わたしはこのアルテナ星域においてあのミッターマイヤー率いる艦隊に勝利した。正確に言えばどちらも撤退だが、実質勝利なのは誰しも認めるところだ。
戦いの後は救出活動、艦の応急修理、再編など幾つも仕事がある。
それをこなしながら、何より戦いの立役者、ビューロー、メックリンガー、ファーレンハイトをねぎらう。
「皆様よくやって下さいました。貴族たちの艦隊を最大限守り、無事に撤退を完了させ、この大きな意味を持つ前哨戦で存在感を示せました」
次にやることは、シュターデン艦隊全体に向けて声明を出すことだ。
。
「この中で、わたしの指揮に入ることを良しとする者は残って下さい。そうでない人は離脱してかまいません。ローエングラム公のもとに行くのも許可しましょう」
シュターデン艦隊の将兵は驚いた。敵の元に行くのも許可するとは。
戦いにおいては見事な采配を振り、驚くべき戦術を展開したカロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢、その凄さは噂以上であることを目の当たりにした。疑う余地は全くない。今までどんな指揮官でもやらなかった戦いをしてのけたのだ。
本心から言えば、シュターデン艦隊のままであるより素直に伯爵令嬢麾下に入りたいのは山々だった。
しかしそれでも躊躇してしまうのは、帝国軍の軍人らしく指揮命令系統がどうなるかが気になる。軍人としての思考が身に付いていた。現在のところ一時的に伯爵令嬢へ指揮権は移譲されている。ミュッケンベルガー元帥の命令書を持って。艦隊としては令嬢の指揮下にある。
しかしよく考えれば現存する帝国軍の最高位は宇宙艦隊司令長官ローエングラム元帥である以上、シュターデンやノルデンの司令部がなくなった今、むしろローエングラム元帥に参じるのが帝国軍としての本道かもしれない。
結局、艦隊将兵の反応は別れた。
八千隻の中で六千隻近くは残った。二千隻は去っていった。
正確に言えば、去ることを望む人員にカロリーナ艦隊の老朽艦や小型艦を与え、食料と推進剤、そして一定の財貨を付けて去らせた。
艦艇そのものは残させた。
不足した人員は、他の貴族の私領艦隊からの余剰人員を当てた。貴族の艦隊は先にミッターマイヤーにさんざん痛めつけられて、心神喪失していたのである。人員や艦艇もカロリーナ艦隊に委託するのに異議はなかった。
かくしてカロリーナ艦隊はこの場所にいるだけでも一万隻一千隻という規模にまで膨れ上がった。
しかも待望の最新鋭戦艦、そして空母が手に入ったからには取れる戦術バリエーションが格段に広がり、何より接近戦でも戦える。
ただしにわかの混成部隊であることは間違いない。
また階級の問題もある。取って付けたようなことだが急遽ファーレンハイトとメックリンガーを准将に、ビューローは大佐に昇進させた。この場にいないルッツやケスラー、ベルゲングリューンは後にする。
これで指揮系統的な体裁は整う。
さあ、改めてカロリーナ艦隊が次にするべき軍事行動を考える。
止まってはいられない。機動力を駆使して動かなければこの鉄火場にはいられない。
さて、ラインハルト側の次なる目標はレンテンベルク要塞だろう。これは別に不思議でもなんでもなく、オーディンから貴族連合の本拠地ガイエスブルク要塞へ進軍しようとすれば途上に位置する要衝、これが狙われるのは当然だからだ。
レンテンベルク要塞は人工天体ではなく、小惑星をくり抜いて安価に作られた基地である。大規模なものではなく、せいぜい補給物資の集積所や艦艇乗員の休息をする場所としての価値しかない。
ラインハルトにすれば目障りであり、後顧の憂いを絶つためだけに攻略を図る。
それでもラインハルトの本隊がわざわざ来たには理由がある。元が小惑星なだけにいくら艦砲で攻撃しても中枢部のある内部はビクともしない。反応炉とメインコンピューターは内部深くに置かれている。
また、わざわざ岩石を掘って新たな通路を作ることも不可能であり、地道に既存の通路を制圧しながら内部に進むしか手がない。つまりは規模の割に防御力だけはかなり高い要塞になっている。
そのため意外に手間どる可能性を考えてラインハルトの本隊を含む大部隊で来たのだ。
しかしラインハルトが到着する前に、いち早くわたしがレンテンブルク要塞へ近付いた。選び出した高速艦五百隻だけを連れて、そしてビューローを伴っている。
わたしがここへ来た理由はただ一つ、まだ残っている貴族の令嬢たちを救出するためだ。
あまりに戦況を楽観視している貴族連合はガイエスブルクに急がなかった。それで急速な事態の進展についていけず、戦闘参加の可能性がある青年はともかく令嬢は途中で取り残される例が少なくない。呑気に構えていた貴族令嬢たちの自業自得とも言えなくもないが、中には本人の責任でないことも多い。全く酷い話だが、貴族家にとってあまり価値のない二女三女を軽視する結果だったこともあり、酷い例になると置き去りにしている場合すらあるからである。
ここレンテンベルク要塞はそういった貴族令嬢がいったん集まり、身を寄せ合っている場所なのだ。
それら令嬢の中にはわたしがサビーネ共々仲良くしていたレムシャイド家の令嬢姉妹ドルテとミーネもいるはずだった。当主のレムシャイド伯爵は外交官としてフェザーンに趣いていたので、それら姉妹のオーディン脱出が遅れてしまった。
わたしはレンテンベルク要塞に近付くと、直ちに通信を取る。貴族令嬢たちはこのままでは戦禍に巻き込まれて命を失ってしまう。急がなくてはならない。
「カロリーナ・フォン・ランズベルクです。端的に用向きを言います。この要塞にまだ貴族令嬢が数十人いると思いますが、ローエングラム公が戦いを仕掛ける前にガイエスブルクへお送りしようと思って来ました。ここの最高司令官は誰ですか」
「そりゃ、儂だ。援軍かと思ってみたら、なんだこげ茶色の令嬢か」
あはっ 笑ってしまった。
たぶん普段は「こげ茶色の小娘」と言ってるんだわ。
でも実際本人を目にして、言わないようにしようと思ったから、中途半端な言い方になっちゃったんだ。
この不器用さんはもちろん装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将、このレンテンベルク要塞の守備を任されている。その特質上、白兵戦が主となるからには適任といえる。
通信スクリーンに映るその姿、さすがに大きく、もちろん顔もいかつく、大きい。髭も立派。
でも目は誠実そうな人だ。
「オフレッサー閣下、急ぎ脱出の手配を。そこにいる令嬢たちも、もちろん兵や閣下も。ローエングラム公は絶対に攻略する決意を持ち、大部隊でやってきます」
「そうか。では令嬢たちはすぐ脱出の用意をさせよう。しかし、この儂の心配はやめてもらおう。戦う前から脱出などせん。あの金髪を血で赤く染めてやらねばならん」
「閣下…… ここを守るよりガイエスブルクで待ち構えた方が良いと思います。金髪も少しは伸びてる方が染まりやすいでしょう」
あえて、このレンテンベルク要塞を守るのが無理だからとは言うまい。そんな武人のプライドを傷つけることはしたくない。
オフレッサー上級大将にもそれがわかったようだ。
「令嬢、今だからこそ言うが儂はそなたが嫌いではなかった。屋敷に閉じこもって噂とダンスで日を過ごすのが普通なのに、カロリーナ・フォン・ランズベルク、そなただけは違う。宇宙に出て自ら戦う小娘、ずっと面白いと思っておったぞ。ミュッケンベルガー殿はいつも困った様な顔をしながら自慢していたのを知っておるか」
「いえ、そんな…… 」
「だがここは武人の場だ。大軍を相手に戦うことこそ武人の誉れ。長きこと陛下にお仕えせし武人が敵から逃げてなんとする。ここは儂が一人で残る」
さすがに武人である。そう言い切って清々しい顔をしている。
もはや覚悟を決めているオフレッサーの説得はおそらく無理だ。
しかし他は絶対に救出しなくてはならない。
令嬢たちの脱出準備を待っているとはたしてローエングラム公の大部隊がもう見えてきた。識別するとその中にミッターマイヤー艦隊もロイエンタール艦隊も含んでいる。掛け値なしに宇宙で最強の部隊だろう。
急がねば。
意外に時間がかかっていた。わたしは手のひらを腰にぱんぱん当てながら焦る。
真っ先にそのローエングラム公の先遣部隊と思われる約六千隻の艦隊が迫ってきた。
「敵艦隊、約六千隻! レンテンベルク要塞に向けて長距離ミサイルの発射を確認!」
「直ちに迎撃ミサイルで対処を!」
迎撃ミサイルを発射させた。この長い距離ではたぶん迎撃は大丈夫だ。先ずは様子見らしく、数に任せての飽和攻撃でないのが幸いした。
「敵ミサイル全て迎撃確認。敵ミサイル目標、おそらく当艦隊ではなく、レンテンベルク要塞表面です」
「何ですって?」
しかしこれは向こうにとってすれば順当な攻撃かもしれない。
六千隻の接近を間近にしながら、たかだか五百隻の艦隊が逃げず、なおも要塞に接近しているのだ。とすれば目的は要塞からの要人脱出しかありえない。それなら要塞を攻撃することでいったん脱出を妨害し、艦に移乗するのを止める。その後距離を詰めた上で艦隊ごと包囲するのが正しい。
そもそも要塞表面の岩石にビームは有効ではない。そう硬くないが分厚い岩石には物理的打撃力の大きいミサイル攻撃が一番適している。なかなかそつのないやり方だった。
「敵ミサイル第二波来ます!」
「とにかく迎撃して防衛をはかって下さい。それと敵の先遣艦隊に通信を」
通信回線を開くことは可能だった。ならば言うことは一つだ。
「カロリーナ・フォン・ランズベルクと申します。このレンテンベルク要塞にはまだ貴族令嬢たちが残っているのです。その人道的救出にご配慮をお願いします。戦闘は一切いたしません」
「ローエングラム元帥からこの艦隊を任されておりますグリルパルツァー少将です。お言葉を返すようですが、ここはもはや戦闘宙域です。相手が男だろうと女だろうと、戦場では区別などありませんが」
それが正論だとも思えるが、わたしとしてははひたすら交渉、いや頭を下げてお願いするしかない。
「グリルパルツァー閣下、仰ることはもっともだと思います。しかし、か弱い令嬢たちを逃がしても戦闘力に何ら影響ありますまい。彼女らには聞き出すべき情報もなく軍事的な価値は何もありません。お願いします。脱出させてあげて下さい」
「これは戦闘であり、相手は貴族。我らは帝国貴族と敵対し、その一掃を掲げています。攻撃に躊躇する理由が一つでもありますか?」
それを言われてしまったら、これはもうダメだ。
確かにグリルパルツァーの話の筋道はもっともだ。貴族と戦うための軍にとって貴族を殺すのはその存在意義なのだろう。
しかし考慮してもいいではないか!
武人であれば堂々と真っ向から勝負すべきだ。何も抵抗できない令嬢たちを殺さなくとも。
ああ、ラインハルトなら、きっとラインハルトなら令嬢たちの命を奪ったりするはずがない。黄金の覇王たる矜持にかけて、そんな酷いことは考えないに違いない。
ラインハルト、本隊に通信は届いていないの?
「閣下、それでは令嬢たちを降伏ということで渡した場合、命はもとより人道的な配慮をしていただけますか?」
要塞はもはや降伏しかないだろう。令嬢たちの命を助けるため、なんとかオフレッサーを必死で説得し、被害が及ぶ前に降伏させるしかない。
「ランズベルク伯爵令嬢、お約束はできません。人道的な配慮ですか? いまさら貴族に対して?」
グリルパルツァー少将はなぜだかにやにや笑っている。
気持ちが悪い。
「普通の捕虜待遇よりも貴族に対して厳しくなるのは当然、たっぷり後悔させてやらなくては。貴族令嬢たちにはいろいろな意味で厳しいものになるでしょう。令嬢たちはあの時死んでおけばよかったと思う境遇になり、毎日涙するくらいに」
この人、七三分けで折り目正しく眉目秀麗な顔立ちをしている。
だがその中に小悪党の腐ったものを隠している。
少なくとも武人ではなく、清廉な気概など微塵もない。
「くッ、ゲスが!!」
その時、横からの声に驚いてしまう。
ビューローだ。
どうしたんだろう。普段一番冷静な人なのに、そんな激情を発するとは。
「ミサイル第三波来ます!」
通信が物別れに終わったあと、間髪入れずにまたしてもミサイル攻撃が来たが、今度はあまりに数が多すぎた。撃ち漏らしたミサイルが要塞表面に着弾し、いくばくかの岩石を吹き飛ばす。振動は激しく全く無傷ともいかないだろう。
「要塞の被害確認を急いで。宇宙港の入り口は?」
レンテンベルク要塞はもちろん帝国軍のもの。設計はデータとしてこちらのコンピューターにもある。
「宇宙港は被害ありません。しかし、しかし着弾したのは居住区です。見える様子ですと、もう全壊かと…… 」
そしてオフレッサーから通信が割り込まれた。
「伯爵令嬢、早く逃げるがいい。残念なことだがもうここにいる理由はなくなった。死んだ令嬢たちの仇は儂が取ってみせる」
わたしは目の前の敵先遣艦隊に対し敵意が湧いた。これまでにないほど、強く。
「おのれおのれグリルパルツァー、お前だけは、絶対に生かしておくものか!」
目を見開き、言うまいとしても言葉が口から洩れる。