本編がシリアスとシリアルを行ったり来たりしていますが、此方は元ネタの所為もあって明後日の方向へ全力以上にブン投げた感じのカオス極まるギャグ展開です。どうか、頭を空っぽにしてお楽しみ下さい。
2018/4/8 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。
それは、一人の少年の嘆きから始まった。
「モテたい……ッ!!」
少年の名は峰田実。「女にモテて、女体に触りたい」と言う、不純極まりない理由からヒーローを目指している、どこぞのヴィランが聞いたら真っ先に粛正されそうな、自称「健全な高校生」である。
もっとも、こんな碌でもない野郎でも、世間では超難関校と呼ばれる雄英高校ヒーロー科に合格し、何だかんだで未だに除籍も起訴もされていないのだから、世の中何が起こるか分からないモノである。
「なあ、オイラどうやったらモテると思う?」
「どうした急に」
「急にじゃねぇんだよ……」
そんな、性犯罪者と紙一重……と言うか、ソレそのものと言っても過言では無い行動を繰り返す峰田は、自分の置かれている立場に頭を悩ませていた。
常日頃からエロ関係のギャグギャラを押しつけられ、挙げ句の果てに先日は担任の何となくで植林をさせられたのにも関わらず、全く女子にモテる気配の無い現状に……である。
「何か、心なしか出番も減ってる様な気がするし……このまま俺の人生終わるんじゃねぇかって……」
「だ、大丈夫だって! 一緒に何か考えようぜ!」
かくして、峰田の悩みを真剣に聞いていた、峰田の数少ない理解者(エロ仲間)である上鳴の助力を得て、峰田は現状を打破するべく行動を開始した。
手始めに上鳴の言う「一緒にいて笑えるヤツ」と言うモノを目指し、お笑いのDVDをレンタルショップから借りて、面白いヤツの共通点を見つける研究をした。この情熱を僅かでも別の方向にも向けられたなら、彼の人生も少しは変わっていたのではないかと思うが、そんな事はこの際どうでも良い。
そして、数日間の研究の末、峰田の出した結論は……
「な、何やってんだ、お前!?」
「何時の時代も裸芸が必ずウケてたよ」
峰田の結論は決して間違ってはいない。しかし、裸芸は「ウケる」ことはあっても、「モテる」と言う訳ではない。その事に気付かなかった峰田を待っていたのは、女子達からの理由ある暴力による制裁である。
「違うかー」
「何か俺も分からなくなってきた。ちと、他の奴も当たってみるか……」
それから二人は、モテるための方法を探し求め、手当たり次第にあらゆる努力を実践した。
切島からは引き締まった腹筋を――。
轟からは孤独の美学を――。
出久からは人気の秘訣と思われる二本角を――。
耳郎からは髪型の変更によるイメチェンを――。
常闇からは外套という中二病的な格好良さを――。
口田からはパンダの持つ可愛らしさを――。
青山からは輝きと言う「光と煌めきと狂奏曲」を――。
そして、蛙吹、麗日、葉隠の三人からは内面の美しさを――。
その全てを学び、一つの形として人型に集約された峰田の姿は正に究極。「アルティミネタ」と呼ぶに相応しい、色物感が半端ないトンデモ生命体への進化を果たす事と相成った。
「皆! マジで協力サンキューな! オイラ、早速今日町に繰り出してくるぜ!!」
「「「「「「「「「「え!?」」」」」」」」」」
彼等は皆、一様に困惑した。こんな生命体を世に送り出して良いのだろうか……と。
そもそも、根本的と言うか致命的に峰田が間違えていたのは、相談した相手の中に「モテる方法が分かる人間が誰一人として居なかった」と言う事。
もっと言うなら、ファンクラブが知らない間に結成されている轟然り、勝己然り、「モテたいと思ってモテている訳では無い」為、彼等にしてもモテる方法なんて分からない。彼等にしてみれば「気付いたらモテていた」のだから、それも当然と言えば当然である。
結局、峰田が真剣に取り組んでいる姿を知るが故に、残された者達は峰田を引き留める事が出来ず、後に心配になって峰田を探しに行くと、峰田はゴミ捨て場で人知れず、静かに涙を流していた。
「「「「「「「「「「(あちゃー。やっぱり……)」」」」」」」」」」
流石にコレは不憫すぎる。そう思った彼等が峰田に飯でも奢ってやろうと思ったその時、予想外の人物が峰田に声を掛けた。
「無様だな。エロ怪人グレープ・チェリーよ」
「「「「「「「「「「(い、イナゴ怪人!?)」」」」」」」」」」
そう、イナゴ怪人である。正確には「第10のイナゴ怪人」こと、イナゴ怪人ゼクロスと呼ばれる個体であるが、それが何故こんな場所に居るのか? その答えは、イナゴ怪人ゼクロス本人の口から語られた。
「……フッ。何だ? オイラを笑いに来たのか?」
「ふむ。ソレも悪くは無い……が、今回は違う」
「あん?」
「貴様の事情は全て知っている。そして今までの貴様等A組の努力の全ては……このイナゴ怪人ゼクロスが活躍するための前座の様なモノだったのだよ」
「ぜ、前座ぁッ!?」
「そう! と、言うわけでここからが『怪人バッタ男 THE FIRST』の真骨頂ッ!! これより怪人トライアルドーパントによる『ヒロアカ』世界の独自解釈を含めた『恋愛の科学的メカニズム講座』を開始するッ!!」
「「「「「「「「「「(ええ~~~~~~!?)」」」」」」」」」」
世界観を真っ正面から粉砕するイナゴ怪人ゼクロスの言動に、開いた口が塞がらないA組の面々。しかし、そんな事はどうでも良いとばかりに、イナゴ怪人ゼクロスはこの場に居ない自分の王たる存在にテレパシーを送っていた。
●●●
イナゴ怪人ゼクロスから送られたテレパシーを頼りに町のファミレスに入ってみると、そこには珍妙な格好をした峰田とマスクをした上鳴。そして明らかに高そうな肉料理を頬張るイナゴ怪人ゼクロスが俺を待っていた。
「どうした、エロ怪人グレープ・チェリー。食が進まぬ様だが?」
「進む訳ねぇだろ……」
「高ぇモンばっか頼んでるもんな、コイツ……」
「黙れ、女体研究部。このイナゴ怪人ゼクロスが、貴様等に素晴らしい暗黒の叡智を授けてやろうと言うのだ。それに比すれば、この程度は授業料としても安いモノよ」
「………」
他人の金を豪快に浪費しているにも関わらず、全く悪びれる様子も無く厚切りの肉をがっつくイナゴ怪人ゼクロスと、その横でこの店で一番高いパフェを突っつく俺。その向かいでは峰田と上鳴がお冷やをチビチビと飲んでいる。ちなみにパフェはイナゴ怪人ゼクロスが俺の好みを考えて勝手に頼んだ物である。
「時に、エロ怪人グレープ・チェリーよ……貴様は恐れ多くもかしこくも、数多くの人間の雌を侍らせたいと言う、身の程も弁えぬ薄汚い欲望からなる理想を現実にしようと足掻いたが、その企みの悉くが失敗。
そして、今やこのイナゴ怪人ゼクロスが誇る暗闇の頭脳に頼らざるを得ない状況にまで追い込まれている……と言う認識で間違いないか?」
「……ああ」
「良し。ならばこのイナゴ怪人ゼクロスが、貴様に科学的メカニズムを利用した複数とよろしくやる方法を伝授してやる」
「科学的……?」
「メカニズム……?」
「待て待て、ちょっと待て。ゼクロス、今更かも知れんが他人の恋愛事情と言うか、色恋に首を突っ込むのはあまり良くないんじゃ無いか?」
「? 何故だ王よ?」
「いや、だって、お前の言う通りにやって失敗したらどうするんだ? 責任とれるのか?」
「……王よ、仮に失敗したとして、それが何か問題があるのか?」
「は……?」
「考えてみろ。このエロ怪人グレープ・チェリーは、もう既に多くの雄英女子から本気の殺意を抱かれ、起訴と除籍と完全犯罪の一歩手前に追い込まれる程に嫌われているのだぞ? 今更、失敗もクソもある訳が無いではないか」
「「「………」」」
「まあ、心配するな。方法自体はちゃんとしたモノを伝授する。しかし、これを伝授するに当たり一つだけ言っておきたいのだが、貴様の様な変態キャラの場合、モテるよりもモテない方が人気は高まる傾向にある。所謂「モテる為に始めた筈なのに、モテない方が色々とオイシイ」と言うジレンマだ。
そして、ヒーローにとって人気とは、社会的支持を表すバロメーター。ソレを失うと言う事は、ヒーローをやっていく上で致命的なハンデを背負うと言う事でもあるが……それでも貴様はモテたいと思うのか?」
「……ああ、モテたい……ッッ!!」
「み、峰田!? 良いのか? ヒーローで人気が無ぇのは致命傷だぞ!?」
「分かってくれ、上鳴。オイラは分かってんだよ、オイラが轟や爆豪には絶対に叶わねぇって事位はよ……。だから、『雄英高校ヒーロー科』っていうブランドがある今を逃したら、オイラがモテる機会はきっと……いや、二度と無いんだ。
だからモテたい……ッ!! 例え、この悪魔に財布の中身をスッカラカンにされたとしても……ッッ!!!」
「峰田、お前……ッッ!!」
「ククク……宜しい。では、早速だが、ナンパ怪人リビドー・スパーキングよ。貴様は人間の雌をどのような基準で選別して声を掛けるのだ?」
「え? う~ん、やっぱ、見た目がカワイイとか、キレイとか、スタイルが良いとか……そんな感じだな」
「では、何故脳がそのような判断を下すのか分かるか?」
「え? 何でってそりゃ、カワイイから、キレイだからじゃないのか?」
「論外。まあ、貴様の言う通り、確かに人間は雄にしろ雌にしろ、基本的に容姿の優れた異性を好む傾向にある事は確かだ。科学的に言うと、これは対象となる異性の容姿から、自分と番になった場合に生まれてくる子供の容姿を、無意識の内に脳内で予測しているからだと言われている。しかし……」
「「しかし?」」
「コレは絶対では無いッッ!! 世の中を見てみるが良い!! 絶世の美男美女と付き合っている、二目と見ることの出来ない醜男醜女なぞ、幾らでも存在しているではないかッ!!」
「た……確かに!!」
「では……何故、その様な現象が現実に起こると思う?」
「え? それは……その……」
「やっぱ、『性格が良い』とかじゃねーか?」
「いや、その可能性は極めて低い。確かに『恋愛で重要なのは性格が良いことだ』と言う人間がいるが、そんな話は真っ赤な嘘と言わざるを得ない。
仮にそれが真実であるとするなら、性格の良いジジババはモテモテで無ければオカシイ事になり、雌が雄を振る時に『いい人なんだけど……』と言う事だって有り得ない事になる。
そもそも、好きな雌に対して性格が良さそうに振る舞うのはどんな雄でもやる事なのだから、同じように振る舞っていたら外見の悪い雄は外見の良い雄には絶対に勝てん」
「な、なるほど……」
「で、でもよぉ。それじゃあ、何が人を好きになるのに重要なんだ? 科学的に見て」
「科学的に見るならば、人間の語る恋などと言うモノは、脳内の化学物質が起こす錯覚。泡沫に等しい幻想。束の間のマトリックスに過ぎん。故に、雌は化粧で外見を繕い、雄は嘘をついて見栄を張る。謂わば『騙しあい』と言う名の醜い生存競争の一側面だ。
それを理解して尚、貴様がモテる方法を知りたいと言うのなら……我が王に一肌脱いで貰う事で、貴様にモテる方法を教える事は出来よう」
「……え?」
え? 何? 今まで全然会話に入れてなかったケド、ここに来て俺の出番? てゆーか、よりによって俺? 峰田や上鳴じゃなくて?
「ククク……安心しろ王よ。決して悪いようには転ばん」
……駄目だ。不安しかねぇ。イナゴ怪人ゼクロスの邪悪な怪人スマイルを見て、俺はこの場にノコノコとやって来た事を心底後悔した。
●●●
翌日。俺はイナゴ怪人ゼクロスの言葉に従い、自称「科学的にモテる方法」を実践する事と相成った。ターゲットは、ケロケロ可愛い梅雨ちゃんだ。
「……正直、無様に失敗するヴィジョンしか見えないんだが、本当にやるのか? てゆーか、やらなきゃ駄目なのか?」
「問題ない。そして心配は無用だ。さあ、行くのだ王よ」
「「………」」
……止むを得んな。正直俺としては絶対にやりたくないのだが、峰田と上鳴の目力が凄いし、イナゴ怪人ゼクロスがバカスカと高いモノを片っ端から食い荒らした所為で、俺の選択肢から「断る」が完全に消滅させられている。しかも、俺も何気にお高いパフェを奢って貰っている訳だし。
……仕方ない。ここは覚悟を決めようか。
「……梅雨ちゃん。ちょっと良い?」
「? なぁに、シンちゃん?」
「……このボタン、押してみ?」
「? はい」
「……ギュッ!!」
「ケロッ!?」
「「や、やったッ!!」」
「流石、我が王! どんな無茶振りでも何だかんだで必ずやってのけるッ!! ソコにシビれる、憧れるぅう~~~~~~~~ッ!!」
イナゴ怪人ゼクロスの言葉通り、俺は「梅雨ちゃんを思いっきり抱きしめる」と言う無茶振りを敢行すると、梅雨ちゃんは困った様な悲鳴を上げ、柱の陰から此方を見守っている峰田と上鳴が驚愕の声を上げた。
まあ、普段の俺は女子に話しかけるのにも神経をすり減らすシャイボーイだからな。まず、こんな大胆な行動は取らないし、そもそも出来ない。
「ケロォ………」
……しかし、この後の事を考えると非常に気が重い。多分、梅雨ちゃんの中で俺の位置づけは峰田と同等かそれ以下になった事だろう。そう思うと、これからの学校生活は地獄以外の何物でも無い。
「………」
「………」
そして梅雨ちゃんをハグから解放すると、梅雨ちゃんは困った様な表情で此方を見ている。何時も表情が分かりにくい梅雨ちゃんにしては、珍しく分かりやすいリアクションだ。
「………(スッ)」
「……?」
そして、梅雨ちゃんからの制裁を覚悟する俺だが、何故か梅雨ちゃんは無言で何か……そう、まるでボタンを押すような感じで右手を出してきた。そこで、試しに無言で先程のボタンを差し出してみると……。
「………(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチチカチカチカチ……)」
梅雨ちゃん、まさかのボタン連打ッッ!!! それも尋常では無い回数だッッ!!!
「………(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチチカチカチカチ……)」
え!? その目は何!? またやるの!? またやらなきゃいけないの!? てゆーか、そろそろボタンの連打止めてェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!
○○○
新が蛙吹の予想外の行動に驚いていた一方、柱の陰に隠れて様子を伺っていた峰田達もまた、蛙吹の行動に度肝を抜いていた。
「えええええええええええ!? 何でぇええええええええええええええええ!?」
「ククク……何、ちょっと蛙の持つ習性を利用したのだ」
「蛙の?」
「習性?」
「そうだ。異形系の中でも生物型の“個性”持ちは、多かれ少なかれ対象となる生物の特徴を持っている。そして、蛙は繁殖の際に雄の方が圧倒的に雌よりも多く集まる関係上、雌は相手選びに非常に五月蠅い。一説には自分の周囲に弱い雄しかいなかった場合、雌を巡る雄同士の争いをわざと激化させ、その中で最も強い雄を選別すると言われている。
そして、蛙の雌は『抱きつく力が最も強い雄の求愛を受け入れる』と言われていて、これは遺伝子的に見て、雌にとって一番屈強で決断力のある雄と番になるのが、次世代に強い遺伝子を残す生存戦略において、最も有効だと考えられるからだ。つまり……」
「「つまり?」」
「生物型の“個性”持ちが相手の場合、その生物の習性を利用すれば、モテる確率は格段に跳ね上がるッ!! 見ろッ! 最強の雄に抱きしめられた事で『求愛された』と肉体が思い込み、発情した猫の様な表情を見せる怪人蛙女をッ!!」
「ギュ~~~~~ッ!!」
「~~~~~~~~~~~ッッ」
「チ、チクショウ……ッ! 呉島のヤツ、一人だけ良い思いしやがって……ッッ!!」
「……アレ? でも蛙って確か『鳴き声の良い雄がモテる』って、なんかの番組で聞いたような気がするぜ?」
「確かにその通りだが、縄張りを持つ蛙の場合、『雄同士の戦いに勝った方だけが鳴く事が出来る』様になっている。現に負けた方の雄が鳴いた場合、勝った方の雄によって水中に沈められてしまうからな。
つまり、『鳴き声の良い雄=強い雄』であり、繁殖の際には全ての蛙の雄が鳴いていると言う訳では無い。そもそも、縄張りを持っていると言う時点で、強い雄であると言える」
「成る程」
「何だよ! それじゃあ、弱い雄は遺伝子を残せないって言うのかよ!!」
「いや、そうでもない。弱い雄の場合、うかつに鳴くと強い雄に排除されてしまう危険性があるから、わざと鳴かずに自分の近くに雌が通るのを待って、雌が来たらその背中に飛び乗ると言う方法で繁殖を成功させる場合もある。この様な雄は縄張りを持つ『縄張りオス』に対して『サテライトオス』と呼ばれている」
「おお!!」
「ちなみに蛙の雄が雌に抱きつく行為は『抱接』と呼ばれ、これは雄が雌の背後に回って胸を強く締め付ける行為なのだが、これは世界中のどの種類の蛙でも基本的には同じだ。
そうする事で雌は排卵が促され、アマガエルなんかはそのまま産卵に適した場所に移動するのだ」
「!! そ、そうか!! つまり、今の発情した蛙吹に後ろから抱きついて胸を強く揉めば、簡単にウコチャヌプコロが出来るって訳だな!!」
「え!? おい、ちょっと待て! 峰……」
「ッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
かくして、性欲丸出しの表情を隠すこと無く、目を血走らせ鼻血を垂れ流す峰田は猛然と走り出し、まるで蛙のように蛙吹の背中に飛び乗った。
●●●
イナゴ怪人ゼクロスに言われた通りにやってみたのは良いものの、どうやってこの場を収めればいいのだろうかと、再び梅雨ちゃんを強く抱きしめながら考えていた所、突然峰田が梅雨ちゃんに後ろから襲いかかり、コレでもかと梅雨ちゃんの胸を揉みしだくと言う暴挙に出た事で空気一変。
梅雨ちゃんは感情の全てを削ぎ落とした能面の様な表情と、殺意を燃料源とする漆黒の炎を宿した瞳で峰田に情け容赦ない制裁を加えると、プリプリ怒りながらそのまま何処かへ去ってしまった。
「おい、どう言う事だテメェ! 話と全然違うじゃねぇか! オイラを騙しやがったのか!?」
「貴様は馬鹿か? 目の前で最強の雄が求愛している状況で、貴様の様な最強には程遠い生物の求愛なんぞ受け入れる訳が無いではないか。
そもそも、幾ら蛙の習性を持っていると言っても、ベースは人間だ。それなりに好感度が高い王なら兎も角、完全犯罪を考える程に嫌悪感を持っている貴様に胸を揉まれて嬉しい訳が無いだろうが」
「………」
その言葉に「俺ってそんなに好感度高いか?」……と疑問に思いつつ、イナゴ怪人ゼクロスの言う事自体は、至極もっともな意見であるとも思った。
確かに世の中には不器用な男の不器用な口説きというモノもあるにはあるが、峰田のアレはその範疇を明らかに超えているし、もはや求愛と言える様なモノでも無い。ぶっちゃけ、青いツナギを着て「やらないか?」と言った方がまだマシかも知れない。
「……まあ、要するに生物型の“個性”持ちが相手の場合、強くなきゃ難しいって事か?」
「まあ、そうだな。そもそも生物は、その大半が雄よりも雌に繁殖の決定権がある。人間の繁殖は自然界でも希有な例外と言えるだろう」
「それじゃあ、他のタイプはどうなるんだ?」
「!! そ、そうだぜ!! 他のタイプならどうなるんだよ!!」
「うむ。その前に昨日言った事を覚えているか? 番を選ぶ上で、外見や性格は重要では無い……と言う話だ」
「お、おお……」
「では……雄にせよ雌にせよ、異性を惹き付ける上で一体、何が重要な要素になると思う?」
「ん~~~~~~? 何だ?」
「それは……」
「「それは?」」
「それは匂いッ!!」
「「に、匂いッ!?」」
「そうだ。動物にフェロモンがあるように、人間にもフェロモンがある。実際に欧米のいくつかの大学の研究で、人間は自分と一致しない免疫能力持っている異性の匂い……つまりはフェロモンを本能的にかぎ分ける事が出来る事が証明されていてな。
特に人間の雌は雄よりも嗅覚が鋭く、外見以上に相手の体臭を気にしていると言う事が分かっている。これは自分が持っていない免疫能力を持つ相手を選ぶことで、より強い子孫を残そうとする生物としての本能が働いているからなのだ」
「へ、へぇ……」
「そりゃあ、スゲェな……」
「また、その他に効果がある方法として、自分と相手の“類似性”を高めるのが良いと言われている」
「「類似性?」」
「簡単に言うと『自分と似たような相手を好きになる現象』のことだ。例えば、カップル同士は大体、お互いの服の趣味が近かったりするだろう?」
「ああ……」
「そう言われてみれば、確かに……」
「コレは本来、人間も動物も遺伝子的に同一の形質の種にしか、性的興味を示さない様に出来ていて、顔がどんなに美人でも服装が下品すぎたり、メルヘンチック過ぎたりして好きになれない……何て言う現象が起こるのは、余りにも自分と違う外見の人間である所為で、その人物が『同種の生物である』と、脳が認識するのが難しいからだ。
異形系の雄が、同じタイプの異形系の雌と番になる傾向が強いのも、この類似性によるものだろう」
「あ~~。確かに、言われてみればそんな経験あるし、そんな感じがするな」
「え!? オイラそんな経験一度も無いぜ?」
「「「………」」」
うん。確かに峰田にはそう言う経験は無いかもな。何せ脳内補正を掛ければ、リカバリーガールでもイケる様な男だし。
「まあ、貴様の事はどうでも良い。つまりは、生物ならば誰もが持つ、これらの遺伝子的習性を利用すれば……」
「オイラでもモテる!!」
「恐らく」
この後、峰田は女子との類似性を高める為か、女装した状態で座学の授業を受け、パツパツの全身タイツの様なスーツで実技の授業を受けた。
更に何か香水でも振りかけたのか、峰田は全身から形容しがたい異臭を放っており、クラスの女子の面々は峰田に思いっきり引いていた。
○○○
「何だよ、全然駄目じゃねぇか!! せっかく通販で誰でも簡単に女とエロい事が出来るって評判の香水を大枚はたいて買ったってのによぉおおおおおおおおおおお!!」
「それは貴様が騙されただけだろう。それに私は言った筈だぞ? 類似性とは『自分と似たような相手を好きになる現象』だとな。そしてソレは何も、見た目に限った問題では無い。例えば……アレを見ろ!」
またも作戦がものの見事に失敗し、更なる散財に慟哭する峰田。そして、イナゴ怪人ゼクロスが指さす先にあったものは……。
「マイセンクリスタルって良いよな。陶器の方も」
「ええ。実は先日、狩人シリーズのモカ十二ピースセットを頂いたのですが、デザインは良いんですが使い勝手が悪くて……もっぱらお客様用ですわ」
「確かに日頃使うならライトでコンパクトなヤツが良いよな。ウェッジウッドのユーランダーパウダーとか……」
「……え? アイツら、何の話してんだ?」
「フッ。先程も言った通り、類似性とは『自分と似た相手を好きになる現象』の事。そして、このクラスで八百万おぜう様と同レベルの話をする事が出来るのは、父がマイセンクリスタルのコレクターである我が王のみ! それによって八百万おぜう様の脳は、王を自分の仲間だと認識しているのだッ!!」
「いや、だから何の話してんだよ、アイツら!?」
「聞いて分からんか? 『金持ち語』だ」
「庶民じゃ太刀打ちできねーじゃねーかッ!!」
「ならば別の方向から攻めれば良かろう。例えば貴様の得意な分野とか」
「オイラの得意な分野ねぇ……」
その時、峰田の脳内に電流走る……ッ!! そして名案を思いついた峰田は、八百万との類似性を高める為、八百万との会話を試みた。
「知ってるか~~? 八百万ぅ~~。亀の○○○はバリいかついんだぜぇ~~?」
「………」
「蛇の○○○は二股に分かれてるんだぜぇ~~~?」
「………」
「豚の――」
次の瞬間、雄英高校に無数の銃声が木霊した。
●●●
八百万が『創造』で作ったマシンガンで蜂の巣にされたにも関わらず、峰田はしっかりと生きていた。並の異形系“個性”が裸足で逃げ出すレベルの、呆れ果てる程に強靱な生命力である。
「チクショウ……チクショウ……ッ! オイラは只、八百万と知的な会話をしようとしただけだったのに……ッ!! やましい気持ちなんて99%位しかなかったのに……ッ!!」
「いや、それでなんでよりによって○○○の話?」
「うむ。トリビアを披露して賢ぶろうとしたが、前後の文脈が無い所為で突拍子も無い妄言となっていた……と言う感じだったな」
「……つーか、冷静に考えたらよぉ。轟なんかは何もしなくてもモテるだろ? 努力してモテない奴は、どう足掻いたって努力しなくてもモテる奴と同じ様になる訳ねぇと思うのはオイラだけか?」
「ふむ……。ではいっそのこと、周囲のイケメンの基準を変えると言うのはどうだ?」
「? どう言う事だ?」
「人間の顔の美感というモノは、その人物がその時までに見てきた顔のパーツの平均値によって決まるモノでな。昔の日本では下ぶくれな顔が美人だと言われていたが、現在では違うだろう? アレは当時の日本人にそうした顔の人が多かった上に、顔の形が全く異なる外国人を見たことが無かったからだと言われている。
仮に現代でもそうした顔の人間が多かった場合、そうした人間の顔が平均値として認識され、自然に美人とされるのだ。実際にメディアではこの性質を利用し、ある人物をテレビや雑誌などで大量に露出させる事により、その人物の容姿を平均化させてブームを起こしたりしているのだ」
「ほう……。興味深いな」
「……で、具体的にはどうすんだよ?」
「つまり物凄いデブや、変な顔の人間を大量に見せれば、その人物の美感の平均値を下げる事が出来ると言う事だ。ちなみにこう言う現象で『ファラ効果』というモノがあり、人間の美感の平均値は簡単に操作できる事が科学的に証明されている」
「で、でもよ。簡単に操作できるって言うんなら、その美感の平均値ってのを下げても、すぐ元に戻っちまうんじゃねーのか?」
「安心しろ。その点は、我々が発明した美感の平均値を固定する方法で解決する。そして、ソレを証明するために、その方法をナンパ怪人リビドー・スパーキングに施している所だ」
……何だろう。物凄く嫌な予感がする。
そんな俺の不安を余所に、上鳴がイナゴ怪人スカイとイナゴ怪人スーパー1と共に、此方の方に近づいてきた。見た感じでは特に上鳴に変わった様子は見られないが……。
「では、我々の方法が上手く作用しているか、実験を開始しよう!! ナンパ怪人リビドー・スパーキングよ! コレを見ろッ!!」
「コ、コレは……ッ!!」
「『はじめの一歩』のトミ子だーーッ!!」
「カワイイィーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「『カイジ』の坂崎美心だーーッ!!」
「カワイイィーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「『ToLoveる』の古手川唯だーーッ!!」
「ふーん」
「『けものフレンズ』のサーバルだーーッ!!」
「ふーん」
「『漫☆画太郎』のババアだーーッ!!」
「カワイイィーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「『まどマギ』の暁美ほむらだーーッ!!」
「ふーん」
「『ラッキーマン』の不細工です代だーーッ!!」
「カワイイィーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「『NARUTO』の日向ヒナタだーーッ!!」
「ふーん」
「『幕張』の鈴木智恵子だーーッ!!」
「カワイイィーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「フハハハハハハハハハハハ!! どうだエロ怪人グレープ・チェリーよ! 我々の技術力は完璧だろう!」
……いや、これってもう美感の平均値を下げたって言うより、上鳴をブス専に変えたってだけなんじゃないか? それもトンデモないレベルの……。
「か、上鳴……おめぇ……」
「……で? コレがどうなれば最終的に峰田がモテる事に繋がるんだ?」
「うむ。アメリカンヒーローの『キャプテン・セレブリティ』の例を見れば分かるように、現代に於いては恋愛ネタよりも不倫スキャンダルの方が、民衆には圧倒的に人気がある。それは何故か?
それは民衆が自分達で一度持ち上げた人気者を寄ってたかって引きずり下ろす事に快楽を見いだす愚かな生物だからだ。不倫などと言うモノは当事者達で解決すればいい話で、他人など関係無いのだからな」
「確かに」
「それに加え、現代は『結婚できない時代』だ。人間の雄の3人に一人、雌の4人に一人は30代後半になっても独身で、貧困層も増加傾向にあるから、結婚は謂わば『リア充の特権』と言えるモノに昇華している。自分達が結婚も出来ないのにリア充が不倫までしてたら、そりゃあ嫉妬で叩きたくもなるだろう?」
「確かに」
「しかし、中には例外もある。例えば美男美女のカップル、もしくは片方が醜男か醜女で、片方が美男か美女と言う組み合わせが結婚した場合、周囲は口でこそ祝福するが、その心中では怨嗟がとぐろを巻いているものだ。しかし、不細工同士のカップルの場合はそんな事は起こらない。
そこで、このナンパ怪人リビドー・スパーキングの様に、美醜概念を逆転させた雄を大量に野に放つ事で世の雌に対する美の基準を逆転させ、世にはびこる魑魅魍魎と見紛うばかりの醜女・違面・面誤にイケメンをあてがい、天国から地獄へと引き摺り下ろされた美人・麗人・佳人に我々が手を差し伸べるのだ。
美人のハーレムなら嫉妬で叩かれること請け合いだが、不細工のハーレムなら嫉妬で叩かれる事はまずないから、こうする事で多くの美しい雌を侍らせても問題は無いと言う訳だ(間違い)」
「……成る程」
思いの外、恐ろしく壮大な計画だった。しかも、峰田のハーレム願望を叶えた後の事までちゃんと考えており、時間こそ掛かるだろうが、確かにその方法ならば「キャプテン・“お騒がせ”セレブリティ」の様にはならないかも知れない。マッチポンプも甚だしいが。
しかし、この作戦の実行に、他ならぬ峰田が待ったを掛けた。
「頼む、お願いだぁ……。上鳴を元に戻してくれぇ……ッ!」
「何故だ? 自然界においても、見た目が派手な雄……つまりチャラ男は雌にモテる傾向にある。何故なら目立つと言う事は天敵に狙われやすいと言う事でもあるが、性成熟するまで生き残ったと言う事は、逃げ足が速いと言う事でもあり、その遺伝子を雌は『良い遺伝子』だと判断するからだ。つまりは、お前の繁殖を妨げる敵だるぉお~~~~~?」
「そうかも知れねぇ……そうかも知れねぇケド……ッ!! オイラは上鳴と一緒に馬鹿やりてぇんだよッ!! オイラがグラビア雑誌を見てコーフンしてる横で、上鳴が妖怪図鑑を見てコーフンしてるなんて……オイラそんなの嫌なんだよぉお……ッ!!」
「不細工を妖怪って形容するあたり、地味にお前も酷いな」
「……フン、甘いな。だが、今回は貴様の薄汚い欲望を超越する、その厚い友情に免じて許してやろう」
「……いや、許すも何もお前の仕業だろ」
「もっとも、確実に元に戻るとは限らんがな」
「「え゛!?」」
しれっと爆弾を投下したイナゴ怪人ゼクロスに驚きを隠せない俺達だったが、今の俺達では上鳴の美感を元に戻すことは出来ない。上鳴が元に戻るのかどうかは、全てイナゴ怪人のさじ加減に掛かっている。
そして、再びイナゴ怪人の施術を受けて、戻ってきた上鳴は……。
「『Fate』のアストルフォちゃんだーーッ!!」
「キャワイイィーーーーーーーーーーーッ!!」
「『ハイスクールD✕D』のギャスパーだーーッ!!」
「キャワイイィーーーーーーーーーーーッ!!」
「『はじめの一歩』のトミ子だーーッ!!」
「もう見たー」
「『カイジ』の坂崎美心だーーッ!!」
「もう見たー」
「『進撃の巨人』のアルミンだーーッ!!」
「キャワイイィーーーーーーーーーーーッ!!」
「『漫☆画太郎』のババアだーーッ!!」
「もう見たー」
「『ラッキーマン』の不細工です代だーーッ!!」
「もう見たー」
「『暗殺教室』の潮田渚だーーッ!!」
「キャワイイィーーーーーーーーーーーッ!!」
「『BLEACH』のジゼル・ジュエルだーーッ!!」
「キャワイイィーーーーーーーーーーーッ!!」
「『幕張』の鈴木智恵子だーーッ!!」
「もう見たー」
「上鳴ぃいいいいいいいいッ!! 元に戻ったんだなぁああああああああッ!!」
「グハハハハハハハハハ!! どうだ王よ! 我々の技術力は世界一だろう!?」
「お前達の行動には、悪意しか感じないがな」
確かに上鳴の美感は戻っているのかも知れない。
しかし、峰田は気付いていないようだが、俺は気付いてしまった。イナゴ怪人ゼクロスが見せた綺麗どころが全部男だと言う事を。そして、上鳴が不細工を見たとき「ふーん」と言う無関心な言葉ではなく、「もう見たー」と言った事を……。
●●●
さて、イナゴ怪人ゼクロスの壮大な作戦が頓挫した事で、使える手段も残り一つとなってしまった。。
「こうなればもはや残された手段はコレしか無い。コレで駄目ならもう諦めろ。終わりだ」
「お、終わり……」
「……で、その最後の手段ってのは何だ?」
「有名な『つり橋実験』と言うモノがあるだろう? 前にも言ったが、恋などと言うモノは脳内の化学物質が起こす錯覚に過ぎん。実際は恐怖を感じて緊張しているだけなのに、その場に異性がいると、それを恋だと錯覚してしまうのだ。ヒーローが人命救助をして、助けた異性にキャーキャー言われるのもその所為だ」
「そ、そうか……」
「うむ。だからそんな状況を意図的に作り出せば、貴様の願いが成就する確率は飛躍的に上昇するだろう。ま、後は貴様次第だ」
その言葉を最後に、イナゴ怪人ゼクロスは消えた。いやにあっさりと居なくなった事に少々の違和感を覚えたが、もう俺に出来る事もないので、俺もとっとと寮の自分の部屋に戻った。
「………」
しかし、この時何かやっていたならば、あんな事は起こらなかったのかも知れないと、俺は後に後悔する事になる。
○○○
全寮制――。それは夜も休日も、健やかなる時も病める時も、クラスの皆と一緒に生活すると言う、否が応にも様々なイベントが巻き起こる禁断のシステム。そんな恐るべきシステムを誰よりも満喫している少女がA組にいた。
「いや~、毎日湯船に浸かれるなんて、全寮制様々だな~~♪」
麗日は全寮制の生活に心から満足していた。一人一部屋でエアコン・トイレ・冷蔵庫・クローゼットが付いた贅沢空間を与えられた上、光熱費やエアコンの設定温度などを考える必要が全く無い。
それは、これまで貧乏によって、無駄の無い研ぎ澄まされた生活を送っていた麗日にとって、正に夢のような生活であった。
そして、今日も今日とてヒーローになる為の勉強を終えて風呂に入り、睡眠を取ろうとベッドの掛け布団をめくった瞬間。そこに居る筈の無い存在がそこに居た。
「マンマミィ~ヤァ~~~」
「キャアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「ケダモノ~~~!」
「ケダモノはソッチィイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
麗日のベッドの中に潜んでいたのは、黒いベネチアンマスクに、赤いビキニパンツと網タイツを穿いた二頭身のブタ……と言うか変態だった。そんな変態豚が部屋に侵入していた事に混乱する麗日に、更なる混沌が襲いかかる。
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「!?」
それは、麗日の部屋のドアを破り、凄まじい絶叫と共に現われた。傍から見れば、麗日の悲鳴を聞いて駆けつけたヒーローの様に思えるが、その者が顔に被っている仮面が問題だった。
それはどこをどう見ても女性用下着……つまりはパンティ以外のナニモノでもなく、おまけにそのデザインと柄に見覚えがある。いや、有り過ぎる。と言うか、ついさっき風呂に入るまで自分が穿いていたパンティだった。
「さあ、オイラが来たからには、もう安心だ!!」
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
事実、麗日に安心できる要素など一つも無かった。ベッドにはSM趣味全開の格好をした変態の雄豚が寝っ転がり、部屋の入り口には自分の使用済みパンティを被った変態ブドウが立っている。前門の変態、後門の変態とはよく言ったモノである。
仮に相手が普通の変態だったならば麗日でも何とかなっただろうが、片や「ギャグ補正」と言う何でもアリな反則“個性”。片や「使用済みパンティを着用してパワーアップする」と言う、両者とも想像を絶する能力を獲得している超弩級の超絶変態である。
ここで麗日が自爆覚悟で“個性”を使い、無酸素空間を作り出した所で麗日だけが気絶し、変態共が気絶した麗日に襲いかかる可能性は決して低くは無い。
正に絶体絶命。もはや麗日の尊厳は風前の灯火と思われたその時、大混乱に陥った麗日の脳裏にイナゴ怪人1号の言葉が蘇った。
『困った時があれば迷わずにコレを使え。さすればメシアが貴様をもれなく救済するだろう』
その言葉を思い出した麗日は、藁にもすがる思いでイナゴ怪人1号から貰ったソレを迷わずに使った。
「えいッ!!」
「「子供用防犯ブザー!?」」
変態共が言う通り、麗日が取り出したのは小学生なんかが持っている子供用防犯ブザー。その表面には我らが『仮面ライダー』の顔がプリントされたシールが貼られており、子供用と言う印象に更なる拍車を掛けている。
そして、室内にけたたましいブザーが鳴り響く……と思われたが、ブザーから流れたのはありきたりな警告音などではなかった。
『輝けェー! 流星の如くゥー! 黄金の最強ヒィーロォーッ! ハイパァーッ! ムテキィーッ! ホッパァアーーーッ!!』
「へ?」
「「は?」」
「フハハハハハハハハハハハハハハ!!」
その余りにも独創的な音声を聞いて、呆気にとられる一同。すると次の瞬間、高笑いと共にキングでエンペラーな風格と、エクストリームでグレイトフルでハイパームテキな雰囲気を醸し出す『黄金のバッタ男』が、黒マントをなびかせて麗日の前に出現した。
「もう大丈夫ッ! 私が来たッ!!」
「シン君ッ!!」
極めた特殊能力を駆使し、颯爽と現われた黄金のバッタ男に縋りつく麗日。そして黄金のバッタ男は変態二匹を視界に収め、どう見ても犯罪の現場としか思えない状況に殺意を覚えつつ、雀の涙ほどの希望的観測から変態二匹に話しかけた。
「……二人とも、何か言いたい事はあるか?」
「テレビで『ベッドの中に人が居るのが一番怖い』って言ってたよ」
「私は『起きたら人が居るのが一番怖い』と言ったのだがな」
「……その被ってる仮面は?」
「フェロモンで麗日とオイラの免疫が不一致なのか調べようと思って」
「……その鞭とロウソクは?」
「私の趣味だ。良いだろう?」
「………」
二人の言葉を聞いて、しばし思案する黄金のバッタ男。しかし、どう考えても情状酌量の余地は無い。
「二人とも死刑」
「何だと! 私はこの変態ブドウに頼まれてやむを得ずこんな事をしているのだぞ! こんなケダモノと一緒にするんじゃあないッ!!」
「ああ!? テメーだってノリノリだったじゃねぇか!! オイラ一人犠牲にしようったってそうはいかねーぞ、このブタ野郎ッ!!」
「何だとぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「何をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「……もう良い。仲良くしろ」
醜い言い争いを繰り広げ、仲違いする変態二匹を不可視の力で拘束し、強制的に仲直りのキスをさせると、黄金のバッタ男は麗日に男同士の生々しい光景を見せない様にしつつ、自分の担任に事の顛末をスマホで報告した。
○○○
翌日。峰田と神谷は寮の前で、それぞれの担任から今後の寮生活についての説明を受けていた。
「え? 何ですか、コレ?」
「見れば分かるだろう。寮の別館だ」
「え? 豚小屋の間違いでしょ?」
「どっちでも良い。これからお前達にはずっと此処で生活して貰う」
「……一発ネタですよね?」
「「そう思うか?」」
「……生まれ変わります」
「「これからのお前達次第」」
「フンッ! 無様だな、この雄豚めがッ!!」
「「「お前もそうだろうがッ!!」」」
かくして、峰田と神谷は豚小屋に移住した。その後、自業自得とは言え、余りにも不憫だと思った上鳴が担任に直訴しようかと提案したところ、二人はイイ感じに決まった顔で、「住めば都」だと言ってのけたと言う……。
○○○
一方その頃、寮に12ある空き部屋の内の一室で、イナゴ怪人達が秘密の会議を進めていた。部屋の扉には『暗黒結社ゴルゴム・雄英高校支部』と書かれていて、本部も無いのに支部と書くあたりに、何か並々ならぬモノが感じられる。
「……して、イナゴ怪人ゼクロスよ。今回の作戦の成果は?」
「うむ。多少のズレはあったものの、『雄英女子撃滅作戦』は順調に進んでいる」
「良し。では、ナンパ怪人リビドー・スパーキングに施した技術のデータを元に、『美醜逆転・月の眼計画』の準備を進めるのだ」
「承知。全ては我らの王が、世界の覇権を握る為」
「覇権……。何と言う甘美な響きよ……」
「うむ。オールマイトの失敗は……オール・フォー・ワンと言う裏の支配者を倒しておきながら、表と裏の二つの世界を制する事をしなかった事にある。まあ、それをする事が出来なかったとも言えるが……」
「5年前のオール・フォー・ワンとの戦い以降、活動限界を課せられたオールマイトには、そんな余力など残されていなかっただろうからな……」
「然り。しかし、オールマイトとオール・フォー・ワンの二人が倒れ、表にも裏にも支配者がいない今こそが絶好の機会。手始めに、絶対的な力を得た我らの王が、表と裏の二つの社会の支配者となり、幸福によって日本を征服し……」
「「「「「「「「「「「「いずれは世界を征服する」」」」」」」」」」」」
暗黒結社ゴルゴムの恐るべき計画は、よりにもよって日本最高峰のヒーロー養成学校の片隅で、確実にその芽を伸ばしていた!
危うし! 怪人バッタ男! 世界征服の魔の手は、すぐ近くに潜んでいる!!
「シンちゃん。イナゴの佃煮食べない?」
「呉島さん、ラタトゥイユはいかがですか?」
「シン君、味噌カツどう?」
「「「むっ!」」」
「い、いただこう……」
……取り敢えず、負けるな! 我らのヒーロー、怪人バッタ男!
キャラクタァ~紹介&解説
呉島新
雄英最強の雄にして、『暗黒結社ゴルゴム』の首領。知らない内に日本を征服し、それを足がかりに世界を征服する下地が着々と出来つつある。今回、『黄金のバッタ男』に変身しているが、これは『すまっしゅ!!』の滅茶苦茶な時間の流れを参考にしている為。最低でも「オールマイトVSオール・フォー・ワン」の戦いは終わっている。
ちなみに、この番外編自体が感想欄で「シンさんならハーレムでよくね?」みたいな感想にGoodがついていた事から、作者が「そーゆー展開に需要があるのだろうか?」と思い、「それっぽいのを番外編と言う形でやってみよう」と思ったのが事の発端。しかし、書いておいて何だが、果たしてこんなんで良かったのだろうか……?
峰田実
女体研究部の一人にして、性欲の権化。ネタバレになるが、この世界では変態仮面の元に職場体験へ行った事で「女性の使用済み下着を被る事で全ての能力を向上させる」と言う強化方法を獲得しており、原作よりも厄介な変態に昇華している。
今回はイナゴ怪人ゼクロスの口車に乗る形で様々な科学的方法でモテようとするが、結局その全てが失敗。『すまっしゅ!!』の様に寮の別館……もとい豚小屋で暮らすことになってしまった。つーか、原作でもそうだけど、女にモテたいなら全面的に女の味方をすればいい話なのに、どうしてコイツはワザワザ女の敵になる様な事ばかりするのだろうか?
上鳴電気
女体研究部の一人にして、今話でも屈指の被害者。イナゴ怪人達が発明した洗の……もとい、美感を操作・固定する方法によって、美感をいいように操られてしまう。彼が元に戻ったのか、それともブス専と男の娘好きのハイブリットになってしまったのか。それは誰にも分からないし、知りたくもない。怖いから。
神谷兼人
女体研究部の一人にして、文字通りの雄豚。峰田に協力しているが、コレは決して義理人情などではなく、女性ヒーローのグラビア写真集で買収されているだけ。もっともコイツはコイツでアイドルの生足を眺めたり、盗撮したりする高尚な趣味があるので、峰田と同様に変態である事は間違いない。
蛙吹梅雨&八百万百&麗日お茶子
作者がテキトーに見繕ったハーレム要員。独自解釈と『ポプテピピック』のネタをやりたかったので、梅雨ちゃんに関しては出番が確定していたが、他の二人に関してはガチでテキトーに決めていて、「ぶっちゃけ、誰でも良かった」と言うのが作者の本音である。
キャプテン・セレブリティ
今回名前だけ登場した、ヒロアカのスピンオフ作品である『ヴィジランテ』に登場するアメリカンヒーロー。実績はあるが問題も多く、特に女性関係のトラブルが多い事から「空飛ぶ種馬」の別名を持つ。日本での出稼ぎで色物路線に走ったものの、その在り方はある意味、峰田の理想像と言えるヒーローかも知れない。
イナゴ怪人(ゼクロス)
何でも“口を開けば暗闇が見える”らしい、第10のイナゴ怪人。本編には未だ登場していないが、番外編と言う事もあって、そのはっちゃけ具合は他の追随を許さない。峰田に「複数とよろしくやる方法」を伝授すると言っていたが、実際は自分達の王であるシンさんの為の捨て石にしていた。もっとも、方法自体は科学的根拠もあり、決して間違ってはいないので、嘘をついて騙していたと言う訳では無い。
イナゴ怪人(その他)
歴史を紐解けば分かるように、悪事でもスケールがデカ過ぎると一周回って世の中の為になる事を利用し、幸福による世界征服を企てている怪人軍団。水面下で様々な計画を密かに実行しており、その在り方はもはや「真に賢しいヴィラン」そのもの。
耳郎「いや、それもう犯罪でしょうが!」
イナゴ怪人1号「国家レベルの犯罪は犯罪にならんのだZOY!」
シンさん「………」
生物型“個性”持ちが抱える生物の習性
これに関しては登場する生物型の異形系の“個性”持ちが少なく、原作とスピンオフ作品から作者が独自に推測してみた結果、今回の様な感じになった。もっとも『すまっしゅ!!』を見る限り、梅雨ちゃんは雄英体育祭で極度の緊張から擬死まで起こしているので、あながち間違いではないような気もする。