平和の使者   作:おゆ

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第六十二話 2年  1月 欺瞞の惑星

 

 

 自由惑星同盟で軍部によるクーデター発生!

 そのニュースはたちまち人類社会を駆け巡る。

 フェザーンを経由して銀河帝国首都オーディンにも届いた。

 

「向こうから皿の上に乗ってきた。ナイフとフォークを準備しようか。キルヒアイス」

「そうですね。ラインハルト様」

「艦隊の充実を急ごう。戦う時期については艦隊の再編と向こうの推移を見てからにする」

 

 ラインハルトは宇宙統一を決して諦めたわけではなく、いつか必ず達成すると思っている。

 ただし、名分もなく和約を反故にするわけにもいかない。

 だが今回の同盟クーデターはまさに自滅のようにラインハルトの目に映ったのである。

 戦力の上でもそうだが、和約を交わした政府が消滅したと強弁すれは反故にできるではないか。

 

 

 

 一方、イゼルローンのヤン第十三艦隊はようやく動き出した。

 艦隊はヤンの心の迷いを現すかのように鈍い動き方だった。むろん進路はハイネセン方面であり、その目的はクーデターを起こした救国軍事会議の排除である。

 

 最初に遭遇したのは位置的に一番近かったウランフ提督の第十艦隊となった。

 互いの旗艦に通信画面を開く。

 

「ウランフ提督、これは全く馬鹿げたことです」

「そうだな、ヤン提督。完全に同意する」

 

「艦隊を退いては頂けませんか。われわれが戦う理由はないはずです」

「それはこちらも考えた。ハイネセンへ行きクーデターの方を電撃戦で叩いてしまうという方法も。そうすれば確かに同盟軍の傷は最小限で済む。だがヤン提督、その後はどうなるというのだ。反動により政府は軍の統制を余計厳しくして、我らの意見など通らなくなるだろう。帝国への外征など決してさせたりせず、帝国打倒など夢のまた夢だ。それでいいのか」

「ウランフ提督、今現在自由惑星同盟の民主主義が損なわれています。そんな状態の国が帝国を征服することに意義があるでしょうか」

「そうともいえるな。否定はしない。では」

 

 話がまとまるはずはない。どちらも同盟のため、しかしそれぞれ奉ずる大義が違う。

 互いに苦渋の決断の末第十艦隊と第十三艦隊は戦闘に入った。

 

 ウランフ提督は同盟軍でも猛将で知られている。

 

 しかしただ突進するばかりではなく、配慮も細かい。ヤンの誘いや逃走する擬態には容易にひっかからず、かといって消極姿勢を見せると急進して食い破られる。

 ヤンは丹念な防御と集結ポイントへの集中砲火を行い、どうにか優勢を保っている。

 

 ヤンは本気で戦うのであれば勝つ方策を幾つも立てられるだろう。

 しかしこんな馬鹿々々しい戦闘で犠牲を出したくはない。自分の艦隊も、相手のも。ヤンの嫌うガチガチの軍国主義者で話の通じない相手だったらともかく、ウランフ提督は有能で同盟軍に必要な人間なのだ。

 クーデターを止めるために戦わなければならないがどうしてもヤンは消極的になってしまう。それでも戦闘が開始された以上、双方に損害が拡大するのは避けられない。

 

 どちらもいったん退いて軍の再編にかかるが、やがて決着をつけることを放棄して戦場を離脱した。互いの心情は似たようなものだ。

 

 ヤンはイゼルローンに帰投した。損傷した艦艇の修理と消耗物資の補給を名目として。

 それは自分への言い訳なのかもしれない。

 

 多少の犠牲を覚悟してウランフ提督を破ってもその後少なくともハイネセンまでアップルトン中将がいる。他にも出てくるだろう。

 相打ちは同盟にとって決していい結果にならず、銀河帝国は同盟の弱体化を見過ごしてくれるほど甘くない。それならばいっそのことイゼルローンを堅守することに意味がある。

 あの新皇帝ラインハルトは遠大な戦略を立てられる人物であり、おそらくイゼルローンにこだわることはないが、しかしここを空にするわけにもいかない。少なくともイゼルローン回廊をあっさり帝国軍に通らせては。

 

 

 

 その同じ頃、同盟領フェザーン方面ではもっと激烈な戦いが展開されていた。

 

 ボロディン中将の第十二艦隊が反クーデターとして戦う。

 それに対するクーデター派はルグランジュ中将の第十一艦隊とアル・サレム中将の第九艦隊が加わった混成部隊だった。第十一艦隊も第九艦隊もこれまでの帝国との戦いで痛手を被っているのだが、さすがに併せれば第十二艦隊を上回る数になった。しかし戦いに入ると、さすがに戦巧者で名声のあるボロディン中将である。相手の間隙をうまく突いて前後に分断することに成功し、優勢に進めていく。

 

 しかし、戦いの趨勢が明らかになってもクーデター派の両将はなかなか降伏しない。

 結果、どの艦隊も大きく傷つき、本当の意味での戦闘継続不能となって後退せざるを得なかった。

 

 

 

 これら宇宙の戦いとは別にハイネセン地上でも激しい戦いがある。

 それは武器を使用するものではないが、宇宙の戦いに優るとも劣らない重要なものだ。

 

 大衆の意見操作が救国軍事会議のバグダッシュ中佐らによって行われている。

 

 まずはテレビ放送を好戦的なものに差し替えていく。

 ニュースも恣意的に選ぶ。

 討論のある番組ではコメンテーターと称する知識人を全て裏で操作した。

 そんなことは国家の権力には造作もない。それに救国軍事会議が新たに思いついて始めたのでもなく、今までの同盟政府もマスコミには散々関与していたのだ。いつの時代も公正中立なマスコミなど存在しない。常に大衆の意思は操作されるものである。

 

 連日帝国打倒・挙国一致の機運が高まっていく。

 

 帝国の悪逆を大げさに報道して感情を煽り、その上で知識人の客観的データと称する恣意的な理詰めがそれを補強する。

 それに付随して救国軍事会議がやむにやまれず決起した正当なもののように思わせられる。

 あたかも自分で考えた結論であるかのように意思を植え付けられた。

 いったん結論めいたものが頭に入ると、自ら恣意的に情報を取捨選択してますます感情を高ぶらせるのが人間であり、おまけにそういった人間は自分だけでなく他の人間をも同調させにかかる。これが大衆の性質なのである。

 

 こうしたことを熟知している情報部の将たちは、挙国一致の熱が自動的に高まるのを確認してほくそ笑んだ。

 

 更に救国軍事会議に人間的な親しみと好意を持たせるため、ドーソン大将の日常まで連日放送した。

 大衆はドーソン大将の経歴や家族を否が応でも知らされる。

 そうなれば知らず知らずのうちに親密感を持たせられ、疑似的な仲間意識まで醸成し、それに取り込まれる。

 

 ドーソン大将は政治経済よりむしろお笑いや料理番組に登場した。

 

 歌も歌えばチェスもする。

 エプロンをつけてポトフを作ったりもした。

 街角に現れては評判のコロッケを買った。

 ドーソン大将が愛犬の毛並みを優しく整えていたら、蹴られて後ろにひっくり返った面白映像まで流された。

 

 大衆は簡単に騙される。全ては計略である。

 

 

 

 その危険な風潮に対抗しているのが、反戦運動の今やリーダー格になっているジェシカ・ラップである。

 民主主義堅持とクーデター一掃を掲げ、決して退かない。

 妨害に屈しない強い意志を持って大衆に訴え続けた。今こそ民主主義が試されているのだ。

 

 地道な努力が実を結び、一定の支持を集めたことに自信をもったジェシカは、次に大規模な市民集会を計画した。

 

 クーデター容認の空気が全てを被う前に、決起集会で食い止める!

 今こそ反戦の旗が倒れてないことを示すのだ。

 

 決起集会はハイネセンスタジアムをその場所に選んだ。

 クーデター側はむろんそれを問題視し、クリスチアン大佐を派遣して警戒に当たることを決めた。

 

 

 悲劇は間もなく幕を上げようとしている。

 

 

 

 

 


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