平和の使者   作:おゆ

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第二十話483年11月 会議室にて

 

 

 わたしにとても嬉しいことがあった。

 ドンピシャだ!

 

 思いがけず早めにファーレンハイトとルッツの代わりの軍監が来たのだ。

 これも異例なことで、普通は軍監が続けざまに特定の貴族私領艦隊に付けられることはない。

 

「ランズベルク伯のところは特別なのだ。当主が詩人以外の何者でもなく、代わってその妹令嬢がやむをえず宇宙に出て奮戦しなくてはいけない羽目になっている。可哀想だとは思わんのか! 早く楽にして令嬢にダンスなどの花嫁修業をさせてやるべきではないか」

 

 ミュッケンベルガー元帥が当事者であるカロリーナに入れ知恵されて、とってつけたような理由を棒読みで軍の周囲に話したせいである。けれども元帥の言葉であれば忖度もされようというものだ。

 

 そして、軍監の人選も思い通りであった!

 

 やってきたのは一つ昇進したばかりのメックリンガー少佐、ビューロー大尉、ベルゲングリューン大尉の三人である。

 説得に成功した三人だった。

 メックリンガーに対してひたすら手紙で口説きまくっている。わたしは詩人ではないが、必死になれば名文にもなろうというものである。

 決め手は「戦乱で美術品が失われるのには耐えられません。人類の遺産は何よりも大切です。わたしでしたら後世に残すべき美術品を大事にするというのに」

 芸術家提督にはこれがいい。

 ちなみに舞踏会で会っているワーレンとミュラーへの説得は見事に失敗した。決め手がないのはつらい。

 

 ビューローには、既に顔見知りとなっているだろうサビーネに頼んだ。なんとかうまく説得できたらいいと思ってのことだ。しかしあのサビーネに頼んだのがカロリーナの不覚であった。

 

「あいわかった。カロリーナ。妾がその者にランズベルクに行くよう口添えすればよいのじゃな?」

 

 実際サビーネが言ったことは……

 

「ビューローとやら、ランズベルクのところに行くのじゃ。妾にそう言われたことを終生名誉に思え。では早う行け!」

 

 え、本当にそんな風に言ったの? とカロリーナは後悔した。

 しかし意外にもビューローは軍監に応じてきたのだった。まさか、俺様キャラガールに弱いのか!

 更に嬉しいことにベルゲングリューンも一緒ではないか。

 実はこの二人は軍に入った時以来の仲で、最初から友人だったらしい。

 さっそく新しい軍監たちにランズベルク領艦隊の編成、艦種、装備、通信方法を覚えてもらった。

 

 その上でわたしはサプライズも伝えたのだった。

 

「我が艦隊に有能な艦隊指揮官が不足しているのは分かると思います。何かあれば艦隊指揮の方をお願いします。助言をするような第三者的立場ではなく、自分で判断して命令を下す指揮官として。もちろん、正しい戦いと思われた時だけで結構でございます。そしてお三方の能力は期待に充分応えるものであるとわたしは信じています」

 

 

 忙しいことに間もなくオーディンから通信が届く。

 さる帝国行政府の奥にいる方の使いと称する人物であったが、今更めんどくさい隠し方やめてくれない、とわたしは思った。

 一応は恭しく話を承る。

 

「こんな辺境貴族にわざわざのお心遣い感謝に堪えません」

「我が主人からの伝言を簡単に申し伝えさせて頂きます。伯爵令嬢。ヘルクスハイマー伯私領艦隊の一部がそちらの領地へ向かいました。一部とはいっても三千隻足らず、到着は八日後と思われます」

「! ええっ! なぜ、どうしてそんなことに」

「またわが主人から、ヘルクスハイマー伯の暴発が案外と早かった、効果的な対処がこの場合間に合わず、まことに済まんとのことでございます」

「はああ!!」

 

 なにそれどういうこと!

 ヘルクスハイマー伯はたぶんヒルデスハイム伯の後ろ盾だった。それは分かっている。

 だけどしかし、ケンカ売られてる?

 本当なの!? で、三千隻って何なの?

 

 たぶん嘘ではない。でも、帝国行政府は間に合わず、いや違うでしょ。おそらく政治的なことを考えてまたしても傍観の構えね。

 目の前が真っ暗になった。

 どうしてそんな大ごとになるわけ? こんな辺境貴族になんでみんなしゃかりきになるのよ?

 わたしは、火の粉を夢中で払ってるだけなのに! 

 

 即座に主だった面々を招集して会議を開いた。

 

「先ずは戦うのか、戦わないのか、です。中途半端に戦っても兵の命が失われ傷つく者が出るだけです。その家族にも悲しみを与えるだけで何も得るものがありません。敗れた場合、下手にこちらの強さをみせていたらかえって講和条件が良くなるどころか復讐心を煽るだけでしょう。ランズベルク家が失われるだけでなく下手をしたら領民にまで乱暴狼藉を働く可能性があります」

 

 先ずは事実を述べる。感情はともかく、事実に間違いない。

 

「悔しいですがランズベルク家が降伏し、艦隊は戦わず、きれいに掃き清めて出迎えれば領民に手出しまではしないでしょう」

 

 

 この言葉を聞いている側のファーレンハイトには意外なことだ。

 伯爵令嬢が客観的に物事を語っている態度に。

 帝国軍の愚将なら「来るというなら返り討ちにしてくれるわ!」と怒鳴って終わることが多い。

 むしろその方が普通、今まで嫌というほど見ている。

 ルッツも同じようなことを思った。

 兵士と領民のことをこれだけ考える貴族、こんな貴族を見るのは初めてだ。

 普段の伯爵令嬢の貴族らしからぬ振る舞いを見ていてもなお、想像もしていなかった。

 

 メックリンガー、ビューロー、ベルゲングリューンもさっそく軍監として会議に出席していたのだが、先の二人以上に驚いていた。

 自分が傷付かない範囲であれば人はなんとでも優しくなれる。

 しかし、自分の尻に火がついて追い詰められた状況で他人を思いやるのは並大抵ではない。

 簡単に降伏というが、この令嬢はその後自分がどういう境遇になるのかわかったものではないのに。

 驚きから思わず皆同時に声が出た。

 

「見直しました!」

 

 

 会議の席上、先ずはファーレンハイトが若干の異を唱えた。

 

「少し考えが甘いのではないかな。向こうが艦隊をもって仕掛けてきた以上、こちらが直ちに降伏しても領民に対し紳士的に振る舞うとはとうてい思えん。命の無駄が減るかもしれないが。それもほんの少しだけだ」

 

 ルッツが堅実な言葉を継ぎ足す。

 

「そうしますと、今この時点で降伏というのも見直すべきかと。勝機が充分あれば戦いに入ってもよく、勝機に乏しくなれば無理に戦い続けることはしない。その時点で降伏ということに修正されたら、と申し上げます」

 

 それに対して、わたしも答える。あくまで主戦論に釘をさすつもりで。

 

「ルッツ中佐、まとめるとそうですね。しかし繰り返しますが、情勢が悪くなれば犠牲の拡大する前に降伏、です。本隊司令部がそう決めたら直ちに全艦隊は従って下さい」

 

 正直に言えば悔しくないはずがない。そんなわけない。

 領地経営も、これまでの宇宙の戦いも、一体なんだったのだろう。力の前に屈服するのなら全て無駄だ。それどころか簒奪者を喜ばせるためだったのか。

 

 次にメックリンガーが冷静に話を先に進めた。

 

「全体方針は了解しました。しかし初めから敵艦隊は三千隻とはこちらの二倍にもなる艦隊です。策が成るも成らぬも、無策では最初から話になりません。こういう会議を開く以上、カロリーナ嬢にはお考えがあるのでしょう」

「確信はもちろんありません。わたしの作戦案はいたってシンプルなものです。そのため、ここにいる皆様が通常より見事な働きをしなければ成り立ちません。平凡な働きでは全軍が崩壊します。わたしは今、皆様にその力量を期待してよろしいですか?」

 

 全員が一様に考えた。

 ここには、妬みで足を引っ張る同僚はいない。

 無能で忠誠心の持ちようもない上官などいない。

 何も考えなくていい。

 

 敵を打ち破るだけだ。どんなに優勢な敵が相手でも。

 

 駆け引きも何もなく、戦うことだけを考えていればいいのは軍人として素晴らしいとこではないか。全員がまとまったのを感じた。

 

 代表するかのように、ファーレンハイトが薄氷色、アイス・ブルーの瞳を細めて言い放つ。

 

「戦って、勝つ。それだけの話だ。何も難しいことはない。では令嬢、話してはどうか」

 

 

 

 

 


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