怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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二話連続投稿の二話目。本編も遂に40話に到達しました。同じく連載作品だった『DXオーズドライバーSDX』と比べても、やはり漫画作品の方が小説作品よりも地の文で気を遣わない分、筆の進み具合が早い様に感じられます。

タイトルの元ネタは『ウィザード』の「希望の和菓子」。この話で地味に悩んだのは、「タイトルを『キノコ』と『木乃子』と『キノ子』のどれにするか?」と言う事だったりします。まあ、話の内容的には全く関係無いんですケドね?

2019/2/8 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2020/10/27 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第40話 希望のキノコ

B組の小森木乃子が目指すのは、『アイドルヒーロー』と呼ばれる“芸能活動を行うタイプのヒーロー”である。

 

有名所では20社を超える企業の広告塔となって多数のCMに出演している“スネークヒーロー『ウワバミ』”がいるが、超人社会においてこうした「華のあるヒーロー」を目指す若者は決して少なくない。

むしろ『ヒーロー飽和社会』と言われる程ヒーローが溢れかえっている現代では、食い扶持を稼ぐために本業であるヒーロー活動よりも、副業から得られる収入で生活しているヒーローも多い事を考えれば、そうした“より輝いているヒーロー”に憧れる若者が出るのは必然と言えるだろう。

 

「喜べ。森の試練に敗れし者達よ。貴様等に再戦の機会が与えられた」

 

「再戦……!?」

 

「まさか……」

 

そんな彼女を含めたB組の生徒達は、イナゴ怪人1号の手によって再び悪夢の森のど真ん中に転送されていた。

 

「「「「「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォ……」」」」」」

 

「「「「「「「「「「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」」」」」

 

彼等にとってマタンゴとは、正に「トラウマが手足を生やして動いている」と言っても過言では無い怪人であった。

 

何せこのキノコ怪人は、その並外れた増殖力と擬態能力を使って音も無く襲いかかり、ちょっとでも触られたが最後、瞬く間に感染して抵抗力を奪われた挙げ句、自分達が繁殖する為の苗床にしてしまうのである。

小森の“個性”にも似たような部分はあるが、マタンゴは薬品に強い抵抗力を持っている所為で除菌剤は全く効果が無く、一人を除いて感染した際に「自分が自分でなくなっていく様な感覚から来る恐怖が、どう言う訳か途中で快感に変わる」と言う途轍もなくオゾマシイ効果を体験しているのだから、この反応も仕方がないだろう。

 

「嫌だぁあああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「キノコ怖いキノコ怖いキノコ怖いキノコ怖いキノコ怖いキノコ怖いキノコ怖い……」

 

「う、狼狽えないぃいいいいいいッ!! ヒーローの卵は狼狽えないぃいいいいいいいいいッ!!」

 

そして、半狂乱に陥ったB組の面々の反応はと言うと、ひらすらにマタンゴから逃げようとする者。我武者羅に“個性”を使って状況の打破を試みる者。何とか冷静になろうと勤める者。恐怖の余りその場から動けないでいる者と様々であるが、そんな彼等を嘲笑うかの様にマタンゴは彼等を確実に追い詰めていった。

 

「ウゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

「骨抜ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

「ち、地中は駄目だ! 角取! 一緒に来て!」

 

「OK! 一先ず、上にエスケープ……」

 

「「「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」」

 

「わぁああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「く、黒ッ! 影ッ!! ここは戦略的撤退を――」

 

「「「「「フォーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」」」」

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

いち早く地中を潜行した骨抜は、地中に菌糸を伸ばしていたマタンゴに捕捉されて地表に引きずり出され、空中からマタンゴの森を抜けようとした角取と取影は、樹木の如き巨大マタンゴによってハエの様に叩き落される。

挙げ句の果てには、森の中の影を伝って外へ移動する事を考えた黒色が、全身から光を発するネオンマタンゴに四方を囲まれ、“個性”である『ブラック』を完全に封殺されていた。

 

「ヤ.ヤベェ! このままじゃまた……」

 

「い、いや、待て! こんだけ攻撃されてるのに、誰にもマタンゴが生えてないぞ!!」

 

「! もしかして、体に抗体が出来てるって事なんじゃ……!!」

 

「ハハハ!! だったら、もう僕達が恐れるモノは何も無いじゃないか!! とっとと、こんな森は抜け出して……ケホッ、ゲホゲホッ!?」

 

「も、物間!?」

 

「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォ……」

 

「……そう言えば、小森から聞いた事がある。まさか――ッ!」

 

突然、激しく咳き込み始めた物間を見て、拳藤には一つだけ心当たりがあった。それはスエヒロダケの菌糸によって起こる『アレルギー性気管支肺菌症』。

そして、此方を見て愉快そうに肩を揺らして笑うマタンゴの反応から、最も考えたくなかった事態を確信してしまった。

 

自分達がマタンゴに侵されていないのは、体がマタンゴに対する抵抗力を得た訳では無い。マタンゴ達が感染をコントロールし、更には他のキノコの能力を用いる事が出来るようになっただけなのだ。それこそ、まるで小森の様に……。

 

「ヤバイ! コイツ等、学習してる! ゾンビみたいに襲ってきた昨日とは全然違うッ!!」

 

「も、もしかして、マタンゴが小森にくっついてたのは、自分の能力の使い方を知る為だったんじゃ……」

 

「距離を取れ!! 遠距離持ちを主体に此処を突破するんだ!!」

 

「アイヤー、無茶言うネー!」

 

確かに『セメダイン』や『鱗』などの遠距離攻撃が出来る“個性”は、マタンゴに対して比較的有利ではある。しかし、マタンゴが数を増やす事に特化し、不死身に近い性質を備えた怪人である事と、先程まで行われていた“個性”を伸ばす為の訓練の疲労によって、絶え間なく迫るマタンゴの物量にB組は徐々に押されていった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

そんな昨日と殆ど変わらない展開が各所で繰り返される中、小森はマタンゴと戦わず、一人でひたすらに逃げていた。

 

マタンゴに対する純粋な恐怖。自分の“個性”が原因と思われる怪人の誕生。キノコに対する強烈なトラウマ。周りの自分を見て怯える視線。自分の“個性”と将来に対する不安。クラスメイトに対する罪悪感。どうしようもない無力感。etc。etc……。

 

合宿の初日の戦闘訓練が終わってからと言うモノ、小森の心は色々な感情がごちゃ混ぜになっていて、もう自分でも何をすれば良いのか分からない位にぐちゃぐちゃだった。

 

「フォッフォッフォッフォフォフォ……」

 

「ファアーッファッファッファッファ……」

 

「ひぃいッ!!」

 

「――待て」

 

そんな逃げの一手を打つ小森の前に立ちはだかり、逃げ場を塞いでゆっくりと近づくマタンゴの動きが突然止まった。そして、マタンゴが小森の前から立ち去ると、一体のイナゴ怪人が小森に近づいてきた。

 

「何ともまぁ……無様にも増えたものよ」

 

「へ……?」

 

「かつて、超常の力が“異能”と呼ばれた時代。その体に爪や牙を与えられた人間は『人類の敵』として認識されていた。そして、実際に人類の敵として暴走を始めた者達から、無力な人間を守る為に立ち上がった『名も無き英雄』……その中には、我が身を守る爪も牙も持たないにも関わらず、超人と戦い続けた者達が居た。なけなしの知恵と、ありったけの勇気を振り絞り、あらゆる困難に立ち向かったのだ」

 

「………」

 

「人間よ。貴様等は本当に変わった。貴様等は『ヒーロー』を名乗る事で弱くなった。これを無様と言わず、何を無様と言うのだ?」

 

「……ッ! だったら、どうすれば良いノコ! 怖がらないで立ち向かわなきゃいけないなんて分かってるノコ! でも、私じゃどうしようもないノコ!」

 

「聞くな。我々は怪人だ。その魂に死の概念は無く、その在り処は王の心の闇にある。幼少期に刻まれた決して癒えない傷と、償いようのない罪。拭いきれぬ暗闇が我々の根源であり、その絶望の痛みこそが我々の力だ」

 

「絶望の……痛み……?」

 

「そうだ。このイナゴ怪人ZXもそうだ。王の貴様等に対する贖罪の感情が私を生み出したが、それは『もしも○○が××だったなら』と言う架空の最善によるものだ。生きる上でどうしても付きまとう妄想に等しい仮想だ。

最近、王の孤独によって生まれた我々の所為で復讐者となったと宣うヴィランが王の前に現われたが、私には王がその事に罪の意識を持つ理由がサッパリ分からん。何故なら、その復讐者もまた王を拒絶し、手を差し伸べなかった人間の一人なのだからな」

 

「……その人は、いじめっ子だったの?」

 

「いや、第三者だ。因みに、加害者は王が一人残らず返り討ちにしていた。もっとも、第三者など被害者からしてみれば『助けてくれない傍観者』でしかないがな」

 

「………」

 

「誰にも受け入れられる事の無かった幼少期の王は、孤独に敗れ仲間を求めた。お前達、人間と同じ様に。奇跡的にも、王は親友と呼べる幼馴染みを得たが、それでも心に刻まれた恐怖と痛みは消えなかった。

雄英に来て、王はコレまでとは比べものにならない程多くの友を得たが、その根本は変わっていない。心を照らす光が強くなる度に、心の闇もより色濃く深くなった。その心の闇がマタンゴを生み出したのだ」

 

「………」

 

「シーメイジよ。貴様等がこうなったのは貴様の所為では無い。我が王の弱さが故だ。貴様等がそうなったのは我々の責任だ。だが……我々は謝らない。

貴様等が『ヒーロー』を名乗る以上、恐怖と対峙し、それを克服する事はお前達の成すべき責務だからだ。これはそれが遅いか早いかと言うだけの話よ」

 

此処までイナゴ怪人ZXの話を聞いて、小森は「もしかして自分を励ましているつもりなのではないか?」と思い至った。現にマタンゴの誕生が自分の所為ではないと言われて少し心が軽くなったし、何となく「仲間の為に戦え」と焚き付けている様にも思える。

 

だが、それでも怖い。マタンゴを前にすると、どうしても足がすくんでしまうのだ。

 

「でも……でも……」

 

「『……誰しも怖いモノの一つや二つは必ずある。自分を信じられなくなる時もある。お前がマタンゴとの戦いから逃げる事も、マタンゴを畏怖することも間違いじゃない。かつての俺がそうであった様に』」

 

「え……?」

 

怖くて戦えない事を責められるかと思った小森は、想像もしなかった言葉を投げかけられた事で思わずイナゴ怪人ZXの顔を見た。

すると不思議な事に、何時もの傍若無人を地で行くイナゴ怪人達とは思えぬ、何処か真剣な雰囲気を纏っている様に見えたのだ。

 

「『俺は誰にも受け入れられる事のない存在だった。その孤独を埋める為に、無意識の内に俺が生み出したのがイナゴ怪人だ。だが、それは更に俺から人を遠ざける事となり、俺は孤独を深めていった。だからこそ、俺はイナゴ怪人を拒絶し、その存在ごと無かった事として封印しようとした』」

 

「………」

 

その声は間違いなくイナゴ怪人ZXのものだ。しかし、明らかに先程までとは違う声色が含まれている。拒絶され続けた人間としての悲哀……それが言葉の節々から明確に感じとれたのだ。

 

「『それから俺は十年以上もイナゴ怪人から逃げ続けた。それを止めて、自分のトラウマと言うべきコイツ等と対峙する勇気を手に入れたのは、情けない事にごく最近の話だ。それも自分の中から振り絞ったモノじゃない。俺を仲間と受け入れてくれた連中から貰ったものなんだ』」

 

「………」

 

そして小森は確信する。イナゴ怪人ZXを介して、自分に話しているのが誰なのかを。

 

「『残酷な事を言っている自覚はある。だが、情けない事に俺ではどうしようも無い。俺の手で始末を付ける事は出来ない。この孤独に敗れた罪から生まれた怪物は、お前にしか倒せない。お前だけなんだ。マタンゴを打倒し、B組の皆を救う事が出来るのは』」

 

「え……?」

 

「『俺が約束する……お前が、B組の“最後の希望”だ』」

 

そう言いながらイナゴ怪人ZXは小森の手を握った。そして、手の中に何かがある事に気づいた小森が握りしめた手を開くとそこには――

 

一本のタケリタケが入っていた。

 

「!?!?!?」

 

余りにも予想外すぎる代物に激しく混乱する小森。流石に訳が分からず、タケリタケを握らせた意図を聞こうと思ったら、目を離した隙にイナゴ怪人ZXは姿を消していた。

 

「え!? ちょ!? 何でこんな……」

 

「フォッフォッフォッフォフォフォ……」

 

「ファアーッファッファッファッファ……」

 

そして、再び動き出して小森に近づくマタンゴの群れ。もはや、小森に迷っている暇はなかった。

 

「うわ……わぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

意を決した小森は、振るえる足を何とか奮い立たせ、右手に渡されたタケリタケを握りしめて、近づいて来るマタンゴの一体に向かって突進する。

幸いな事にマタンゴの動作は遅く、肉体の耐久度はイナゴ怪人より低い。そして、小森は渡されたタケリタケを「マタンゴを倒す為に必要なもの」だと判断し、タケリタケを思いっきりマタンゴに突き立てた。

 

「……アレ?」

 

「フォ~~~?」

 

「もしかして……効いて無い……?」

 

しかし、何も起こらない。それどころかタケリタケはボロボロに砕け散っており、マタンゴは「蚊に刺されたかな?」とでも言わんばかりに健在である。

 

「は、話が違……」

 

「フォォーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

そして、両手を挙げて吠えたマタンゴを前に、小森は再び逃亡を開始する。今まで逃げまわっていた小森が向かってきた事で、怪訝に思ったマタンゴ達に隙が生まれていた事が功を奏したのだ。

 

「やっぱり、やっぱり無理ノコ……!! 何が“最後の希望”ノコ……こんなの全然役に立たないノコ!! 考えてみたら、タケリタケなんて武器になる筈ないノコ! 凄く脆くて、触ったらすぐボロボロになって、傍から見たら腐って……て……?」

 

右手に残ったタケリタケを地面に叩きつけ、激情のままに自分の気持ちを吐露する中で、小森はタケリタケがどんなものなのかを思い出し、そしてある事に気づいた。

 

――「『この孤独に敗れた罪から生まれた怪物は、お前にしか倒せない。お前だけなんだ。B組の皆を救う事が出来るのは』」――

 

「あ……」

 

その瞬間、小森は自分が“最後の希望”と言われた意味を理解した。

 

 

●●●

 

 

皆さんは、生物化学兵器を開発する上で最も重要な事は「その危険性を何処までコントロールできるか?」と言う所にあると言う事はご存じだろうか?

 

これは「自国の兵器が相手に奪われて逆用され、此方の身が危険にさらされた時にどうやって身を守れば良いのか?」と言う兵器運用において確実に起こる事態に対応する為のものなのだが、その点で言えばマタンゴは俺の言う事こそ聞くが、ある意味ではイナゴ怪人以上にコントロールの難しい存在と言えた。

何せたった数時間で、何の変哲もない雑木林を巨大キノコの林に変え、あらゆる動物を核として数分で怪人化する事が出来ると言う、恐るべきミュータントキノコだ。正に『生態系の破壊者』と呼ぶに相応しい。

 

そんな、超強力な侵略的性質を持ったマタンゴを、どうにかしてプッシーキャッツの私有地から完全に駆除し、更には如何にして制御するか迅速に考えなければならなかった俺は、キノコの事を色々と調べていく内に、ふと策を思いついた。

 

峰田に感染して誕生したマランゴは、タケリタケを模した形状の極めて卑猥なマタンゴだが、本来タケリタケとはイナゴ怪人1号が説明した様に「ヒポミケス属の菌がテングタケ属のキノコの子実体の幼菌に感染して起こる現象」である。

そして、この『ヒポミケス属』とはボタンタケ目ボタンタケ科の子嚢菌で、『ヒポミケスキン』とも呼ばれる、テングタケ属以外にも多くのキノコに寄生する事が知られているカビの仲間だ。そして、感染したキノコは寄生された菌によってボロボロにされ、宿主になったキノコ自身の胞子の形成や散布が多少なりとも妨げられると言う。

 

そして、これが一番重要なのだが、そもそもキノコとカビに“生物的な違いは無い”。菌類の中で「目に見える大きさの子実体を形成する」ものが『キノコ』と呼ばれているだけなのである。

 

つまり、この『ヒポミケスキン』を小森の“個性”で作り出し、マタンゴに感染させれば『マタンゴをかもすヒポミケスキン』が生まれるのでは無いか……と言うのが、俺の仮説だ。

 

『確かにその小森と言う少女の“個性”ならヒポミケスキンを作る事は可能だろう。ならば、ミュータントバッタとキノコが混ざってマタンゴが生まれた様に、今度はマタンゴとヒポミケスキンが混ざってそうした変異が起こる可能性は高い。しかし、マランゴねぇ……』

 

「それはひとまず置いておいて……で、父さんとしてはこのミュータントの特性を逆に利用する作戦は上手くいくと思うか?」

 

『シグマウィルスの事を考えれば、高確率で成功するだろうな。そうなれば、マタンゴをその森から完全に駆除する事も容易い。もっとも、問題は別の所にあるだろうが……』

 

流石の父さんも、作戦を思いついた切っ掛けとなった、峰田の変態パワーを吸収して誕生したマランゴについては言葉を濁していたものの、作戦内容に関しては太鼓判を貰った。

しかし、マタンゴに強烈かつ猛烈なトラウマを植え付けられた小森が、マタンゴと戦えなければ意味が無い。進化とは常に闘争によって齎される事を考えれば尚更だ。

 

そして、ようやくサイクロンを使った特訓が終わり、こっそりテレパシーによる精神感応で現場に居るだろうイナゴ怪人1号と視界を共有して見れば……。

 

『人間よ。貴様等は本当に変わった。貴様等は『ヒーロー』を名乗る事で弱くなった。これが無様と言わず、何を無様と言うのだ?』

 

「『………』」

 

俺の知らないイナゴ怪人が小森と相対していた。

 

恐らく、新たに誕生した10番目のイナゴ怪人だろうが、生まれて間も無い癖に、どうしてそうも堂々とエラソーに「俺は人間の歴史をこの目で見てきた」みたいな事が言えるのだろうか?

その異常にふてぶてしいメンタルの強さだけは、ある種の尊敬を含めて認めてやらんでもないが、今は小森のメンタルを優先しなければならない。

 

そこで、イナゴ怪人1号との精神感応を一旦切ると、今度は小森と会話しているイナゴ怪人にテレパシーを送り、イナゴ怪人の体を完全に乗っ取る形で小森と対話を行った。

 

かつて、俺がイナゴ怪人達に黒歴史を暴露された事で錯乱した時を思い出しつつ、今度は俺自身の意思で黒歴史を暴露し、彼女を奮い立たせる事を試みたのだが、マタンゴ攻略のヒントとなる天然のタケリタケを渡すのは流石に勇気が要った。

下手すれば俺は峰田以上の変態怪人との誤解を受けかねないが、別に小森に対して『コネクト・プリーズ(意味深)』と言う意図は無い。断じてだ。

 

「ほーら、何やってんの! サボってないで、ちゃんと訓練するッ!! ほら、私が見てあげるから!!」

 

「GGV!? NUUUU………」

 

「え? な、何……?」

 

その事を小森に説明しようとした刹那、タイミング悪くピクシーボブが俺に絡んできて、強制的にイナゴ怪人との精神感応が解除されてしまった。どうやら、B組が居なくなった事で暇になったらしい。

 

何と言う事だ。確かにA組で教えられそうなのは俺くらいしか居ないのは分かるが、何故このタイミングでくるのだ? 余りにも間が悪すぎる……。

しかし、そんな俺の事情を知らぬピクシーボブを無下にする訳にもいかず、結局モーフィングパワーの訓練を指導して貰い、彼女が他の様子を見に行った所で、再びイナゴ怪人1号と視界を共有してみると……。

 

『何やってるノコ、私は……! やぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

絶叫しながらマタンゴに突進する小森の姿があった。そのお鍋に入ったシイタケの様な瞳には、先程と違って燃え盛るような決意と闘志が宿っている。

 

『もう迷わない!! もう怖がらない!! 迷ってる内に、怖がってる内に、また誰かがやられちゃう!!』

 

「『………』」

 

『だから……私はもう逃げたりしない!! 無理でもやらなきゃ、誰も救えない!!』

 

『フォッフォッフォ……フォッ!!』

 

『ウグッ!!』

 

技術もクソも無い素人丸出しの攻撃を繰りだし、マタンゴをポカポカと殴っている小森に対し、マタンゴは五月蠅そうに小森を払いのける。しかし、小森は狼狽える様子もなく、落ちていた木の棒を手に立ち上がった。

 

『どんなに痛くても、苦しくても……希望を捨てたりしない!! ヒーローが希望を捨てたらダメキノコだもん!! わぁああああああああああああああああああああ!!』

 

小森の手にした木の棒は勢いのままにマタンゴの体を容易く貫き、そのまま小森の腕も難なく飲み込んだ。

 

『フォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

 

『アグッ!!』

 

そして、再びマタンゴに撥ね除けられる小森。あの程度の損傷なら、マタンゴにとっては特に問題にはならない。だが、マタンゴがその傷を修復した直後、目に見える形で異変は現れた。

 

『フォ……? フォフォッ!? フォフォフォ!?』

 

小森の攻撃を受けて修復を完了したマタンゴの体が、突然ボロボロと崩れていき、その肉体は自重を支える事さえも出来なくなる程脆くなったのか、見る見るうちに両足が砕け、両腕が地面に落ちたのだ。

 

『喰らッ、えええええええええええええええええええええええええッ!!』

 

『フォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!』

 

そして、止めとばかりに小森が自身の頭ほどもある大きな石を投げつけると、自壊を始めたマタンゴの肉体がはじけ飛び、その破片を受けたマタンゴ達も連鎖的にその肉体が崩壊していった。

 

『たぁああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

『『『『『フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』』』

 

『『『『『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』』』』』

 

そこから先はもはや勝負にすらならず、マタンゴ達の絶滅タイムが始まった。

 

僅か一日で様々な変化を見せたマタンゴ達であったが、今ではがむしゃらに攻撃する小森に対して完全に無力であり、次から次へとマタンゴが成す術なく滅ぼされ、巨大マタンゴが朽ちるように倒れる光景は、どこか「首を失ったデイダラボッチに侵食されるシシ神の森」を彷彿とさせた。

 

『え!? ちょ、何アレ!?』

 

『みんなぁ~~~~~!!』

 

『こ、小森!?』

 

『お前が……やったのか?』

 

『助けに……来た……! 逃げて……ゴメンねぇ……!』

 

そして、小森がB組と合流すると、彼らは破壊されたマタンゴの死体を利用する事で、各人の攻撃にマタンゴ特攻効果を与える事に成功。

かくして、先程までB組に対して無敵を誇ったマタンゴだったが、今ではB組の反撃に抵抗する事も出来ず、加速度的に次々とやられていったのである。

 

『フフフ……。良いぞ、シーメイジ。貴様の更なる進化を玩味させよ……』

 

「『………』」

 

そして小森を陰から見つめつつ、心底楽しそうにしているのは10番目のイナゴ怪人ことイナゴ怪人ZX。非常に不気味で不審な物言いだが、イナゴ怪人1号と俺が感覚を共有している事に気付くと、即座に膝を突いて頭を垂れるあたり、他のイナゴ怪人と同様に俺の言う事は聞くらしい。

ちなみにZXとは、本人曰く「最後の者」と言う意味らしいが、どうにも俺にはコイツが最後のイナゴ怪人だとは思えない。きっと、何だかんだ理由を付けて更に増えるだろう。

 

『我が王よ。まんまと、貴方の思惑通りに事が運びましたな』

 

「『……そうだな』」

 

マタンゴを「かもすしてころす」事が出来る『ミュータントヒポミケスキン』を手に入れる為には、マタンゴの子実体の幼菌に感染させる事がベストだった。その為にはマタンゴを攻撃し、再生するタイミングを狙ってヒポミケスキンを送り込まなければならない。

つまり、小森が他の遠距離攻撃が出来る“個性”持ちと一緒なら難易度は一気に下がったのだが、戦いを放棄して一人で逃げていた以上、小森自身がマタンゴを傷つけなければならなかったのだ。

 

何にせよ、作戦は全て上手くいった様で何よりだ。此方としては、粉と砕けたマタンゴの死体から『ミュータントヒポミケスキン』を回収し、父さんの研究所に運んで貰えばミッションは終了。

 

後は親の仇を見つけたかの如き形相で、「水を得た魚」と言うには荒々しすぎる獅子奮迅の活躍を見せるB組の手によって、マタンゴは今日中にこの『魔獣の森』から完全に駆逐されるだろう。

 

『ククク……。シーメイジよ。挫折を知らぬ貴様は、透き通るように純粋だった。その水晶の様な輝きが、王の最上級の神の才能を刺激してくれたぁ……! 貴様は最高のモルモットだァ!! 貴様の人生は全て、このイナゴ怪人ZXの手でッ……偉大なる王が生まれる為の、偉大なる肥やしとして転がされているんだよぉおおッ!! ダァーーーハハハハハハッ!! ハーッハハハハ!!』

 

「『……フンッ!!』」

 

『ブゥウウウウン!!』

 

異様にハイテンションな高笑いを浮かべるイナゴ怪人ZXの頭を真っ二つにかち割ると、俺はイナゴ怪人1号との感覚共有を断ち切り、“個性”を伸ばすための特訓を再開した。




キャラクタァ~紹介&解説

小森木乃子
 今話の主人公と言うべきキノコ女子。彼女のヒーロー名が『シーメイジ』と判明した時点で、彼女が『ウィザード』のネタを使う事は確定していた。そんな作者の趣味によって、原作を遙かに上回る精神力を獲得。もしかしたら、魔法使いの資格を得たかも知れない。
 そして、作中で語られた通り「キノコとカビに生物的な違いは無い」為、彼女の“個性”は正確に言うなら『キノコ』ではないと思われる。ちなみに、菌類に属するのは主にカビ・キノコ・酵母の三つだが、カビとキノコは多細胞生物で、酵母は単細胞生物と言う違いがある。そしてDNA解析によるとキノコは「どちらかと言えば植物よりも動物に近い生物」らしい。

イナゴ怪人ZX
 番外編で先行登場していた個体が遂に本編登場。シンさんの罪の意識から生まれたが、コイツ自身は謝るつもりは毛頭無く、「むしろお前等が悪いんじゃねーか」と言わんばかりのふてぶてしさは、どこぞの火星を滅ぼした極悪宇宙人の如し。
 そして、名前の元ネタが『仮面ライダーSPIRITS』では「大首領JUDO」こと神の器とされている為、作者の趣味で最終的に「みんな大好き土管神」が取り憑いてしまった。

呉島新
 最近心なしか出番が少ないが、精神的には自らの黒歴史を暴露する程度まで成長した怪人主人公。今回は希望を貰う側から希望を与える側に回っているが、そもそもの元凶はコイツが持っている『(怪人としての)最上級の神の才能』である。ある意味、正しく「生まれる時代を間違えた」と言えなくもない。

マタンゴ
 色々と学習した上で、多種多様な個体が群れを成してB組を襲い、かなり有利に事を進めていたが、今回の小森の覚醒によって峰田に付きっきりだったマランゴだけが唯一生き残ると言う、何とも言えない珍妙な事態に。まあ、イナゴ怪人1号の指示で、B組への感染を極力抑えて戦っていた事も敗因の一つではある。
 但し、シンさんの父親の研究所では持ち込まれたサンプルを元にマタンゴが繁殖しているので、シンさんサイドとしては『魔獣の森』のマタンゴが全滅しても、全く問題無い。しかし、前話に登場したマランゴが小森覚醒の伏線だと気付いた読者は、果たしてどれだけいたのだろうか?



ミュータントヒポミケスキン
 小森が生み出したヒポミケス属の菌がマタンゴに感染して変異を起こしたもの。マタンゴに対して特攻効果を持ち、圧烈弾を食らったアマゾンの如く、あっという間にマタンゴをボロボロに崩壊させてしまう。尚、シグマウィルスの様に、このミュータントヒポミケスキンも、マタンゴにしか感染しない。
 しかし、藤見の『ゾンビウィルス』は分かりやすいケド、小森の『キノコ』も超人が生み出した“個性”由来の生物である以上、成長すれば生態系を破壊しうるミュータントに成り得ると思うのは気の所為だろうか?

だが私は謝らない
 色々と話題に事欠かない『仮面ライダー剣』で、烏丸所長が言い放った屈指の迷台詞。ヒーローと言う職業を目指している上に、マタンゴによって心身共にボドボドな小森相手には、非常に使い勝手が良かったと言わざるを得ない。

最後の希望
 『仮面ライダーウィザード』の主人公「操魔晴人」の決め台詞にして、彼を体現する言葉。どこぞの筋肉馬鹿も同じ事を言われていたが気にするな。作者としては当初、小説『仮面ライダー1971-1973』の本郷猛の様な使い方をする予定だったが、上記の理由で小森ちゃんにお鉢が回る事に。
 しかし、ウィザードリングの代わりにタケリタケを渡す怪人と言うのは、我ながら絵的にもかなりアウトな光景の様な気がする。

無個性人VS超人
 ヒロアカは元々「特殊能力を持たない主人公が、特殊能力者を相手に戦う」物語だったと言う裏設定を考えると、超常黎明期あたりの話でこんな内容のバトルが原作で見られないかな~と作者は密かに待っていたりする。
 今回はイナゴ怪人ZXに軽く喋らせて終わったが、該当する台詞の元ネタの一つは『仮面ライダーSPIRITS』の風見志郎の台詞。つまりは改造人間である……。

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