怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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いよいよ、ヒロアカのアニメ第四期が始まりました。作者としては、その前に本作を終わらせたかったのですが、中々上手くいきませんでした。主に私的な事情で。

今回のタイトルの元ネタは、萬画版『Black』の『捏巴爾(ネパール) 邪命外道』。合計19000字超えの大ボリュームの割に、話は余り進んでいないような気がします。

10/21 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第49話 神野:邪命外道

ヒーローと警察が『敵連合』を壊滅させる為に動いていた中、サー・ナイトアイとそのサイドキック達の引率の元、出久達は長野から新幹線に乗り、決戦の地である神奈川県横浜市神野区へ向かっていた。

尚、長野から新幹線に乗る前の段階で、私服を着ていた出久達は八百万の“個性”で作ったスーツに身を包んだ上で全員髪型を変えており、切島や轟の様に目立つ色合いの髪をしている者にはカツラが渡されている。

 

「そういやさ! 君達も職場体験はもうやってるんだよね?」

 

「え、ええ……」

 

「それじゃあ、皆のヒーロー名を教えてくれないかな? ちなみに俺のヒーロー名は『ルミリオン』! “全て(オール)”とまではいかないが、“百万(ミリオン)”を救う人間になれるよう命名した! 『レミオロメン』みたいでカッコイイだろ!」

 

「「「「「「「レミオロメン……」」」」」」」

 

「えっと……それじゃ、僕から。『デク』です」

 

「ふむふむ、『デク』か……木偶!? 良いの、ソレ!?」

 

「良いんです」

 

プロヒーローであるナイトアイによって、自分達の見通しの甘さや未熟さを嫌と言うほど思い知らされたものの、どんな時でも笑顔を絶やさない明るい性格のミリオのお陰で、出久達は思ったより沈んだ気持ちにならずに済んでいた。

後輩である自分達の気を遣っての行動なのかも知れないが、出久、轟、切島の三人を瞬殺した実力を誇るミリオのフレンドリーな振る舞いは、出久達にとってとても有り難いものだった。

 

その一方で、ナイトアイは林間合宿で起こった事を、出久達からそれこそ些細な事も含めて、事細かに情報を聞き出していた。

出久と轟、麗日と蛙吹、切島と飯田と言った具合に、事件の際に行動を共にしていた人物と一緒に、当時の状況について質問し、その回答をじっくりと吟味するナイトアイは、自身が事前に予知した未来と、それに対する予測の答え合わせをしている様だった。

 

「……なるほど。大体、分かった。しかし、『ガイボーグ』……か。どうにも引っかかる物言いだな」

 

「と……おっしゃいますと?」

 

「イナゴ怪人3号とやらは、『ガイボーグとは偉大なる創造主を守る為の鎧』だと言ったそうだが、ヴィランとは基本的に攻撃的な思考をするものだ。何かを武器に例えるのであれば、“鎧”や“盾”よりも“剣”や“銃”と言ったモノを好む傾向にある。それが“鎧”に例えたと言うのが少々気になる」

 

「言われてみれば……確かに『創造主を敵から守る為の剣』でも、ニュアンスとしては別におかしくないですね」

 

「やっぱ、アレじゃないですか? ヴィランの趣味!」

 

「ユーモラス。まあ、幾つか予想出来る事はあるが、今は何とも言えん。オール・フォー・ワンが思いの外ユニークな感性を持っている事は否定しないがな」

 

何よりもユーモアを尊重するナイトアイが、口では存外に「センスは認める」と言っているものの、その目は全く笑っていなかった。

相手がオールマイトに重傷を与えたヴィランだと言う事もあるが、「ヴィランが笑える社会」など、ナイトアイからすれば到底認める事など出来ないからだ。

 

――かくして、彼等は新幹線に揺られて約二時間後に神野区入りし、駅でナイトアイの言う協力者と落ち合ったのだが……。

 

「ボンジュール。私の名はジャン・ピエール・アンドレー・ジョセフ・ド・シャトーブリアン。まあ、フレンドリーにファーストネームで『ジャン』と読んでくれ給え。一つ宜しく」

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

どう見てもB組の神谷だった。サングラスを掛け、中々渋い色合いのトレンチコートと帽子に身を包んでいるが、間違いなくこのフランスの特別捜査官を名乗る二頭身の豚人間は、A組で言う所の峰田ポジに属する、B組の同級生である。

ナイトアイが「インターポール本部に所属するフランスの特別捜査官だ」と言うから、相当の手練れがやってくると期待していた出久達にとって、目の前の光景は信じがたいモノであり、幾ら何でも質の悪い冗談にも程があった。

 

「あの……これは……」

 

「さぁ、行くぞ。打ち合わせ通り、これから三つのチームに別れ、別々のコースを取りながらGPSの反応があった場所へと向かう」

 

しかし、ナイトアイは彼等の困惑を無視し、新幹線での打ち合わせ通りに作戦を進めていく。

 

ナイトアイは出久、ミリオ、ジャンの3名を、センチピーダーは轟、切島、飯田の3名を、バブルガールは麗日、蛙吹、八百万の3名を連れて、それぞれが別々の方向を歩き、パッと見た感じではどのチームも「会社の上司に連れられた新入社員達」と言った所である。

 

「さて、それでは早速、我々の親交を深めるべくパーティといこう。丁度、イイ感じの店もある事だしな」

 

「……いや、もう少し行った先にもっと良い店がある。親交ならソコで深めよう」

 

「ブヒッ」

 

ナイトアイの提案にジャンは気を良くしたが、勿論ナイトアイにその気は無い。全てはジャンを上手くコントロールする為の方便である。

尚、ジャンが指さした店は『和風バー・ルーズソックス』と書かれた無駄に派手な電飾の看板が目印の、レトロ且ついかがわしい雰囲気がプンプンしているけしからん店だったりする。

 

そんな感じで、誰もがヒーローとして疑問視する様な行動を取るジャンこと神谷を、ナイトアイは何らかの思惑があって神野区に呼び出したとしか思えない出久は、恐る恐るナイトアイに真意を尋ねた。

 

「あの……状況が上手く飲み込めないんですケド……どうして、神谷君を?」

 

「……この日本で、最も犯罪の発生率が低い地域を貴様は知っているか?」

 

「埼玉県春日部市……ですよね? それが何か?」

 

「他国のヴィラン犯罪発生率が軒並み20%を超えているのに対し、日本のヴィラン犯罪発生率は6%を維持している。これは一重にオールマイトの功績によるものであるが、春日部に関しては事情が少し異なる。

春日部では約15年前から“犯罪そのものは起こっている”ものの、どう言う訳か“犯罪が起こる前に、ヴィランの過失によってそれが発覚する”、もしくは“犯罪が起こっても、ヴィランがくだらない事で自滅する”と言う形で事件が終結している」

 

「知ってます。何でも、『どんな悪事も失敗する』とかで、ヴィランからは不吉がられ、ヒーローが活躍できない地域だとか……」

 

「その原因と思われるのが、神谷兼人の“個性”だ。奴の“個性”は『ギャグ補正』。ある意味では、オールマイト以上に平和を作る事が出来る“個性”だ」

 

「……はい?」

 

ナイトアイの発言は、オールマイトを“平和の象徴”たらしめた“個性”『ワン・フォー・オール』をオールマイトから受け継いだ、出久の理解の範疇を超えていた。

そうでなくとも、『ギャグ補正』などと言う、一見してふざけた名称の“個性”が、オールマイト以上に平和を作れる“個性”だと言われれば、誰だってそうなるだろう。

 

しかし、相手はオールマイトの元サイドキックである、サー・ナイトアイである。そのナイトアイをして「オールマイト以上」と言わしめる“個性”を聞き流す事など、出久には到底出来ない話である。

 

「神谷兼人の“個性”は常時発動型で、自分を含めた周囲の人間にメリットとデメリットを無差別に振りまくタイプの“個性”だが、その真価は俗に言う『ギャグ的な事柄』や『お約束』と言った現象を現実にする事が出来る、謂わば『他人の運命を確定させる能力』だ。

そして、『お約束』とは“正義は必ず勝つ”、“悪は必ず滅びる”、“囚われた人質が無傷で助かる”……と言った、本来ならフィクションでしか有り得ない事象を指す。神谷は“個性”により『お約束』に基づいて他人の運命を書き換え、それを現実にする事で、春日部市の平和に貢献していたのだ。本人の与り知らぬところでな」

 

「え……?」

 

ナイトアイの説明を聞いて、出久は戦慄した。人は様々な“個性”が渦巻く超人社会を、「架空が現実になった」と称するが、ナイトアイの言う事が正しければ、神谷の“個性”は文字通り『架空を現実にする“個性”』と言っても過言では無い。

しかも、『お約束』と言うルールを“不可避の現実”とし、ヒーローの勝利とヴィランの敗北を確定させる事が出来ると言うのなら、それはある意味『最もヒーロー向きの“個性”』と言えるのではないだろうか。

 

「私が『オールマイトが呉島新に殺される未来』を見た時、周辺は瓦礫の山と化していた。見える範囲が狭く、壊滅の規模は把握しきれなかったが、相当の被害が予想される。理想としては事前に人々を避難させたい所だが、それは不可能だ」

 

「どうしてです? ある程度まで被害が出る事が予想されるなら、せめて見えた範囲の人達だけでも避難させた方が……」

 

「貴様は頭脳がマヌケか? ヒーローとは“可能な限りヴィランによる被害を抑え、民衆を守る”のが仕事だ。仮に私が『街がヴィランによって崩壊する未来が見えた』と言って民衆を避難させようとした所で、『なら、ヴィランを捕まえて街が崩壊しないようにすれば良いじゃないか』と、何も知らない民衆に論破されるのがオチだ。事実、それは確かに理想的ではある」

 

「………」

 

「しかし、今まで『見た未来を変える事は出来なかった』事を考えれば、常に最悪を前提にして対策を立てる必要がある。ならば、神谷を神野区に配置することで、街が壊滅する事は避けられなくとも、それによって死者が出る事なら避けられるかも知れん。それに、私は名もなき人々の死を見ていないしな」

 

6年前に『オールマイトの死』を予知して以降、ナイトアイは自分の“個性”が「未来を予知する」のではなく、「未来を見る事で、その人物の未来を確定させる」のではないかと思う様になったが、それは逆説的に言えば「“見ていない未来”は幾らでも変えられる」と思う様にもなっていた。

 

故に、ナイトアイはこれから巻き込まれるであろう、名も知れない普通の人々の命を救う方法を考え、その為に神谷を神野区に呼び寄せたのである。

勿論、ナイトアイとしてはそれ以外の事も期待しているが、ナイトアイが一番命を救いたいと思っているオールマイトならば、「自分よりも神野区の人々の命を救って欲しい」と言うに決まっている。

 

つまり、これからヴィランの脅威に晒される人々の命と、オールマイトの意志を優先しつつ、ナイトアイの望みを叶える事が出来る可能性を備えた人物こそ、神谷兼人と言うヒーローらしかぬ性格をした、一見して馬鹿馬鹿しい“個性”を持った雄英生だったのである。

しかも、常時発動型の“個性”である為、ただその場に居るだけで“個性”の恩恵が得られる事を考えれば、方法として限り無くグレーであるものの、ヒーローサイドにとってこれ以上無い助けになる。

 

「……いや、ちょっと待って下さい。春に『敵連合』が雄英を襲撃した時、神谷君は雄英に居た筈ですし、林間合宿でヒーロー側は敗北しています。確かにどちらも死者は出ていませんが、それがその場に神谷君が居たからだとは……」

 

「これはあくまで私の所見だが、神谷の『ギャグ補正』による“運命を確定させる力”を上回る力……例えば、何らかの願望やエネルギーがあれば、計画通りとはいかずとも、ある程度までは事を進められる……つまりは、一部でも確定された運命を変える事が出来るのではないかと考えている」

 

「エネルギー……ですか?」

 

「そうだ、エネルギーだ。それを踏まえれば貴様が懸念する通り、神谷の“個性”を以てしても何も変わらない事も有り得る。何せ、相手が相手だからな」

 

「………」

 

――「新たな『強大な力』が生まれようとしている……『ワン・フォー・オール』は、ソレと呼応している……」――

 

ナイトアイの仮説を聞いた出久は、高熱に魘されながら見た夢の中で、初代ワン・フォー・オールと思われる人物から投げかけられた言葉を思い出していた。

あの時に言われた「強大な力」とは、間違いなく『ガイボーグ:SEVEN』に覚醒した新の事だろう。それが出久の『ワン・フォー・オール』と呼応する程の強大な力を持つならば、必然的にそのエネルギーは……。

 

「言っておくが、それは貴様も同じだぞ、緑谷。話を聞く限り、連中は貴様が真の後継だと知らない様だが、私が見た未来で貴様は『呉島新に殺される』。いざという時は、そうなる前に『ワン・フォー・オール』をミリオに譲渡しろ。少なくとも、私はミリオの死は見ていない」

 

ナイトアイが『予知』で見た未来は変える事が出来ない。しかし、その未来に至るまでの時間稼ぎならば……『ワン・フォー・オール』を出久から誰かに譲渡するだけの時間を作る事位なら出来る。

 

――つまり、「『予知』で死を見ていない人間に『ワン・フォー・オール』を譲渡させれば、巨悪を打倒する為の希望を、明るい社会の為に残す事は出来るのではないか?」と、ナイトアイは今回の作戦の保険として考えていたのである。

 

「……それは、違うでしょう」

 

「何……?」

 

常に最悪を想定するナイトアイは正しい。最悪の未来を少しでも最善にしようとする努力も、決して間違っていない。だが、だからこそ出久はナイトアイに対して、腹の底で沸々と怒りを燃やし、眉を顰めてこう言った。

 

「そんな事にはさせない……! 例え、そう決まっていたとしても……その未来を捻じ曲げる! その為に、僕達は此処に居るんでしょう!?」

 

「………」

 

前提として、自分達はその「最悪の未来」を覆す為に、此処に来ている筈だ。未来を左右するモノが人の願望やエネルギーだと言うのなら、「最悪が起こる事を前提にした対策」を練るのは間違っている筈だ。

そう語る出久を見て、ナイトアイは未来を変えたいと願いながら、内心では半ば未来を変える事を諦めていた事に気づき、これまでの経験からどうしても最悪を考えてしまう自分を自嘲しつつ、出久から目線を逸らして微かに笑った。

 

「アレ? サー、笑ってますね? 何か良い事ありました?」

 

「いや……そろそろ時間だ」

 

「時間?」

 

「今回の作戦に際し、私はグラントリノと密かに情報のやり取りをしている。警察とヒーローは現在、『敵連合』のアジトと思われる二箇所を特定し、二正面作戦を行っている。我々が向かっているGPSの発信源は、廃倉庫を装った脳無の格納庫だ」

 

「脳無の格納庫!? こんな町中にですか!?」

 

「犯罪者としては人目のつかない僻地にアジトを造る方が安心できるだろうが、街から遠く離れた僻地にポツンと立つ建物の方が怪しまれるリスクは高い。見方によっては町中の方がむしろ安全と言える」

 

「なるほど……」

 

「そして、私の『予知』が正しければこの作戦は失敗し、オールマイトの前に呉島新が現われる筈だ。姿を変えてな」

 

直後、彼等の進行方向先から轟音と振動が響き、合戦の開始を告げる狼煙の様に、土煙がもうもうと上がっていた。

 

 

○○○

 

 

脳無格納庫の制圧と言う、ある意味では『敵連合』のメンバーを捕らえるよりも重要性の高い任務に割り当てられたベストジーニスト達であるが、それは彼等が想像したよりも、ずっと簡単に成功した。

 

「脳無格納庫。制圧完了」

 

「うええ~~。コレ、本当に生きてんのぉ……? こんな楽な仕事で良いんですかね、ジーニストさん? オールマイトの方、行くべきだったんじゃないですかね?」

 

「難易度と重要性を切り離して考えろ、新人。機動隊、すぐに移動式牢(メイデン)を! まだ居るかも知れない。ありったけ頼みます」

 

「ハッ!」

 

Mt.レディの言う通り、正直に言えば拍子抜けも良い所なのだが、そもそも脳無は様々な改造によって自我を持たず、誰かに命令されない限り、その恐るべき戦闘能力が発揮される事は無い。

つまり、「誰かに命令される前に捕らえる」事が、対脳無戦の最適解なのである。ヒーロー側には苦労も見せ場も無いが、脳無が一度暴れ出せばどうなるかは保須事件で周知の事実となっている為、Mt.レディとしても作戦そのものに不満は無い。

 

「マンダレイ! ピクシーボブ! ラグドール! 皆、返事をするのだ!」

 

「チームメイトか! 息はあるのか。良かったな」

 

「しかし、様子が……。皆、何をされたのだ!?」

 

「……他には居ないの? 呉島君は?」

 

全裸で水槽に浸かっていた、攫われた三人のチームメイトを見つけた虎は、彼女達を水槽から引きずり出し、その体に外傷が無い事に安堵するが、三人とも目の焦点が合っておらず、虎の呼びかけにも無反応だった。

また、Mt.レディは攫われたプッシーキャッツの三人が此処に居るのなら、新も此処に居るのではないかと倉庫の中を探すが、新の姿は何処にも見当たらない。

 

「すまない、虎。前々から良い“個性”だと目を付けていたんだけど……丁度良いから貰う事にしたんだ。きっと、“彼”に必要だと思ってね……」

 

「「!?」」

 

「止まれ。動くな」

 

Mt.レディと虎の疑問に答える様に、倉庫の奥の暗闇から男の声が聞こえた。虎はチームメイト三名を両腕に抱え、Mt.レディはその巨体故に小回りが効かない為、ベストジーニストとギャングオルカが前に出て声の主に警告し、迎撃態勢をとっている。

 

「連合の者か?」

 

「誰かライトを……」

 

「こんな身体になってから、随分とストックも減ってしまってね。でも、もう心配ない。僕には“彼”がいる」

 

声の主が暗闇から月明かりが照らす場所に一歩踏み出した瞬間、ベストジーニストが繊維を自在に操る“個性”『ファイバーマスター』を駆使し、声の主の服を操る事で身動きを強力に封じた。

 

「ちょ、ジーニストさん! もし民間人だったら……」

 

「状況を考えろ! その一瞬の迷いが現場を左右する! ヴィランには何もさせるな!」

 

「……では、頼むよ。ドラス」

 

「うん、パパ」

 

そして、男の後ろから幼い少年の声が聞こえたと思えば、暗闇から無数のミサイルが彼等に向かって飛来し、廃倉庫は完膚なきまでに破壊された。その爆発の余波に10を超えるビルが巻き込まれて倒壊し、地面は隕石の落下跡と誤認する程に大きく陥没している。

 

「折角、弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。出来れば、邪魔はよして欲しかったな。さて……やるか」

 

かくして、ベストジーニストの拘束を逃れた声の主……オール・フォー・ワンは瓦礫の中から脳無を見つけると、一つ残らず死柄木の元へと転送した。

そして、改めてこの惨状を見渡してみると、ヒーロー達は全員五体満足で生きており、コスチュームに焦げや破れこそ有るものの、誰一人として死んではいなかった。

 

「……流石に、此処に寄こされたヒーローなだけはあるか。咄嗟の判断で的確に“個性”を使用し、或いは敢えて“個性”を瞬時に解除している。中でも注目すべきは君だ、ベストジーニスト。

瞬時に皆の衣服を操り、爆発の有効射程から逃れる。言葉にするならそれだけの事だが、爆発物が自分達に向かってくるのを見て、後方よりも僕達の居る前方が安全だと瞬時に判断し、生き残る為に敢えて前進するなんてのは、並みの神経ではまず有り得ない。」

 

「ぐ……ッ」

 

「だが、それは相当な練習量と実務経験があってこその成果だ。何か言いたいかって? 要するに、弔とは性の合わない“個性”だから、君の“個性”は要らないって事さ。やれ」

 

ドラスの攻撃をかわし、仲間達の命を救ったベストジーニストの実力を高く評価するオール・フォー・ワンだが、それは努力と言う土台があるからこそ成り立っているモノであると判断すると、背後に居るドラスに合図を送った。

 

「ガッ……!」

 

瞬間、ドラスの肩から発射されたレーザーが、ベストジーニストの腹部を貫いた。唯一、反撃を試みていたベストジーニストが戦闘不能に陥り、ヒーロー達が完全に無力化された事を確認すると、オール・フォー・ワンは再び『転送』の“個性”を使用し、今度は死柄木とその仲間。そして、死柄木にとって大切な駒である、勝己をこの場に呼び寄せる。

 

――その様子を瓦礫の影から観察し、チャンスを伺っている者が居る事に気付かずに。

 

 

○○○

 

 

「分かるか、緑谷。アレが、アレこそが。“平和の象徴”を目指す上で、決して避ける事の出来ない、打倒しなければならない存在だ」

 

「………」

 

男は何もしていない。しかし、男から滲み出る気迫が、存在感が、邪悪さが、出久に明確な死のヴィジョンを連想させ、それを現実のモノとして錯覚させられた。

 

これまでに遭遇したどのヴィランとも異なる、ドス黒く燃える太陽の如き圧倒的な悪意に晒され、出久は恐怖で体が硬直し、ナイトアイの言葉に返答する事も困難な状態にあった。

ちなみに神谷は、ドラスのミサイルによる爆風を諸に受けて何処かに飛んでいってしまったが、それを心配する者は一人も居ない。これも『ギャグ補正』の弊害か。

 

「センチピーダー、バブルガール。お前達は未熟者達を、可能な限り急いで安全な場所まで連れて行け。ミリオ、お前も緑谷を連れて迅速にこの場から離脱しろ」

 

「サーは……?」

 

「私は戦う。いや、戦わなければならない。あの、オール・フォー・ワンと……!」

 

「「!?」」

 

『いや、何ガラでも無い事言ってるんですか!? 死亡フラグ立ちまくってますよ!?』

 

『とてもではありませんが、アレに敵うとは……』

 

「否。今だ。今しかない。私の『予知』によれば、緑谷達は爆豪勝己の救出に失敗し、呉島新によって殺される。『予知した未来』を変えるには、この場に緑谷達が居てはならん。そして、『予知した未来』ではこの場に居ない、私が留まり続けなければならんのだ」

 

「でも……」

 

「緑谷。本当は、貴様を此処に連れてくるつもりはなかった。だが、私は貴様にオールマイトと同じモノを垣間見た。私が終ぞ理解する事ができなかった、オールマイトの底に宿る『狂気』をな。だからこそ、私は敢えて貴様を此処に連れてきた。分からせる為に」

 

「………」

 

「貴様の死に場所は此処では無い。此処に本来居る筈の無い私が居る以上、これは私が見た未来では無い。ならば、貴様が生き残る未来に繋がる可能性も有る筈だ」

 

「……サー。俺達、コレが最後って事は無いですよね?」

 

ミリオがナイトアイに向けた言葉は、無線を通したセンチピーダーとバブルガールの気持ちも代弁していた。

 

普段から「分析と予測を重ねて、救けられる可能性を100%に近づける」事を基本とし、「我々はオールマイトの様なヒーローにはなれない」と口にするナイトアイの仕事ぶりを知る彼等からすれば、今夜のナイトアイの言動は不自然以外の何物でも無い。

 

「……心配するな、ミリオ。私は私の死をまだ見ていない。ならば、私の死に場所も此処では無い」

 

「………やはり、来てるな……」

 

「「「!?」」」

 

何かを察したらしいオール・フォー・ワンの発言に、物陰に隠れていた三人は心臓が飛び出ると思うほど仰天したが、その直後に現われたオールマイトとイナゴ怪人BLACKが、オール・フォー・ワンとドラスにそれぞれ激突し、周囲に暴風が吹き荒れる事で、ナイトアイはいち早く冷静な思考を取り戻し、ミリオに指示を出した。

 

「行け!!」

 

「……お先にッ!!」

 

ミリオは一瞬だけ逡巡したものの、有無を言わさずに出久を連れてその場を離れ、ナイトアイは変わり果てた姿の新……シャドームーンが登場した瞬間、物陰から飛び出した。

それと同時に、『敵連合』のメンバーの急所に向けて、サポートアイテムである超質量押印を正確に投擲し、辛うじて反応した死柄木を除いた『敵連合』の構成員達の意識を奪うと、オールマイトの元へと駆けだした。

 

「何だぁ……?」

 

「オールマイトォ!!」

 

「ナイトアイ!? 何故、此処にッ!?」

 

「言った筈だ! 私は貴方の為になりたくて、ヒーローになったんだとッ!!」

 

かくして、6年前に価値観の相違から訣別した二人のヒーローは、皮肉にも訣別の原因となった戦場で再会した。

 

「ナイトアイ。“奴”がそうなのか?」

 

「……いや、“彼”がそうだ」

 

「……そうか。ならば、尚更足掻かなければならんなッ!!」

 

「……先生?」

 

「ナイトアイ……そうだ、思い出した。確かオールマイトの元サイドキックで、6年ほど前にコンビを解消している筈だ。主な仕事内容は事務だったかな?」

 

「「………」」

 

短いながらも、お互いの心情を理解しきった会話をする、オールマイトとナイトアイ。オール・フォー・ワンと死柄木。

それを間近で聞いている勝己はヴィランに対する警戒と緊張から沈黙し、シャドームーンは戦うべき相手をその緑の複眼で静かに観察している。

 

「待てよ? 6年前と言えば、丁度僕がオールマイトと戦った頃の筈だ。そうなると……もしかして、その辺に君達がコンビを解消した理由があるのかな?」

 

「「………」」

 

「しかし、有象無象とは言え、これ以上邪魔が入るのは流石に煩わしい。シャドームーン」

 

オール・フォー・ワンが、新の『ガイボーグ:SEVEN』としての名を呼ぶと、シャドームーンは右手の人差し指を夜空に向けた。

すると、瞬く間に頭上に分厚い暗雲が立ちこめ、間も無く神野区に激しい雷雨が降り注ぎ、

彼等は轟音を伴う嵐の壁……いや、嵐で創った檻の中に閉じ込められた。

 

「これは……」

 

「『ガイボーグ』のガイは鎧を意味するが、シャドームーンに関してはもう一つ別の解釈を加える事が出来る。風や雷など“自然の力を操る事が出来るサイボーグ”……即ち、ガイアとサイボーグの造語だ。どうだい? 中々ユーモアが効いているだろう?」

 

「………」

 

「……そうだな。存分に笑わせて貰うぜ。呉島少年と爆豪少年を取り返して! 貴様を『敵連合』諸共、刑務所にブチ込んだ後でな!!」

 

「それはやる事が多くて大変だな。お互いに」

 

明らかにナイトアイを意識しての言動に、ナイトアイが眉を顰める一方、オールマイトは力強く踏み込み、オール・フォー・ワンに肉薄する。オールマイトが工業地帯の様なヘルメットに、気合いの入った拳を叩き込もうとするが、オール・フォー・ワンの左腕が螺旋状に大きく膨張し、無造作に突き出した左掌から繰り出されるのは、オールマイトでも耐えきれない程に強烈な空気の塊と衝撃波による一撃。

正面からそれを受けたオールマイトは、その場から大きく吹き飛ばされると、嵐の檻を突き破り、その向こう側にある突然の雷雨に襲われた神野区を破壊しながら、遙か彼方へと飛ばされていく。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』。『瞬発力』×4。『膂力増強』×3。この組み合わせは楽しいな……もう少し増強系を足すか」

 

「オールマイトォ!!」

 

「心配しなくても、あの程度じゃ死なないよ。流石にあの嵐の壁を超えるのは難儀するだろうが、それでも必ず此処に戻ってくる。だから、黒霧。今の内に君が皆を逃がすんだ」

 

「させん!」

 

「させないよ。その為に“彼”がいる」

 

オール・フォー・ワンが変態仮面によって気絶した黒霧に、自身の指が変化した黒い触手を突き刺すのと同時に、ナイトアイが放った超質量押印をシャドームーンが受け止める。

 

シャドームーンが死柄木達を逃がす為、ナイトアイを相手に肉弾戦を仕掛ける様は、先日行われた期末テストの演習試験を彷彿とさせる構図であるが、その時とは違う点が二つある。

 

一つ目は、ナイトアイが『予知』を発動しながら戦っている事。新を相手に“個性”を使用して戦う事はリスクが伴うものの、複数の“個性”を投与され、更なる進化形態を獲得した新の戦闘力は、“個性”の変化も含めて完全な未知数。

それこそ、次の瞬間には体から何が飛び出してきてもおかしくはなく、過去に自分が見た未来とは異なる能力を発揮したとしても、何ら不思議ではない。ならば、多少のリスクは承知の上で、『予知』を使いながら戦った方が、まだ対処出来る可能性は残されている。

 

二つ目は、シャドームーンがナイトアイの目を狙って攻撃し、“個性”を使用不能に追い込もうとする情け容赦の無さ。今も紙一重で眼鏡のレンズを掠めていく、鋭利な爪の手刀をかわした所だが、その迷いを一切感じさせない攻撃は、ナイトアイを無力化する手段として合理的であると同時に、ヒーローを目指している人間ではまず有り得ない。

 

ただでさえ、ナイトアイと新では圧倒的な肉体的スペック差があり、演習試験の時の様に「相手を極力傷つけずに無力化する意志」が新に無いとなれば、ナイトアイがシャドームーンとの戦闘行動をより長く継続する為には、どうしても『予知』を使用し、致命的な攻撃を食らいそうになる度に、『予知した未来』と異なる行動を取り続け、『予知した未来』を回避し続ける他に無い。例えソレが、ただの時間稼ぎに過ぎないとしてもだ。

 

「GYUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「………」

 

その一方で、ドラスとイナゴ怪人BLACKは互いの事しか眼中に無く、ドラスは獣の様な咆哮を上げながら、イナゴ怪人BLACKは終始無言で徒手空拳による格闘を続けていた。時折、ドラスがミサイルやレーザーと言った飛び道具を交えるも、イナゴ怪人BLACKは赤熱化した拳と脚でそれを防ぎ、その度に火花が散り、閃光が暗闇を照らす。

幸いと言って良いのかどうか分からないが、オール・フォー・ワンが施した教育の賜物により、ドラスはレーザーやミサイルによって『敵連合』の面々が巻き込まれないように注意し、更にはそれらの出力と威力を抑えており、イナゴ怪人BLACKも倒れているヒーロー達が巻き添えを食わないように立ち回っている為、今の所彼等の戦いによる二次被害は抑えられている。

 

「『個性強制発動』!! さあ、行け」

 

「先生は……?」

 

「さっき僕に爆豪君を仲間にする為に『力を貸せ』と言っただろう? だから、それをやっておこうと思ってね。何、僕にとっては手慣れたものさ」

 

オール・フォー・ワンが指から伸ばした触手で、気絶した死柄木の仲間達を次々とワープゲートに放り込んでいく中、オールマイトが体一つで嵐の壁を突破し、再び戦場に舞い戻る。

 

「! 今行くぞ、爆豪少年!」

 

「………」

 

「ぐッ!?」

 

「ぬおっ!?」

 

瞬時に「勝己がワープゲートで持っていかれる」と判断し、勝己の方へ単純な筋力だけで空を飛び、空中を自在に移動するオールマイトの姿をシャドームーンが一瞥すると、ナイトアイの体がオールマイトに向かって吹っ飛び、それをオールマイトが受け止める。

 

「SHADOW PUNCH」

 

「「!!」」

 

そこへ、間髪入れずに緑色の光を纏った右拳を叩きつけ、ナイトアイ諸共オールマイトを破壊しようと眼前に跳躍したシャドームーンを見て、オールマイトはナイトアイを背面に回しながら、必殺の右拳を繰り出した。

 

「DETROIT SMASH!!」

 

「………」

 

「ガフッ……!」

 

拳と拳が空中で激突し、空気が爆ぜる。一見すると、互いの力量は互角の様に見えるが、肉体に掛かる負荷からオールマイトは吐血しており、オールマイトの方がダメージは大きかった。

 

「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長できる。君は戦いを続けろ。世界の秩序を壊すのは、何時だって僕の様な老兵ではないのだから」

 

「……待って。どう言う事だよ、先生……」

 

「行けッ!!」

 

オール・フォー・ワンの言葉に何か不吉なモノを感じた死柄木だったが、オール・フォー・ワンはそれを無視して死柄木を無理矢理『ワープゲート』に押し込み、死柄木を戦場から強制的に離脱させる。

自身が選んだ“次世代の闇の帝王”が、ヒーロー達の手が届かない安全な場所まで逃げおおせた事を確認すると、オール・フォー・ワンはその気になれば死柄木と一緒に逃がす事も出来た勝己と、改めて向かいあった。

 

「……さて、爆豪君。君と弔のやり取りは全て、僕も聞いていた。君は『オールマイトが勝つ姿に憧れた』と言っていたが、それは君がオールマイトの決して敗北を知らぬ絶対強者としての在り方に。その背中に向けられる大勢の拍手と称賛に。何者をも寄せ付けぬ圧倒的で純然たる強さに魅入られた……と言う事なんじゃないかな?」

 

「……何が言いてぇ」

 

「君はオールマイトを通して、超人社会において誰もが認める成功者であり、勝利者であり、強者の代名詞と言える『№1ヒーロー』と言う称号を知り、それを心から欲していると言う事さ。その中でも特に、“強さ”と言うモノに君は執着している」

 

明らかに勝己の心に取り入ろうとする言動。勝己としては攫われてから何度も投げかけられたモノであるが、オール・フォー・ワンが語るソレは、死柄木が語っていたソレとは、受ける印象が明らかに違っていた。

依然として得体の知れない恐ろしさがあるにも関わらず、何故か目の前の男から語られる言葉には、奇妙な安らぎを覚えるのである。理解を超えた、危険な甘さを感じるのである。だからこそ、今までの誰よりも恐ろしいヴィランだと勝己は思った。

 

「幼い日の君は、自分が“特別に選ばれた存在”だと自負していた筈だ。誰もが君を褒め称え、君に明るい未来が訪れる事を予期し、君自身も自分の思い通りにならない事など無いと思っていた。

だが、何よりも強者である事に拘る君の前に、圧倒的な力を持つ存在が現われた。いや、当初はまだ勝てたんだったかな? いずれにせよ、彼は君とは色んな意味で正反対な存在だったが、彼は君が最も欲していた“強さ”を持っていた」

 

「………」

 

「それを自覚した時、君は生まれて始めて激しい嫉妬を覚えた筈だ。何度も挑戦し、何度も敗北を重ね、その度に自分でも信じられない位に下卑た気分になっていた筈だ。『この程度の“個性”に、何の価値も無い』……とね」

 

「………」

 

「この超人社会において、“個性”と言う生まれ持った才能の低い者や、そもそもそんな才能を持たない者は、悲しい事に存在ごと否定される。君は彼の登場によって、君が他人にそうしていた様に、自分自身がそんな存在に成り下がる事を内心で恐れていた。そうだろう?」

 

「……テメェ、いい加減に……」

 

「だが、僕の“個性”なら君が求める『理想』に近づく事が出来る。才能が無いなら有る所からそれを奪い、付け足していくことでね。そして、君は新しく手にした力を、思いのままに使ってくれて構わない。君にとっても、コレは魅力的な話ではないかな?」

 

「………」

 

「見たまえ。僕が“個性”を与えた事で潜在能力の全てが解放された結果、呉島君の“個性”が発揮できる超能力に、もはや限界と言う枷は存在しない。

想像して欲しい。今の呉島君の様に、これまでに自分が振う事が出来る力を大幅に上回る、神の如き全能感を伴う圧倒的な力を意のままに操る自分の姿を……」

 

「……それと引き替えに、お前等の仲間になれってのか?」

 

「そうだ。君が望むなら、僕は君に『理想』を与えよう。僕に協力してくれるのなら……ね」

 

それは、人間から“ヒト”と言う規格が崩れ去った混沌の時代で、オール・フォー・ワンが人々をまとめ上げる為に使った常套手段である。

事実、オール・フォー・ワンから投げかけられたこの言葉を拒んだ者は殆どおらず、拒んだ者は例外なくオール・フォー・ワンと戦う道を選び、敗れ去っている。例外はオールマイトだけだ。

 

「……やっぱ、生徒がクソなら、先生もクソだな。何度も言わなきゃ分からねぇってんなら、もう一度だけちゃんと言ってやる。俺が憧れたのはオールマイトだ! テメェじゃねぇ!!」

 

オール・フォー・ワンの言った事は、決して的外れな事では無い。それどころか、勝己にとって自覚する部分が多々あるものだ。

だが、的を射ている言葉だったからこそ、それは勝己の異様に高い自尊心を刺激し、勝己はオール・フォー・ワンが差し出した手を拒んだ。

 

「……そっか。じゃあ、コレも君の言う『憧れ』には支障ないかな。あのね、呉島君は……」

 

――しかし、オール・フォー・ワンは知っている。この超人社会において、ヒーローに向ける憧れとは「そのヒーローになりたい」と言う、誰もが一度は夢見る一種の変身願望である事を。

だからこそ、オール・フォー・ワンは確信する。オールマイトへの憧れを強く口にするこの少年には、この秘密が最も効果を発揮するだろうと。

 

オールマイトから“個性”を貰っているんだよ

 

「………………は?」

 

「オールマイトは、ずっと自分の“個性”を受け継ぐに相応しい後継者を探していたんだ。雄英に教師として赴任したのも、全国から様々な“個性”溢れる実力者が集う雄英が、後継者を探すのにうってつけと言える環境だったからだ。

そして、オールマイトは数ある雄英生の中から、次の“№1ヒーロー”に、次の“平和の象徴”に、自分をも超えるヒーローに相応しい人物として、呉島君を選んだ。USJの事件の時はさぞや肝を冷やした事だろう。なにせ、本来なら絶対に秘匿すべき『“個性”を譲渡する方法』を人目に晒してでも、呉島君に自身の“個性”を譲渡し、命を救おうとしたんだからねぇ」

 

「……さっきから、何ワケ分かんねぇ事を……」

 

「事実さ。オールマイトの“個性”は『ワン・フォー・オール』と言って、『他者に“個性”を譲渡する事で、所有者の身体能力が“個性”そのものに蓄積され、代を重ねる毎に強化されていく』と言う、変わった特性を備えた増強系の“個性”だ。

それに、君は呉島君がオールマイトから“個性”を譲渡され、それによって身体能力が強化され、治癒力が向上した事で命を繋ぎ、圧倒的な力で脳無をねじ伏せた場面を、確かにあの時に目にしている筈だ」

 

「………」

 

「君にもオールマイトに見初められるチャンスはあった。“平和の象徴”の後継者に選ばれ、その力を手に出来る、たった一度の好機があった。だが、君は強さに拘る余り、それをフイにした。オールマイトの最初の授業の時にね。

その結果、オールマイトは呉島君を選び、オールマイトの“個性”は呉島君の“個性”に取り込まれ、もう二度と誰も手にする事が出来ない場所へ行ってしまった。他者から“個性”を奪い、与える事が出来る、この僕の“個性”でさえも届かない場所にね」

 

「………」

 

「君は確か、体育祭でこう言っていたね? 『必ずオールマイトをも超えるヒーローになる』と。だが、呉島君はあの段階で、既にそうだったんだ。他ならぬ、オールマイトが呉島君を選んだからだ。

残念だったねぇ、爆豪君。あの時、君が表彰台で宣言した『此処から1番になり、呉島君を超える』事はもはや叶わない。オールマイトが呉島君を選んだ時から、君の憧れは無駄になった」

 

「………」

 

オール・フォー・ワンの発言に困惑しながらも、勝己の頭は冷静に真実を見極めようとしていた。

 

だが、信じがたい事ではあるが“個性”は移動させる事が可能であり、“個性”を投与された事で未知の姿と能力を獲得したらしい新を見て、これまでに何度もオールマイトを連想させる圧倒的な身体能力を発揮していたのを思い出して、どう言う訳か新がオールマイトに妙に気に入られている事もあって、どうしてもオール・フォー・ワンの言葉を否定する材料を見つける事が出来ないでいた。

 

「……デクは?」

 

そこまで考えて、ふと沸いた疑問。新が後継として選ばれて気に入られているのは分かる。では、もう一人の幼馴染みがオールマイトに気に入られている理由は何だ?

 

「デク……ああ、緑谷出久君だね。まあ、“個性”が幼少期以降に発現するなんてのは、僕からすれば特に珍しい事でも何でも無い事なんだが……彼はある意味、呉島君以上の才能を持った『選ばれし者』であると言う事だ」

 

「……どう言う事だ?」

 

「“個性”には稀に両親の家系と全く類似しない“個性”が発現する事があってね。それは言うなれば“個性”の突然変異と呼ぶべきモノで、通常の“個性”とは比較にならないほど強大な能力を発揮する。

尤も、緑谷君の場合は、母親が一時的に発現させた『突然変異』の力を受け継いでいる様だから、『突然変異』とは少々事情が異なるのだが……兎に角、彼等を選んだオールマイトはお目が高いよ」

 

「…………有り得ねぇ……」

 

何だソレは。誰よりもヴィランらしい“個性”を持った怪人がオールマイトの後継者に選ばれ、出来損ないだと思っていた無個性のザコが、実は自分以上の才能を持っていた?

 

有り得ない。幼い時には哀れとさえ思っていた連中が、自分より遙かに才能溢れる存在で、オールマイトに目を掛けられる様な人間だったなど、どう考えても有り得ない。だが……。

 

「SYAAA!」

 

「………」

 

「ぐおおおおおおおおッ!?」

 

「ナイトアイッ!!」

 

さて、オール・フォー・ワンが勝己の説得を悦しみながら行っている中、オールマイトとナイトアイの二人とシャドームーンの戦いは、イナゴ怪人BLACKが回避したドラスのレーザーの軌道をシャドームーンが操作し、ナイトアイの『予知』の死角からそれをナイトアイにぶつけ、ナイトアイの左腕が吹き飛んだ事で、いよいよ本格的に勝負の天秤がシャドームーンの方へと傾いていた。

 

「おや、君の元サイドキックは早くも満身創痍だな。一体、どんな気分なんだろうね? 自分の人生、自分の主君、自分の信義、自分の忠義……その全てを投げ捨てても、まだ足りないと言うのは」

 

「き、貴様……ッ!!」

 

「………」

 

片腕を無くし、足手纏いとなった事に苦悶の表情を浮かべるナイトアイを楽しそうにみやるオール・フォー・ワンだが、彼等と相対するシャドームーンは無感情に、冷徹に、合理的にオールマイトを追い詰めるべく、更なる攻撃の準備に取りかかる。

ベルト状の器官のバックルに相当する部分に備えられた翡翠色の玉が輝くと、シャドームーンの影から緑色のオーラを纏う無数の分身が現われたのだ。

 

まるで影が実体を持ったかの様な外見のソレが群を成し、オールマイトを取り囲む様は、何処か「最古の害虫」と称されるバッタの数の暴力によってもたらされる天災――即ち「蝗害」を彷彿とさせた。

 

「さぁ、どうした? どうするんだ? 君の憎いヴィランは此処にいるぞ? 君が取り戻したい人間は此処にいるぞ? 僕をどうしても捕まえるんだろう? 彼等を救いたいんだろう? 君の勝機は幾つだ? 千に一つか? 万に一つか? 億か? 兆か? それとも京か?」

 

「……例え、それが那由他の彼方だとしても……ッ、今の私には十分過ぎるッ!!」

 

「………」

 

かつてない苦境に立たされながらも、一向に戦意が衰える様子の無いオールマイトを見ながら、シャドームーンは右手に真紅のガラスの様な刀身を持つ剣を精製する。

それをタクトの様に振った瞬間、影から生まれた蝗の軍勢は、“平和の象徴”の命を刈り取るべく殺到した。




キャラクタァ~紹介&解説

緑谷出久
 今話の「前話の裏側でこんな事がありました」的な前半で、ナイトアイと行動を共にした原作主人公。オールマイトに見初められた“平和の象徴”の後継者であるものの、ナイトアイの口から『平和を創る方法』は、決してオールマイトの様に「№1ヒーローになる事」だけではない事を知った。いや、知ってしまったと言うべきか……。
 他にもチンピラもどきに変装しない等、原作から色々と乖離しているが、当初の予定では今話でマジにドエライ事をやらかすハズだった。思ったよりも話が長くなったので割愛せざるを得なくなったが、次回予告を見れば何をしでかそうとしたのか分かるだろう。嫌でも。

サー・ナイトアイ
 神野区の最終決戦に参戦した、オールマイトの元サイドキック。ぶっちゃけた話、原作ではこの時に彼は一体、何をしていたのだろうか? まあ、下手に介入して“個性”の『予知』をオール・フォー・ワンに回収されたら、もっとヤバイ事になっていたとは思うが……。
 メタ的に言えば、TV版『BLACK』でシャドームーンが使っていた天候操作や、『仮面ライダーEVE』におけるガイボーク的な能力をシャドーシンさんに使用させると、グラントリノが現場に駆けつける事が出来ないので、別働隊として動ける彼に『敵連合』を一掃して貰う必要があったと言うのが本音。

ジャン・ピエール・アンドレー・ジョセフ・ド・シャトーブリアン
 自称:インターポール本部に所属するフランスの特別捜査官。但し、その正体が神谷兼人こと「ぶりぶりざえもん」である事は、作品の中でも外でも簡単にバレている。無自覚な“個性”の恩恵を期待し、秘密裏にナイトアイに招集されているが、彼がどうして「インターポール本部に所属するフランスの特別捜査官」を名乗っているのかは、彼しか知らない所か彼自身よく分かっていない。
 ちなみに、ナイトアイは「“個性”である『ギャグ補正』の性能を上げる為だろう」と勘違いし、彼の明らかに嘘と思える肩書きに付き合っている。作戦の成功率を100%に近づける為なら、何でもするのがプロフェッショナルなのだ。

オール・フォー・ワン
 近年まれに見るレベルで絶好調な悪い奴。シャドーシンさんを投入した事で、戦力的にも精神的にも十分な余裕がある為、かっちゃんいじりに余念が無い。コイツが『ワン・フォー・オール』の継承者と『ワン・フォー・オール』を継承したタイミングを盛大に勘違いし、かっちゃんを闇堕ちさせようとしている様は、前に連載した『DXオーズドライバーSDX』のラスボスであるライトと似たような感じだが、コッチの方が書いていて楽しい。
 これは、ライトが「相手の主義・主張を、客観的な視点で淡々と論破していく」のに対し、オール・フォー・ワンは「相手の根幹が崩れる様な秘密を暴露し、精神が崩れていく様を悦しむ」ため、「キャラクターの動きや言動に感情が籠っている事」が原因なのではないかと作者は考えている。

爆豪勝己
 ヒーローよりもヴィランに好かれる傾向にあるヒーロー候補生。ステイン? うん……粛正対象かな? 自分が見下していたヤツが、実は自分よりもスゲー才能を持って生まれた奴だったりする展開は、『鬼滅の刃』に出てくる上弦の壱な鬼いちゃんを見ているようだって? まあ、実際に意識して書いてる部分はあるから、それは仕方ない。
 この後、実際に上弦の壱な鬼いちゃんや、『NARUTO』のサスケェの如く、更なる力を求めて所属する組織の敵対勢力に与するかは秘密だが、冷静に考えたら元々の性格と言動がアレなので、「仮に本格的にヴィラン化した所で、何時もの爆豪とあまり変わらないのでは?」と言う事に作者は気付いた。

シャドームーン/呉島新
 完全な脳改造を施された仮面ライダーの厄介さを、これでもかと体現する怪人主人公。自意識を失っているものの、これまでの戦闘経験は肉体が覚えている為に戦闘行動は問題なく行える上に的確に急所を狙ってくる等、攻撃に全く容赦が無い。発揮される超能力を本能的に理解し、行使する点も厄介。
 また、“個性”による肉体改造に加え、脳改造によって潜在能力が完全に解放された状態にある為、腹部の翡翠が輝く度に相手は理不尽に起こる不思議な事と立ち向かう羽目になる。地味に怪人に変身した状態でも喋れる様になっており、パンチ技とキック技を出す時だけ横文字で喋る。

ドラス&イナゴ怪人BLACK
 見た目に反して周囲にちゃんと気を使う事が出来ている怪人達。実際、高出力レーザー+高威力ミサイルと、核電池のエネルギーを元にして繰り出すキングストーンフラッシュが激突すれば、神野区は確実に壊滅するだろう。
 そう考えると、大凡で一ヶ月程度の時間しか無かったにも関わらず、ここまでの教育をドラスに施したオール・フォー・ワンの教育者としての才能が、オールマイトを超えている事が証明されてしまった様な気がしないでもない。先生としては、君の負けだよ。オールマイト。



シャドーフラッシュ
 何でもアリなチートの極み。簡単に言うなら、これまでシンさんが肉体的・精神的に追い詰められて発現していた「その時、不思議な事が起こった」が、シャドーシンさんの意志で自在に起こす事が出来る。今回は下記の「シャドームーン分身体」を繰り出す際に使用。本気になれば平行世界や異世界を移動する事さえも出来る様になる。
 元ネタは、ご存じ元祖悪のライダー『シャドームーン』の「シャドーフラッシュ」。能力としては「キングストーンフラッシュ」と同等なのだが、仮面ライダーBLACKが“ピンチの時の切り札”的な使い方をするのに対し、シャドームーンは終始“強力な攻撃手段”として使うあたり、使い手の性格の差が現われている。

シャドームーン分身体
 前作『序章』のIFルートに登場した、イナゴ怪人をベースに改造した分身と異なり、シャドーシンさんの影から生成された分身達。造形はオリジナルとそっくりなのだが、全身真っ黒な体で緑色のオーラを纏っており、複眼は常時妖しく緑色に光っている等、誰がどう見ても偽者と分かる外見が特徴。
 元ネタは『仮面ライダー バトライド・ウォー 創世』に登場した「シャドームーン軍団」。シャドーシンさんの影から精製されているのは、作者の趣味で「拘束制御術式・零号」を完全解放した『HELLSING』のアーカードの旦那の要素を入れたから。



次回予告

唯ひたすらに無力を呪い、正義を貫けない現実を前にして――

「今だけで良い……助けられるだけの、力が欲しい……」

その瞳から零れる太陽の様な魂の輝きが闇色に染まった時――

「それでもう……“終わったって良い”……」

――少年は、決して押してはならないスイッチを押した。

「だから……“ありったけ”を……ッッ!!!」

次回、『デク! 最後の変身!』にご期待下さい。
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