平和の使者   作:おゆ

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第四十話 488年 7月 キフォイザーの星

 

 

 一方、ルッツとケスラーは伯爵令嬢の本隊と離れ、辺境に派遣されている。

 そこで命じられたことを地道にこなしているのだ。

 

「お二方にやってほしいのは、辺境星域にローエングラム元帥への協力をさせないようにすることです。うまく工作して下さい。おそらくローエングラム公の陣営から辺境星域に来るのはキルヒアイス上級大将、ワーレン中将、レンネンカンプ中将です。その平定活動を最大限邪魔するのです」

「なるほどカロリーナ様、その工作を成し遂げましょう」

 

「それと帝国軍の駐留星域を襲って、そこにある艦艇をなるべく無傷で奪って下さい。こちらは戦力が絶対的に足らず、いくらかでも艦艇を増やしたいのです。工廠も襲って、竣工間近な艦があれば持ち去って下さい。もう一つ、一番やってほしい大事なことを言います。幾つかの補給基地も奪って下さい。そして表面上は何事もなかったかのように偽装するのです」

「分かりました。併せて三つのこと、お任せ下さい」

 

 

 二人の能力は信頼に足るものであった。

 元々ケスラーなどはこういう工作の方が得意である。

 

 先ず辺境星系のローエングラム公への協力阻止はいとも簡単なことであった。このあたりの辺境星系では焦土作戦を行なったローエングラム公に根深い反感がある。強い恨みといってもよい。

 

 

 

 

 だが、既にラインハルトは手を伸ばし、キルヒアイスの艦隊を派遣して辺境星系を平定しようとしていた。

 辺境星系民衆は大きな武力に逆らえず内心の反感を隠しつつ渋々従っている。

 

 そこへタイミングよくケスラーの工作が入った。

 表面上は逆らわないが、事実上何の協力もしない方策を入れ知恵して回ったのだ。

 

「食糧はちょうど収穫期前ということで、在庫なしの帳簿を作れます。工業製品は規格が合わないと強弁して供出を拒めるでしょう。宇宙港は整備中で。受け入れ余裕なしとでも言えば」

 

 

 キルヒアイスらの辺境星域平定は表向き順調であるかのようだが、しかしこのケスラーの工作によって実のないものになっている。妨害工作の存在にキルヒアイスが気付かないわけがない。そういう暗部に疎くとも、生来の鋭敏さは余人の及ぶところではない。

 ただし、キルヒアイスは平然としている。

 

「名があればよいのです。実は要りません。領地を続々と失いつつあることを貴族に教えてやれば充分、貴族が焦り出すことこそ目的なのですから。辺境星系には無理をしてはいけません」

 

 キルヒアイスはラインハルトに命じられた辺境星系平定の戦略的意味を正しく理解していた。それと先の焦土作戦の後悔があり、決して辺境星系の民衆に対し、強圧的な態度はとらなかった。

 しかしそんなキルヒアイスの気持ちを理解しないものもいる。

 レンネンカンプは表面上従うと言ったくせに裏でコソコソ策動する者がどうしても許せず、いきりたっていた。

 無理やり調査をして首謀者をあぶりだしては逮捕した。多少強引でも、将来の禍根を断つ方を優先させたかった。

 しかしこれはしたたかに逆撃を食らうことになる。勝手のわからない惑星での突発的な逆撃、レンネンカンプはそこで命を失うことになった。先の焦土作戦での民衆の恨みの程度を分からず、飢餓や欠乏を文字でしか理解しなかった報いである。

 

 

 一方、ルッツはケスラーと違い、帝国軍基地から艦艇を奪取する方に従事している。。

 もともとこの辺境に残っているということは、それらの艦艇はローエングラム元帥に積極的に加わることを良しとしなかったともいえる。

 さしたる抵抗は受けずにことが進んだ。

 補給基地の攻略は軍事行動を伴う分難事ではあるが、そこでも決死の抵抗など受けないうちにいくつかは占拠できた。

 

 

 

 

 目的達成の目途がついたところでルッツ、ケスラーはカロリーナとの合流を目指す。

 ついに、ベルゲングリューンの五百隻以外は全てのカロリーナ艦隊が合流する。ファーレンハイト、メックリンガー、ビューロー、ルッツ、ケスラーの諸将を擁し、艦艇数は合計一万六千隻に及ぶ。

 これはほぼ一個艦隊といっていい規模になる。

 

 

 艦隊の再編を終え、進発する。

 ケスラーだけは使命を与えて別行動に遣わすが、残りは揃って新たな戦場へと向かう。

 

 その目標はキフォイザー、取り立てて特徴があるわけでもない辺境の星系である。

 ただしその意義はこれから生じるのだ。

 宇宙の運命を決める大会戦が行われ、歴史書にキフォイザー星系の名が記される。

 

 ローエングラム陣営の辺境平定艦隊、つまりキルヒアイス、ワーレンの艦隊四万隻が集結している。

 

 それに挑もうとするのはリップシュタット貴族連合別動隊、つまりリッテンハイム侯の私領艦隊と付き従う貴族の艦艇あわせて五万隻以上。

 どちらも凄まじい大艦隊だ。

 スクリーンの倍率を通常より低倍率にしなければ全体を見ることさえできない。

 そうすると、まるで艦隊が雲のように見える。

 

 この会戦、先に攻撃したのはリッテンハイム侯である。

 

「撃て! 赤毛の手下など撃ち滅ぼせ!」

 

 自信を持っていた。むしろ、相手がローエングラム公ラインハルトでないのが不満なくらいだ。

 伝統と格式ある貴族に逆らう艦隊が何ほどのものであろう。数もこちらの方が多いのだ。

 

 それに対し、キルヒアイスとワーレンは当初平凡に撃ち返した。

 だが平凡に見えても、奇妙なことに損失艦数が等しくはなく、リッテンハイム艦隊の方が数倍多い損失を被る。

 

「何だそれは! なぜ数が多いこちらが押し返されている! 撃て撃て、もっと撃て!」

 

 リッテンハイム侯は認識できない。

 全体を大きく見れば雲同士が一部重なり合い、接触しているだけに見える。だが局地的には指揮でも連携でも貴族艦隊は圧倒されていたのだ。実戦経験の違いはあまりに大きく、各艦長や下級指揮官の能力も比べ物にならない。

 

 

 

 その戦場へ今こそカロリーナ艦隊が迫りつつある。

 

 それを知ったキルヒアイスはわずか眉を曇らせた。

 この戦いは、少し困難かもしれない。戦力のことを考えてのことではなく、伯爵令嬢と戦いたくない思いがあるからだ。

 

 それはわたしも同じ、キルヒアイスと戦いたくない。

 

 

 しかし始まった以上、どう思おうとも戦いは拡大するものだ。

 カロリーナ艦隊は後発の利を活かし、うまくキルヒアイス艦隊左翼の側面についた。正面から戦うリッテンハイム家の艦隊とあわせ、理想的な半包囲かと思いきや、抵抗が激しくて思うように前進できない。

 艦艇数が分厚い。

 キルヒアイスがカロリーナ艦隊に対する部分には他から大幅に艦艇を割いて加えていた。カロリーナ艦隊の力を侮らず、決して崩されぬよう過重なまでの数を揃えている。

 キルヒアイスは機を見るに敏な将であるが、戦理を正しく理解して念を入れる側面がある。

 

 ここまですればその分キルヒアイスの艦隊は他が手薄になるはずだが、相変わらずリッテンハイム侯の艦隊を圧倒している。リッテンハイム侯の弱さをしっかり見定め、余剰戦力分を他に回せるゆとりを持っている。

 

 

 

「このままではいけませんな。伯爵令嬢」

 

 ファーレンハイトはいつもの通り、突進攻勢を掛けたがっている。そのための戦場のほころびと攻勢をかけるべきポイントを探り当てようとするのだが、さすがにキルヒアイスの艦隊にそれは見つからない。

 

 会戦は次第に混戦模様になってきた。

 といってもやはりリッテンハイム侯の損害の方が大きく、これでは遅かれ早かれ破綻し、カロリーナ艦隊もそれに巻き込まれれば壊滅してしまう。

 

 わたしは皆に命じ、いったん戦場を放棄した。

 編成を組み換え、ルッツに命じワーレンの司令部付近を目指し猛攻をかけさせる。

 

「ルッツ様、攻勢の機敏を期待しております。六千隻を割き、それを指揮して下さい」

 

 一気呵成の攻勢で相手の司令部さえなんとかすれば、逆転の目はある。

 

 

 キフォイザー星域の戦いの第一幕は平凡なものだった。

 だが、ここからの第二幕は意外な形になる。それは二人の将の手に委ねられた。

 良将アウグスト・ザムエル・ワーレン対堅将コルネリアス・ルッツである。

 

 といっても華麗というべき戦術は終始なく、通常の砲撃戦が主体になるが、それには理由がある。

 艦数はワーレンが一万五千隻を率いる。これには死んだレンネンカンプの指揮していた艦隊が含まれ、この数になっているのだ。

 対するルッツは六千隻に過ぎない。

 数で大差がある以上、ルッツは下手に全面攻勢には出られない。

 かといってワーレンも思うように動けない。戦局全体では敵であるリッテンハイム侯艦隊とカロリーナ艦艇の方がやはり多く、行動にはどうしても制約がつきまとう。

 

 ワーレンは良将である。

 大局を俯瞰してのダイナミックな艦隊運動を得意としている。また豊富なアイデアをもつ用兵巧者である。しかしこの場合には制約されて長所を生かすことができなかった。

 逆に、ルッツは自身が射撃の名手であることからもわかるように、敵の急所を狙って撃ち抜くのが真骨頂である。

 今回ついにそのポイントを見つけた。

 本来のワーレン艦隊と旧レンネンカンプ艦隊との間隙を見だし、そこを狙って最短距離で司令部に近づく。

 

「敵艦接近、旗艦へ高エネルギー反応来ます! 直撃!」

 

 いくつかの不運が重なってしまう。

 ワーレンの旗艦サラマンドルは艦橋付近に被弾、艦は持ちこたえたものの司令部には怪我人があふれた。そしてワーレンは右腕に深手を負ってしまった。腕を切断するほどではなかったものの、どうしても麻酔が必要な怪我のため、指揮を一時とれない状態になる。

 

 

 

 この間、メックリンガー、ビューローはわたしと一緒に忙しく防御と攻撃の指示を出していた。ルッツに分けた分、艦数は減ったがそれでも押されてはならない。崩されればリッテンハイム侯の艦隊にまでそれは及び、崩壊する可能性がある。

 なぜなら、今やリッテンハイム侯艦隊がカロリーナ艦隊に依存しているような形になってしまっているからだ。

 ファーレンハイトは選りすぐりの高速艦千隻を統率し、出番を待っている。

 

 ここでワーレンの戦闘不能により、戦局は貴族艦隊側に傾いたかのように見えた。

 

 しかし、キルヒアイスは何も慌ててはいない。

 

 予定のことを予定通りやるだけのことである。

 それからもしばらくリッテンハイム侯艦隊を観察していたが、ついに動いた!

 

「旗艦バルバロッサを先頭に突入します。数は八百隻ほどで充分でしょう」

 

 

 

 何と艦隊旗艦が突入攻勢をかけるとは!

 しかも、八百隻が五万隻に立ち向かうのだ

 それだけでも驚くべきことなのに、実際突入した戦果が驚異的である。

 

 迅い! しかしそれだけではない。

 多数の艦で一つの艦を攻撃、一つの艦で多数の艦を攻撃、変幻自在である。まるで紙吹雪の中を走るように全てを撥ね退け、自由に宙を舞う。

 これがキルヒアイスの真骨頂。

 とうてい人間業ではない。誰もそれを止められはしない。

 戦場はこの時、魔に魅入られたようになる。誰もが信じられないことを目にしてしまったのだ。

 

 だが、ここでわたしは叫ぶ。

 

「いけない! ファーレンハイト様、急ぎあの突入艦隊を追って下さい。なんとか食い止めなければこちらは崩壊します」

 

 ファーレンハイトは勢いよく発進してキルヒアイス突入部隊の後を追った。

 しかし、驚くべきことにファーレンハイトの迅速を持ってしても追いつけない。

 本来逃げるより追う方が最短で行けるので圧倒的に有利なはずである。それが追いつけないとは、どういうことだ! 迅さには絶対の自信のあるファーレンハイトは驚くほかない。

 

 わたしもファーレンハイトばかりに任せず、戦況の急激な悪化をただ待っているわけにいかない。キルヒアイスによってリッテンハイム侯艦隊は浮足立ち、全面崩壊しかかっているのだ。

 わたしはリッテンハイム侯艦隊の外側を回りこみ、キルヒアイスの突入部隊を外側から追った。

 やっとファーレンハイトが追い付いてくれたと思った瞬間、キルヒアイスのバルバロッサがリッテンハイム侯艦隊を食い破って飛び出した!

 

 そこは、わたしのいる旗艦の目の前だった。

 

 だが、反射的に攻撃命令を出すところをためらった。手を震わせるだけで、命令の声を出さなかった。

 キルヒアイスの方も至近で向かいながら攻撃しなかった。

 2つの艦が交錯し、そのまま離れていく。

 わたしは欺瞞の固まり、戦場なのにキルヒアイスを殺すのを躊躇してしまった。

 

 戦局全体に目を戻すと、もはや手の施しようがないと思わせた。

 

 キルヒアイスの神業にこれまでの努力がいともあっさりとひっくり返されてしまったとは。

 リッテンハイム侯の艦隊はしばらく形をなしているように見えたが、いきなり崩れた。

 砂の城が限界に達したごとく、はかなく溶けてゆく。

 

 

 

 キフォイザー会戦は貴族側の敗戦に終わると決まった。

 こうなればわたしのやるべきことは損害が最小限になるよう支援し、脱出する道を開くことだ。

 かさにかかって追いすがってくる敵艦を打ち払い、突撃してくるものに逆撃を食らわせ、わたしはリッテンハイム侯艦隊のために退路を確保する。

 

 目まぐるしく戦いを続ける中、ふとリッテンハイム侯自身がどうなっているか気になった。

 既に逃走できただろうか。リッテンハイム家の旗艦オストマルクを探す。

 

 すると絶望的な光景が映し出された!

 

 オストマルクは敵に二重三重に包囲されているではないか。豪奢に作られ、威容を誇る大戦艦といえどもこの状態からでは脱出は不可能である。

 

 

 

 なんとか通信がつながった。わたしが口を開く前にリッテンハイム侯が言ってくる。

 

「ランズベルク伯爵令嬢か。見ての通りの体たらく、何の言い訳もできない。金髪の孺子の手下にさえ負けた。力の差を弁えず、うかつに戦いに及んだ者の末路、ここで潔く散ろう」

「侯爵様、そんな気弱ではいけません。なんとか脱出し次につなげましょう。僭越ながら助力いたします」

 

 しかし、リッテンハイム侯はもはや脱出が不可能なことを正しく認識し、その上で伝えようとしている。

 

「伯爵令嬢、そなたにはサビーネが本当に世話になった。あれはあれで言葉使いはなんだが、良い娘に育ったと思っておる。親のひいき目か。いや、そなたのおかげであろう」

「いいえ、わたしなどお役に立っておりません。サビーネ様は元からそういう良い気性なのです」

「そう言ってくれるか。うれしく思うぞ。では伯爵令嬢、サビーネに伝えてくれ。正式にサビーネ・フォン・リッテンハイムがリッテンハイム家を継ぐのだ。サビーネがこれからのリッテンハイム当主である」

 

 この最後の瞬間、リッテンハイム侯はきちんとした大貴族の気概を見せた。時代に抗えず、滅びゆく貴族でもその矜持は忘れない。

 

「そして、カロリーナ・フォン・ランズベルクよ。そなたにリッテンハイム家の全兵権を与える。リッテンハイム家とそれに従う全ての貴族の艦隊を統括し、その力でサビーネを助けよ」

「ええっ! そんな! 侯爵様、他家の人間がどうして」

「いや、そなた以外が扱っても宝の持ち腐れだ。どうか有効に使ってくれ。頼む」

 

 

 そして表情を和らげた。侯爵からただの一人の父親へと変わる。

 

「それとな、サビーネに幸せになるようにと言ってはくれまいか。儂は父親として甘やかすばかりで良きことは何もしてやれなんだ。悪い父親だったろう。だが、サビーネが幸せになるよう願っておったのだ。いつも、いつも、変わらず」

 

 

 ああ、わたしは涙が出てきた。

 それは垣間見えた人の真実、純粋な愛情だ。

 

「必ず伝えます! 侯爵様」

「これからはせめて星になって見守ろう。わが愛する娘よ、いつまでも愛している。では伯爵令嬢、さらばじゃ」

 

 通信が切れると同時にオストマルクは爆散した。

 

 わたしは大声をあげて泣いた。どうしようもなく涙が流れる。

 リッテンハイム侯、あなたは立派な父親でした。

 

 

 視界の片隅にキフォイザーの光が滲んでいる。優しい緑の光が。

 

 サビーネにはそのことも伝えよう。

 

 

 

 


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