平和の使者   作:おゆ

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第二十二話483年11月 守る誇り

 

 

 艦隊戦の敗けを知らせる報に、本領にいたへルクスハイマー伯は飛び上がらんほど驚いた。

 そんなはずはあるか!

 そこらの貴族私領艦隊よりはるかに強いヘルクスハイマー艦隊が。艦の性能も練度も申し分ない。第一、負けるはずのない数なのである。六千隻全軍ではないが、明らかにランズベルク艦隊を圧倒する二千八百隻を動員しているのに。

 

 しかし、悔しいが負けたのは事実であり、直ちに善後策を考えなくてはならない。

 

 これは私戦だ。それなら悪くすれば帝国政府から厳しい罰を食らう。これを好機と貴族どもが暗躍して領地を掠め取ろうとするかもしれない。

 それでなくともランズベルク側から和解という名の要求が来ることは避けられない。。

 先のヒルデスハイムの例からして、おそらく帝国政府は喧嘩両成敗とはせず、勝ったランズベルク側の要求を遵守させるように動くだろう。

 

 はたしてランズベルク側から書面が届いた。

 

「今回、両家で不幸な事故がありました。お互いの艦隊が相手を海賊と見誤り、誤解から思いもかけない戦闘になってしまいました。しかし、これは単なる事故です。事故は事故として遺恨を引きずってはなりません。そこで提案があります。二度とこういった行き違いの戦闘が起きぬよう、ランズベルク領艦隊の充実のため、ヘルクスハイマー領艦隊の半数を譲渡して頂きたいのですが。それと当面の艦隊運用資金を用意すること、艦艇の製造設備またその部材の製造工場の使用権を認めること、及び材料鉱石の採掘権も認めること、以上でいかがでしょうか。共に未来へ歩むために上記の約束をしようではありませんか」

 

 いけしゃあしゃあとふざけおって!

 なんだこの書面は。あからさまに要求を突き付けてきた。

 くそ、さしあたってのらりくらりと言い逃れる書面を送ろう。

 先延ばしにすれば事態も変わるかもしれず、先ずはリッテンハイム侯にお伺いを立ててみようか。これまでの忠勤はこういった時のためだ。

 

 

 すると確かに事態は変わった。

 思いがけず早く、しかしヘルクスハイマーのおそらく最も望まぬ形で。

 

 そんな私戦なんかよりもよほど問題になる事柄のために、ヘルクスハイマーは失脚した。あまつさえリッテンハイム侯から抹殺される運命になった。

 事態は急転直下、大貴族だったのに零落し、命からがら一家を連れて逃亡しなくてはいけない羽目になる。

 

 目指すは叛徒、いや自由惑星同盟の星系だ。

 

 途中でリッテンハイム侯の追手ではなく、何と帝国軍の艦艇に捕らえられてしまった。

 確実に自由惑星同盟に受け入れてもらうために手土産を用意していたのだが、それが仇となってしまうとは! ヘルクスハイマー領で生産するはずの兵器に関する機密、指向性ゼッフル粒子発生装置の試作品と技術データを持ち出したのが最大の運の尽きとなった。

 工業技術に詳しいヘルクスハイマーらしい落とし穴だった。

 帝国軍が秘密兵器情報の持ち逃げを座して見ているはずがない。

 おまけに不運が続く。捕らえられてからもなお無理な脱出を敢行し、哀れにもその際の事故で命を落とす。ヘルクスハイマー伯一行は10歳の娘マルガレーテ・フォン・ヘルクスハイマー1人を残して全て亡くなった。

 

 

 マルガレーテにとって父の仇は直接的には帝国軍であり、間接的にはリッテンハイム侯である。

 長年腰巾着と言われようと仕えてきた、それなのにリッテンハイム侯から殺されたようなものだ。

 

 ヘルクスハイマー伯は他の貴族同様領民には関心がなかったが、一方残してきた工業設備・科学技術に未練を持っていた。

 自分が亡命したことが判明すればさっそく大貴族どもが寄ってたかってすべてを奪いつくし、思うがままに利を貪るであろう。

 

 無念であった。

 それなら全て爆破した方がマシだ。

 

 あるいは、悔しいが、戦の上手いあのこげ茶色の小娘にでもくれてやった方がいい。その思いはマルガレーテも聞いている。へルクスハイマー伯が死に、1人マルガレーテが残された今、当然伯爵家当主はマルガレーテである。

 もちろん帝国からの亡命が成立した時点で裏切者として帝国籍を抹消されてしまう。

 それまで、ほんのわずかな間である。

 その短い時間に急ぎマルガレーテはランズベルクからの和解案に答える形をとった。

 ヘルクスハイマー領艦隊と工業設備、鉱山の採掘権のみならずその惑星ごとランズベルク側に譲渡する簡単な書面を残したのである。特に、ランズベルク側からの艦艇の半分という和解案に対し、遅延させたお詫びとして全ヘルクスハイマー艦艇を譲渡するとした。

 

 理由がある。

 マルガレーテにとって別の意味もあるのだ。

 ランズベルク家に財産を譲り渡すのは願うところだった。文書の最後に付け足す。

 

「この譲渡文書に上手になったオリヅルを添えて送ります。舞踏会で助けてくれた優しいお姉さんに。

       マルガレーテ・フォン・ヘルクスハイマー」

 

 

 

 そして領主不在、空白となったヘルクスハイマー領に迫ってきたのはリッテンハイム侯ではない。

 ブラウンシュバイク公である。

 リッテンハイム侯からすれば、今までのへルクスハイマー伯の功績忠勤を考えたら領地を奪うのは悪辣に過ぎる。その評判を恐れて動きが鈍かった。

 逆にそれを探知したブラウンシュバイク公が好機とばかりに出張ってきた。

 ブラウンシュバイク公にとってすればヘルクスハイマー伯は長年つばぜり合いを繰り広げてきたリッテンハイム侯の懐刀であり、幾度も謀略で煮え湯を飲まされてきた恨みがある以上、奪うのに遠慮するわけがない。

 

 これらの動きはもちろんランズベルク側の耳にも入る。

 それだけではなく、とんでもないニュースが飛び込んできた。

 ブラウンシュバイク公が言ったらしい。へルクスハイマー伯がいない今、領民が代わって懲罰を受けるべきであろう、と。ブラウンシュバイク公に長年敵対行為をしていた報いが必要だと。

 それはいったいどういうことか!

 領民にまで何の罪があるというのだ。

 

 

 わたしはこの事態を放っておけない。当事者の一端なのだから。

 酷いことが起きてしまう前、それを止めさせるべく行動に移そうとした。

 

 しかし、意外にも今回はファーレンハイトやルッツまで強い反対にあった。

 

「もうこうなった以上、ブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯なんかの大貴族の舞台だな。そんなとこに行ってどうなる。令嬢、こういう言い方はしたくないが、身の程というものがある。何もできはしない。しない方がいい」

「カロリーナ様、ここはファーレンハイト中佐の言う通りです。逆らう力がない以上、目を付けられないよう縮こまっているのが、この場合最善と申し上げます」

 

 それでも見過ごすわけにはいかず、考えた末国務尚書リヒテンラーデ侯に面会を求めた。

 あっさりと面会は拒絶されたが、その日のうちに手紙が届いた。

 

「策を巡らせてはいるが今回は間に合わぬ。ちょうど叛徒と大会戦が予定されていて、帝国軍は動かせぬ。伯爵令嬢、あい済まん」

 

 

 そのうちに、ブラウンシュバイク公に連なる縁者の一人であるコルプト子爵の私領艦隊が先遣隊としてヘルクスハイマー領星系の一つに到達した。

 そこで領民に対する「懲罰」が始まった。

 ただの略奪である。金銀宝石、美術品およそ金目のものは奪い尽された。

 更に食料までも奪った。

 さすがに領民も抵抗したが、これに対して発砲という名の直接的な懲罰が加えられた。たちまち混乱が広まり、多くの人が命さえ奪われ、倒れていく。貴族にとってそんなことはためらう必要はどこにもなく、ためらうことのない非道はどこまでも酷いことができる。

 

 もはやわたしはその報を聞くと、独断で艦隊を発進させた。

 

「みなさん、ごめんなさい。目の前の悲劇だけは止めなくてはならないのです。今、ヘルクスハイマー領に行けるのは私だけです。譲渡の履行という名分で行き、領民への危害を止めてみせます」

 

 

「仕方ありません。お供させて頂きます。カロリーナ様」

 

 振り返ると、艦橋にはルッツがいた。

 

「本当にあのブラウンシュバイク公の艦隊を相手にするなら、敵は何十倍になりますか」

 

 メックリンガーが苦笑している。ビューローもベルゲングリューンも。

 その横で、ファーレンハイトが無表情で立っている。

 

 内心の感動を必死で表に出ないようにしているのだった。

 俺は今、伯爵令嬢と共に正義の側に立つ。怯んでなどいられるか!

 

 ランズベルク艦隊のうち高速で動ける約千隻が飛び立った。

 

 やがてヘルクスハイマー領星系に到達すると、コルプト子爵の艦隊は慌てて戦利品を持って宇宙へ上がってきた。

 艦艇数約八百隻である。

 両者は対峙した、のではない。

 ランズベルク艦隊は全く足を止めることがなく、巡航する艦隊運動を続けながら、同時に最適な編成を作り出した。

 戦いはあっという間にランズベルク艦隊が理想的な半包囲態勢を作り上げてしまう。

 それは芸術的なまでの高度な艦隊運動だ。

 突きくずしては包み込み、たちまちコルプト艦隊に爆散する艦が相次ぐ。組織的な抵抗ができないまで追い込めば、後は包囲を縮めて最終局面にもっていく。コルプト艦隊は無様な逃走にかかった。ランズベルク側はもちろん追わない。

 戦いにおいて、もはや同数以下の艦隊ではこのランズベルク艦隊の相手にもならなかった。

 

 

 

 その戦いを見ている者たちがいる。

 観測できる距離に静かに止まっていた。

 ヘルクスハイマー艦隊である。

 大小かき集め、総数七千隻以上の艦隊になっていながら、何もできないでいた。

 領民に対する略奪を止めたい。

 領民を守ってこその艦隊ではないか。

 

 しかし、今や主君たるヘルクスハイマー伯は逃亡の末に死んだ。滅亡は免れない。

 

 今さら何をしても、おそらくでしゃばってきた他の貴族が全てを手に入れる運命は変えられないのだろう。ブラウンシュバイク公か、あるいはリッテンハイム侯が文字通り富も領民の命も手に入れるのである。

 それに逆らって何になる。

 何の意味もないどころか、かえって領民への懲罰がひどくなるだけだ。

 いずれこの艦隊も解体されてどこかへ吸収される。それが運命だ。動けない。動いても仕方がない。

 

 しかしたった今、目の前でブラウンシュバイク公の先遣隊であるコルプト子爵の艦隊が破られた。ランズベルク艦隊によって。

 その意図はわからないが、これで略奪が収まったのは確かなことだ。

 

 ランズベルク艦隊はそんなヘルクスハイマー艦隊を見やった。

 

「まあ、何もできないのは彼らにとって致し方ない。こっちを攻撃してブラウンシュバイク公の覚えをめでたくするほど恥知らずではないようだ、令嬢」

「ファーレンハイト、それはそうですが一応伝えておきましょう。通信回線開いてください。通信は『何してる、アホウ』と」

 

 

 ヘルクスハイマー艦隊は恥じ入った。

 ランズベルク艦隊は惑星に降り立って混乱を収拾すると、領民のため一生懸命救護活動を始めていた。

 しかしそれをも見ているだけで、動けない。いずれ来るしっぺ返しが怖い。

 

 

 そこへまたしても艦隊接近の報が届いた。

 今度は五百隻ほどの小艦隊、おそらく、ブラウンシュバイク公艦隊の威力偵察隊であろう。

 小艦隊とはいえどれっきとしたブラウンシュバイク公自身の艦隊である。さっきのコルプト子爵の艦隊などとは意味が違う。

 ランズベルク艦隊もとりあえず惑星より発進して宇宙に戻った。

 すると威力偵察隊はまるでランズベルク艦隊もヘルクスハイマー艦隊も無視して、惑星上空に進むと驚くべきことを始めた!

 

 惑星居住区に対する爆撃の準備である。

 

 これを見てはヘルクスハイマー艦隊もランズベルク艦隊も急行する。

 しかし爆撃は粛々と始められようとしている。

 

 これが貴族の無抵抗の平民に対する「懲罰」というものか! 半分も殺せば見せしめとなり、多少「コストはかかる」が簡便な統治の方法だ。核爆弾ではないのが幸いだが、このままでは下に見たくもない被害が広がってしまう。

 

 ランズベルク艦隊が威力偵察隊に攻撃を始めた。

 ここまで沈黙を守っていたヘルクスハイマー艦隊も、ついに発砲を始めた。

 命令はなく、各艦勝手に始めたのであるが、多数の艦が参加した。

 威力偵察隊は驚いたように爆撃を中途で止め、急速撤退した。まさかブラウンシュバイク公私領艦隊に盾突くものがいるとは思わなかったに違いない。

 

 ランズベルク艦隊とヘルクスハイマー艦隊との間に今回、通信はなかった。

 しかし、お互いに分かっている。

 

 

 一日置いてブラウンシュバイク公艦隊の前衛隊が星系に姿を現した。

 たったの前衛隊なのにそれでも五千隻を超える大艦隊である。これが銀河帝国でもトップに立つ大貴族というものの底知れぬ力の一端なのである。

 

 これに対し、ランズベルク艦隊が流れるように陣形を整え、柔軟防御の態勢をとっていく。

 先に攻撃してきたのはブラウンシュバイク公前衛艦隊であった。遠慮なく撃ち放つ。ランズベルク艦隊はそれを受け流すと、逆撃を加えた。恐ろしく的確なピンポイント攻撃で、みるみる艦列に穴をあける。

 しかし艦隊の規模に違いがありすぎた。

 艦列の穴あっさり塞ぐと、ブラウンシュバイク前衛艦隊は大きく包囲をしかけてきた。するとランズベルク艦隊は機動力を発揮する紡錘陣に素早く整え、包囲される前に食い破り、逆に出血を強いる。

 傍から見てもランズベルク艦隊は目を見張る艦隊運動だ。

 しかし今は互角以上に見えるが、いずれランズベルク艦隊は負け、早いうちに逃げなければ危ない。いかに芸術的なまでに見事な戦いをしようとも弾薬やエネルギーは無限ではないからだ。疲労も蓄積されるだろう。

 

 

 ついにヘルクスハイマー艦隊は決断した!

 

 一気に戦場になだれ込み、ブラウンシュバイク前衛艦隊を次々爆散させていった。

 艦の性能も、将兵の士気も、比べ物にならなかった。

 

「ヘルクスハイマーの誇り! 好きなようにさせてたまるか!」

「我らの艦隊があるのは何の為ぞ!」

「ヘルクスハイマー艦隊の強さを思い知れ!」

「ヘルクスハイマー万歳! 現当主、マルガレーテ様万歳!」

 

 

 それは領民を守る艦隊としての意地と誇りだ。

 伯爵令嬢が身をもってそれを教えてくれた。

 

 

  


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