わたしはアンネローゼ様とあれ以来、しばしばお茶会を楽しんでいる。
アンネローゼ様はさすがに菓子作りが上手で、わたしのレパートリーの多くをものにするほどだった。
そしていつも楽しく菓子を持ち寄ってはお茶会を開いているのだ。
しかし、この日のお茶会だけは緊張せざるを得ない。サビーネなど他の貴族令嬢はむろん呼んでいない。
今日は特別である
何しろ、お茶会にはラインハルトとキルヒアイスが来ることになっていた!
この世界にいれば、そんな日が来ることは避けられない気がした。むろん、いい意味ではない。貴族を窮地に陥れるラインハルト、そしてわたしはその帝国貴族なのだから。
しかもこの茶会、おそらく二人は最初から機嫌が悪いだろう。
アンネローゼ様と三人だけで気楽に話をしたいのに、わたしもそこにいるから。気遣いができ、感情を隠せるキルヒアイスならともかく、ラインハルトにそれは求められない。
「今日は三人かと思っていました。姉上」
やっぱりそうきたか。会っていきなりだ。
わかりやすい性格だけど、ちょっとダメじゃないかしら。肩苦しく、他の帝国貴族のように腹の探り合いをするよりはいいけれど。
「ラインハルト、こちらはランズベルク伯爵令嬢カロリーナさん。ラインハルトの好きなお菓子をたくさん教えて下さった人よ」
アンネローゼ様は言葉通りに思っている。わたしをお菓子の友として考えていたし、当然そのように紹介した。
「!」
ラインハルトとキルヒアイスは一瞬の間に緊張した。この二人にとってわたしの名は意味が違うらしい。少なくとも菓子とは関係ない。
「カロリーナ・フォン・ランズベルクと申します。いつもアンネローゼ様のお菓子の会に呼んでもらっています」
「これは、あのランズベルク伯爵令嬢とは…… 」
次の言葉が見つからないラインハルトに代わって、キルヒアイスが言葉を引き継ぐ。
「こちらがアンネローゼ様の弟君のラインハルト様、私がお二人に長く親しくさせて頂いていますジークフリード・キルヒアイスと申します」
うむむむ、気を抜くと魂を持っていかれそうになる。さすがにラインハルトも美形だが赤毛君はかっこいい。
そこにやっとラインハルトが言葉を出す。
「ランズベルク伯爵令嬢。宇宙での幾度に渡る戦い、見事だと思っておりました。特に寡兵にして相手を破る戦術は」
あら、ラインハルト、ほめてくれるの?
「貴族は戦いなど何も知らず、惰弱にして遊びほうけてるものだと思っていましたが、軍を動かせる方もいたのですね」
あれれ、やっぱりちょっと帝国貴族に対し毒気がある。そこがラインハルトらしいといえばらしい言葉だなあ。
「ラインハルト様、わたしは軍学など学んだことはありません。ただ、貴族のいざこざに巻き込まれて、夢中だっただけでございます」
「それだけであれほどの艦隊指揮ができるとも思えないのですが。その聡明な令嬢が今度は姉上に近付いているとは。しかも令嬢は、あのリッテンハイム侯に近いという噂も聞いたことがあるような」
うっ、ラインハルトの声のトーンが怖い。
キルヒアイスがどこで会話に入ろうか困っている。アンネローゼはもっと困っている。
「ラインハルト様は貴族がお嫌いですか?」
「嫌い!? 嫌いというのは何もしない奴が言うセリフだ! 思うだけなら誰でもできる! 俺は自分で変えてみせる。キルヒアイスと二人で、この手で変えてみせる!」
「ラインハルト、まずはお茶とお菓子にしましょう」
アンネローゼがヒートアップしたラインハルトを宥めにかかる。さすがに弟のことは分かっているのだろう。
「お茶は最初にこれにしましょう。カロリーナさんに持ってきて頂いたものなの。お茶の葉を取ってすぐに蒸して作ったものですって。緑のままのお茶できれいなのよ」
アンネローゼが皆にお茶を配る。
それらのティーカップに緑茶が入っている。若干の違和感はあるが、そういうものだ。
緑茶を皆で飲む。ラインハルトは紅茶よりもコーヒーが好きなくらいの人間なので、妙な顔をした。
キルヒアイスも表情に出さないがきっと変な味の飲み物に思っているのだろう。
アンネローゼが二人を見やってくすくす笑った。
「このお茶は、こういうお菓子にいいのよ。ラインハルトもこのお菓子好きでしょう」
ここでアンネローゼが山盛りのミタラシダンゴとゴマダンゴを持ってきた。
何でも作り過ぎるのだ、この人は。
てか、こういうお菓子が好きなのかラインハルトは。
緑茶とダンゴの相性について納得したのだろう、ラインハルトとキルヒアイスは食べ進んだ。
人間、食べると気が穏やかになる。
わたしはこのタイミングを見計らい、努めて柔らかい音色で語った。
「ラインハルト様、この機会にわたしの考えをお話しさせて下さい。誤解がないようにお話ししておきたいのです。私も貴族は嫌いです。貴族制度を壊し、特権を廃止して、みんなが豊かに楽しく暮らせる国になればいいと思っています。帝国は作り変えられるべきです。ですが、ラインハルト様。わたしは貴族がいちがいに滅びればいいとは思っていません。傲慢で贅沢で、平民を苦しめるだけの貴族もいますが、罪のない貴族も大勢いるのです。無知で無能であっても本人だけのせいではありますまい。その人らはそういう環境に居て、そう育てられただけなのです」
さあ一気に言ってやる。こうなれば後のことがどうなろうと最後まで言うだけだ。
「ラインハルト様、なんとか血を流さずに済む方法はないのでしょうか。それと更に誤解がないよう言っておきます。わたしは決してリッテンハイム侯の傘下についているのではありません。サビーネお嬢様が大切なお友達、なんです。サビーネ様は本当は人懐こくて頭のいい方です。それとアンネローゼ様の元に来ているのも、一緒にお菓子を作って食べたいためです。今ダンゴを食べたでしょ? アンネローゼ様はすぐに何でも上手にお作りになります」
今の言葉の意味を考えて黙っているラインハルトに代わって、またキルヒアイスが言葉を継ぐ。
「アンネローゼ様は最近変わったお菓子を出されますね。ええ、おいしくいただいております。ラインハルト様、それはいいことではありませんか」
よかった。キルヒアイスは敢えてはぐらかした言い方をしているが、少なくともわたしを敵とはみなしていない。
ラインハルトは考え過ぎなのよ。言葉通りの意味に考えてほしい。
「わかった。伯爵令嬢。だが家を掃除するためには、まずごみを片付けなくてはならん」
「それは承知しております。その必要性も。わたしはラインハルト様が人々を大事にして下さる限り、お味方でございます」
「特に力など当てにしてはいないが、邪魔しなければ排除することもない。」
最後まで素直じゃない。てか何を偉そうに!
こうなれば言ってやろうかしら。
「理想を実現するためには用兵を上手にこなして実力を皆に知らしめる必要がありますが、ラインハルト様はいかがなのでしょうか、つまり、艦隊指揮の方は。そのような経験はまだ無いように思ったのですが。わたしの方はといえば、ええ、幾度かやむにやまれず、こなした経験があるのですが」
この時のラインハルトはまだ少佐なのだ。小艦艇の艦長に過ぎないことは判明している。わたしなりの緊張させられたことへの意趣返しである。
「な、なに! 聞き捨てならん。艦隊戦の指揮を執って上手いか下手か、この俺に聞いているのか、伯爵令嬢!」
あ、きたよきたよきたよ。
「御経験がなければ分からないではありませんか。同数の艦隊でわたしとやってみれば一番わかると存じますが」
この時は冗談のつもりだった。それは本当だ。
アンネローゼが厨房から戻ってきた。エビセンベイを取りに行っていたのだ。
カロリーナとラインハルトが話が弾んでいると勘違いしたのか、アンネローゼはにこやかだった。
雰囲気を壊さないよう歓談を続け、楽しく会は終わった、ように見えた。
帰りの道すがら二人が話す。
「あの伯爵令嬢、馬鹿ではない。確かに他の令嬢とは違う」
「そうですね、ラインハルト様」
「言っていた。人を大事に、か。そうであれば味方だと」
「ラインハルト様、それならもちろん味方のはずです」
「理想論に過ぎぬ。しかし、あの令嬢の言うことも筋は通っている」
「ラインハルト様にはもうわかっておいででしょう」
さて、こっちはわたしの方だ。
ついに言ってやったぞ充実感に浸りながら帰りついた。
すると何? 皆の様子がおかしい。わたしの顔ばかり見ている。
「何、何みんなこっち見てんの? 用事があるなら言ってよ」
ルッツが言う。
「少し加工しているのではありませんか?」
メックリンガーが答える。
「いや、光の加減でしょう。もともと表情によってだいぶ変わるお方ですから。加工ではなく、撮り方が上手いのでしょうな。この写真家の」
「え、みんな何、何を言って」
わたしの言葉に答えず、ビューローまでも言う。
「15歳ではこれからお顔も変わられるでしょう」
ベルゲングリューンも。
「今の時点の、ということです。通過点にすぎませんな」
会話と手にした何かとを考えれば想像がついた。
すばやく何かを取り上げる。
「あ、これは、わたしの、何で?」
それは「カロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢写真集 日常から艦隊指揮まで」
げ!? 写真集!! うわぁ、なんだこれは!
「今、発刊されていて、かなりの人気だそうでございます。我が艦隊の将兵にもたいそう売れているとか。親しみを持つ意味で良いことではありませんか」
「良くないわルッツ! どんな撮ってんの!」
しかし自分で中を見る勇気はない。
「どんなって、別にゲ……」
そこでいらないことを言いかけたファーレンハイトを、口をルッツが、首をベルゲングリューンが、右からメックリンガーが、左からビューローが、みんなで寄ってたかって抑え込んでいた。
皆は敬愛する伯爵令嬢の容姿について、15歳らしいかわいい令嬢だと思っていた。
ひいき目に見てしまうからかもしれないが、そこいらの令嬢など足元にも及ばない。でも令嬢はなんだか自分では自信がないようだ。ことさら、関心がないように服や髪型にこだわらないのも不思議である。
「もう、なんだってのよ!」
あ、思い出した。
今の皆の会話は、あんまりにも失礼ではないか!