なんやかんやで、遂に原作9巻の時間軸に突入。この『怪人バッタ男 THE FIRST』も、いよいよ終わりが見えてきましたねぇ……。
タイトルの元ネタは昭和ライダーシリーズでも、ありとあらゆる意味で伝説と名高い『仮面ライダー(新)』の「8人ライダー友情の大特訓」。まあ、アレよりはまだマシでしょう。多分。
昨日の疲労も抜けきらぬまま、眠気と共に迎えた合宿二日目。
男子に限って言うなら疲労が抜けきらない主な原因は、A組男子の中でも血の気の多い連中と、合宿と言う非日常によって心から湧き上がるハイテンションに身を任せた連中による枕投げの所為なのだが、俺は違う。
それは今から50年後の未来世界であり、“最高最善の魔王”として全身が黄金に光輝く姿があまりにも神々しい『オーマランゴオウ』を名乗るキノコ怪人が、超人社会の頂点に君臨すると言う、想像を絶する悪夢だった。
全身が金色になったことで、キングギドラ感と子宝に恵まれそうな御利益感が激増し、オールマイトの如く民衆から崇め奉られる様は、かつて夢に見た“黄金のバッタ男”こと『魔王』が支配する30年後の未来世界とはまた異なる恐ろしさと狂気を感じさせる。
ちなみに、オーマランゴオウの擁立には、“サイテーサイアクの救世主”こと『ゲイデヤバイブドウ』なる邪悪な存在を打倒した事が関係しているらしい。
ゲイデヤバイブドウ……ゲイでヤバいブドウ? ……う~む、まるで見当がつかない。一体何者なんだ(棒読み)。
やはり、枕投げに参加せずに明日から補習組が使う予定の部屋を使わせて貰い、バイクの筆記試験のテキストを片手に一人で勉強していたストレスが、この意味不明かつ混沌極まる悪夢の原因だろうか?
ちなみに、枕投げの最中に勝己が飯田の眼鏡を破壊してしまったらしく、勝己を含めた枕投げの参加者全員に頼まれて、飯田の眼鏡をモーフィングパワーで直したのは秘密だ。まあ、応急処置に瀬呂のテープを巻いていたのは、流石にどうかと思ったが……。
「お早う諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は『全員の強化』及び、それによる『“仮免”の取得』。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して望む様に」
しかし、相澤先生から何とも身が引き締まる思いの話を切り出されると、眠いだの何だのと言っていられない。
現にこの中にはUSJの『敵連合』のみならず、職場体験でヴィランと交戦した者も居る訳で、ある日突然何の前触れも無く自分達の目の前に悪意と敵意を持った存在が現われたとしても、何らおかしい事ではない事を皆よく知っているのだ。
「と言う訳で爆豪。コイツを投げてみろ」
「コレ……体力テストの……」
「前回の……入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな」
「おお、成長具合か!」
「この三ヶ月、色々と濃かったからな! 1㎞とか行くんじゃねぇの?」
「いったれ、バクゴー!」
そして、これまでの成長具合の目安とする為か、相澤先生は入学した日に行われた『“個性”把握テスト』で使った、懐かしきソフトボール投げの球を勝己に投げ渡した。
入学してからおよそ3ヵ月。アクシデントも含めて、様々な困難を乗り越えてきた事もあり、勝己の記録がどれだけ伸びているか周囲も期待に沸いている。
「んじゃ、よっこら……くたばれぇええええええええええええええッッ!!!」
「………」
もっとも、『“個性”把握テスト』の時のデモンストレーションと似た様な言葉を口にしつつ投げたあたり、勝己の内面は入学当時から殆ど変わっていない事が丸わかりである。そんな勝己の表情は、自身の成長に確かな手応えを感じている様だったが……。
「709.6m」
「!?」
「あれ……? 思ったより……」
「約三ヶ月間。様々な経験を経て、君達は確かに成長している。だが、それはあくまで精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、“個性”そのものは今見た通りで、そこまで成長していない」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
おい、コッチ見んな。まあ、皆の言いたい事は分からんでもない。この三ヶ月で体がムキムキになったり、メラメラしていたりする俺に、誰もが「え? コイツは?」みたいな事を考えているのだろう。だが、そんな皆の反応を相澤先生は華麗にスルーする。
「だから――今日から君らの“個性”を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも……死なないように――……」
「良いだろう。望む所だ」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
だから、何でお前が言うんだ。相澤先生の台詞と表情に戦慄する一方、イナゴ怪人のふてぶてしい態度に若干安堵しているクラスメイトを見て、この三ヶ月でイナゴ怪人も大分クラスに馴染んだなぁと、俺は思った。
○○○
朝早くからキノコ怪人の再登場と言う、全く嬉しくないサプライズによって眠気を吹っ飛ばされたB組であったが、彼等が目にしたA組の面々が行っている訓練は、彼等の常識を空の彼方に吹っ飛ばす位にイカレていた。
「ヒィィウィィゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
そこには全力全開で爆走する飯田と、飯田に向かってひたすらに爆弾を投げつけて昭和の特撮を彷彿とさせる光景を生み出すイナゴ怪人V3の姿がッ!!
「こ、コレは……」
「見て分からんか? 赤報隊で培った鉄砲火器の知識を元に造った、甲鉄艦をも撃沈する威力を誇る『護身用炸裂弾』だッ!!」
それの何処が護身用だ。そもそも、炸裂弾に護身用もクソもあるのか? B組の少年少女がそんな常識的なツッコミを入れる間も無く、更なる衝撃映像が轟音と共に飛び込んでくる。
「マシンガンアァーーーーーーーーーーーーーーーーームッ!!」
「ダッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイッ!!」
一体何処から持ち込んだのか、イナゴマンがひたすらにマシンガンを乱射し、切島が雨霰とばらまかれる銃弾を必死に耐えていた。他も巨大な鉄球やチェーンソー、ドリルに大砲と言った様々な武器や火器が転がっており、中には破壊されて粉々になった物さえある。
「ふぅー……悪いが、烈怒頼雄斗よ。次からコイツ等は使わない」
「あん……?」
「分からないか? 私にとって凶器の使用は、むしろ相手に気を遣っていると言う事だ」
その言葉は決して嘘ではない。その証拠にイナゴマンは何処からともなくハザードレジスターを取り出しており、切島にとってここからが本当の地獄となるだろう。
「あの……どうしても、やらなきゃ駄目なんですか?」
「ああ、正直やる必要性を感じないって言うか……」
「ヴァカめッ!! 実戦において己の欲する程よき妄想の如く、貴様等のエネルギーとなるお上品な食物が都合良く転がっていると思うかッ!? そんな甘ったれた貴様等に必要なのはハングリーな精神ッ!! 即ち、『何を食らってでも生き残る』と言う覚悟だッ!!」
「……まあ、言いたい事は分かりますが……」
「ならば、黙って喰えッ!! このイナゴ怪人Xが丹精込めて作った『ミュータントバッタの佃煮』をなッ!!」
一方で、訓練が別ベクトルで最初からクライマックスなのは、容量が死活に直結するタイプの“個性”を持った八百万と砂藤の二人。イナゴ怪人Xから巨大なバッタの佃煮をご丁寧に串に刺したものを突きつけられ、涙目になっている。
実際に、体育祭の騎馬戦でイナゴ怪人達の王が、「“個性”の使用に伴うエネルギーの枯渇」と言う問題を、「イナゴ怪人捕食」と言う最終手段で乗り切り、見事1位に返り咲いた実績があるものだから、否定する事が出来ないのが辛い所である。
「行くぞ、テイルマンッ!! ローカストキィイーーーーーーーークッ!!」
一方で比較的まともなのが、尾白とイナゴ怪人1号のペア。尾白の持ち味と言える体術の訓練と平行し、尾白の“個性”『尻尾』の強化を試みているのだが……。
「むっ!? 異な感触……ハッ!! コレは木ッ!! テイルマンでは無いッ!!」
「ネ……ネタだよな? イナゴ怪人……」
「……フゥ。流石は怪人バニシング・モンキーだ。このイナゴ怪人1号の目を欺くとは、中々どうして大した奴だ」
「おい! 頼むからネタだと言ってくれ!!」
「………」
尾白を持ち上げる事で誤魔化そうとするイナゴ怪人1号だが、尾白には完全にその思惑が看破されていた。そんなイナゴ怪人1号は尾白に何と言えば良いのか分からないのか、珍しく言葉に詰まっている。
「ケケーッ!!」
「わぁああああああッ!! な、何でぇええええ!?」
「……見エハシナイ。デモ、臭イ、音、空気デ、居場所ハ分カル」
「行くぞ、テンタコル!! ムシムシのぉ~~~~ガトリングッ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして、尾白よりも更にまともに訓練しているのが、葉隠とイナゴ怪人アマゾンのペアと、障子とイナゴ怪人スーパー1のペア。全裸の女子高生に襲いかかったり、腕を十本に増やしたりと見た目こそアレだが、他と比べても非常に良心的と思える訓練風景である。
「フォモフォモフォモフォモフォモフォモフォモフォモフォモフォモフォモ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「え……何、あの卑猥物」
「変態ブドウに感染した結果、突然変異を起こしたマタンゴだ」
「「「「「「「「「「ああ……」」」」」」」」」」
また、八百万と砂藤の近くでは、ミッドナイトを遥かに超える18禁なフォルムの怪人が、呪詛の様な言葉を連呼しながら、うつろな目をした峰田の頭から『もぎもぎ』を一心不乱に毟り続けていた。
それにしても、イナゴ怪人2号の説明に対して誰も疑問に思わず納得されるあたり、峰田と言う人間が周囲にどんな形で認識されているのかを顕著に現していると言えるだろう。
「何だ……この怪人地獄……」
「許容上限のある『発動型』は容量の底上げ。『異形型』その他『複合型』は“個性”に由来する器官・部位のさらなる鍛錬。『増強型』は“個性”の土台となる肉体の強化だ」
「ただ、此方が当初予定していた訓練では“実戦的では無い”。或いは“物足りない”と言う意見も少なからずあってな。一部は訓練を変更して行っている。もっとも……」
「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「くうううッ!! 盛り上がってきたぁああああああああああああああああああッ!!」
「呉島の様に『コスチュームがバイクとの連動を前提に造られている』と言った、仮免取得後のヒーロー活動に支障をきたす事が予想されるケースは、仮免と併せて必要となる免許の取得を目的とした訓練も同時に行っている」
怪人達が嬉々として訓練を手伝う理由を相澤が説明した刹那、ピクシーボブの“個性”で千変万化する地形をものともせず、白く輝くバイクを巧みに操り一陣の風と化した怪人バッタ男の姿に、ピクシーボブが年甲斐もなく興奮している。
そのヒーローを育成する為の訓練とは思えぬ光景と説明に、B組の大半の生徒の目が死んでいく中、唯一拳藤だけが怪人バッタ男のバイクを見て地味に目を輝かせている。
「VUBEBAGEVO! BOROBADAVIIWO、AALAMIAOGE!」
「……何時も思うんだけど、何って言ってるんだろうな。アレ」
「アレか。『風よ! 俺はお前の使者だ! 我に力を与えよ! お前を汚す“悪”と対決する力を……!!』と、王は言っている」
「……え? もしかして、呉島ってソッチ系?」
「(ソワ……)」
「馬鹿者ッ!! 王は今、深遠にして崇高なる目的の為、貴様等よりも数倍過酷な修行を重ねているのだ! 決してふざけている訳でも、遅めの中二病を発症した訳でも無いッ!!」
「いや、どう聞いてもそーゆー風にしか聞こえないんだけど……」
「ならば、合宿の最終日にもう一度此処に来るが良い! その時に『大自然の使者』にして『正義の味方』! そして、歪んだ文明の悪魔の『破壊者』として覚醒し、『秘密結社ショッカー(仮)』を統べる、偉大なる『ゴッドショッカー』へ生まれ変わった、我が王の雄姿を見せてやるッ!!」
「「「「「「「「「「ご、ゴッドショッカー!?」」」」」」」」」」
初めの方は結構まともなヒーローらしい肩書きだったが、後半から一気に『悪の組織の親玉』としか思えない肩書きを口にしたイナゴ怪人2号に驚愕するものの、それが呉島なら妙にしっくりくると言うか、ぶっちゃけ違和感が全くない。むしろ、その方が自然な様な気さえする。
「……まあ、通常であればこうした“個性”を強化する訓練は、各々の肉体の成長に合わせて行うものなのだが……」
「まあ、兎に角時間が無いんでな。B組も早くしろ」
「しかし、私達も入ると42人だよ。そんな人数の“個性”たった6人で管理できるの?」
「だから、彼女らだ」
「そうなの! あちきら四身一体!」
「煌めく眼でロックオン!!」
「猫の手、手助け、やってくる!!」
「何処からともなくやって来る……」
「キュートに、キャットに、スティンガー!!」
「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!! フルバージョン!!」」」」
「糞がぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
名乗り口上と共にポーズを決めたプッシーキャッツと、その近くに居た爆豪の絶叫が上手い具合にかみ合ったが、彼は決してプッシーキャッツに不満がある訳では無い。
彼もまた、相澤先生から課せられた“個性”伸ばしの訓練では「物足りない」と思っていた人間だったのだが、訓練内容についてイナゴ怪人達から特に何も言われず、自分でも特に思いつかなかったので、歯ごたえのある訓練が出来ないストレスを貯め込んでいるだけである。
「あちきの“個性”『サーチ』! この目で見た人の情報100人まで丸わかり! 居場所も弱点も!」
「私の『土流』で、各々の鍛錬に見合う場を形成!」
「そして私の『テレパス』で、一度に複数の人間にアドバイス!」
「そこを我が殴る蹴るの暴行よ……!」
「「(色々駄目だろ……)」」
「雄英も忙しい。流石にヒーロー科一年だけに、人員を割くのは難しい」
「この4名の実績と、広域カバーが可能な“個性”は、短期で全体の底上げをするのに、最も合理的だ」
「なるほど……」
「分かったなら、早速訓練開始だ。A組に遅れを取るな、B組!!」
「「「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」」」」
「では、単純な増強型の者は我の元へ来い! 我ーズブートキャンプはもう始まっているぞッ!!」
「「(古……)」」
かくして、遅ればせながらB組が合流し、各々が気合いを入れて訓練に臨もうとするなか、これまで意図的に無視されていたキノコ怪人ことマタンゴがどうしたかと言うと……。
「フォッフォッフォッフォッフォ……」
「!? な、何!? 何でついて来るノコ!?」
「分からんか? 我が王の慈悲により、このマタンゴを貴様にくれてやるのだ!」
そう。これこそがマタンゴがブラドキングと共にB組を待っていた理由であり、イナゴ怪人2号が彼等と一緒だった理由である。
新としては、『シグマウィルス』を藤見に渡した時と同じ様な感じでマタンゴを小森に渡そうと思ったのだが、『シグマウィルス』と違って今回の合宿の目的は「“個性”の強化」である。
そこで、新としては「“キノコのマタンゴ”を一本だけ渡せばいい」と思っていたのだが、それを頼まれたイナゴ怪人2号が親切心から「“怪人のマタンゴ”を丸々一体プレゼントする」と言う大盤振る舞いに出たと言う訳である。全く以て有り難くない。
「え……!? い、いや、私は要らな――」
「貴様ッ!! イナゴ怪人1号を無理やり孕ませた分際で、このマタンゴを認知しないと言うのかッ!!」
「ちょ!? いや、何か言い方が酷いキノコ!?」
「何だ!? 何が気に入らぬのだ!? 見た目か!? 見た目なのか!? ならば、そこの『シメジヘッド』でもいいぞ!!」
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハ……」
いや、気に入るとか気に入らないとかじゃなくて、単純にこんなキノコ怪人を送られても、正直扱いに困る。
イナゴ怪人2号の話を聞く限り善意100%の行動らしいが、それ故にある意味で悪意による行動より質が悪い。
小森としてはマタンゴの贈与を丁重に辞退したい所であるが、イナゴ怪人2号は何を思ったのか、今度はシメジの様な形の頭をしたマタンゴを呼び寄せ、小森に「要らない」と言われたマタンゴは肩を落としながら他のマタンゴ達と合流し、何やら仲間達から肩を叩かれたりして慰められている。
「いや、その、そう言う事じゃなくて……」
「ええい、この業突張りめがッ!! ならば、ホウキタケ・ワカクサタケ・キイロイグチ・キヒダタケ・タマゴタケ・ベニテングタケ・シロタマゴテングタケ・タマシロオニタケ・アミガサタケ・シャクマアミガサダケ・ナメコ・ツキヨタケと言った複数のキノコの特徴を全身に網羅した『ネオンマタンゴ』だッ!! これでどうだッ!!」
「ウヒーヒッヒッヒッヒッヒ………」
「………」
これでどうだって、何がどうなんだ。てゆーか、ネオンってなんだネオンって。まさか、夜になるとピカピカ光るとでも言うのか? それはそれで一見の価値はありそうだが、だからと言ってこの化物を引き取る材料には成り得ない。
「えっと……その……」
「嫌かッ!! ならば、イヌセンボンタケの特徴を備えた、高さにして20mを超える巨大マタンゴを――」
「!! わ、分かった! 分かったノコ! この子で良いノコ!! この子に決めマッシュ!!」
イナゴ怪人2号の猛烈かつ強引な押しと、森の奥から巨大な樹木の様な姿をしたマタンゴが「WOOOOO――」と雄叫びを上げながら此方に向かってくるのを見て、「断り続けたらもっと大変な事になる」と感づいた小森は、取り敢えずネオンマタンゴを受け取っておく事にした。
「そうか。それは良かった。これで駄目だったら、変態ブドウの所に居るマランゴを渡すしかないと思っていた」
「アハハハハ……」
「ウヒーヒッヒッヒッヒッヒ………」
自分の決断が正解だったことに安堵しつつ、怖いけど巨大マタンゴやマランゴよりはマシだと思い直し……いや何とか思い込み、ネオンマタンゴの一挙手一投足にビクビクしつつも、小森は“個性”を伸ばす為の訓練を開始した。
●●●
本日より、俺も皆と同じく“個性”を強化する為の特訓を行っていく訳だが、俺がやる事は他の面子と比べてかなり……と言うか相当に多いと言わざるを得ない。
雄英に来てからと言うもの、超高速機動形態である『アクセルフォーム』に始まり、触角から放たれる『緑色の電撃』や、単純に肉体を強化する『マッスルフォーム』と『超マッスルフォーム』。
触れたモノを原子分子レベルで分解・再構築する『モーフィングパワー』に、肉体強化と紫の炎の力が加わった『バーニングマッスルフォーム』。更には拳から繰り出される『爆破』と全長40mの巨人と化す『巨大化』……と言った具合で、堰を切ったかの様に新しい能力が次から次へと追加されていた。
他にも『ミュータントハリガネムシの触手』があるが、コレはイナゴ怪人共による品種改良と、俺の血肉によって起こった突然変異の合わせ技と言う変わり種だ。
これらに「スパイン・カッター」や「ハイバイブ・ネイル」を筆頭とした元から持っている『バッタ』としての能力が加わる為、ハッキリ言って時間が幾らあっても足りない……と思われたが、よく考えてみると「やる事」は多いが「やるべき事」は少なかったりする。
まず、大前提として今回の合宿の目的は「“個性”を伸ばす」事であり、それは筋肉増強などの肉体改造に近い。そして、俺の“個性”はあくまで『バッタ』であり、他の様々な能力はそれを土台にした後付けのものだ。
つまり、去年のオールマイトの特訓と同様に体力や精神力を鍛えていけば俺の“個性”も強化され、それに比例して後付けの能力が使える時間も増える……と言う事だ。
「そうねぇ。私の“個性”とは少々勝手が違うみたいだから一概には言えないけれど、まずは『慣れ』かしら? ほら、ハイハイしか出来ない赤ちゃんが自転車に乗る事は出来ないでしょ? だから、物に手を触れずに能力を発動させるには、それが出来るだけの土台がまず求められると思うの」
「MUUUUU……」
――とは言うものの、この合宿で「手を触れずに物体を操作する」コツは、ピクシーボブから教わっておきたい。理想はこの合宿中に出来る様になる事だが、仮に出来なくとも父さんが考える「モーフィングパワーを用いた必殺技」の足がかりにはなるだろう。
「でも君の場合、能力の本質が『物体の操作』じゃなくて『物体を作り変える』事だからねぇ……。取り敢えず、作り変えたい物の間に何かを挟んで、挟んだ物を変化させずに物を作り変えてみるってのはどう?」
「BADVOG!」
なるほど。訓練方法の具体例が出たあたり、やはりピクシーボブに相談して正解だった様だ。
そんな訳で、自分が持ちうる全ての能力を解放し、空が燃え、山が崩れ、大地が割れ、森の中から謎の塔が出現する……と言う惨状を生み出しつつ、エネルギーの枯渇と補給を繰り返して能力の底上げを狙った訓練を行っていく訳だが、ここで俺は何時ぞやの怪しいインド人が話していた、超常の力を操る最高にして究極の技術である「大自然のエネルギーを操る術」とやらを試していた。
俺の“個性”である『バッタ』は、「ありとあらゆるエネルギーを吸収して進化する能力」を持っている。ならば、大自然のエネルギーを吸収する事でそれを自分の糧とする事も可能な筈だ。コレは訓練の内容と環境が、それを習得するのに都合が良いと言う事もある。
つまり、「二兎追う者は、二兎とも取れ」。求める以上、妥協は決して許されない……と言う事である。
「FUUUUUUU……」
「おい、呉島。お前も何サボってんだ?」
「馬鹿者ッ!! 我が王は太古の昔より人類の夢とされる、大いなる理想の為の修行を行っているのだッ!! ジャック部分がムキムキマッチョになる事を恐れるイヤホン=ジャックと一緒にするでないッ!!」
「……木陰で涼んでいる様にしか見えんが?」
「ならば合宿の最終日に此処に再び来るが良い!! その時こそが創世の神に代わって剣を振るい! 天の道を往き全てを司る『運命に選ばれし者』ッ!! 望むもの全てが現実に変わる『光を支配せし黒き太陽の神』として、暴走を始めたこの超人世界を素晴らしき怪人社会へ変える王の力と言うモノを見せつけてやろうッ!!」
うむ。何故か知らんが、破滅を齎しそうな妖しい輝きの深紅の剣と、抜いた瞬間に此方の勝利が確定しそうな光の剣を両手に構え、「ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ゛!!」って言いながら手当たり次第にヴィランを殲滅する、ゴキブリの様にBLACKな俺が脳裏に浮かぶのだが……まあ、そんな事にはならないだろう。多分。
しかし、さっきからイナゴ怪人達はやたらと俺の強化合宿終了時のハードルをガン上げしているが、もしかしてこれで俺を応援しているつもりなのだろうか? 正直、有難迷惑以外の何物でもないぞ。
「……まあ、お前の性格的に意味の無い事はしないか。お前なりに何か考えがあっての事なら文句は言わんが、今回の合宿は仮免に向けた必殺技習得の為の下地造りを目的としている事は忘れるなよ? 良いな?」
「GGGGGNN……」
「それと、イナゴ怪人1号とマタンゴ達を貸してくれ」
「む? 何故だ?」
「マタンゴ達とB組の連中を戦わせるからだ」
「GARXEBDO!?」
……は? マタンゴと再戦? いやいや、昨日の今日で流石にそれは色々な意味で無茶じゃないですか?
「言いたい事は分かる。だが、イナゴ怪人達が口田の“個性”で支配された事がある以上、マタンゴにも同じ事が起こらないとは限らない。そして、マタンゴを倒す方法があるなら、早い内にそれを獲得して貰った方が合理的だ。」
「ふむ……確かにあれは、我々にとっても屈辱の歴史ではあるな」
なるほど。確かに、マタンゴの支配権を奪取できる“個性”があれば、マタンゴを意のままに操る事は可能だろう。
そして、一見すると無敵に見えるマタンゴにも実は攻略方法があり、その可能性を秘めた存在がB組の中に居る事は、昨日の内に先生方に伝えている。
「それに『怪人は倒せる』と言う事を奴等が身を以って知れば、今のB組全体に蔓延している恐怖心が払拭されるとは思わないか?」
「MUUUUU……」
「兎に角、借りていくぞ。イナゴ怪人1号、着いてこい」
「良いだろう」
そう言って相澤先生とイナゴ怪人1号は、俺を置いてさっさと行ってしまった。
雄英の教育方針は「生徒に壁を用意して、それを乗り越えさせる」事であるが、昨日今日でトラウマの原因と戦えと言うのは流石に酷な話である。無理難題と言うか艱難辛苦と言うか、スパルタにも程がある。もっとも、B組とマタンゴの再戦を強行するのは「時間が無い」事が最大の理由だろうが……。
『そろそろ時間だよ! サイクロンに乗って、ピクシーボブの所に行ってちょうだい!』
「GURRRRR……」
しかし、元凶である俺としてはB組の連中に対して非常に申し訳ない。そして、これまでの訓練から察するに、マタンゴの攻略方法が当人に知らされていない可能性は非常に高い。いや、そもそも倒せると分かっていても、恐怖の権化であるマタンゴに立ち向かえるとは限らない。
だが、“彼女”には何とか立ち向かって貰わなければ困る。
出来ればせめてテレパシーによる精神感応でイナゴ怪人を介して、こっそり攻略のヒントくらいはやりたい所だが、これから行われるサイクロンの訓練中にソレをやるのは危険極まりない。そして、イナゴ怪人に頼むのは言葉遣いの問題で却下だ。てゆーか、全員が全員何かしていて、手が空いていないらしい。
そんな思いが通じた……と言っていいのか、この時俺の知らない新たなイナゴ怪人が密かに誕生していた。
キャラクタァ~紹介&解説
呉島新
サイクロンを気合いで乗りこなしつつ、全能力をフルに使って環境破壊に精を出す怪人。そして、破壊した場所を可能な限り元に戻すまでがワンセットである。え? パンドラタワー? 一体何を言っているんです?
合宿の目的が「必殺技の為の下地造り」にあるので、技術的な指導はモーフィングパワーに関する事だけで、残りはひたすらに使って慣れつつ、容量の更なる底上げを狙っていく方針をとる事に。轟と同様に「複数の能力の同時使用」も視野に入れているが、轟ほど上手く進んではいない。
飯田天哉&切島鋭次郎
課せられた訓練が「物足りない」と自己申告した二人。飯田は「爆発で島にヒビが入った」等、爆発に関する撮影エピソードで色々と名高い『仮面ライダーV3』の撮影風景の如き訓練が行われ、切島は体育祭でやれなかった「超マッスルフォームの全力を受けきる」と言う理想を目指した結果、ハザードフォームのイナゴマンとタイマンを張った模様。
それにしても、当時はCGが無かったとは言え、「敵が火薬を投げて爆発する中を走り抜けたい」と製作スタッフに意見した風見志郎役の宮内洋さんはマジ半端ない。そして「兎に角、いい画を撮るから、もっと火薬を出してくれ!」と予算を管理する人に直談判するライダー俳優は、果たして平成ライダーの中に居たのだろうか?
八百万百&砂藤力道
課せられた訓練が「実戦的では無い」と言われた二人。一応、お菓子の類いも用意されていたが、ミュータントバッタの佃煮を主に食わされてメンタルも同時に鍛える羽目になった。実際に砂藤は兎も角として、八百万はメンタル面がかなり不安なので、相澤先生は何も言わなかった模様。
ある意味ではシンさんの行動によって生まれた犠牲者だが、味は悪くなかったので、最終的には二人とも普通に食える様になっていたりする。
尾白猿夫
訓練内容に『すまっしゅ!!』ネタが入っている男。切島がイナゴマンと訓練している為、尾白はイナゴ怪人1号と戦ったり、尻尾で打岩を行ったりしているが、流石に岩を球体に削る事は難しいとの事。
葉隠透&障子目蔵
上記の尾白と同様に、比較的まともな訓練をしている二人。葉隠の訓練の元ネタは、萬画版『仮面ライダーアマゾン』の「アマゾンVSゼロ大帝」戦。尚、イナゴ怪人達が名付けた葉隠のヒーロー名は『ゼロ女帝』だとか。
峰田実
別に特に何も言われていないが、マランゴによる洗脳……もとい矯正に加え、強制的に『もぎもぎ』を毟られ続けている。しかし、書いておいて何だが「男が相手でも変態パワーを発揮できる様にする特訓」と言うのは、ヒーロー育成校として果たして正しい事なのだろうか?
オーマランゴオウ
50年後の超人社会を統べる“最高最善の魔王”。その正体は全身が黄金に輝くマランゴであり、相対した男は少なからず戦意を喪失してしまうと言う。下品もここまで突き詰めてしまえば、逆に神聖に見えると言う生きた見本と言えるかも知れない。
元ネタは『ジオウ』の「オーマジオウ」。そして、小説『マタンゴ~最後の逆襲~』における本編の時間軸もまた、映画『マタンゴ』から50年後の未来世界である事から採用してみた次第。ちなみに『ゲイデヤバイブドウ』は、メタ的に言うなら「オーマランゴオウのついで」である。
夏の強化合宿with怪人軍団
ヒーロー候補生の訓練に、怪人軍団が加わった事で、アラ不思議。その光景はもはや『秘密結社ショッカー』に所属する怪人達の訓練風景にしか見えません。まあ、イカデビルに相当するポジのキャラが雄英にいないので、ちょっと物足りない感じは否めないが。
シメジヘッド&ネオンマタンゴ&巨大マタンゴ
色々と個体差のあるマタンゴのバリエーション。シメジヘッドは映画版『マタンゴ』に登場した個体が元ネタで、ネオンマタンゴと巨大マタンゴは小説版『マタンゴ~最後の逆襲~』に登場した個体が元ネタ。皆違って、皆良い。