怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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さあ、お祭り回です。しかし、劇場版はOVAよりも長いのと、あまり待たせるのも悪いので、本編と同時進行で小分けにして投稿しようと思います。

章タイトルの元ネタは『剣』の劇場版『MISSING ACE』。話のタイトルは、本当は「赤い通り魔と呼ばれた男」にしたかったのですが、既に本編で使ってしまったネタなので断念しました。

2019/4/15 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2021/02/21 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


劇場版 2人の英雄-MISSING HERO-
第36.5話① レッドファイトな奴等


その日、珍しく父さんが家に帰ってきて、これまた珍しく父さんが夕食を作り、親子二人で食卓を囲んだ。その時、父さんが1枚のチケットとパンフレットを俺に手渡してきた。

 

「『I・エキスポ』? 何ソレ?」

 

「海外に浮かぶ巨大人工移動都市『I・アイランド』。世界中の科学者や研究者が集まる、所謂サイエンスハリウッドの究極と言える場所で行われる、“個性”やコスチュームなどの研究成果を展示する博覧会だ」

 

「へぇ……。で、ソレに参加すると?」

 

「いや、私は不参加だ。行く暇が無いし、そもそも『I・アイランド』へ移住するつもりは無いからね」

 

やはりか。世界中の研究者や科学者が集まり、日夜研究に勤しむ場所への招待状が、コスチュームの研究と開発を生業とする父さんの元へ送られてきたとなれば、『I・アイランド』の最終的な狙いはそれだろう。

 

「だが、だからと言って、折角のチケットを無駄にするのも惜しい。だから、私の代わりにお前が行ってみたらどうだ?」

 

「まあ、興味が無いと言えば嘘になるケド……」

 

パンフレットを見ると、確かに『I・エキスポ』は「研究成果の展示会」と銘打ってはいるが、そもそも『I・アイランド』は父さんの研究所の様に、ただ“個性”やコスチュームを研究する為だけの場所では無い。

 

世界中の如何なる国家にも属さず、常に世界中の海を移動している特殊性から、構造的には「島の名を冠する巨大な船」と言えるが、その内部は独自のアカデミーや商業施設等、住人の生活に必要な様々な施設を内部に備えており、在り方としては「都市」と言うよりは「国家」に近い。

世界中の優れた研究者や、彼等の研究成果と言った宝の山を守る為に敷かれた警備セキュリティが、特殊拘置所『タルタロス』に相当すると言われている事を考えても、通常の学術都市や研究施設とは一線を画する。

 

ただ、今回は『I・エキスポ』の開催による一般公開に伴い、出展する様々なパビリオンで「“個性”を用いたアトラクション」や、「観光客が楽しめるイベント」があるらしく、“個性”やコスチュームに興味の無い人が行っても楽しめそうな感じだ。例えるなら、ヒーロー版のユニバーサル・スタジオ・ハリウッドと言った所だろう。

 

試しに日程を確認してみると、丁度リカバリーガールとの病院巡りが終わった翌日に始まる様なので、後腐れ無く『I・アイランド』に行く事は可能だろう。

問題は誰を誘うかだが、こんなのは基本的に出久一択なので、特に悩む必要は無い。早速、出久に一緒に行かないかと電話を掛けたのだが……。

 

『え? あ、ゴメン。あっちゃん、僕もうオールマイトの同伴で「I・エキスポ」に行く事になってるんだけど……』

 

「マジか」

 

出久とは出会ってから10年程の長い付き合いであるが、これまでに出久に家族に関係する事以外で先約があった試しなど一度も無かったと記憶している。しかし、今回に限ってはオールマイトの同伴者として、既にオールマイトから誘われているらしい。

 

「ここはアレか? 『お前は幼馴染みの俺より、オールマイトの方が良いんだな!』とか、そんな感じの返しをすればいいのか?」

 

『いや、普通に返しに困るよ。所で、あっちゃんはパーティ用のスーツとか持ってる?』

 

「持ってないな。明日もリカバリーガールと病院巡りだから、何とか時間を見て買いに行かないと」

 

『じゃあ、都合が良かったら一緒に行かない? 母さん以外の意見も聞きたいし』

 

「良いぞ。上手く都合が付けば良いケド……まあ、その時は連絡する」

 

さて、出久がダメとなると、次に誘うのは勝己だ。あんなんでも一応は幼馴染みであり、山でバッタリ会った時などは、暴言は吐けども結構普通に俺と接する男だから、多分大丈夫だろう。

 

「おう、勝己。実は『I・エキスポ』の……」

 

『死ねッ!!』

 

「………」

 

いきなりキレられて、電話も切られた。仕方ないので勝己のスマホから、爆豪家の固定電話にかけ直してみると、勝己のおばさんが電話に出て仲介してくれたのだが、その理由がある意味、勝己らしいと納得出来るものだった。

 

何でも、俺が参加できなかった学校のプールでの訓練に勝己も参加し、帰る時に相澤先生から『I・エキスポ』の招待状を貰ったらしいのだが、その招待状と言うのが問題で、本来は雄英体育祭で優勝した俺に宛てて送られたモノだったのだ。

しかし、相澤先生が何故か訓練に参加していたイナゴ怪人達から、父さんに宛てて『I・エキスポ』の招待状が送られている事を知り、相澤先生が電話で父さんと相談した結果、準優勝の勝己にお鉢が回ってきた……と言う訳である。

 

つまり、勝己からすれば「俺のおこぼれを受け取った」と言う認識なのだ。それでも『I・エキスポ』には行くつもりでいるらしく、その辺は相澤先生の話術や、その場に居合わせて同伴者となった切島の説得の賜物だろう。素直に尊敬に値する。

 

「所で、勝己はパーティとか参加すんの?」

 

『出るわけねぇだろ! んな面倒臭ぇモン!!』

 

『折角、アンタに気ぃ使ってくれたのに、そんな言い方は無いでしょーが! 少しは新君を見習いな! ゴメンね、新君。ウチの馬鹿が何時も迷惑かけてるでしょ?』

 

「いえ、お構いなく」

 

電話越しに勝己の頭を叩いたのであろう小気味良い音を聞き、何時も通りの爆豪家だと思いながら電話を切ったが、そうなると誘う相手は皆無……と言うのは過去の話。今では気の良い友人が数多く存在するこの俺に、もはや死角は存在しない。

 

『そうか! 実は僕も家族の代わりに「I・エキスポ」に行く事になってね!』

 

『「I・エキスポ」? ああ、親父の代理で行く事になってるが……』

 

……と、思ったのだが、俺はまだまだ認識が甘かった。

 

冷静に考えれば、代々ヒーローの家系である飯田や、№2ヒーローの息子である轟なら、確かに『I・エキスポ』の招待状を貰っていてもおかしくはない。ならば……と思った所で、俺は重大な事実に気付いた。

まず、切島は勝己の付き添いで『I・エキスポ』に行くので除外。しかし、その他の男子となると、特に仲が悪いとは言えないが、良いとも言えない微妙な距離感の面子ばかりであり、他にクラスの中で仲が良いと言えるのは、麗日・八百万・梅雨ちゃんと言った女子勢に絞られる。

 

そして、これまでの俺の人生において、女子を誘った事など当然のことながら皆無である。その上、誰か一人しか誘えない訳だが、果たして誰を誘うのが正解なのだろうか?

いっその事、「誰も誘わない」と言う手もあるが、流石に色々な意味で勿体ないし、本音を言うなら可能な限りこうしたチャンスはモノにしたい。

 

「お困りの様ですな、我が王」

 

「お前は……イナゴ怪人1号ッ!!」

 

「どうやら同伴者が決まらず、『このまま一人で行くのは、何か勿体ない』と言う建前の元、如何にして『勝利と栄光のサマーバケーション』を掴むか悩んでいるご様子。ならば、此処は我々にお任せ下さい」

 

「何……?」

 

「安心なされよ。必ずや我々が、貴方に最高の夏のメモリーを献上する事を約束しましょう」

 

俺の苦悩をテレパシーで勝手に感じ取ったのか、イナゴ怪人1号が無駄にカッコイイ仕草で俺に進言してきたが、果たしてコイツ等に任せて良いモノか非常に迷う。

しかし、現段階では手詰まり感が否めない事は事実であり、雄英体育祭では1年ヒーロー科女子全員+αのチアリーディング軍団を結成させた実績を考えれば、何だかんだでコイツ等の対人スキルが高い事は証明されている。

 

「……信じて良いんだな?」

 

「我が魂に誓ってッ!!」

 

いや、お前等イナゴ怪人には「魂」と言うモノは無いだろう。あるのは精々「執念」と「狂気」くらいだ。とは言うモノの、背に腹は背に腹はかえられない。それに言いたくはないが、コイツ等の方が俺より上手くやる可能性もある。

断腸の思いではあったが、イナゴ怪人1号に全てを託し、俺は当日までに都合を付けて出久&出久ママの緑谷家と共にパーティ用のスーツを購入し、コスチュームである『強化服・弐式』の調整を済ませ、空港で同伴者を待っていたのだが……。

 

「何故、お前が一緒にいる?」

 

「王よ。このイナゴ怪人もまた王の“個性”により生まれた存在。そして、『I・アイランド』は世界でも類を見ない“個性”の研究が盛んな場所。ならば、このイナゴ怪人1号が『I・アイランド』に入国できない等と言う道理があろうか? いや、ある筈がない!

その辺を電話越しに熱く語り、『もしも認めなければミュータントバッタの大群を率い、海を越えて襲来する』と脅……ゲフンゲフン。もとい、説得した所、向こうから快く許可を貰ったのだ。その代わり、この私以外の連中は留守番だが」

 

「マジか」

 

……まあ、コイツの言い分は兎も角として、確かに日夜“個性”を研究する者達からしてみれば、この得体の知れない怪人も、恐ろしく魅力的な存在に見えるのかも知れん。

当のイナゴ怪人を生み出した張本人たる俺としては、複雑極まりない上に、理解不能としか言いようのない価値観だが。

 

「……それで、俺の同伴者は――」

 

「お待たせしました、呉島さん! 今回は誘って頂き、本当にありがとうございます!」

 

背後からの聞き覚えのある声が聞こえ、まさかと思いながら振り返ると、そこには大荷物と共に満面の笑みを浮かべる、あの発目明が立っていた。

 

 

●●●

 

 

「やはり人生を切り開き、幸福を招くのは大胆不敵な行動力に他なりませんね! 雄英体育祭でこれでもかと声を高くしてアピールした甲斐がありました! いや、これはもはや『呉島明』を名乗っても良いと言う事なのでは? ねぇ、そう思いませんか、呉島さん!!」

 

「………」

 

飛行機に乗って『I・アイランド』へ向かう中、合流してからそれなりの時間が経過しているのだが、俺の隣にはずっとハイテンションを維持している発目が座っており、先程から聞くに堪えない妄言を、壊れたラジオの様に垂れ流している。

 

そもそも父さんに届いた招待状は、雄英体育祭の優勝者や現役のヒーロー。或いはスポンサーに向けた招待状と異なり、研究者や科学者用の特別なモノだった。

つまり『I・アイランド』側としては、父さんに興味があって『I・エキスポ』の招待状を送ってきた訳で、あろう事かその意図に目を付けたイナゴ怪人が父さんとパワーローダー先生を唆し、よりにもよって発目を「雄英の優秀なサポート科の生徒」と称して、俺の同伴者に仕立て上げたのである。

 

イナゴ怪人1号を信じた俺が馬鹿だったと思いつつ、イナゴ怪人1号をその場で抹殺。或いは自害を命じたくなったが、そうなると即座に何事かと警察が出動し、巨大なバッタの死骸の山がもりもり築かれ、結果色々と面倒な事になると結論づけた俺は、腸が煮えくりかえる思いでソレを断念した。

 

「……で、コイツを選んだ理由は?」

 

「決まっておろう! この女を『I・アイランド』に封印する為よ! 大きな声では言えないが、『I・アイランド』とは優れた科学者にのみ許された楽園という名の監獄ッ!! この女を『I・アイランド』に縛り付ける事で、呉島家に永遠の平和と安寧がもたらされる事となるのだッ!!」

 

「……なるほど」

 

確かに大きな声では言えんな。すぐ近くに、その封印対象である発目が居る訳だけど。もっとも、発目は発目でイナゴ怪人1号の言う事が聞こえていないのか、俺の方に取説の様なプリントの束を寄こしてきた。

 

「……何コレ?」

 

「今回『I・アイランド』に持ち込んだ私のベイビー達です! 雄英体育祭と異なり、今回はコスチュームがメインになります! 現地のアトラクションでアピールする為に、呉島さんとイナゴ怪人さんには、これらのベイビーを使って貰いますので、今の内に目を通しておいて下さい!」

 

「………」

 

確かに、父さんやパワーローダー先生から推薦される形で同伴してはいるものの、だからと言って発目に『I・エキスポ』で自分の発明品を展示したり、発表したりする場が与えられた訳ではない。

父さんならばソレも可能だっただろうが、あくまで雄英の一学生に過ぎない発目は、アトラクションなどで自身の発明品をアピールし、研究者の誰かの目に止まる必要がある。イナゴ怪人1号もそれは理解している様で、発目を『I・アイランド』に封印する目的もあってか、割と真剣な雰囲気で取説に目を通している。

 

取り敢えず、俺も取説に軽く目を通して見たのだが、渡された取説に書かれたコスチューム類は、色々と発目のセンスが炸裂した感のある代物……いや、色物のオンパレードだった。

 

「……このオレンジやバナナにしか見えないサポートアイテムは?」

 

「それは、状況に応じてコスチュームやサポートアイテムを臨機応変に換装する事を目的として造ったベイビーですね! つまり破損した場合なんかは、瞬時に代わりの装甲が装着者の元へ飛んで、装甲をその場で交換する事が出来る訳です!」

 

「……この『花道・オンステージ』とか、『粉砕・デストロイ』って効果音は? いや、効果音って言って言うか口上って感じだけど」

 

「私の趣味です! 良いでしょう! 特に現代は「漢字+英語」の組み合わせが、クールでソサエティで、オリジナリティとドッ可愛さが溢れ出るんですよ!!」

 

「………」

 

言いたい事は分からんでも無いが、このコスチュームを着ての戦闘は、何となく『アンパンマン』みたいになる様な気がする。発目が「新しい顔でーーーす!」とか言いながら、巨大なフルーツの鎧を射出し、装着者の頭にスッポリ嵌るのだ。

しかし、装着者が換装の衝撃に耐えられるだけの強靱な首を持っていない限り、コレを実用化する事は難しいのではなかろうか。

 

「……この『グリッドスーツ』って、ちょっと飯田のコスチュームに似てないか?」

 

「ええ。話を聞いた所、飯田さんも『I・エキスポ』に招待されているらしいので、体育祭のお詫びと称して、今回も体よく利用させて貰うつもりです。デザインが飯田君のコスチュームに似せてあるのはその為です!」

 

「………」

 

本当にコイツはイイ性格をしている。しかし、腕からビーム出したり、刀剣のサポートアイテムが付属していたりと、手を使った攻撃の強化に重点が置かれている当たり、発目なりに飯田の弱点や、そこをどうサポートしていくかを考え、開発者としてちゃんと仕事をしている事が窺える。

 

「……この『ゲーミングスーツ』ってのが、ゆるキャラみたいな見た目なのは?」

 

「内蔵された電子機器のハッキングに必要な機材を守る為に、色々な衝撃吸収用の素材を使ってみたんですが、そうなるとどうしても全体的に丸い見た目になってしまうので、それならいっその事思い切ってしまおうかと!」

 

なるほど。ここまであからさまに見た目がゆるキャラしていれば、「そーゆーのが好きなヒーロー」だと見えなくも無い。

しかし、関節の可動域が随分と制限されているようなので、操作はかなりの慣れと努力が必要だろう。何が言いたいかというと……少なくとも、今取説を読んだだけのぶっつけ本番で使用する様なコスチュームではない。

 

『えー。当機は間も無く、「I・アイランド」への着陸態勢に入ります』

 

「そろそろですね! 始めに何を着るか決まりましたか!? まあ、全部着て貰う訳ですから、どれでも良いとは思いますけど!」

 

「………」

 

出来れば『強化服・弐式』を……と言いたい所だが、発目がキラキラした目で此方を見つつ、嬉々とした声で語りかけてくる事と、イナゴ怪人1号が発目の造ったコスチュームを持って更衣室へ向かったのを見て、俺は『強化服・弐式』を着て入国する事を断念した。

 

 

●●●

 

 

強引な脅し……もとい、力技で着いてきたイナゴ怪人1号と、発目がコスチュームやサポートアイテムを大量に持ち込んでいる事もあり、入国審査に少々時間が掛かってしまったが、無事『I・アイランド』に入国する事が出来た。

まあ、俺が『強化服・弐式』以外のコスチュームを着ている事と、イナゴ怪人がコスチュームを着ている事も、時間が掛かった理由の一つかも知れないが……。

 

「しかし、人間とは奇妙なものよな。この世にはマシンガンよりも強力な能力を持った人間が山ほどいると言うのに、それよりも道具の方を危険視するなど、正直理解に苦しむ」

 

「それはそうでしょう。確かに銃よりも強力な“個性”は幾らでもありますが、それは本人にしか使えないワンオフです。ですが、道具は誰が使っても必ず一定の成果を引き出す事が出来ます。人類の戦争の歴史を鑑みれば、個人の特殊技能より道具の方を警戒するのは、至極当然の事だと思いませんか?」

 

「………」

 

まあ、イナゴ怪人の言い分も、発目の言い分も分からない訳では無い。

 

イナゴ怪人の言う通り、仮に体に拳銃よりも高い戦闘力を秘めていたとしても、ソレに反応するセンサーなどこの世には存在しない。そして、極限まで鍛えた肉体(この場合は“個性”も含まれるが)は天下無敵だ。極端に増強された身体能力によって、№1ヒーローになったオールマイトが、その最たる例だろう。

 

しかし、発目が言う様に、それらはあくまで「個人レベルの力」である事も確かである。“個性”と言う名が示す通り、例え一騎当千の力を持っていたとしても、ソレは大体が唯一無二のモノでもある。

一方で道具は使い方さえ覚えれば「誰でも使える」。誰でも使える以上、個人としての能力など殆ど関係無い。超人社会となった現代でも、警察官や犯罪者が銃を使い続けている事からもソレが分かる。

 

どちらの言い分も正しい。しかし、この二人の意見はつまる所、「個人の能力とモラルのどちらを尊重するか」と言う事であり、そこでモラルを選ぶのが“人間”なのかも知れない。

 

「それでは早速、呉島明の実力を『I・アイランド』の科学者達に見せつけましょう!! 手始めに、この『ヴィラン・アタック』なるアトラクションに挑戦です! さあ、行きますよ!」

 

「………」

 

「ククク……いい気になるのも今の内だ、発目明ッ! 貴様の浅ましくも愚かな野望は、この『I・アイランド』で終焉を迎えるッ!! この呉島家が誇る知の門番、イナゴ怪人1号の手によってなッ!!」

 

「………」

 

意気揚々且つ調子に乗っている様子の発目と、従うフリをしながら発目の野望を阻止しようとするイナゴ怪人1号。イナゴ怪人1号がコスチュームを着ている事もあり、どうにもこのコンビは「正気を失ったマッドサイエンティストと、それを裏切る悪の心を持った実験体」みたいな印象が拭えない。

俺としては正直、他人のフリをしたい所だが、両者とも目を離した隙に一体何をしでかすか分からない思考回路と、無駄に高い行動力を持っているので、むしろ一緒に居た方が安全だろう。

 

そして、イナゴ怪人1号は発目を此処に封印するつもりらしいが、冷静に考えれば発目にその気がなければ、『I・アイランド』に封印する事は限り無く不可能に近い。

此処に呉島家の財産を上回るレベルで、発目の興味を引く物があれば話は別だが、呉島家の知の門番(自称)には、何か心当たりがあるのだろうか?

 

「テメェ、この半分野郎! いきなり出てきて、俺スゲーアピールか、ゴラァ!!」

 

「爆豪……緑谷達も来てんのか」

 

「無視すんな!! 大体何でテメーが此処に居んだよ!?」

 

「招待を受けた親父の代理で」

 

「あのー、次の方が待って……」

 

「ウッセェ! 次は俺だぁッ!!」

 

「ヒィッ!!」

 

そんな割と重大な事を考えながら、『ヴィラン・アタック』なるアトラクションに辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、何時もの様に轟を相手にメンチを切り、MCのお姉さんに容赦ない暴言をかましている勝己の姿だった。

 

「丁度良いです。あの人にはハネの良い踏み台になって貰いましょう! と言う訳で、早速お願いします!」

 

「良かろう! トォオオオオオウッ!!」

 

「………」

 

そんな光景を見て、これ幸いとばかりに勝己を利用しようとナチュラルに考えるのが発目明と言う女であり、その発目をこの島に永久封印する為なら、勝己を生け贄にする事も厭わないのがイナゴ怪人1号と言う怪人である。

かく言う俺も二人に協力するが、それは決して俺の個人的な欲望の為では無い。コレは雄英でヒーローの勉強をしているにも関わらず、一向にヴィランの如き態度を改めず、何の罪も無い一般人に暴虐の限りを尽くす幼馴染みを、真っ当なヒーローにする為の救済なのだ。

 

こうして、奇跡的に全員の利害が一致(?)し、先陣を切ったイナゴ怪人1号が身に纏うのは、何処か宇宙人的な見た目のマスクが特徴的で、鮮やかな赤をベースにした昭和レトロな雰囲気溢れる『レッドスーツ』だ。

ちなみに、俺が『強化服・弐式』の代わりに纏っているのは、背中から四本のアームを生やし、アームや本体の腕から強力な糸を射出できる『スパイダースーツ』なる、何処かアメリカンな印象を受けるコスチュームである。

 

「あ゛!? 何だ、テメェは!?」

 

「レッドファイッ!!」

 

勝己達の前に躍り出たイナゴ怪人1号は、着ているコスチュームの派手な色合いも相俟って、勝己や轟は元より勝己の蛮行を止めようとしていた飯田達を含め、大勢の視線と興味を独り占めすると、両手を固く握りしめたファイティングポーズをとって高らかに叫んだ。

それは正しく、「これから貴様をぶちのめす」と言う意志を込めた宣戦布告であり、その直後にイナゴ怪人1号が何処からともなく取り出した物を見て、勝己は一気に警戒を強めた。

 

「レッドナイフッ!!」

 

そう、ナイフである。それも不良やチンピラが持つような、チンケなモノではない。大型の哺乳類だって一撃で仕留められそうな大型のナイフを、あろう事か両手に構えているのだ。

 

日本は元より、世界には色々なヒーローが存在するが、刃物を使うヒーローなど中々いない。居たとしても“個性”で肉体が変質している場合が殆どだ。

何故なら刃物とは「切る物」であり、武器として使えば確実に相手を殺傷する「武器」にしかならないからだ。「ヴィランを殺さずに捕らえる」必要のあるヒーローには、まず適さない道具の一つと言えるだろう。

 

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「ハッ! そんなモンで俺が――」

 

しかし、イナゴ怪人1号は躊躇しない。両手のナイフを勢いよく投擲し、勝己は両手の籠手でナイフを防いだが、イナゴ怪人が投げたナイフは発目が造ったサポートアイテムである。只のナイフである筈が無い。

案の定、両手の籠手に刺さった二本のナイフの刀身から火が出たが、此処で問題となるのは、勝己の籠手もまたサポートアイテムであり、籠手の内部に勝己の手汗が貯め込まれる構造になっていると言う事。

 

――そう。“個性”によって、ニトログリセリンの様な性質を持った手汗が……である。

 

「ウゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

その結果、籠手の中に溜まった手汗に引火して起こった大爆発は、鉱山に仕掛けたダイナマイトの如き爆音と衝撃をもたらし、その光景は完全に「ヒーローの必殺技を食らって爆発炎上したヴィラン」以外のナニモノでも無い。

 

「フゥ……危ない所だったな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「……チョット待て。もしかしてお前、呉島か?」

 

「ああ、俺は呉島新だ」

 

そして、俺もイナゴ怪人1号がナイフを投げる直前、勝己の近くにいた轟とMCのお姉さんが爆発に巻き込まれないよう、俺自身の身体能力と『スパイダースーツ』の機能をフルに使い、空中を華麗に(笑)移動しながら、両手首から射出した糸で二人を絡め取る様に回収すると、安全地帯から勝己とイナゴ怪人1号の戦いを観戦して貰っている。

 

「フフフ……やはり、ソコでしたか。『貯め込む構造になっている』と聞いた時から、籠手の形状的にソコに貯まっていると思っていましたよ。そして、イナゴ怪人さんが片手ではなく、両手で受ける様にナイフを投げたのも実にナイスです」

 

「………」

 

やはり、発目は“見る目”があるな。

 

実際に、イナゴ怪人1号は勝己が両手の籠手で防ぐ様な軌道とスピードでレッドナイフを投擲し、ニトロの様な性質を持つ手汗を貯め込む場所へ正確にレッドナイフを命中させている。

何処かで「阿呆に銃を持たせるほど怖いモノはない」と聞いた事があるが、俺は「イナゴ怪人にコスチュームを与えるほど怖いモノはない」と言いたい所である。雄英体育祭の騎馬戦もそうだったし。

 

そんな「イナゴ怪人×発目」の“悪夢のベストマッチ”によって、「自分の必殺技×2」の威力を誇る大爆発を至近距離から受けた勝己は、背後にある岩山の麓まで吹っ飛ばされていた。

本来なら爆発でハゲ散らかり、コスチュームが弾け飛んで全裸になってもおかしくはないと思うのだが、そこはコスチュームを造ったサポート会社が優秀で、勝己が親から貰った体が頑丈なお陰だろう。

 

「………」

 

「………」

 

しかし、イナゴ怪人の辞書に「容赦」と言う単語は存在しない。一見すると戦闘不能状態である勝己に近づき、本当に勝己が戦闘不能なのかを念入りに目で確認している。

 

「………」

 

「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

そして、予想通りと言うか何と言うか、イナゴ怪人1号が勝己に背を向けた瞬間、勝己が勢いよく起き上がり、イナゴ怪人1号に攻撃を仕掛けた。

 

「おお! どこからどう見ても、ヒーローを闇討ちするヴィランです! 本当にありがとうございます!」

 

「………」

 

確かに、元から中身はアレだったが、今では外見においてもヒーローとは思えんな。しかし、そんな状況に嬉々として目を輝かせる発目の方が恐ろしいと思ったのは、俺の気のせいではあるまい。

 

「やったか……?」

 

「レッドサンダーーーーーッ!!」

 

イカンぞ、勝己。それはフラグと言う名の、この世で最も強力な呪いだ。

 

事実、勝己の奇襲を諸に受けてしまったイナゴ怪人1号だが、発目が造った『レッドスーツ』は高い耐久性を備えており、イナゴ怪人1号を倒す事は叶わなかった。

黒煙と粉塵の中から飛び出した一条の光が勝己を直撃し、間髪入れずにイナゴ怪人1号が勝己に襲いかかる。

 

「ガ……ッ、テメ――」

 

「レッドキィイーーーーーーックッ!!」

 

どう見ても、ローカストキックだ。一発で中身がバレる様な技は極力使わないで欲しいが、イナゴ怪人1号の蹴りは物の見事に勝己の顔面に炸裂し、勝己は再び地面に背をつけた。

 

「レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!! レッドパンチ!!」

 

そして、イナゴ怪人1号は先程の不意打ちの借りを返すかの様に、馬乗りになって勝己に情け容赦ない怒濤の欧撃をこれでもかと繰り出した。

勝己が自分の“個性”を利用されて戦闘力を大幅に削がれている事に加え、発目の造った『レッドスーツ』によって様々な面でイナゴ怪人1号が強化されている事もあり、イナゴ怪人1号の勝利は目前だ。

 

「………」

 

「……ク、ソ、が……」

 

再び勝己に行われるレッドなチェック。しかし、先程の不意打ちの事もあってか、虫の息の勝己を見て、イナゴ怪人1号は念には念を入れた。

勝己を肩に担いで、瞬く間に氷に覆われた岩山を駆け上がると、頂上から下に見える水場に向かって、勢いよく勝己を放り投げた。

 

「レッドフォオーーーーーーーーーーーーールッ!!」

 

勝己は吸い込まれるように水場に向かって落下し、着水した直後に爆発が起こって大きな水柱が上がった。大方、勝己が腰に装着している簡易手榴弾に、イナゴ怪人1号が何か細工を施したのだろう。

一方で、「やる事はやった」と言わんばかりのイナゴ怪人1号は、岩山の頂上で何故かナチスの様な敬礼をしており、勝己が浮かんできたのを見た後、何事も無かったかの様にその場を立ち去った。

 

「……なあ、発目」

 

「何ですか、呉島さん。それと私の事は『明』もしくは『ワイフ』と呼んで下さい」

 

「……お前はアレがヒーローの所行だと思うか? 何と言うか、その……ヴィラン相手でもその……手心と言うか……」

 

「え? ヴィランが暴れ出す前に徹底的に退治するって言うのも、それはそれでヒーローらしいやり方と生き様だと思いませんか? 現に踏み台になって貰ったあの方も……名前は忘れましたが、体育祭や先程の行動や言動から考慮するに、そう言う“徹底するタイプ”だと思ったのですが?」

 

「………」

 

ふざけた妄言は兎も角として、やはり発目の観察眼は馬鹿に出来ない。確かに勝己は一度でも敵と見定めた相手は、執拗且つ徹底的にやるタイプだ。全く否定する事が出来ない。

 

しかし、誰も勝己を助けようとせず、最後まで黙って見ていた所を見ると、俺だけではなく周囲の人間にとっても、先程の光景は完全に「迷惑千万なヴィラン染みた客を、通りすがりのヒーローが成敗してお仕置きする」と言った風にしか見えなかったのだろう。

 

仮に、勝己と相対したのがコスチュームを着ていない“何時ものイナゴ怪人”だった場合、果たしてどうなっていただろうか?

経験則から考えれば、まず間違いなく勝己ではなくイナゴ怪人の方が退治され、周囲は勝己を「ヴィランを退治したヒーロー」として持て囃していただろう。

 

水場に浮かぶ勝己を飯田や切島が救助に向かっているのを横目に、見た目一つで色々な事ガラリと変わる人間界の不条理と真理を、俺は改めて思い知ってしまったのだった。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 この世界では雄英体育祭に優勝している上に、父親がコスチューム関連の研究者なので、『I・エキスポ』へ行く事は約束されていた怪人主人公。しかし、行く前から色々と想定外の事態が起こり過ぎて、既に精神的に参っているフシがある。
 今回は何時もの「強化服・弐式」ではなく、発目製のコスチュームの一つ「スパイダースーツ」を装着してI・アイランドに入国。取り敢えず、今の所はホームカミングしそうな見た目で一息つきながら、これから起こるインフィニティ・ウォーに備えて欲しい。

爆豪勝己
 劇場版では体育祭に優勝した事で『I・エキスポ』に招待されたが、この世界ではシンさんから招待状を譲られる形で切島と共に参加。「シンさんのお情けで来ている」と言う思いからストレス解消に勤しみ、デク君や轟の活躍でいつも以上にイライラしていた結果、レッドマンに変身したイナゴ怪人1号によってボコボコにされた。
 敗因は色々あるが、一番不味かったのは止めに入ったのが見た事も無いコスチュームを着ていたヤツだったので、「自分も知らないマイナーな三流ヒーローだろう」と舐めて掛かった事。しかし、悲しい事にレッドマンを相手にソレは自殺行為である事を、彼を含めたヒロアカ世界の住人の99%は知らない。

発目明
 劇場版が公開された事で出番が増えたマッドな少女。目的の為なら手段を選ばない性格は劇場版でも健在……と言うか、イナゴ怪人1号の協力(策略)によって原作より悪化している気がする。彼女に「目的の為なら手段を選ばない怪人」が協力してしまった事は、ある意味これから起こる事よりも厄介極まりないだろう。
 今回彼女が持ち込んだコスチュームは、本編で彼女が見た「強化服・一式」と「強化服・弐式」のデータを参考にして造っている為、「強化服」程では無いものの、かなりの高スペックを誇る。あくまで雄英の一学生に過ぎない彼女は『I・エキスポ』に参加できない為、兎に角自分の発明品のアピールに必死である。

イナゴ怪人1号/イナゴ怪人レッドマンフォーム
 シンさんの『I・エキスポ』への同伴者に発目を選び、持ち前の口のうまさと交渉術を駆使して暗躍。現地でも表向きは発目に協力する姿勢を見せるが、実際には何時も通りに腹黒い。一見するとシンさんの利益にならない様な事をしているが、彼は決して嘘をついてはいない。ただ、「勝利を約束された夏休み最高のメモリー」を作る前に、発目と言う脅威を排除しようと考えていただけである。
 対勝己戦ではレッドマンと化して襲いかかり、初手で相手の必殺技と武器を潰し、且つ大ダメージを与える事で戦術的勝利(?)を拾う。実際の所、かっちゃんとイナゴ怪人では肉体の耐久値に圧倒的な差がある為、真っ向勝負になればイナゴ怪人1号の方が負ける。

イナゴ怪人2号~スカイ
 この時点でスーパー1とゼクロスは居ないので、イナゴ怪人は合計8人。イナゴ怪人1号以外は留守番しているが、林間合宿で取蔭ちゃんを救出した時の様に、イナゴ怪人1号の「ローカスト・エスケープ」を使えば、日本からI・アイランドまで即座に駆けつける事が可能。どう考えても密入国だが、彼等は怪人なので人間の法には縛られない。正にMr.アンチェイン。



レッドスーツ
 誰でも手軽に『赤い通り魔』になれると噂の恐るべきコスチューム。装着者はイナゴ怪人1号。作中で登場しなかったが、レッドナイフの他にレッドアローを装備しているし、設定のみで登場しなかった各種光線技もしっかり使える。唯一使えないのは「分身」。尚、作中で二回披露したレッドチェックは、発目が設定した技ではない。

スパイダースーツ
 誰でも手軽に『地獄からの使者』や『親愛なる隣人』になれると噂の驚くべきスーツ。装着者はシンさん。今回の出番は轟とMCのお姉さんの救出だけだが、今回のメインはレッドマンなので仕方ない。次回は様々なコスチュームを着用し、怪人共がアベンジャーズの如き活躍を見せるだろう。

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