このお茶会には負傷から癒えたワーレンとミュラーも来た。
さっそくわたしは挨拶に赴く。
「お二方ともケガを治されたようでよかったですわ。痛い思いをさせたことをお詫び申し上げます」
「とんでもない伯爵令嬢! これは戦場でのことです。負傷した我らこそ情けなくて顔を上げられません」「小官も同様です。しかし令嬢の艦隊は強い。もう戦うことがないよう願います」
その反応は予期した通りである。やはりラインハルト麾下の提督たちは能力もあるが性格も良く、公正なのだ。
提督たちといえば、向こうでルッツが火薬式銃についての講義をしているようだ。どういう経緯でそうなったのだろうか。その手前でファーレンハイトとメルカッツ提督が話をしている。こちらは戦術論、たぶん近接戦闘か何かについてだと思う。
お茶会は盛況だ。開催して良かった。
「おう、カロリーナ。今日はタイヤキ尽くしかの。甘くないのも美味いの。チーズ入りが殊の外美味いとは意外じゃったわ」
今日初めて菓子について論評された。相手は言うまでもない。
「サビーネ様、食べ終わったら提督たちともお話して下さいね」
「わかった。妾と話をしたいと言う者があれば、話をしてやらんこともないぞ。しかし一通りは食べてからじゃ」
あんまり変わんないなあ、そこがいいのだけれど。
話といえば、広間にビューローとドルテがいる。
あれれ、広間の対角線にいて近づこうとしていない。逆にそれはわざとらし過ぎて目立つ。
出席しているミッターマイヤー提督とエヴァンゼリン夫人のように傍目から見ても仲良くみえるのも良いことよ。
どちらかというとミッターマイヤー提督が夫人をガードしてるように見えるけど。
あ、そうだ、仲良くといえば忘れてはならない人がいる!
わたしはブロンドを短髪にした令嬢に近寄った。
「ヒルデガルト様、お久しぶりです。お茶会に来て頂いてありがとうございます」
「これはカロリーナ様、こちらこそありがとうございます。それにしても宇宙での活躍、凄いですわ。知謀を駆使して戦い続けるなんてびっくりするしかないです」
うわ、キラキラした眼差しだ。元が率直な人である。思った以上に感動してくれているのだろう。
「そちらこそ、ヒルデガルト様はこの度ラインハルト皇帝の秘書官長に立てられたとか。そのお立場からどんな活躍をされるのか楽しみです」
そう、それよりも仕事以外でラインハルトとどうなるか楽しみだ。
「そしてヒルデガルト様、皇帝陛下はどうですか。いえ政治的なことではなく個人的な魅力については?」
わたしも完全にオバさん根性だわね。
「皇帝陛下の魅力でしょうか? それは烈しい方で、純粋で、目が離せない感じの…… とにかく普通ではありませんわ。誰でもそう言うでしょうけれど」
普通でないのはあなたも同じよ。だからこそ二人はお似合いなのだ。
「では、ヒルデガルト様としては好きなのですか?」
「え! いえそんな皇帝陛下に対し不遜な感情など、とんでもないことです!」
「皇帝陛下もいつまでも独身というわけにはいきませんでしょう? 誰か他の平凡な令嬢と結婚されることが想像できます?」
思わぬ話の成り行きに目を白黒させているヒルデガルト嬢を見つつ考える。
あなたこそ将来ラインハルトを支え、帝国の国母ともなる人なのに。頑張れ!
宇宙は平和だ。
いつまでもこんな平和が続けばいい。
楽しくお茶会を終えたと思えば次にわたしは旅行に行くことを宣言した。
この忙しいのに、と周りの誰しもが思った。
確かに忙しい。
わたしはオーディンにいる間中サビーネの相談役、いやお茶の相手をすることも多い。
ランズベルク領に帰っているわずかな時間も仕事が目白押しだ。帝国から委託された、同盟による辺境統治の補佐役としての責任がある。
これもまたバランス感覚が要求される困難な仕事である。
下手に同盟が理解不足のまま民主主義を押し付けても騒乱が起きるだけだ。良かれと思って成しても迷惑でしかないことも多く、お互いの理解はそう簡単でない。
わたしは同盟と辺境星系の住民と両者の意見を聞いて円滑に事が進むよう取り計らう必要がある。
そしてわたしと共にランズベルク領にいるのはファーレンハイトとメックリンガーだけだ。といってもメックリンガーはランズベルク領とオーディンの連絡役にしている。それはわたしなりの計らいであり、時折はオーディンにいることによってメックリンガーは芸術的な刺激も受けるだろう。
他、ルッツとケスラーはオーディンに留め置いている。情報収集と外交をやってもらうつもりだ。
そしてビューローとベルゲングリューンをリッテンハイム大公国へ軍事補佐役として出している。向こうはメルカッツ上級大将しかいないので大変だろうと思ったからである。
一方、ミュッケンベルガーは今度こそ本当に引退した。
「もう何も思い残すことはない。儂のすべきこともない。これからカロリーナ嬢と帝国を見守って過ごそう」
一つの時代の区切りである。
わたしの胸に数年来の思い出が去来する。14歳の時に共に戦ったことも、その前からのことも。万感の思いだ。
今回わたしの言いだした旅行は予想を超えた遠方へものである。
なんとフェザーンとハイネセンを含んでいる。それは今まで行ったことのない場所を見たいという動機だった。
この平和になった時に行かないでどうする!
準備には数か月を要し、ついにみんなの呆れ顔を尻目にファーレンハイトとメックリンガーを連れて出発した。
むろん最初の目的地はフェザーンである。
軌道エレベーターで降りるとそれはきらびやかな美しい都会だった。ベルゲングリューンから聞いていた通りである。
高い建物が多い。
しかもオーディンと異なり看板が多い!
建物に取り付けられた色とりどりの広告が様々な商品を宣伝し、購買意欲を競って煽り立ててくる。わたしはよっぽど買い物を満喫しようかと思ったが、やめた。根が貧乏性なだけに選択肢が多いとかえって選べなくなる。
サビーネが来たらどうだったろう。
「妾には何でも似合うのじゃ。妾のせいでどんな服でも輝くからの!」
とか言っただろうな。高いものだろうが安いものだろうが自信をもって選びそうだ。
しかしのんびり観光ばかりしているわけにいかなくなったではないか!
フェザーンで意外な人が面会してきたのだ。
どうせこそこそ自治領主が後をつけさせるくらいのことはしているだろうとは思ったが、正面切って面会をしてくるとは思わなかった。
ぴっしりと仕立てのいいクリーム色のスーツを着こなす人物が言う。
「ルパート・ケッセルリンクと申します。お目にかかれて光栄です」
「カロリーナ・フォン・ランズベルクと申します。こちらも光栄に存じます。それで今回の用向きは何でございましょう」
少しばかり警戒心が滲む。
この人はあのアドリアン・ルビンスキーの息子。何の目的なのか。ここはフェザーン、宇宙一油断がならない。
「用向きというほどのことはありません。ただ令嬢にお目にかかりたいと思いまして。それだけではいけませんか」
その姿を見てわたしはちょっぴり考えを変えた。
あれ、この人なんだかファーレンハイトに似ているわ。
世の中を斜に構えて荒んだオーラをまとっているが、その奥に純粋な心を感じる。
この人はあのルビンスキーを超えて自分が上に立とうともがいている人である。その野心のためにあたら能力が空回りし、目が曇っている。本当の望みはたぶん自分が思っていることと違う。父親に褒めてもらいたいだけではないか。
「わたしのことを見てどうでした? 周りはみんな茶化すんですのよ。」
「いたって普通です」
「ん~~、それもちょっとなんですけど変だと言われないだけマシだと受け取っておきます。」
「反応は変です」
一方のルパートもまた奇妙な思いに捉われる。
おかしい、柄にもなく軽口を叩いてしまった。常に周りを警戒し、情報を絶え間なく分析するのが習い性の自分が。この令嬢のもつ雰囲気のせいか。
会えば今後役に立つ何らかの情報が得られるかと期待して近づいたが、そんな感想になるとは。
「いえ、済みません。立派でお綺麗な令嬢です」
「今になって言われても、かえって真実味がありませんわ」
わたしとルパート・ケッセルリンクはしばらくフェザーンの経済や官僚機構について話した。
ルパートは策謀などを一切感じさせず、率直にフェザーンのことを説明してくれたが、それには重要な示唆が含まれている。わたしが目下直面する問題は統治の官僚機構である。違う政体の背景を持つ者同士がどう折り合いをつけるか、まさに辺境星系にとって重要なことだ。それには帝国と同盟のはざまで長年調整してきたフェザーンの知恵がうってつけである。
わたしにとって意外に実りのある話になり、いくつも貴重な意見を聞けた。
「それではまた。オーディンで続きのお話しができればよいのに。是非いらして頂きたいですわ。わたしの菓子もごちそういたします。自慢ではありませんがこう言うとたいがいの人は来ますのよ」
そう、あのヤン・ウェンリーも来たくらいだもの。
こうして名残惜しい華やかな惑星を後にした。
わたしの一行は次の目的地に向かう。それは同盟首都ハイネセンだ。和平条約の前なら到底考えられない旅である。
到着するとハイネセンは陽光のまぶしい明るい都市だった。
それは民主主義の都である。フェザーンほど活気はないがガツガツしていることもない。人々は屈託がなく笑顔が多い。
ここで事件が起きてしまうとは誰も想像していなかった。