平和の使者   作:おゆ

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第五十一話488年11月 矜持

 

 

 わたしは、旧ヘルクスハイマー艦隊と旧クロプシュトック艦隊に守られようとしている。

 元々こうなるように仕組んだのではない。かつてわたしがどちらも半分しか接収しなかったのは、後で助けてもらえるように考えたものではない。たまたまこのタイミングでブラウンシュバイク公が裏切り、危険を承知で恩返しに動いてくれたのだ。

 

「偶然ではありません。伯爵令嬢は今まで人を助けるために動いてきたのです。それが形になって返ってきたということです」

 

 ビューローがそんな嬉しいことを言ってくる。この恩返しは、やってきたことが無駄ではなかったことの証だと言いたいのだろう。

 ともあれこれでブラウンシュバイク公艦隊は四分五裂、やっと一息つける。

 

 

 恐慌をきたしたのはもちろんブラウンシュバイク公爵の方である。

 三万隻という圧倒的な大戦力で伯爵令嬢をたやすく葬るだけ、それは造作もないはずだった。そしてそのまま金髪の孺子の元に駆け込む簡単な話ではなかったか。

 

 それがどうしたことか手間取っている。同士討ちによって艦隊が機能不全だとは、予想外もいいところだ。

 もしも伯爵令嬢を撃ち漏らしたらどうなるか。

 当たり前だが要塞には戻れない。

 この貴族連合軍への裏切りはガイエスブルク要塞でも見て驚いているだろうし、天下にそれを知らしめている。いくら正道に帰っただけだと強弁しても、貴族連合軍の盟主である以上はどんなに繕っても変節を言いくるめることはできない。

 だからといって金髪の孺子のところに行っても扱いは多少悪いものになるだろう。令嬢を討ち取る見返りとして帝国宰相の位を与えると言ってよこしているのだが、単に裏切りだけに終わってしまえば。

 

 いやそんな心配は杞憂だ! どのみち伯爵令嬢は逃げられない。

 向こうから金髪の孺子の艦隊が押してくるのが見えてきた。こちらが思わぬことになって片付けられなくとも、伯爵令嬢は金髪の孺子自らが討ち取る。

 そうすれば何も問題はないではないか。ブラウンシュバイクは胸をなでおろした。

 

 

 ファーレンハイトや他の諸将は正に決死の奮戦をしたが、それでもなお届かない。

 ラインハルト本隊がカロリーナ本隊に迫る方が早い。

 

 わたしはほんの少しで要塞に辿り着けるのに。

 ここにきて再び白い線がそこかしこに伸び、爆散する艦が相次ぐ。ヘルクスハイマー艦隊やクロプシュトック艦隊もわたしを守ろうと必死に頑張ってくれる。彼らは決して弱兵ではないのだが、しかしさすがにラインハルト直衛の本隊、精鋭だ。着実に抵抗を排除しつつある。危機は去るどころかいよいよ切迫してきている。

 

 しかし、ここでまたしても割って入る艦隊がいる。

 

 その艦隊は敵からも味方からもまるで無視され、戦力として計算されていなかった。そこまで軽視されていた艦隊だ。今、その艦隊はいっそう狂乱し、感情のままに通信をまき散らしていた。

 

「叔父上! 叔父上は何ということをしているのですか! 戦いの美学どころか裏切りとは、帝国貴族がそんな恥知らずであってはなりません。貴族の誇りを失うようなことは!」

 

 フレーゲル男爵の率いる貴族艦隊だった。

 勢い込んで要塞を進発したはいいが、めぼしい敵からは無視され、挙句の果てに味方から守られながら要塞に帰還させられようとしていた。全く不本意である。そんな鬱屈したところでブラウンシュバイク公艦隊の裏切り行為を目の当たりにしてしまったのだ。

 

 あまりのショックに狂奔といえる艦隊運動をした上、何とラインハルトの前に立ちふさがる!

 

「叔父上の行為は貴族のものではない! かくなる上は正々堂々一騎打ちで真の帝国貴族の誇りがどういうものか見せてくれる! 金髪の孺子、前に出てこい!」

 

 貴族たる矜持で生きてきたフレーゲルには仮にも味方である伯爵令嬢への裏切りは決して容認できない。そこで自分が貴族としての最後の意地を貫こうというのだ。

 

 

「何という幕引きか。あの馬鹿が最後に邪魔に入るとはな」

 

 熱のないラインハルトの声だ。だがしかし、フレーゲルの心情を理解できないことはない。フレーゲルの行動は理性的でも合理的でもなく、愚かとさえ言えるものだが、ラインハルトは冷笑で済ますことはできない。いや、それこそ諸将のうちでラインハルトほど理解できるものはいない。形は違えど誇り高いことは共通なのだから。

 

 ラインハルトなりに礼を尽くすべきと考えた。

 艦隊の前面に旗艦ブリュンヒルトとバルバロッサが静かに出る。

 

 それを認め、フレーゲル男爵の旗艦から数条のビームが放たれる。

 ブリュンヒルトからも同様に放たれる。

 ブリュンヒルトのシールドが一瞬輝く。一発だけ直撃してしまったのだ。しかし危険はない。この距離とブリュンヒルトの性能からすれば最初から貫けるはずはない。

 逆にブリュンヒルトから撃った砲撃は正確かつ強力なものだった。フレーゲルの旗艦に同時にいくつも着弾する。それはシールドを破るに足るものであり、あっさりと艦橋を貫いた。

 

「帝国貴族の誇り、帝国貴族の………」

 

 艦の性能も練度もまるで違う以上、最初からこうなることは誰が見ても分かりきった結果ではあるが、形の上では正々堂々の戦いだった。

 

 フレーゲルは苦しむことなく逝った。

 貴族の誇りだけを守り抜いて。

 

 

 

 

 わたしの艦隊は傷つき、ボロボロに成り果てながら、ようやく要塞主砲射程圏内に辿り着いた。

 

 全くひどい有様である。無傷の艦などなく、エネルギーや弾薬も尽き果てている。

 しかしようやく安全圏にきたのだ。

 わたしを守ってくれたヘルクスハイマー艦隊とクロプシュトック艦隊も辿り着く。最後に盾となったフレーゲル男爵の艦隊は残念なことにほぼ全滅している。

 

 ファーレンハイトらの諸将はカロリーナ本隊が要塞に着くのを遠目に見て、心から安堵した。

 それだけが問題だった。

 

 しかし、これからラインハルト側の有能な提督たちを相手に自分たちが困難な撤退戦をしなくてはならない。まだ戦いは終わっていないのだ。

 これにはメルカッツが殿役を買って出た。

 

「そちらの艦隊はみなエネルギーが尽きかけている。だいぶ無茶をしたのだろう。こちらの方がまだマシに見えるのでな」

 

 メルカッツは得意の近接戦法で最後の攪乱にかかる。わざと敵艦を小破にとどめて足止めに使うのだ。とはいえ困難は困難、決して少なくない犠牲を払うことになった。

 やっと全ての貴族側艦隊が要塞に帰還できた時は、もはや動いているのは病院船だけという始末である。

 

 これを見て尚もしつこく追撃しようとするラインハルト側の艦隊もあった。もう少し戦果を得て昇進したいという欲に駆られた者たちもいたのだ。

 

 

「ガイエスハーケンを放て! 艦隊を守るのじゃ!」

 

 ここでサビーネの指揮の元、ガイエスブルク要塞がようやくその凶暴な鍵爪を伸ばす時がきた。

 戦いの様子を見て、要塞主砲ガイエスハーケンの射程内にまで入り込んだ敵に容赦するサビーネではない。傷ついた貴族艦を尚も追いかけ回す敵にたっぷりと代償を払ってもらわなければ気が済まない。直ちにサビーネは要塞主砲制御室に発射を命じたのだ。

 

「ガイエスハーケン照準固定、エネルギー充填よし、安全装置解除、発射シークエンス完了!」

「撃つのじゃ!」

「ガイエスハーケン、発射します!」

 

 要塞主砲の凄まじいエネルギーが解放される。

 白熱の帯が直線で伸び、ラインハルト本隊から突出していたカルナップ艦隊に直撃する。千隻もの艦隊が瞬時になぎ倒された。

 

「どんどん撃て!」

「ガイエスハーケン第二射、発射します!」

 

 またもやうかつに要塞に近づいていたトゥルナイゼン艦隊に命中し、こちらも一瞬で塵に変わる。

 結局四回まで撃った。これでどんな者にも戦闘継続の無理さが分かったはずだ。

 ラインハルト陣営もまとまって撤退していく。

 

 

 

 第二次ガイエスブルクの戦いは終結した。

 貴族艦隊側は大敗を喫した。

 

 それも通常に戦力差で負けたのではなく、貴族連合軍盟主ブラウンシュバイク公の裏切りという思わぬ事態によるものだ。艦隊も傷ついたが、それ以上に気力も失った。何のために集まり、何のために戦いをしてきたのか。ブラウンシュバイク公の気のきいた手土産にされるためか。

 

 一方のラインハルトである。

 いったん退いている途中でブラウンシュバイク公とわずかな艦隊が合流してきた。三万隻の大艦隊は見る影もない。混乱の途中で大半は沈められ、あるいはブラウンシュバイク公を見限ってガイエスブルク要塞の方へ向かってしまったからだ。

 

 ラインハルトは補給基地化していた惑星にしつらえた建物の広間で、ブラウンシュバイクに会う。

 

「ブラウンシュバイク、カロリーナ・フォン・ランズベルクは逃がしてしまったようだな」

 

 最初から不愉快をあからさまにした声だった。しかも上座に座って立ち上がろうともせず、ぞんざいな態度だ。

 これがブラウンシュバイクの勘にさわる。

 ブラウンシュバイクは帝国一の貴族として今まで常に見下す側であり、最上級のへりくだりを受ける側だった。

 

 なんだその言葉は! ふざけおって!

 明らかに上に立つものの言い方ではないか。随一の大貴族にして帝国の藩塀たるブラウンシュバイク家の当主に向かって何を。

 高貴なる血筋に対して敬意を払わぬとは何たることだ。この金髪の孺子めが。たまたま時流に乗り、力を持ったからといってそこまでつけあがるとは許し難い。

 

「それはそうかもしれん。だが儂はうまく味方してやったつもりだ。帝国宰相とまでは言わん。国務尚書で我慢しておいてやる」

 

 さすがに裏切りという言葉は使わなかった。しかし味方してやって助かっただろう、感謝しろという態度は変えない。謝礼の地位も少しは譲歩したつもりだ。

 

「ふむ、俗物というのは物事を理解することができぬようだな。ブラウンシュバイク、元々賊軍になっておきながら何か言える立場にいると思っているか?」

「だから正道に立ち返り、そっちの言う通りにしてやったのだ。もう賊軍ではないわ! 皇帝陛下に忠義を捧げる身だ。それで恩賞はどうした! 裏切ってやったのだぞ!」

「裏切りを認めたかブラウンシュバイク。そんな者に新しい帝国で居場所があるとでも思ったか。この者を引っ立てよ!」

 

 元々自我ばかりが肥大しているブラウンシュバイクには状況が分からない。

 この期に及んでも動揺するばかりで、自身の危機を察知できないでいる。

 

「何だと!? ローエングラム、一体どういうことだ! 約束はどうした!」

「カロリーナ・フォン・ランズベルクを討ち取れば考えもしよう。そういう話をした覚えはあるが、他に何かあったのか。そろそろ顔を見るのも耐えられる限界だ。さっさと連れて行け!」

「何! ま、待て、ローエングラム公。なにか行き違いがあったようだ、誤解しているのだ。す、すまん。恩賞はいらん。せめて命は……」

 

 衛兵の手を必死に振り払って絶叫する。ここに至ってラインハルトが本気であり、自分が何の力も持たない無力な存在だということが分かってきたのだ。高貴な血筋など1グラムの価値もなく、命令をこなす衛兵に抗う術などない。

 

「そ、そうだ、そこにいるオーベルシュタインという輩から話を持ち掛けられたのだ。儂は何も悪くない! 頼む、助けてくれ! 財宝は全部やる。そ、そうだ、我が娘エリザベートはどうだ? エリザベートと結婚すれば帝国の後継者の一端になれるぞ。どうだ?」

「下らん。血筋による正当性など必要ない」

「し、しかし、銀河帝国はそれでつながってきたのだ。そっちも助かるのは事実、悪くない話だろう。エリザベートはガイエスブルクにいる。ここに呼び、直ぐにでも話を決めてやる」

「な、何!? 息女エリザベートをガイエスブルクに置いてきただと!!」

 

 

 この瞬間、ブラウンシュバイクは自分の死刑執行を100%確実なものにした。

 

 たぶん裏切りを怪しまれないようにするためだろうが、娘をガイエスブルクに置いてきたのであれば、今頃生かされてはいまい。それほどブラウンシュバイクの裏切りは罪が深いのだ。怒りに見境のなくなった残存貴族は復讐の刃をブラウンシュバイク家に向けるだろう。ブラウンシュバイクは大貴族で生きてきたせいで驚く程そういった感性が鈍くなっている。

 

「もういいブラウンシュバイク、貴様の無益な言葉など聞きたくない! 衛兵、広間を汚さぬよう別の部屋で処罰を済ませてしまえ」

 

 ブラウンシュバイクは強制的に部屋の外に引きずられ、見えなくなった。そしてもう永遠に見ることはないだろう。

 最後まで命乞いを続け、暴れる様が見苦しかった。

 帝国一の大貴族がこれほど無様な最期を飾ろうとは。

 

「最後の最後まで失望させてくれたなブラウンシュバイク。言っておくが、甥のフレーゲルの方がお前より一万倍も立派だったぞ。無能でも最後まで矜持は捨てなかったのだからな」

 

 その場にいた諸将はラインハルトの言葉の一字一句にいたるまで完全に同意している。

 

 

 

 一方ガイエスブルクではわたしがサビーネに報告している。

 

「サビーネ様、リッテンハイム家からお預かりしておきながら、その大切な艦隊の多くを損ねてしまいまことに申し訳ありません。この始末は全てわたしの責、謹んで処分をお待ちしております」

「何を言うか! カロリーナ、無事で戻ってきただけで良いのじゃ。妾にはそれで充分なのじゃ。こたびの負けはブラウンシュバイクの奴腹が裏切りおったためじゃ。あやつのせいであって、カロリーナが悪いのではないぞ」

「その裏切りも予見できず、兵の多くを損ないました……」

 

 要塞の皆は絶望している。

 ローエングラム陣営の艦隊は強い。麾下の諸将は強すぎる。これまでの戦いで骨身にしみて分かった。

 

 艦隊も今まではローエングラム公の艦隊より質はともかくこちらの方が数だけは多かった。

 それが今やどうなったか。

 負けて多くを失い、特に裏切ったブラウンシュバイク公の艦隊はほとんど消えた。

 

 未だローエングラム陣営の艦隊は六万四千隻は残っていると見積もられる。。

 それに対し、こちらはブラウンシュバイク公の残存艦隊、といっても旧ヘルクスハイマーと旧クロプシュトック艦隊を中心として八千、カロリーナ直下の艦隊が九千、預かっているリッテンハイム家の艦隊が一万六千、メルカッツの艦隊が九千、合計四万二千隻ほどしか残っていない。

 これで数の面でも大差で劣ってしまった。もはや勝ち目があるのか。しかも盟主ブラウンシュバイク公はもう逃亡している。

 

 

「カロリーナよ、うつむくな!! 」

「あ、サビーネ様…… 」

 

 ここでふいにサビーネが言い切る。

 その顔は普段と少しも変わらず、少なくとも絶望の影すらない。

 

「気に病む必要がどこにある。次にローエングラムめを片付ければ済むことではないか。それだけのことじゃ」

 

 

 サビーネは次と言った。

 何も諦めていない!

 この少女は美しいだけではなかった。ルドルフ大帝以来帝室に流れる剛毅な血筋を確かに受け継いでいたのだ。

 

 そして勝利を疑わない、いいえ、わたしが勝利することを疑っていない。

 今改めてサビーネの度量を見た。

 それならばわたしもこのままではいられない。

 毅然として顔を上げる。

 負けたままで終わってなるものか。オーベルシュタインの謀略などに負けていいはずがない。わたしにはまだ力がある。信ずる諸将もいるではないか。

 

「そうです。サビーネ様」

 

 今、わたしに再び闘志が湧き上がる。

 

「次は勝ってごらんにいれます。必ず」

 

 

 最後にサビーネはとても嬉しいことを言ってくれた。それもまたサビーネの度量を示すものだった。

 

「そうじゃ、カロリーナ。後でエリザベートへ菓子を持って行ってはくれぬか。ふさぎ込んでいると聞いた。菓子を食えば元気も出るじゃろう」

「まあ! ブラウンシュバイク家のエリザベート様を? ではやはり保護されて」

「ブラウンシュバイク家だからといって親のことで八つ当たりしてくる者がいるかも知れぬ。エリザベートは妾のいとこでもあるしの。庇うのは当たり前じゃ」

 

 やはりサビーネは識見がある。感情のままに動いたりしない。

 

「ああカロリーナ、言うまでもないことじゃがエリザベートに作る菓子は余分に用意せい。妾の分も忘れるでないぞ」

 

 少し撤回しよう。

 食い意地だけは正直だ。やっぱりサビーネ様である。

 

 

 

 その後、次なる戦いが始まる前、わたしは少しばかり動く。

 輸送艦をいくつか用意させ、若干の食糧を詰め込んだ。それらを密かに発進させてある程度進んでからまた要塞に引き返させる。

 ここまですれば、当然ラインハルト側の哨戒艦隊に発見される。

 わずかな護衛艦はすぐに逃げ出し、輸送艦はそのまま食糧ごと拿捕されラインハルト側に渡る。

 

 この動きは味方にとっても不思議であり、サビーネに問われる。

 

「何の意味があるのじゃ、カロリーナ」

「向こうへわざと食糧を分けてやるのです。そうして、持久戦が取れる恰好にさせます。幸いガイエスブルク要塞の食糧の備蓄と生産プラントには充分な余力がございますので、こちらが困ることはありません」

「……持久戦にさせるのか。しかし、向こうが持久戦も取れるというだけで、必ずしもそうとは限らんし、選択肢を増やしてやるだけじゃ…… まあカロリーナがわざわざ策を練るのだから、意味があるのじゃろうな」

 

 わたしの策はしかし、オーベルシュタインに更に上を行かれた。

 この冷徹な参謀長には恐ろしいほど見通す力があったのだ。

 

「ローエングラム元帥閣下、敵の動きがおかしゅうございます。さきほどの食糧奪取はあまりに簡単すぎるもので、まるでわざと取らせたように思えます」

「わざわざこっちに食糧を与えるというのか。オーベルシュタイン、それはなぜだ」

 

 それはおかしい。明らかに逆だろう。遠征軍には補給分断が定石、奪うのならわかるが、むしろ与えるというのは理解できない。

 

「小官もはっきりとはわかりませんが、持久戦を容易にさせる狙いかもしれません」

「向こうが持久戦を望む? そんなはずはあるか。持久戦というのは相手が勝手に瓦解するか、あるいは味方が応援に来る場合に有効な戦術だろう。この場合敵にはどちらも期待などできない。要塞に篭って時間を稼いでも無駄だ」

 

「元帥閣下、必ずしもそうとはいえますまい。ここに我らを釘付けにしておいて辺境の蜂起を狙うのかもしれません。あるいは、オーディンで策謀を巡らしているのやもしれません」

「オーディンでか…… なるほどそれはあり得る。そうなればゆゆしきことだな」

 

 ラインハルトは考える。オーディンと指摘されて気づくが、もしも姉上の身になにかあったら一大事だ。兵力分散は痛いが、仕方がない。姉上の身には何物をもってしても変えられるはずがないではないか!

 

「よし、艦隊を一部派遣しよう。シュタインメッツ、クナップシュタインの両名をオーディンに差し向けよ。それで何があっても対処できるようにするのだ。貴族残党どもがオーディンで何かしてくるというなら容赦はするな」

「御意。それと敵はフェザーン方面と取引しているようですのでそちらへも対処を」

「そちらにはアルトリンゲンで充分だろう」

 

 

 次の月まで戦いはなかった。睨みあいだけが続く。

 

 そうしているうちにガイエスブルクの貴族の中から無理に脱走しようとするものが相次いだ。元々ブラウンシュバイク派だった貴族はもとより、リッテンハイム派だった貴族さえ多数含まれる。ヒルデスハイム伯などが命からがらの脱走していった。

 あえてサビーネも説得しようとはしなかった。

 

「呆れた者たちじゃ。どうせ領地に帰ったとてラインハルトの奴がそのままにするはずがあるまいに」

 

 脱走貴族はそれ以前に領地に戻れることもない。ほとんどはあっさり捕捉され撃滅されてしまう。

 

 

 

 そんな日のこと、宇宙全体を揺るがすとんでもないニュースが駆け巡った。

 

「オーディン陥落」

 

 誰もが信じられないことに息を呑むことなった。

 それは想像のはるか彼方、驚愕のニュースであった。

 

 

 

 

 


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