怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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レンタルが開始され、やっと劇場版『2人の英雄』を鑑賞しました。現在、本編と同時に劇場版のエピソードも執筆していますが、仮面ライダーの劇場版と言えば、やはり「劇場版限定フォーム」が目玉になると思います。

一応、二つばかり考えているのですが、折角のお祭り回的なエピソードですので「劇場版限定フォーム」や「劇場版限定アイテム」のアイディアを募ろうかと思っています。詳しくは活動報告を見て下さい。

タイトルの元ネタは『ドライブ』の「チェイサーはどこへ向かうのか」。これが『THE FIRST』における、最後のギャグがメインの回なのだ。19000字超えの大ボリュームを、最後までお楽しみ下さい。

2019/3/1 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第41話 バッタ男はどこへ向かうのか

小森達の活躍によって『魔獣の森』に生息するマタンゴは全滅。俺に課せられていたマタンゴの駆除問題は、特に何かした訳でも無いが無事に解決した。

その代わり、オーマランゴオウが君臨する未来に近づくと言う、別の問題が密かに浮上している訳だが、厄介な事にマランゴはこの林間合宿で極めて重要なポジションに属する怪人である。

 

ご存じ、変態ブドウこと峰田の抑止力だ。

 

つまり、この林間合宿が終わるまでは、あの卑猥な造形のキノコ怪人を退治しない方が女性陣にとっては安全だと言える。むしろ、下手に退治した方が危険だ。

仮にマランゴを退治した場合、500%の確立で峰田を縛るチェインはブレイクし、性欲の熱い炎が(元から無いと思うが)戸惑いと言う名の理性を焼き払うだろう。

 

「ククク……愚かな人間共よ。コレで終わったと思ったら大間違いだ。貴様等が超常の力を振るい、驕り高ぶる限り、怪人は進化し続け、幾度となく貴様等に逆襲するであろう! そして、その逆襲が最後を迎えた時こそ……この星が終焉を迎えるのだッ!!」

 

「………」

 

しかし、『地球最後の日』を予言するイナゴ怪人1号を含め、全てのイナゴ怪人が「30年後の未来世界」と「50年後の未来世界」のどちらでも確認出来なかった事が地味に気になる所だ。

いずれも絶対に避けるべき恐ろしい未来ではあるが、所詮は俺が見た夢の話なので「特に気にすることも無い」と言われればその通りなのだが、アレ等が夢の知らせや予知夢の類いではない事を、俺は切に願っている。

 

「王よ。貴方は何の心配も要りません。B組とマタンゴの戦いが起こる前に、能力の使い方を学習したマタンゴを一体、密かに研究所へ転送してあります。我々の努力は決して無駄にはならない。その全てはヒーロー事務所『地下帝国バダン(仮)』に集約され、大首領たる貴方に捧げられるのです!!」

 

「うむ! そして、ミュータントハリガネムシに続く、新たな忠実なるミュータントの創造も進行している! この夏休みが終わった頃には、マタンゴを餌にして育てたナメクジが突然変異を起こし、ナメクジとキノコの特性を兼ね備えた最強の合成怪人『ナメクジキノコ』が誕生するだろう!!」

 

「………」

 

そして、イナゴ怪人ZXとイナゴ怪人2号が盛り上がっている所で悪いが、俺としてはそのナメクジキノコとか言う怪人は、最強どころかむしろメチャクチャ弱そうに思えて仕方が無い。具体的には偽者を倒してノりにノってる本物と相対した結果、手も足も出ずにボコられて爆発四散する……みたいな。

 

そんなこんなで、日も傾き始めた午後4時をもって、本日の訓練は終了。

 

これは昨日と違い、自分達の夕食を作る為なのだが、全員が何時もの授業で行う訓練以上に体力を消耗している所為か、総じて覇気と言うか生気が無い。

但し、合流したB組は元気こそ無いものの、その表情は明らかにA組より明るい。これはマタンゴを相手に無双した事で自信を取り戻し、多かれ少なかれ精神的に色々と吹っ切れた事が原因だろう。

 

「ハァーー……ハァーー……」

 

「……あっちゃん。大丈夫?」

 

「……ああ、俺は呉島新だ……」

 

かく言う俺は、限界を超えて“個性”を使用し続けた結果、体育祭でリカバリーガールに解毒して貰った時と同じ位に憔悴していた。やはり、自然エネルギーを取り入れる為に、エネルギーの補給を禄に行わなかったのが不味かったか。

 

「さぁ、昨日言ったね。『世話焼くのは今日だけ』って!!」

 

「己で食う飯くらい、己で作れ!! カレー!!」

 

「「「「「「「「「「「イエッサ……」」」」」」」」」」」

 

「アハハハハ! 全員全身ブッチブチ!! だからって、雑なネコマンマは作っちゃ駄目ね!」

 

「!! 確かに、災害時など避難先で消耗した人々の心と腹を満たすのも、救助の一環……! 流石雄英、無駄がない!! 世界一旨いカレーを作ろう、皆ッ!!」

 

「「「「「「「「「「オ……オォ~~……」」」」」」」」」」

 

誰もが極限を迎えた状態にあるものの、ありとあらゆる物事を「何かイイ感じ」に解釈する飯田が非の打ち所のないロジックを構築し、リーダーシップを発揮した事でA組もB組もカレー作りの為に残された力を振り絞る。

 

そして、カレーを作る為には、まず火を起こさなければならない。そうでなくとも「加熱」は、あらゆる食材を安全に食う為の基本である。誰もが俺の様に生で鹿の脳味噌を食える訳ではない。

 

「轟ー! こっちにも火ィちょーだい」

 

「爆豪、爆発で火ィ着けられね?」

 

「着けれるわ、クソがッ!!」

 

「ええ……?」

 

「皆さん! 人の手を煩わせてばかりでは、火の起こし方も学べませんわ!」

 

「………」

 

そして、火起こしにおいてA組の中で活躍しているのは、轟と八百万の二人だ。勝己もやろうと思えば出来るだろうが、気合いを入れ過ぎているのか、薪を消し炭に変えている。

 

「王よ! 大量の松の葉とマツボックリを集めてきたぞ!」

 

「でかした!」

 

「? そんなの何に使うの?」

 

「フロッピーよ。実戦において、都合良く薪や着火剤が手に入る状況が訪れる事はまず有り得ん。ならば、災害時を想定したこの夕食作りにおいて、より実戦的な方法と知識を身に付ける事が最も重要だと思わんか?」

 

「まあ……。それで、何に使うのかしら?」

 

「着火剤だ。松の葉は松ヤニが付いているから火が着きやすい。更に、マツボックリはその形状が火種に適している」

 

「……でも、都市部だと松なんてあまり生えてないんじゃ無いかしら?」

 

「その場合は牛乳パックでも使えば良い。蝋が塗ってある上に上質紙を使っているから、火が着きやすく長時間燃える」

 

イナゴ怪人による「いざという時に地味に役立つトリビア」が披露される中、俺は疲れ切った体に鞭打って怪人バッタ男に変身するのだが、体力を消耗している所為か変身が非常に遅い。しかも、変身に伴う鋭い痛みがゆっくりとやってくるのが、キツさに拍車を掛けている。

 

「ヴヴ……URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」

 

「「「「「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」」」

 

「「「「「うわぁああああああああああああああああああああああああッッ!!!」」」」」

 

「「「「「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」」」

 

「……あ~、そう言えばB組って、呉島のアレ初めて見るっけ?」

 

「でも俺達も最初はこんな感じだったよな」

 

「だな」

 

そして、人間が怪人に変化していくグロテスクなプロセスを初めて見たB組は、誰もが顔を恐怖に歪め、疲弊しているとは思えない機敏な動きを見せている。

一方で、見慣れたと言わんばかりなのが、我らがA組。中にはB組のリアクションに懐かしさを覚えている者さえいる。

 

「FUUUUUU……」

 

「あ、あっちゃん。正直、バーニングマッスルフォームは無理があるんじゃ……」

 

「心配するな、デクよ。紫の炎を使わずとも、王は炎を操る事が出来る」

 

「? それってどう言う……」

 

さて、変身が完了した事で俺も火起こしを行う訳だが、轟を見れば分かる様に、アウトドアにおいてコレがスムーズに出来るかどうかで、周りの見る目が変わると言っても過言では無い。

 

もっとも、出久の言う通り今のコンディションでバーニングマッスルフォームへの強化変身は無理だ。ぶっちゃけ、通常形態を維持する事さえキツイ。

現に、無理に変身を実行した所為か、変身して視界が人間のソレから怪人のソレに切り替わった途端、俺を含めた皆の体から何かゆらゆらと“蜃気楼みたいな歪み”がうっすらと見えている。

 

残り時間も少ない様なので、早速一本の薪を手に取ると精神を集中させ、手早く脳内で成功のイメージを描いてモーフィングパワーを使用する。

 

――すると、俺が想像した通りに、薪から炎が発生した。

 

「な……!?」

 

「どうして……?」

 

「見て分からんか? 『モーフィングパワー』を応用し、薪をプラズマ化させて発火させたのだ」

 

「プラズマ化!? そんな事も出来るの!?」

 

「うむ。このまま鍛えていけば、最終的には対象に触れる事無く、体の内部から発火させる事も可能となるだろう」

 

「手を触れずして相手を燃やせる!? い、いや、麗日さんだって気体成分の無重力化とか出来るんだから、触れて発動するモーフィングパワーだって空気を別の何かに変換しつつ、離れた相手を原子・分子レベルで分解させる事だって出来る? いや、それなら発火させる以外にも色々な……」

 

「ハハハハハ! 何を言ってるんだい、君は! そんな事が出来るなんて、まるでカミサマじゃないか!!」

 

「ならば、合宿最終日にもう一度此処に来るが良い、全裸マン! その時、この世のあらゆるエネルギーを手中に収め、森羅万象を自在に操るに至った『伝説を塗り替える者』!! 腕一本どころか指先一つ動かす事無く、天候さえも自由にする『究極の闇をもたらす者』の、『全ての世界を征する力』の一端を知る事になるだろうッ!!」

 

「究極の闇をもたらす者……ッ!!」

 

「全ての世界を征する力……(ゴクリ)」

 

だから、無駄に林間合宿が終わった時のハードルを上げるのはヤメロォ!! 常闇も期待に満ち溢れた目で俺を見るなッ!! そして、B組の黒色は常闇と同類かッ!!

あと、「闇の炎に抱かれて死ね」が、中二病特有の黒歴史確定な痛い台詞ではなく、ガチの死刑宣告になっている事に気付いていない物間は割とどうでも良い。

 

「さて、此方に来るのだ、リビドー・スパーキング。貴様を充電してやろう」

 

「へ?」

 

「いや、それ鍋じゃん」

 

「そうだ。鍋で充電ができるのだ」

 

「いや、流石にソレは嘘だろ!?」

 

「いえ。鍋の内側と外側の温度差で電気が発生しますから、充電は可能ですわ」

 

「「マジで!?」」

 

「災害時ではライフラインなど使えないのが普通だからな。使えるモノは全て使わねばならん。貴様とてヒーローとして動くべき時に、クソの役にも立たなくなるのは避けたいだろう?」

 

「お、おお……」

 

かくして、イナゴ怪人が「痛い所に手が届く豆知識」を披露しながらも調理は続き、夕食のカレーは無事に完成した。ちなみに、イナゴ怪人達の分は用意されておらず、奴等はこの合宿中、狩猟生活を強いられている。

 

「店とかで出たら微妙かも知れねーケド、この状況も相俟ってウメーーーーッ!!」

 

「言うな言うな、野暮だな!」

 

「ヤオモモ、がっつくねー」

 

「ええ、私の“個性”は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄える程、沢山出せるのです」

 

「ウンコみてぇだな」

 

「………」

 

「謝れぇえええええええええええええええええええッ!!」

 

「スンマセンッ!!」

 

「まあ、カレー食ってる時に言うべき台詞じゃないよな」

 

「止めろ!! 食えなくなんだろうが!!」

 

「ふむ。ところで、セロファン・バイシコーよ。その理屈で言うなら、クリエティの“個性”のエネルギーを吸収した我が王はフンコロガシと言う事か? ん?」

 

何と言う事だ。瀬呂の一言によって楽しい夕食の時間は修羅場と化し、八百万は深く落ち込み、瀬呂は耳郎にしばかれ、両クラスから凄まじい怒号が飛び交い、イナゴ怪人1号が素敵な怪人スマイルを浮かべながら瀬呂の肩を叩いていた。

確かに、少なくとも女子に言って良い台詞ではないし、その理屈で言うなら上鳴の“個性”など「貯めて出す」のだから「ゲロみてぇ」と言う事になる。いずれにせよ、身体能力である“個性”を、何らかの生理現象に当てはめるとエライ事になるのだ。

 

ちなみに、イナゴ怪人1号はフンコロガシがどうこうと言っていたが、実際に小動物などの糞を食べる「コバネヒシバッタ」なるバッタが存在するのだが……まあ、言わなくてもいいな。主に俺の名誉の為に。

 

そんな喧騒の最中、イナゴ怪人ZXが俺の後ろで跪くと、俺に串に刺した臓物を献上した。

 

「王よ。山の神の恵みで御座います」

 

「うむ」

 

「……え? 何ソレ?」

 

「見て分からんか? 新鮮な熊の心臓を丸焼きにした猟師料理『熊の心臓焼きました』だッ!!」

 

「「「「「「「「く、熊の心臓ッ!?」」」」」」」」」

 

「うむ。熊は日本全国の山林に生息している生物で、その血肉は喰らえば凄まじく精がつく! 特に新鮮な熊の心臓は、熊を狩った者だけに許された特権だッ!!」

 

「いや、ソレ何処からとって来たのよ!! ま、まさか、この森に!?」

 

「うむ! おっと、責められる謂われはないぞ! 何故ならこの熊はいずれ人を襲う! 出産経験が無いまま年をとった雌の熊は、兎に角気性が荒いからな!! 人間で言うなら、まぐわう相手が見つからぬままアラサーになった処女と言った所よ!!」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

「……アンタ等、明日になったら覚えてなさい」

 

イナゴ怪人ZXの説明を聞いて、思わずピクシーボブを見た面々は、怒りに震えるピクシーボブによって、明日の訓練で地獄を見る事が確定した。

取り敢えず、この憔悴した体を回復させる為にも、イナゴ怪人達の献上品である熊の心臓の丸焼きを、有難くも豪快に食すとしよう。

 

「どうだ、王よ。美味いか? ヒンナか?」

 

「ヒンナ」

 

「……本当に美味いのか、ソレ?」

 

「噛めば噛むほど血の味がする」

 

「そうか……」

 

「男らしいぜ……」

 

「ああ……」

 

隣に座る轟は味が気になるようだが、俺としては滋養強壮が目的なので、味については特に問題視していない。それにしてもデカい心臓だ。本州にヒグマは居ない筈だが、ツキノワグマの心臓なのか、コレ?

 

そして、熊と言う野性味溢れる食材と、猟師料理と言う肩書に男らしさを感じているのか、切島と鉄哲のコンビが俺を凝視している。

 

「ん? こっちのヤツはソーセージか?」

 

「む? 何だ、貴様等も興味があるのか? ならば、遠慮無く山の神の恵みを受け取るが良い。腹腔内に詰まったぷるぷるした血の塊を、洗った熊の腸に詰めて煮込んだ『熊の血の腸詰め』をなッ!!」

 

「「……え? 肉は?」」

 

「足りぬか? ならば、我々の夕食である『熊のモツ煮』も少し分けてやろう!!」

 

「「いや、だから肉は?」」

 

やはり、熊の肉に興味があるのか、熊の肉を使った料理が無い事に切島と鉄哲が疑問の声を上げたが、イナゴ怪人達がそれに答える気配はない。恐らく、血や臓物の料理も食えない様な、お上品なシティー派の硬派に肉をくれてやるつもりは無いと言う事だろう。

 

その事を二人に話すと、やはり男らしさに拘る彼等としては、この機会にどうしても熊の肉が食いたいのか、二人は「熊の血の腸詰」に恐る恐る手を出した。

 

「どうだ? 美味いか? ヒンナか?」

 

「「血の味しかしねぇ」」

 

「だろうな。しかし、精がつくから気を付けるのだぞ! 間違っても合宿所を破壊するな!! そう……こんな風にッ!!」

 

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

来たッ!! 戻ってきたッ!! 俺の血と肉が戻って来たッ!!

 

熊の心臓と血の腸詰を食ったお陰か、俺の肉体はあっと言う間に活力を取り戻し、その溢れんばかりのエネルギーは怪人バッタ男への変身と共に、着ていたTシャツを弾き飛ばした。そして、怪人から人間の姿に戻る瞬間、吹き飛んだ服をモーフィングパワーで直せば、全ては元に戻る。

 

「ふぃ~~~……」

 

「……な?」

 

「「いや、『な?』っじゃねーし!!」」

 

「戻った……」

 

「も、もう、人間じゃねぇ……」

 

「そういや、お前ら何処でこんな事覚えたんだ?」

 

「このイナゴ怪人1号がヨーロッパへ向かう際、北海道で事あるごとに『ボッ○!』と口にする猟師から教わったのだ! 別れる際に『君の名は?』と聞いた所、『俺はボッ○だッ!!』と胸を張って答えたぞ!」

 

「「「「「「「「只の危ねーヤツじゃねーか!!」」」」」」」」」」

 

「てか、そんな名前のヤツなんている訳ないし……」

 

「いや、アイヌには子供が生まれると病魔が寄り付かないように汚い幼名を付ける風習がある。多分、その猟師はアイヌの末裔だろう。勿論、ボッ○を意味するアイヌの言葉だろうが」

 

「へぇ?」

 

「汚い幼名って言うと、他には?」

 

「ボッ○の他には、例えばウンコとか尻の穴とかだな」

 

「そりゃ、病魔も逃げ出すわ」

 

「大体は6歳くらいまで成長した時に、正式な名前が与えられる。だが、中には汚い幼名のままで生きる事を選ぶ者も居る」

 

「いや、何だってそんな事するんだよ」

 

「正式な名前を付ける際、その子に起こった出来事にちなんだ名前を付けるのだが、その結果どうにも珍妙な意味の名前になったり、立派過ぎる意味の名前を付けられるのを嫌って……と言うのが主な理由だ」

 

「立派過ぎるのは兎も角、ボッ○を嫌がるほど珍妙な名前ってのも逆に気になるな」

 

「同感……」

 

「そ、そうそう! 明日の夜は肉じゃがね! お肉は牛肉と豚肉があるから、A組とB組でどっちが良いか選んどいてね!」

 

「「「「「「「「「「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」」」」」」」」」

 

イナゴ怪人1号の嘘の様な本当の話を打ち切るつもりなのか、マンダレイが明日の肉じゃがに入れる肉について話し合う様に俺達の意識を誘導した……のだが、悲しいかなマンダレイはA組が勝己と言う特大の爆弾を、B組が物間と言う面倒な起爆剤を抱えている事を知らない。

 

「え? 豚肉でも牛肉でも、どっちでも良い? 何を言ってるんだい? 肉じゃがは豚肉に決まってるじゃないか! ああ、でもA組がどっちでも良いなら、こっちで勝手に選ばせて貰うよ? いやぁ、勝負を放棄したA組を差し置いて選んだ豚肉は、きっと美味しいんだろうなぁ!」

 

「!! ふざけんな! こっちだって豚肉だ!」

 

「じゃあ、勝負するかい?」

 

「あったり前だ! クソB組なんざ蹴散らして、豚肉奪い取ったるわ!」

 

「何だと! クソB組ってどう言うこった!」

 

案の定、「クラスの委員長同士によるジャンケン」と言う平和的手段で解決する筈が、物間が勝己を煽り、勝己がB組に暴言を吐き、もはや戦争的手段以外で解決する事を、B組の男子は決して認めないだろう。

ちなみにA組とB組の女子勢は、共通して「豚肉でも牛肉でも良い」と言う認識らしく、全部男子に任せる方針をとっていた。

 

その結果、入浴をインターバルとして挟み、両クラスの男子による腕相撲で決着をつける事になったが、A組が勝とうが負けようが、明日の肉じゃがが豚肉になろうが牛肉になろうが、ぶっちゃけ俺はどうでも良い。

 

そもそもの話、俺はバイクの免許の勉強をしなければならない為、どう転んでも損をしない様な勝負に割く時間的余裕は無い。

だが、どうやら俺はA組の戦力として数えられていたらしく、勉強道具を持って大部屋を出ようとした所で勝己に捕まった。

 

「おい、シン! テメェ、どこに行く気だ!」

 

「昨日と同じくバイクの免許の勉強だ。つーか、切島は参戦する気マンマンだが、今日から補習が入っている事を忘れてないか?」

 

「「「「「あ……」」」」」

 

やはり、腕相撲という暑苦しくも男らしい勝負に夢中になった余り、その事をすっかり忘れていたらしい。ちなみに、切島が鉄哲から聞いた話では、B組の補習組は鉄哲、物間、神谷の三人だとか。

 

「……って、あの野郎、あんだけ煽っといて補習なのかよ!!」

 

「むしろ、補習組だからこそ煽ったんじゃないか? 何せ、初めからお前と戦う機会が無い訳だし」

 

「もしかして、物間君って大物なのかな……」

 

「とんだ小物かも知れねぇぞ」

 

「ふむ。では全裸マンのリアクション次第で、今後ヤツを『大物間』と呼ぶか『小物間』と呼ぶか決めると言うのはどうだろう?」

 

「小物間に決まってんだろ、クソがぁああああああああああああああッ!!」

 

ヒーローの卵とは思えない形相で荒ぶる勝己を尻目に、補習組より一足先に補習組が使う教室へ向かうと、入浴を終えてこれからA組男子の大部屋に向かうB組男子の一団と鉢合わせした。

補習組の物間と鉄哲が居る事から、彼等もまた補習を忘れている可能性を考えたが、神谷が居ないのでその可能性は低いだろう。

 

「えっと……呉島、だよな?」

 

「ああ、俺は『呉の島で足を洗う男』。呉島新だ」

 

「何じゃそりゃ」

 

「この間の期末試験で、試験官のナイトアイからユーモアのセンスを鍛える事を指導されてな」

 

「なるほど」

 

「何だ? お前も補習か?」

 

「いや、俺はバイクの免許の勉強だ。大部屋だと勉強出来なさそうだからな」

 

「(ホッ……)いやぁ、君と雌雄を決せないのが残念だよ! AHAHAHAHAHA!!」

 

「……あからさまにホッとしてないか?」

 

「強敵が一人減るからね。君、その状態でも相当に強いだろ?」

 

「……まあ、そこそこな」

 

神谷以外で初めてとなるB組男子との会話の中で、俺は物間の呼び名が『小物間』になる事を確信した。

 

 

○○○

 

 

その頃、A組の女子部屋ではヒーロー科女子が勢揃いし、ちょっとした女子会を開催していた。そして、うら若き乙女が雁首揃えて話す内容と言えば、古来より少し下世話で、大分辛辣で、愛嬌に満ちた恋バナだと相場が決まっている(by芦戸)。

 

「もう、こうなったら意地でもキュンキュンしてやる! 次は……『現役ヒーローの中で、もし結婚するなら誰』ッ!?」

 

「……いや、ソレならA組にはちょうど良いのが居るじゃん?」

 

「え? どう言う事?」

 

「ほら、あのサポート科と呉し――」

 

もっとも、この女子会の発起人である芦戸が女子会の内容に全く納得しておらず、これから始まる補習の前に無理にでも潤いを得ようと足掻く様を見て、拳藤が体育祭において色々な意味で逞しい根性を見せたサポート科の女子と新の名を挙げたのだが……。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

「(……え? どう言う事?)」

 

「(何、このウラメシイ空気)」

 

「(……もしかして、私、地雷踏んだ?)」

 

「そー言えば、呉島サン、発目サンと付き合いシテるデスカ?」

 

「「「「「「付き合ってないッ!!」」」」」」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

「ソ、ソーリー……」

 

このA組とB組の女子12名からなる女子会において、恋バナをテーマとして「A組とB組で彼氏にするなら誰?」とか、「私達が男子で、男子が女子だとしたら、彼女にするのは誰?」と言った様々な議題が提出され、各々のクラスの男子に関するサミットが開かれていたが、新と発目に関しては一度も話題にされていなかった。今にして思えば不自然な程に。

 

そもそも、B組女子勢は勘違いをしていたのだが、この手の話題において地雷と言っても差し支えない存在なのは新では無い。むしろ発目の方である。

 

――自分が新の様な“個性”を持って生まれていたのなら、自分は今と同じ様にヒーローを目指していただろうか?――

 

議題の一つである「一日入れ替わるなら誰?」にも似たこの疑問に対し、此処に居るA組の女子はおろか、男子でさえ即座に「YES」と断言する事が出来る者は、少なくともA組には居ないだろう。

 

世界総人口の約8割が何らかの“個性”を持って生まれる超人社会。超常黎明期よりは“個性”に対する偏見は少なくなったが、その代わりに多くの人間が“個性”で自分や他人の将来を判断するようになった。

そして、その判断基準は『ヒーロー向き』と『ヴィラン向き』と言う、たった二つのカテゴリーであり、新の“個性”は『ヴィラン向き』と自他共に判断する事が容易に想像出来る“個性”である。

 

クラスメイトの中にも、周りから「ヒーロー向きでは無い」とか、「スーパーヒーローにはなれない」と言われた事がある者はいる。

だが、少なくとも人を助けて逃げられた事は無い。ましてや、ヒーローにヴィランとして誤認逮捕されるなど、想像さえした事の無いトラブルだ。

 

――人生の分岐点となる舞台で倒すべき敵と勘違いされ、思うように結果を出せないでいたにも関わらず、自分の危機よりも誰かの危機を優先した。

 

――抵抗することさえままならない様な圧倒的な力を持ったヴィランを相手に、その身を盾にしてボロボロになりながら、救援が来るまでの時間を稼いだ。

 

――多くの人間が醜悪な怪人の敗北と、容姿端麗な英雄の勝利を望む中、勝利者となる事で自分の“個性”に絶望する誰かの希望になろうとした。

 

『俺がヴィランと戦うのは、ただ「そこにいる人を守りたい」と言うシンプルな“思い”。俺は、「人を愛している」から、ヴィランと戦っていたんだと分かった。例え、戦う俺の姿を見て、誰もが俺を恐れたとしても、俺が人を愛する限り、俺は人を守る為に戦う。……いや、違うな。俺はずっと人を愛して、人を守り続ける……戦い続けてみせるッ!!』

 

それは、ほんの一端でしかないが、戦えない誰かの為に戦う事を決め、選びようのない運命に抗う道を選んだ、誰よりも人間らしい怪人の生き様だった。

 

それを目の当たりにし、理解している彼女達からすれば、発目の自分の為に新を骨の髄まで利用しようとするスタンスの言動と行動はどうにも面白くない。少なくとも、キュンキュンする事はまず不可能だ。

しかし、体育祭以外で新と接点が無く、イナゴ怪人やマタンゴによってエライ目に遭っているB組からすれば、A組のリアクションは謎でしかない。そうなれば、その理由が知りたいと思うのが人情である。

 

「えっと……アンタ等から見て、呉島ってどんなヤツなの?」

 

「ん」

 

「えっと……頑張り屋さん!」

 

「優しい人ですわ」

 

「カッコイイと思うわ」

 

「面倒見が良い!」

 

「頼りになる!」

 

「心がイケメン」

 

「「「「「「(ええ……?)」」」」」」

 

A組の返答を聞いて、B組は更なる困惑の渦に叩き込まれた。これまでB組に数多くの恐怖と混乱をもたらしてきた怪人達の王とは思えぬ評価であり、どうしても自分達の考える新の人物像とそれらが結びつかない。

 

「分かるノコ」

 

「「「「「「え゛え゛ッ゛!?」」」」」」

 

――と思いきや、彼女達の言葉に共感する者がB組の中にも一人居た。ある意味、この女子会における最大の衝撃発言であるが、爆弾を投下した本人は至って冷静である。

 

「こ、小森、分かるの?」

 

「どうして? 何かあったの?」

 

「ん」

 

「……今日の午後に皆でマタンゴと戦った時、逃げた先でイナゴ怪人を通して呉島から聞いたノコ。『怪人は俺の孤独に敗れた罪から生まれた』って」

 

「『孤独に敗れた罪』……ですか?」

 

「子供の頃、“個性”の所為で友達が出来なくて、それでイナゴ怪人が生まれて、そしたらますます一人になっちゃったって……」

 

「まあ……だろうね」

 

「それで『B組を助ける事が出来るのは私だけなんだ』って、私が『B組の“最後の希望”なんだ』って言われて、それでその……マタンゴを倒すヒントを貰ったノコ」

 

「え……」

 

「それ、マジ?」

 

「Really?」

 

「本当ノコ。それからマタンゴの倒し方を見つけて、皆と合流したけど、倒したマタンゴの一人がボソッと言ったのを聞いたノコ」

 

「え? アイツら喋れるの?」

 

「……何と、言ったのですか?」

 

小森だけが聞いたと言うマタンゴの言葉。あの時、イナゴ怪人を介して聞いた事が真実であるならば、マタンゴを含めた全ての怪人は本体である新の心の闇と密接に繋がっている事になる。

 

『何ガ違ウ……、俺ト、オ前達トデ……』

 

「……『俺とお前達とで、何が違うんだ』って言ってたノコ」

 

「いや、何がって……ねぇ?」

 

そうした事情を知る者からすれば、マタンゴの言葉に新が抱える「異形として生まれた者の悲しみ」を感じる事が出来るだろう。しかし、そんな事情を知らず、断片的な情報を口伝でしか知らない者からすれば「そりゃあ、違うだろ」と言った感想しかない。

 

「それで……小森さんは、どう思ったんですの?」

 

「……何て言えば良いのか、よく分からないけど……『何かしてあげたい』って思うノコ」

 

「ワカル」

 

「分かるわね」

 

「分かりますわ」

 

「どっちにしろ、あたし等B組は立つ瀬ないよね?」

 

「ん」

 

「……何と言う事でしょう。孤独に敗れる事が罪だと言うなら、その孤独を見抜けず、孤独から生まれた怪物を倒す事に愉悦と快感を覚えた事こそ、真に断罪すべき大罪ッ!! この塩崎茨の生きる信仰の道において、それは罰せられるべき悪徳ッ!! 主よ! この卑しい私にどうか天罰をッ!!」

 

「Oh……イバラは落ち着くデース」

 

小森の発言に麗日・蛙吹・八百万の三人が同調する一方、自分達の力で乗り切ったと思っていたマタンゴとの再戦が、実は新に影ながら助けられていた事に小森以外のB組女子勢は驚き、中でも塩崎は先程「心の傷を癒やして差し上げたい」と語った事も相まって、錯乱状態に陥っている。

 

「そうね。でもシンちゃんって、何時か何処か遠くに行ってしまう様な気がするわ」

 

「『我が道を行く』って感じだもんね。気付いたら一人でズンズン先に進んでそう」

 

「ですわね。ただ、どこか取り返しのつかない所まで行ってしまう様な危うさも感じますわ。何事も全力で徹底していると言いますか……今日だってそうでしたし」

 

「ガリガリやったね。大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配になるよね」

 

「それでもUSJの時よりはマシだったわね。あの時もシンちゃんは無茶してたケド、そのお陰で私達は助けられた」

 

「どんな事があったノコ?」

 

「それは……」

 

「すみません。あの時の事件については箝口令が敷かれていて、話す事は出来ないんです」

 

「ノコ……」

 

「後は……余裕が無い感じがするよね。『絶対に勝たなきゃいけない』って思ってるところとか」

 

「それは、爆豪みたいな感じノコ?」

 

「ん~、似た所もあるけど、爆豪君の場合は『負けるのが嫌』って感じだけど、シン君は『負けたら次は無い』って感じかな?」

 

「そうね。ヒーローは負ける事が生死に直結する職業なんだって、私達もUSJの事件で理解したけど、シンちゃんの場合は『どんな人でもヒーローになれるって証明したい』って気持ちも、そうさせるんじゃないかしら?」

 

「多分、呉島さんは自分の夢を叶えるためには、少なくとも勝利者にならなければならない事を、経験から熟知していたんでしょうね。どうしても、その……世間からは余り良く見られない傾向にある“個性”ですから」

 

「職場体験の指名の数、体育祭で優勝したのに私達よりずっと少なかったよね。それでも、優勝してなかったらもっと少なかったかも知れん」

 

「そうね。でも、あたし達はシンちゃんがどんな思いで雄英に来たのか、どんなヒーローになろうとしているのか知ってる。戦えない誰かの為に戦ってる。だから、他の誰かが否定しても、あたし達だけは言えるわ。シンちゃんは『ヒーロー』だって」

 

「そうだね。だから、私達も頑張らなきゃって思うし、困った時に助けて貰った分、困ってたら助けになりたいよね」

 

「「「うん」」」

 

小森が麗日・蛙吹・八百万の三人と共通の話題で親睦を深める中、A組の残り三人は彼女達の話を頷きながら聞いているのに対し、B組の6人の内5人は非常に困惑した様子で彼女達の語らいを見つめている。

例外は、虚空を見つめながら「私の父は狗でも孕ませたと言うのですか……」と、潔癖症の気がある性格から何処かズレた事をブツブツと呟いている塩崎だけだ。

 

「……どうなってんの? 明らかに今までの中で、一番話が続いてるんだけど?」

 

「アレじゃない? 『飴と鞭』ってヤツ。呉島は見た目がもう『ウラメシイ怪人』だから、ルックスは全男子の中でもぶっちぎりで最下位じゃん? でも、最下位って事は、それ以上は下がらない。イナゴ怪人がやる事に関しても、呉島のあの見た目なら別に違和感は無い。だけど、その分まともな事をすれば、好感度の上げ幅は下手なイケメンよりも上……でしょ?」

 

「確かにそうかも知れないケド……」

 

「ん」

 

柳の理屈も分からないでは無いが、普通に考えてあの怪人バッタ男の鞭は兎も角として、飴を差し出されてソレを素直に受け取れるかと言われれば、イマイチ説得力が無い。

いや、体育祭でのミッドナイトへの対応を見る限り、紳士である事は分かるのだが、普通なら十中八九は飴を受け取る事無く逃げるだろう。仮に受け取っても、こうはならない気がする。

 

「ん~、そう言う事じゃないんだよねぇ」

 

「「うん」」

 

「? そうじゃないって……どう言う事?」

 

「いや、麗日達の言う事も分かるんだけど、呉島なら何があっても何とかしちゃいそうな気がする」

 

「その場に居るだけで『勝ったな』って思う謎の安心感があるよね」

 

「見た目も初めは怖かったけど、慣れるとそう怖くないし」

 

「アレに慣れたって……」

 

「ソー言えば、『怪人は三日で慣れる』テ聞きますネー」

 

「それ『美人は三日で飽きる』ね」

 

「ん」

 

「じゃあさ、さっきのアレは……何なの?」

 

「……ん~、ウチとしては、『納得出来ない』って感じかな? 例えば、峰田のパートナーが上鳴なら納得出来るけど、他の誰かは考えられない……みたいな?」

 

「「確かに」」

 

「……いや、分からなくは無いけど、何か違くない?」

 

「じゃあ、爆豪と轟の絡みは“痴情のもつれ”みたいな感じにも聞こえるケド、爆豪と飯田の絡みは“手の掛かる不良息子と世話焼きなオカン”にしか聞こえないみたいな……」

 

「「確かに」」

 

「いや、確かにそんな感じはするけど……」

 

「……ってか、女子会で男同士のカップリングの話とかアリなの?」

 

「ん」

 

「ラヴの形は十人十色デース!」

 

「それじゃあ、お互いに納得いくまで話し合おう! 徹底的にねーーーーーッ!」

 

「いや、芦戸はもう補習の時間じゃね?」

 

「「「あ……」」」

 

かくして、アフレコ好き耳郎の発言を切っ掛けとして、一大市場を確立するほどのエネルギーを秘めた『新世界の扉(パンドラボックス)』が遂に開かれた!

 

芦戸が抜けた後の、ヒーロー科男子同士のCP論争は予想外の盛り上がりを見せ、「轟×爆豪」、「切島×爆豪」、「峰田×砂藤」、「峰田×上鳴」、「飯田×爆豪」、「緑谷×爆豪」、「緑谷×轟」と言ったCP妄想が次々と生まれ、混沌を極めていった……。

 

 

〇〇〇

 

 

そして、再び男子部屋に目を向けると、腕相撲による決戦は物間の度重なる妨害によって双方に納得のいく形で勝負がつかず、再び全く収集のつかない事態に陥っていた。

 

「……あの、仕切り直して『枕投げ』はどうかな?」

 

「は?」

 

「しかし、緑谷君。枕は本来投げるものではないのだぞ?」

 

「うん、そうなんだけど、枕投げなら怪我をすること無く勝敗を決められるだろうし」

 

「いや、デクよ。体を使った勝負では先程の様に第三者の妨害や、不可抗力による“個性”の発動と言った事で、勝負にケチが付く可能性がある。ならば、ここは頭を使った勝負で決着をつけるのが良いのではないか?」

 

「ム? 確かに先程の様な事は避けたい所だが……」

 

「でもよぉ、頭を使った勝負って何するんだよ?」

 

「オールマイトの元サイドキックであるサー・ナイトアイは常々こう言っている。『元気とユーモアの無い社会に未来は無い』とな。そこで、各々のユーモアのセンスで勝負するのはどうだろう!」

 

「「「「「「「「「「ユーモアのセンス?」」」」」」」」」」

 

「ふざけんな! んな、くだんねぇ事が出来っか!!」

 

「ほう。常日頃から『オールマイトをも超えるヒーロー』を豪語する、貴様らしからぬ言葉よな、ボンバー・ファッキュー。

まあ、貴様の様なタイプはヴィランとの戦闘ばかりに駆り出され、往々にして世間知らずなヒーローになりがちだ。気の利いたジョークの一つも言えん貴様は、どんなに頑張った所で『エンデヴァーの二番煎じ』が関の山だろう」

 

「……やるぞ、爆豪。イナゴ怪人、ルールを説明してくれ」

 

「「「「「「「「「「轟(君)!?」」」」」」」」」

 

「おい、半分野郎! テメェ、わいてんのか!?」

 

「気をつけろ、爆豪。コレは遊びじゃねぇ。全力で最高のユーモアを考えるんだ」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

かくして、ギラギラした目で異様にやる気になった轟に男子全員が気圧された結果、イナゴ怪人1号が提案した「ユーモアのセンスによる対決」で勝敗を決する事になってしまった。これは決して、男子の誰もが轟を恐れたからではない。

 

「ではこれより、『クラス対抗ユーモアバトル』のルールを説明する。ルールは簡単。先程の腕相撲と同じ様に、各クラスから選手兼審査員を5名選出し、お互いにユーモアのセンスを披露して相手チームをより多く笑わせた方が勝者となる。合計5本の勝負の内、3本を先取したクラスの勝利だ」

 

「つまり、外野が幾ら笑っても加算されない訳か」

 

「然り。尚、敗北した者は、我が王が君臨するヒーロー事務所『秘密結社ショッカー(仮)』の入団資格を永久に剥奪される」

 

それは要らねぇ。誰もがそう思ったが、その事にツッコミを入れる者はいなかった。ツッコんだ所で時間の無駄だと理解していたからだ。

 

「では、先攻はA組のトリップギア・ターボ! 開始めいッ!!」

 

「よろしくお願いします! エンジン!! 円陣!! 猿――――――人ッ!!」

 

「「「「「………」」」」」

 

「……ウキッ!!」

 

「「「「「………」」」」」

 

「攻守交代ッ!! 次ッ!!」

 

飯田の渾身の“個性”ギャグは、B組はおろかA組からも苦笑いさえ引き出せず、0点と言う散々な結果に終わった。

片やB組は、仮に誰一人笑わせる事が出来なくとも引き分け。A組から選出された5人の内、一人でも笑わせれば勝利となるビッグチャンス。ここは是が非でも勝利しておきたい所だが……。

 

「後攻! B組のジェボーダン! 開始めいッ!!」

 

「ええっと……その、ですなぁ……」

 

「ジェボーダンって何?」

 

「18世紀のフランスを震撼させた獣の名だ。当時の複雑な時代背景も相俟って、その正体は今でも謎に包まれている」

 

「!! そ、そうよ! 私が謎の魔法少女ジェボーダン! 貴方もパクっと、食べてあげるワン!!」

 

「「「「「ブフッ!!」」」」」

 

「勝負ありッ!! 勝者、ジェボーダンッ!!」

 

常闇が自身のヒーローネームの由来となったUMAの概要を、出久に説明するのを聞いて閃いたのか、宍戸は自身の見た目に反した予想外すぎる発言と仕草による恐るべきギャップの差を利用し、A組の審査員兼選手全員を噴き出させ、見事完全勝利をもぎ取った。

 

「マジか?」

 

「マジで?」

 

「アハハハハハハハ♪ う゛ぇ゛え゛え゛え゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

「マジだ……」

 

もっとも、宍田は宍田で勝利と引き替えに、クラスメイトからの唖然とした視線と、絶大な精神的ダメージを受けているので、実際には痛み分けと言った所である。飯田にせよ宍田にせよ、お互いにこの戦いで負った傷は深い。

 

「では、続いて二回戦ッ!! 先攻! A組のデクッ! 開始めいッ!!」

 

「私がァ~~~~~……北から来たッ!!」

 

「「「「「………」」」」」

 

「(アレ? コレって結構ヤバくないか?)」

 

失笑の一つさえ起こらない出久のオールマイトを丸パクリ……もとい、リスペクトしたギャグと顔芸の合わせ技を見て、尾白はある重大な事に気がついた。

A組の選手兼審査員は飯田・緑谷・轟・爆豪・障子の5人だが、この5人が日常生活において面白い冗談なんかを言った事があっただろうか……と。

 

「攻守交代ッ!! 後攻! B組のコミックマンッ!! 開始めいッ!!」

 

「私、針吹き出し見ると死んでしまいまーす」

 

「「何ッ!?」」

 

「ええッ!?」

 

「針吹き出しって何だ?」

 

「………」

 

「ふむ。笑ってはいないが、ここは双方のリアクションから判定し……勝者、コミックマンッ!!」

 

「やったーーッ!!」

 

「あ゛あ゛ッ!? 何やってんだ、クソデクぅうううッ!!」

 

そして、イナゴ怪人1号の判定によって二回戦は吹出の勝利となったが、その事にA組の面々が不服を申し立てる事はなかった。

勝己もキレてはいるが、判定そのものに文句を言わない辺り、頭を針吹き出しの形にした吹出のシュールなギャグの方が面白かった事を、内心で認めているのだろう。その代わり、出久が責められているが。

 

かくして、早くも追い詰められたA組の明日の肉じゃがの肉は、牛と豚のどっちだッ!?

 

 

●●●

 

 

補習組の使う部屋の片隅を貸して貰ってバイクの免許の勉強に勤しみ、補習組は真面目に補習を受けている……と思いきや、物間が頻繁にトイレ休憩を入れる事を不審に思った相澤先生とブラドキング先生が物間をこっそり追いかけ、その後「見てはいけないものを見てしまった」かの様な顔をした二人が、物間を連れて戻ってきた。

 

「……お前等、峰田と神谷はどうした?」

 

「? トイレじゃないですか?」

 

「いや、トイレは此処に戻ってくる途中にある。それなら二人を見かける筈だが……」

 

「た、助けてくれぇええええええええええ!!」

 

「見逃してくれぇえええええええええええ!!」

 

「愚か者め! 我々が貴様等の様な性犯罪者を逃がす訳がないだろうッ! ゆけい、マランゴよ! 『マラバゴーン』だッ!!」

 

「フォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「ブヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

イナゴ怪人とマランゴのコンビが性犯罪者を成敗する声と、峰田と神谷の断末魔の悲鳴が聞こえた事で、先生達がこの場から離れた隙を狙って、二人が何か良からぬ事をしていた事が、この場にいる全員に露見した。

 

「「「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォ……」」」

 

「「「「「「増えたぁああああああああああッ!?」」」」」」

 

そして、三体に増えたマランゴが俺達の前に姿を現すと、相澤先生とブラドキング先生の指示によって、彼等は峰田と神谷を取り込んだまま、深く暗い森の中へと姿を消した。

 

「耳を~傾けて~♪」

 

「変態二匹のは~なし~♪」

 

「危険に~気付~か~ず~♪」

 

「「「「「「「「「「発・情♪ 発・情♪ 発・情し~て~る~♪」」」」」」」」」」

 

翌日、色々な方面で難しそうな性格をしている少年が、「夜に得体の知れない不気味な歌が森の中から聞こえていた」と、プッシーキャッツに話したとか。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 遂に人間の姿がB組にも認知された怪人。どれだけ消耗しようとも、タンパク質の摂取であっと言う間に回復する様は『アマゾンズ』の悠や千翼が「パネーイ」と言うレベル。補習組ではないので、日付が変わる頃には試験勉強を切り上げて寝た。
 シンさんが夢見た未来世界において、イナゴ怪人達が確認されなかったのは「シンさんの心から孤独が取り除かれた」事を暗示しているが、30年後の未来の『魔王』は“新世界の創造”に踏み切っている。つまり……。

切島鋭児郎&鉄哲徹鐵
 熱血系硬派コンビ。この世界の期末試験で切島は鉄哲と組んでいる為、鉄哲も補習組に組み込まれている。尚、イナゴ怪人達が提供した血の腸詰やモツ煮は、二人とも美味しく平らげており、食後にイナゴ怪人達から熊の爪を加工したアクセサリーを渡されている。「プレデターに“戦士”と認められた主人公みたい」と言ってはいけない。

麗日お茶子&蛙吹梅雨&八百万百&小森木乃子
 小説版の女子会での梅雨ちゃんの台詞を考えると既に……と言う気がしないでもない会話をしている面々。『Ultra Archive』の巻末漫画を見る限り、麗日は洞察力はかなり高い事が窺える為、『すまっしゅ!!』で判明した様に、かっちゃんがエゴで人助けをしている事も見抜いているだろう。

芦戸三奈&耳郎響香&葉隠透
 シンさんに関しては色々と心配な所があるのは確かだが、「どんなにピンチでも、その時々で不思議な事が起こって、何とかなるんじゃね?」と思っている。実際にその通りだし、ある意味でシンさんに対する信頼の裏返しとも取れるが、そんな彼女達でもシンさんと発目のカップリングは「ナシ」らしい。

拳藤一佳&塩崎茨&柳レイ子&小大唯&取蔭切奈&角取ポニー
 女子会でマタンゴ殲滅戦の裏側を知った者達。特に塩崎は、どこぞの麻婆神父の如き絶望を味わっている。しかし、小森やA組女子勢の言う事は、イマイチ理解出来なかった模様。イナゴ怪人やマタンゴがB組を相手に暴れ回り、シンさんの事を言伝でしか知らないとなれば、それも仕方が無い事だろうが。

飯田天哉&緑谷出久
 ユーモアのセンスを披露した結果、ものの見事に惨敗を喫した二人。披露したギャグの元ネタは『すまっしゅ!!』のお笑い訓練の回であるが、「大滑りすると床が抜ける」と言う救いがない分、元ネタよりもキツい事になっている。

宍田獣郎太&吹出漫我
 ユーモアのセンスにおいて、飯田とデク君に見事に勝利したコンビ。宍田は“個性”が『ビースト』である以上、あの伝説の名乗り口上ネタを使わないとか、まず有り得ないから仕方ない。元ネタの様に「気持ち悪い」と言ったヤツが居なかった事が唯一の救いか。
 吹出が披露したシュールなギャグは『ポプテピピック』が元ネタ。元ネタと同様に針吹き出しで本当に死ぬ訳ではないのでご安心を。

轟焦凍&爆豪勝己
 本当はユーモアバトルなんてやるつもりは無かったのだが、『エンデヴァーの二番煎じ』と言われては黙っていられなかった轟が暴走。それに伴って、かっちゃんはユーモアバトルへ強制参加する羽目に。
 轟は何とか巻き返しを図る為に手段を選ばなかった結果、『すまっしゅ!!』の町おこしイベント回の“SNS映えするネタっぽい衣装”に身を包み、「ひよこダンス」なる珍妙な歌と踊りを披露して“想像を遥かに超えて見てはいけないモノ”をこの世に顕現させた。

相澤「お前等、何を騒いで……」
轟「地産地消――。地産地消――。どっちが先なの、ニワニワニワトリ卵。OH玉卵たまら~ん。OH玉卵たまら~ん。たまらんのう!!(必死)」
男子全員「………」
イナゴ怪人「ふむ。双方の苦笑いの数から判定し……勝者、Wッ!!」
相澤&ブラド「「………」」

峰田実&神谷兼人
 同級生の裸体は怪人共のガードが堅いと判断し、プッシーキャッツの裸体を獲物とする計画を突貫で企てた結果、マランゴの苗床となったエロコンビ。ちなみ彼等がマランゴから解放されたのは翌朝。そして、峰田はマランゴの洗脳が更に強化され、『ゲイデヤバイブドウ』になる未来へ進みつつある模様。

イナゴ怪人(1号~ZX)
 珍しく(怪人なりに)シンさん以外の人間にも気を配っている『人ならざる魔性』。ヒーロー科男子の肉とプライドを賭けた戦いを、話術によって奇天烈な勝負に変更し、裏では大人組から熊肉と交換した酒を呑んでいたりする。尚、獲った熊については、何故か「山の神の恵み」としか言わないらしい。

マランゴ×3
 退治されるどころか、むしろ増えた。尚、「マラバゴーン」とは、両腕をロケットパンチの如く相手に飛ばす必殺技で、ぶっちゃけ『オーズ』の「ゴリバゴーン」のパクり。但し、此方は腕が再生する形で次弾が装填される。
 ちなみに今回の怪人ダンスは、以前に感想欄で書かれていた事が元ネタになっており、つまりは一種の読者サービスである。



超自然発火能力
 モーフィングパワーを用いて、対象を分解・プラズマ化する技。要するに「相手を分子に分解しながら内部から燃やす」と言う、防御不可な文字通りの“必殺技”であり、シンさんの父親がモーフィングパワーの発展系として考えついた技。現時点では対象に触れる必要があるものの、取り敢えずエンデヴァーは泣いていい。

AB合同女子会
 小説版と異なり、角取・取蔭・小森の三人も参加し、ヒーロー科女子全員が女子会を楽しんでいる。最終的に耳郎が『すまっしゅ!!』で度々披露していたBL系のアフレコネタから、ヒーロー科男子同士のCP論争にハッテンしたが、結構盛り上がっていた。
 作中で語られたCPについては、『すまっしゅ!!』で展開されたものの他に、作者が軽く確認したBL同人誌が元ネタになっている。見なきゃ良かったって気になったケド。

クラス対抗ユーモアバトル
 イナゴ怪人1号が提案した仁義なき戦い。正直、こうした事に強そうな連中が軒並み補習組になっている上、無駄にやる気になった轟がかっちゃんを無理に参戦させた為、A組はかなり分が悪い勝負を強いられている。
 元ネタは『すまっしゅ!!』のお笑い訓練なのだが、最初の説明は『カブト』の闇キッチンバトルを参考にしている。『フォーゼ』の落語カニは知らん。どんなに酷いネタでも「豚の餌ぁあああッ!!」と言わないだけマシ……か?

ボッ○
 普通ならどう考えても下ネタだが、『ゴールデンカムイ』の読者ならば単なる下ネタにはならない不思議な単語。イナゴ怪人1号が北海道で出会った猟師は、事ある毎にこの単語を連呼していたらしいが、彼が何者だったのかは誰も知らない。
 尚、作者は前に募集した題材のアンケートに『ゴールデンカムイ』があり、試しに軽く書いてみたが、シンさんの見た目ではアシリパさんからは「どう足掻いてもカムイか何かの化身にしか思われない」し、ラッコ鍋パーティーに乱入しても「巨大イトウや巨大蛇と同じ一発ネタにしかならん」と思い至り、断念している。



後書き

今回はここまで、活動報告で劇場版『2人の英雄』に関するアイディアの募集も行ってますので、よろしければご参加下さい。それでは、良い週末を……。

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