平和の使者   作:おゆ

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第三十話 487年 5月 対同盟軍

 

 

「今回の作戦もまた、危険が大きいのですが、皆様の力を信じています」

 

 

 その言葉で作戦が始まった。カロリーナ艦隊初めての自由惑星同盟軍との戦いだ。

 

 小惑星帯を出て、布陣を組んで遊弋する。

 カロリーナ艦隊が姿を現すと同盟軍は慌てて準備を整え、その艦隊を整えてきたようだ。

 こちらから先んじて通信を送った。

 

「これまでの不当ないきさつについて恨みはしません。動機は理解できるだけに。早く帰って頂ければ結構です、ルフェーブル中将」

 

 当たり前だがルフェーブル中将は帰る気などない。

 

「我らは帝国の圧政から民衆を救うのだ。自由惑星同盟の存在意義はそこにあり、全ての民衆を解放するまで止まることはない! 民衆を搾取する帝国貴族の言うことなど聞けるか! 戦うというなら帝国軍相手よりむしろ本望だ」

 

 その民主制を奉じる信念は崇高であり、それに基づいて今なお意気軒高である。

 ただし、実際のところ領民には多大な迷惑でしかなかったわけだが。

 

 

 まあ、ルフェーブル中将が逃げず戦おうとしているのは一理ある。というか充分に勝てると思っている。

 同盟軍は帝国領に侵攻した後、辺境星系の占領のためあちこちの星系に軍を散らしている。帝国にとってはさして価値のある星系ではないが同盟から見れば解放を心待ちにしている民衆の惑星たちであり、無視することはない。特にこのルフェーブル中将は欲張って分散させていたため、麾下の同盟第三艦隊のうち、ここランズベルクには分艦隊一つしか残していなかった。

 その数三千五百隻。

 数は確かにカロリーナ艦隊の五千隻より少ないが、しかし大型の戦艦と空母を多数含んでいる数なのだ。おそらく戦力としては逆にカロリーナ艦隊の数倍にはなる。

 ルフェーブル中将から見ればカロリーナ艦隊は小型艦の雑魚ばかり、ここで退く道理はない。

 

 

 それでもカロリーナ艦隊はゆっくりと接近した。対するルフェーブルは意外に思ったが、やがて侮蔑に変わった。

 

「馬鹿な小娘には馬鹿な艦隊しか作れないのだな。数で勝てるとでも思っているのか。ふん、奇襲でもかければ少しは勝機があったろうに、こちらに布陣を変える時間をくれたようなものだ」

 

 ルフェーブルは尊大ではあるが全くの無能ではない。防御、火力共に優れた大型艦を前面に並べる布陣に艦列を再構成させ、万が一にも負けることがないように取り計らう。このままやりあえばカロリーナ艦隊は一方的に破壊され消滅、まるで猫とネズミが相対するようなものだ。

 

 突如、カロリーナ艦隊から一千隻の艦艇分かれ、突進していく!

 

 同盟軍はただちに大型艦の火力を叩き付けた。

 さすがに実戦を知り、鍛え上げられた軍だ。その反応性も精度も、カロリーナ艦隊が今まで戦ってきた貴族私領艦隊とは全く違う! 一千の艦艇はそのままの速度で迫ったが、その整った大火力に何も反撃できず、同盟軍に突入すらできず全て破壊された。

 

 ただし、混乱した通信もなく、変に逃げる挙動もない。

 

「なるほど、無人艦だったか。小娘の艦隊は兵士も臆病で向かってこれないか。まあ、民衆の兵士を無駄に磨り潰さない姿勢だけは褒めておこう。よし、遊びは終わりだ。最大戦速、貴族艦隊など一気に踏みつぶせ!」

 

 ルフェーブルは一応の様子見をしたがそれももう終わり、さっさと勝ちに行こうとする。

 だがまたしても機先を制するように、再びカロリーナ側から八百隻の艦艇が分かれて突進してくる。ルフェーブルがいったん足を止め、砲撃を行うと、その八百隻はみるまに撃ち減らされて消滅していく。

 

「また無人艦か。あの貴族艦隊には兵士がいないのか? つまらん。これではもはや演習にもならんな。苦し紛れの脅しなど蹴散らし、もう終わらせてくれる」

 

 

 ルフェーブルの同盟艦隊の前進に、カロリーナ艦隊は怯えたように後退する。しかし同盟艦隊は最大戦速だ。みるまに距離を詰めてくる。

 

 そこで飽きもせずカロリーナ艦隊から小部隊が分かれる。今度は六百隻の艦艇である。

 

「そんなものに構うな! 丸ごと踏みつぶしてやれ!」

 

 しかし、意外にも今度はその六百隻がどんどん増速してくるではないか。

 

「今度は無人艦ではないのか? 小癪な。結果は同じだ。砲撃用意!」

 

 お互いが真っ向から最大戦速である。相対速度は通常戦闘よりはるかに速い。

 レッドゾーンに突入し火力を応酬する刹那、同盟軍の大型艦の方がむしろ爆散した。

 

 この不思議には理由がある。

 ファーレンハイト率いるその別動隊が準備しているとき、わたしはこう指示した。

 

「大型艦にただ撃っても防御を貫けず、効き目はありません。四隻の艦でまとまり、常に同じ艦を同時に攻撃するのです。それなら大型艦の防御を破ることができます」

「ん、なるほど、伯爵令嬢」

「むろんこちらの砲の射程が短いことや防御が弱いのは変わりませんが、それは速度を上げることで対応できます。そのための手立ては用意します。そして何より、超高速での一瞬勝負においてファーレンハイト様が負けないことが前提になります。期待してよろしいでしょうか」

「では努力はする。そして無駄な努力はしない主義である以上、成果は期待してもらおう」

「ふふ、ではこの突入作戦、安心して見ています」

 

 手立てはうまくいった。

 同盟艦隊はファーレンハイトの部隊を無人かもしれないと侮ったために、速度を落としたりしなかった。突入する艦の数が少なくなればなるほど普通には無人艦だと思うだろう。

 

 同盟艦隊に突入した後、速度を落とさずファーレンハイトは突っ切って進む。この力量はさすがに烈将だ。そして背後に抜け、反転する。

 こうなると同盟艦隊の後衛がむしろ相手になるが、それは小型艦ばかりだ。

 同盟艦隊では大型艦が最前列に布陣した以上、当然、残りの後衛は小型艦が並んでしまうことになる。それならば火力差に問題はなく、機動力を存分に生かし、攻撃するまでだ。

 

 

 

「しまった! 最初から背面を狙っていたのか。しかし、しょせん小手先の奇策に過ぎん」

 

 ルフェーブルはそう言った通り、大型艦を投入すれば勝負がつくと知っていた。慌てず大型艦の一部を後衛に移動させようとする。

 

 しかし、最前列にいた大型艦が回頭して移動しようとした瞬間のことだ。

 いきなり爆散する艦が相次いだ。

 

「なに! どうした!?」

「機雷です! 敵突入部隊の後尾から機雷が撒かれていた模様!」

 

 ファーレンハイトの六百隻の最後尾には工作艦が十隻付けられていた。それを担当したベルゲングリューンの指揮のもと突破した穴に機雷を置き土産にしていたのだ。そつなく仕事をしっかりやりきるのがベルゲングリューンである。

 

 ルフェーブルがそれを少しも予期せず、驚いたのは無理もない。

 

 敵中突破と同時に機雷散布とは常識外れである。

 

 通常、突入した部隊が一番恐れるのは退路を断たれて包囲されることだ。本隊合流のための退路になりえる穴を自分から機雷で塞ぐなど考えられない。よほど突破力に自信があるか、戦いが早期に終わる予想があるかのどちらかの場合しかない。

 

 結果的に同盟の大型艦は身動きできなくなる。突破された穴を通って追うことはできず、かといって全ての艦を動かして再編することもできない。カロリーナ艦隊本隊が接近し、盛んに牽制をしているためどうにもならない。

 ファーレンハイトはこの隙を見逃さない。

 初めから同盟艦隊の旗艦を見定めていた。その一点を目指して攻勢をかけたのだ。

 

 それに対し、ルフェーブル中将は状況の変化に追いついていなかった。

 同盟艦隊にとって起死回生となる一手があまりに遅すぎたのだ。

 それは空母からの艦載機発進である。

 艦載機は航続時間の関係上、艦隊決戦において初めから発進などしない。戦いが接近戦に移行した時、あるいは掃討戦の時に出る。しかしこの場合は艦載機で充分に墜とせる小型艦相手になるのだ。また何より相手には空母や艦載機がない以上、一方的に制空権が手に入る。

 やっと気付いたルフェーブルが指示を出し、あまりに遅く艦載機が空母から発進しようとした。

 だがこの時がもっとも空母が弱い瞬間なのだ。それがわからないファーレンハイトではない。同盟艦隊へ再突入し空母部隊を見定めて砲撃一発、それで勝手に誘爆を起こし撃沈する。

 

 ついに同盟軍旗艦を捉えた。

 

 

「そんな、あり得ない! たかが小型艦しかない貴族艦隊風情が!」

 

 次の瞬間、ルフェーブルの絶叫と共に旗艦は大破に追い込まれる。

 大勢は決した。

 旗艦を大破され司令部の機能しない同盟艦隊は無様に撤退するしかなかった。

 

 

 カロリーナ艦隊はまたもやお祭り騒ぎの最中にあった。

 より熱狂的になるのは、兵にとって今回の戦いが他でもなく故郷の惑星を守る戦いだったからだ。

 

「カロリーナ、万歳!」「無敵の女提督、万歳!!」

 

 戦いを幾度重ねても全てに勝ち進む伯爵令嬢。

 兵たちは畏敬を込めて「無敵の女提督」とささやきだした。

 これがその最初になる。

 

 

 感嘆に打たれていたのは司令部の皆も同じである。

 カロリーナ艦隊全艦の三分の一までも無人艦にして使い潰すとは!

 突入部隊に敵が油断し、速度を落とさなくさせる、ただそれだけのために。

 あまりに常識はずれで大胆に過ぎる。

 しかも最初にわざとゆっくり行軍して、敵の大型艦を前衛に釣り出した。

 全ては突入部隊が突破した後の背面展開に備えてのことだ。

 

 メックリンガーは戦いの中で光り輝く少女をこっそり撮影した。正確に言えば艦橋を映す監視カメラの映像の設定を変えた。時間ごと上書きして消去するモードからまめにデータを保存するモードにしたのだ。

 もちろん、これをもとに絵を描くためである。

 

 出来上がった絵は、後世において美術的価値と歴史的価値の両方を持つことになった。

 

 

 

 しかし戦いはこれで終わらない。

 同盟からの帝国領侵攻軍は帝国辺境の二百もの星系を開放の名のもと占領している。

 そのあちこちで物資の欠乏から略奪が始まっていた。頼みの綱の補給部隊をラインハルトが冷酷に叩き潰しているせいだ。ランズベルク領は同盟艦隊を早く叩き出し、略奪は未然に防がれた。そして食料などの生産プラントはフル稼働している。

 カロリーナ艦隊に生産物を積み込むと近隣の貴族領の星系に運ばなければならない。

 暴動や餓死などを防ぎ、民衆を守りたい。

 

 同盟艦隊のいる幾つかの星系に赴いたが、既に浮足立っていたのか、たいがいの場合三千隻余りのカロリーナ艦隊が近付いただけで撤退した。

 もちろん深追いはせず、深刻な欠乏の中にいた民衆に食料を分け与える。

 涙を流し、感謝する民衆はいつしかカロリーナ・フォン・ランズベルクを「辺境解放の英雄」と呼ぶまでになったのだ。

 

 

 しかし、カロリーナ艦隊が最後に赴いた星系では奇妙なことが起こっていた。

 偵察すると、その星系にいただろう同盟軍はその半個艦隊約七千隻の艦隊が既に惑星軌道から離れ、布陣を終えていたのだ。

 カロリーナ艦隊はそれでも退くことなく、星系の小惑星帯を通り抜け、なおも進軍した。

 ファーレンハイトほか全員、誰も伯爵令嬢が退くと言わない以上退くことなど思いもよらない。

 

 

 だがしかし、ここの同盟艦隊は一筋縄でいくはずがなかったのだ。

 

 その同盟艦隊、旗艦の名はヒューベリオン!

 それを最初に分かっていたならわたしは決して戦うことなどなかったのに。

 

 いつだって後悔というものは先に立たない。

 

 

 

 

 


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