平和の使者   作:おゆ

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第二十六話486年 4月 天才とは

 

 

「ラインハルト様、令嬢がいつもと同じでよかったではありませんか」

 

 キルヒアイスもこのやり取りを見て、内心面白がっているのだ。笑みが隠しきれていない。

 それはさておき、ラインハルトは思っていた疑問を率直に聞く。

 

「ところで令嬢、あの時俺だけは死んではいけないと言った。確かにそう言ったはずだが、どういう意味だろうか」

「え~と、そうですね。そのまんまの意味です。ラインハルト様がいなければ帝国が変わりませんから。何にも増して大事なことだと思ったんです」

「令嬢は俺を買ってるんだな。帝国を変えられる人間になると。それはありがたく受け止めておこう」

「ところでラインハルト様、一つ心配がございます。クロプシュトック侯の領地に貴族が攻め寄せる情勢でございます。貴族が領地に行けばどんな略奪暴行があるか分からず、いやきっとあるでしょう。なんとかそれを止められないでしょうか」

 

 わたしは目下そこが心配なのだ。その顛末を知っている者としては。いや、ヘルクスハイマー領惑星で貴族たちが略奪し放題になった時にそれほど酷いことをするのか、目で見て知っている。同じようなことが繰り返されるはずだ。

 

「それを心配しているのか。クロプシュトックの領地領民のことを…… 令嬢、帝国軍が命令に乗っ取って出動すれば、そんなことはないだろうが、貴族どもが勝手に行ったのではそういうこともあるだろうな。しかも、勝手に行っておいて事後承諾になってもおそらく大貴族ならなんの咎めもないだろう。貴族というのは復讐が大義名分になる」

「復讐って、領民には何の関係もないじゃありませんの!」

 

「…… そうだ。しかももっと悪いことがある。自分が当事者でない貴族でも、派閥に属していれば復讐の助太刀とかいう名目でしゃしゃり出てくるものだからな」

「そんな、馬鹿な」

「残念だが、たぶん手続きを踏んでから動く帝国軍より、貴族の動きの方が早くなるだろう。策を取れるとすれば、下手な貴族が出張るまえに占領して守るか。あるいは大貴族の方に軍事顧問として抑えの効く人間を付けるか、しかし無理だろう」

「抑えの効く人間といっても…… 大貴族が言うことを聞くような人間なんてそうそういるわけが…… あ、ミュッケンベルガ―元帥がいれば抑えが効くと思いますわ!」

「令嬢、貴族の復讐に帝国元帥が立ち会うことなど、後の政治的な問題もある。とうてい非現実だろうな」

 

 わたしはここで決める。いや、決めざるを得ない。

 

「それでは仕方ありません。ランズベルク艦隊でわたしが参ります! 復讐という名分で言えば、わたしこそ行くべき一番の権利がありますので。そして貴族の横暴を止めます」

 

 ラインハルトもキルヒアイスも驚かざるを得ない。この伯爵令嬢はそこまでするのか、顔も知らぬ領民のために。この決意は何だ。

 

「伯爵令嬢、お体のこともあります。無理なさらずとも」「そうだ、令嬢はここで休んでいた方がいい」

 

「いいえ! わたしは死んだわけじゃありません。しかし、これから非もないのに死ぬ人間が出てくるのでは行かないわけにはまいりません。わたしは何としてもクロプシュトック領民を守ります」

「令嬢の言う、人を大事に、か」

「そうでございます。心配なら、ラインハルト様も軍事顧問として一緒に来て下さいませ」

 

 ラインハルトもキルヒアイスも黙り込む。様々なことを考え、しかし口に出さない。この場はそれで終わった。

 

 

 

 さて、わたしは傷が治りかけると、直ちにランズベルク艦隊に出動を命じた。

 当初、そんなに大規模にはしないつもりだった。まさかクロプシュトック侯の艦隊と戦うのではなく、貴族たちの領地占領を人道的になるよう横から監視するだけなのだから。

 しかし、結果として旧ヘルクスハイマー艦艇も含め、何と五千隻を超える大艦隊になった。

 なぜかみんな付いてきたというのが本当である。

 

 もちろん、当たり前だが最初はみんな反対した。

 

「伯爵令嬢自ら行く必要はありますまい!」

「ごゆっくりされたらよろしいのです。恒星間飛行は傷にさわりますので」

「ふん、子供じゃなくなったら今度は怪我人か。いつになったらお守りせずにいられるのか」

 

 ええい、うるさい!!

 

「最大の怪我人たるわたしが行かなければ、貴族が納得しないでしょう。直接言ってきかせなければ抑えられません」

 

 それは確かに言う通りで、貴族たちに物が言えるのは、直接の大義名分を持つものだけなのである。。

 さて、行くと決めたら、誰がついていくか。

 これもまた全員が手をあげた。誰もが令嬢と出陣したがった。結果として規模が大きくなってしまったのである。

 

 

 先の戦いの後でランズベルク艦隊は編成をし直している。

 ファーレンハイトには旧ヘルクスハイマー艦隊から千隻を割いて指揮をさせることにした。

 同様にルッツ、メックリンガーにも千隻の艦隊をそれぞれ任せた。

 ビューローとベルゲングリューンには約五百隻だ。

 その他にもヘルクスハイマー領にある艦艇工場から出る新造艦、あるいは近隣貴族から急ピッチで買い集めた艦艇を順次補充し、数を増やしていった。

 

 カロリーナの度を越えた艦隊造りは貴族の間で奇異の目で見られている。もはやランズベルク領に相応しい規模をはるか超え、維持経費は明らかに過大な赤字、仮にこの先傭兵業をするにしても博打のようなものではないか。

 

 人の噂では、伯爵令嬢が実際の艦隊戦で勝っているので、調子に乗っていると思われている。

 あるいはそれより好意的な意見であっても、伯爵令嬢は戦いで幾度も恐ろしい目に遭い、それがトラウマになって病的に戦力を欲している、可哀想な人間になってしまったと。

 いずれも実際とは違う。誰が頭の可哀想な令嬢なのよ!

 

 

 

 わたしが最小限立てるようになってから進発した。

 直後、帝国軍からこのランズベルク艦隊に今回だけの臨時軍事顧問二人が合流してきた!

 

 何と、ラインハルトとキルヒアイスである!!

 

 まさか本当になろうとは! 冗談で言ったのに。

 どうやらわたしがそう要求して、それを引き受けたいとラインハルトが軍に押し通したらしいのだ。自分も是非そうしたいと。

 どういう風の吹き回しだろう。ラインハルトはお礼のつもりなのか。

 

 わたしはそれ以上気が回らなかったが、お礼という意味だけではなかった。

 ラインハルトの方では伯爵令嬢の艦隊指揮に興味があった。それに叛徒と戦闘がない時は、退屈より何かをしていたい性分なのだ。

 

 しかしまあ、こんな事態があっていいものだろうか。あの英雄ラインハルトとわたしが一緒にいて、しかも味方同士であるなんて。あの日のお茶会以降の親交がこんな形にまでなった……

 あえて言えば、わたしの菓子作りが全ての遠因になったようなものだ。それがなければこんなことにはならなかったし、その趣味は凄い影響になったものだ。

 

 

 わたしは落ち着かない。なんか緊張してしまう。

 艦橋ではなく、療養と称して部屋で寝ていることが多かった。

 そこへラインハルトは空気も読まずに見舞いに来る。

 

「伯爵令嬢、傷はどうだろうか。……食の方はしっかり進んでるようだが」

 

 くっ、言葉だけ聞いたらまるでファーレンハイトの憎まれ口ではないか!

 しかしラインハルトはファーレンハイトとは違い、真面目に言っているのだが、しかしそれならいいとも言えない。

 

「お気遣いなきよう、ラインハルト様。クロプシュトック領に着くころにはしっかり治っております」

 

 はたと気づいた。

 あれ、ラインハルトはわたしのことを伯爵令嬢と呼んでる!

 確か、ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフのことはフロイライン、と呼んでいるのではなかったか。同じ伯爵令嬢なのに。微妙なところで気になる。

 実際はラインハルトにとって特に意味などなかったのだが。

 

 クロプシュトック領に入って間もなく、艦隊に驚くべき情報が入った。

 

 ブラウンシュバイク公の艦隊が負けている! 領地を守るクロプシュトック艦隊に。

 ブラウンシュバイク公とそれに連なる貴族は三万隻という大艦隊で攻め寄せているのだが、それに対してクロプシュトック側は八千隻足らずしかない。クロプシュトック侯は名門中の名門で領地も豊かで広大。しかしあまり武門という家ではなく、軍事には力を入れていなかったはずだ。

 それなのに三万隻の方が負けている。

 

 詳細を知るとさもありなんという感じだった。

 数に任せて襲い掛かったブラウンシュバイク公の連合に、クロプシュトック艦隊はいったん防御してから鋭い逆撃を仕掛けた。

 すると、まるで砂の城のように三万隻のブラウンシュバイク艦隊の側が崩れ去ってしまう。

 

 理由は明らかだった。

 ブラウンシュバイク公の本隊はともかく、くっついてきた他の貴族の艦隊は豊かな領地を思う存分荒らしまわるつもりで来ていた。つまり勝ち馬に乗りたいだけだ。

 戦って危ない目に会うためではない。

 戦うつもりがないのだから、たいていの艦は敵艦が迫ると近くの味方に放り投げて逃げ惑う始末であった。それにブラウンシュバイク公の本隊も巻き込まれてしまい、本隊としても邪魔だからといって排除もできず非常に戦いにくくなっている。逃げ散ったり壊滅したりしないのは単に数が多いからだけである。

 

 

 クロプシュトック艦隊の気持ちはよく分かる。

 

 領地惑星の住民を守るために必死なのだ。そして以前のヘルクスハイマー艦隊と違うのは、積極的に戦う気概があった。

 それにも理由があるのだろう。

 おそらく、主君であるクロプシュトック家がブラウンシュバイク公を憎く思っているのと感情を共通させている。

 ただし悲しいことがある。どこまで抵抗したとしても無意味に終わるのだ。ブラウンシュバイク公艦隊の数の暴力にいずれは屈するというだけではなく、帝国政府もクロプシュトック側に非があると断じ、いずれ懲罰を図るだろうから。

 

 わたしはクロプシュトック艦隊を破る気になった。

 ここでいち早くクロプシュトック艦隊を破れば、発言力が増して領民保護にも有利になるに違いない。

 

「ブラウンシュバイク公の艦隊に通信お願いします。クロプシュトック艦隊は、わがランズベルク艦隊が破ります。安んじてお任せあれ、と」

 

 そしてわたしは主だった面々を集めて会議を開いた。

 

「方針を考えました。包囲する策はこの際採りません。こちらは五千、向こうは八千、向こうの方が数が多いのだし、窮鼠猫を噛むということもあります。まとまって突進してこられたら包囲が破られてかえって混戦になります。そこで通常通り、先ずは正面決戦をとります。距離を保ちながら前進と後退を繰り返して向こうの前面部隊を引きずり出し、隊列を延ばせるだけ延ばします。それが上手くいけば高速で別動隊を進発させ、大きく迂回して側腹から横撃、崩したら全面攻勢に出て決着を付けるのです。オーソドックスといえばそうですが、駆け引きの巧さなら負けないでしょう」

 

 他に誰も発言せず、黙ってその作戦説明が終わるのを待つ。それはいつものランズベルク艦隊のやり方だ。

 

「しかしながら向こうがあくまで隊形を崩さず防御中心であった場合が困難です。ブラウンシュバイク公の艦隊と戦うことを予定し、艦の損耗を防ぐのを第一にするかもしれません。その場合は順次艦の交代を図りながら、適切な距離を保って間断ない攻撃を繰り返します。向こうを物心両面から疲弊させるためです。回復力のないと知っている向こうは消耗戦で宇宙の塵になることを選ぶはずがありません。ならばいずれかの時点で逃亡するか自滅するかと思います。ここまでわたしが話しましたが、意見はありませんか」

 

 

 ラインハルトは余りの意外さに驚くほかない!

 

 てっきり伯爵令嬢は皆の意見を聞いた上で一番いい意見を採る調整型の指揮官だと思っていたからだ。あくまで周りにアイデア豊富な者がいて、それを上手に取り入れているものだと。

 しかし実際は全く違う。

 今の令嬢の姿は、自分が先ず卓越した意見を提示した上で補完を図るというまるでラインハルトのような型であった。

 

 そして言っている作戦案について異議はない。

 ラインハルトにすれば平凡に近い策ではある。しかしけれん味はなく、まずまず順当だろう。無能者揃いの帝国軍や叛徒の将に比べれば伯爵令嬢はかなり良将の部類に入るのは間違いない。

 キルヒアイスの方を見やり、同じ考えであることを目を合わせて確かめた。

 

 ここでルッツが手を挙げた。

 

「作戦全体について、まったく異議はございません。ただし最初の配置が特に要になると推察します。我々の配置についてお考えがあればお聞かせ願いたく存じます」

「ルッツ様の懸念についてお話しします。今回の作戦はどちらかと言えば防御が課題になります。数では多い向こうに撃ち減らされないよう高度な防御が求められます。それに、先ほどブラウンシュバイク公の艦隊と戦った向こうは少なからず疲弊し、それで限界点が来る前、逆に無理な突進をしかけてくるやもしれません。そこで、初めに旗艦にほぼ全員が残って効果的な防御の指示を出します」

「なるほどそうですか、カロリーナ様」

「ファーレンハイト様とビューロー様だけは最初からそれぞれ自分の艦隊にて個別に対処して下さい。敵に乱れが生じればその艦隊で攻勢に出ます。もう一つ、メックリンガー様には戦いと違った役割をしてもらいます」

「ん、その役割とは、令嬢」

 

 急にメックリンガーの方へ話を振られた。戦い以外の役割とはいったい何だろうか。

 

「メックリンガー様は戦いの最中ブラウンシュバイク公の艦隊に注意して下さい。もしも万が一、こちらの戦いを横目にブラウンシュバイク公が惑星に降下を始めるようならすばやくそちらへ赴いて下さい。領民とそれから美術品の保護をお願いします。クロプシュトック侯は古くからの大貴族、蓄えた美術品の数は膨大なものと聞いております。美術品の保護はそれぞれの価値の分かるメックリンガー様にしかできません」

「承知いたしました! 伯爵令嬢、美術品のことまでお考え下さるとはありがたい!」

 

 なるほど伯爵令嬢は戦いだけ頭にあるのではない。人類の尊い遺産である美術の価値を分かっている。メックリンガーにこそ新鮮な驚きになる。

 作戦会議はこうして終わった。

 

 

 

 なるほどクロプシュトック艦隊との戦いは想定通りオーソドックスな形で始まった。

 正面からの長距離砲の打ち合いである。

 こちらがわざと崩れてみせたり、退いてみせたりしたが、クロプシュトック側は決して乗ってこなかった。

 再三繰り返しても突出してくることはない。陣形が延びることもなかった。

 意外に長い時間我慢比べが続く。

 こちらは損失艦数のカウントが上がらないように細心の注意を払いながら地味な撃ち合いを続けざるをえなかった。

 

 本格的な持久戦に備えて前衛と後衛の組み換えを図った。

 その瞬間、仕掛けられた!

 クロプシュトック艦隊の後衛から二つの部隊が別れ、高速で左右を迂回するよう進撃してきた。おそらく、連携してこちらを翻弄しながら、頃合いを見て突入してくるつもりだろう。ここだけ見ると、まるで以前ヘルクスハイマー艦隊を破ったやり方の鏡写しのようなものだ。

 

「向こうの別動隊の進路にいる艦は急速退避、弾幕を張ることに徹して下さい。当てる必要はありません。目くらましだと思って盛大に撃って下さい。そして前面の隊に注目、必ず別動隊に呼応して攻勢に出るはずです。もっと距離をとって備えるように」

 

 急に忙しくなる。敵は油断させて仕掛けてきた。最初から持久戦のつもりなどなかったらしい。ルッツやメックリンガー、ベルゲングリューンが防御の細かい指示を出す。ランズベルク側にはこれだけ有能な士官がいる。崩れたり、艦列に隙間が空いたりする心配はない。

 

「ファーレンハイト様、ビューロー様、今のうちに艦隊を高速機動用に編成して下さい。終わったらそのまま指示するまで待機を」

 

 すると前面の敵が一気に攻勢を強めてきた。戦機と見なしているのだ。

 

「斉射をかけて足止めしたら後退、距離を取りなおしてください。敵を押し戻す必要はありません」

 

 実行は決して簡単なことではないが、なんとかやり切る。

 各艦の速度を考えながら調整し、取り残される艦がないようにきれいに退かなくてはならない。むろん余力のある艦は攻撃の弾幕で敵の攻勢を鈍らせる。

 

「艦隊中央部にわざと隙間をつくって向こうの別動隊を誘い込んで突入させます。艦隊運動の方、よろしくお願いします」

 

 陣形が乱れて隙間ができたかのように偽装した。クロプシュトックの別働部隊は弾幕の目くらましにうんざりしていたところなのか、そこへ突入の進路をとった。

 

「今です! ファーレンハイト様、ビューロー様は敵の別働部隊を高速で追尾、徹底して後方から撃ち減らして下さい」

 

 突入してきた二つのクロプシュトック別動隊の最後尾にそれぞれファーレンハイトとビューローの部隊が食らいついた。敵の別働部隊も高速で進撃していたが、弾幕を考慮して進路をいちいち決めなくてはならない分だけスピードは鈍る。執拗に後方から追尾しつつ撃ち減らす。突入部隊はついに艦隊を維持できない数にまで減らされ、逃走を図るも、しかしその時にはもはや脱出できる隙間は残されていない。それでは降伏しか道がない。

 

 それが片付いたとみるや、ランズベルク側は全艦隊で一気に逆撃に転じた。攻勢を強めながらひたすら前進する。クロプシュトック側は弾薬やミサイルが枯渇寸前で行動限界点に近かった。我慢比べで消耗し、望みをかけた突入部隊が壊滅した時点でもう対抗はできない。

 

 勝負はついたように見えた。

 押しまくるランズベルク側が明らかに有利、クロプシュトック側が瓦解するのも間近になる。更にダメ押しとしてファーレンハイトとビューローの部隊に側面を迂回して突進し、敵艦隊に横撃を加えるよう指示した。

 あともう少しで終わるはず。

 しかし、クロプシュトック艦隊に微妙な動きがあった。高速戦艦を各所から集めつつ、何処かへ紛れこませている。注視していなければわからないほど巧妙に。

 

 わたしはそこにやっと気付く。

 クロプシュトック側は別動隊を実は三つ用意していた。むしろ目立つ最初の二つが陽動だったのかもしれない。これが情勢を一気に逆転する、勝負を賭けた一手だ。

 

 

 

「俯角30度に火線を集中!」

 

 艦橋に澄んだ声が響く。

 

 各将皆驚いて声の主を振り返る。

 もちろん、わたしもだ。

 ラインハルトが立って指先を下に向けていた!

 

 間髪おかず、わたしも叫ぶ。

 

「その位置へ全艦で集中攻撃、急いで! 向こうの決定戦力が動く前に!」

 

 こちらの各艦は命令通りに攻撃した。すぐさま向こうの艦列の中、爆散していく艦が次々とスクリーンに映し出される。そこは隠された三つめの別動隊の集結ポイントだった。

 気付かれないよう、最初からまとまっているのではなく、一気に集結ポイントで形を成してから突撃する手筈だったのだろう。おそらく最後の別動隊の目標は最短でこちらの旗艦だ。敵は旗艦さえ倒せば、と思っていたに相違ない。事実そうなのだから。

 

「集結ポイントを充分叩いたら、そこに移動する動きを見せていた敵艦を狙って逃すな。おそらくそれが敵の切り札の高性能艦だ」

「そうして下さい。それと、この旗艦周囲の策敵の強化も。隠れて揚陸艦の突撃がありえます」

 

 ラインハルトの声と私の声が交差する。

 

 戦いは、クロプシュトックの最後の別動隊を片付けてからほどなく集結した。勝負あったと見て降伏してきたのだ。

 またしてもランズベルク艦隊は勝った。

 一般将兵はまた戦勝の喜びに沸き返っている。ただしそれは旗艦艦橋にまで及んでいない。それどころかいつもよりも静まり返っているくらいだ。それは、戦勝よりも、ただ一人の凄さを解釈するのに忙しいからだった。

 

 

 天才だ。この金髪の若者は。

 

 全員がその理解を共有した。わたしも無論そう思った。いや、前から知っていたのをこの場で確認できた。

 第三の別動隊を作ろうとする動きまではわたしも気付いていたこと。

 しかし、その集結ポイントなどわからない。さすがにそこまでは。

 

 しかし、既にラインハルトはこちらの旗艦を狙うのに最適な攻撃ルートを完璧に相手の立場で計算したのだろう。

 自軍のことをそこまで客観視などできることではない!

 しかも艦隊は常に動いているのだ。その計算は驚くほど速いと推察できた。

 ラインハルトは計算と勘を基に、相手別動隊のコースを鮮やかに思い浮かべたに違いない。その企みを完璧に打ち砕くために起点を叩く、そこまで可能にしてみせた。

 

 わたしは痛烈に思い知る……

 ラインハルトと戦うことなど考えるだけ無意味だ。天才と凡人には巨大な落差がある。

 次元が違う。もはや脱力感しかない。

 これに勝てるといえば、そう、ヤン・ウェンリーぐらいしか考えられない。

 

 

 ラインハルトはラインハルトで別な感想をもった。

 戦闘指揮をずっと観察していたが、伯爵令嬢は智と勇を兼ね備え、判断は見事なまで合理的で、しかも早い。今回敵の打つ手を完璧に返しきって勝った。

 オーソドックスな戦理も、その場のアイデアのどちらも素晴らしいものだ。

 最後の敵の別動隊のことも伯爵令嬢は見事に見抜いていた。集結ポイントのこともいずれは自分でわかったに違いない。

 

 戦いが始まるときには良将レベルだと思っていたが、今は帝国軍全てを見渡しても比肩するものが見当たらない。

 自分とキルヒアイス以外には。

 この伯爵令嬢についての理解はキルヒアイスもきっと同じだ。言葉にする必要もない。

 

 

 

 


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