オーディンでまた舞踏会が催されている。
それはヴェストパーレ男爵夫人の主催した秋の芸術コンテストの終了を祝っての舞踏会だった。
さしあたってわたしには理由などあまり関係ない。
それはわたしだけでなく、集まってくる貴族社会の面々にとっても理由はどうでもよい。舞踏会というものはいつだって貴族同士の駆け引きの場なのだ。
まあ面白くもなんともない会であったが、わたしとしては新作の食料品を売り込むチャンスを逃すわけにいかない。
だが、たまたま今回の舞踏会はリッテンハイム家に近しい令嬢の出席が少なかった。
そのため、いつにもまして周りの視線が冷たく感じる。
わたしは自分が知らない内に、貴族社会の中ではすっかりサビーネの派閥、サビーネ党の重鎮と思われていたようだ。だったら当然ながら他の派閥には目障りなんだろう。特にブラウンシュバイク公に連なる貴族にとって。
そうでなくとも艦隊戦での活躍など貴族令嬢の外交にとってなんの意味もない。
むしろ貴族らしからぬ振る舞いとしてひどいマイナス評価が積み重なっていくだけだ。
おまけにわたしは先日皇帝陛下の寵姫と接触を持った。
周囲の貴族には警戒心を持たれて当然だ。
こっそり「こげ茶色の小娘」という馬鹿にしたような代名詞で呼ばれることすらあるらしい。むろん、髪の色からきている。
わたしは初めに出席しているサビーネの元へ挨拶に行った。
「ふん、今日は出てくる菓子が不味いわ。目に入る貴族どもの顔まで不味く見えるってものじゃ。そこのやせ過ぎの狐は不味い菓子でももっと食わせればよいのじゃ。向こうの太り過ぎの狸には食わせぬがよいぞ」
さすがに大貴族リッテンハイム家の令嬢だ!
サビーネはどんな雰囲気の中でも堂々としたものである。13歳にして貫禄というものが備わっているではないか。
サビーネの毒舌を少しだけ聞いてあげたあと、傍で困った顔をしているドルテ・フォン・レムシャイドにその役割を押しつける。ドルテは17歳、カロリーナを介してサビーネとは仲良くしている。やはりサビーネのお守りができるだけあって大人びた令嬢である。
そういえば近頃、サビーネの元々の取り巻きになっていた意地悪な令嬢たちが逆にめっきりと数を減らしている。
それはサビーネのためにも良いことだろう。
さてわたしは貴族の中を泳ぎだすが、あまりいい顔をされない中、食料品が売り込めるものではない。もっと貴族社会にも知古を増やしたいのにとっかかりがない。
困ったなあ。
そこへ横からふいに声をかけられた。
それは令嬢だ。年はわたしと同じくらいに見えた。賢そうな額に意志の強い瞳をしている。
だが、一番目を引くのは髪、である。
ブロンドの髪を貴族令嬢としては大変に珍しくショートカットにしていた!
あえていえば適当に短く切ってしまったというのがぴったりである。
「お目にかかれて光栄です。ランズベルク伯爵令嬢。ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフと申します」
後にその智謀は一個艦隊に勝る、とまで言われることになる。
銀河帝国随一の才媛の声だった。
えええっ!! これは驚いた!
有名人には偶然に出会うか、あるいはカロリーナの方からアプローチするかだったのだ。
今は向こうからアプローチしてきたとは。
「こちらこそ丁寧な挨拶いたみいります。マリーンドルフ伯爵令嬢」
「以前からお話ししたいと願っておりました。ランズベルク領地の経営など、以前より興味深く思っていました。しかしそれだけではありません。先ごろは、その、戦いの上でも鮮やかな手腕を見せておいでで、正直興奮しました!」
ヒルダはきちんとした話し方、そして耳に心地よい音程だ。しかも滑舌が良かった。
話す内容もストレートで率直なものだ。
でもちょっと待ってよ、経済や軍事に興味を持つなんて若い貴族令嬢として変わってるわ。やっぱり。わたしが言うのもなんだけど。
ヒルダは最初からそういう方向に変人なのか。
だったら後でラインハルトにくっつくのは必然ともいえる。
「いえそんな、非才無学でありながら必死でがんばっているだけでございます。マリーンドルフ伯爵令嬢。こちらはただの辺境貴族の身ですから」
「いいえ、そうおっしゃらないで下さい。産業の振興を先頭に立って進めておいでなんて、とてもすごいことだと思いますわ。領地経営に興味がある貴族を探すだけでも難しいご時世ですのに」
貴族社会に対して批判的じゃない?
リップシュタット戦役でラインハルトについたのは家を守るためと理論武装したが、そもそも体制に批判的で、貴族社会をぶっ壊す側に味方したかっただけじゃないかな。
「今日はそういうお話もしたいのですけど、宇宙の戦いについてどんなものか教えて下されば、と思います。ランズベルク伯爵令嬢」
うう、ここで目の輝きが違う。
それが興味の中心か。
後には好戦的なラインハルトを諫め、たびたび政治的解決を進言することになるヒルデガルトだが、宇宙戦に興味がないわけじゃないのね。
たまたまラインハルトが戦いばかりしようとするから止める方にまわっただけなのか。
そこでわたしは先の戦いの要点を当事者目線で解説することになった。
「ありがとうございます。とっても面白いお話しが聞けて、今日は寝付けませんわ!」
最後、ヒルダの目は、貴族令嬢らしからぬ仲間を見つけたという喜びの色で満たされていた。
まあ、わたしとしてもヒルダのような颯爽とした令嬢と仲良くできて嬉しくないはずがない。
そのあとわたしは人々から離れてしばらく一人、舞踏会を漫然と眺めていた。
すると視界に何度も小さい少女が映ったではないか。
仕立てのいいドレスを着て、姿勢正しくトコトコ歩いている。
しかし舞踏会に知り合いがいないのだろう。
貴族令嬢の輪にまっすぐ進んでは、輪の中に入ることかなわず、違う輪に進んでは輪に加えてもらえていなかった。
気丈に顔を上げているが、実際のところ困り果てている。
わたしはとても可哀想に思ってしまう。わたしどころではなく、社交界に入れていないとは。
おそらく社交界デビューをしたばかりの子供なのだろう。
意を決して話しかけた。
「お嬢様、私はカロリーナ・フォン・ランズベルクと申します。舞踏会は初めてですか?」
「マルガレーテ・フォン・へルクスハイマーです。初めてです」
子供らしい声だがしっかりした返答だった。
躾がいいだけではなく、頭も良さそうだ。
しかし、この少女の親はヘルクスハイマー伯爵なのか。ヘルクスハイマー伯爵といえばリッテンハイム侯の有名な腰巾着である。そして何よりカロリーナにとっては先の後見人問題もあってあまりいい印象はないが、さしあたりこの少女には関係ないことだ。
心細さに耐えている少女をほっておくわけにいかなかった。
「お嬢様に面白いものを見せましょう」
テーブルにあったナプキンを使ってささっと折鶴を作った。
もちろんこの少女には初めて見るものである。魔法のように紙から鳥の形が飛び出したとは!
目を丸くした。
「折ってみたい?」
少女がうんうんとうなずく。
一番大きい紙ナプキンを2枚用意して、丁寧に一回折っては少女に真似させ、二人で少しづつ折り進めていく。
「これはね、オリヅルと言うのよ」
ほどなくして、大きくて不格好ではあるがまごうことなき折鶴ができあがった。
手にして喜ぶ少女を見て嬉しくなった。
しかしそれだけではなく、わたしはこの少女を任せられる貴族を目で探していた。
このまま最後までついてやってもよいのだが、それではこの少女が舞踏会に来た意味がない。何人か以上の令嬢と知り合わないと。
ようやく探し当てた。
主催者のヴェストパーレ男爵夫人がちょうど手が空いている。
この男爵夫人は公明正大、気の良さで知られている。特に面倒見の良さには定評があった。
少女と連れだってヴェストパーレ男爵夫人に挨拶をしに行く。
目で事情を訴えたら、察しのいい男爵夫人は全てわかってくれたようだ。少女を預かり、貴族令嬢の輪の中に一緒に加わってくれた。
小さく手を振って離れていくわたしを少女は振り返って見つめる。手にはまだ折鶴がある。
優しいお姉さん、名をカロリーナ・フォン・ランズベルクという。
少女はいつまでも憶えていることになった。