平和の使者   作:おゆ

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第十三話483年 6月 友誼の結果

 

 

「元帥閣下、お見事ですわ。大型艦を割いた本隊でよく敵に気付かせないまま敵の攻撃を凌いでおられました」

「いいや、功というなら作戦を考えたカロリーナ嬢が勲一等だ。敵を欺瞞に嵌める心理戦は凄い。その後の別動隊の指揮もまた見事なものだ」

 

 二人は戦いの余韻に浸りながら言う。

 

「いつものオテンバ呼ばわりはないんですの?」

「今回は令嬢がオテンバで助かった。全く。大胆さも攻撃の狙い所も、タイミングも、どこをとっても見事という他ない。帝国軍の将帥でもこのようにできるか」

 

 周りにいる随行員たちは言葉もなく、下を見ているしかない。

 

「カロリーナ嬢、ただ一つ言うなら仮に欺瞞が破れた場合の備えが薄かったな。予備の置き方が今一つだ」

「うっ、その通りです。閣下も突入がもう少しでも遅かったら、敵艦隊の回頭を許してしまい乱戦になりましたわ」

「うっ、帝国元帥に何を申すか」

 

「カロリーナ嬢、才能だけで言えばそなたに一個艦隊も指揮させてみせたい。だがな、もう危ないことはせぬように。屋敷に閉じこもっておれ」

「それは嫌ですわ。閉じ込められたら地面に穴を掘ってでも逃げます」

「もう儂が言うても無駄な気がする。しかし、それでも言っておきたい。先代のランズベルク伯が亡くなったときはひどくがっかりした。その上、その娘まで死んだ知らせなど聞きたくはない。そのようなこと、耐えられぬ」

 

 ここで先代のランズベルク伯爵が亡くなった時のことをミュッケンベルガーは口にしたのだ。

 そしてその娘であるわたしに見せる親愛は本物だった。子のないミュッケンベルガーには我が娘のように思うのだろう。

 思わず、じん、とした。

 

「大丈夫です、閣下。わたしは死んだりしません。死んで兄の詩のネタにされてたまるもんですか。どんなことを書かれるやら」

 

 最後は敢えて笑いで締めくくった。湿っぽくしたくない。

 

 

 

 戦いの詳細はまたもや帝国のニュースになっていた。

 今度は規模が大きかっただけにより大きなニュースになるかと思いきや、そうでもない。

 何といっても帝国元帥、あのミュッケンベルガーが指揮していたのである。

 元帥が辺境の小艦隊を指揮、という意味では大変面白いニュースであったが、戦いの勝敗だけであれば勝っても別に不思議には思われなかったのである。

 

 だが見る目をもつ者には、傑出した指揮官が二人そろっていて初めて成り立つ作戦だったということがよくわかる。

 前回の戦いのニュースで嘆息したものは、より深く嘆息した。14歳の伯爵令嬢、カロリーナに対して。

 

「キルヒアイス、またあの伯爵令嬢だ。今度も劣勢から挽回とはな。面白い星の元にいるようだ」

「更に興味が湧きましたか、ラインハルト様」

「まあしかし、こんな戦いが続くかな。戦いは先ず数を揃え、戦略的要件をもってするものだろう。ただし令嬢もだが、ミュッケンベルガーも意外にやるものだ。堂々としてるだけの飾り人形だと思っていたが」

 

 

 

 

 わたしは今回の襲撃について、直ちに帝国政府に対し調査の要求をしている。

 当たり前だ。そして帝国政府としては言われなくても元帥のからんだ戦いなのであるから、むろん調査も真剣にならざるをえない。

 

 わたしもなあなあで済ませる気はない。それほど今回は用意周到で、命を狙いにきているものだ。

 敵艦の逃走方向だったのを理由にヒルデスハイム伯爵領地の立ち入り調査まで言い張ってみる。

 当然ながらヒルデスハイム伯は拒否した。

 下らぬ状況証拠だけで犯人呼ばわりとは、無礼に過ぎるではないか、と。

 帝国政府も説得を試みたが、はかばかしくなかった。帝国政府といえども確たる証拠がなければ強制力がないのだ。

 それが貴族私領というものなのである。領地は私物だ。そして貴族というものはルドルフ大帝の御代から続く帝国の秩序の根幹だ。現在の帝国政府は、ルドルフ大帝という不可侵の過去に対して無力であり、有力貴族においそれと命令はできない。そういう矛盾は今もなお続いている。

 

 

 

 だがしかし、話は意外な形で終結した。

 銀河帝国でも最有力の大貴族、リッテンハイム侯爵家息女にして皇孫でもあるサビーネが直接行政府にキーキー言ってきたのである!

 

 最初、職員はやんわり宥めるように対応したが、サビーネはかえってヒートアップした。

 

「妾の言うことが聞こえんのか! 汝らの耳は何のためについておる? 飾り物の耳なら妾が全員の耳を切り落としてもよいのじゃぞ? 刃物を持ってこさせるゆえ、それまでの間に耳が仕事を始めたものは妾の言うことに即刻従え」

 

 そんな無茶でも本当にやりかねない気性と、実行しても問題にならない権勢の両方を少女は持っているのである。

 

「お、お待ちくださいサビーネ様、先のようなことはおいそれと決められるようなことではございませぬ」「サビーネ様、リッテンハイム侯にはお話しされてるのでございましょうか」

 

「ふん、お父様に先に話せばどうなるかわからぬから真っすぐきたのに。もう一度だけ言う、はようせい! ランズベルク伯爵令嬢カロリーナの申す通り、ヒルデスハイム伯爵家の領地を探索せい! なに、逮捕しろというのではない。何も出なかったらそれでよいではないか」

 

 そしてサビーネは恐ろしいことまで言う。

 

「貴族私領だから探索できぬというか。皇位継承権とやらが妾にあるのでは、一言で逆賊に仕立ててもよいのだぞ。さすれば帝国全軍が立ち向かおう」

 

 無茶苦茶である!

 

 少女が父親であるリッテンハイム侯に相談しなかったのは当然であった。

 権勢を誇るリッテンハイム家にすれば、辺境のランズベルク伯爵家など惜しくも何ともない。何しろ一声掛ければ黙って従う貴族は他に何百となくあるのだ。

 それなのにランズベルク伯爵家にこだわり、わざわざ後の火種となるようなリスクを負う必要は全くないのだ。

 

 サビーネに対応する行政府としては苦慮する。

 普通に考えたら、リッテンハイム候がそんなことに首を突っ込まないようサビーネ嬢を諫めるはずであるし、それで終われば問題ないが……

 しかし、万が一リッテンハイム侯が娘可愛さのあまりそれを良しとしたら、どうであろうか。

 リッテンハイム家の言うことを不当に遅滞させたということで、文字通りの意味で首が飛ぶだろう。うかつには動けない。

 しかし、ほどなくして上層部より助けが入った。

 

「サビーネ・フォン・リッテンハイム嬢の口添えの件、良しとする。捜査にヒルデスハイム伯爵家領地をその範囲に含む。帝国政府の決定である」

 

 

 

 満足して行政府から出ていくサビーネが小さく見える。国務尚書執務室の窓辺に立ち、それを眺めていたリヒテンラーデが呟く。

 

「あの伯爵令嬢とサビーネ嬢の友諠は本物じゃわい。それが確かめられただけでも面白い見世物と言えよう。ヒルデスハイム伯もちっと欲をかき過ぎの御仁じゃからの。ここらで痛い思いをするのも致し方あるまいて」

 

 実は、その手には先の二回にわたる戦いに関してヒルデスハイム伯が関与している明白な証拠と報告書が握られている。

 

「それと、あやつがどう出るかの。それによって火の粉の大きさも変わってこよう。儂の手の平の上はまっこと踊りやすいじゃろうて」

 

 その証拠をどう使うか、持ち主の一存で決まる。

 これまで帝国内に何百となく生じた事件の暗部を掴んできたリヒテンラーデの目が鋭く光を放つ。

 

 

 

 

「サビーネ、何をしてくれたのだ! どこでもお前の話でもちきりだぞ! あの菓子の上手い伯爵令嬢をお前はそこまで…… 」

「お父様、勝手なことをしました。ですが、このことはなぜだか正しいことのように思えまする」

 

 サビーネに 責の真似事をしたが、リッテンハイム侯は口ほど怒ってなどいなかった。

 なにより可愛い娘なのである。この十倍、あるいは百倍大きい事件を起こしてもきっと赦すだろう。

 

「お前がそう言うならこの際ヒルデスハイム伯なぞどうでもよいのだが、変な逆恨みでもされたら困る。対処せねばならんな」

 

 この場合の「対処」とは、丸め込めたらそれでよし、そうでなければ即刻抹殺を意味していた。成り行きによって、社会的な意味になるか、言葉通りの意味になるかは別として。それだけの力がこのリッテンハイム家にはある。

 

 そして内心ではサビーネの行動はリッテンハイム侯をたいそう喜ばせていたのだ!

 今回の行動は、行政と法秩序に大貴族の横やりという否定的な声はあれど、12歳の娘ということで緩和されていた。

 それよりもあのリッテンハイム家の令嬢が下層貴族の友人のため行動を起こしたということが大きく評価されていたのである。

 それも執事を遣わすのではなく自分自身が足を運んで。

 

 サビーネ嬢は友情のために動く!

 

 サビーネ嬢と、ひいてはリッテンハイム家の好意的評価となった。

 それにしても、とリッテンハイムは思う。娘は変わった。この良い方向への変化はやはりランズベルクの令嬢のおかげなのだろうな。

 

 そう思ったのは実は以前からである。

 であればこそ、過去にブラウンシュバイク公の一人娘エリザベート嬢の誕生会パーティーの際にカロリーナ・フォン・ランズベルクを引き合わせたことさえある。

 エリザベートは政敵ブラウンシュバイク公の娘ではあってもリッテンハイムにとって姪に当たることは間違いない。

 エリザベートのためでもあるが、あわよくばカロリーナが仲立ちをしてサビーネと親交を深めればよいと思ったのである。

 結果は失敗であった。

 

 エリザベートとカロリーナは通り一遍の挨拶のあとは何も進展しなかった。エリザベートはもはや取り巻き令嬢にしか関心がないようなのだ。

 エリザベートの母、アマーリエ・フォン・ブラウンシュバイクはカロリーナに良い印象を持ったようだが、それでもリッテンハイム家とその一党は政敵、この思いから抜け出すことはなかった。それがエリザベートにもそれとなく伝わってしまったのだろうか。

 最近では、エリザベート嬢は癇癪を頻繁におこすようになり屋敷に閉じこもっているという。

 

 

 

 

 しばらくの後、帝国行政府からヒルデスハイム伯爵へ向けて通信が送られた。

 

「先のランズベルク伯爵領艦隊およびミュッケンベルガー元帥への襲撃事件の捜査のため、ヒルデスハイム伯爵は屋敷からの外出を禁ず。ヒルデスハイム私領軍艦艇の登録、及び航海記録、また宇宙港の出入記録を提出するよう。また主要艦の臨検を随時行う」

 

「ふん、その程度は予想の内だ。そんなものの言い逃れなどなんとでもなる。いざとなれば、あの方の後ろ盾もある」

 

 ヒルデスハイム伯爵は帝国政府の処分に対し不敵に笑った。

 その自信には根拠がある。

 私室の机の上には、つい一時間前に届いた通信文があった。とある貴族からのものである。

 ヒルデスハイム伯に対し政治的なことに加え、軍事的実力までの支援を確約するという書面であった。

 

 

 またしてもカロリーナ・フォン・ランズベルクの運命が変わる。

 後の世にバターナイフの戦いと呼ばれる戦いが間近に迫っていた。

 

 

 

 

 


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