平和の使者   作:おゆ

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第二章 陽光の夏
第二十五話486年 3月 カロリーナの災難


 

 

 それから二年ばかりは何事もなく過ぎ去った。

 決してタイムリミットを忘れたわけではないが、それなりに楽しく日常を繰り返してきた。

 

 

 さて、今日はまたしても舞踏会の日。

 多少の因縁のあるブラウンシュバイク公爵邸で開かれる。ただし舞踏会の場にそういうものを持ち込まないのが貴族の暗黙のルールであるし、そもそもブラウンシュバイク側に因縁の認識すらないに違いない。

 

 憂鬱なのはそこではなく、舞踏会そのものが今もって苦手なのだ。

 

 でもほんと貴族ってこれ好きだわね。

 ひょっとして、日ごろの運動不足解消してない?

 まあいいわ。仕事のうちよ!

 

 それに一段と美しくなったサビーネにまた会える。

 サビーネはもう15歳になっているが、元の遺伝がとりあえず最上級に良い。その上皇孫としての強烈なオーラをまとっている。

 それで美しくないわけがない! 性格は変わらないが。

 同時にわたしももう肉体年齢17歳になってしまっている。ああ、少女といえる時期ももうじき終わってしまう。

 気分は永遠の少女なのだが。

 万年少年のオッサンか、と一人でツッコミを入れる。

 

 などと下らないとしか言いようのないことを考えていた。

 しかしそんな時間は長くない。何気なしに聞こえた出席者の来訪を告げる声に、思いっきり心拍が速くなった!

 

「ウィルヘルム・フォン・クロプシュトック侯爵、御来訪!」

 

 え、えええっ、何ですって? クロプシュトック、クロプシュトック?

 あ、これはまずい、まずい、まずい!

 確かこれで事件が起きるはずだ。油断していた!

 これは爆破テロだわ。必ずそうなる。

 

 

 誰に最初に言おうかしら。信頼できる人に言わなくては。

 会場の警備の人にケスラーでもフェルナーでもキスリングでもいないの?

 今回、わたしの警護としてビューローが一緒に来ているが外の車で待たせてある。

 この場にいて、知ってる人が他にいないのか。

 

 確かラインハルトは嫌々でもこの舞踏会に来るはずだわ。どこかしら。

 

 そのあとどうする? あんまり早く明らかにしたらクロプシュトック侯は爆弾をどうするかわからないわ。

 最悪、早めに爆破ってことも。

 サビーネなどをどうやって避難させたらいい? ケガさせるのは絶対ダメ。サビーネを危ない目にあわせたくない。

 いやわたしは何考えてるんだろう。自分でやるんじゃなくて誰かに言うのが先よ。

 ああ、そうだ抜けてた。

 証拠がない段階でどうやって爆弾のこと説明する?

 確か、黒のケースだったはず。

 

 でも、黒のケースなんて、いっぱいあるじゃないの!!

 

 

 視界にクロプシュトック侯が入った。みんなの訝しげな視線を浴びながら悠然とワインを飲んでいるではないか。

 

 わたしが急いで視線をきょろきょろさせると、やっとラインハルトの姿が見えた。

 その豪華な金髪という目立つ容姿が役に立つ時もあった。

 人目もはばからず、だーっと駆け寄ったつもりだ。しかし舞踏会用のドレスは裾が長くて移動を邪魔するように出来ている。

 息を切らしながらようやく近寄れた。

 

「ん? ランズベルク伯爵令嬢か。舞踏会とはたまには貴族らしいこともするのだな。踊る前の走り方は滑稽だが」

 

 いきなり憎たらしいことを言うが、今はそれに構っていられない。

 

「ラインハルト様、緊急の用件でございます!」

「伺おう」

 

 ラインハルトはさすがに軍籍にいる者だ。「緊急」の一言でさっと頭が切り替わったのだ。これ以上なく頼もしい、怜悧な味方になってくれたのが嬉しい。

 

「この舞踏会で爆弾テロがございます。先ほどクロプシュトック侯がそうつぶやいているのを聞きました」

「何だと! 直ぐに警備の一番上の者に話そう。令嬢、他には何か?」

「爆弾のケースを持ち込んだ、このようなことも確か」

 

 歩きながら説明する。

 ラインハルトが警備の者と話した。直ちに何人かが走り出す。

 

 しかし遅かった! つい数秒前にクロプシュトック侯は広間から姿を消していた。

 

「それでは早めにおいとまします。老人は疲れやすいものでしてな。ブラウンシュバイク公、いつまでも壮健でありますよう」

 

 あまりに皮肉な挨拶を残して。

 こちらとしてはクロプシュトック侯を押さえて吐かせることができなくなった以上、急いで避難と爆発物の処理にかかる。

 避難は簡単ではないだろう。

 処理といってもケース、黒いケース、椅子の下の、そんなのいくつもある。

 

 

 どうする。0.1秒でも早く避難を。しかし貴族はきょとんとして誰も動いていない。

 主催者のブラウンシュバイク公もテロとは半信半疑なので無理やり避難はさせていないようだった。

 貴族の内紛など日常茶飯事の銀河帝国といえど、舞踏会で貴族の大量無差別テロなど前代未聞、あり得る話ではない。

 まして警備係りは無理やりなことはできない。かえって無礼者呼ばわりされて混乱がひどくなってしまうだけだ。

 

 仕方ないわ!

 警備係りがクロプシュトック侯の置いていったケースを目撃情報により特定した。

 それをすぐ持って行って!

 いや、持って行くわよ!

 ケースを誰よりも早くつかんで走った。広間のいくつかある出入り口を見て、そのうちの一つ、最短で庭に面している出入り口へ。

 わたしの様子に反応したラインハルトが手伝うために追ってくる。あ、でもラインハルトにもしものことがあったら大変! 一瞬だけ振り返って叫んだ。

 

「来ないで! ラインハルト。未来のためにあなたは死んじゃダメなの、あなただけは!」

 

 それ以上言う暇はない。わたしは庭に出てすぐケースを思いっきり投げた。安全なくらい遠くに放り投げたつもりだった。

 しかし悲しいかなケースの重量とこの運動不足の細腕だ。十メートルも飛ばない。

 投げなおす気はなかった。

 すぐに後ろを向いて、広間に逃げ戻ろうとした。

 

 だが目に映るものを見て驚いた。

 その出入り口から令嬢たちが出てくるではないか!

 おそらく意味もわからず慌てているわたしを追ってきたのだろう。先頭がサビーネだということだけわかった。

 駆け寄ると出入り口に令嬢たちを押し戻し、また何人かを広間の内側の、出入り口から陰になるよう左右に突き飛ばした。

 最後にサビーネをすっぽりと抱きかかえ、ケースの方から背を向けた。

 

 その状態から一瞬置いた後だった。

 

 体全部を殴られたような衝撃があった。もちろん息がとまった。サビーネごと倒れる。その途中、もう一度背中に衝撃を受けた。熱いのか痛いのかもわからない。

 

 意識が薄くなる。

 あ、これで終わるのか。

 長かったような気もする。いや、短かったか。でも、今までのことは決して悪くなかったわ。

 倒れ切る直前、意識がぷつん、と途切れた。

 

 

 

 ゆっくり目を開けた。

 頭がぼやっとしている。眠くはないのに。

 

 白い天井が見える。

 どこだろう、ここは。

 記憶がよみがる。舞踏会で、爆弾投げたんだった。

 わたしはそこで死んだのか。

 それで長かった転生から帰ってきたのかな。艦隊戦やったり、ラインハルトと会ったりしたなあ。全ては夢のよう。いや、きっと夢だ。

 

「あ、気が付いたようだ! ドクターはいるか!」

 

 そんな声がするほうに目を向けた。

 帝国軍の軍服の背中が見えた。

 見る間に遠ざかってドアから消える。背が高かった。

 

 え?ファーレンハイトだ。

 ということは死んでない。わたしはまだこの世界にいる!

 

 ひっ、せ、背中から腰のあたりが痛い。

 あれ、右手が動かない。どうしたの? まさかでしょう、怪我で手がなくなったの?

 急に恐ろしくなった。

 左手で分厚い毛布をばあっとはねのけた。

 右手はあった! ただし、肩にしっかり包帯があった。そして腹と右の腰の一部にも包帯がある。ぐるぐる巻きだ。

 元々体は丈夫な方で、今まで病院のベッドも包帯も経験がない。病院とは、こういうものなのか。でも背中、痛いよ。

 

 人が何人かドアから入ってきた。

 誰かな。医者らしい白衣の人がいる。そしてルッツ、ファーレンハイト、みんな……

 

 あああっ! わたし、包帯以外なんにも着てない!

 全力で慌てた。

 毛布を戻そうとするが、毛布の端が意外に遠くに飛んでしまってつかめない。やむをえず毛布の途中をつかんで戻そうとした。

 しかしそれどころではなくなる。

 もう動作の途中で「痛たたたたたっ!!」ひいいい。動作より先に心が折れるくらい痛かった。

 

 何人かが笑い始めたではないか。失礼な! 本当に。

 客観的にみれば滑稽かもしれないけどさ。

 素っ裸。

 正確には一部包帯があるものの、それは乙女が他人に見せてはならないいくつかの重要な場所は一つも隠していない。

 毛布つかんで体をひねったまま、何か叫んで凍りついてる。

 正確に言えば痛みで足のひざから下だけパタパタ高速で動かしている。

 

「まだ動かしてはいけません。伯爵令嬢。骨には異常ありませんが、いくつか破片を摘出したばかりです。固定が難しい箇所もありますので、無理に動いてはいけません」

 

 ドクターがそう言いながらやっと毛布を戻してくれた。遅いわ!!

 

 そして何があったのか、皆の慰問の言葉を聞きながら、だいたいのことはわかった。

 爆発の最初の衝撃、その直後飛んできたレンガの破片がいくつも体に当たったらしい。

 打撲と鋭い先が当たったところは刺さってしまった。

 しかしどうやらそんなに重傷ではない。回復にもそうかからないということだ。

 ずいぶん長いこと寝ていたような気もするが、まだ次の日の昼間だった。

 

「頭を打たなかったのが不幸中の幸い、いや幸い中の不幸か」

「お食事はリンゴをすりおろしたものにしましょうか。いや、お熱があるわけではありませんでしたか」

「むしろたくさん食べたほうが。しかし、あっという間に包帯がきつくなったりしたら、それも…… 」

 

 みんな勝手なことを言っている。本当に心配しているの?

 だがそれも、わたしの意識が戻り、ほっとしたから言えることだろう。

 

 兄アルフレットが明日には駆けつけてくれるそうだ。

 ありがたい、でもありがたくない。

 半分以上詩になった長いセリフを聞かされるのはわかっている。

 そういうのは体調が万全の時くらいにしてほしい。入院してて言うのもなんだけど。

 

 

 サビーネが夕方に来るそうだ。

 なんて聞いていたら、もうサビーネが来た。

 早い。

 レムシャイド家のドルテを伴っている。

 

「おうカロリーナ、妾のかわりにケガをしたのじゃな。礼をいう。妾は大丈夫、みんなカロリーナのおかげじゃ」

「サビーネ様が無事で何よりです」

「そう言ってくれるか。しかし、爆弾を仕掛けおって、クロプシュトックめ。許せぬ。今回、カロリーナのおかげで死んだものはいない。それでもけが人は多くおる。カロリーナが一番ひどいケガじゃ。でも一つ間違えばどのくらい人が死んだかわからぬ。帝国政府から許しがでれば、直ちに成敗じゃ」

 

 え? もしかして、それは、クロプシュトック侯の領地惑星に貴族が進軍てことだよね。

 で、領民から略奪が起きる流れ。

 それはダメよ!! 止めなきゃ!

 

「ブラウンシュバイクなんぞは許しが出る前に進軍しそうじゃ。あやつのエリザベートも少しケガをしたそうだからな。大層怒っておるそうじゃ。妾も怒っておるが」

 

 ドルテ・フォン・レムシャイドも話し出す。

 

「私も、ありがとうございます。それと、ブラウンシュバイク公も言っておられたそうですよ。今回のことではランズベルク伯爵令嬢には礼を言わねばならん、と」

 

 どうやらあのとき出入り口の中に突き飛ばした令嬢の中にエリザベート嬢もいたようなのだ。

 窓ガラスが割れて、そのかけらで傷がついた。ひどいことはないらしい。

 しかし、もしカロリーナが突き飛ばしていなかったら、まともにレンガを食らってカロリーナ以上のケガをしたかもしれない。あるいは死んでいたかも。

 

 

 その日、病室に意外な見舞客も来た。

 夕方にラインハルトがキルヒアイスを連れてお見舞いにやってきた。大きな花束を持っている。

 あれ、花束持って来れるじゃないの。キルヒアイスの助言かな?

 

「伯爵令嬢、昨日は勇気を見せてもらった」

「ありがとうございます。大きなバラの花束も。よもや結婚の申し込みかと思いました」

「何を馬鹿なことを!」

 

 やっぱり分かりやすい性格だわ。

 

 

 

 

 


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