平和の使者   作:おゆ

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第二話 480年10月 舞踏会のお客様

 

 

 その日は朝からてんやわんやである。応援をあわせて大勢の人間が舞踏会の準備をしている。

 もちろん、わたしことカロリーナの誕生日のための舞踏会である。

 貴族社会で決して舞踏会など珍しくないはずなのに皆の慌てようは何なのだろう。

 

 事情は聞いてわかった。

 

 この辺りの星系で開く舞踏会としては十年に一度あるかないかの規模になるらしい。

 しかも、銀河帝国で最大の名門貴族、ブラウンシュバイク公爵家がわざわざ来賓する!

 

 ブラウンシュバイク公爵家は帝国発祥の時から存在する最も旧い貴族家、もちろん旧いだけではなく皇帝の娘アマーリエが嫁ぐほどの名門中の名門、一人娘の皇孫エリザベートを抱え、現在も帝国内で並ぶものなき権勢を誇っている。

 それだけでも驚くべきことなのに、更にリッテンハイム侯爵まで来賓するとのことだ。

 リッテンハイム侯爵家も負けず劣らず帝国の名門貴族だ。皇帝の娘クリスティーネが嫁ぎ、やはり一人娘である皇孫サビーネがいてブラウンシュバイク公爵家と激しくしのぎを削っている。

 

 これは、もうささいなミスも許されない。

 何かあれば弱小貴族ランズベルク伯爵家など首が飛ぶ。物理的な意味で。

 

 こうなったのは、何も偶然ではない。

 今回の舞踏会にランズベルク伯爵家と交友関係のある貴族が多く集まる。ここいらの辺境貴族の中に限定すれば、ランズベルク伯爵家はかなり名の知られた家なのだ。

 そして重要なことにランズベルク伯爵家はどこの貴族の派閥にも組していない。

 積極的に無派閥を宣言しているわけでなく、どの貴族にも仲良くしようという現当主の態度のため結果的にそうなった。

 そんな貴族が集まると聞きつけたブラウンシュバイク公が珍しくこんな辺境まで出席することに決めた。もちろん、現在では数少ない無派閥の貴族たちを自分の派閥に取り込むためなのは明らかである。すると、リッテンハイム侯も対抗上出てくることになる。

 

 集まってくる貴族社会の面々にとって舞踏会の理由や場所はどうでもよい。

 舞踏会は貴族にとって主戦場である。

 とにかく情報を得る、それが一つだ。当主の健康、能力を観察して手強そうなのか衰退に向かうのか、見当をつける。貴族にとって今後誰と重点的に交友するか、あるいは手を切るべきなのかは最重要の戦略なのである。

 

 次に出席者へ好印象を残す。

 大貴族であれば他の貴族を派閥に取り込み、小貴族なら逆に大貴族によしみをつなぐ。その親密さをアピールするかあるいは逆に隠す。

 敵対する貴族がいれば牽制する。またその傘下の貴族を引き抜く擬態をして動揺させる。

 

 要するに虚々実々の駆け引きが応酬される戦場である。

 

 

 さて、使用人たちが大騒ぎで準備する中、主催者のランズベルク伯は別のプレッシャーを感じていた。

 

「夜の闇もまた、高貴なる人々を囲む栄誉にひれふすなり。今宵の宴を永遠に忘れるあたわざるべし。う~ん、これがいいかな。いや、闇より帳がいいだろうか」

 

 ひたすら詩に悩んでいた! 誰しもの予想通りだ。

 

 さて、わたしはわたしで別のことを思う。

 ここ一ヶ月考えてやはり戦略的結論ははっきりしている。

 来るべきリップシュタット戦役をやり過ごすには、門閥貴族ときっぱり別れる。

 そしてなんとか勝ち組のラインハルト陣営に加わる。

 これは絶対だ。この先を知っている者としては。

 

 それとやはり領地を富ませ、ある程度の実力が欲しいところだ。

 できたら艦隊も欲しい。

 戦乱が及んだ時に防衛するためと、存在感を得るためである。

 聞いたらランズベルク領艦隊が今は四百隻あるそうなのだ。

 帝国正規軍で一個艦隊一万四千隻などという数字を見慣れてしまうといかにも小さい数字に見える。吹けば飛ぶようなものだ。

 けれども領地の人口を考えたらかなり多い部類らしかった。

 辺境の星系は開発が充分でないため農業が主だったり工業が主だったり、バランスが悪いところが多くて自給自足はできない。そのため必然的に交易量が多くなる。

 海賊が出やすくなるところなのだ。だから輸送船団護衛のための艦隊もそれなりの規模が必要になる。

 

 

 舞踏会はわたしにとっても情報収集のまたとない機会になる。ここで12歳の誕生日を迎えるとはラッキーなのかもしれない。

 素早く出席者の名簿を見たが、貴族の名前で知ってるものも少なからずあった。

 フレーゲル、コルプト、うわ、お知り合いになりたくない。レムシャイド、へルクスハイマー、ヒルデスハイム、このへんはどんな人物だったっけ。

 あ、出席者に意外な大物がいた。

 貴族出身の軍人も何人かは参加する。その中に帝国軍ミュッケンベルガ―元帥の名前もあった。

 

 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー、事実上帝国軍全軍を指揮するとんでもないお偉いさんではないの? 地位的には上にエーレンベルク軍務尚書がいるが、政治的な人物であり戦いの前線に出てくることはない。

 周りに聞いたらミュッケンベルガー家はなんでもランズベルク伯爵家に近い親類に当たるということだ。しかも、貴族の派閥に属していないアルフレットを非常に気に入ってるそうだ。これは何かに使えることだろうか。

 他に知ってる名前は無かった。貴族で軍人で、有能な人間はいるはずなんだけど……

 最初から欲張ってはダメね。実際会ったところで何をどう話したらいいのかもわからないし。

 

 

 舞踏会が間もなく始まる。

 

「フレーゲル男爵様、御到着~」 

 

 そういった到着を知らせる係りの人の声と共に屋敷には続々と人が入ってきた。

 緊張する。

 アルフレット兄さんは挨拶に忙しい。

 何しろ今日は何十家となく貴族が来るのだ。屋敷で普段使ってない一番大きい広間も一杯になりそうな雰囲気だ。

 わたしは部屋から扉を隔てた別部屋にいた。

 今夜の一応主役なので後で挨拶をするということだ。扉を少しだけ開いて、広間を覗き見る。

 所定の時間になり、アルフレットが兄さんが舞踏会の開会を宣言する。

 

「今宵は高貴な方々をお迎えし、この広間はさながら小さな銀河のごとくなり。人の声は星のさざ波……」

 

 うわあ、最初から詩になっちゃってるよ。これはもう長くなるよきっと。

 若い人もそうでない人も、殿方もご夫人も、いろんな顔はあっても表情は一つ。

(またこれが始まったか…… )

 

 執事のハインツが慌てて手でサインを送ってる。なんとか兄の始まりの言葉を止めさせたいんだろう。

 わたしが早めに広間に出て行った。

 

「 ……これが我が妹カロリーナ。12歳になり、12の年月はさながら魔法のごとく人を変え、」

「カロリーナ・フォン・ランズベルクと申します」

 

 どんな場合でも言葉をひねる兄を無理やり遮らざるを得ない。

 

「今宵はわたくしの12歳の誕生日を祝した舞踏会、このような高貴なる方々に集まっていただき望外の幸せに存じます。真に感謝に堪えません。今宵はどうか皆様にはささやかなる舞踏会を楽しんでいただければと思います。そして今後は、兄共々このランズベルク家をよしなにお取り扱い頂けますようお願い申し上げます」

 

 これでやっと舞踏会が始まった。

 最初は歓談という名の偵察タイムだ。忙しく、挨拶に来る人に対応しなくちゃいけない。

 人々はわたしに好意的だった。

 

「お誕生日、おめでとうございます。先ほどはあれを短かく止めて頂き、助かりました。もうどれだけ続くのかと」

 

 人の反応はだいたいこれに集約される。兄には聞かせられないなあ。おかげでわたしの株が上がっちゃった。

 

 

 ふと目つきの悪い人が来た。

 

「コルプト子爵と申します。12歳にして淑女の仲間入りですな」

 

 うわあ。てかなんでわたしの手を見てんの? ひょっとして手にキスする貴族のアレをしたいの?

 絶対無理だから。無理無理。

 

「では次に当家にも挨拶をさせて頂きますかな。12歳となって立派なものだ。だがまだまだ子供ですな。後で兄にも伝えてほしいものだ。やはりこのへルクスハイマー伯爵家がランズベルク家の後見になった方が万事うまくいくだろうに。さすれば兄も領地経営などせず毎日詩を作っていられるのだ」

 

 うむむ、ちょっと尊大な人が来てしまった。しかも言うことが怪しい。ちょっと考えてもランズベルク伯爵家をどうにかしたいことが分かる。本当に12歳ならば意味が分からないだろうが、あいにくこちらはもっと精神だけ年上なのだ。

 するとそこを遮る人が現れた。

 

「ヘルクスハイマー伯、卿のそれは後見、というものか。儂には何か別のものに聞こえるのだが、なぜだろう。納得のいく説明が欲しいところだ。」

「こ、これはブラウンシュバイク公! 公におかれましては、このような小さなお話し、お耳に入れるようなことでも」

 

 ヘルクスハイマー伯が慌てだす。やはり悪い企みがあったようで、素早く言い訳しながら去った。一方のブラウンシュバイク公も目的は達成、そしてわたしには何の興味もないらしく会話もしてこない。確かに12歳の令嬢など何の力もなく、取り込んでも意味は無い、ということだろう。

 

 

 とりあえずそこから離れ、少し観察した。

 最初は舞踏会というパーティーの華やかな雰囲気に圧倒された、特に豪奢なドレスと厚化粧と巻きに巻いた髪型のご夫人方に。これが貴族というものか。目が慣れてきたら少しゆとりが出てきた。

 兄アルフレットは、通りすがりに捉まった運の悪い人に自作の詩を聞かせている。

 声が聞こえない距離にいても、だいたい何言ってるかわかる。

 

 見ると舞踏会には子供もいる。とりわけ小さな子供が二人いた。

 どちらも10歳もいかないくらいだろうか。それぞれがもう少し年上の少女数人に取り囲まれて、二つの集団になっているようだ。

 母親らしき人は見当たらない。たぶん、外交に忙しくてどこかに離れていってしまったのだろう。

 その二人の子供は疲れてきたのか、同じように口をへの字にして機嫌が悪そうだ。

 

 そうだ、方法がある!

 実は兄アルフレットとわたしが詩の連作の朗読をする予定だった。それを、出席者に自作の菓子をふるまうのを引き換えにして断固拒否したのだった。

 実は菓子作りはわたしの趣味でもあり、そこそこの自信がある。

 もちろん屋敷の人たちには驚かれた。

 

「お嬢様がご自分で何かお作りなさるのですか!」

 

 そして菓子の内容を話すと余計に驚かれた。

 

「そのような菓子、見たこともございません。一体どこからお聞きになられたのでございましょう。ええ、食材も珍妙なものばかり、なんとか探せば用意できるとは思いますが」

 

 なんとか用意してくれて、作ることができたのだ。

 確かにここでは珍しいのかもしれない。わたしにとってはありふれたものなのだが。

 

 

 お菓子を持って小さな子の一人に近付いた。さっと人の輪が閉じて、周りの令嬢がきつい視線を投げてくる。わかった、この令嬢達は小さな子と仲のいい友達なんかじゃない。小さな子の取り巻きなのね。

 何よ、こっちは肉体12歳でも中身は19なんだからね。

 かまわず近付いた。

 

「疲れてる時には甘いものが一番でございます。こちらが、わたしの作りましたお菓子です。皆様でどうぞ」

「エリザベート様、なにやら不格好な菓子が出て参りましたが」「クリームも砂糖も見えない変な菓子」「奇妙なものを食べて、もしエリザベート様のお体にさわったら。」

 

 何なに? さんざんな言われよう。

 わかった。エリザベートとは、たぶんブラウンシュバイク公爵家のエリザベートね。

 その権力を狙って貴族の令嬢の取り巻きがくっついているのだ。

 

 まだあどけないエリザベートが言葉を発した。

 

「どんなものだろうか。家のパティシエはこのようなもの作ったことがない」

 

 やっと一つを手に取ってくれた。

 

「いけませんエリザベート様!」

 

 少しかじったが、周りの声にビクッとして手を下げた。

 

「変わった味だが、美味しいと思う……」

 

 しかし、残りをもう食べようとはせず盆に戻した。

 もちろん取り巻きはエリザベートの体の心配などしていない。たぶん彼女らはわたしがこのエリザベート嬢の気を引き、新たに取り巻きに加わることを警戒したのだろう。取り巻きが増えると自分の価値が薄まる、それはなんとも浅はかな根性だろう。エリザベートはそこまで気を回せず、またわたしや菓子に関心はなかった。

 

 菓子もいくつかの種類を作ったのだが、わたしもそれ以上勧める気をなくした。

 

「疲れましたら、別室に椅子と飲み物を用意してございます」

 

 一言は声を掛けて引き下がる。もはやその子も令嬢たちも関心がない無表情だ。

 

 

 別に政治的な意図はなく、心底美味しいお菓子を作ろうとしただけなのに。心が折れかけた。でもどうせ作ったんだし、もう一人の小さな子に持っていった。

 

「サビーネ様、田舎の菓子などお口に合いますまい」「自分で菓子を作るなど貴族も辺境に至ると落ちるものでございますね」

 

 反応は同じだ! 何またわたし、取り巻きに無茶苦茶言われてる?

 で、こちらの子は予想通りリッテンハイム侯の娘サビーネね。

 

「そちはカロリーナと申すものだな。よいよい、変わった味でもよい。退屈しておったところじゃ。舌も退屈しておる。驚かせてやるのもよかろう。どれから食おうかの」

 

 こっちの子はなんだか言葉は偉そうだが食いつきがいい。

 

「触った感じは良い。丸いワッフルで、けっこう重いの。中身が重いのか。こ、これは変わった味じゃ! 甘いがクリームとは全然違う。お、中身はなんと紫というか黒というか、ジャムというのもおかしいが、うむ美味いぞ!!」

「サビーネ様、そのジャムは豆を甘く煮たもので、オオバンヤキというお菓子でございます。」

「もう一つ食うてしもうたわ。そっちの白いのは何じゃ。早う食いたい」

 

 なんだろう。好奇心旺盛、というか食い意地がすごい。

 

「うむ、柔らかいがやはり重い。何じゃこの味は! なんと中にストロベリーが入っておる。丸ごとじゃ!」

「こちらのお菓子はダイフクというものにございます。お口に合いますでしょうか。さ、皆さまの分もありますのでどうぞ」

 

 しかし、取り巻きの令嬢たちは奇妙なものに手を出さない。

 サビーネが周りに言う。

 

「何じゃ、見てくれが珍妙なものじゃとて、味は良いぞ。初めてのものが食えぬとあらば、誰も母の乳を飲むことしかできぬではないか。何でも食うてみるものじゃ」

 

 意外にさばけた物の言い方をする。

 

「そのほう、妾の屋敷に来てパティシエどもにその菓子を教えてやるがよいぞ。妾が思うに、そちは他にもいっぱい菓子を知っていそうじゃ。よいかカロリーナ、必ず参れ」

 

 やたらと上から目線の俺様キャラだが、決して嫌な感じではない。

 この子とはウマが合う予感がした。

 

 

 後々、この出会いがわたしの運命どころか宇宙の運命を大きく変えることになる。

 

 

 

 


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