一息ついて改めてスクリーンを見ると、ランズベルク艦隊から一部隊が分離していくのが見えるではないか。
ほどなく通信が入ってきた。
「メックリンガーです。連絡の方が遅くなって申しわけありません。戦闘途中にブラウンシュバイク公の艦隊がクロプシュトック領惑星に向かっているのが見えましたので、急ぎ追っている次第です。ですが先回りには無理で、おそらく三時間ほど遅れて惑星表面に到達できるでしょう」
「メックリンガー様。お願いします。急ぎ領民と美術品の保護を。狼藉をはたらく貴族には実力を行使して構いません」
ここでわたしは艦橋を見渡して言った。急いでメックリンガーの応援に向かわねばならない。
「わたしも惑星に向かいます。ルッツ様、共に来て下さい。その射撃の腕が無用になればよいのですが。他の方々はここで帰りを待っていて下さい。今さらクロプシュトック艦隊にもしもブラウンシュバイク公の艦隊が接近してくることがあれば、クロプシュトック艦隊を保護して下さい。もう戦いは終わったのです」
明らかに不服そうな声が続いた。ラインハルトだ。
「伯爵令嬢、軍事顧問としては最後まで同行すべきと思うのだが。それはいけないことか」
「それはダメです。ラインハルト様に万一のことがあってはいけませんから」
またしてもラインハルトの危険を減らすようなことを言う。過保護にも程がある。
「正直不服だ。それでは何のための軍監なのか。よろしい、それではキルヒアイスだけでも同行させよう。構わないな。キルヒアイスは射撃の腕なら俺よりも確かだ」
何とキルヒアイスが惑星表面まで同行することになった。
降下前にクロプシュトック艦隊に通信を入れておく。
「クロプシュトック領艦隊の勇戦に敬意を表します。救護物資の必要があれば遠慮なくおっしゃって下さい。それと、ブラウンシュバイク公の艦隊が復讐を考えるかもしれませんが、そうなればランズベルク艦隊が保護いたします」
実際、幾度もブラウンシュバイク公にくっついて来た弱小貴族の艦隊が接近してちょっかいをかけてきた。それらをランズベルク艦隊が実力をもって追い払った。むろん、ランズベルク艦隊が本気だと分かるとそれ以上は来なくなった。
クロプシュトック艦隊は驚く。
今しがた敵味方として激しく戦ったばかりではないか。それなのに人道的な保護を考えてくれるとは、普通には考えられない。これにはランズベルク艦隊に心から感動してしまう。
一方、わたしは惑星表面に降り立ったが、すぐにはメックリンガーと合流できなかった。
それどころではなかったのである。
地上はまさに分捕り合戦、無法地帯と化していた。
略奪を止めに来つもりだったのだが直ぐに諦めた。あまりの惨状、どの貴族もその従者でさえも略奪に血眼だった。人間は何をしてもよいとなれば、ここまでのことができるのか。
せめて直接的な暴力の阻止だけは止めよう。
ラインハルトを連れてこなくてよかった。連れてきたら余計に貴族嫌いがひどくなるのは確実だわ。
獲物を前にした貴族に言葉は通用せず、その時はルッツとキルヒアイスの威嚇射撃がたいそう役に立った。
二人の神業のような威嚇である。
貴族の手にしたブレスレットの中を射抜いたり、貴族の長髪の先だけを射たりした。
略奪に酔っている貴族も命の危険を理解すると我に返った。
それでも危ない場面もある。
「こげ茶色の小娘、リッテンハイムの犬めが!」
いきなりわたしに撃ってこられたこともあった。
「ふん、気のきかないセリフだわ」
などと言い返してやればカッコもついたかもしれないが、実際はまるで違った。
わたしは青くなってへたりこむだけであった。
ううう、怖い。チビったかもしれない。
ルッツが最大限素早い動作で保護に入る。キルヒアイスがブラスターを持った相手の手を正確に打ち抜く。二人がいてよかった。
結局、自分は足手まといにしかならなかった気がする。
ルッツは途中から旧式の火薬式銃を使った。反動が大きい分だけ命中精度は劣るのだが、その音と迫力は威嚇として充分な威力を発揮した。キルヒアイスが興味深そうに見る。
キルヒアイスもやっぱりそういう物に興味あるのね。
あれ、よくわかんないけどここで友好を深められたら、せっかくここまで人材収集したのにラインハルトに持ってかれる? いやそれは邪推かも。
キルヒアイスがシャンデリアのコードを狙って見事撃ち落とすのを最後にほぼ貴族たちの狂騒は収まった。見える限りは。しかし、他の場所は? メックリンガーは?
わたしはいったん艦内に戻った。
早速着替えようとして歩き始めたところ、ルッツがそっと耳打ちした。
「伯爵令嬢、すぐにお召し換えいたしましょう。用意させております」
単に艦に戻ったから着替えるというには非常に切迫した声の調子だ。
あ、ルッツに分かられている!
もちろんチビってしまったことを。
ルッツは皆に言わないと思うけど。キルヒアイスはたぶん知らない、よね。
しばらくの後、メックリンガーから連絡が入った。
「ご報告します。尽力いたしましたが貴族どもの乱暴狼藉を止めるまで至らず、せっかくの伯爵令嬢の命でありますのに、その任を果たせず、真に申しわけございません」
「メックリンガー様が充分働いてくれたことはわかっています。こちらでも努力したのですが、食い止めることはできませんでした。ところで美術品はどうなりました?」
「美術品は幸いにも守れました。貴族どもは本物とレプリカの区別もつかなかったようです。見たら分かりそうなものなのに」
いやいや、それあなただけですから!!
普通の人にはわからないでしょうよ。
「それでわざとレプリカを目立つ場所に置いたら、よろこんでそれを持っていきました」
「さ、さすがです。メックリンガー様」
「伯爵令嬢、しかし悪い話を聞きました。ブラウンシュバイク公につけられた帝国軍軍事顧問であるミッターマイヤー少将が貴族の狼藉を止めようとした際、コルプト子爵の弟を射殺したそうです。それでかえって少将が収監されたらしく」
「え…… 」
ああ、やっぱりそうなってしまったのか。向こうにはミッターマイヤーがいて、その正義感ゆえにピンチに陥る。
そうこうするうちにブラウンシュバイク公から通信が入った。ちょうどいい。
「ランズベルク伯爵令嬢、そちらも復讐に来たのか。どちらかといえばこちらと共に来た貴族の邪魔をしているような報告を受けておるが…… まあいい。そんなことより、先日の事件では我がエリザベートを守ってくれて感謝しておる。伯爵令嬢は遺恨を残さないのだな」
「ブラウンシュバイク公爵様。そう仰って頂いて光栄に存じます。ですがわたしは自分の復讐に来たのではございません。クロプシュトックの領民を守るためにでございます。ブラウンシュバイク公、ぜひ領民に対する狼藉をやめるように貴族たちにお声をいただきとうございます」
「ふむ、領民、領民、またもや領民のことか。だが儂に付き従ってきた貴族たちにそう言ってやることはできん。復讐をなすことは貴族としての誇りであり権利である」
「クロプシュトック侯への復讐とその領民に対する略奪とは別でございます!」
これは平行線だ。
良い悪いで言えば、もちろんわたしは自分が正しいと思っている。
しかしブラウンシュバイク公はまた別の価値観で育った。公は傲慢な帝国貴族の考えに染まり切っているが、今まで他の価値観に触れたこともなく考える必要もなかったからだろう。
「ではせめて軍事顧問のミッターマイヤー少将を解き放って下さい! 軍事顧問として騒乱を鎮めるためにした処置で捕らわれているのでございます」
「そのことは聞いている。頭の痛いことだが、それもまたコルプト家の問題でもある。貴族を平民が殺したとなればそれだけで正当な理由になろう。まあ経緯が経緯、儂も言って聞かせよう。すぐに復讐で殺させはしない。正当な手続きを踏まない限り」
ブラウンシュバイク公は態度を少し軟化させた。これ以上は無理、よしとするしかない。
「ところでランズベルク伯爵令嬢、そちらも手ぶらで帰ることはあるまい。この領地で得たものはあるか」
「略奪をしにきたわけではないと先ほど申し上げたつもりですが」
「そう怒るな。伯爵令嬢。ではせめてクロプシュトックの艦隊でも持っていくか。帝国政府がこの領地を接収すれば、貴族私領艦隊であるその艦隊は当然廃棄処分になる。私領艦隊など帝国軍には不要のものだからな。まあ、余り物になれば儂がもらうつもりでおったが、令嬢は艦隊を整えるのが趣味だと聞いている」
「艦隊欲しさにここへきたのでもありません。ですが、ブラウンシュバイク公のお許しを頂けるというなら、艦隊の半数でも頂いて帰ります」
ブラウンシュバイク公は悪いようにはしないつもりだ。たぶん、エリザベートを守ったことでわたしがリッテンハイム派閥でないと認識し、ならば宥和するのも得策と思っているのかもしれない。
それならわたしも意地を張るべきでなく、ブラウンシュバイク公の顔が立つようにした方がいい。
そしてわたしはクロプシュトック領惑星を後にする。クロプシュトック艦隊の半数、とはいえ先の戦闘で破損した艦艇も多かったが、その中で状態の良い三千隻あまりを選んで連れて帰った。
その艦艇選びにはクロプシュトック艦隊はとても協力的だった。
戦いの後、艦隊だけではなく、領民もランズベルク側が保護してくれたのを知っていたからだ。
特に惑星表面へわたしが自ら降り立って尽力してくれたことを見た。領主クロプシュトックのために受けた傷も癒えないうちに。こんな令嬢がいようか! むしろ、カロリーナ艦隊に加えられる方の艦艇がうらやましがられた。
一連の出来事の後、無事ランズベルク領内に帰投した。
ラインハルトとキルヒアイスはこれで臨時軍監の任を終えて帝国軍に戻っていった。引き留めるのはあまりに無駄というものだろう。
「いろいろとありがとうございます。本当に助かりました」
「こちらこそ勉強になった。伯爵令嬢。菓子を作るばかりの令嬢ではなかったのだな」
「カロリーナ様、次はアンネローゼ様と一緒にお菓子を食べながらゆっくりお話ししましょう。ラインハルト様はアイスモナカも好物でございます」
「ばか、話が主で、菓子などついでに過ぎん。キルヒアイス」
「お二方共、またお会いするのが楽しみでございます。皆でまたお茶会をしましょう」
本当に切実にそう思う。
平和に、楽しく、皆がそうあればいい。
わたしは平和の使者になりたいのだ。
後日聞いたことには、ミッターマイヤーの件についてロイエンタールがラインハルトの方に救済を頼んでそちらの手で助けられたことを。
「どのみちブラウンシュバイク公は殺す気がなかったのにね。でも、双璧はやっぱりラインハルトの方に行ったんだわ。こちらから接近すれば来たかしら」
いいや、そんな気はしない。ロイエンタールには多分に、ミッターマイヤーにもほんの少々の野心があるからだ。ラインハルトの側に行ったのもわかる。
ランズベルク領私領艦隊、この頃からその実態を反映し、カロリーナ艦隊と言われる方が多くなる。
そしてこのカロリーナ艦隊にいるものは皆出世欲がない。
特に、ラインハルトとキルヒアイスに代わって次に来た軍事顧問は、極めつけに欲がなく清廉な人格を持った有能な人物だ。
今回もミュッケンベルガーの根回しとわたしの説得が功を奏した。
そのやってきた人物とは、ウルリッヒ・ケスラーだった。