怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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これは作者が本編のシリアス展開の中和剤として書いていたギャグ小説の一つです。元ネタが『すまっしゅ!!』ではなく小説『雄英白書Ⅲ』の「U.A.QUEST」なので、正確には『すまっしゅ!!』由来の番外編には該当しない事から、新しい章を作る事にしました。もうすぐ本編が完結するのに。


異聞 怪人白書
T.H.QUEST


その昔、世界は魔王に支配されていた。人々は長い間魔族に虐げられ、魔王に搾取され続ける絶望の毎日を送っていた。そんな魔王による支配は、勇者と呼ばれる勇気ある人間達の献身によって終止符が打たれた……筈だった。

 

偉大な勇者オールマイトを筆頭とした勇者達が忽然と姿を消したのと同時に、復活した魔王の仕業と思われる様々な噂が流れるようになったのだ。

 

曰く、古の勇者が眠る遺跡を暴き、そこに封印された“究極の闇をもたらす力”を手に入れた。

 

曰く、ファンガイア族の王に継承されるべき“闇のキバの鎧”と“この世で最も強大な魔剣”を強奪し、ファンガイア族の王をその魂までも殺し尽くした。

 

曰く、反転する異世界で多くの命を助ける為に戦い、“英雄”を目指す勇者達を裏切り、師の仇を討とうとした教え子を返り討ちにした。

 

曰く、53種の始祖にして不死身の生物の細胞から造られた“究極のアンデッド”が封印されたカードを持っている。

 

曰く、人類の進化形と名乗る者達の統率者から、冥府を支配する力を秘めた“帝王のベルト”を献上された。

 

曰く、最新の科学で最古の科学を再現した機械仕掛けの鎧に、最古の科学の秘奥である霊石を組み込み、機械仕掛けのクワガタ虫に改造した。

 

曰く、鬼ヶ島に乗り込んでオニ一族を滅ぼした後、彼等の所有する宝物を“伝説の時を渡る船”に積み込んで悠々と空を航行した。

 

曰く、人間に擬態する地球外生命体から時間の狭間を行き来する術を手に入れ、魔王に戦いを挑む者は戦う前に既に敗北している。

 

曰く、魔道に堕ち人を喰らう魑魅魍魎と化した戦士の力を譲り受け、その鍛え抜かれた肉体は地獄の悪鬼も裸足で逃げ出す。

 

曰く、星狩り族が持つ“地球を滅ぼすほどのエネルギーが眠る箱”を使い、瞬く間に巨大な壁を創造して大陸を三つに割った。

 

曰く、究極のデスゲームに一般人を装って参加し、ノーコンテニューでクリアして手に入れた“伝説の戦士”の力で、他のプレイヤーを一人残らず皆殺しにした。

 

曰く、宇宙からの声に従って川の底を漁ったら変なスイッチを見つけ、“十二星座の使徒”に匹敵する“十三人目の超新星”に覚醒した。

 

曰く、ワイズマンを名乗る白い魔法使いから無限に魔宝石を作る力を与えられ、“ヤバい魔法使い”の資格を得た。

 

曰く、800年前の王の墓から800年前の錬金術師達が錬成した“欲望の力”を秘めたメダルを発掘し、それらを元に800年前の王の力を上回るメダルとドライバーを作りだした。

 

曰く、可能性と可能性が交差する時の狭間で、蛇と名乗る男から“戦極と創世の力”を授かり、始まりの巫女からは“フレッシュの力”を授かった。

 

曰く、魂の奥底に眠る深淵なる闇と、闘争と暴走の果てに辿り着く怒りのソウル。代償と引き替えにソレ等の力を引き出す事が出来る“邪悪な目玉”を仙人から貰った。

 

曰く、とある財団から26本の“地球の記憶”を盗みだして計画を妨害した挙げ句、人々を虐げる悪魔と戦う不死身の傭兵戦隊と死闘を繰り広げた。

 

曰く、スクラップ同然の巨大ロボを修理し、歴史改変マシンの代わりにビッグマシンを組み込み、機械に催眠術を掛けられるように強化改造を施した。

 

曰く、“黒き世界の破壊者”の力を持つドライバーをある秘密結社から奪取し、勝手に課金してバージョンアップを施した。

 

曰く、“新たな時の王者”を擁立せんと企む者達から、“全ての怪人を統べる裏の王”として“最低最悪の魔王”の力を秘めた懐中時計を、意見は聞いてないとばかりに押しつけられた。

 

「……ハッキリと言ってくれ。正直、今の俺達に勝ち目があると思うか?」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

歴戦の勇者アイザワがこれまで苦楽を共にした仲間達に放った素直な言葉は、勇敢である筈の勇者達を一人残らず閉口させた。

 

勇者アイザワを含め、魔王討伐の為に集った勇者は50名を超える一大勢力と化しているが、ここに至るまでに道中で聞こえてくる魔王の噂は余りにも現実味がなさ過ぎて、もはやお伽噺の領域に到達している。

初めは過度に誇張されたモノだろうと高をくくっていたが、実際に巨大な壁と天高くそびえ立つ巨塔がしっかりと見える上に、超巨大な戦艦が波飛沫を上げて空中を走り、バッタの様な顔をした鋼鉄の巨人が闊歩する様を目の当りにすれば、少なくとも噂の内3つは現実であると認めざるを得ない。

 

もはや、かの魔王が勇者オールマイトと戦った時よりも、遙かに強大で強力な存在となっている事は明らか。しかも、噂が全て本当だったなら、それこそ魔王に手も足も出ない所か、指先一つ動かす事もままならないまま、勇者達は虫ケラの様に蹂躙されるだろう。

 

「……確かに、勝ち目は無いかも知れません。ですが……」

 

「……何だ? 言ってみろ」

 

「勇者アイザワ。貴方が勇者オールマイトや他の勇者達と共に魔王と戦った時、勝ち目はどれ程ありましたか?」

 

「………」

 

勇者アイザワは返答に窮した。確かに、あの時の魔王も決して勝ち目があるように見える相手ではなかった。そもそも「勝てる」「勝てない」と言った事を考える事さえ有り得ないと言える様な、言い換えるならば“次元を超越した存在”だった。

それでも魔王を倒す事が出来たのは、万が一の奇跡と僥倖が重なり、万分の一の可能性をたぐり寄せた、勇者オールマイトの手腕によるものと言えるだろう。

 

そして、その救世の勇者は魔王の呪いによってデフォルメされた人形になってしまっているが、それでもオールマイトは此処に居る。オールマイトの力を行使できる人間も此処にいる。勇者に相応しい黄金の精神と、多種多様な能力を持った仲間も大勢いる。

 

つまり、過去に魔王を討伐した時の条件は現時点で揃っている。むしろ、魔王との交戦経験がある者が居る分、前回よりも有利だと言えた。何より――。

 

「つーか、これ以上チンタラしてたら、魔王はもっと強くなってんじゃねぇか?」

 

そう。ショートの言う様に、正にそれが最大の問題である。

 

魔王が時間経過に伴って順調に強大な力を手にしている事を考えれば、これ以上の時間的猶予は無い。何せ、自分達が徒歩で一歩ずつ山を登るなら、魔王はジェットパックを使って山へ登る位、お互いの成長速度に差があるのだから。

そう考えれば、これ以上魔王と勇者の戦力差が開く前に、現時点での最大戦力をぶつけ、魔王を倒してしまうと言うのも、見方によっては最適解の一つと言える。

 

「そうだなぁ……まあ、安心しろ。いざとなったら俺の力で撤退すれば良い」

 

「そうだねぇ、実際にかの魔王がどれだけの力を持っているか……威力偵察の意味は大きいだろう」

 

そう言って魔王との交戦を支持するのは、より黒いコーヒーを作る事に情熱を注ぐ喫茶店のマスターイスルギと、趣味と実益を両立した人類救済を声高に掲げる天才科学者リョーマの二人。

他にも、世界中の人間に永遠に愛されるゲームを作る事に人生をかける社長マサムネや、「滅多に居ない良い奴」と評価される好青年ジュンイチと言った、旅の途中で出会った面々が魔王との交戦を望んでいた。

 

「俺としては魔王が一番強くなった時を狙って倒してえんだが……」

 

「でも、早く魔王がオールマイトに掛けた呪いを解かないと……」

 

「俺の母親も、魔王の所で召使いをやっていると聞いた……」

 

「………」

 

カツキの様な反対意見もあったものの、チームの主力であるイズクとショートを筆頭とした賛成多数により、一週間の準備期間を経て魔王へ挑む事と相成った勇者御一行だが、彼等は知らない。

 

噂の魔王とオールマイトが討伐した魔王は、全くの別人だと言う事を。

 

噂の魔王は話し合いで簡単に仲間に出来、実は世界を何度も救っていたと言う事を。

 

むしろ勇者パーティーの方に、世界を破滅に導く様な爆弾がゴロゴロ転がっている事を。

 

何より、噂の魔王の正体が、実はイズクとカツキの幼馴染みだったと言う事を。

 

 

●●●

 

 

事の発端は、人付き合いの少ない俺の数少ない友人にして、幼馴染みであるイズクの素っ頓狂な提案だった。

 

「あっちゃん! 僕と一緒にオールマイトに弟子入りに行こう!」

 

「……すまん、一から十までちゃんと説明してくれ」

 

「昨日、森でこのオールマイトの人形を拾ったんだけど、そしたら夢の中にオールマイトが出てきて、『君は、勇者になれる!』って僕に言ったんだ!」

 

「………」

 

この時、幼馴染みの余りにも奇妙奇天烈な行動理由を聞いて、思わず「憧れの余り、遂に頭がイカれてしまったか?」と判断し、幼馴染みを極力興奮させないように、俺が普段からお世話になっているチヨさんが院長を務める町の病院へ行くことをオススメした事は、決して間違っていないと思う。

 

しかし、イズクの行動は思ったよりも早く、頭の具合は重症だった。後日、イズクの家を訪れると、イズクのマミーであるインコおばさん曰く、「ちょっと、オールマイトに弟子入りしてくる」と言ったきり、イズクは家に帰ってこないのである。

その上、俺がオススメした病院では「そんな患者は来ていない」と言われ、イズクの目的であるオールマイトは行方不明になっている為、いよいよイズクが何処に行ったのか完全に分からなくなってしまったのだ。

 

もしも、俺がイズクにもっと真摯に対応していればこんな事にはならなかったかも知れない……。インコおばさんに対する罪悪感と申し訳なさから村に戻る事も出来ず、当ても無くイズクを探す旅を続け、旅費を節約するべく川で野宿をしていた時、妖しげな物音で目が覚めた俺の目に飛び込んできたのは……。

 

「………」

 

「………」

 

川で水浴びをしていたらしい、全裸の美女だった。向こうも俺の存在に気付いたらしく、お互いに無言と無音が続くが、俺の頭の中では悪魔がやかましく荒ぶっていた。

 

『何ですかぁ~、この神展開はぁ~~? そうか、これは異世界を舞台にラッキースケベを筆頭としたエロスを売りにしたお色気ラヴコメディ「怪人、なろうなハーレムを作るってよ」って訳っすね~。

だったら、あんな事やこんな事、更には毎週欠かさずニチアサのヒーローをリアルタイムで視聴するお子ちゃまには決して見せられない(自主規制)(18歳未満禁止)(21歳未満禁止)な事もしたって良いんですかぁ~~?』

 

「良いに決まっているだろうッ!! さぁ、我々に構わず続けるのだッ!!」

 

「「………」」

 

良い訳ないだろ。そして、誰だお前は。あと、手に持っているカメラは何だ。

 

俺は心の中で荒ぶる悪魔を殴り倒し、現実世界で何時の間にか隣にいた二頭身の豚人間を全裸の美女と共にしばき倒した。ついでに、豚が持っていたカメラも破壊した。

 

しかし、俺の身に降りかかった社会的危機はまだ去っていない。俺は何としてでもイズクを連れ戻さなければならない為、ゴー・トゥー・ピッグボックスな末路だけは絶対に避けなければならない。

 

「本当に悪いと思っている。だから贖罪の証として、お前の尻にキスをさせてくれ」

 

「頼むから、お前は黙っていてくれ」

 

「………」

 

そして問題の美女であるが、豚の戯れ言には耳を貸すことも無く、さっきから無機質な眼で俺を凝視していた。無言を貫かれるのは判断に困るが、俺としては罪滅ぼしでも何でもして、どうにか許して貰いたい所である。

 

「すまない。本当にすまない。何でもするから許してくれ」

 

「……この先に『闇の棺』と呼ばれる古代の遺跡がある。そこからあるモノを取ってきて貰おう。そうすれば許してやる」

 

「あるモノ?」

 

「その遺跡の奥には戦死した勇者の遺体が収められた棺があってな。その勇者の遺体が身に付けているマジックアイテムのベルトを回収して欲しいのだ」

 

「……つまり、俺に墓泥棒をやれと?」

 

「下品な言葉で言えばそうなる」

 

「ふむ……ちなみに、上品な言葉で言えばどうなるのだ?」

 

「トレジャーハントだ」

 

「「………」」

 

思ったよりも上手い返しだった。正直、古の勇者の死体から装備品を引っ剥がすとか呪われそうで嫌なのだが、彼女の裸を見た負い目と俺が成すべき使命を考えれば、断るわけにはいかない。

 

結局、俺は反省の色が見えない豚人間と共に、『闇の棺』と呼ばれる遺跡の中へランタン片手に恐る恐る侵入した。

 

「此処は一つ、お互いの役割を決めよう。探索と安全確認と回収作業はお前がやれ。そして万が一の時は、迷うこと無くお宝を私に渡すのだ」

 

「……それはつまり、いざという時は俺を見捨てて逃げると言う事か?」

 

「最強無敵の貴様なら、その万が一の時が起こったとしても、ぶっちゃけどうにでもなるだろう?」

 

「……豚よ、悪いがお前は一つ勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「お前は多分、ピンチになったら俺が滅びのシンボルたる“ゴルゴム最強の魔剣”や、“抜けば勝利確定なチート武器”を持っていたりする『異世界転生、俺TUEEE』な感じで、何かイケる気がすると考えているんだろう?」

 

「うむ」

 

「悪いが、“ゴルゴム最強の魔剣”はラスダン前の地下遺跡に鞘付きで封印されているし、“抜けば勝利確定なチート武器”は、復活してパワーアップした魔王との最終決戦以外では使えないんだ」

 

「……え?」

 

「ちなみに、今の俺が使える攻撃技は『きりさく』『かいりき』『とびげり』『ねんりき』の四つだけだ」

 

「何ぃ!? それでは、なろう系勇者御用達の即死系チートは無いと言う事か!?」

 

「それならあるぞ。『きりさく』と『かいりき』の合わせ技で、その名も『脊髄引っこ抜き』だ」

 

豚人間は絶句した。まあ、普通に考えて首を引っこ抜かれたら、余程の事がない限り大抵の生物は死ぬからな。それこそ、身体の中に心臓が七つ、脳が五つあるとかでも無い限り。

 

取り敢えず、万が一の事態が起こった時はコイツも必ず巻き込んでやると決意し、遺跡の中を二人でゆっくりと進んでいくと、確かに遺跡の最深部に棺桶らしきモノが鎮座しており、苦労してその重いフタを開けると、中にはベルトらしきモノを巻いたミイラが収められていた。

 

「……やるか」

 

「何をしている! とっととやれ!」

 

「………」

 

此処を無事に脱出したら覚えてやがれと思いつつ、諸々の覚悟を決めてミイラからベルトを剥がした瞬間、ある意味では予想通りの事が起こった。

突如、遺跡全体が青く光り始めたかと思えば、地面から異形の怪物達が這い出て、俺達に襲いかかってきたのだ!

 

「「「NUYUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」」

 

「「ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」

 

何たる事ぞ。俺達が勇者の墓を暴いた事で、勇者によって葬られた太古の魔物達が、黄泉国からこの世へと舞い戻ってきてしまったのだ!

 

「FURSYHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「ぐわぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

「ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

獲物を見つけたとばかりに、異形の一人が俺の肩に噛みついたかと思えば、その恐るべき咬合力で肩の肉を食い千切り、租借する。

どうやら、この魔物達は永きに渡る封印から解放され、俺はソレに伴う空腹を満たす餌としか見ていないようだ。

 

こんな化物が下界に出たら、どんな災いをもたらすか分かったモンじゃない。しかし、俺が食われているのを目の当りにし、恐怖に震えて腰を抜かした豚人間はまるでアテにならない。

 

――やはり、此処は俺が一人でこの魔物達と戦うしか無い。俺は生まれつきの、そして人として生きる為に封じていた力を解放する覚悟を決めた。

 

「UWRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

「!? ビガラ、グロンギ、ザダダンバ!」

 

「ギバギ、ゾボバ、ヂガグジョグバ……」

 

「ギンギシバ?」

 

「BOVIBOVIWUBUZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」

 

俺の肉体は人間のソレから、バッタの怪人とでも言うべき異形の姿に変貌すると、魔物達は途端に戸惑い、何やら会話らしき物を始めていた。

尤も、俺にはゴギゴギとしか聞こえず、一体何を言っているのかさっぱり分からない。分かった所で人食いをやらかすコイツ等は必ず殺すと決めている。

 

魔物達の戸惑いにつけ込む形で、俺は連中を鏖殺すべく、人間相手には絶対に使えない「文字通りの必殺技」を駆使し、我武者羅に戦った。

相手が何百何千年単位の睡眠から起きたばかりで、恐らくエネルギーが不足していた事を考えれば、このタイミングはある意味でベストだったと思う。

 

無駄に手強かったものの、最後には魔物共は俺の手で全員バラバラの肉塊となり、世界は魔物共の脅威から救われた。……まあ、元はと言えば、俺が墓を荒らした所為だが。

 

「FUUUUUUUUUU……」

 

「ほう……そのベルトを使う事無く、全員斃してしまうとはな……」

 

「!?」

 

「落ち着け、私だ。そして……」

 

魔物の脊髄がくっついた首を片手に、全身が魔物の返り血に塗れた俺を、感心したかの様な口調で語るのは、俺が此処にくる原因となった美女。そして、彼女の姿は――。

 

「私もお前と同じ化物だ」

 

俺の目の前で、カマキリを思わせる異形の姿へと変わった。

 

 

●●●

 

 

川で魔物の返り血を洗い流し、異形としての姿を見せた彼女……サチさんの口から語られた事の真相はこうだ。

 

サチさんは先程俺が殲滅した魔物達の同族にして裏切り者であり、彼女は魔物達から命を狙われているのだそうで、初めは俺が自分を始末する為に派遣された追っ手だと思ったらしい。

しかし、同族の仕向けた追っ手にしては、自分の裸を見た事を本気で悪いと思って謝罪し、人間では無いし中々の手練れの様だが自分の知る同族とは違う様な気がする俺は、彼女としても非常に判断に困る相手だったらしい。

 

そこで、俺の反応を見てその答えを出しつつ、追っ手への対抗手段を手に入れる方法として、彼女は古の勇者の墓を俺に暴かせる事を思いついたのだとか。

 

「待てよ……じゃあ、もしかしてあの豚がその追っ手か!?」

 

「いや、それはない」

 

俺のふと沸いた懸念をバッサリと切り捨てるサチさん曰く、仮に俺が魔物共に与したなら自分の敵と判断して連中と一緒に俺を殺すつもりだったとの事。

また、俺が魔物共と戦って生き残るとしたら、俺が件のベルトを使わなければまず不可能だろうと思っていたようで、俺が素で連中を鏖殺したのは流石に予想外だったとか。

 

「それで、結局このベルトは何なんですか?」

 

「それはリントの戦士が、我々グロンギに対抗する為に造ったベルトだ。だが、不完全な代物でな。ちょっとした心の持ちようで容易く暴走するのだ。実際にそれをつけた先代の戦士は暴走し、自身が世界に究極の闇をもたらす前に自ら命を断って、何人かのグロンギをあの遺跡に封印したのだ」

 

「……仮に俺が奴等にそのまま殺されていたら、どうするつもりだったんで?」

 

「その時はお前の死体にベルトを装着し、新たなクウガとして蘇生させるつもりだった」

 

「………」

 

つまりは、厄ネタでしかない呪いのアイテムを俺に回収させて、どう転んでも俺に使わせようとしたって事じゃねーか。何てこったい。

 

そう考えると、俺が彼女の予想通りに事が運ばなかったのは、密かに勇者になるべく毎日特訓した成果と言える。努力は自分の思い通りの結果を生み出すとは限らないが、何らかの形で本人を助けてくれる事もある……と言う事なのかも知れない。

 

「それで、お前はこれからどうするのだ?」

 

「行方知れずの幼馴染みを村に連れ戻す旅を続けますが?」

 

「そうか……ならば、私もその旅に同行しよう。お前の行く末に興味が湧いた」

 

「……はい?」

 

「あと、そのベルトはお前にやろう。好きな時に使え」

 

「………」

 

かくして、俺の行方知れずの幼馴染みを探す旅に、美人で怪人な道連れが誕生した。ついでに世界を滅ぼせる呪いのアイテムも手に入った。但し、現時点で使うつもりはない。

 

 

●●●

 

 

サチさんと出会ってから数日後、二人で情報収集の為に立ち寄った町のお洒落なカフェで聞き込みを行ってみたが、「トアル地方で勇者が魔物を退治した」と言う噂話を聞いた位で、特にイズクに関係すると思われる有力な情報は手に入らなかった。その代わりと言ってはなんだが、新しい厄介事が舞い込んできた。

 

「……と言う訳で、此方のご婦人二人が困っている」

 

「「………」」

 

サチさんが紹介したのは二人の美女。お互いの髪の色が黒と白で実に対照的だ。

 

まず黒髪の美女だが、此方はファンガイアなる魔族の女王様で、人間の音楽家との禁断の恋に落ちてしまい、その所為で血も涙も無いファンガイアの王……つまりは、嫁の不倫を知って嫉妬に狂った旦那によって、相手の音楽家共々命を狙われているのだとか。

そして、白髪の美女はと言うと、此方はクズモチの木と言う果樹の栽培に精を出す夫に愛想を尽かし、家を出てこの町に辿り着いたらしい……のだが、クズモチの木に異様な執着を見せる人間とくれば、それは悪名高い領主であるエンデヴァー位しかいないだろう。

 

かくして、夫に問題を抱える二人の美女はひょんな事から知り合い、お互いの境遇を通して意気投合し、今に至る……と言う訳である。

 

「しかし、キバット族が管理する『闇のキバの鎧』を使えば、命と引き替えにキングを倒せるかも知れません」

 

「何か俺の行く先々にあるのは呪いのアイテムばっかりの様な気がするんだが、それは俺の気の所為か?」

 

「何を言う。何の代価も無しに強大な力を得る方法などあるまい」

 

サチさんの正論にぐうの音も出ない俺は、悩みながらも女王様に協力する事を決めた。

 

何故なら、この女王様は音楽家との子供を身籠もっており、仮にキングを討伐できなければ、何の罪も無いお腹の中の子供も確実に殺される。

そして、上手いことキングを討伐できたとしても、その『闇のキバの鎧』とやらの副作用で、音楽家はまず間違いなく死んでしまう。

 

俺は人間の母親と怪人の父から生まれたハーフであり、俺が物心ついた頃には母親は既に亡くなっていた為、片方の親がいない寂しさはよく知っている。ふとした時に、心の奥から沸いてくる切なさを知っている。

そんな俺が“もう一人の自分”に成り得る存在を知ってしまった以上、もはや他人事とは言っていられない。キングが身内である女王様に「殺害以外の解決方法は無い」と判断される様なヤベーイ性格をしているとなれば尚更だ。

 

更に厄介な事に、キングと女王様の間には幼い息子がいるそうで、女王様としてはその子も連れて行きたいそうだが、そうなれば彼女達の計画が成功した場合、腹違いの弟は父を殺した仇の子供である。それは将来、確実に家庭崩壊を引き起こす爆弾になるだろう。

 

――ならば、此処は俺が一肌脱いで、そのキングを討伐しようではないか。

 

「……と言う訳で、種の垣根を越えて俺に協力して欲しい。報酬は爆弾スイカ100個だ」

 

「よかろう」

 

俺は手始めに『闇のキバの鎧』の管理者たるキバットバット二世に事情を説明し、見事彼の協力を取り付ける事に成功した。彼としても友情を感じている女王様の幸せを考えれば、第三者である俺がキングを仕留めた方が良いと考えたようだ。

 

次に天才音楽家をお洒落な喫茶店に呼び出して貰い、「素晴らしきオムライスの会」公認シェフの特製オムライスと偽り、喫茶店のマスターと協力して睡眠薬をモリモリ盛ったオムライスをご馳走した。

自称「素晴らしきオムライスの会」名誉会長である彼は、最後の晩餐とばかりにオムライスと平らげ、あっさりと深い眠りについた。後はマヌケ面を晒して爆睡する音楽家を女王様に任せておけば、彼が目覚めた時に全て解決していると言う算段だ。

 

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

「ウェイクアップ・ワン! ウェイクアップ・ワン! ウェイクアップ・ワン! ウェイクアップ・ワン! ウェイクアップ・ワン! ウェイクアップ・ワン!」

 

「酷いな」

 

かくして臨んだキングとの決戦であるが、戦況はサチさんの言う様に酷い有様だった。

 

何せ、本性を露わにして圧倒的な力を発揮するはずのファンガイアの王が、『闇のキバの鎧』を纏った俺が繰り出した緑色の紋章に拘束され、手も足もでないまま殴撃の嵐を受け続けているのだから。

これは、俺の怪人としての潜在能力が『闇のキバの鎧』の力に適応した為であり、時間経過に伴って衰弱するどころか、むしろ徐々にパワーアップしている事が原因である。

 

確かに、戦い始めた時はキングの方に軍配が上がっていた。しかし、キングがワザと持久戦を狙って俺を消耗させ、畏れ多くもファンガイアの王に刃向かった無礼者を嬲り殺そうとした結果、今ではキングが例え倒れ骸と化しても止まらないだろう勢いで繰り出される必殺の連打を受け続ける羽目になっているのだから笑えない。

 

また、俺は事前に「ファンガイアは死後に復活する可能性がある」と聞かされており、余計な禍根を残さない為にも、キングの肉体は元より、その魂までも完全に消滅するつもりで戦いに臨んでおり、情け容赦も遊び心も一切無い。

それは「周囲を夜にするだけのエネルギーがあるなら、それも全部攻撃に回してくれ」とキバットバット二世に指示し、カッコイイ演出を加えずに最短かつ連続で必殺技を使用している事からも分かるだろう。その上、必殺技のコール音が俺のパンチのスピードに全く追いついていない。まあ、普通に殴っても効くだろうが。

 

更に更に、念には念と言わんばかりに女王様から“この世で最も強大な魔剣”と称されるザンバットソードの話を聞き、それを事前にキングと女王様の愛の巣だった居城から回収している為、実はどう足掻いてもキングの未来には絶望のゴールしか待っていないのだ。

 

「グググ……ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「チッ。やはり、このままゴリ押しとはいかんか」

 

「……いや、そうでもない」

 

「許さん……許さんぞ……ッ!! 人と虫ケラの混ざり物如きが……ファンガイアの怒りを知れぇええええええッ!!」

 

このまま押し切ることも出来るかと思ったが、其処は腐ってもファンガイアの王。全身からオーラを放出して拘束から脱出し、憤怒と怨嗟の籠った一撃を繰り出すが、既にその身体は死に体であり、胸に当たった彼の拳はガラスの様に砕け散った。

 

「何故だ……何故、俺から離れていく……」

 

「いや、お前の自業自得だろ」

 

全身に罅が回り、流石のキングも自分の死期を悟っている様だが、自分から嫁が離れていった原因には全く自覚が無い様で、俺が理由を告げても理解不能なモノを見る様な目をしていた。

このまま放っておいても死ぬだろうが、これでもキングがファンガイアの王に足る威厳と力を兼ね備えた存在である事には間違いない。実際、狂信にも近い忠誠を捧げる部下もいるそうなので、禍根を断つ為にも手を抜く事は許されない。

 

「地獄で会おうぜ、ベイビー」

 

腰にマウントされたザンバットソードで唐竹割りにすると、キングの身体は瞬く間に崩壊し、その破片は一つ残らず光に還っていった。これで二度とこの世に戻ってくる事は無いだろう。

 

「力を貸してくれてありがとう。世話になったな」

 

「? 何を言っている? 私も貴様に同行するぞ。その方が色々と都合が良いからな」

 

「あの……私も一緒に……」

 

「え……?」

 

かくして、「『闇のキバの鎧』と『ザンバットソード』は第三者に奪われ、その力でキングは葬られた事にした方がマヤは安全」と宣う、スイカ好きのコウモリもどきと、ヤバイ領主が血眼になって探しているであろう人妻の二人が旅の道連れに加わった。

 

果たして、次の町でイズクは見つけられるのだろうか? そして、まともなアイテムは手に入るのだろうか? いずれにせよ、俺の旅はまだ終わらない。

 

 

●●●

 

 

そんなこんなで、厄介事を解決しながらイズクを探し続けてきた訳だが、どう言う因果かそのイズクが軍勢を引き連れ、俺の拠点に向かってくるのが見えた。

しかも、イズクを含めて誰もが最終決戦仕様と分かるスゲェ装備を身に付けており、まるでこれから闇の帝王たる魔王を討伐するみたいではないか。

 

「我が王、此処はこのイナゴ怪人1号にお任せ下さい。具体的には奴等を我が能力で分断し、王にはアレ等の相手をお願いしたく」

 

「アレ等?」

 

イナゴ怪人1号の指さす先を双眼鏡で覗いてみると、イズク達に混じって見覚えのある邪悪な輩が何人か確認できる。……なるほど、謎は全て解けた。

 

恐らく、イズク達は俺に怨みを持つキャツ等にそそのかされ、俺を魔王か何かと勘違いしているのだ。まあ、これまでにキャツ等の計画を台無しにしたり、手に入れる筈だった力を奪ったりしている為、何時かはリベンジに来ると思っていた事を考えれば、ワザワザ連中を探す手間が省けたとも言える。

尚、俺が連中に対してちょっとやり過ぎたと思うのは、クリーニング屋で無理矢理事に及ぼうとした「自分を好きにならない奴は邪魔」とか言いそうな強姦魔に、モーフィングパワーで作った最凶のクリーチャーことキラー・コン○ームを差し向け、乙女の尊厳が失われる前に股間の紳士を食い千切らせた事だけだ。他は全く悪い事をしたとは思っていない。

 

だが、その玉も竿も失った哀れな強姦魔も一緒に居る事を考えれば、此処でしっかりと引導を渡しておくべきだろう。

何故なら此処は『ゴルゴム帝国』。誰もが迫害を受けること無く、自由と平和を享受して暮らしていける神聖な場所だ。敬意を払わぬ連中にはご退場して貰おう。

 

「――では、作戦を開始しろ」

 

「ハッ!!」

 

かくして、『ゴルゴム帝国』の平和を守る為、総大将である俺も直々に前線に出る事になった訳だが、どうしてイナゴ怪人1号はワイズドライバーの複製品をねだったのだろうか?

ここ一週間、纏まった量の虹色の魔法石をねだったのもそうだが、イマイチその行動の意図が読めない。まあ、悪い様にはならんと思うが……。

 

「……いや、今はコッチの方が重要か」

 

『エボルドライバー!』

 

『ハザードオン!』

 

変身前という最大の隙を無くす為、イナゴ怪人1号がイズク達と偽勇者達を分断する前に変身を済ませておく。取り敢えず、最初の標的はコーヒー好きの星狩り族だ。

 

『バッタ! ライダーシステム! レボリューション!』

 

『Are you Ready?』

 

「変身!」

 

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

 

ハンドルの動きに合わせて出現した巨大な黒い鋳型に挟まれ、チーンと言う独特の効果音が、俺に変身が完了した事を告げる。

元々はコーヒー好きの星狩り族が、俺の体を乗っ取ろうとした所を返り討ちにして手に入れたものだが、このエボルドライバーとパンドラボックスの力が無ければ、『ゴルゴム帝国』を築く事は出来なかっただろう。

 

「さて……それじゃあ、今日で決着をつけようか」

 

「はい。ご武運をお祈り申し上げます」

 

そして、何時の間にか甲斐甲斐しく世話を焼く様になった人妻のレイさんは、一体何時になったらエンデヴァーの元へ戻るのだろうか?

今もこうして俺に声を掛けてくれるが、家族の元に戻ろうとする気配が微塵も無いのはどう言う事だ。あと、「雪女の私とホッカイドーで蟹を食べてBe The Oneしよう」ってどう言う意味だ。よく分からんが、駄目です。

 

そうこうしている内に準備が整い、蝗の大群に包まれると、俺は決戦の舞台に立っていた。

 

「久し振りだな。それで、勝ち目の無い戦いに挑むってのは、どんな気分だ?」

 

「何、例え世界を敵に回しても、正義の為に戦うのが“勇者”ってモンだろう?」

 

死ぬほど白々しい台詞だった。コイツの本性を知る俺からすれば、絶対にコレは本心ではないと断言出来る。その台詞の後で「勇者ってのは本当に面白い。一番近くで茶番を愉しんでいられるんだからなぁ……」とか言いそうだ。

 

「お前の目的はこのエボルドライバーとパンドラボックスなんだろうが……トランスチームシステムでエボルドライバーを奪い返せると本気で思っているのか?」

 

「お前こそ、俺が何の対策も無しに此処に来たと本気で思っているのか?」

 

『フェニックス!』

 

「……蒸血!」

 

『ミストマッチ……! フェ・フェニックス……! フェニックス……! ファイヤー!』

 

「これが俺の新しい姿……その名も『ガルムフェニックス』だッ!!」

 

「……なるほど。退屈はしなさそうだな」

 

「ほざけ! Let’s Think!」

 

かつて『ブラッドスターク』と呼ばれていた時と比べて、遙かにヒーローチックな姿と力を手に入れたらしい邪悪な星狩り族と決着を付けるべく、俺はガルムフェニックスに向かって猛然と駆け出した。

 

 

○○○

 

 

今を遡ること一週間前、勇者達のゴルゴム帝国襲撃に際し、魔王(勘違い)に戦いを挑もうとする救世軍の正体が、至極真っ当な勇者達と、善人の皮を被った悪党共の混成部隊である以上、如何にして真っ当な勇者達だけを味方にするかが、ゴルゴム帝国側の問題だった。

 

何せ確認できる悪党共は、揃いも揃って人を欺くのに長けた連中ばかりであり、勇者達にしてみれば彼等は「掛け替えのない仲間」だと思われている。

そして、厄介な事に連中がその隠された本性を露わにした時は、連中が勝利を確信した時とイコールであり、そうなればまず間違いなく自分達の手に負えない事態になってしまう。

 

つまり、此処で悪党共を討伐するのは、ゴルゴム帝国としては事前に世界の危機を救う行為に他ならなくとも、勇者側にしてみれば自分達が「仲間を倒した怨敵」として映るに足る、残虐にして卑劣な行為になると言う訳だ。

 

今後の事を考えれば、今の段階で悪党共を一人残らず始末してしまい、魔王軍への対策として勇者達を味方に付けたいのだが、それをやるには「悪党共が本性を見せる必要がある=悪党共が本来の能力か、それ以上の力を手に入れる」と言う事なので、作戦としてはリスクが余りにも高過ぎる。

 

――ならば、悪党共を王に一掃して貰った上で、自分達が勇者達を徹底的にボコボコにし、敗残兵として『ゴルゴム帝国』に吸収して自軍に加えた方が手っ取り早いのではないか?

 

どう足掻いたとしても、決して良い印象は持たれないと判断し、最善では無いが次善と言える良策を思いついたイナゴ怪人の行動は早かった。

ゴルゴム帝国の近くをうろちょろする勇者達が、それぞれ決戦の為の準備を調えている中、イナゴ怪人1号は密かに勇者パーティーの一人に接触していたのだ。

 

「精が出るなぁ……」

 

「!?」

 

それは、雇われ魔法使いのオチャコだった。彼女は実家の財政状況が相当に切羽詰まっており、騎士の家系であるテンヤの家に雇われている身分である。

 

「実は……お前に話があってきた」

 

そう言いながらイナゴ怪人が取り出したのは、虹色に輝く魔宝石が詰まった袋だった。魔法使いのオチャコが一目見て膨大な魔力を秘めたソレは、使えば奇跡の虹を生み出す為の触媒となり、然るべき場所に持っていけば間違いなく高値で売れるだろう。

 

「お前にやろう。これで我々につけ」

 

「え……」

 

「我々は魔法使いとしてのお前の能力を非常に高く買っている。実家への仕送りもままならないのだろう?」

 

「………」

 

「今すぐには決めなくて良い。期限は一週間後、我々との決戦の時までに決めろ。あと、毎日必ず一人になる時間を作れ。その時にコレと同じモノを渡してやる。コレでタップリと英気を養うと良い」

 

押しつけるように虹色の魔法石が詰まった袋をオチャコに渡すと、イナゴ怪人1号は煙の様に姿を消した。

 

そして迎えた魔王(勘違い)との決戦当日。イナゴ怪人1号の奇襲によって勇者達はあっという間に分断され、悪党共を魔王(勘違い)が始末している間、勇者達はイナゴ怪人1号が率いる怪人軍団と戦っていた。

イナゴ怪人の他にも、マタンゴ、ベニザケ怪人、死神カメレオン、ウツボカズラ怪人、人食いサラセニアン、ハザード怪人デンジャラスゾンビ、大怪人ステイン、トカゲ怪人スピナーアギト、オカマ魔女マグネエ、ワニ怪人クソコーデおじさん等、多種多様な怪人達が彼等の前に立ち塞がり、怪人達の予想を遙かに上回る戦闘力を前にして、次々と勇者達は倒れていった。

 

「うう……」

 

「クソ……コイツ等、強ぇえ……」

 

「逃げろ、オチャコ君! 君だけでも逃げるんだ!」

 

現在、戦場に立っているのは魔法使いのオチャコのみ。しかし、これはイナゴ怪人のシナリオ通りの展開だ。

 

「さあ、答えを出して貰おう。このままそこに転がる勇者達と運命を共にし、昔から変わらない惨めでひもじい貧乏ライフを送るか? それとも、我が王に永遠の忠誠を誓い、毎日旨い物が好きなだけ食べられる上に、片手間で親孝行が出来るリッチな生活を送るか?」

 

「……はい?」

 

「そうだ! そして今年のクリスマスはゴルゴム帝国の国民全員に、このベニザケ怪人のシャケざんまいなフルコースをご馳走する! お前も日本人なら、クリスマスにはチキンではなくシャケを食え! シャーケッケッケッケッケ!」

 

「……いや、お前は何を言ってるんだ?」

 

「待て待て! クリスマスはチキンって決まってるだろ!?」

 

「誰が決めたッ!?」

 

「ハァ……そうだ……。『現在を壊す』……その方法は、決して一つでは無い……」

 

「……フフフフフフフフフ……」

 

イナゴ怪人とベニザケ怪人の謎の勧誘に戸惑う勇者達だが、魔法を使う関係上よくお腹が空くオチャコにとって、食事は死活問題である。

 

騎士の家系だと言うから報酬を期待して雇われてみたが、思った以上に自分の腹は満たされないし、実家への仕送りもままならない。てゆーか、実家への仕送りはこれまで一度も出来ていない。

元々は行方不明の勇者を調査する手伝いだったが、それが魔王討伐に変更され、「皆で協力したから」と言うワン・フォー・オールでオール・フォー・ワンな勇者的スローガンの元、例えクッソ不味いコーヒーを作って一つも売れなかったとしても、食い扶持は仲間全員に均等に配分される。

 

つまり、路銀を調達する手段に乏しく、稼ぎが少ないパーティーにおいて、仲間が増えると言う事は、一人頭の食い扶持が減ると言う事であり、オチャコは就職しているにも関わらず貧窮していると言う、所謂ワーキングプアな状態だった。

オチャコの心の中で食事と報酬に対する不満は山の様に溜まり、今では爆発寸前の活火山と化している。何より「名誉だけでは腹は膨れない」と言う、この世の真実をオチャコは齢16にして知っていた。

 

止めはここ一週間の間、イナゴ怪人1号から渡される虹色の魔宝石を売ったお金で、町のレストランで一番高いフルコースの料理を毎日心ゆくまで堪能した挙げ句、お釣りで実家に初めて仕送りをする事が出来た事。

自分が今居る勇者御一行よりも、魔王軍(勘違い)の方が自分の評価は高く、待遇も遙かに良い事を彼女は知ってしまった。文字通り、味を占めたとも言う。

 

「ハッハッハッハッハッ!! ハァーーーッハッハッハッハッハッハ!!」

 

「オチャコさん……?」

 

「ならばぁああ……答えは一つぅうううううッ!!」

 

オチャコは魔法使いの必須アイテムにして、魔法使いの象徴でもある杖を勢いよく膝でへし折ると、熱に浮かされた様な狂気の笑みを浮かべながら、口から滝の様によだれを垂れ流し、これでもかと言わんばかりに叫んだ。

 

「貴方達の王にぃい……忠誠をッ!! 誓おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

「な……ッ!?」

 

「そんな……」

 

「フフフフハハハハハハハ!! オ~チャコ♪」

 

オチャコの行動と言動に驚愕するイズク達と対照的に、イナゴ怪人は愉快痛快と言わんばかりの怪人スマイルを浮かべている。

オチャコの選択に満足し、イナゴ怪人がオチャコに複製品のワイズドライバーと指輪を投げ渡すと、それを受け取ったオチャコは迷うこと無くワイズドライバーと指輪を装着した。

 

『ドライバー・オン! ナーウ!』

 

『シャバドゥビタッチヘーンシーン! シャバドゥビタッチヘーンシーン!』

 

「変身……!」

 

『チェンジ! ナーウ!』

 

そして、魔法使いであるオチャコに、魔法使いのベルトと指輪の力が使えない道理は無い。展開された魔方陣がオチャコをくぐり抜けると、オチャコの姿は一変していた。

 

「さあ、存分に戦え! 仮面ライダー……マッドメイジ!!」

 

「アハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

実際は魔王に敵対する正義の味方同士の筈なのに、何処からどう見ても悪魔の契約にしか見えない光景を目の当りにした彼等の戦いは、更なる混沌を極めていった……。




キャラクタァ~紹介&解説

イズクと愉快な仲間達
 別世界のデク君とその愉快な仲間達。息を吸うように迷子になったり、金銭管理が杜撰だったりと、最初の方から割と前途多難でツッコミ所の多い旅を続けている。原作を見る限りパーティーの経済力はかなり低く、そこをイナゴ怪人につけ込まれる羽目になる。てか、扉絵の八百万が全く出てこなかったのはどう言う事だ。人気? そんなー。
 尚、幻想世界において『勇者』とは「個人で成し遂げた勇気ある行動」によって与えられる名誉称号であり、『英雄』は「人々を率いその先頭に立って戦う者」に与えられる名誉称号である事が多いとか。

アラタ
 別世界の怪人バッタ男。本人のあずかり知らぬ所で魔王化と言う名の風評被害と勘違いが進行。現在では勇者とも魔王とも違う第三勢力と化している。民衆からは魔王と同一視されているが、人間側にも魔王側にも受け入れられなかった者達にとっては、安寧の場所を提供した救世主と思われている。
 本編のシンさんとの最大の相違点は、「必要とあらば相手を殺害する事も辞さない」事。小説内の世界観を考えれば警察に該当する組織は存在せず、勇者オールマイトが魔王を殺した事が明言されている事から、「本編の様な『不殺の姿勢』は、むしろ不自然になる」と考えた結果こうなった。

サチさん
 怪人カマキリ女。かつては凶悪な存在だったが、大自然の使者として覚醒した。つまりは、月刊ヒーローズの漫画版『クウガ』に登場したガリマ姉さんが元ネタ。仮に主人公達と出会わなければ、『闇の棺』に眠るプロトクウガの力を切り札にするつもりだった。アマダムとギブロンが合わさり最強に見えるみたいな。

グロンギ×3
 寝起きで頭が働かない時をつけ込まれ、そのまま肉の塊になってしまった人達。作者が念の為に『グロンギ語翻訳』なるものでグロンギ語の答え合わせをしたら、翻訳結果がおかしな事になったりするので、台詞に地味に難儀していた。コレで合っているとは思うが……。

音楽家と女王様
 お子ちゃまには見せられないあんな事やそんな事を「良いんです!」とばかりにやった結果、日曜の朝8時とは思えない昼ドラ並みにドロッドロな展開を特撮に持ち込んだ二人が元ネタ。旦那は死なずに済んだが、この後この家族がどうなるかは知らん。選択支次第では家族仲良く北の大地で農家をやっているかも知れない。

レイさん
 旦那に愛想を尽かした結果、子供達を置いて家を出た人妻。主人公に魔王の要素を入れる為に登場したキャラクターだが、彼女自身ファンガイアの女王様を見て思う所がない訳ではない。今では特に苦も無く魔王(勘違い)の召使いをやっている。ちなみに彼女の誘いに乗ってイベントをこなすと、ブリザードフォームなる力が手に入るとか。

キバットバット二世
 ゆるキャラ枠のコウモリの様でコウモリでは無いナニカ。コイツはコイツで友人の為に子供二人と別れて旅に出た訳だが、『闇のキバの鎧』に適応し「おお、コレは闇のキバの魔皇力だ! しかし、俺は平気だ!」をやらかした主人公には内心ドン引きしている。

イスルギ
 見た目は気の良い喫茶店のマスター。中身は凶悪な地球外生命体「エボルト」。勇者パーティーではおやっさんポジを確立し、皆を物の見事に欺いちゃっているが、それ故に魔王(勘違い)に真っ先に狙われる羽目になってしまう。だが……。

魔王(勘違い)軍
 メルヘンやファンタジーの世界でも通常営業な怪人達で構成された愉快な軍団。中には本当の魔王軍を裏切って加入した者すら存在し、ある意味では魔王を上回る主人公の人徳を垣間見る事が出来るだろう。福利厚生もしっかりしている為、下手をすると勇者よりも真っ当な職場環境で彼等は働いている。

豚人間
 遺跡の中で絶賛放置中。それ以上でもそれ以下でもない。



仮面ライダーエボル・フェーズ13
 本編で登場したオールマイトの妄想ネタが、ファンタジーの世界で現実のモノとなった変身形態。相違点はハザードトリガーで変身し、複眼が赤い以外は全身が真っ黒である事。ハザードトリガーを使わなければ、『仮面ライダー THE FIRST』の1号みたいな頭をした仮面ライダーエボルと言った感じの見た目。ハザードトリガーの出所は、ベスト・オブ・ベストでビルドな科学者シノブパパン。
 初めは本編の妄想ネタと同様、強化アイテムはエボルトリガーにする予定だったが、YouTubeで『りんちゃんねる』さんの「黒いハザードトリガー」の動画を見て、ハザードトリガーに変更したと言う経緯がある。

ガルムフェニックス
 エボルトの新しい変身形態。変身に使っているボトルは、エボルトが太陽で死と再生を繰り返すファントムから成分を抜き取って精製した「フェニックスエボルボトル」。エボルドライバーとトランスチームガンのどちらで変身するか悩んだが、『ゼロワン』にブラッドスタークを改造した仮面ライダーが出てきたので、トランスチームガンにした。
 元ネタは日曜ドラマ『3年A組―今から皆さんは、人質です―』に登場する特撮ヒーロー「ガルムフェニックス」。ところで、仮面ライダーエボルVSガルムフェニックスと言う夢の共演を実際に見てみたいと思うのは、作者だけだろうか。

仮面ライダーマッドメイジ
 イナゴ怪人に籠絡されたオチャコが変身する指輪の魔法使い。作者としては仮面ライダーメイジが、白い魔法使いが纏うローブの色違いを纏っている感じをイメージしている。まあ、オチャコの中にファントムが居るかどうかは知らんが。

魔王こそこそ話
 主人公としては善行を積んでいるだけなのに、手に入れるアイテムにヤバイ噂が付いて回る所為で「魔王が勇者に対抗するべく、強大な力をかき集めている」様にしか聞こえないと言う風評被害。上から順に説明すると――

 プロトアークル(未使用)。
 闇のキバの鎧&ザンバットソード。
 オルタナティブのカードデッキ。
 ケルベロスのラウズカード。
 オーガギア。
 G1システム(アマダムと合成)。
 鬼の戦艦。
 ハイパーゼクター。
 歌舞鬼の変身音叉:音角。
 パンドラボックス。
 仮面ライダークロニクルガシャット(量産型)。
 ゾディアーツスイッチ。
 カーバンクル。
 コアメダル&六連ドライバー。
 戦極ドライバー&ゲネシスコア&フレッシュの力
 ディープスペクターゴースト眼魂。
 T2ガイアメモリ。
 ライダーロボ。
 ネオダークディケイドライバー(課金)。
 アナザーオーマジオウライドウォッチ。

 ……と言った所。他にもボトルとか錠前とかバックルとかドライバーとか様々なアイテムを所有している。尤も、変“神”パッド仕様の「ガシャコンバグヴァイザーⅡ」等、別のベクトルで割とアレなアイテムも多い。
 これらは『平成仮面ライダーの世界』をシンさんが駆け巡る二次小説を作者がネタとして「U.A.QUEST」の世界に押し込んだモノであるが、肝心の二次小説はまだ完成していない。この連載が終わってからゆっくり書くかな。

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