平和の使者   作:おゆ

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第十七話483年 9月 高貴なる虜囚、アンネローゼ

 

 

 帝国政府へ正式に経緯報告をするためにオーディンに来ていたわたしは、その用事が済むとリッテンハイム家サビーネ嬢の元を訪れた。

 

 今回は一つの目的があったのだ。

 

「サビーネ様、今日はお誘いをするために参りましたわ。実はお菓子作りの達人がオーディンにいるんですの。今度、一緒に訪ねてみてはいかがでしょう」

「な、何と! カロリーナがそう申すからにはよほど美味いのじゃな? よい、早う行こう! 今日なのか明日なのか」

 

「…… そんな早くではありません、サビーネ様。先方も準備があるでしょうし」

「そうか。妾はいつでも良いぞ。ところで、そのものの名は何と?」

「それはまだ秘密でございます」

「よくわからんが、それでもよい。今回カロリーナが持ってきたサクラモチより美味いものが食えるかのう。楽しみじゃ!」

 

 食べ物にはまったく食いつきのいいサビーネだった。

 

 

 

 

 数日後、カロリーナとサビーネ、他に仲の良い貴族令嬢二人と連れだって出かけた。

 他の令嬢とはレムシャイド伯爵家の二人姉妹、ドルテ・フォン・レムシャイド、ミーネ・フォン・レムシャイドである。レムシャイド家は有能で無派閥、ランズベルク家と似た立ち位置で、しかも令嬢たちは年がわたしに近く、何より活発で気がいい。それで普段から仲良くしている。

 

 馬車に乗って行く。意外に長い距離を行ってから到着した。

 

「思ったより遠かったの。ここはどこじゃ? 皇帝陛下の後宮ではないのか?」

 

 

 

 そして四人を質素な屋敷の玄関を開けて出迎えたのは、顔立ちの整ったまだ若い夫人であった。

 連絡をつけていたわたしが代表して挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります、グリューネワルト伯爵夫人。カロリーナ・フォン・ランズベルクと申します。今回、わたしの無理な願いを聞き入れて下さって感謝の言葉もございません」

「そんなかしこまらないで下さい、ランズベルク伯爵令嬢。わたしのことはアンネローゼとお呼び下さい。感謝など、もし今日のお菓子がお口に合ったら、その後で構いません」

「ありがとうございます。アンネローゼ様。わたしのこともカロリーナとお呼び下さい」

 

 何と皇帝の寵姫、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人、あのラインハルトの姉である!

 ひとしきり他の令嬢の紹介が終わった後、アンネローゼ様自ら案内していく。

 

「今はちょうど花の多い季節、お庭にたくさん咲いています。今日は天気も良いですし、お菓子はそこに用意しておきましたわ。皆様、どうぞ」

 

 

 

 屋敷の中庭の花壇に色とりどりの花が咲いていた。

 中庭の真ん中の、柔らかい芝生になっているところにテーブルと椅子が用意されていた。大きな白いテーブルだ。

 そのテーブルの上には花に負けないほど様々な色と形をしたケーキが乗せられていた。

 

 驚くのはその量だ!

 山のように用意されている。

 

 わたしがこのお茶会の話を持ち掛けてから、どれほどアンネローゼが心待ちにして準備していたか、わかるようであった。

 

「うわーこれは! 馬が食うても満腹するかの。しかし妾をみくびるでないぞ。甘いものほど食えるのじゃ。妾の腹は特別製じゃからの。別腹ではなく、菓子の種類ごとに胃袋があるのじゃ。皆は知っておろうか」

 

 それって何の自慢ですかサビーネ様!? 知るわけないでしょう。

 しかし、わたしも今日くらい食べ過ぎてもいいわよね。昨日から食べるの減らしてたし。てかそれでは食べ放題の前に腹を減らしてる子供かわたしは!

 

 

「皆様、今日はフルーツケーキを主に作ってみました。食べられる分だけどうぞ」

「で、ではアンネローゼ様、遠慮なく頂きます」

 

「 ………… 」早くもロールケーキにかぶりつくサビーネだった。添えられた紅茶に目をくれず、勢いよく食べるのでクリームからメロンの小片がはみ出している。

 ドルテやミーネもそれを見て、チェリー、オレンジ、ブルーベリー、色々なケーキをガブガブ食べ始める。

 わたしも食べるが、それらが量だけではなく、味も想像以上に美味い!

 

「これは美味しいですわ、アンネローゼ様!」

「いえそんな…… それよりカロリーナさんのお菓子の評判もたいそう良いものだと聞いておりますのよ。なんでも、豆を甘く煮た珍しいジャムを使うそうですね。それを薄いラスクの中に入れたもの、モナカって言うんでしょうか。それとか固いゼリーにすると、ヨウカンと言うとか?」

 

「そうじゃ、それも美味いが近ごろ食べたあれもいい。カシワモチというのじゃが、なんと菓子に本物の木の葉が巻いてあるのじゃ。妾も驚いたわ」

 

 菓子の話題となるとサビーネ様も茶々を入れてくる。

 

「わたしのお菓子はカロリーナさんのようなユニークなものはなくて、古くからあるものしか作れないのですよ」

 

 いやいやいやいや、こっちの和菓子のほうがよほど年寄りくさいですから!

 

 

 

 

 美味しいものを食べると皆笑顔になる。

 楽しく談笑した。

 白いテーブルに白いテーブルクロスのことが話に出た。

 

「たまたま今日は全て白にしたんですわ。白の犬でしたら面白かったのに。尾も白い、でしょ?」

「?」「!?」「 ………… 」

 

 分かってきたことは、アンネローゼはもしかして天然の人? 物憂げな表情を周りが勝手に深読みして、誤解してるのかもしれない。

 だとすると、アンネローゼが政治的なことに入り込まないのも理解できる。

 皇帝も、顔立ちだけでなくてその邪心のなさに強く惹かれたのだろう。

 しかしこの天然ぶりは、皇帝ならともかく若いキルヒアイスなどがわかってるんだろうか?

 ラインハルトやキルヒアイスの年齢だからこそ、アンネローゼが大人っぽく見えてるだけなのでは? あの二人は思い込みが強くて、一度崇拝したらずっとそう見ていそうだ。

 

 

 

「またいらして下さいね! 待ってますわ。カロリーナさんのお菓子もぜひ持ってきて下さいな。さっきの話にあった、甘くないライスクッキー、センベイとか、それを海藻で巻いてあるノリオカキとか、何か」

「アンネローゼ様、こちらこそ、今日は期待以上に美味しいお菓子を本当にありがとうございました。喜んでまたお伺いいたします」

 

 お茶会は楽しく終わった。いつまでも手を振り、アンネローゼが名残惜しそうに見送ってくれている。

 後宮に入る前、市井にいたころは平民の娘に混ざって街の路地を駆けまわったり、泉の水しぶきをかけあって遊んでいたものである。アンネローゼは本当に久しぶりに年下の娘たちと屈託のない話をして、気分が晴れ渡った。

 

 

 

 この会合の噂は瞬く間に広がった。

 

 あの二人にも、アンネローゼと小さい貴族令嬢たちが手作りお菓子の会を持ったことが伝わっている。

 

「くっ! 姉上は何を考えている! 貴族どもの娘に会って何が面白いのだ!」

「アンネローゼ様はお寂しいのです。周りは企みを持って近づいてくる者ばかりで、無邪気な娘と触れ合うことなどないのですから」

「それにしても菓子をふるまうことはないだろう。姉上の菓子は、俺とキルヒアイスの二人だけのものだ」

「アンネローゼ様のお菓子は美味しいのですから、もったいないことでございます」

「いいやだめだキルヒアイス、姉上の菓子は二人だけで食うのだ。そのためにも俺はこの宇宙を手に入れる!」

 

 菓子を独占するために宇宙を征服するというのだ。

 もはや壮大というべきであろう。

 

 

「どこからが冗談でございますか、ラインハルト様」

「冗談? 冗談など1ミリも入っていないぞ、キルヒアイス」

 

 二人は久しぶりに大きく笑った。

 

 

 

 

 


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