平和の使者   作:おゆ

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第十六話483年 8月 決戦~デサイシブ・バトル               後編

 

 

 ヒルデスハイム艦隊は余裕を持ち、ゆっくりと遊弋している。

 そして、こちらのランズベルク艦隊が三度目の集結をはかっているのを見てとると突如急進してきた。

 

「行け行け! こんどこそ逃がすな! 小娘には戦う勇気などない。蹴散らして勝つまでだ!」

 

 有効射程からはるか手前で撃ち合った後、またもやランズベルク艦隊は逃げ出した。

 行く先は再び小惑星帯である。

 

「またか! 腑抜けが! やつらは時間稼ぎをする気だ」

 

 しかしこれではらちがあかない。

 もちろん、ヒルデスハイム艦隊はランズベルク艦隊を無視し、領地惑星に向かうという策もある。

 しかし、艦隊決戦を回避されてその後領地惑星まで進軍してしまえたとしても、そこからは困ることになるのだ。下手に正々堂々の勝負を仕掛けた以上、惑星から物資の強奪などできない。せいぜいランズベルク側が腰抜けだと宣伝する以外に収穫がない。

 あるいは艦隊を二分して、一隊を小惑星帯に突入させランズベルク艦隊を追い出しにかかり、他方でそれを待ち構えるという挟み討ちも考えた。

 艦数で相手の二倍以上だからこそ取りうる策だ。

 しかし、ちょうど待ち構えたところにランズベルク艦隊を追い込めるかどうかはわからない。忌々しいことに小惑星がやはり邪魔である。

 

 

 結果としてどちらの策も採らない。直接追う方を選択した。

 

 それは、小惑星帯の中に艦隊がまとまって航行できる広さを持つ回廊のような通路を発見できたせいだ。二回目ともなればそういうものも分かってくる。ならば艦隊を分散させるよりは最短距離で小惑星帯内の敵を追う方が良いと判断した。

 

 ヒルデスハイム艦隊がその小惑星帯内の回廊に突入してから、何も攻撃されることはなかった。しかし半分以上過ぎたころ、ようやく小惑星に隠れながら狙撃してくる敵が現れた。

 

「小癪な。防御に優れた戦艦を並べ、撃ち返してやれ」

 

 遠距離からの小型艦艇の狙撃では、ほとんど有効な打撃になりはしない。

 しかし対処のため艦隊を動かす必要はある。防御の弱い艦を下がらせるくらいのことをしなくては被害が出てしまい。

 ヒルデスハイム艦隊の隊列はしだいに伸びて行く。もともと速度の速い艦、比較的遅い老朽艦が混在していたのだ。その濃淡がはっきりしてきた。

 

 頃合いだった。

 

「そろそろですわね。下ごしらえが終われば、料理はできたも同然ですわ。あとはお任せします」

 

 そしてわたしはシートに倒れ込んだ。顔が青い。

 

 

 思わぬ弱点があったのだ!

 作戦を考えた時には気が付かなかったが、小惑星帯にはもちろん避けられない微細な岩石も多い。

 対物理シールドに守られていれば小さなかけら程度なら危険はない。だがシールドを介してさえ伝わる衝撃がある。艦体に音が鈍く響き、振動もある。

 わたしはそれに参っていた。

 素早く全艦隊にファーレンハイトとルッツの両名が指揮権を持つと伝える。二人の軍監という立場は意見を述べる補佐役であり、本来指揮権を持っていないからには必要なことである。

 それを済ませるとシートに倒れて浅い呼吸をするだけだ。

 

 

 間もなく、戦況は一変する。

 突如ランズベルク艦隊から出た十五隻ほどの部隊が鮮やかな艦隊運動を見せる。

 それはやすやすとヒルデスハイム艦隊を切り裂き、損害を与えるやいなやそのままの速度で去っていった。

 

「小癪な! 苦し紛れの抵抗か!」

 

 そうは言うもののヒルデスハイム艦隊の混乱は簡単に収まらない。別方向からまたもや違うランズベルクの一部隊が高速で突入してきては打撃を与え、鮮やかに去る。

 三度、四度、それが次第に激しく繰り返されていくではないか。

 

「慌てずに反撃しろ! 弾幕を張って突入速度を落とし、囲んで叩き潰せ! どうせ敵は小勢なのだ。撃ち負けるはずはない!」

 

 だがヒルデスハイム側の反撃はうまくいかなかった。態勢をとるのに間に合わないポイントばかり突入されるのである。

 理由がある。

 ヒルデスハイム本来の艦隊と支援貴族の艦隊の間隙が狙われていたのだ。

 それはバターナイフがバターを切るようにやすやすと切り裂かれ、止めることができない。

 加速度的に損害が増えていった。

 

「こんなに分断されては一方的にやられるだけだ。いったん密集隊形をとれ。全速で小惑星帯から出るぞ! 立て直せばまだまだ負けるような戦力ではない!」

 

 そして小惑星帯から早く出るためには、前進して抜けた方が距離が短いはずだった。

 ところがヒルデスハイム艦隊のオペレーターが妙なことを報告する。

 

「変です! 進路方向の通路が先ほどの観測より狭くなっています!」

「何だと? どういうことだ? 早く確認しろ!」

「間違いありません! 小惑星が移動しています。この回廊が塞がれつつあります!」

「ならば、通れるか艦隊の進行速度と併せて計算しろ!」

 

 今やヒルデスハイム艦隊から見えている。ランズベルク艦隊がまとまって後方から攻勢をかけてきている。

 

「くそ、罠か! こちらが通る前に進路を塞がれてしまうのか。やむを得ん、反転して後方の敵を無理やり食い破るか…… 」

 

 ヒルデスハイム側はしばし逡巡するしかない。

 

「計算の結果、なんとか通過可能です!」

「よし、ならば予定通り前へ進んで抜けるぞ! 各艦最大戦速で前進!」

 

 

 だが、もうわずかで小惑星帯を抜けるというところで、四方からビームの束が降り注いできた。

 

「ここは敵のクロスファイヤーポイントか! 最初からそう設定していたとは、なんと悪辣な!」

 

 クロスファイヤーを浴びれば小型艦には甚大な被害が出る。大型艦でも一撃でフィールドに過負荷がかかり、第二撃、三撃には耐えられない。

 しかし小惑星帯の出口が見えるところまで来ているのである。いまさら逆方向へ折り返すのもできない。

 

 ヒルデスハイム艦隊は大きな損害を出してから苦渋の決断をした。それはあまりに遅すぎたのだ。

 艦隊を敢えてバラバラに分け、クロスファイヤーになっている通路以外を使って辛くも脱出した。敵の狙撃や、それにもまして小惑星に偽装して潜む機雷の恐怖に耐えながら。

 

 これで勝敗は決した。

 

 なんとか小惑星帯の外に逃げ出せた艦でまとまった。といってもヒルデスハイム艦隊に編成も何もない。やっと集合できただけの体たらくであった。

 そこへ整然と艦列を整えたランズベルク艦隊が迫ってきた。

 数の上ではヒルデスハイム側になお数段の優位があったが、もはや戦うことなど考えられない。

 

 ヒルデスハイム艦隊はランズベルク領星系から無様に逃走した。

 不思議なことにそれをランズベルク側は追撃しない。

 捕虜にするための降伏勧告もせず、逃げるに任せた。   

 

 やっと体調が回復して立ち上がれたわたしは、どうしてか問われると「今はあれでいいのです。考えがあります」とだけ答えた。

 

 

 

 そしてランズベルク艦隊はまたもやお祭り騒ぎの最中にある。

 

「ランズベルク万歳! またもや勝利! 我らは常勝、不敗、無敵!」「14歳の勝利! しかし、来年は15歳の勝利!」

 

 少女だからといって能力に疑問を持つものはもはやいない。

 むしろ、そんな少女を司令官に戴くことが誇らしいのだ。

 長いこと歓声が鳴りやむことはなかった。

 

 今回の勝利についてもカロリーナの策は尋常ならざる冴えを見せたからである。

 味方であるランズベルク艦隊の兵でさえ皆、空恐ろしさを禁じえなかった。

 

 最初にわざと好機を見逃してやることで敵の油断を誘ったこと。

 数の優位を生かせない小惑星帯に戦場を設定したこと。

 擬態でもって敵を誘い込んだこと。しかも、敵が錯覚するエサでもって。

 

 実は小惑星帯には回廊のような通路は、最初から存在していなかったのである。

 小惑星にわざわざ推進機関を取り付けて自動で回廊を作るように仕掛けておいたのだ。

 見せかけの回廊でヒルデスハイム艦隊を誘い込んで後、戦いの終盤で小惑星を再び動かしたというだけだ。

 

 

 ただし恐ろしいのはそういう戦法のことではない!

 

 最も恐ろしいことは、ヒルデスハイム側の心理を読み、とりうる選択肢を狭め、ついには思う通りに動かした。

 ヒルデスハイム艦隊はさっさと回廊通過を諦め、多少の犠牲を覚悟の上一目散に小惑星帯から脱出してもよかったのである。それが、なまじ艦隊行動のできる回廊の存在に目先を奪われてしまい、自分で自分の選択肢を狭めるよう仕向けられてしまう。結果として取り返しのつかないことになったとは。

 そこがすさまじい罠になった理由である。

 

「ファーレンハイト様、ルッツ様の両名が非の打ちどころのない突入攻撃を繰り返して一度たりとも失敗しませんでした。そのおかげでなしえました。ありがとうございます。」

 

 カロリーナはそう言って謙遜した。

 ファーレンハイトとルッツは少しも浮かれることなく返す。

「ま、あんな艦隊相手だったら、少しも自慢にならん」「すべてカロリーナ様の作戦通りで、小官らの功に帰するものではございません」

 

 それだけならよかった。

 ファーレンハイトもルッツも余計なことを付け足した。

 

「戦闘なんかより心配だったことがある。令嬢のシートに汚れが付かなかったかだ。今度は大丈夫だったのか? それとももう片付けたのか? ゲロならまだしも小便をチビった日には、目もあてられん。黄色の艦隊ってのはしゃれにならんぞ」

「ゲロをお吐き頂いても小便をお漏らしになって頂いても、どちらの汚れも片付ければよいだけにございます。両方いっぺんにやっても問題はありません。カロリーナ様の使うシートは、カバーを余分に用意させてありますれば。そして、漂白剤もしっかりと」

 

「どっちもしてねえ! うるっせんだよてめーら!」

 

 カロリーナがブチ切れた。

 

 

 だがしかし、実は艦隊戦で勝った後の方が正念場であった。

 その後わたしは形だけでも屋敷に謹慎することにした。今回の私戦に対する帝国政府の裁決を謹んで待つポーズを取ったためである。

 

 間を置かずして帝国政府からの通信が届く。どうなったか、帝国はどう裁定したか、緊張してそれを開く。その処分は絶対のもの、何人も逆らうことはできない。

 

「ランズベルク伯爵家、及びヒルデスハイム伯爵家に通達する。この度の私戦についてである。どちらも古くからの貴族家、その争いは真に遺憾なことではあれど、それに至る経緯について考慮の余地がある」

 

 次の言葉は何だ。ランズベルク側にとって良い物であればいいが…… そうでなければ目も当てられない。両成敗なら勇気を振り絞って戦った甲斐が何もなくなるではないか。

 

「今回私戦を仕掛けた側のヒルデスハイム伯爵には蟄居を命ず。ランズベルク伯爵家には特に命ずることはない。また、両家が速やかに和解することを勧告する。それについてはランズベルク家が主導すること。遵守を貴族の誇りにかけて誓った後、その和解内容を帝国政府に提出するべし。

    銀河帝国国務尚書 クラウス・フォン・リヒテンラーデ」

 

 言い方がややこしいが、要するに、ランズベルク側はヒルデスハイム側にほぼ好き放題条件を突き付けられるということだ。ヒルデスハイムはそれを呑まなくてはいけない。

 そしてそれが守られるか帝国政府が監視してくれるということである。

 国務尚書! いいことしてくれるわ。

 

 

 わたしは考えてあった要求を提示した。ちなみに兄はわたしを信頼し、大それた政治駆け引きは全て任せている。

 

「当ランズベルク家から和解条件を提示したい。ヒルデスハイム伯爵家はその私領艦隊の艦艇を警備上必要なものを残し、それ以外は全てランズベルク側に譲渡すること。修理部品、補給物資も同様である。加えて、ヒルデスハイム伯爵領地の半分をランズベルク側に譲渡すること。ただし、三年内に賠償金という形で金銭を支払えば、領地の譲渡はなかったものとする」

 

 ヒルデスハイム側はこの条件をそのまま飲んだ。

 和解条件の初めにある艦艇譲渡について、ヒルデスハイム伯爵にすれば負けた艦隊などに未練は無く、正直どうでもよいことだった。

 それより、一番大事な領地を失わずに済む!

 なぜなら賠償金として提示された金額は支払うのが無理なほどではない。

 

「金の問題で済みそうだな。こちらが逆の立場なら、とんでもない金額を提示して見せ、合法的に領地を分捕っていたところだ。戦いではともかく、やはり考えの甘い小娘だな」

 

 負けても最悪の事態とは程遠く、ヒルデスハイム伯は安堵する。

 所定の手順にのっとり、とどこおりなく両家は誓書を交わす。

 

 これでわたしはほくそえんだ!

 なぜならわずか四年後のリップシュタット戦役で貴族はどうなるかわからないのである!

 

 領地もへったくれもないではないか。

 今、領地などどうでもいい。それより実力としての艦隊が欲しい。それに艦隊を維持する資金も。

 可哀想なヒルデスハイム伯爵は貴族の価値観に固執し、先祖伝来の領地を守るため一生懸命金を出してくれるだろう。

 

 しかしランズベルク側にも誤算があった。

 受け取るヒルデスハイム艦艇の兵にはこのままランズベルクの艦隊に移籍して残ってもよし、去ってもよし、と布告した。

 すると意外なほど多くの兵が残ったのである。

 仮にも戦った相手へ吸収されることに心情的な反発があると見込んでいた。

 しかし兵としてはこれから生き残れそうな場所に行く方が切実な問題なのであり、それと今までの無能なくせに居丈高な上官に対して忠誠心などあろうはずもなかった。

 

 しかし、兵は無条件で受け入れても、先の戦いで醜態をさらした司令部は受け入れなかった。

 結果生じた高級士官の不足は人材収集の必要性を改めて迫った。

 当座の資金不足の解消だけならば、またもや累積してある家宝を密かに売却してあてることにする。 それを兄アルフレットだけには相談したが、兄は何も言わずに許可した。

 

 動かぬ家宝など何に使えるのだ。

 生きて動く少女、最近ますます才智輝く妹のためにこそ使うべきではないか。

 

 

 しかし、ほどなくして執事にバレた。

 

「カロリーナお嬢様! 乱心なされたのですか! ランズベルク家代々受け継がりし家宝ですぞ! その錫も宝剣もティアラも!」

「御免なさい、本当に御免なさい」

 

 と言いつつしっかり持って、一目散に逃げだした。どうせ執事を心から納得させられるはずがない。

 

 部屋から屋敷の廊下へすたこら駆け出すわたしと、たまたまファーレンハイトとルッツの二人がすれ違う。

 

「おや、お子様がお子様らしく走っていくのが見えますな」

 

 ファーレンハイトはからかい半分にそんな声をかけてくる。

 思わずわたしは足を止める。

 

「何? ケンカ売ってんの? 今ならケンカもまとめて大人買いしてあげるわよ!」

「これは失礼、伯爵令嬢。走っても胸の揺れる様子が見えませんもので、お子様と見誤りましたかな。ならば失礼いたしました」

「小官も確認できませんでしたが、見えなかっただけなのでしょう。揺れる様子がなかったとは断言いたしかねます。小官は射撃のスコープなら見誤ることはございませんが、この場合に限って見誤ったのでございましょう」

 

「何! またこの二人!」

 

 

 それが一連の「バターナイフの戦い」の締めくくりとなった。

 

 

 


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