてしまった。それもたった一日で。

来月までどうやって過ごそうかと、今月の小遣いのやりくりを考えていると、乱暴に控え室のドアが開かれた。ドアの方に目を向けると、片足を上げた勝己がそこにいた。

 

「……あ?」

 

「うん?」

 

「あれ!? 何でテメェが此処に……。控え室……あ! ココ2の方か! クソがッ!!」

 

「ああ、コッチは2の方だ。……しかし、準決勝の時にお前が俺を応援したのは正直意外だった。聞いた話じゃ、お前と轟は『屋内対人戦闘訓練』でチョットした因縁があったらしいじゃないか。ぶっちゃけ、轟と決着を着けたかったんじゃないか?」

 

「……確かに半分野郎との決着は着けておきてぇが……その前にテメェだ。つーか、テメェだろ。麗日や黒目に面倒な入れ知恵したのは」

 

「……ああ。『株主優待受ける様な奴には負けたくない』って言われてな」

 

「? よくワカんねぇが、コッチはテメェに散々煮え湯飲まされてんだ。そんなテメェが半分野郎に負けて、テメェをぶっ飛ばす事が出来ねぇ方がムカつく。ただそれだけだ」

 

「………」

 

「それに弱点克服して、炎はもう効かねぇらしいじゃねぇか。それなら、容赦する必要は一切無ぇ訳だ。だからお前も俺に使えや。緑の竜巻も、紫の炎も……テメェの持ってる力ぁ、全部ねじ伏せてやる。そんで……俺がトップだッッ!!!」

 

「……良いだろう」

 

そうか。手加減抜きの真っ向勝負がお望みか。

 

いいぜ。付き合ってやるよ。今までと同じく、何時も通りに。

 

だってそれが子供の頃から続いた、俺とお前の『関係【腐れ縁】』なんだから。

 

 

●●●

 

 

――時、来たる!!!

 

期待と緊張の坩堝と化したスタジアムは、イナゴ怪人V3の一言によって、その空気が一変した。

 

『№1ヒーローを目指してッッ、何が悪いッッ!!!』

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

『“個性”を持った超人として生まれようとッ! “無個性”の凡人として生まれようともッ! この超人社会に生まれたからには、誰だって一度は№1ヒーローを志すッ!! №1ヒーローなど一瞬たりとも夢見たことがないッッ、そんな人間は誰一人としてこの世には存在しないッッ!! ソレが真理だッッ!!!』

 

うむ。流石に最終決戦とあって、イナゴ怪人V3の実況も気合いの入り具合が一味も二味も違う。その凄みに圧倒されてか、誰もが口を閉ざしてV3の実況に耳を傾けている。

 

『ある者は生まれてすぐにッ、ある者は父親のゲンコツにッ、ある者はガキ大将の腕力にッ、ある者は現№1ヒーローの実力に屈してッ、それぞれが最強の座を諦め、それぞれの道を歩んだッ!!

しかしッッ!! 此処に№1を諦めていない者達が居るッ!! 最強とは即ち最高ッ!! 最高とは即ち№1ッッ!!! 地球上、最も偉大な『ノーベル最強賞』を目指したッ、偉大なバカヤロウ2名ッッ!!! この地上で誰よりもッ、最強を飢望した超雄2匹ッ!! 累々たる屍を踏み越えてッ、並び立つは怪物2頭ッッ!!!

全てのヒーローの卵がッ、全てのヒーローのひよっこがッ、そして全ての現役ヒーローが目指す道の先にあるモノッッ!! 『№1ヒーロー』と言う、ヒーロー飽和社会における『最強』の代名詞ッッ!! この戦いの勝者はッ、全てのヒーローの卵の中から、ソコへ至る為の一歩を先んじると言っても……過言ではないッッ!!! 雄英体育祭・『決勝戦【ファイナル】』ッッ!!! 両者入場ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

イナゴ怪人V3が煽りに煽りまくった、最後にして最高のステージ。そこに足を踏み入れた俺と相対するは、心の中で燃え盛っているだろう猛烈な戦意が全く隠されていない、「ポーカーフェイスなんぞクソ食らえ」って感じの、攻撃的且つ不敵な笑みを浮かべた、あまり仲がよろしくない方の幼馴染みだ。

 

『青龍の方角ッ! この顔だッ!! ヒーロー科、呉島新!!!』

 

「GURRRRRRRR……」

 

『白虎の方角ッ! ヒーロー科、爆豪勝己!!!』

 

「………」

 

『参加選手16名による、14度に渡る死闘を勝ち上がり、最強の座を争う強者2人ッ!! 今ここに、怪人2人が雌雄を決しますッッ!!!』

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」

 

「………」

 

そして予想はしていたが、会場内の声援は9割9分9厘……つまりは、ほぼ100%が勝己に対する期待で占められていた。まあ、コレまでの俺や勝己の活躍からすれば、俺は明らかにラスボスのポジだからな。スタジアムのモニターに映っている俺の画像も「超マッスルフォーム」とか「バーニングマッスルフォーム」とか、明らかにソレっぽい編集が加えられているし、俺に向けられる声援など――。

 

「フレ~、フレ~、シ~ン~ちゃん!!」

 

「シン君、ガンバーーーーーーーーッ!!」

 

「呉島さぁ~~~~~~~~~ん!! ファイトですわ~~~~~~~!!」

 

「オッラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

そう思ってA組の応援席にふと目を向けた瞬間、俺は我が目を疑った。なんと、A組の女子全員がチアの格好をして、(耳郎だけ若干やる気なさげだったが)俺を応援していたのだッ!!

 

「呉島さぁあああああああんッ!!! 絶対に負けないで下さぁあああああああああああああああいッッ!!!」

 

「呉島ぁあ~~~~!! 根性見せろぉ~~~~~~~~~!!」

 

「おお~~~」

 

「此処まで来たら、1位以外にありませんよ~~~~!! そして私のベイビーの注目度もウナギ登りですよ~~~~~!!」

 

……否ッ!! A組だけではないッ!! B組の女子に加え、発目もチアリーダーと化して俺を応援しているッッ!!!

 

これは一体どう言う事だ!? 悪魔の仕業か!? それとも神の悪戯か!?

 

いや、発目の方はまだ理由が分からないでもない。俺の戦果を自分の野望を叶える礎とする為だろう事は容易に想像できる。

しかし、フォークダンスの時に俺はB組の女子から、例外なくゴキブリかゴミ虫を見るような嫌悪と拒絶の視線を受けていた筈なので、B組の女子が俺を応援している理由が本気で分からん。特に塩崎の応援は鬼気迫るモノがあり、本気度が他のB組の面子よりも桁外れだ。

 

『ヒッ、ヒーロー科女子全員+発目明のチアリーディングだッッ!!! 何と言う粋な計らいッッ!!! 敗けられないッッ!! この勝負は敗けられないぞ、呉島新ァアアアアアアアアアッッ!!!』

 

『いや、マジでどーゆー状況なんだアレ……』

 

スイマセン、相澤先生。それについては俺も同感です。原因を知りたい……ッッ。

 

 

○○○

 

 

それは、決勝戦を前にした、ほんの数十分前まで遡る。

 

「貴様等、決勝戦で我が王、呉島新を応援するつもりはないか?」

 

「「「「はい?」」」」

 

イナゴ怪人1号は、『騎馬戦』において拳藤チームと呼ばれた面々。ヒーロー科B組の拳藤一佳、柳レイ子、小森希乃子、取陰切奈の四人を呼び出し、意図がよく分からない事を彼女達に提案していた。

 

「ゴメン。何でいきなりそんな事言い出すのか、全然分かんない」

 

「本選に進んだB組の面子が軒並み脱落し、応援する人間が居ないのでは、せっかくの決勝戦も見応えが無いだろう」

 

「いや、見応えなら充分あるけど……」

 

「つーか、なんでアタシ達が呉島を応援する必要がある訳?」

 

「そもそも、あたし達の応援なんて必要ないでしょ?」

 

「うん」

 

「ほう……B組と言うのは意外と恩知らずが多いのだな」

 

「……は? 恩知らず?」

 

「貴様等……『騎馬戦』で緑色の気持ち悪い醜悪なバッタの化物と化した『モノマネ怪人ブロークン・ハート』の手によって公衆の面前で素っ裸にひん剥かれ、ジュポリパークのサナンナチホーでズッコンバッコン大騒ぎと言った感じに、一人残らずウコチャヌプコロされる場面を、全国ネットを通じてお茶の間に流された挙げ句、腹ボテ自主退学に追い込まれる正に絶体絶命の危機から助けたと言う、返しても返しきれない大恩を忘れおって……ッ!! 同じヒーロー科のよしみも含め、ラストバトル位は王を応援してくれても良いではないかッ!!」

 

「「「「………」」」」

 

そう言われてみれば、確かにそんな事もあったなと、『騎馬戦』の時の事を思い出した四人。しかし、後半戦で鉄哲チームを襲っていた時、もしも鉄哲チームがやられたら次は確実に自分達を襲っていた事は容易く予想できたので、彼女達としてはイマイチ「イナゴ怪人に助けられた」という実感が無い。その所為で返答に窮していると、イナゴ怪人1号はこんな事を言い放った。

 

「……ほう。そうか、そうか。よく分かった。つまり貴様等は……人間に“だけ”優しい人間なのだなッ!!」

 

「「「「(何か凄い理屈キタッ!!)」」」」

 

今、自分達の目の前に居る怪人は、何やらトンデモナイ理屈をこねくり回そうとしている様な気がする。

そんな悪い予感がする四人の前に、その奇妙なやりとりを見ていた塩崎が、おもむろに挙手をしながらイナゴ怪人1号と拳藤チームの面々の話に割り込んできた。

 

「お待ち下さい。『人間にだけ優しい』とは、一体どーゆー事なのでしょうか?」

 

「ほう……では、聞くが怪人茨女よ。人の姿をした超人とラスボスにしか見えない怪人の二人が戦う決勝戦。貴様が感情移入して見るとすれば、それは一体どっちの方なのだ?」

 

「そ、それは、その……」

 

「ほれ見ろ! つまりお前達のしている事は、生まれながらのハンディを撥ね除け、逆境に抗って大きな目標に挑戦している同士を『怪人だから』と言うだけで見捨てる行為に他ならんのだッ!!」

 

「!! そ、そんな事は……」

 

「ではもう一つ聞く。災害時の人命救助が必要となった際、貴様の目の前にこんな感じの要救助者が二人いたとしたら、貴様はどうする?」

 

A:中年男性「よぅ、ねーちゃん。死ぬ前に尻触らせてくれよ……」

 

B:幼い少年「ママ……何処に居るの? 寒いよ……」

 

「………び、いえ」

 

「遅いッ!! そして貴様ッ、Aの中年よりもBの少年を助けるべきと判断したなッッ!!!」

 

「そ、それは……」

 

「いや、流石にこの二択はちょっと……」

 

「ある訳が無いと? では貴様等、『ヒーロー』とは一体何だ?」

 

「ひ、『ヒーロー』とは、多くの人々を救済する存在です」

 

「そうだ。何時でも――。何処でも――。誰であろうとも――。必ず人を助ける。それこそ時には嫌いな者。場合によってはヴィランでさえも『助けなければならない』。ソレこそが、お前達が志す『ヒーロー』と言う存在なのではないのか?」

 

「「「「「………」」」」」

 

「残念な事だ。雄英高校に入学した金の卵が、まさかこれほどの俗物だったとはな」

 

「ぞ、俗物……!?」

 

「そうであろう。人を見た目で判断し、救いを求める人間に優先順位をつけ、挙げ句の果てには人間ですらない存在にヒーローの何たるかを説かれる始末……恥を知れいッッッ!!!」

 

「ッ!!」

 

「時間を無駄にした。精々、自分の好きな人間だけを、自分を好きでいてくれる人間だけを、自分を支持する人間だけに手を差し伸べ、ご立派なプロヒーローとやらになるが良い……さらばだッッ!!」

 

「~~~~ッッ!! やりますッッ!!!」

 

「し、塩崎!?」

 

「全力で、呉島さんを応援します……ッッ!!」

 

「………」

 

イナゴ怪人1号の言葉に全く反論する事が出来なかった塩崎。そんな彼女のヤケクソの様な発言を聞いて、イナゴ怪人1号は正に「してやったり」と言わんばかりの、元世界チャンピオンのボクサーを彷彿とさせる、邪悪な怪人スマイルを浮かべている。

 

「ほう……いい言葉だ。感動的だな。だが、無意味だ。激情に身を任せ、外見を取り繕うとも無駄だ。人間の本質はそう易々とは変わらん。貴様等は私欲を優先させる俗物にしかならんッ!! 貴様等のような存在が『ヒーロー』のあるべき姿をッ、運命に翻弄された異形なる者達の未来を歪ませているのだッ!!」

 

「……塩崎、コイツの理屈に耳を貸すな。アレは時代錯誤の原理主義だ」

 

「いえ……確かに今の私に、ヒーローを名乗るような資格があるとは思えません……」

 

「いや~~~。言ってる事はかなりまともな様で、実はかなり滅茶苦茶な様な気が……」

 

「他人事の様に言っているが、貴様等はどうなのだ? “人の形で生まれる”事が、この超人社会において、どれだけ優遇される事なのかも分かっておらぬ愚か者共よ」

 

「え……?」

 

「我らの王、呉島新は怒りに満ちている! 同じ超常の力を持つ者が、『異形系』や『発動系』と言ったカテゴライズによって、怪人と超人に大別されるこの世界に!

何がヒーロー向きの“個性”!! 何がヴィラン向きの“個性”!! そんな固定概念なぞ、クラッカーの歯くそ程の価値も無いと言う事を、ヒーロー向きの“個性”だとチヤホヤされてきた超人達を薙ぎ倒し!! 雄英高校1年の頂点に立つことで世に知らしめるのだッ!!」

 

「「「「………」」」」

 

拳藤達は言葉に詰まった。イナゴ怪人1号の目は確固たる信念によって静かに燃えており、その目は完全に思想犯のソレと同じである。更に言っている事は滅茶苦茶でも、その内容は真理を孕んでおり、決してデタラメやデマカセの類ではない。

その所為で、イナゴ怪人1号の口車に乗る形で塩崎が怪人バッタ男を応援する事となっている訳だが、それで塩崎一人に怪人バッタ男の応援をさせると言うのも忍びない。

 

何とかしてイナゴ怪人を丸め込むべきか。はたまた思い詰めた塩崎を説得するべきか。どうしたものかと拳藤達が迷っていると、ここで予想外の人物が名乗りを上げた。

 

「ワタシ、やりマス。応援し、マス」

 

「角取!?」

 

「え!? 何で!? 角取は関係無いじゃん!!」

 

「話、聞きマシタ。確カニ、日本来てカラ、そーゆー差別、多イぃ思いマス」

 

「だろうな。その辺はお国柄と言うか……西洋人は日本人よりも『個』が強い所為だろう。西洋人は規律の根幹に『神』が存在し、西洋人は神と一対一の『契約』をしている。つまり西洋人とは『神と契約を交わした個人』であり、それが強烈な『個人主義』を生み出し、各々の個性を重んじる文化や社会に繋がっていった訳だからな」

 

「神と一対一の契約ねぇ……」

 

「うむ。だからこそ、西洋人は一人でいても神への帰属意識が切れる事はない。例え、集団から離れてたった一人になってしまったとしても、『神が自分を見ていてくれる』と信じているのだ。

これに対して日本人は農耕で発展した民族故に、共同体で生活する文化を育んできた為、規律の根幹として『共同体』が重要となるのだが、共同体から阻害されて居場所を作る事が出来なくなると、西洋人と異なり途端に孤独と絶望に嵌ってしまう。その結果、空洞となった個が彷徨いだし、犯罪で自分の実存を得ようとする者や、それが幼少時のトラウマとなりヴィランへの一歩を踏み出すきっかけになった者もいる。

つまり、日本のヴィランは『共同体における自分の居場所や、理解者を失っている者達』であり、西洋のヴィランは『神との契約を破棄し、信仰を無くした者達』と言えるだろう。その為か、西洋のヴィランはイカレ具合が日本と比べてハンパないのが多いが、異形系の“個性”持ちの割合は、日本に比べると少ない」

 

「そうデス。日本のヴィラン、イギョー多イぃデス」

 

「それに加えて西洋は“個性”を『ヒーロー向き』や『ヴィラン向き』という風に区別しない。元々、天から与えられた優れた才能や、磨き上げた技術はドンドン高く買っていく所があるから、西洋では日本で『ヴィラン向き』とされる様な“個性”持ちでも、活躍の場が与えられやすい。逆に言えば、派手で強力な“個性”でも『ヒーロー向き』と判断されない訳だ。

コレも一つの『選民思想』には違いないし、それがヴィランの温床であったりする訳だが、その性質や種類が日本のソレとは異なる訳だ。いずれにせよ、『相手の能力や本質をちゃんと判断できるかどうか』が、超人社会の要諦であろう」

 

「「「「「………」」」」」

 

思いの外、真面目で重い話だった。

 

社会において、“個性”を含めた自分の能力を社会に貢献する事が出来ないと言うのは悲劇なのだ。そう考えてみれば、安易に他人の“個性”を見て『ヒーロー向き』や『ヴィラン向き』と評価する事は、その人が「社会で必要な存在である」と。或いは「社会で不要な存在である」と、その人にレッテルを貼ることに等しい行為であると言う事を、彼女達は理解した。

 

「では怪人ユニコーン女よ。早速コレに着替えるのだ」

 

「オゥ、チアリーダー、デスカ?」

 

「そうだ! 遠目から見て応援していると分からなければ、お話にならんからなッ!!」

 

イナゴ怪人1号が角取に手渡していたのは、昼休みにイナゴ怪人達が堂々と着ていたチアリーダーのコスチュームだった。サイズが明らかに違うので、流石にイナゴ怪人達が着ていたモノではない。

いずれにせよ、何か思うところがあるらしい角取は、怪人バッタ男の応援をやるつもりでいるらしく、コスチュームを受け取るとそそくさと着替えの為に更衣室へ向かった。

 

「あ、あの、すみません。応援でそう言う格好をしなければならないとは一言も……」

 

「塩崎茨ッ!! 貴様は『真のヒーロー』となる為なら何でもするッ!! ああ、確かにそう言った筈だッッ!!!」

 

「む……ッ、ぐ……ッ(言った覚えは全くありませんが、何故か逆らえません……ッ!!)」

 

「……そう言えば、A組の連中には声かけたの?」

 

「うむ。二つ返事で了承したぞ」

 

「「「「「え゛ッ!?」」」」」

 

嘘である。少なくとも、全員が二つ返事でOKした訳では無い。

 

真実としては、イナゴ怪人1号が女子組を呼び出し、初っ端から土下座と言う実に断りづらい懇願の構えで協力を要請した事に始まる。

 

「どうか、決勝でコレを着て、王を応援してくれまいかッ!?」

 

「いや、いきなり何言ってんの!?」

 

「どう考えても、王が観客に応援される事が無いからに決まっているだろうがッ!!」

 

「悪い意味で信頼してるね!?」

 

「仕方あるまい。本来ならば、決してカタギの面をしていない、ヒール一直線な性格のボンバー・ファッキューだが、奴が我々を『騎馬戦』で打倒した事で一躍“正義のヒーロー”に担ぎ上げられてしまったからな。半分こ怪人Wが倒れた今、もはやあの男は決勝を傍観するヒーロー達にとって『最後の希望』と言っても過言ではないのだ!!」

 

「あの爆豪が、ヒーローにとっての『最後の希望』ねぇ……」

 

「ある意味、世も末ね」

 

「……まあ、確かに決勝まで頑張ってるのに、応援が全然無いってのはシンドイよね……」

 

「「「「「………」」」」」

 

葉隠の言う事は尤もである。人間体ならばまだしも、体育祭では一目見たら決して忘れられない様な見た目の怪人体で通している上に、「脊髄引っこ抜き」やら「共食い」やら、ヴィジュアル的にヤバイ事を連発していれば、応援するファンがつかないのも仕方が無い。

 

しかし、しかしだ。それの一体、何処が悪いのだろう?

 

別に卑怯な事をしている訳では無いし、ルール違反を犯している訳でも無い。アレは正々堂々と自分に出来る事を必死にやっていただけではないか。

 

クラスメイトとして新と共に生活し、その人間性を知っている上に、『騎馬戦』で担任の相澤先生が語った言葉が心に深く刻まれている彼女達にしてみれば、新の行動は「何をやってでも1番になりたい」という気持ちの表れであり、優勝に対して貪欲で純粋な証であり、そして「勝つために思いつくことを全てやろう」と言う、真剣な姿勢そのものではないか……と言う風に評価しているのだ。

 

「うん! いいんじゃない!? やったろ!!」

 

「ええ! やりましょう!」

 

「「やろう! やろう!」」

 

「ケロォッ!」

 

「えええええええええええええええええええええええええッ!?」

 

かくして、A組の女子6人中5人がイナゴ怪人1号の提案に乗り、耳郎は現場の空気と断りづらい雰囲気に流される形で応援に参加する事となった。

ちなみに土下座しているイナゴ怪人1号は彼女達から見えない角度で、某新世界の神の様に「思い通り」と言わんばかりの、邪悪な怪人スマイルを浮かべていた。

 

「……ねぇ、一つだけ聞いて良い?」

 

「む? 何だ?」

 

「決勝で呉島を応援すれば、『騎馬戦』での借りはチャラって事で良いわけ?」

 

「当然だ。我々はこれでも竹を割ったような性格をしているのだ」

 

「……ならやる。これ以上、何か言われるのも癪だしね」

 

「まあ……一回くらいなら良いかな」

 

「「うん」」

 

かくして、イナゴ怪人1号は拳藤達をチアリーダーに仕立て上げる事に成功した。これに、一人だけ応援しないのもどうかと思った小大唯に、何処から聞きつけてきたのか発目が嬉々として乱入。

 

結果としてヒーロー科の女子全員とサポート科1名による、大応援団と化した訳である。

 

「おい……。これ、どう言う事だよ……」

 

「わ、分からねぇ……」

 

そして、そんな光景に我が目を疑ったのは新だけではない。A組とB組の男子全員が「訳が分からないよ」と言わんばかりであり、その中でも特に峰田の衝撃は凄まじかった。

 

「そんな馬鹿な……」

 

『峰田さん優勝おめでとう御座います! №1ヒーローの卵として、インタビューを是非ッ!!』

 

『アンタ見直したし!』

 

『ステキ!』

 

『私、ミノル君と結婚したい!』

 

『よく見るとカッコイイ!!』

 

『私のですわ』

 

『駄目よ、私のよ』

 

そんな峰田の脳裏に浮かんだのは、体育祭に備えて行った緻密な計算(妄想)によって裏打ちされた、鮮明なる勝利の幻。そして網膜に映るのは、予測不可能な残酷なる敗北の現実。

 

「「「「「「「「「「フレ~~ッ!! フレ~~ッ!! くっれっしっまッ!!」」」」」」」」」」

 

「そんな馬鹿なぁあああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

峰田は絶望した。A組の女子はおろかB組の女子までもが、怪人バッタ男に対して熱狂的な応援(峰田視点)をチアコスで送る様を見て、股間のダブルなソウルジェムがどす黒く濁りきり、童貞男子から性欲の魔男に変身する位に絶望した。

 

「呉島の奴……こんなに女子の好感度高かったのか?」

 

「スゲェ。信じられねぇ……」

 

「何でだよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! 普通なら呉島よりもオイラの方が人気出る筈だろォオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

「「そりゃない」」

 

「何で!?」

 

「「顔が」」

 

上鳴と瀬呂は言ってはいけない事をハッキリと言ってしまった。その言葉によってゲキコウモードに移行した峰田は、新を応援する女子達に詰め寄り、語気を荒げて抗議した。

 

「オメー等、騙されてんじゃねーぞ!! アイツは事ある毎にセクハラを働く上に、どさくさに紛れて合法的に女体を貪る様な男なんだぞ!! 性欲の権化で人間のクズだぞ!!」

 

「峰田ちゃん。鏡見て言って」

 

「そもそも、応援するなら、あんな怪人よりもオイラみたいなマスコットキャラを応援するべきだろ!? ゆるキャラで例えるなら、オイラはふ○っしー!! アイツはどう足掻いたってメ○ン熊かガタ○ウが関の山だろうがッ!!」

 

「いや、アンタがゆるキャラで言ったら、ふ○っしーよりもまり○っこりでしょーがッ!!」

 

「下ネタを全部人型に凝縮したって感じだよね」

 

「実際にセクハラを働く分、まり○っこりよりも質が悪いですわ」

 

「自分の事ふ○っしーって言ってるけど、峰田君は一体何汁ぶっ放すつもりなん?」

 

「『峰汁ブッシャー』じゃないかしら。キモイ」

 

「そう言えばこの間『透殺魔眼視姦掌』ってやってたよね。ホントは見えて無いんだろうケド、ホントに気持ち悪かったよ」

 

「峰田怖ッ」

 

「ある意味、ウチの物間より酷くない?」

 

「? み、ミネジル・モコリぃ・ブッシャー?」

 

「ウチの角取が穢れるから、黙って隅っこの方で大人しくしてくれない?」

 

「聞いた限りだと、現時点で起訴する事ができると思いますが……」

 

「てゆーか、よく除籍処分になってないよね」

 

「ん」

 

「この際、湘北の控えから出直したらよろしいのでは?」

 

「………」

 

峰田は有り余る性欲故に、女心を理解する事ができない。ついでに、最後の台詞の意味もよく分からない。だが、自分の意見が自分の存在ごと否定され、拒絶されている事だけはハッキリと理解できていた。500%自業自得だけど。

 

「~~~~~~ッ!! 爆豪ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!! 呉島を叩き潰せぇえええええええええええええええええええええええッッ!!!」

 

峰田は血涙を流しながら、命を燃やす様に全力で爆発怪人を応援した。そんな峰田を見たA組の男子は、果たして呉島と爆豪のどちらを応援するべきかと、頭を悩ませるのだった。

 

 

●●●

 

 

応援席から峰田の応援……と言うより凄まじい憤怒の咆哮が聞こえてきたが、一体峰田に何があったのだろうか? 勝己に「俺を叩き潰せ」と言っているが、実際には俺の死を願っている様な気さえする怒声に、戦慄せざるを得ないのだが……。

 

『それでは、雄英体育祭本選・決勝ッ!! 開始めいッッ!!!』

 

『ドッジャァアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!』

 

そしていよいよ、本日最後となる戦いを告げる銅鑼が鳴った。

 

「………」

 

「………」

 

しかし、勝己は走りださない。そして俺も走らない。お互いにゆっくりと、ステージの中心に向かって歩いていった。

 

「………」

 

「………」

 

それは決勝戦とは思えないほど、実に静かな戦いの始まりだった。

 

一歩一歩を踏みしめながら、徐々に勝己との距離を詰めていく。そして、お互いの拳が届く間合いに到達した瞬間……お互いの右拳がお互いの顔面を捉えた。

 

そう。何時だって、俺達二人の戦いの始まりは必ず――

 

「ウルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

――『真っ向勝負』ッッッ!!!!!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」

 

『こッ、コレは凄いッッ!! なッ、何と言う打撃戦だァ~~~~~ッッ!!』

 

パンチが、キックが、張り手が、爆発が。その全てが俺と勝己の間で絶えず巻き起こり、勝己は殴られ蹴られる度に出血と内出血が起こり、俺は爆発が起こる度に皮膚が焦げて吹き飛び、血液が気化していく。

そうして撒き散らされた小さな灰はスタジアムの上空を漂い、この戦いを見ている全ての観客達に降り注いでいた。

 

『汗とッ、皮膚とッ、血液が混じった灰燼をッ、誰も避けようとはしませんッ! 「戦いの聖灰」を誰もッッ、誰も避けることは許されないのですッッ!!』

 

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「ッッ!! この……ッッ!!」

 

『アアッアッ!! 捕まったッ!! やはり体格と体力の差は、呉島選手の方が圧倒的かァ~~~~~~ッッ!?』

 

「おるァアアアアアアッッ!!」

 

「GUGYAAAHHH!!」

 

『オオオッ!! アッパーカットォオオオオオオオオオオオッッ!! 引いていないッ!! 爆豪選手も全く引いていないッッ!! 呉島選手と互角に渡りあっているゥ~~~~~~~~~~ッッ!!!』

 

ああ、全くだ。頭を掴んでハンマーの様に振り回した両腕の攻撃の隙間をかいくぐり、顎に強烈な一撃をお見舞いする勝己に対して、全く以てそう思う。

やはり、俺が出久と一緒にオールマイトと特訓をしていた間、勝己が全く鍛えていないなんて事は有り得ない。勝己は確実に一年前よりも強くなっている。

 

「シャァアアッ!!」

 

「RUWOOOHH!!」

 

勝己の足払いを軽くジャンプしてかわすと、勝己の体を両足で挟んで固定し、勝己の顔面を容赦なく殴る。すると勝己は俺の両足に触れて掌からの爆破で抵抗し、それで流石に足の拘束力が弱まっていくのを感じ取ると、俺は足を離した直後に勝己の胸を軽く蹴り、上空からの踵落としを敢行する。

 

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「チィイイッ!!」

 

ふむ……流石にこんな大技は当たらんか。だが、これ位でもう充分だろう。

 

「やっと……温まってきたな……」

 

「……ZJOGABA」

 

そうか。それは良かった。此方も漸く体勢が……整ったッ!!

 

お互いのウォームアップが終わり、いよいよここからが本番。右手を上段に、左手を下段に向けた構えを取りつつ、勝己の出方を用心深く探っていく……つもりだったが、勝己はすぐに仕掛けてきた。

 

「『閃光弾【スタングレネード】』ッ!!」

 

「GAMUUUUU!?」

 

なるほど。両手の爆発で加速して一気に接近し、片手で目くらましを目的とした爆発を、片手で軌道修正を目的とした爆発を繰り出し、俺の背後を取って爆撃する……と言った所か。勝己にしては珍しく頭を使った戦法だが……甘いッ!!

 

「ふごッ!?」

 

俺の両目である『キャット・アイ』は単眼と複眼の能力を備えている。そして複眼を持つ俺にとって、一見して無防備に見える背中も視野範囲内であり、死角というモノは存在しない。そして、視認できると言う事は『超強力念力』の効果範囲内という事でもある。

かくして、背後に回って爆破を喰らわせようとしていた勝己に、中身が空洞のビー玉の中に閉じ込めるイメージで『超強力念力』を発動。逃げ場を無くした爆発が勝己自身に向けられた刹那、『超強力念力』を解除すると同時に右後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

「SIIIIYAHAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「ウゴォオオオオオオッ!?」

 

勝己の攻撃は失敗し、此方の攻撃は見事に成功。勝己は吐瀉物をまき散らしながらステージを転げ回るも、『爆破』による軌道修正で場外負けはしっかりと防いでいる。

 

だが、容赦はしない。ここで更に追撃させて貰う。

 

「NUUUUUHAAAAAAAAAAA!!」

 

「!! そうくるかよ……」

 

俺は両足を人間の形からバッタの形に変形させ、地に伏せると両手の爪をステージに突き立てた。思い起こせば予選の『障害物競走』では、轟と勝己の二人にはコレを思いっきり邪魔されていたっけな。

そして事のついでとばかりに、勝己の両足を『超強力念力』で強力に固定。これで勝己が逃げる事は絶対に出来ない。

 

「ッッ!! テメェ……ッ!!」

 

「FUUUUUUUUUUUUUUU……!!」

 

さぁ、お前もコイツを正面から受けて貰おうか……ッ!!

 

 

○○○

 

 

「時間にすると、ほんの数秒程度の出来事だったと思います。ですが、僕はその数秒の間に実に多くの事を感じ取りました」

 

この時の戦いの様子を、ヒーロー科1年B組の庄田二連撃は、後にこう語っている。

 

「両足をバッタの形に変形させ、ジャンプ力を強化した形態。ある意味では準決勝の轟君の時よりも厳しい条件です。そんな呉島君の体当たりを爆豪君がどうやって攻略するのか……B組の誰もが固唾を呑んで見守っていました。驚いたのは――、爆豪君がそこで構えを解いて、つっ立ったまま呉島君を迎えたのです。

ええ、まともに受ける形になりました。避ける素振りすら見せませんでした。ところがです。飛んだのです……ッッ、呉島君がッッ。いえ……“跳んだ”のではありません。文字通り宙に高く――、遠く――、“飛んだ”のです。ええ。これで試合は決まったと思いました、呉島君の場外負けだと」

 

『E―――――――――――――――――――――――!! GGYUAAA!?』

 

『なッ!?』

 

「ですがその時、不思議な事が起こったんです。呉島君の背中から六本の触手が飛び出して、その先端がステージに突き刺さって、場外負けをギリギリの所で逃れたのです」

 

『な、何? 投げ……たの……?』

 

『……分からねぇ……』

 

『バッ、バッタって……あんな触手が生える生き物だったけ?』

 

『……いや……』

 

「そりゃあそうでしょう。その時の爆豪君のした動作はこんな……まるで蠅でも追い払うかの様な……古流柔術にも合気道にもあんな型はありません。それにあんな触手が生えたバッタなんて見たことありませんし、聞いたこともありません。そして呉島君が背中から伸ばした触手を縮めて、ステージに戻った時……」

 

『スゲェな……呉島は』

 

『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』

 

『野郎……とんでもねェタマだぜ』

 

「鉄哲君が突然、呉島君を語り始めたんです。爆豪君ではなくッ!!」

 

この時、B組の面々は目の前で起こっている出来事の正体が何も分かっていなかった。そうなれば、何かを理解しているらしい鉄哲に質問が殺到するのは必然だった。

 

『ちょ、ちょっと待ってよ。何で呉島が凄いの? 投げたのは爆豪だよ?』

 

『それともあの触手に何か?』

 

『……あの触手については全然ワカらねェ……ただ、一つだけワカってる事がある。「前に進む力」や「前に出る力」が強ぇえほど……「横からの力」には弱ぇえって事だ。

例を挙げるなら、拳銃で腹ぁ撃たれると、弾丸が柔らかい腹ん中で色んな影響を受けて、横っ腹や肩から弾丸が飛び出る事があるんだと。甚だしい時には、観葉植物の葉っぱ一枚に、軌道を反らされる事さえあるらしい……』

 

「つまり、呉島君のアレは弾丸だと――。それほどに速いダッシュ力だからこそ、あんな軽い動作であんなにハネたんだと――。鉄哲君はそう言ったんです。そんな鉄哲君の言葉で思い出した試合があります。

1964年に米国フロリダ州で行われた、プロボクシング世界ヘヴィ級タイトルマッチ。その試合でチャンピオンの放った渾身の右ストレートに、チャレンジャーはパリングを実行。その結果、チャンピオンの右肩は重大な脱臼に陥ったのです。チャレンジャーのパリングが強烈すぎたから――と見る専門家もいますが、それは間違いです。むしろ、パリング如きで肩が外れてしまった、チャンピオンの拳の推力こそを讃えるべきでしょう」

 

取り敢えず、鉄哲のお陰で爆豪が呉島の弾丸タックルを攻略した方法は理解できた。では、呉島の背中から生えた触手の正体は一体何なのか?

再びステージに目を向けると、新が何処か困惑した様子で背中を触っており、どうやら本人ですら予測していなかった事のようである。

 

『何だ? 呉島にあんなモンがあるなんて聞いていないぞ?』

 

『当然だ。アレは我々が用意した秘密兵器なのだからな』

 

「その時、遂にイナゴ怪人が呉島君から生えた触手の正体を、我々に語り始めたのです。その想像を絶する、オゾマシイ正体を……ッッ!!」




キャラクタァ~紹介&解説

飯田天哉
 一回戦の「麗日VS爆豪戦」の時にデク君からかっちゃん対策を聞いていた為、試合開始直後の速攻を狙ってみたが、原作における轟戦のように、搦め手によって瞬殺された。まあ、爆破でガンガン攻めていたかっちゃんが、まさか目眩ましなんて技を使うなんて考えもしなかったのだろう。

緑谷出久&庄田二連撃
 バキ的な語り部をしてもらった二人。デク君は元々やらせるつもりだったが、庄田は出番が無さそうだったので敢えて出番を作ってみた次第。それぞれの元ネタは「最凶死刑囚編」における「花山薫VSスペック戦」と、「野人戦争編」における「刃牙VSピクル戦」。
 流石に実在の人物の名前を出すとマズイと思ったので、「チャンピオン」と「チャレンジャー」と言う形で誤魔化す事に。ちなみに烈海王が語った某試合だが、「カシアス・クレイ」でピンときた人は相当なボクシング通であろう。

A組の女子達
 シンさんに対する好感度はこれまでに遭遇した女子と比べても高い上に、準決勝で幼馴染み二人を除いて誰もシンさんを応援しなかったという惨状を目の当たりにしている為、怪人の土下座一つでチアコスもやってくれる良い子達。
 作者的には、『すまっしゅ!!』ネタで学ランでの応援もアリだったが、下記の峰田ネタをやるにはやはりチアコスの方が良いだろうと思い、応援コスチュームをチアコスに決定したと言う経緯がある。

B組の女子達
 イナゴ怪人1号が、7人中5人を恩と正論と真理と理論武装と屁理屈と話術と現実と恐喝によってチアコスで応援させる事に成功。小大は話を聞いた結果、クラスメイトへの義理&ヒーロー科のよしみで参加したが、アメリカ出身の角取は割とノリノリでチアコスを着て応援していた。
 ちなみに本場アメリカでは、チアリーダーは学校でもカースト上位の女子じゃないと出来ない事らしい。『フォーゼ』の天ノ川学園高校なんかもそうだったが、雄英高校の場合そこの所は一体どうなんだろうか……?

発目明
 ハイエナの如き嗅覚でイナゴ怪人1号の企みを察知。自身の野望へまた一歩近づく為ならば、チアコスを着て応援する位、全然大した問題では無い。ちなみに作中での峰田に対する「湘北の控え」発言は彼女の台詞である。作者的にジャンプのバスケ漫画と言えば、やはり『スラムダンク』。断じて『黒子のバスケ』ではない。

峰田実
 自身の妄想が大幅にパワーアップした様な現実を前にして発狂。そして今まで自分が女子に対してやってきた所行によって500%自業自得な返り討ちに遭う。
 今回の元ネタは『すまっしゅ!!』で峰田がやったイメージトレーニング的な妄想と、『幕張』の「最優秀高校生大会」における奈良重雄。こんな作品が掲載されていた当時のジャンプを、「古き良き時代」と思うか「無法地帯」と思うかは、好みの分かれる所であろう。

イナゴ怪人(1号)
 相手を自分の意のままに操る交渉術によって、ヒーロー科女子+αの大応援団を結成する事に成功。発目に関しては「カラスが死臭を嗅ぎつけてやって来やがった」と思っているが、見た目は可愛いし能力は高いので、下記のハロー効果は期待できるとして加えておいた模様。
 例によって今回も元ネタは色々あるが、ベースは『バキ』に登場したモハメド・アライ。死柄木? ステイン? 知らない人ですね……。



ハロー効果
 社会心理学の現象で、例えるなら「どんな醜男でも美人の彼女がいれば立派に見えてくる」と言った感じの現象の事。人間の価値観は結構いい加減であり、「三回以上、第三者の高評価を聞くとその人物に対する価値観が激変し、仮に容姿に関する事なら第三者の容姿レベルが高いほどその説得力が増す」と言われている。
 作中でイナゴ怪人1号がヒーロー科の女子達にシンさんの応援を求めた理由は、ズバリこのハロー効果を利用する事によるシンさんのイメージアップ。高い能力と優れた容姿を併せ持つ彼女達にチアコスでシンさんの応援をさせる事で、周囲の価値観を変化させようとしていた訳である。しかし、その結果は……。

日本のヴィランと西洋のヴィラン
 現代における日本の文化や犯罪者が元ネタ。まあ、実際に超人社会になったとしても、武器が“個性”に変わる程度でその本質は大して変わらない様な気がする。悪事のスケールや陰湿さなんかは確実にグレードアップするだろうけど。

触手✕6本
 シンさんの背中から生えた謎の触手。元ネタは『555』最終回で、完全覚醒直前のアークオルフェノク(と言うか照夫君)の体から生えていた6本の触手。決して『アマゾンズ』の千翼が変身するオリジナルアマゾンではない。
 シンさんに危険が迫ると積極的に背中から出現して、シンさんを助ける特性を持つ。その為、ヴィジュアル的な面以外でシンさんにデメリットは無い……筈。その恐るべき正体についてはこの後で投稿される次話で明かされますので、お楽しみに。

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