平和の使者   作:おゆ

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第二十一話483年11月 迅きこと強きこと

 

 

 ランズベルク領星系外縁の策敵ブイから反応があった。

 敵、ヘルクスハイマー艦隊がいよいよこの星系至近に迫ってきた。

 

 一番近くの無人偵察艦をそれらへ向かわせる。通信が途絶えるまでの間に必要な情報を手に入れることができた。

 総数はやはり二千八百隻、話に間違いはない。

 艦隊を分散させることは無いようだった。ひとまず包囲しての持久戦ではなく、また別動隊を駆使しての本領惑星急襲の恐れはない。

 あくまでも短期艦隊決戦で小癪なランズベルク艦隊を叩き潰す気だ。

 

 こちらのランズベルク艦隊は、それらへルクスハイマー艦隊が星系に侵入する前に姿を現し、対峙しようとしている。

 ヘルクスハイマー側にとってかなり意外であった。相手はヒルデスハイム艦隊と戦った時、星系内の小惑星帯を利用する策を弄したのではなかったか。同じ手とは思わないまでも、てっきりそういう方法を取ると思っていたのに。わざわざ正面から来るとは。

 まあいい、隠れるものの無い場所の方が大軍には有利に決まってる。楽な戦いで終わりそうだ。敢えて難を言えば、弱い者いじめのようで後味が悪いことくらいだ。圧倒的戦力差ではないか。ランズベルク側は千三百隻、しかも艦の性能はそれほど良くないだろう。

 

 

 艦隊は接近し、戦いが始まるが、意外にもランズベルク艦隊が先手を取る。

 

 前衛である約六百隻が突進してくる。

 ヘルクスハイマー側は何も慌てることはなく、いったん防御の態勢を取る。これも余裕だ。

 するとランズベルク艦隊は最初の勢いはどこへやら、速度を殺して散発的な長距離砲戦に移った。無理な突入はしてこない。

 

 へルクスハイマー艦隊の司令官は言う。

 

「なるほど、ランズベルク側は数が少ないのを自覚して、こちらを翻弄したいのか。しかし動じなければ打つ手も無い。いや、恐怖心が甦ったのか。冷静に考えればこの戦いは自殺行為だからな」

 

 それならば数の力で圧迫するだけで潰走させられるだろう。整然と進撃し始めると、ランズベルク側は後退に移る。

 ただし潰走ではない。

 それどころか、突然ランズベルク艦隊の後衛から別動隊三百隻が分かれ、猛進してきた。

 

「何と破れかぶれの突撃か? 負けそうな側によくある決死隊という奴か。まあいい、その数なら問題にするようなものでもない」

 

 ヘルクスハイマー艦隊は三百隻の突入部隊に対する対応を整える。要するにコースを見極めて袋叩きにできる態勢だ。

 

 なおも三百隻は増速し続けるが、接触寸前、その部隊はなぜか突入せず進路をわずか変えて飛び去った。

 

「いったい何のマネだ? 臆したのか?」

 

 

 その時、ヘルクスハイマー旗艦のオペレーターが叫んだ。

 

「右舷に敵艦隊、総数約三百隻、たぶん向こうの後衛からまた出たものでしょう。突進してきます!」

「なるほど小賢しい。ランズベルクの本隊には千隻程もあてて動きを封じろ。残りは突入してくる敵部隊に迎撃態勢! 数で圧倒的に勝るのだ。焦る必要はない。敵の小細工を潰していけば勝手に自滅する」

「向こうの本隊が再び迫ってきています!」

「それは予想の内だ。唯一の勝機とみて、突入部隊の支援のつもりだろう。無理せず足止めだけしておけ」

 

 ヘルクスハイマー艦隊が戦意を高めて待ち受けると、またしてもそのランズベルク別動隊三百隻は接触直前で進路を変えた。

 やはり斜めに飛び去っっていく。

 

「ふん、突入をあきらめたか。追ってはならん。陽動からの兵力分散が敵の狙いかもしれん。追撃せず大軍を維持していれば、こちらが負けることはない。よし、さっきから目障りな本隊の方を潰すぞ!」

 

 ヘルクスハイマー艦隊は増速し、一気に攻勢を強めた。

 ランズベルク艦隊は支えきれず、更に後退を速める。戦線はよく維持して決定的なほころびは生じなかった。むしろ驚異的に粘り強かった。

 しかし艦数に数倍もの差がある以上、崩壊は時間の問題だろう。戦いは終局ヘルクスハイマー側が粉砕するだけだ。

 

 

 またもやへルクスハイマー旗艦のオペレータが叫んだ。

 

「今度は左舷に敵艦隊約三百隻、突進してきます!」

「しつこいものだ。今度は網をうまく張れ。見せかけの敵陽動部隊はどうせ進路を変えるが、その直後を狙え。側腹に最大火力を叩き付け、今度こそ宇宙の塵にしてやれ!」

 

「敵艦隊進路そのまま、なおも増速中!、突っ込んできます! 艦隊接触、回避できません!」

「な、何!?」

 

 当てが外れて戸惑う薄い弾幕をものともせず、その別動隊は接触からあっという間にヘルクスハイマーの大艦隊内部に飛び込んだ。そこからは文字通り一方的な狩りとなる。

 

「下手に敵部隊の前に立つな! 進路を予測して包囲、どうせ少数だ。横撃に徹して撃ち減らしていけ!」

 

 ヘルクスハイマー艦隊司令部の声は無意味だった。

 突入部隊は尋常ではない速度で食い破っていく。対応や予測はことごとく後手に回って追い付かない。

 とにかく攻撃の最中、速度をまったく緩めないのだ。

 流れるように次々と的確なポイントに攻撃を加えながら迷いなく進む。

 

 

「さ、最初の敵陽動部隊三百隻が戻ってきます!」

 

 いったん飛び去っていた最初の突入部隊は、宙に大きく弧を描いて、ヘルクスイマー艦隊に再び突入する進路をとっているではないか。

 

「やむをえん、いったん向こうの本隊は無視して防御を固めろ。機動力で後手に回った事実は認めよう。だがこんな奇策はまもなくぼろが出る。敵突入部隊の限界点は近いぞ。そうしたら反撃して袋叩きだ」

 

 

 しかし、距離をとろうとするとまた前方のランズベルク本隊が迫ってくる。

 そこに攻撃を仕掛けるとまた下がる。

 陣を再編して防御どころか隊形が伸びる一方になってしまう。先ほどのランズベルク本隊のうろたえたような動きではなく、明らかに巧妙だ。

 

 戻ってきた最初の部隊三百隻がやすやすとヘルクスハイマー艦隊への突入を果たして食い破る。

 すぐ次には二番目の部隊も大きく旋回して戻って来ていた。

 へルクスハイマー艦隊の編成は乱されてもう突入を防ぐ術がない。加速度的に損害が増えていく。

 

「慌てるな、何を慌てることがある! 損害は多くとも、残存艦だけで向こうよりも多いではないか。敵にはもう予備がない。ここを防御でしのげば逆転はたやすい!」

 

 その時、司令部の置かれた旗艦に強力なビームが直撃した。二撃、三撃。

 フィールドを破り大破に追い込んだ。

 重軽症者のみとなった司令部から、もう指示は届かない。

 

 

 効果的な防御をとれないと見るや、ランズベルク艦隊全体で半包囲態勢を作り上げた。

 見事に連携した艦隊運動である。数で劣っているのは確かだが態勢では圧倒的に有利になる。ヘルクスハイマー側が攻勢を一点に集中すれば簡単に食い破られるものだが、それができないと看破しているのだ。

 やがてヘルクスハイマー艦隊は我慢の限界を超えた。バラバラに崩れて逃走に移るしかない。

 

 

 またしてもランズベルク艦隊の完勝であった。

 

「カロリーナ万歳! 俺たちは強い! 俺たちは負けない! ランズベルクにいる限り!」

 

 各艦、歓声を上げた。

 元々の艦隊だけではない。

 驚いたことに旧ヒルデスハイム艦隊でも同様だった。

 有能な指揮官への信頼、その指揮官に率いられて戦う誇り、敵を圧倒する勝利、これでまとまらない筈がない。もうヒルデスハイムの自覚は消え去りランズベルクの勝利に歓声を上げる側だ。

 

 

 確かに今回の作戦はシンプルであった。

 

 ヘルクスハイマー艦隊の前方に伯爵令嬢の本隊が布陣、牽制を担当する。

 最初にルッツの指揮する突入部隊が近付き、そのまま飛び去る。

 次にメックリンガーの指揮する二度目の突入部隊も同様に近付いては飛び去る。実は、メックリンガーは艦隊指揮を執ることに躊躇していたのだが、強く推されている。

 

「やって下さいメックリンガー様。直衛艦隊を任せます。必ずできますわ。ビューロー様、ベルゲングリューン様も共に付けます」

 

 いよいよ最後にファーレンハイトの突入部隊が高速で突入しひっかきまわす。

 艦列を乱したところで全軍で攻勢に出て、あれよという間に包囲に持ち込み、止めを刺す。

 

 

 しかしこのやり方は各々卓越した能力がなければなしえなかった。

 ルッツ、メックリンガーらのダイナミックな艦隊運動とタイミングの取り方。

 そしてファーレンハイトである。

 攻撃指示の尋常ではない的確さと圧倒的な迅さ。結果として敵に対処を許さない程の苛烈な攻勢。

 だが本当に凄いのは本隊なのだ。ここが崩されていたらあっさり負けていたはずなのだから。柔軟な対応が光る。敵の攻勢への的確な対処、もう少し押せば崩壊、と敵に思わせる擬態の上手さ。逆撃に転じる冷静な判断。

 

 ひとしきり歓声が収まると、わたしは全艦に通信を開いた。

 

「よくやって下さいました、ランズベルク艦隊全ての皆様。ランズベルク領はいわれなき暴力から守られました。本当にありがとうございます。全員の力です。指揮をとってくれた、軍監のメックリンガー少佐、ビューロー大尉、ベルゲングリューン大尉もありがとうございます」

「いえ、カロリーナ様の策に乗っ取って動いただけのことにございます。」

 

「ルッツ中佐の部隊指揮、誠にお見事でした」

「いえ、カロリーナ様の対ショックシートにまた変な染みを付けないために努力したまででございます。」

「う…… そしてファーレンハイト中佐、突入部隊の攻勢は素晴らしいの一言です」

「令嬢が心配でまた吐かないよう、精一杯のことはやらせてもらった」

「うるせーっ! ゲロの話はもういいっつってんだよ! たった一回だろが! だいたいてめえら、見てもいねえくせに!」

 

 聞いてしまった将兵は唖然とした。

 つい今しがた圧倒的な敵艦隊と命を懸けた戦いをして、撃ち破ったばかりではないのか。

 それがまるで、ピクニックに遊びに来ているような軽口を叩いている。

 

 この戦いが「ピクニックの戦い」と名付けられたゆえんである。

 

 

 

 しかし、伯爵令嬢の反応が面白くてああ軽口を叩いたものの、ファーレンハイトは自分の功を誇る気にはとうていなれなかった。

 戦いに勝ったのは自分の能力のせいではない。

 

 第一に、突入攻勢は艦数よりも的確な機動力が重要なことを令嬢が初めから理解していたこと。

 

 第二に、その下準備をしてくれたこと。最初のルッツの突撃も、メックリンガーの突撃も、ファーレンハイトの突入を確実に成功させるための心理的駆け引きだ。しかも、突入に対する敵の対処とスピードをファーレンハイトに教えるための予行演習さえ兼ねている。もはや失敗するはずがない。

 

 第三に、そこまで自分の突入のため情報を与えて信頼してきたのだ。突入部隊が行動限界点に達するタイミングも考えて対処してくれるだろうという安心感。

 

 

 面白いじゃないか! カロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢。

 我が忠誠を捧げるにふさわしい主君なのか。

 

 それぞれの感想をよそにカロリーナは艦橋で呟いた。

 

「要するに、殿方をだます厚化粧と、空威張りと、やんちゃ坊やで勝ったのね」

 

 滑った。

 周りからは苦笑しか返ってこなかった。

 カロリーナ様は艦隊指揮はともかく、冗談は下手だったのか、と皆は思った。

 

 

 

 

 

 


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