平和の使者   作:おゆ

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第一章 例えれば、春
第一話 帝国暦480年9月 平和な貴族


 

 

「季節は巡りて12の月、淑女が生まれて12の年、ああ、聖なる12の数は流りえたり。

 瞳はなおも映し出さん。出でたる白と深紅の12の宴を」

 

 

 あ、まぶしい。

 なんだかまぶしさを感じながらゆっくり目を開けた。

 

 わたしの前に人がいる。

 ん? でもこの人何言ってるの? 恰好も変だよ。

 袖の長いクリーム色のブレザー来て、襟元もフリフリ付けて。その上にヒラヒラの長いネクタイ? 結んでるんじゃなくて紫色の大きなボタンみたいな留め具をつけてる。

 髪はブロンドみたいな薄い色。でも髪型はおかっぱに近くて。

 いや人だけじゃなく部屋も見たことない。

 

 何でこんなとこにいるのか、まったく記憶がない。どういうことだろう。

 

 部屋は何がどうとも言えないが、とにかく豪華な雰囲気出してる。天井高くて少し黄色い光で輝いているシャンデリアが見える。カーテンが閉まってる。夜かな。

 宮殿? みたいな。宮殿見たことないけど。あ、お城には入ったことあるか。修学旅行か何かで。今は関係ない。

 わたしの目線もなぜか低い。目の前に居る人はそんなに大きな人ではないようだ。でも目線が低いから大きく見える。

 

「嘆く時あらば見よ。憂う時あらば聞け。人の移りし姿と声を」

 

 

 あ、わかった。これは夢なんだわ。

 うん、確かに一日終わってベッドに倒れた記憶がある。

 ナチュラル派っていうのか、化粧もしないで女子大に通ってるんだもの。疲れて帰ってきた日はそのままバタンよ。

 この夢なんだかリアル、なんだか本当っぽい。部屋が少し寒く感じる。

 体がきつい。着てるのがきついのか。

 うわ、何よこれ。白地に赤のアクセントを着けたフリッフリのドレス。

 こんなの結婚式場でしか見たことないよ。

 あ、わたしの手が小さい。全体も小さい。子供みたいだ。

 

「もう少し韻をきれいに踏んだ方がいいかなあ。でも今の詩は傑作だろう。アルフレット兄さんが作る詩はいつでも傑作だけれどね。まあ、それでも傑作中の傑作にするにはどうすればいいか考えてるんだよ」

 

 

 今のは詩?

 下手な演劇かと思ったわ。いちいち手の動きがおおげさなんだもの、この人。

 アルフレットと言う人なのね。自分のこと名前でいうのは珍しくない? でもおかげで名前がわかった。

 それにしても体が疲れてる。それに眠たい。夢の中でも眠いの? 眠りたいなあ。

 

「どうしたんだ、カロリーナ。こらこら、居間で寝るのかい?」

 

 その声を聞きながら意識をもう一度手放していく。

 

「ああ、もうこんな時間なのか。詩を作ってると時間が早く過ぎるなあ。仕方ない、運んであげようカロリーナ」

 

 

 

 目が覚めた。窓が明るい。

 次の日になったのか。私は寝る前と違う部屋にいて、ふわふわ過ぎるくらいなベッドに横たわっている。

 メイド服を着たおばさんみたいな人が起こしにきたらしい。

 

 貴族、だわこれ。

 わたしは誰? と聞くのも変だわね。そういや昨日の人にカロリーナって呼ばれてた気がする。

 メイド服を着たおばさんに着替えを手伝ってもらい、部屋から一緒に連れ出された。廊下にも赤紫のふかふかした絨毯が敷かれていた。とりあえず無言で歩くしかない。

 

「カロリーナ様はいつもおとなしくて良い子でいらっしゃいますのね」

 

 おばさんは親愛の情を感じさせるにっこり顔で言う。

 

「アルフレット様が、その、決してうるさいというわけではないのですけれど」

 

 いやいや昨日の人のこと、うるさいと思ってるでしょ。しかしそれはあくまで親愛の情を含んだものだった。

 

 

 そして食堂らしき部屋に入った。

 広さは学食くらいもあったが、ただし似ているのは広さだけ。

 壁には大小さまざまな絵画が掛けられ、その下には豪華な花束を受け止めている大きな花瓶いくつもあるが、どれも重厚で装飾の入った置台が支えている。

 部屋の真ん中には大きなテーブル、もちろん椅子もある。真っ白い大きなクロスが掛けられていたので食堂と感じたのだ。

 どれにも共通した特徴を一言で言えば、やたら曲線が多い造形である。

 

 本当に貴族だ。

 とにかくこういうとこにいる人間は。

 

 続けて食堂に入ってきた人が言ってきた。

 

「昨日は遅くさせて済まなかったカロリーナ。けれど言葉の海にゆられて眠りにつくことのなんと甘美なことか。詩はことばの溜め息なりて、聞く者の魂に安らぎを与えたまわん。アルフレット、言葉の使者なり」

 

 だんだんわかってきた!

 目の前の人物はやたらと詩をこねくりまわす、アルフレットなる人物。

 だったら一人しかいないではないか!

 

 ランズベルク伯アルフレットだ。

 これは、銀英伝の世界なのだ。

 わたしは昔から銀英伝が好きだった。今でも大好きだ。最近もう一度読み返したばかりである。

 本の中では生き生きとした人物像がそれぞれ彩られ、戦いも会話も息づかいも、まるで目で見てきたようだ。

 

 

 そうなのだろうか。本が窓なら、その奥はもう一つの別の世界。

 

 これは、たぶん転生なんだろう。

 しかし転生ってこんなもんだっけ? 普通、死にかけるかあるいは死んで魂が別の場所に行くんじゃないの?

 でもわたしは何もない日常でいきなりやってきた。こういうのもあるのか。

 

 どうするか。いや、どうすべきか。しかし結論は明らか、元の世界に戻るまで滞在するしかない。てかぶっちゃけ戻る方法もなにもわからないのだし、いつ戻れるかどうかも全然知らない。

 いや、それは後で考えた理屈で実際はワクワクしていたのが本当である。だって、あの銀英伝世界なのだ! どっぷりハマって、細部まで知っている。

 そのせいだろうか。もちろん心細いし、不安もあるのだが、少しでも早く原因を究明して元に戻りたいとまで考えなかった。特に今までの生活に不満はなく、逃げ出したいと思ってもいなかったのに。

 

 

 わかってること。

 わたしの名前はカロリーナ。アルフレットの妹という位置らしい。まだ体は子供だ。前の世界では19歳の女子大生、もう成長し切っていた頃だったのだけど。少し戻ったとは、少し嬉しい気もする。先に進むよりいい。

 そして大事なのは見かけだ。

 さっき着替えの時に鏡の前にいたんだから、ぼんやりしてないでよく見とけばよかった。

 今見える範囲で言うと肌はさすがに白い。一方で髪は茶色、いやそれより黒に近かった。下手な現代日本娘より黒いとは少しがっかり。白に近いブロンドだとよかった。

 

「兄上様、おはようございます。透き通るような光で気持ちのいい朝、今日は初めから天にも祝福されてるようですわ」

 

 わたしまで詩の趣味に毒されたのか、自分でも恥ずかしい挨拶を言ってしまった。元よりあまりものおじしないタイプだ。無駄にさばけてるともいう。

 

 あ、凍り付いてる。

 

 太ったおばさんメイドも、アルフレット兄さんも凍り付いて動かない。

 一瞬の後、同時に声を上げた。

 

「カロリーナお嬢様、なんと大人びたお言葉! どうしたわけでございましょう。でも少々仰々しいような気も」

「カロリーナ、やっと言葉を使うのが楽しくなってきたんだね! いやそれでこそアルフレットの妹。そう、今まで心に踊っていた言葉たちをそろそろ口から解き放ってごらん。来週はカロリーナの12歳の誕生舞踏会、この兄と詩を披露しよう。そうだ、それがいい」

 

 もう一つ情報が入ったが、思ったより幼い12歳なのか。どうりでまだ小さい体なわけだ。

 そして様子から察すると兄とは正反対に無口な子供だったみたいね。

 もっといろいろ探らなきゃ。

 

 それから一日かけての情報収集であらましのことはわかった。

 やっぱりカロリーナは無口で受動的で、おどおどした子供だったらしい。本当にわたしと全然違う。

 父母は既に亡くなっているとのことだった。宇宙船の事故で重傷を負い療養を続けた末のこととのことだ。

 以来、やや年の離れた現在21歳の兄アルフレットと二人で暮らしている。

 兄はやはりランズベルク伯爵家を継いでいる。

 伯爵というものがどんな程度の意味を持つのか、その標準がわからない。イメージする貴族というものをこの世界にもあてはめていいものだろうか。ただしこの星系を領地としてそれなりの財産もあるらしく、少なくともこの屋敷は大きい。

 この一日で執事、掃除や給仕のメイドたち、使用人を軽く10人以上を見ている。

 けれど使用人たちが口をそろえて言うには、兄アルフレットは物欲の異常に少ない人で、伯爵家として例外的に質素なものらしい。

 

 そしてアルフレット・フォン・ランズベルクの評判は意外にも上々だった。

 

 領地経営とか、統治とか、あまり本人も趣向しないし周りの誰もアルフレットに期待していない。だが逆にアルフレットは人に任せると余計な口を出したり足を引っ張ったりはしない。

 また贅沢や浪費をしない。

 もちろん詩を書くのにお金はかからないからだろう。

 それに何よりも暴力をふるわない。貴族の中には使用人を虫けらのように扱い、気に障ることがあると電磁ムチで「本人のための適切なしつけ」を繰り返すやからが少なくないらしいけど。

 更に言えばアルフレットは平民を差別せず、非常にフランクに接する。

 貴族としてはとんでもなく変わり者、それゆえに好意的に見られているのだ。

 

 要するに、忙しい時に限ってへぼな詩を聞かせてくる以外に害のない善良な人間なのである。

 そのせいかこのランズベルク伯爵領星系は銀河帝国首都星オーディンからだいぶイゼルローン寄りの辺境の地にありながらも、荒んだ空気はなく、人々はのどかであかるい生活を送っていた。

 

 

 さてこれからどうしよう。中身が入れ替わったのは全然バレないようだし、前のカロリーナの意識がどうなったのかは非常に気にかかるがどうしようもない。

 取り合えず素直に暮らそうと思う。そして詩のことは、わたしは一応大学では文学部にいたからには、兄に対応できなくもない。

 

 

 しかし事態が深刻すぎることに気が付いた!

 

 最大の問題は時期だ。

 今がいったいいつなのか。答えは帝国歴480年9月。

 

 何ということだろう。

 あと8年もしないうち銀河帝国は未曽有の内乱に陥る。

 世にいうリップシュタット戦役である。

 これで貴族社会は崩壊し、何もかもが変わる。

 兄アルフレットは余計なヒロイズムのため苦労を背負わされ、内戦に巻き込まれ非業の最期を遂げる。

 それが銀英伝の歴史だ! 既に分かっている。

 

 なんとかその未来を変え、激動を乗り切らなければならない。わたしにできるのか。

 

 銀河の支配権とかどうでもいい。目の前のささやかな平和を守るために。

 

 

 


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