平和の使者   作:おゆ

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第二十八話487年 5月 ありえない作戦

 

 

 わたしは主に貴族同士のやりとりに関わり合ってきた。好きでそうしたのではないが、やむにやまれずそうしている。

 もちろん時の流れは常に意識している。

 

 いずれ、大きな流れが巻き起こるのだ。

 人類社会全ての者が、それに加わり、あるいは押し流され、運命を変えられてしまう。

 

 

 それに関わる不気味な胎動がある。銀河帝国と自由惑星同盟の戦いが加速度的にエスカレートし、恐ろしいほど終末に向かって歩を速めている。

 宇宙は既に動乱期にあった。

 150年も銀河帝国と自由惑星同盟は軍事衝突を繰り返してきたが、以前は小競り合いがほとんどだったはずだ。

 今までは、敵味方多くの犠牲を出す大会戦はそれこそ5年や10年に一回程度だけ、それ以外は大した戦乱はなかった。全く衝突のない年さえあったというのに。しかしその間隔が短くなってきている。

 

 銀河帝国は貴族社会の爛熟という危機に、一方の自由惑星同盟は民主政治の堕落という危機にあった。

 それが、あたかも熟れた果物が木から落ちるかのような頃合いになっていたのだ。

 

 

 大規模な戦いが相次ぐ中、ラインハルトはより高い地位に上っていった。

 しかし、わたしは気づいたことがある。詳細を見ると知っている戦いの様相とは違う点があるのだ。

 大勢において決定的に変わるわけではないが、少しづつ。

 レグニッツァの戦いではパエッタ中将の艦隊が壊滅ではなく単なる撤退になっている。

 続く第四次ティアマト会戦では、敵前を突っ切るラインハルト左翼艦隊が無傷では済まず、砲撃を受けて多少の打撃をこうむっている。結果、同盟軍の陽動作戦が不完全ながら功を奏した。やはり同盟軍は敗北したとはいえ、損害は半分以下で済んだ。

 

 そして例のアスターテ会戦である。同盟軍が動員した三個艦隊のうち、早くにパストーレ中将の第四艦隊がラインハルトに破られた。

 しかしその後、ラインハルトが第六艦隊と戦端を開く前に第二艦隊が駆けつけて合流に成功したのだ。ラインハルトはそれでもかまわずに戦いを仕掛けた。数で帝国軍が劣ることになり、しかも無能な部下がいるにもかかわらず、ラインハルトの天才は互角の戦いをしてのける。やがてラインハルトは無理を感じ、勝ち逃げに転じた。

 その結果同盟の損害は一個艦隊以内に止まった。

 

 

 ヤンだわ!

 

 つまりこれらは全てヤン・ウェンリーが少し戦いに積極的にかかわっているのが原因だ。そう考えたらすべて説明がついてしまう。上司のパエッタ中将が無視できないくらいヤンが強く進言したのだろう。

 なぜだろう。

 それはわからない。

 しかし、実はそうなる確かな事情があったのだ。

 ヤンの側で、カロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢の戦いの詳報を得て考えるところがあったのだ。ヤンは最初は戦術に興味をもった。とても面白い戦術だと思ったのである。しかしやがてカロリーナ自体に興味を持ち、情報を積極的に集めている。

 貴族令嬢が艦隊に関わるとは驚きなのに、しかもその理由というのが余りに衝撃的だった。民の保護だ。民衆を思っての戦いだ。

 これはヤンにとって痛烈なアンチテーゼになった。

 現実、帝国の貴族にもそのようなものがいる。一方で自由の国、自由惑星同盟はどうだろうか。

 政治家は腐敗し、票を取るための無益な戦役を繰り返している。そして軍は民の保護という軍隊の最も崇高な意義を捨てたようだ。ただ自分の出世と派閥のために戦っている。

 

 ヤンは自分も少しばかりは勤勉になって役割をもっと果たそうという気になった、それが上司である艦隊指揮官パエッタ中将に進言を強くした理由である。

 

 

 わたしはわたしで、ちょっと別のことを夢想してしまった。

 

 同盟がそれほど弱体化しなかったとすればあるいはラインハルトによる貴族の討伐は実現しないんじゃないの。そしてリップシュタットの悲劇は避けられるのでは。もちろん帝国の有様をこのままにしていいというわけではないが、ゆっくり改革する道はないものか。

 

 それには同盟軍のアムリッツァの壊滅的敗北がなければいいのに。

 それだけなのだ。

 あれのために同盟は帝国に対しもはや対抗できなくなった。戦力において決定的に均衡が崩れ、もはや対等な勢力ではなくなり、自由惑星同盟は早いか遅いかの違いだけ、やがて滅びる運命に定まった。

 

 アムリッツァを防ぐ。つまり帝国領侵攻作戦をさせないためには、とどのつまりはイゼルローンが同盟の手に渡らなければいい。そうすれば同盟は帝国領に出ることはなく大敗北もない。

 ヤンがイゼルローン要塞を奪取するのを防ぐよう動くべきか。それには実はわたしでもできる方法がある。ミュッケンベルガー元帥を通してわずかな修正を加えればいい。わずかな齟齬でヤンの作戦は失敗するかもしれない。例えば、要塞のゼークトとシュトックハウゼンを入れ替えるとか。緊急事態でも軍籍の照合を厳格化するとか。いや、内部潜入から司令部制圧ができるという可能性を言うだけでもいいかもしれない。

 

 だが、ヤン・ウェンリーは帝国と同盟の和平を願って作戦に踏み切ったのだ。そのヤンを死なせていいわけがない。わたしにそんなことはできない。

 

 もしかして同盟がアスターテ会戦などの傷が浅く済んだので、ヤンに無謀なイゼルローン攻略を命じないかもしれない…… これが一番いいのに、と心底願った。

 

 

 ところが、願いはむなしくイゼルローンはヤンに攻略されてしまった!

 

 そして次のステップ、同盟軍による帝国領侵攻が間近に迫っていた。

 同盟軍を迎撃するのにほんの少し前に元帥になったばかりのラインハルトがその任についた。

 同盟からの侵攻に対する帝国側の作戦は焦土作戦と決まった。

 これは軍事的に極めて有効な策である。敵が大軍であればあるほど。

 距離そのものを武器として敵の兵站を延ばし、補給をままならなくして撤退へ追い込む古来からの策である。敵の予想される進路上の領地から補給物資を徴用されないよう、その星系領民からあらかじめ物資を根こそぎ奪っておく。

 が、そこに巻き込まれた住民は地獄を見る。

 敵軍が空から降下してくるだけでも恐怖なのに、その上欠乏した物資を奪い合う。でなければ死ぬしかない。

 

 

 今まで世の動きを少しばかり客観的に見過ぎていた。

 今、自分とランズベルク領が動乱に叩き込まれる。どうにもこの位置的関係は他人事では済まないのだ!

 

 今回の動乱にはぞっとする。ランズベルク領も含むイゼルローンに近い辺境星域の住民はどうなってしまうのか。

 焦土作戦とはあまりなことではないか。

 苛烈という言葉では足らない。

 作戦という名がつくからまっとうなように思えてしまうだけで、その意味するところはただの切り捨て、飢餓地獄に近い。

 

 直ちにラインハルトに直訴しようとした。

 

 しかしそれは無理だった。一介の辺境貴族は作戦行動中の帝国元帥に取り次いではもらえない。

 他の人でもいい。そう思っていろいろやってみた。なんとかキルヒアイスに取り次いでもらえたのは僥倖である。

 

「キルヒアイス様、今回、帝国では焦土作戦と決まったようですね。当家にも早急に供出すべき物資の目録が送られてきました。食料品の中には赤ちゃん用のミルクまで! この作戦は辺境星系の民衆のことを考えているものですか。いいえ民衆を飢えさせてむしろ武器に使う策でございましょう」

「伯爵令嬢、言い訳はしません。お考えの通りです」

「言わせて頂きます。軍隊というのは民衆を守るためにこそあるのではないですか。民衆をなぜこんな目にあわせようとするのですか」

 

 キルヒアイスをいじめたくなどない。こんな言い方はしたくないのだが、言うしかないのだ

 

「本当に令嬢の仰る通りです。ですがこれが最も確実に敵を破る策なのです。叛徒に勝って帝国を彼らの手から守らねばなりません。今回この策で徹底的に叛徒を叩けばしばらく平和でいられます」

「徹底的に叩くのは何のためですか。他に何かあるのでございましょう。帝国のためと仰いますが本当に帝国のためでしょうか」

 

 これもまたキルヒアイスにとって痛撃だ。

 叛徒にしばらく立ち直れない損害を与え、邪魔させない隙に帝国の貴族を一掃するのがラインハルトと考えた既定路線なのだから。

 

「キルヒアイス様を困らせたくて言うのではありません。本当です。焦土作戦を取らなくともラインハルト様の天才なら叛徒に勝つことができるでしょう。有能な提督もあまたおられますし。どうか辺境の住民を酷い目にあわせないで下さい。お願いします」

「伯爵令嬢、努力いたします」

 

 

 わたしはそれ以上キルヒアイスを追い詰めることはせず通信を切った。

 本当に努力してくれるだろう。上が決めたことだから、などと逃げ口上は一切言わなかった。

 分かり切っているが、キルヒアイスは誠実な人なのだ!

 だが、多少の手心が加わるだけで焦土作戦自体が取りやめになるとは思えない。

 わたしはランズベルク領内の物資の配給計画を綿密に練った。そして食料の生産プラントをいつでもフル生産できるよう準備を入念に行った。

 

 ついに帝国軍から発令がある。

 辺境にいる各貴族の私領艦隊の撤去を命ぜられた。

 

 貴族家はオーディンまで一時移動するようにである。私領艦隊も同様だ。しかし護衛艦、警備艇、連絡艇などの比較的小型の艦は残してもよいとのことである。

 本音が透けて見えた。

 同盟軍と貴族私領艦隊との間に大規模な衝突があったら作戦自体に齟齬をきたす。同盟軍を帝国領に深く誘い込むのが作戦に必要、途中で同盟軍に断念されては半端になり、そうなってはならない。

 そういった偶発的な戦闘が起きたりしないよう、貴族の私領艦隊を予め遠ざけておく。戦力がなければ戦闘にもならないという理屈だ。しかし逆に小競り合いくらいはあった方がいい。その方が焦土作戦を確実にできる。下手に疑問を持たれないという意味でも。

 まあ、帝国軍にとって貴族の艦艇などいくらすり潰されてかまわないのは本当だ。

 

 わたしは艦隊に食料を積み込みオーディンに出立させた。しかし本当にオーディンへ向かったものは多くない。帝国軍の命令通りに目立つ大型艦だけだ。

 比較的小型の他の艦は、急ぎ適当な輸送艦を宇宙に上げてその護衛の任という名目で随伴させ、星系近くに留め置いた。そこにファーレンハイトや主な将兵を付けている。

 

 

 次の月、果たして同盟軍はランズベルク領までやってきた。

 

 この方面を近隣星系と共に管轄したのは同盟軍第三艦隊ルフェーブル中将らしい。

 わたしはそれを予定通り無血開城で受け入れる。

 ランズベルクの屋敷や統治府の者は、初めて見る叛徒の軍、およそ生きている限り会うはずのなかった者たちに会って怯え切っていた。

 

 それを落ち着かせ、下手な抵抗をしないようにするだけで精一杯、その後同盟軍への応対に出る。

 

「これは自由惑星同盟の皆様。わたしがこの惑星を治めておりますランズベルク家のカロリーナと申します」

 

 もちろん気を使って叛徒とは言わず、丁寧なお辞儀と挨拶で出迎えた。

 思いがけずルフェーブル中将が尊大に言う。

 

「貴族のものか。おとなしく全て明け渡してもらおう。我々は貴族に虐げられた民衆を開放し、民主主義の太陽のもとに連れ出すために来た。長いこと民衆を搾取してきた貴族などは必ず罰せられる。とりあえずは各種尋問を行う。直ちにこの者を拘禁せよ」

 

 銃を抱えた大勢の兵士に前後左右全て取り囲まれる。

 そしてドレスのまま膝を折りたたみ、床に着けさせられた。これは、まるで犯罪者の逮捕のようではないの!

 ついで両手を頭の後ろに組まされ、それを用意された手錠で後ろ手のまま固定される。

 

 わたしはこの場にたった一人の見世物だ。

 あまりの屈辱に並の貴族令嬢だったら狂乱するか卒倒したろう。

 

 考えが甘かったのだ。

 

 長く帝国と戦ってきた同盟にとっては帝国貴族などいくら憎んでも足らない敵なのである。扱いが犯罪者なのも当然、民衆を弾圧した犯罪者そのものなのだから。

 いくら丁寧に出迎えようと犯罪者、戦時捕虜にも劣る存在でしかない。

 

 もはや頭が空白になる。

 

 

 

 


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