怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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平成31年が終わるギリギリで、林間合宿編が何とか終了。今話で原作10巻の時間軸に突入し、令和元年より最終章が始まります。まぁ、劇場版も執筆しているので、後10話くらい書かなきゃ、完全には完結しない感じがしますがね。

それにしても、『ジオウ』のアギト編は最高でしたね。ジオウとアギトのWトリニティフォームとか、挿入歌の「BELIEVE YOURSELF」とか、どう見ても熱狂的なライダーファンにしか見えないアナザーアギトの最期とか。

タイトルの元ネタは『ウィザード』の「奪った希望」。そして、「アナザーライダーになったら」と言う診断メイカーを見つけたので、試しに本作の怪人主人公を診断してみた所……

「呉島新はタイムジャッカー・スウォルツによってアナザーアギトにされ、恋人を延命させる為に2001年から18年間タイムジャッカーと行動を共にしました」

……と言う結果が出て、思わず笑ってしまった。『ジオウ』が終わった後で、もう一度やってみようと思います。

2019/04/30 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第45話 奪われた希望

林間合宿中の雄英高校一年ヒーロー科を襲った『敵連合』“開闢行動隊”。その内の一人が僕達に情報を提供してくれたお陰で、ヒーロー側が優位に進むと思っていたヴィランとの攻防戦は、思いもよらないイレギュラーの介入によって、僕の知らない内に「望まない未来」へと向かい始めていた。

 

「ワン・フォー・オール……1000000%ッ!! デラウェア……、デトロイト……、スマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアシュッ!!!」

 

「ガ……ッ!!」

 

限界を超えて引き出した『ワン・フォー・オール』の反動で、僕の両腕は初めて『ワン・フォー・オール』の出力100%を引き出した時以上にボロボロになってしまったけど、何とか僕一人の力でマスキュラーを倒し、洸汰君を守り切る事が出来た。

 

「ハァ……ハァ……――ッ!!」

 

「あっ、オイ! 大丈夫かよ!?」

 

「大丈夫……! まだ、やらなきゃいけない事がある……」

 

「そんなボロボロで、何をしなきゃいけねぇんだよ!?」

 

「もし、この夜襲に来たヴィランが全員こいつと同じレベルなら、生徒がターゲットになっている以上、皆が危ない。それにイナゴ怪人3号みたいな、未知のヴィランが他に居るかも知れない。その事を相澤先生やプッシーキャッツに伝えなきゃ……」

 

ただ、そのイナゴ怪人3号だけでなく、他のイナゴ怪人達もあれから姿を見せない事が心配ではあるのだけど、まずは洸汰君を一番安全な施設に預けなきゃいけない。だから、施設に向かう途中で相澤先生に会えたのは幸運だった。

 

「先生!!」

 

「緑……ッ!」

 

「先生! 良かった! 大変なんです! 伝えなきゃいけない事が沢山あるんです……けど、取り敢えず、僕マンダレイに伝えなきゃいけない事があって……」

 

「おい……」

 

「洸汰君です! 『水』の“個性”です! 絶対に守って下さい!」

 

「おいって……」

 

「お願いしますッ!!」

 

「待て、緑谷ッッ!!!」

 

「!!」

 

「その怪我……またやりやがったな」

 

「あ……。いや、でも……」

 

「だから、マンダレイにこう伝えろ。『A組B組総員。プロヒーロー“イレイザーヘッド”の名に於いて、戦闘を許可する』――ってな」

 

相澤先生に洸汰君を預けると、僕は相澤先生の判断で、ヒーロー科の生徒全員に『戦闘許可』を出た事をマンダレイに伝え、テレパスで生徒全員にそれを伝える様に頼まれた。でも、広場に到着した僕の目に飛び込んできたのは……。

 

「KISSSHYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

「……うう……っ」

 

「ス、スピナー……あんたの……せい、よ……」

 

血塗れで倒れるマンダレイとマグネ。そして、巨大な人型のトカゲ……倒れたマグネの台詞と、ビリビリに破れて散乱した服から察するに、何らかの理由で“個性”が暴走したスピナーに、腹を噛まれて持ち上げられる虎さんだった。

 

「スマァアアアアアアアアアシュッ!!」

 

「GUUGYUUAAAAAAHHHHHHH!!」

 

スピナーの横腹に勢いをつけた両足蹴りが炸裂すると、スピナーは蹴りの衝撃で咥えていた虎さんを放し、僕の方に獣の様な鋭い眼差しを向けた。

マンダレイはスピナーにやられたのか、とてもじゃないが『テレパス』が使える様な状態じゃない。こうなったら、僕が相澤先生から戦闘許可が出たことを、皆に直接伝えるしか無い。

 

「う、うぬは……ッ!」

 

「虎さん! 洸汰君は無事です!!」

 

「GYYOOOOOO!!」

 

「虎さんは二人を! コイツは僕が引き受けます!」

 

「ま、待て! その怪我では……!」

 

「RUUWOOOOOOOOOHHHHHHHHHH!!」

 

単純に横槍を入れられた事に腹を立てたのか、それとも重傷を負わせたマンダレイや虎さん達はもう戦う必要が無いと思っているのか、スピナーは爛々と目を光らせ、脇目も振らずに森の中を駆ける僕を追いかけてくる。

スピナーと一定の距離を保ち、背後から迫る敵意を明確に感じながら暗い森の中を疾走すると、何処からか聞こえた銃声に気を取られた一瞬、森の中から突然大きな黒い手が目前に迫った。

 

「!? 障子君……!?」

 

「ああ。しかし、その重傷……もはや動いていい体じゃないな……」

 

「DUUURRRYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

「AAAAAAGRRRHHHHHHHHHH!!」

 

怪我による激痛で反応が遅れた僕を助けたのは、クラスメイトの障子君だった。障子君の『複製腕』でしっかりと背中に固定され、僕が障子君の背中越しに見たのは、さっき僕を襲った大きな黒い手の正体。

それは、見た事も無い位に巨大化した『黒闇【ダークシャドウ】』で、それがスピナーと周囲を破壊しながら戦う光景は、まるで怪獣映画を見ている様だった。

 

「障子君。コレって……」

 

「静かに。今は向こうに集中しているが、奴が何時コッチに矛先を向けてもおかしくない。今の奴は動くモノや音に反応し、無差別に襲いかかるモンスターだ」

 

「KYOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」

 

「DWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

障子君の言う通り、さっきまで僕を狙っていた二人は、今はお互いに注意が向いているのか、近くに居る僕達には目もくれない。

ひとまず、僕が障子君の言葉に無言で頷くと、障子君が小声で『黒闇【ダークシャドウ】』がこうなった経緯を話し始めた。

 

「……マンダレイのテレパス。ヴィラン襲来と交戦禁止の連絡を受け、すぐに警戒態勢をとった直後、背後から木々を切り裂く音が迫り、ヴィランに襲われた。変幻自在の素早い刃……後から受けた情報と照らし合わせて考えると、襲ったのは『ムーンフィッシュ』と呼ばれるヴィランだろう」

 

「あっちゃんを狙う、ヴィランの一人……!」

 

「そうだ。その時、俺は常闇を庇い、腕をかっ斬られつつも、草陰に身を隠した」

 

「腕を……!?」

 

「何、傷は浅くは無いが、失った訳じゃない。俺の『複製腕』は、複製部分も複製が可能。斬られたのは複製の腕だ。……しかし、それでも奴には耐えられなかったのか、抑えていた“個性”が、暴走を始めてしまった」

 

「GUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「GYHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「闇が深い程に強くなると同時に、本体の制御も効かなくなる『黒影【ダークシャドウ】』の特性に加え、常闇が抱える義憤や悔恨などの感情が、暴走を激化させている。常闇も何とか抑えようとしていたのだが……」

 

「ゴメン……」

 

「気にするな。それよりも、今はコレをどうにかせねばならん」

 

新手のヴィランが目の前に現われた所為か、『黒影【ダークシャドウ】』は落ち着くどころか、むしろ狂暴性に拍車が掛かっている様に思える。

火に油を注いでしまった事に罪悪感が沸くが、障子君は落ち着いてスピナーと常闇君の戦いから視線を逸らすこと無く、この状況を好転させる策を口にした。

 

「火事か施設へ誘導すれば、『黒影【ダークシャドウ】』は静められる。もう少し常闇が落ち着いてから其方に誘導するつもりだったが、そうすれば間違いなくあのヴィランも一緒に着いてくる。施設へ誘導すれば皆を危険に晒す事になる以上、火事の方向へ誘導する他ないが……」

 

「WRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

「RRRRWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

狂暴性と共に戦闘力も上がっている筈なのに、スピナーは『黒影【ダークシャドウ】』に一歩も譲らない。このまま『黒影【ダークシャドウ】』を火事の方向に誘導すれば、確実にスピナーも一緒に着いてくるだろう。

そうなれば、仮に『黒影【ダークシャドウ】』を落ち着かせる事が出来たとしても、今度は僕と障子君の二人でスピナーの相手をしなきゃいけなくなる。だったら……。

 

「……待って、障子君。それなら、かっちゃんと轟君の方に二人を誘導しよう。かっちゃんなら爆発の閃光で『黒闇【ダークシャドウ】』を静められるし、轟君なら氷結でヴィランを止められる。生物型の“個性”は変温動物の場合、あっちゃんや蛙吹さんと同じで低温には弱い筈だから」

 

「なるほど。両者の“個性”の天敵をぶつけると言う訳か」

 

「うん。それに『黒影【ダークシャドウ】』が音だけでも反応するなら、『複製腕』で囮を作れば、僕達に攻撃が行かないように誘導する事ができると思う。チャンスは、『黒影【ダークシャドウ】』の意識がヴィランから外れた時だ」

 

「分かった。やってみよう」

 

「BUUUUFOOOWROOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「GYIIIIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」

 

障子君にこの状況を打破する作戦を提案し、息を潜めてチャンスを伺う。そして、遂に両者の均衡が崩れ、『黒影【ダークシャドウ】』がスピナーを殴り飛ばした。

 

「今だ!」

 

「うん! 常闇君!! 抗わないで! 『黒影【ダークシャドウ】』に身を委ねて!!」

 

「~~~~~~~~ッ!!」

 

「GGGGGGRRRRRRWOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」

 

「よし! 行くぞ!」

 

僕の声が聞こえたのか、常闇君が『黒影【ダークシャドウ】』の制御を手放した事で、解き放たれた『黒影【ダークシャドウ】』はより狂暴で強大な怪物となって、僕達に襲いかかった。

正直に言うと、スピナーに追われていた時よりも、『黒影【ダークシャドウ】』に追われている今の方がずっと怖いと思ったのは内緒だ。

 

「クソッ! 二人は何処だ……いた! 氷が見える。交戦中だ!」

 

肝試しでかっちゃんと轟君は、障子君と常闇君の次に出発した。だから障子君達が来た道を逆に辿っていけば、自ずと二人の元へ辿り着く。『複製腕』の囮と、進行方向にある木々をなぎ倒しながら、『黒影【ダークシャドウ】』が僕達のすぐ後ろにまで迫っていたけど、ギリギリでヴィランと交戦中のかっちゃんと轟君の二人と合流する事が出来た。

しかも、『黒影【ダークシャドウ】』は邪魔だと言わんばかりに、かっちゃんと轟君の二人と交戦していたヴィラン……ムーンフィッシュをその巨大な手で地面に叩きつけ、図らずとも二人を助けている。

 

「障子、緑谷……と、常闇!?」

 

「常闇が暴走した! それに――」

 

「CYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「ヴィランが追ってきている! 爆豪は常闇を! 轟はヴィランの方を頼む!」

 

やっぱり、さっきの一撃では倒しきれなかったのか、それともすぐに復活したのか、『黒影【ダークシャドウ】』の後方から、獣の様なスピナーの唸り声が此方に近づいてくる。

 

「GUUUUOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」

 

「見境なしか……爆豪!」

 

「待て、アホ」

 

「……肉ゥ~~。駄目だぁああああああ。肉ゥ~~~~、にくめんんんッ! 駄目だ、駄目だ、許せない……」

 

そして、ムーンフィッシュの方も倒し切れてはいなかった。このままだと、二人のヴィランが合流して、挟み撃ちになる!

 

「その子達の断面を見るのは僕だぁあああああああッ!! 横取りするなぁああああああああああああああああああああッ!!」

 

「強請ルナ……三下ァアアアアアアッ!!」

 

「見てぇ」

 

「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「轟ッ!!」

 

「おうッ!!」

 

でも、そんな僕の心配を余所に、『黒影【ダークシャドウ】』はムーンフィッシュの歯刃を全てへし折って、あっという間に戦闘不能に追い込んでしまい、僕達に追いついたスピナーは、轟君によって飛びかかった体勢で氷の中に閉じ込められた。

 

「CUCAAAAAA……」

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!! 暴レ足リンゾォオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「おらッ!!」

 

「ひゃん!」

 

そして、最後に残った『黒影【ダークシャドウ】』は、かっちゃんが掌から繰り出した爆破の閃光を浴びて、驚くほどあっさり静められた。

怪獣の様に大きかった体が見る見る内に小さくなった『黒影【ダークシャドウ】』は、さっきまでの事が嘘の様に、大人しく常闇の中に帰って行った。

 

「てめぇと俺の相性が残念だぜ……」

 

「……? すまん、助かった」

 

「俺等が防戦一方だった相手を一瞬で……」

 

「いや、それは僕達もだよ……」

 

「常闇、大丈夫か? よく言う通りにしてくれた」

 

「障子……悪かった……。緑谷も……俺の心が未熟だった。複製の腕が飛ばされた瞬間、怒りにまかせて『黒影【ダークシャドウ】』を解き放ってしまった。闇の深さ……そして俺の怒りが影響され、奴の狂暴性に拍車を掛けた。結果、収容できぬほどに増長し、障子を傷つけてしまった……。尤も、『そう言うのは後だ』……と、お前は言うだろうな」

 

良かった。かっちゃんに感謝を、そして僕達に迷惑を掛けたと謝る聞き慣れた口調は、完全に何時もの常闇君だ。

この暗い森の中で再び『黒影【ダークシャドウ】』を解放したらどうなるか分からないけど、かっちゃんと轟君が傍に居る以上、少なくとも暴走する事はもうない筈だ。

 

「ひとまず、このヴィラン達は放っておくとして、この場に『優先して殺す』様に言われている俺と緑谷に、『生かして捕まえる』ように言われている爆豪の三人が集まった訳だが、これからどうする?」

 

「何? 緑谷と轟は命を、爆豪は身柄を狙われているのか? 何故?」

 

「分からない……! 兎に角、ブラドキング先生と相澤先生のプロ二名がいる施設が最も安全だと思うんだ」

 

「成る程。つまり、我々がすべき事は、早急に施設へ戻り、他と合流する事か」

 

「うん。でも、広場でマンダレイと虎さんが、ヴィランとの戦闘で大怪我をしてるんだ。仲間のヴィランも一人重傷なんだけど、早く手当てしないと……」

 

「だが、この人数で道なりに行くのは流石に目立つぞ。ヴィランは残り何人いるんだ?」

 

「僕が知ってる限り、マスキュラー、マグネ、スピナー、ムーンフィッシュの4人が戦闘不能。他はどうなってるか分からないケド、少なくとも残ってるヴィランの内、荼毘とトゥワイスの2人は遭遇しない限り大丈夫だと思う。

生徒を狙うならプロの足止めは絶対に必要になるし、トゥワイスの“個性”が情報通りなら、本体がワザワザ出張ってリスクを冒すとは思えない」

 

「……戦闘不能のヴィランは5人だ。何時の間にか後ろのクソウゼェガスが消えた。多分、誰かがマスタードって野郎を倒したんだろ」

 

「そうなると、生徒を狙うヴィランはトガヒミコと脳無。それにコンプレスの3人か」

 

「脳無が一番厄介だな。USJの時みてぇな奴が出てきたら流石に不味いぞ」

 

「……いや、一番厄介なのは脳無じゃない。イナゴ怪人3号だ」

 

「イナゴ怪人? どう言う事だ? それに3番目はV3だろう?」

 

「それが、あっちゃんの“個性”で生まれたイナゴ怪人じゃないみたいなんだ。しかも、目にも止まらぬ速さで移動できる。あっちゃんを逃がさない為って言ってたケド……」

 

「それならソイツはシンの所に居るだろ。そんな事が出来る奴が俺達の近くに居て、何も仕掛けてこねぇ筈がねぇ」

 

……確かに、判明しているだけでも半数近いヴィランが倒されたにも関わらず、何もしてこないのは妙だ。かっちゃんの言う通り、イナゴ怪人3号はあっちゃんの所に居ると考えるのが妥当だろう。

 

「兎に角、一度広場に戻ろう。道なりに行くのは目立つから、ちょっと遠回りになるかも知れないケド、森の中を通って行った方が安全だと思う」

 

「だが、情報に無いヴィランが居る事を考えると、最初に聞いたヴィランの総数はもうアテにならねぇぞ? 他にも居るかも知れねぇし、突然出くわす可能性だってある」

 

「障子君の索敵能力がある! そして轟君の氷結に、かっちゃんの爆破……更に常闇君さえよければ、制御手段を備えた無敵の『黒影【ダークシャドウ】』……。この面子なら正直……オールマイトだって怖くないんじゃないかな……!」

 

「取り敢えず、爆豪。お前、中央歩け。攫われたら厄介だ」

 

「んなヘマするか! 命狙われてんだから、テメェが真ん中歩け、半分野郎!!」

 

「行くぞ!」

 

僕を背負った障子君が先頭を歩き、その後ろをB組の円場君を背負った轟君、かっちゃん、常闇君の順に森の中を慎重に進んでいく。

尤も、かっちゃんはこの配置に納得していないのか、歩きながらも轟君と口論を続けている。あまり騒がしくするとヴィランに気付かれると思うんだけど……。

 

「……近くで麗日と蛙吹がヴィランと交戦している。このまま真っ直ぐ森を突っ切れば合流出来るがどうする? 二手に分かれるか?」

 

「いや、このまま合流しよう。麗日さんがいれば『無重力』で負傷者を運ぶのが楽になるから」

 

「分かった。皆、急ぐぞ!」

 

「指図してんじゃねぇ、タコッ!!」

 

雄英で一緒のクラスで過ごし、数ヶ月が経った今、かっちゃんのこうした態度に障子君や轟君、常闇君ももはや慣れたもので、かっちゃんの言う事を無視してズンズン先に進んでいく。

 

「麗日!?」

 

「障子ちゃん、皆……!」

 

「やっ!!」

 

「あっ! しま……」

 

「人増えたので、殺されるのは嫌だから……バイバイ」

 

森を抜けた先の林道で、蛙吹さんが木に貼り付けにされ、麗日さんはヴィランを地面に押さえつけていたケド、ヴィランは一瞬の隙を付いて麗日さんを突き飛ばすと、僕達が合流したことで形勢不利と見たのか、一人森の中へ消えていった。

 

「今の女……もしかして、トガヒミコか?」

 

「ええ、シンちゃんを狙ってるわ。とってもクレイジーよ」

 

「麗日さん、怪我を……!」

 

「大丈夫。でも多分、血ぃ採られてもうた。って言うか、怪我ならデク君の方が……!」

 

「僕は大丈夫。それよりも僕達から離れないで。麗日さんの血を採ったなら、次はきっと麗日さんに変身して騙し討ちするだろうから」

 

「どっちにしろ、此処で立ち止まってる場合じゃないな。早く行こう」

 

「うん。取り敢えず、二人とも無事で良かった。僕等これから広場の方に行って、負傷したマンダレイ達を助けに行くんだ。8人で移動すると流石に目立つケド、2人にも手伝って欲しくて……」

 

「…………ん?」

 

「8人? 残り2人は何処にいるの?」

 

「え? 何言ってるんだ、後ろにかっちゃんと常闇君が……」

 

この非常時、油断する人間なんている筈がなかった。でも、きっと心の何処かで慢心していたんだと思う。

 

事実、僕が交戦したマスキュラーとスピナーは、ただ「“個性”が強いだけ」のヴィランだった。だから、他のヴィランも「“個性”に頼っている」んだと、無意識の内に思い込んでいたんだと思う。

USJの事件で『敵連合』は「オールマイトを殺す為の人材」を用意していたのだから、今回の襲撃で「人を攫う事に最適な人材」を用意している事位、充分に予想する事ができた筈なのに……ッ!

 

「彼等なら、俺のマジックで貰っちゃったよ」

 

「「「「「!?」」」」」

 

「こいつ等はヒーロー側に居るべき人材じゃあねぇ。俺達がもっと輝ける舞台に連れてくよ」

 

全く聞き覚えの無い声で、聞き捨てならない台詞を頭上から投げかけられ、反射的に声のする方へ目を向けると、シルクハットを被った仮面の男が、木の上から僕達を見下ろしていた。

 

「――!? ッ返せ!!」

 

「返せ? 妙な話だぜ。爆豪君も常闇君も誰のものでもねぇ。彼等は彼等自身のものだぞ!! エゴイストめ!!」

 

「返せよ!!」

 

「どけッ!!」

 

「おっと! 勘違いしないで欲しいんだが、我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し……『それだけじゃないよ』と、道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

 

轟君が繰り出す氷結攻撃を、仮面の男は素早い身のこなしで回避し、樹上から僕達に軽い口調で話し続ける。スピナーの情報通りなら、この仮面の男はMr.コンプレスと呼ばれるヴィランで、「物を圧縮して小さな玉にする事が出来る」“個性”を持っている。

だけど、それだけでかっちゃんと常闇君の二人を、僕達に気づかれる事無く攫う事が出来るとは思えない。つまり、このヴィランは相澤先生と同様、“個性”を活かす為の技術を身に着けているタイプだと言う事だ。

 

――「一芸だけでは、ヒーローは勤まらない」

 

かつて、USJの事件の時に相澤先生が言った言葉だけど、「単に強い“個性”を持っている」と言う一芸だけで勤まらないのは、あのステインがそうだった様に、ヒーローと対極に位置するヴィランもまた同じだ。

 

「右手に二つの小さい玉……コイツがコンプレスか!?」

 

「Mr.コンプレスだ。名前はちゃんと覚えような、ヒーロー候補生。それがヴィランに対するマナーってモンだ。しかし、その口ぶりから察するに、俺達の情報が漏れてる……いや、俺達の誰かが漏らしたって考えた方が良さそうだな。

だが、ノルマはキッチリこなしたから、問題は無い。ちなみに、常闇君を貰ったのはアドリブだ。彼も爆豪君と同様、こちら側に来るべき人間だと判断したんでね」

 

「この野郎! 貰うなよ!!」

 

「緑谷、落ち着け」

 

「麗日! コイツ、頼む!」

 

轟君が麗日さんに円場君を任せると、さっきとは比べものにならない規模の氷結が、津波の様にMr.コンプレスを襲う。しかし、Mr.コンプレスは轟君の攻撃を空中で軽々と回避しながら、僕達にとって最悪と言える一手を繰り出した。

 

「悪いね。俺ぁ、逃げる事と欺くことだけが取り柄でよ! ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか! 『開闢行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったが、これにて幕引き!! 予定通りこの通信後5分以内に“回収地点”へ向かえ!』」

 

Mr.コンプレスが行ったのは、無線を使って作戦成功の連絡を仲間達に送る事。逃げる事が取り柄と言うだけあって、Mr.コンプレスは僕達と戦う事無く背を向けると、木々をつたって一目散に逃走を開始した。

 

「幕引き……だと?」

 

「駄目だ……!」

 

「させねぇ!! 絶対、逃がすな!!」

 

「待って! このまま皆で追いかけたら、広場で倒れてるマンダレイ達はどうなるの!?」

 

「だが、今ヤツを追いかけて2人を取り戻さねば、取り返しのつかない事になるぞ!」

 

「ちくしょう! しかも早ぇぞ、あの仮面……!」

 

「飯田君いれば……!」

 

かっちゃんと常闇君を回収し、僕達からドンドン遠ざかるMr.コンプレスの後ろ姿に焦りを覚えながら、僕はこれ以上無い位に頭を回転させて、攫われた二人とプッシーキャッツを助ける為の策を練った。

 

どっちかを選ばなきゃいけないなら、僕はどっちも助けたいと思うから……!

 

「麗日さん! 僕らを浮かして、早く! そして浮いた僕らを蛙吹さんの舌で思いっきり投げて! 僕を投げられるほどの力だ! 凄いスピードで飛んでいける! 障子君は腕で軌道を修正しつつ、僕らを牽引して! 麗日さんは見えている範囲で良いから、奴との距離を見計らって解除したら、蛙吹さんと一緒に広場に向かって! 撤退の合図があって、ヴィランが一箇所に合流するなら、これ以上二人がヴィランと交戦する事は無いと思う!」

 

「成る程、人間玉か」

 

「待ってよ、デク君。その怪我でまだ動くの……!?」

 

「……お前は残ってろ。痛みでそれどころじゃあ……」

 

「痛みなんか今は知らない……ッ! 動けるよ、早くッ!!」

 

「……! デク君、せめてコレ……!」

 

かっちゃんと常闇君を取り戻そうとする僕を見て、麗日さんが僕の骨折した両腕に添え木をあてると、脱いだシャツを使って固定してくれた。

そして、僕の怪我に対する応急処置が終わると、麗日さんが僕と障子君と轟君の三人に触れた事で、僕達は一時的に重力から解放される。

 

「良いよ、梅雨ちゃん!」

 

「マンダレイと虎さんは私達に任せて。だから、皆は必ず2人を助けてね。……ケェエエエロォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

蛙吹さんの舌で僕達はグルグル巻きにされ、遠くに見えるMr.コンプレス目がけて勢いよく投げ飛ばされた。

 

「ガ……ッ!?」

 

「おッ!! 知ってるぜ、このガキ共!! 誰だ!?」

 

皆の協力で実現した人間砲弾は、見事Mr.コンプレスに命中した。でも、その落下地点こそがヴィラン達の集合場所だったらしく、そこには既に3人のヴィランが集まっていた。

 

 

○○○

 

 

一方、避難場所である施設で待機していた生徒達は、「クラスメイトを助けに行くべきだ」と考える者達と、「先生方の指示に従って此処に居るべきだ」と考える者達に別れ、前者の筆頭である切島と鉄哲。それに飯田の3人が、ブラドキングと激しい舌戦を展開していた。

 

「ダチが狙われてんだ!! 頼みます! 行かせて下さい!」

 

「そうですよ! 人に仇成す連中に、どうしてヒーローが背を向けるんですか!」

 

「駄目だ! なんと言おうと、お前達を行かせる訳にはいかん!」

 

「しかし、ヴィランの目的と数。それに各々の“個性”と役目が判明しているなら、俺達の中から有利な“個性”を持つ者を戦力としてぶつける事も出来る筈です!」

 

「それは向こうにとっても同じだな。それに『優先して殺害する生徒がいる』ってだけで、お前達もヴィランの殺害対象になっている事を忘れるな。伏兵がいないとも限らんし、お前達が助けに行けば、その分ヴィランが狙う的が増える事になる」

 

事実、ブラドキングが言う様に、ヴィラン側から得られた情報で命を保障されているのは、「生かして攫ってくる」様に言われている爆豪だけであり、その他の面子は最優先の殺害対象として認識されている「呉島、緑谷、轟の3人より狙われにくい」と言うだけで、この場に居る彼等もまた「ヴィランに命を狙われている」事に変わりは無い。逆に言うなら、ヴィラン達は一人を除き「爆豪以外は皆殺しする」つもりで、今回襲撃を仕掛けてきたのである。

つまり、殺害する事を優先されていようが、されていなかろうが、それはあくまでヴィランの都合というヤツで、クラスメイトを助けに行く事を提案する彼等もまた、危険な状況に置かれているのだ。

 

「! 相澤先生が帰ってきた……直談判します!」

 

「……や……。待て、違う!」

 

外からの物音で自分の担任が帰ってきたと思い、部屋の扉に近づいた切島だが、不穏な空気を察したブラドキングによって、不意打ち気味に放たれた青い業火から逃れる事が出来た。もし、あと少しでもその場から引くのが遅れていたら、切島は間違いなく消し炭になっていただろう。

 

「皆、下がれ!!」

 

「………」

 

「遅いわ! ヌゥウンッ!!」

 

奇襲が失敗した事を確認したヴィランが、生徒に向けて再度攻撃を仕掛けようと掌に青い炎を宿すが、ブラドキングの“個性”『操血』によって瞬時に拘束され、頭部に強力な一撃を叩き込まれると、拘束されていたヴィラン――荼毘のコピー体は、瞬く間に泥の様な液体に変化した。

此処に来るのは「ヴィランの“個性”で作られた、一定のダメージを負うと消える偽者」である事を『テレパス』を通じて知っていた為、ブラドキングは情報を聞き出そうとは考えず、一気に片をつける事を選択したのだ。

 

「『操血』……強ぇ!」

 

「流石、僕らのブラド先生!!」

 

「……見ての通りだ。お前達もこうしてヴィランに命を狙われている以上、戦線に出す訳にはいかん。歯痒いと思うだろうが、我々もお前達を守らねばならんのだ」

 

「「「………」」」

 

実際に自分達もヴィランに命を狙われている事実を目にし、実感してしまった以上、騒いでいた切島達はもう何も反論する事が出来なかった。

 

――自身は守る側ではなく、守られる側にいる。

 

その事を強く意識した切島は、中学時代に遭遇した同級生のピンチに踏み出せなかったあの時と、全く同じ表情をしていた。

 

 

○○○

 

 

林間合宿の準備の為に、クラスの皆と一緒にショッピングモールへ買い物に行った時、死柄木と遭遇した僕が塚内さんから事情聴取を受けた後、僕は警察署の前で会ったオールマイトに一つの質問をした。

 

『オールマイトも、救けられなかった事はあるんですか……?』

 

『……あるよ。沢山。今でもこの世界の何処かで、誰かが傷つき倒れているかも知れない。悔しいが私も人だ。手の届かない場所の人間は救えないさ……』

 

少なくとも、僕は手の届く場所にいた。だから、必ず救けなきゃいけなかった。僕はそのオールマイトから“個性”を……『ワン・フォー・オール』を受け継いだんだから。

 

「かっちゃん!!」

 

「来んな……デク……」

 

――でも、僕達の奮闘は、「かっちゃんを目の前で連れ去られる」と言う、完全な敗北で決着してしまった。

 

「そんな……」

 

「!? 何だ!?」

 

「紫の炎……呉島か?」

 

凄まじい轟音と共に森の中から立ち上がる巨大な紫色の火柱が、森を燃やし続ける青い炎を上回る光量を放ち、闇を照らしていく。

あんな事が出来るのは、あっちゃんしかいない。だけど、それはあっちゃんが今も戦っている事を、ヴィランが完全に撤退していない事を意味している。

 

「あっちゃん……ッ!」

 

「待て! 緑谷!」

 

胸騒ぎを覚えて走り出した僕を制止する声を無視して、体力の残っていない体をなけなしの精神力で動かし、爆心地へとひたすらに真っ直ぐ森の中を駆け抜ける。

爆発によって木々が跡形も無く消し飛び、隕石の落下地点の様な巨大なクレーターに辿り着いた時、そこに立っていたのは、あっちゃんではなかった。

 

「イナゴ怪人、3号……!」

 

「ほう……少しだけ、遅かったな」

 

「遅かった……?」

 

「そうだ。呉島新はたった今、我々の手で回収した」

 

「!?」

 

「緑谷!」

 

「もしかして、そいつが――イッ!?」

 

「な、何だ!?」

 

「何を……!?」

 

そして、僕に障子君達が追いついた瞬間、イナゴ怪人3号が消えると、背中にちくりと針で刺された様な鋭い痛みが走った。それは障子君達も同じみたいだったけど、その直後に僕達は信じられない体験をした。

 

「!? 急に……体が……!」

 

「この……!? “個性”が……出ねぇ!?」

 

「腕が動かん……! 複製が、出来ないッ!!」

 

「『黒影【ダークシャドウ】』!! どうした!? 返事をしろ!!」

 

「無駄だ。この『“個性”破壊弾』を打ち込まれた以上、お前達が“個性”を使う事は出来ない」

 

“個性”が使えずに困惑する僕達に見せびらかす様に、イナゴ怪人3号は小さな注射器の様な物を手にしていた。

 

今まで「“個性”を活性化させる薬やアイテム」の話は何度も聞いたことがあるし、実際にその効果を目にした事もある。でも、「“個性”を使えなくする薬やアイテム」なんて、見た事も聞いた事も無い。

しかも、イナゴ怪人3号は素手でそれを打ち込んだみたいだけど、『“個性”破壊薬』と言わずに『“個性”破壊弾』と言った事を考えると、本来は「弾丸として使うモノ」なのかも知れない。

 

「“個性”破壊……だと……?」

 

「そうだ。尤も、“個性”を使用不能に出来る時間はそう長くはない。一晩も寝れば元に戻る。さて、緑谷出久。約束通りマスキュラーに勝ったお前と勝負してやる……と言いたいが、此処はサービスしてやろう。何か聞きたい事があったら、快く教えてやるぞ?」

 

「ッ! テメェ、ふざけん……」

 

「あっちゃんとかっちゃんをどうするつもりだ!」

 

轟君の気持ちも分かる。僕だってコイツの態度に、そして自分の無力さに怒りと悔しさで頭がどうにかなりそうだ。でも、どうしても聞かずにはいられなかった。かっちゃんとあっちゃんを攫った理由が何なのかを。

 

「爆豪勝己については知らん。アレに関しては死柄木弔の意志によるもので、我々はヤツとは無関係な所で動いている。我々の作戦目的は、『呉島新の捕獲』だけだ。呉島新を『ガイボーグ』の素体にする為にな」

 

「ガイボーグ?」

 

「『ガイボーグ』とは、USJで切断された呉島新の右腕を秘密裏に回収し、呉島新の細胞を利用して造った、脳無を超えた性能を誇る改造人間の総称だ。今回はオリジナルをそのまま使う訳だが……流石は呉島新と言うべきか。移植した細胞に耐え切れない粗悪な“鉢”共とは比べ物にならないな」

 

「“鉢”……? 一体、何を言っているんだ?」

 

「我が主を造った創造主は、『ガイボーグ』を『EIGHT』と言う隠語で呼んでいた。つまりは“鉢”……“八”と言う洒落だ。そして、我が主は『ガイボーグ』の一つの完成形であり、創造主から『SEVEN』と呼ばれている。それは“鉢”に植えた“個性”と言う名の種子が芽吹き、更には成長の余地を残した成功例である証だ。即ち“鉢植え”……“八の上”……つまりは“七”……『SEVEN』と言う訳だ」

 

「くっだらねぇッ!! ちっとも笑えやしねぇ!!」

 

「気にするな。所詮は只の言葉遊びだ。ちなみに『ガイボーグ』のガイは“鎧”を意味する。『偉大なる創造主をお守りする為の“鎧”』。それが『ガイボーグ』だ」

 

イナゴ怪人3号の口から明らかになる、信じられない様な事実の数々に、轟君が怒りを隠すこと無く吐き捨てる。それでも飄々としているイナゴ怪人3号に、常闇君は冷静な態度で訪ねた。

 

「何でそんな事を俺達に教える? それでお前達に何の得がある?」

 

「得など無い。だが、お前達がどれだけ足掻いた所で、もはやどうにもならんだろう?」

 

「……どう言う事だ?」

 

「もう遅いのだ。間も無く、呉島新も我が主と同様に『ガイボーグ』となり、『SEVEN』として覚醒する。2人の『SEVEN』は互いに殺し合い、やがて二つの力は一体となる。相手を殺し、相手のエネルギーを吸収する事でな。

その時、この超人社会は崩れ去り、その廃墟の上に新世界が誕生する。愚かで脆弱な超人共に代わる、新たな星の管理者。即ち『新世界の真の支配者』によって、この世界は新たなステージを迎えるのだ」

 

「お、遅くない……」

 

「……何?」

 

「お、遅くなんかない……まだ、間に合う……ッ!! そんな事、させない……ッ!!」

 

「緑谷……」

 

「だが、そうなるのだ。それが世界の、人間の……。そして、呉島新の運命なのだッ!!」

 

僕の言葉を否定し、あっちゃんの運命を口にした直後、イナゴ怪人3号の全身がひび割れ、その亀裂から激しい閃光が漏れ出して僕達を明るく照らした。

 

「何だ? この光……」

 

「もしかして、自爆か!?」

 

「呉島新が死ねば、我が主が『新世界の王』となる! 我が主が死ねば、呉島新が世界の……」

 

「皆ぁあああ!! 逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

まともに動けない僕を轟君達が抱え、全力で走りイナゴ怪人3号から距離を取る。それでも、背後から一際明るい閃光が放たれる方が早く、僕達は死を覚悟して思わず目を瞑った。

 

「呉島新が死ねば、我が主が『新世界の王』となる!! 我が主が死ねば、呉島新が『新世界の王』となる!! それが、我らが求める世界の……『未来の魔王』なのだッ!!」

 

でも、それは只ひたすらに眩しいだけで、恐れていた爆発も、衝撃も、爆炎も、僕達の身に襲いかかる事は無かったんだ。

そして、目も開けられない程の激しい光が収まった時、そこには粉々に砕けた昆虫の外骨格の様な残骸の山が残され、森は再び静寂と闇に包まれていた。

 

「……ヤツは?」

 

「消えた……」

 

「あ……」

 

――とてもじゃないけれど。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛ッ゛!!!」

 

――絶望しないなんて無理だった。

 

 

 

そして、僕達の前からイナゴ怪人3号が去った約10分後に、救急や消防が現場に到着した。

 

生徒42名の内、ヴィランのガスによって意識不明の重体15名。重・軽傷者10名。無傷で済んだのは15名だった。そして……行方不明者2名。

プロヒーローは6名の内1名がヴィランとの戦闘で重傷。2名が大量の血痕を残し、1名が突然黒い水に包まれたのを最後に、行方不明となっていた。

 

一方で、ヴィラン側は7名の現行犯逮捕。彼等を残し、他のヴィランは『ワープゲート』の“個性”を持つ黒霧によって、跡形も無く姿を消した。

 

僕達が楽しみにしていた林間合宿は、最悪の結果で幕を閉じた。

 

……そう、その時はそう思っていた。でも、そうじゃなかったんだ。僕にとって。僕達にとって。それ以上の苦痛と、後悔と、絶望は、むしろここから始まったんだ。

 

『何■抗う■■? ■と征■う。愚■■可■い弟よ』

 

『間■■て■るか■だ。■■てはなら■■から■。兄さん■全■を』

 

酷く損傷したビデオテープを無理矢理再生した様な粗悪な映像と、ノイズによって上手く聞き取る事が出来ない音声。

即座に合宿所近くの病院に運ばれ、二日間気絶と悶絶を繰り返しながら高熱に魘される中、僕はそんな夢を見続けていた。

 

――でも、これは夢であって、夢じゃない。

 

オールマイトから『ワン・フォー・オール』を継承した僕は、それが『ワン・フォー・オール』に染みついた面影が見せる、「巨悪との永い戦いの始まり」なのだと、直感で理解していた。

 

「君が9人目だね……」

 

「!?」

 

以前、オールマイトは『ワン・フォー・オール』に染みついた面影について、「そこに意志は介在せず、双方に干渉できるものじゃない」と言っていた。

 

「まだ見せるつもりはなかった……だが、新たな『強大な力』が生まれようとしている……。『ワン・フォー・オール』は、それに呼応している……。それは、きっと……」

 

でも、夢の中の『ワン・フォー・オール』の生みの親たる人物は、明らかに僕に向かって話しかけていた。映像は荒いままだけど、彼の一字一句がハッキリと聞こえる台詞に、僕は得体の知れない不安を覚えた。

 

――カショッ……カショッ……。

 

そして、彼が言い切らない内に、背後から一度聞いたら忘れられない特徴的な足音が近づいてくる。

驚いて後ろを振り返ると、そこにはガラスの様に無機質な緑色の複眼に、全身が銀色の重厚な装甲の如き外骨格に覆われ、禍々しい輝きを放つ翡翠の様な宝石が嵌め込まれた、ベルトの様な器官を持つ――何処か既視感を覚えるバッタの怪人が迫っていた。

 

「………」

 

「――!?」

 

銀色のバッタ怪人は無言で僕に接近し、左手で僕の首を掴んで持ち上げた。ふと気がつくと、右手にはゾッとする様な赤く輝く細身の剣を握っていて、ゆっくりとその刃を僕の首にあてがい、こう言ったんだ。

 

「緑谷出久……私と戦い、『ワン・フォー・オール』を渡すのだ……」

 

「!? ~~~ッ!!」

 

「そうか……――フッ!!」

 

最も親しい幼馴染みの声色で問いかける銀色のバッタ怪人に、僕は首を横に振る事で返答する。銀色のバッタ怪人は何か特別な思いがあるかの様なニュアンスで呟き、一瞬だけ動きを止めたものの、次の瞬間には迷うこと無く、一息に僕の首を切断した。

 

――その度に僕は目を覚ます。そして、意識を失う度に同じ夢を繰り返すんだ。




キャラクタァ~紹介&解説

緑谷出久
 原作主人公と言う名の『運命に選ばれし者』。スピナー戦以外はおおよそ原作通りに進んで、目の前でかっちゃんが攫われてしまう。だが、この世界ではある意味それ以上の絶望と悪夢に襲われる羽目に陥っている。
 最後の方は原作で『ワン・フォー・オール』がチート化しなければやらなかった……と言う訳では無い。作者的に思う所はあるものの、コレはコレで非常に都合が良い設定である。特に「“個性”に意識が宿っている」と言う部分が。
 そして、特に意識して書いていた訳では無いのだが、平成31年最後に投稿する話のメインを勤める結果となり、これはこれで原作主人公の面目躍如と言った所だろう。

障子目造&轟焦凍
 林間合宿編において、肝試しで組んだパートナーに、色んな意味で苦労していた二人。障子は原作と殆ど変わらないが、轟は相性の関係からアギトと化して暴走するスピナーを完封。でも、ヴィランにヒーローとしてのマナーを説かれてしまった。
 尚、彼等とデク君と常闇の四人は、イナゴ怪人3号により「“個性”破壊弾」を打ち込まれているが、イナゴ怪人3号の言った通り、翌日にはちゃんと“個性”が使用可能になっている。ドラス製であろうとも、イナゴ怪人は嘘を言わないし、約束も破らないのだ。

爆豪勝己&常闇踏影
 エンターテイナーに圧縮された二人。原作と同様に常闇を奪還する事は出来たものの、これまた原作と同様にかっちゃんは攫われてしまった。まあ、改造人間の素体に選ばれなかっただけ、まだマシな方と言えるが。
 常闇君は原作と異なり、スピナーとも交戦。その分、精神的に苦しい思いをしているが、戦闘そのものは大して苦戦していなかったりする。狂暴化した『黒影【ダークシャドウ】』に関しては、原作でムーンフィッシュを殺していない事を考えると、あんな状態でも一応「最後の一線」を弁えている様な気がする。

麗日お茶子&蛙吹梅雨
 トガちゃんと交戦した二人。スピナーの裏切りでトガちゃんの“個性”はバレていた為、原作よりも落ち着いて行動しているが、シンさんがドエライ性癖(それでもある意味、峰田よりはマシ)を持ったヤンデレに狙われている事を知ってしまう。デク君、轟、障子の3人を放り投げた後、急いで広場に向かったが……。
 ちなみに、麗日は『雄英体育祭』で見せた対人特効の必殺技を警戒されており、トガちゃんを含めた近距離攻撃主体の面々は、例外なく麗日対策をしてから今回の襲撃に臨んでいる。トガちゃんの場合は吸血マスクに細工が施してある為、原作との地味な差異として、トガちゃんはずっと吸血マスクを装着したまま戦っている。

切島鋭次郎&鉄哲鐵鐵&飯田天哉
 施設にいた面子の中でも「クラスの皆を助けに行こうぜ!」と強く思っていた三人。原作よりもヴィラン側の情報量が多い事から、原作以上にやる気を見せていたのだが、逆に「爆豪以外の生徒は殺害対象である」事も判明している為、荼毘のコピー(2体目)が施設を襲撃した事と、ブラド先生の言葉が心にクリティカルヒットして、沈黙せざるを得なくなってしまう。
 この時に施設に居た生徒は、補習組の切島、芦戸、上鳴、砂藤、瀬呂、峰田、物間、鉄哲、神谷の9人に、飯田、尾白、口田の3人が加わった計12人。台詞は無いが、砂藤と尾白も切島達と同様「皆を助けに行こう」と考えていた。

敵連合“開闢行動隊”
 仲間の一人が裏切り者だったり、お目当ての人物に会えなかったりで、大半の面子が「思うようにいかねぇもんだな」って感じで不完全燃焼。トガちゃんは原作と同様にズタボロなデク君が気になっているが、「あれじゃあ、一回チュウチュウして愉しんだら、それでお終いですねぇ」とか思っている。
 今回の襲撃でタイーホされたのは、原作通りに倒されたマスキュラーとムーンフィッシュ。マランゴ達にフルボッコにされたマスタード。昭和のゴジラの如く氷漬けにされたスピナー。敵味方の区別がつかないスピナーの暴走によって重傷を負ったマグネの計5人。
 こうして見ると原作よりも大幅な戦力ダウンであるが、この世界では『死穢八斎會』が既に壊滅している為、脱落こそしたがマグネは生存しているし、Mr.コンプレスが左腕を失う事も無い。まあ、それでも充分なマイナスではあるのだが……。

ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ
 原作との差異が大きい四人組。ラグドールは原作と変わらないが、ピクシーボブが脳無と交戦。アギト化したスピナーによってマンダレイは倒され、虎は重傷を負っている。結果的に虎を除いた三人が“回収”されており、マンダレイに至っては虎や麗日、梅雨ちゃんの目の前で奪取されている。
 尚、マンダレイは「いや、前例を考えれば上手くいくと思うんだけど、もし改造しても喋れなかったら、意志の疎通で困るだろう?」と言う理由で奪取されている。ちなみに、連載を決めた時のプロットでは「洸汰君も攫われる」予定だったが、原作でエリちゃん(より都合の良い人物)が登場した事でボツになっている。

イナゴ怪人3号
 傍から見ると、目にも止まらぬ早さで背後に回り、手当たり次第に怪しい薬を注射すると言う、かなりアブナイ所行に手を染める怪人。イナゴ怪人4号の本体は回収したが、シンさんに倒されたハチ女とコブラマンは放置し、キングストーンフラッシュの如き目に悪い光を放ちながら、キャストオフして家に帰った。
 シンさんがオール・フォー・ワンとドクターの元へ転送された後、デク君達に「ガイボーグ」や「“個性”破壊弾」など、割と洒落にならない『敵連合』サイドの超重要情報を暴露しているが……。

???
 その姿は完全に「設定としてはダークライダーなのに、何故かライダー怪人総選挙で1位にランクインしてしまった」あの御方。容姿はテレビ版や萬画版ではなく、『HERO SAGA』に登場する『S.I.C.』の造詣を想像して貰えばOK。そっちの方がゴツくてカッコイイし。
 訓練された読者の皆様にかかれば、その正体はモロバレだろうが、作者はお話の展開と言うモノを重視する為、(一応)名前だけは隠しておく。例え、正体が速攻でバレるとしても、お約束は守らなければならないのだ。



ガイボーグ
 オール・フォー・ワンとドクターが、シンさんの細胞を使って造った改造人間の総称。イナゴ怪人3号が語った通り、「オール・フォー・ワンを守る鎧」として製作されており、保須市に投入された“新型”こと、コウモリ男とクモ女もコレに該当する。
 林間合宿に投入されたハチ女とコブラマンは『第2期』と言えるモノで、クモ女やコウモリ男の『第1期』と同様にシンさんの細胞が使われているが、ヤクザの地下施設から回収した幼女の協力によって造られた「つなぎ」が使われており、『第1期』と比べて成功率が格段に高くなった上に、成功後も非常に安定している。
 もっとも、『ガイボーグ』の完成形であるドラスが既に存在している為、『第2期』の開発コンセプトは「安定性の向上」や「簡易化」であり、戦闘力は『第1期』と比べても余り差が無い為、戦術的には『捨て駒』の扱いである。メタ的には原作における「通常の脳無」と「ハイエンド脳無」の中間と見る事も出来るかも。

2人のSEVEN
 元ネタは小説『仮面ライダーEVE』の「SEVEN」。まあ、コッチは「二つに分かれたショッカー首領を植え付けられた改造人間」の事で、『BLACK』の光太郎と信彦の様に、キングストーンや賢者の石を植え付けられた訳では無い。
 ただ、「二つを一つにする」と言う点は共通しているので、ショッカー首領にしろ、創世王にしろ、悪の組織のトップは割と似通った思想と思考をしているのかも知れない。

初代『ワン・フォー・オール』の記憶
 言うなれば、ヒロアカ版の「ビギンズナイト」。デク君が原作21巻で見ていたモノと同一であるが、これは記憶の中の初代『ワン・フォー・オール』が言う様に、外的要因で強制的に引きずり出されている為、映像と音声に不具合が生じている。
 台詞の元ネタは『剣』において、剣崎のキングフォームにジョーカーの力が共鳴してしまった時の始さんの台詞。『ジオウ』にも登場した、平成ライダー屈指の「運命の二人」である彼等の台詞は、色んな意味で使いたいと思わせます。……え? 最後のは完全に『BLACK』の光太郎だろって? はて、何の事やら……。


次回予告

???「進路相談で『創世王』になりたいって言ったら怒られたー」
デク君「………」
???「生まれ方に苦しむ人々を救う立派な仕事なのにー」
デク君「………」
???「それで、ちょっとグレードを下げて『世紀王』に変えようと思ってー」
デク君「………」
???「ちょっとー、聞いてるー?」



デク君「……ハッ!? 何だ、夢か……」
???「イナゴエキス飲めよ……」
デク君「!?」
???「イナゴエキス飲めよぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



……とまあ、悪ふざけはこの辺にして、これが平成31年最後の投稿になります。令和元年に入ってからも『怪人バッタ男 THE FIRST』を、どうかよろしくお願いします。

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