平和の使者   作:おゆ

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第四十五話488年 9月 最強の敵手現る! その名はオーベルシュタイン

 

 

 この大会戦は舞台が多く、同時に幾つもの戦いがある。

 

 その場所でも激戦が展開されていた。

 ビームやミサイルの飛び交う戦いではない。それは情報の戦いだ。

 仕掛けているのはケスラー、仕掛けられているのはラインハルト麾下のケンプ艦隊である。

 

 知将ウルリッヒ・ケスラーと雄将カール・グスタフ・ケンプが対峙している。

 

 といってもお互いに姿を見てはいない。

 ケスラーが初めから電磁波妨害を濃密にかけているのだ。電磁波妨害をするブイを戦場へ大量に投下している。これでどちらも相手艦隊の位置が見えず、あくまでも少ない情報から類推しなくてはならない状態に置いている。

 ケスラーはそれと無人艦を数隻用意させた。それらに、間欠的にエンジンを使い、更に進路もデタラメに変えながら進行するプログラミングを入れて発進させる。もちろん欺瞞工作の一環だ。

 

 ケンプはいらだっていた。

 

 何か敵の反応があったと思って向かえばただの無人艦、こんなことが五回も続くとは。

 しかし、次の瞬間には敵の大部隊にふいに出くわさないとも限らないのだ。ゆめゆめ油断はできない。緊張が疲労となって蓄積される。

 

 一方、ケスラーはケンプ艦隊の心理を読み、思い通りに誘導している自信があった。

 徐々に死地を構築していく。

 

 

「やむをえん。有視界の範囲を広げる。大規模に艦載機を発進させ、哨戒させろ」

 

 焦れたケンプが命じる。

 すると幸運にも相手艦隊が見つかった。ケンプの艦隊九千隻よりも少ない五千隻しかいないではないか。

 

「小癪な。よし、位置が分かればもうこっちのものだ。急行して叩く!」

 

 ケンプは喜んだが、それはケスラーの思い通りの誘導なのだ。

 これで予定の時間に予定の場所に導いた。

 

 戦闘は平凡な砲撃戦から始まった。ケンプ艦隊が押しまくり、小勢のケスラー側が退きながら対処していく。

 

 

 突如としてケンプ艦隊から爆散する艦が相次いだ。

 

「なにっ、何ごとだ!」

「機雷です。機雷に接触した模様!」

 

 急きょ艦隊を停止させれば今度は狙い撃たれる。

 艦隊を動かすとまたもや機雷に接触する。

 

「いったいどうなっている! なぜ向こうだけが自由に動けるのだ」

 

 この場所には小さな機雷原が数十にも複雑に入り組んで配置されていた。

 配置したケスラーにはその場所がわかっても、ケンプにはもちろんわからない。

 まさに死地、である。

 

 機雷を慎重に見つけ出しゼッフル粒子でそれを除去しなくてはいけない分、どうしても艦隊行動に遅れが出る。この状態ではもはや勝負は決しているのだ。しっかりと準備をしたケスラーは勝利し、艦隊を見つけて得意の近接戦にすることばかり考えていたケンプは負ける。

 

「またもや一斉砲撃来ます!」

「やむを得ん、全艦右舷回頭し退避!」

 

 無理な行動をすると、機雷に接触する艦が出てくる。損害が増えるばかりだ。

 ついにケンプの旗艦ヨーツンハイムが接触してしまった。艦の損傷は思いの外大きい。

 

「閣下、この艦から脱出しましょう」

 

 ケンプ艦隊参謀パトリッケンが言う。だがケンプは答える。

 

「これを見ろ、俺はもう助からん」

 

 ケンプの腹から大量の出血があった。運悪く爆発の拍子に何かの破片が飛んできたのだろう。

 残兵の撤退を命じたのを最後に逝去した。

 その逝去の情報は混乱した通信を通してケスラーにまで伝わった。

 ただちにケスラーは起立、敬礼し、戦場から去る残存ケンプ艦隊をそのまま見送った。

 

 

 

 同時刻、カロリーナ艦隊から出た者たちばかりが勝ったわけではない。

 ルッツはまみえた敵将の力量を見て取り、勝つのは困難であると結論付けている。その敵将とはアイゼナッハ、地味だがどこをとっても破綻がない。ルッツは牽制に徹し、貴族連合軍をある程度支援すると無理はせず撤退した。

 

 違う場所に赴いているビューローもまた無理なことはしなかった。今回は勝つのが目的であり、優れた敵将と組み合う必要はないのだ。こちらの敵将はシュタインメッツであった。

 

 

 ただし、必ずしもそういうことができるとは限らない。いくら無理せず撤退にかかっても、それすらできない場合があるのだ。

 ベルゲングリューンがその状態に置かれてしまった。

 敵将が強い。強すぎる。

 いくら艦数で劣るとはいえ、こちらは何も手を打てず、局面に光明など一つもない。

 その敵とは驍将、オスカー・フォン・ロイエンタールだった。

 

 そのロイエンタールが淡々と相手を評する。

 

「なるほど、相手はそこそこやるようだ。あの伯爵令嬢の部下だからな。ここで俺に当たったのが不運というべきか。バルトハウザー、最終局面で行けるよう準備しておけ」

 

 ベルゲングリューンがいくら艦隊運動をしても取り込まれる。集中砲火でもかいくぐれず、分散して奇策をしかけようにも隙が無い。

 負けるのは確定、それどころではなくしだいに追い込まれ、壊滅が近い。

 

 しかし突然敵が消えた。

 

 あっという間に撤退していったのだ。何も前触れなく、付け入る隙もなく、きれいに。

 

「助かった。しかし、何があったのだ」

 

 ベルゲングリューンに分かるはずもなかったが、急な移動命令が本隊からロイエンタールに出ていた。ロイエンタールは目の前の戦いにこだわるような者ではなく、惜しげもなく眼前の勝利を捨てた。むしろこの移動命令の方に興味が移っていたのだ。

 

「オーベルシュタインから移動命令か。ここは奴に従ってやろう。俺が必要なくらいの敵がいるのなら、そっちの方が面白い。だが妙だな。ミッターマイヤーが予備兵力で残っていたはずだが…… 」

 

 

 

 別の場所ではブラウンシュバイクのいる貴族連合本隊とラインハルトの本隊とが戦っている。

 他の場所の戦いより規模は大きいが、それはもはや戦いというべきではない。

 ただの草刈りだった。

 ラインハルトとキルヒアイスのどちらもいる艦隊に誰が立ち向かえるというのだろう。

 ラインハルト側の本隊はたったの一万八千隻、それでブラウンシュバイクの三万隻をまったく一方的に薙ぎ払っていった。

 

「面白くないな。キルヒアイス。戦いの範疇にも入らん」

「それでも次の世を作るため必要な作業です。ラインハルト様」

「叛徒どもより無能なものがこの世にあるとは思わなかった。下には下がいるものだな」

 

 しかし、この戦いはそれで終わらなかった!

 ガイエスブルグ要塞から新たな貴族側の応援艦隊が到着したのだ。

 それは一万五千隻、ブラウンシュバイク公の壊滅寸前の本隊とラインハルトの間に割って入ろうとする。

 

 ラインハルトの鋭鋒がそれを挫かんとする。

 だが、それまで弱いブラウンシュバイク本隊を相手にしていただけに、わずかな緩みがあったのだろう。逆に応援に来た艦隊は決して弱くなかった。

 強引に浸透してくるやいなや、特徴的な戦法を使ってきた。

 

 近接戦法である。

 

 多量の艦載機を飛ばしてきたのだ。局所的な優位から接触点を確実に侵食していく。

 大型艦はともかく小型艦では小破大破が相次ぐ。急ぎ距離を取って駆逐艦や巡洋艦の艦砲で弾幕を作り、撃ち落としにかかるが艦載機の数が多い。

 

 それにもまして厄介なのは、小破させられた艦の扱いだ。

 速度は出せなくともこのまま艦隊に留めるのか、それとも後方に下がらせるのか、邪魔になるので廃棄するのか判断が難しい。

 

 近接戦法は利点の多い良い戦法である。損害を与える艦種も程度も選ぶことができ、小技を効かせるにはこれほど適した戦法はない。

 しかし重大な欠点もいくつかある。

 航続距離の短い艦載機の補給を行うため、空母をよほどうまい配置にしなくてはならない。それができなければ艦載機は敵中に取り残されたままエネルギー切れの絶体絶命になり、艦載機はそれを怖れて突進などできなくなる。

 とはいえ空母運用はかなり難しいことで、なぜなら艦載機はいったん離艦すればコントロールが難しく、戦場の設定ができない。予想と異なるのが普通だ。

 

 そこを的確に予想し艦載機群をうまくまとめることのできる将、それがメルカッツだ。

 

「なるほど近接戦法…… とすればあの貴族側応援艦隊はメルカッツの指揮か」

「そのようです、ラインハルト様。メルカッツ提督ならば侮れません」

「奴は近接戦法には手腕があったな。ここは仕方がない。いったん退き、編成を組み直せ。艦載機を追い込める態勢に」

 

 

 さすがにラインハルトもメルカッツの手腕を甘く見ることはなかった。負けるとは全く思っていなかったが、惰弱な貴族の艦隊とは違い、単純に押せば勝てるものではないと理解している。

 

 その時、ラインハルト本隊に通信が入った。

 

「ミッターマイヤーです。何やら面倒な敵が入ってきように見えました。小官が追い払いましょうか?」

 

 ラインハルトが少し迷う。

 別にラインハルトはメルカッツを破れないわけではないが、しかしラインハルトのみ戦ったのでは時間がかかってしまうのも確かである。その間に貴族の盟主ブラウンシュバイク公を取り逃がすかもしれないのだ。いや、むろんメルカッツはそのために来たのだろうから。

 

 一瞬おいてまたしても通信が入ってきた。

 今度はロイエンタールからである。

 

「なるほどメルカッツが相手というのであれば、凡百の貴族艦隊などとは格が違い、小官に移動命令が出されたのも納得がいきます。とすればここは小官の出番でしょうか」

 

 

 ミッターマイヤーかロイエンタールにメルカッツを押さえてもらい、その間に急進してブラウンシュバイクバイクを斃すべきか。

 だが、その迷っているラインハルトを差し置いてスクリーンにオーベルシュタインが出た。

 

「ミッターマイヤー大将、ロイエンタール大将、お二方にはその場で待機していただきます。メルカッツ提督の相手をするために動く必要はありません」

「何? だがこれではみすみす敵の首魁を取り逃がしてしまうではないか」「ブラウンシュバイクを要塞に逃がして、この戦いになんの意味があるか」

 

 オーベルシュタインからの言葉を聞き、ミッターマイヤーもロイエンタールも同じことを言った。二人のどちらも必要ないとは理解できない。

 

「だからどうだと言うのですか。お二方は待機です」

 

 オーベルシュタインが全く動ぜず、何も意見を変えない。

 この結論はラインハルトが申し渡した。

 

「ミッターマイヤー、ロイエンタール、その場に留まるようにせよ」

 

 

 ラインハルトが言うのであればミッターマイヤーとロイエンタールは引き下がった。

 そのすぐ後に二人だけで言う。

 

「オーベルシュタインには何か考えがあるのだろう。ローエングラム公もそれを良しとされた」「俺もそう思う。奴には奴なりの理屈があったのだろう。ただし、オーベルシュタインの奴に命令されるのだけは我慢ならん」

 

 

 

 ラインハルトが再編を終え、戦闘が再開された。

 的確な遠距離砲撃を始め、隙をついた見事な集中砲火でメルカッツの艦隊にいくつも穴をあける。

 やがてメルカッツはそれ以上の戦闘継続を止め、後退を始めた。ブラウンシュバイク公がようやく戦場を脱したのを見て取ったのである。救援という目的は果たしたのだ。

 ラインハルトはある程度追撃し逃げ遅れた貴族を掃討するが、目的は半分しか達成できなかったことになる。

 

 

 これで第一次ガイエスブルクの戦いは終結した。

 ラインハルトの側はミュラーが重傷を負い、ケンプが死去した。

 ビッテンフェルトは無事だったが艦隊は深く傷ついた。

 無様なのはクナップシュタインとグリルパルツァーである。

 伯爵令嬢側の諸将が来ていないのにも関わらず、ただの貴族の艦隊に負けてしまっていたのだ。いくら貴族の艦隊の中ではたまたま強い部分に当たったとはいえ醜態であり、恥じ入るばかりである。

 ラインハルト陣営の艦隊総数は九万隻から七万隻足らずに減っている。

 それなりの打撃を被っていたのも確かだ。

 

 一方、貴族連合艦隊の側はブラウンシュバイク公は要塞に逃げ込めたものの、全体としては壊滅に近い。メルカッツ提督の艦隊を除いた貴族艦隊は何と三万八千隻しか戻れなかった。当初十万隻を優に超えていた艦隊が、である。

 戻る途中で無理な加速をしてエンジンを壊した艦も多かった。

 それにもまして逃げる途中で退路を巡って同士討ちをする艦までいたのである。

 

 まとめて言えばラインハルト陣営には多少の損害、貴族側は大打撃という結果であり、ラインハルトは勝利を大々的に謳ってもよかった。しかしそうする気にもならないほどラインハルトには不満が残る。貴族を全滅させられず、ブラウンシュバイクを取り逃がした。

 

 

「骨を折った割に果実が少ない。これで良かったのか、オーベルシュタイン」

「これで良いのです。元帥閣下。戦いばかり好む近視眼の輩には見えないでしょうが」

 

 オーベルシュタインが他の将帥をばっさり切り捨てる。

 勇将ミッターマイヤーも驍将ロイエンタールもオーべルシュタインには近視眼にしか見えない。

 

 オーベルシュタイン、この冷徹なる男には全てを見通す目と底なしの知謀がある。

 

 

 

 


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