平和の使者   作:おゆ

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第十五話483年 8月 決戦~デサイシブ・バトル               前編

 

 

 それは通常ではありえない反応である。

 ランズベルク家を軍事的実力で押し潰すとは……

 

 貴族同士の内紛、特に辺境貴族同士のいさかいは確かに珍しくない。

 帝国の政治が緩んでいるという意味ではない。

 貴族というものは、そういう戦いを華としてとらえる文化があり、おまけに名誉というものが絡んだ戦いは避けないのが通常なのだ。

 

 だがそれでも私領艦隊を全面的に使った正面戦闘をしたとなると、下手をしたら喧嘩両成敗で藪蛇に領地没収ということも考えられる。

 そのリスクを避けるため、貴族にはわざわざ代理決闘などが存在するのである。

 

 

 この場合、陰に事情がある。

 ヒルデスハイム伯に通信があった。

 さる国政について非常に重要な職にある方の密使という人物が言ってきた。

 一連の件、帝国行政府はヒルデスハイム伯の申し立ては言い訳にも値せず、と断じる。ランズベルク伯爵家への攻撃は貴族としての正々堂々としたものではなく卑怯であることが最も問題であり、貴族としての誇りを捨てた行為の報いを受けねばならぬ、とのことであった。

 

 ヒルデスハイム伯は帝国行政府の反応の意外な早さ、またその内容に驚いた。

 そして追い詰められていることを悟ったのだ。

 

「ほっほ、これでヒルデスハイム伯もコソコソ隠れていないで立ち上がらざるをえないじゃろうて。後ろ盾があると思えばこそ強気にもなる。後ろ盾も一緒に潰してしまうかの。ごみはまとめて燃やすがよいわ」

 

 帝国行政府の最も重要な部屋の主がつぶやいた。実はヒルデスハイム伯など最初から問題にしていない。あくまで狙いはヒルデスハイムの背後にいる者だったのだ。

 

 

 だがそれは、ランズベルクという弱小側にとってすれば死活問題である。

 予想と異なる事態の急変を知ったわたしは、慌ててランズベルク領への帰途についた。ある匿名の通信があったのだ。バレバレではあるが。

 

「すまんの。カロリーナ嬢。ヒルデスハイムが暴発しそうじゃ。艦隊を動かすつもりらしい。一刻も早く準備するのがよろしかろう」

 

 たぶんこの声の主からすれば、敗けても勝ってもわたしと兄さえ無事ならばそれでいいのだ。巨大権力によって後でいかようにも取り返しがつく、と。しかしそれではランズベルク家に関わる多くの人間に犠牲が出る。

 それは避けなければならない。

 

 ならば、勝つ。

 それしかない。

 悪意を持って迫るヒルデスハイム私領艦隊に勝つのだ。

 

 

 領地に帰り着くやいなや、直ちに必要な対処をしていく。

 ランズベルク領艦隊のほぼ全戦力を領内各所から発進させた。

 

 約450隻の陣容である。

 

 わたしはせっせと軍備増強に励んできたつもりだが、戦闘で足を引っ張るであろう老朽艦は随時外していったため艦数自体にはあまり変化がない。

 兄アルフレットは統治府に残す。

 伯爵家の二人が同じ場所にいるわけにいかない。たった二人の伯爵家なのだから。

 

 わたしはファーレンハイト、ルッツと連れ立って旗艦に乗り込んだ。

 さあ、他の大貴族の壮麗な艦隊には見劣りするかもしれないが、450隻の艦隊は美しく、頼もしかった。

 

「でも、なんで、なんで水色の艦が多いのよ!」

 

 理由はわかっているカロリーナだが、恥ずかしいのと腹が立つのと両方を感じていた。

 もちろん前の戦いにあやかって艦の定期塗り直しの際にわざわざ水色を指定する艦長が多かったのである。

 

 

 ランズベルク領星系内観測ブイから情報が届く!

 敵の艦隊らしきもの発見。星系内に侵入しつつあり!

 もちろん、わたしとランズベルク艦隊はそこへ向かった。

 

「お客さん、お話ししたらすぐ帰ってくれるかしら」

 

 その期待は裏切られた。

 お客さんは思ったよりもはるかにやる気充分であった。

 

「敵艦隊総数、およそ1100隻!」

 

 この報告はわたしも驚かせ、また各艦の艦長にも呻き声を上げさせた。

 

「!! なぜ、ヒルデスハイムにこんな大艦隊が………… 」

 

 敵は思わぬ大艦隊である。予想外だ。

 

 ヒルデスハイム伯爵家は武門の家柄ではない。

 それに、自給自足できる品目が多いという恵まれた条件にあったので交易は盛んではなく、そのため輸送艦の護衛の必要が薄い。

 ヒルデスハイム伯領地はランズベルク伯領地より人口は4倍も多かったが、所持している私領艦隊の規模はそんなに変わりはないはずであった。

 動員数は700隻からせいぜい800隻と考えていたのだ。

 

 実際のところ、確かに700隻ほどが動員された。しかし、ヒルデスハイム伯の後ろ盾になっている大貴族の援軍が400隻ほど合流したので大艦隊に膨れ上がっていたのだ。

 

「敵艦隊より通信文来ました!」

「そのまま読み上げてください」

 

 そして届いたヒルデスハイム側の前口上は、ひどく苛立たしいものだった。

 

「ランズベルク領艦隊に告ぐ。ランズベルク家は当ヒルデスハイム家に対しいわれなき誹謗中傷を繰り返した。先には帝国政府すら欺き事実無根の嫌疑を着せんと陰謀を企んだ。これ全て当家の領地及び富を狙ってのことであるのは明白である。長年誼を通じてきた家同士、忍耐を重ねてきたがもはや限度に達した。実力を持ってその身の程知らずの増長を正さん」

 

「返信はどうしますか。」

「よく言ってくれるわね。まんま自分のことじゃないのよ。向こうから挨拶してきたことだけは褒めてあげてもいいわ。返信は、そう、これだけ伝えて下さい。『長くは言わない。とっとと帰れ』と」

 

 わたしの横にいたファーレンハイトが笑った。

 数舜置いて、これを聞いていた艦長以下全員が笑った。これまで卑劣な襲撃を通してどちらの家に非があるのか、そんなことは考えるまでもない。

 

 

 通信が終わると、いきなりヒルデスハイム艦隊が撃ってきた。まだ遠く有効射程外なのに。

 

「景気づけに撃ち返して下さい。照準は特に定めなくて結構です。イエローゾーン近くまで接近し、そこで距離を守って」

 

 イエローゾーン寸前での撃ち合いを続けたが、この距離では敵味方ともほとんど損害はない。

 艦隊戦でイエローゾーンとは有効射程で、至近弾あるいは命中弾のあり得る距離のことだ。そしてレッドゾーンから艦のシールドを破れるような威力で到達するという意味なのである。

 

 

 ヒルデスハイム艦隊からいくつかの艦が突出してきた。

 それに柔軟に対処していたら、弱腰と見たのかそれに倣う艦が続出してきた。どうやらヒルデスハイム側は統制力が弱く、しかももう勝てたつもりのようだ。獲物をいたぶる競争でもしようとしているのか。

 

 

「今です!」

 

 わたしは短く命令を発する。

 ランズベルク艦隊の全員がこのタイミングを待っていた。

 

 そして誰もがヒルデスハイム艦隊の乱れに乗じて集中砲火を叩きつけ、少しでも撃ち減らして圧倒的なまでの艦艇数の不利を埋めにかかるのものと思っていた。数は敵の方が圧倒的に多いのだ。まともにやったらひとたまりもない。粘り強く敵のミスに乗じなければならない。

 

 しかしわたしの伝えた命令は、それとまるで違うものだったのだ。

 

「各小隊に分かれ、バラバラに退却に移るのです。そしてこの星系の小惑星帯の手前で再集結して下さい。ヒルデスハイム艦隊が追って来たら、再び分散して小惑星に隠れて下さい。ややこしいようですが」

 

 聞いているファーレンハイトとルッツは驚きの声を上げた。

 わたしは首をかしげて二人を見やり、にっこりすると何も言わずにまた視線を前に戻す。

 その二人の驚きは苦笑に転じた。

 

 この伯爵令嬢は敵の大軍を相手にして、並みの指揮をとるつもりがない!

 

 スクリーンに明滅する青白い輝きを頬に受ける。

 艦橋に立つ少女の横顔に白く光る輪郭が添えられる。

 幻想的に美しい。

 二人は柄にもないことを思った。

 この少女は本当に絵を描く。戦場という絵を。

 

 

 ヒルデスハイム艦隊の旗艦艦橋ではそのころ笑い声が上がっていた。

 

「ランズベルク艦隊は用兵上手という噂だったが、拍子抜けにも程がある」

「こちらの艦隊の連携が乱れたときにはヒヤリとしたが、その絶好機を見逃すとは。敵は素人同然ではないか。今まで生き延びてきたのは運が良かったのだな」

「あの無様な逃走を見ろ。こっちの艦隊規模に恐れをなしてパニックなのだろう。可哀想なくらいだ」

「まぐれで勝ってきた小娘など相手にもならん」

 

 ヒルデスハイム艦隊がとりあえず追走していくと、ランズベルク側が生意気にも再集結をはかるのが見えた。

 

「追い詰められ、戦うのを選んだということか。少しは根性があるようだ。」

 

 しかし、攻撃を開始するとレッドゾーンに入る手前で再び逃げ出してしまう。

 

「また逃げるとはな。無様にも程がある」

 

 

 しかしながら、ヒルデスハイム側もさすがに小惑星帯直前までさしかかると罠ではないかとの疑念がわく。

 何といってもここはランズベルク側からすれば勝手知ったる領地内なのである。何かあってもおかしくはなく、慎重に追う。

 

 だがランズベルク側は小惑星に隠れながら狙撃してくるどころか、追えば追うほど逃げ続け、ついには小惑星帯から全て逃げ散ったではないか。

 

「なんとやはり敵はど素人だ。数の不利を補う地形をみすみす捨てるとは。馬鹿ではないか。小惑星帯は単なる時間稼ぎだったようだ。こっちは小惑星から離れて様子を見る。再びかかってくるのならよし、そうでなければ領地惑星に進軍すると見せかけて嫌でもおびきだしてくれる」

 

 そんなヒルデスハイム艦隊の動きや意図は、カロリーナには手に取るようにわかっていた。

 小休止の間にカロリーナはファーレンハイト、ルッツに聞いた。

 

「ここまで見て、どうお思いになります?」

「どこから話せばよいのか、令嬢。先ず敵の艦隊は動きからして大きく二つの隊に分けられる。おそらく、大きい700隻の方が本来のヒルデスハイム艦隊だ。小さい400隻がそれとは違う貴族の艦隊だろう。巧妙に艦を偽装しているな。コンピュータの艦形照合でも出てこないくらいに。だからどこの貴族かはわからん。そんなことを令嬢は見たかったんだろう?」

 

 とりあえずファーレンハイトがそんな感想を述べる。

 次にルッツが補足する。

 

「小官もそう考えます。そしてヒルデスハイムの本隊の方が動きが鈍いですな。錬度の関係でしょう。そこまで分かれば、重点的に攻撃すべきなのは本隊のほうです。本隊が崩れる事態になれば応援の艦隊が踏みとどまる理由はありません。勝手に撤退すると推察します」

 

 安心した。わたしは嬉しくなった。この二人は信頼に足る能力を充分に持っている。更に一歩進んだことまで言ってくる。

 

「敵艦隊の練度は低い。指揮能力も大したことはない。応援貴族で艦の数は増えていても間隙が増えるだけだ。1+1は2にはならん。1にも0にもなる」

「小官もそう考えます。あとは、釣り上げるだけと心得ます」

 

 

 この戦い、負けるはずが、無い。

 

 

 

 


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