事はガイエスブルク要塞の片隅からひっそりと始まった。
先にラインハルトが提示した和約は貴族の会議にて破棄され、そのことは下級兵士にも伝わっている。
それで彼らは不安のただなかにいた。兵士には貴族の誇りも関係ない。生き残れるかどうかが全てであり、勝敗はそれのついでのことに過ぎない。忠誠心はなく、給料がもらえればいいだけなのだ。決して戦いなど欲していない。
そんな兵士の不安を拡大させようとする者がいれば一気に燃え盛る。
いつの間にかガイエスブルクに公然と反抗的な一団が生まれてしまい、事あるごとに反抗とサボタージュを繰り返していたが、ある時から静かになった。
上官たちは胸をなでおろしたが、事実は逆である。
軍事的な決起が決まったからこそ大人しくなったのだ。
その日が訪れた。
いきなり要塞の電源が落とされた。
要塞維持コンピューターや空調などの本当の重要区画には予備ジェネレーターが置かれていて、それらは直ちに作動した。ただしエレベーター、隔壁、保安灯以外の照明などは全て動作不能になってしまった。
「なんだ、なにが起きたのだ!」
誰もが異口同音に皆が叫ぶ。要塞保守点検部門の要員がひとまず報告してくる。
「主反応炉には異常ありません。中継点に何かの障害があったようです。場所と原因を調査中ですが、復旧までそう時間はかからないでしょう」
それだけなのか。いったん安堵し、修理を通常通り進ませるだけだ。
だがしかし、静かに事は運ばれ、破滅へと導かれつつあったのだ。
「この時期にタイミングよく大規模な故障など何かおかしい。テロの可能性がある。念のため令嬢を艦に移しておこう」
これはファーレンハイトの判断であるが、他の将も等しく同じことを思った。
わたしはファーレンハイトらと共にドックに係留してある旗艦に移ることになった。
そしてわたしは親切心から一つのアイデアを思い付いたのだ。
「そうだわ、せっかくだから艦の電源を要塞に供給できないかしら。せめて照明だけでもつけてあげられたら皆の不安も和らぐでしょう」
それが可能か技術部に問い合わせて、可能との返事をもらったので電源を接続しにかかる。
ドックに係留してあった大型艦に次々とケーブルを接続し、それを要塞につなぎ、艦から要塞へとエネルギーを供給した。
自分でもなかなか良いアイデアだったわ!
そのおかげで要塞機能の一部が復旧できた。
それは全くの幸運であった。要塞の置かれた驚くべき事態が明らかになったのだ!
なんとガイエスブルク要塞の攻撃の要となる主砲ガイエスハーケンの制御室が制圧されかかっていたのである! 兵士の反乱勢力によって。
よほどうまく計画されたのだろう。警報は全てその経路を切断されていたのだ。そしてこのエネルギートラブルは監視なども停止させていた。これで明らかだ。この要塞のトラブルはガイエスハーケン制御室を乗っ取る、その一点だけのために仕組まれたものだった。
それは現場の区画から逃げてきた士官が、ようやく要塞内を移動可能となったために知らせに来れたおかげである。
しかし事態は深刻だ。もしも主砲制御室が乗っ取られたらどうなることか。
いや一部でも破壊されたら修理される間、要塞はラインハルト陣営艦隊からの攻撃に持ちこたえられはせず、ガイエスブルク要塞は陥ちてしまう。
なんといっても主砲あっての要塞なのだ。
まだその制御室にあるメインコンソールまで反乱兵士勢力は届いていない。だが、わずか壁一枚隔てたところまで来ているとのことだ。
まごまごしていられず、とにかく少しでも早く反乱勢力の討滅が必要だ。
もちろん要塞守備隊からの兵が急行した。
しかし反乱勢力は事前にあちこちトラップやバリケードを築いていて思うように進めない。そして通常ならこういう時のために設置された保安手段、ガスを流したり隔壁を操作したりという手段は使えない。なぜならまだ要塞の電源は完全ではなく、おまけに逆に要塞機能を部分的に乗っ取られてもいたのだ。
これは突発的な反乱にしては鮮やかすぎる。
たまたま、制御室に近いところにカロリーナ艦隊の者が二人いた。
メックリンガーとケスラーである。
もちろん反乱鎮圧の応援に向かう。そして走りながらメックリンガーが言う。
「こういうことを今の状況で言うのもなんですが、応援に赴いても私が役に立つとは思えず、銃撃戦も格闘戦も全く不得手で」
「メックリンガー殿、小官にはブラスターを撃つよりもピアノを弾く方が難しいと思えますが」
「この場合にはあまり意味がありませんな、ケスラー殿」
二人は不毛な会話をしながら、やっと現場に到着した。
そこにゼッフル粒子はない。
もしそれがあれば銃ではなくトマホークの戦いになり、それこそピアノと比べることもできないだろう。
見ると反乱勢力は制御室近くの通路にバリケードを築いて銃撃戦を持ちこたえていた。ここで鎮圧を妨害し、制御室を乗っ取る時間を稼ぐつもりだろう。
要塞主砲制御室のドアはまだロックされていて、そこを開けにかかっている反乱勢力がいる。ということはすんでのところで反乱勢力に破られていない。
直ちにその銃撃戦に二人も参加する。通路の角に隠れながら間欠的に撃ちかけるのだ。
ある程度の成果を挙げたのだろう。反乱勢力の撃ってくる銃撃の勢いが弱まった。
ここで出ようとするメックリンガーを慌ててケスラーが押しとどめる。
「まだです」
角から出て行った守備兵数人がすぐに撃ち倒された。
「市街戦などではよくこういう欺瞞が使われます」
またもや銃撃戦が続くが、今度こそ本当に弱まる。
鎮圧に当たる守備兵たちが再び物陰から出て、ようやくバリケードを制圧にかかった。この二人も飛び出す。
ちょうどその時主砲制御室のドアが反乱勢力に破られた!
その中に入られれば何も遮るものはない。制御コンソールがあるばかりだ。
「間に合わないか!」
ケスラーが走る。
メックリンガーが倒れている兵を不格好なステップで避けながら遅れて続く。
制御室の入口付近にいた反乱勢力をあっさりケスラーが撃ち倒すが、もう数人は中に入ってしまった。
制御室の中から銃撃戦の音が聞こえてくる。
そこにも一応守備兵はいたのだろう。反乱勢力と戦っているが、しかし、間もなく音はやんだ。しっかり準備をしている反乱勢力が圧倒し、ついに制御室を占拠したらしい。
ケスラーはドアに近づくが、いきなり飛び込むことはしない。
音を立てないステップで体勢を変え、慎重にドアの影を見やる。
はたして陰に隠れて待ち伏せしている者がいた。かがみこんでから突入し、まずはそれを打ち倒す。
素早くその場の状況を見た。
部屋の中には生きているものが二人いた。もちろん反乱勢力だ。
一人は制御コンソールの前の椅子に座り、既に何かの操作をもう始めてしまっている。
あとの一人がいち早くケスラーに銃を向け狙いをつけた。
その時のことだ。
「警告します! 主砲ガイエスハーケン、エネルギー過充填です。危険水準を40%超えています。すみやかに対処して下さい」
警告のための大きな機械音声が聞こえた。
ケスラーにブラスターを撃とうとした男はそれでわずか気がそれた。
その時にはメックリンガーがケスラーに追い付き、この制御室に入っている。
ケスラーが危ないと見て取り、ブラスターを持ち上げ相手の男へ撃つ!
ケスラーもまたほぼ同時に撃つ。
男も一瞬遅れて撃つが、ケスラーのすぐ脇をかすめて壁を焦がしただけに終わる。
その後、男はゆっくり崩れ落ちる。こちらには確かに当たっていたのだ。
「もう間に合わない…… これでガイエスハーケンは……」
男は嘲るような笑いを浮かべ、それだけを言ってこと切れている。
「早く、なんとかしなくては」
男の言いようだと間に合わないのか。ケスラーは急ぎ制御コンソールへ向かうが、先ずは制御コンソールに座る者を片付けなくてはならない。
しかし、その者は動かない。
ケスラーが銃を構えながらなおも近付く。妙に思いながら椅子を蹴ると、男は床にそのまま倒れる。
気を失っているようだ。コンソールに血痕があり、既に撃たれている。
それを考えるのは後、ケスラーがコンソールを見ると、最終安全装置の作動を示すディスプレイが点滅している。
ガイエスハーケンはすんでのところで自動停止し過充電をやめていたのだ。
しかし、その最終安全装置をコンソールの者が解除しようとしていたのは明白だった。
きわどいところで助かったのだ。
ガイエスハーケンから過充電のエネルギーが溢れたら、ここの損傷どころか要塞そのものがどれほどのダメージになったかわからない。
安堵したケスラーは、事態を間もなく把握して言う。
「小官もこれほど難しいことをしたことはありません。メックリンガー殿は銃を持った男に真っすぐ向いて撃ったはずなのに!」
「そうですが……」
「しかしコンソールの椅子に座った男に当たった、いえ当ててしまわれるとは」
メックリンガーが難しい顔をして言った。
「ピアノでノクターンを弾こうと思ったら、マズルカを弾いてしまった、そのようなものでしょうか」
ケスラーがもっと難しい顔をした。
その例え話、よくわからないんだが。