平和の使者   作:おゆ

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第三話 480年10月 軍人と貴族と

 

 

 やっとわたしは目当ての人に近付いた。

 

 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥、近くに行くほど精悍な軍人のオーラを感じる。

 何をどう話しかければいいのか思いつかないまま逡巡していたが、思いがけず向こうから話かけられた。

 

「おおカロリーナ嬢、大きくなったものだ。何年ぶりになるのか」

「ミュッケンベルガー閣下も壮健であらせられます」

「言葉使いが立派になったな。先ほどの挨拶も見事だった。本当にほめてやりたい」

「ありがとうございます。しかし、兄を差し置いて出過ぎたまねをいたしました」

「そんなことはよい。人それぞれ、向き不向きがあるものだ。アルフレットもあれで良い。儂には詩のことはよくわからんが、芸術と今の権勢、どちらが価値のあることだろう。百年経ったらここにいる人々の中でアルフレットしか名前が残っとらんかもしれんぞ」

 

 けだし卓見である!

 ミュッケンベルガーは堂々としてるだけで能力的には低いと思われているが、それは違うんだろう。

 でなければ、これほど長い間帝国軍の第一線の指揮官ではいられないはずだ。この時期自由惑星同盟はロボス元帥やらドーソン大将やら、そこそこ有能だが傑出した指揮官のいない時代であった。しかしそれらを相手にしてともかく帝国軍は優勢を保ってきたのだ。

 

「ただしそなたはまだ12歳だ。気を張ってるだろうが無理はいけない」

 

 いえいえ、19なのでそこはお気遣いなく。

 

「長い間、叛徒どもが儂を暇にさせてくれなんだ。本当ならもっと二人の元に行って見てやるべきであった。儂は父君にあれほど頼まれていたのに」

「そんな、お心だけで充分ですわ。しかしこれから甘えられるのでしたら、ぜひ領地経営の経済のこととか、軍事についても教えていただきとう存じます」

「なんと! 経済や軍事というか、これは変わったことを言う」

「特に艦隊戦なんかには興味がありますわ。ええ、本当に!」

 

 それは本当のこと過ぎる。掛け値なしだ。

 

「ううむ、これは何というべきか。そなたがしっかりしてるのは嬉しいのだが、さりとて難しいことを言う」

 

 ミュッケンベルガーが困るのは理由があった。

 後日になって嫌ほどわたしは知ることになったのだ。

 要するに貴族の令嬢というのは、衣装や芸術、そして殿方の見定めにしか興味がないのが普通だからである。経済や、まして軍事などかけらも関心がない。むしろそのような野蛮なことを嫌うのが当たり前である。

 こんな申し出は破天荒なことなのだ。

 もちろん良い意味ではない。

 他の令嬢から奇異の目で見られた上に、疎まれて貴族社会で立場をなくしたらかえって困ったことになりはしないか。いや、きっとそうなる。

 

 もう一つ、そんな令嬢と誰が結婚しようと思うだろうか。

 これは大変に重要な問題である。

 

「わかったカロリーナ嬢、ランズベルク領に近々また参ろう。そうだ、この場は貴族の舞踏会なので貴族出身のものしか連れてこれなかったが優秀な軍人も警備を兼ねて何人か連れてきておる。何かの縁でもある。紹介しておこう」

 

 

 たまたま近くにいた軍服の二人がミュッケンベルガー元帥の手招きによって近付いてきた。

 紹介される前にカロリーナは一人についてはわかったような気がした。

 白っぽい髪にやせ形の長身、なにより特徴的なのはその薄氷色(アイス・ブルー)の鋭い瞳。

 

「こっちがアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少佐。もう一人はエルンスト・フォン・アイゼナッハ少佐、どちらも先の楽しみな優秀な士官だ」

 

 やっぱり。ファーレンハイトだわ!

 攻勢に出たときの巧みさではあのビッテンフェルト提督を凌ぐといわれた烈将である。その戦術は機を見るに敏、タイミングを見て一気に攻勢をかけて戦局を変えるのを得意とした。

 ミッターマイヤーが艦隊運動の達人であり、艦隊を高速で運用して、ついてこれない敵艦隊を自在に翻弄して葬る疾風であるとするなら、それに対してファーレンハイトはここぞと見た時のタイミングで艦隊の攻撃力を最大限叩きつけ、敵を瓦解させる鋭鋒であった。

 もう一人のアイゼナッハの方は堅実で理にかなった用兵で信頼できる将である。両名とも、ぜひランズベルク伯爵家の私領付属艦隊に欲しい!

 

「まあ、頼もしい軍人さんですわ。ランズベルク領の艦隊を任せられればよいのに」

「ふむ、ランズベルク伯爵領はオーディンとイゼルローンの中間に当たる。辺境でも事があれば補給や後方支援に重要な地だ。治安を保ち、豊かにするのはあながち私情ばかりとも言えぬであろう。軍事顧問を検討しても良いな。」

 

 

 しかし、ここで期待にいきなり冷や水をかけられた。ファーレンハイト当人からの発言で皮算用が無残に破られてしまった。

 

「閣下のお考えなれど、叛徒がいつ攻め寄せるかわからない今、海賊相手の戦いなど辺境貴族の手で充分でありましょう。辺境貴族がもし本気であれば、ですが」

 

 わたしは驚くほかない。

 ミュッケンベルガー元帥に一介の少佐がなんという物の言い方だろう。

 一瞬で左遷でもおかしくないのだ。よほど世の中を斜に構えているのか、このファーレンハイトという人は。

 しかも発言内容は辛辣である。辺境貴族が弱者である立場を利用して甘えにかかってると思ってるんだわ。無能でやる気もないのを棚に上げて、と。なんかバカにしてる。

 

 

 ちょうどその時カーテンの後ろに待機していた楽団員たちが優雅なワルツを奏で始めた。舞踏の時間が始まる合図であり、話は途中で終わってしまう。

 

 アイゼナッハの声はついに聞けなかった。

 

 幾人かのペアが美しく回りながら広間の中央に集まってくる。

 音を立てない滑らかな回転も、ドレスの模様が動く様もさすがに美しい。

 わたしはそんな優雅なダンスを一瞬見ただけで背を向ける。急いで戦術的撤退を試みたのだ。つまり、壁の方に向かって逃げたのである。

 冗談ではない!

 わたしにダンスなんかできない。ダンスなんかフォークダンスのオクラホマミキサーか、わけのわからない創作ダンスを学校でやっただけだ。

 ワルツなんか絶対無理。わたしは元のカロリーナより年上なためうっかり失念していたが、何でもわたしの方ができるというわけではない。たぶん、少しはダンスを練習していた元のカロリーナより私はダンスができない。

 

 そこを遮って足止めしてきた人がいた。さっきのコルプト子爵だ。

 

「よろしければ、ダンスを一曲。伯爵令嬢。」

 

 うわ、顔が近い。

 こっちは肉体12歳だ。ロリコンかこいつは。

 どう断るかあれこれ考えて困っているとファーレンハイトが大股で歩いてきた。

 

「伯爵令嬢、先ほどは剣呑なお顔をされておいででしたな。話の続きがありましょう」

 

 あ、助けてくれるんだ。この人は。

 

「何だお前は。軍服ということは広間の警備か。下賤の者が、邪魔をするな。これから令嬢はダンスで忙しいのだ」

「こちらの話が先に始まったのです。令嬢はしばしお借りする」

「何だと! ふざけるな! 優しく諭してやっているのにつけあがりおって。誰と話をしていると思っている! 高貴なる身分のものに逆らうなど無礼であろう。令嬢と話があるならダンスが終わるまで這いつくばって待っておれ」

 

 

 わたしは少しキレた! 

 確かに帝国では貴族は絶対的に上であり、コルプト子爵の言うことが正しいのであろう。いや、むしろ本人の言う通り非常に優しい物言いなのかもしれない。しかし、こちらの価値観とは違う。

 

「何よ! 貴族だからって何? どんだけ違うっていうの? 天皇かあんたは! ファーレンハイトはね、帝国軍でも一番の烈将だわ。ミッターマイヤー、ロイエンタールくらい強いんだから! 実力であんたなんかかないっこないわ!」

 

 言ってしまった。

 いろいろと恥ずかしい。唖然とするコルプト子爵を残してすたこらさっさと逃げ出した。開いてる扉から中庭に出る。

 そこへ追いすがってくる人がいる。

 

「先ほどは面白いものを見ました。伯爵令嬢として、相当変わった方のようだ。いったいどのようなお考えをお持ちなのか」

 

 ファーレンハイトが苦笑に近い笑いでこっちを見ている。大笑いとかしないタイプなのね。でもいい表情だと思うわ。

 

「あの貴族が偉そうにしてるのが気に入らなかっただけでございます。それより、申し遅れましたが助けに入って頂きありがとうございます」

 

「カロリーナ嬢には助けは必要なかったようだ。相手は有力な貴族、こちらは一隻で一個艦隊に突入した気分だったが」

「相手の気が弱くて助かりましたわ。ファーレンハイト様は攻勢に強うございますが、かわされて側腹から分断、各個撃破でもされたらたまりませんわね」

 

 わたしは乗せられて軽口を叩いた。するとファーレンハイトは何やら考え込んでしまったようだ。言い過ぎたか。

 

 

(この令嬢はいったい何だ。12歳なのか、本当に。言葉遣いも機転も子供のものとは思えない。しかも貴族が偉そうにしてるのが嫌いなようだ。面白い、面白いじゃないか! それと天皇って何だ? ミッターマイヤー、ロイエンタール、そういう名は聞いたことがある気がする。確か士官学校の戦術科を優秀な成績で出た奴らではなかったか)

 

 

 この舞踏会は幾多の思惑を残して終わった。

 

 

 

 


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