平和の使者   作:おゆ

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第四話 480年12月 転機至る

 

 

 あの舞踏会から数ヶ月が過ぎ、変わったことはいくつもある。逆に変わってないのは兄アルフレットだけだ。

 わたしは精一杯頭を絞り、ランズベルク領の経済を把握し、いくつかの改革を断行した。

 

 税制の簡素化、流通の促進、行政の迅速化などである。思いつくままにアイデアを書き、実現できそうなものだけを行う。決して無理はいけない。しかし自分ではまだまだな感じがする。

 

 もちろん周囲には大きな驚きを持って迎えられた。

 その内容自体というよりは令嬢自ら案を出して指示しているからだ。あの人一倍大人しかった令嬢が。

 

 大きな反発は無い。元々ランズベルク家と領民の関係は良好であった。

 

 しかも、真っ先に伯爵家の財宝・権利を売ってまで財政を助けることを表明したのだ!

 そんなことをする貴族など普通ではない。

 普通の貴族というものは平民からいかに多く搾取して、平民の富を貴族の館に移すかに腐心しているものだから。執事ハインツだけが名残惜しそうにしていた。いろいろな品について先代との思い出があるのだろう。

 

 兄アルフレットはわたしの行動を黙認した。

 正確に言えば黙認ではない。

 

「乙女は織りなす虹色の織を。天に羽ばたく日のためにこそ。雛は夢見る見下ろす大地、その日の至るべければなりや」

 

 よくわからない詩にして聞かせてくる。

 しかし決して邪魔はしなかった。最近、才気を見せるようになった妹を見守ることに徹しているのだろう。それもまた大きな優しさである。

 

 

 そんなある日、ミュッケンベルガ―元帥が約束通り来訪してくれたではないか。

 

「ミュッケンベルガ―閣下、早速の来訪ありがとうございます」

「なに、ランズベルク伯領で何やら面白いことを始めていると聞いたものでな。早く来なければいかんと思ったのだ。平民を富ませるようなことをはじめているとか。オーディンでは、ランズベルクがいよいよおかしくなったと噂になっておる」

 

 まあ、そうだろう。わたしとしてはいずれ始まる内戦に備えて、下らぬ家宝より目に見える力にしたいだけなのだが。

 

「今回儂が寄ったのは、経済や軍事の改革に役立ちそうなものを連れてきたからだ。話を聞けば面白かろう。それと先に注文された品、一応持ってきたが、いったい誰が何のために使うのだ? 学校でも作る気か?」

 

 あ、あれも持ってきてくれたんだ。頼んでてよかった。

 ランズベルク領には超簡易型のものしかなくて、あんまり使えなかったんだ。

 やっと本格的なのが来た。自分が使う? いやいやそれは無理だ。意味がない。誰かにさせる? まあいずれ必ず役に立つだろう。

 

「ありがとうございます、ミュッケンベルガー元帥。普通には売ってない品ですから。士官学校の廃棄品で充分でございます。艦隊戦三次元シミュレーターは」

 

「連れてきた主な人間を紹介しておこう、カロリーナ嬢。ファーレンハイトはもう知っているな。今回は実践的な人材が良いと思ってな。こっちはコルネリアス・ルッツ少佐、射撃の腕前はイゼルローンの軍人でも一、二を争うのだぞ。そしてカール・グスタフ・ケンプ中佐、カール・ロベルト・シュタインメッツ中佐。どちらも艦艇の操作が得意だ。数日滞在するのでその間急ぎランズベルク伯艦隊を見てもらうがいい」

 

 ルッツにケンプ、シュタインメッツとは。いい人選してくれるじゃないの。

 さすがにミュッケンベルガー元帥、よく見ているわ。

 

 それより早く艦隊戦三次元シミュレーターを見てみたい。ヲタではないと自分では思ってるんだけど、結構こういうの好きなんだよね。

 こんな立派なシミュレーターじゃないけど、よくネトゲの艦隊戦やってたし。

 

 

 設置が終わるとわたしは直ぐに操作を始めた。

 もともとあった超簡易型と操作自体は同じだ。しかし、ディスプレイがいくつもあり音響やナレーションがさすがに本格的だ。

 AI相手にさっそくシミュレーションをしていると、背後から声がした。

 

「小官の知らない間に、世の中も変わったものだ。伯爵令嬢が艦隊戦のシミュレーターで遊んでいるとは。そんな日は永遠に来ないと思っていたが。しかし、ここだけが特別なのか」

 

 思いっきりからかう声だ。これはファーレンハイトだわ。

 

「遊びとは? ほんのたしなみでございます。ファーレンハイト様。小なりとはいえこの領地には艦隊がございます。それぞれの艦長や指揮官の練度を高めていきませんと。そのためわたしが先ずは試しに」

「気のせいかな? カロリーナ嬢本人が楽しんでるように見えたんだが。それはそうとAI相手ばかりでは片手落ちなのを知っているのかな。AIはパターン化し過ぎていて、かえって実戦での勘が狂ってしまう。誰かが相手をした方がいいが、ここにいるのは小官、ではお相手いたしますかな」

 

 さっさと対戦相手シートに潜り込んでる。

 最初からこれが狙いなんだ! こっちを叩きのめしてぎゃふんと言わせたいのだろう。

 

「そんな、現役の少佐にわたくしなどが相手にもなりますまい。誰か代わりの士官を呼んでまいりましょう」

「もう起動した。一個艦隊一万三千隻、同数での対戦だ。艦隊編成はノーマル。障害物等の特殊条件なしだ。互いの艦隊が発見された遭遇戦の仮定で入力するぞ」

 

 聞いてないフリするな!

 そして指示通りシミュレーターから声がした。

 

「対戦シミュレーション開始します、推進剤・弾薬は通常装備、距離9光秒。相対速度40宇宙ノット」

 

 こうなるとわたしも俄然闘志が出てきた。負けられるか!

 

「少佐、どういうおつもりか存じませんが、一回だけお相手いたしますわ」

 

 つ、強い。さすがはファーレンハイト。隙が無い。それに攻撃を受ける時の圧迫感が半端ない。予測をはるかに超える速度と正確な艦隊運動だ。

 油断すると一気に全面攻勢に出られて崩される。正面からの撃ち合いなど論外だ。

 こちらは柔軟防御に徹した。

 崩されそうな場所を補填して、被害を受けた艦を下がらせ、他から上手に引き抜いた艦で防衛線を立て直す。敵の突進ポイントを予測して火力を集中し、集合を邪魔する。

 徐々に後退しながら粘り強く防御していった。今のところ損失艦数は五分と五分。

 敵を誘い出し、陣形を伸ばさせながら半包囲陣形を採るのだ。包囲さえすれば勝てる。

 刹那、急速に後退され努力がムダになった。めまいがする。

 

 次の手を打つ。敵の陣形再編を待たずに自陣の中にクロスファイヤーポイントを設定した。

 敵はあっという間に紡錘陣をとり急速接近してきた。

 こちらが包囲をあきらめ移動させたタイミングだ。このままでは分断され各個撃破されてしまうが、間一髪で敵の鋭鋒を避けた。

 しかしそれは予測の範囲内だ。設定済のクロスファイヤーポイントに火力を集中、出血を強いる。しぶとい反撃だ。

 だが向こうはその間にも旋回運動をしながら次々と艦隊の重要ポイントを攻撃してくる。

 こちらは防御に優れた艦を前面に出した小部隊を急いで編成し、敵紡錘陣の通過を待って側腹を狙い撃つ……

 

 

 シミュレーターが終わりを告げた。

 

「損耗率、初期設定値に到達。勝者ファーレンハイト、損耗率29%。敗者ランズベルク、損耗率38%」

 

「負けましたわ。ファーレンハイト少佐、お強いですね。一度も損耗率で逆転できませんでした。損耗率もこれだけ差がつけば、実際の艦隊戦だったら逃げることもできず壊滅させられてましたわ」

 

 わたしは素直にそう言う。負けてさっぱりはスポーツマンシップの基本よ。

 

 ファーレンハイトは返事も返さない。30秒はシートに座ったままだった。

 目の前にたったいま起こった出来事が信じられないようだ。

(経済や軍事に興味があるという生意気な令嬢をからかってやるつもりだったのだが…… それがシミュレータでこんなことになるなんて! そら恐ろしい12歳の令嬢だ。細緻を極めた用兵ではないか。粘り強い防御と、ダイナミックな策と。恐ろしく正確な予測。おまけに対応の早さ。信じられん。この令嬢は、どこかおかしい)

 

 ファーレンハイトは士官学校時代からシミュレーションで数知れず対戦してきた。

 そのほとんどは勝っている。

 特に攻勢に出た時の自分に強い自信を持っていた。最終局面で攻勢に出たら一気に勝負を決めた。シミュレーションでの少数の敗戦は、攻勢に出られないままずるずると損害を増やされた時くらいだ。

 それが今、その攻勢を止められて逆撃までされたのだから。なんと言えばいいのだろう。褒めればいいのか、けなすのがいいのか。

 

「伯爵令嬢、この先、その才能が無用のものであり続ければ一番いいのですが」

 

 わたしはにっこりうなずいた。

 

「その通りですわ。ファーレンハイト様、本当に」

 

 

 そのやり取りを見ていた者達がいた。ミュッケンベルガーと他の軍人たちである。カロリーナとファーレンハイトが部屋から出ていくとシミュレータの記録を調べた。

 彼らは皆、ファーレンハイトの言葉通りの感想を持ったのだった。

 

 

 

 それからわたしは数日の間、せっかくなので様々なことを吸収しようと思ったが、うまくいかないことが多かった。

 

 射撃の達人コルネリアス・ルッツに教授してもらったのだがさんざんだった。

 ルッツ曰く「12歳では、このくらいだと思います」丁寧な言い方だが、つまり並み以上とはいえないということね。

 シュタインメッツに艦の構造やら操艦を教えてもらったのだが、これもダメな部類だった。わたしは文系脳だわ。

 一行が帰途に就く直前、わたしはミュッケンベルガーに2つのことを聞いた。

 

「オーディンのいろいろな施設、特に軍の施設に行ってみたいですわ。士官学校とかも」

「軍の施設? カロリーナ嬢は興味が本当に幅広いのだな。普通にはそういうことは許可できんのだが。なにせそんなことを許せば、軍に入っている貴族の息子どもの親が来て大変なことになるゆえに」

 

 そりゃそうだ。そして親たちが特別待遇付けろとか言い出したらたまらない。これはわたしの考えが甘かった。

 でもなあ、有能な人物に早く知り合いたいんだよわたしは。

 

「ただし、儂が軍のため必要と認めた客人であれば大丈夫」

「それを早く言って下さい! ミュッケンベルガー様、それならぜひお願いします。もう一つ、お聞きしたいことがあるのです。帝国軍に所属している者をランズベルク領艦隊に招くにはどうすればいいのでしょう」

「それはまた難しい質問だ。それには様々な制限が付く。もし制限がなければ、有力な貴族が根こそぎ持っていくことになって収拾がつかん。先ず本人が納得して移りたいといわねばならん。軍内部なら辞令一つなのだが、この場合は形式上除隊だからな。そして、通例、階級が同じとする。それと一番難しいのが軍の上司が認めなければならんのだ。よほど無能か、性格に難があって嫌われているか、とにかく扱いにくいと思われてなければ普通は認めんだろう。事実上難しい」

 

 意外とハードル高いわ。簡単にヘッドハンティングというわけにいかないのね。でもがんばらなきゃ。

 

 

 

 


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