平和の使者   作:おゆ

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第六十五話 2年  3月 要塞をちょっと拝借  

 

 

 同盟軍の防衛ラインはランテマリオ星域である。

 

 ようやく帝国軍もそこに近付く。偵察すると同盟軍は迎撃のためのほぼ全軍を集結させ、迎撃態勢を整えているのがわかる。本来敵の遠征軍は領内深くに誘い込む方が有利なのだが、ここらが限界なのだろう。これ以降有人惑星が多くなる。そして同盟の政体からすると焦土作戦は取れないらしい。帝国軍としては補給の問題がないため好都合なことだ。

 

 その同盟軍の数、編成、陣形などを調べるが、ラインハルトは詳しい報告など聞くまでもなく一瞥しただけで相手の意図をすぐに看破した。

 

「なるほど、双頭の蛇か。陳腐だな。キルヒアイス」

「ラインハルト様、向こうはこちらより数が多く、提督も多いようです。順当な陣形だと言えるでしょう」

「そういう言い方もできるな。逆に言えば敵には将に将たるものが定まっていない。要するにその結果に過ぎないのだ。それは向こうの都合だけであり、こちらのことを考えたものではない。大勢でこちらを分断しつつ押し包むつもりのようだが、うまくいくものか」

 

 キルヒアイスも敵を見て、わずかに憐憫の情がわいた。ラインハルトの言う通りである。

 この陣形を見ただけで結果が見え、どうやってもこちらが勝つだろう。

 ふと伯爵令嬢のことを考えた。別の策でやってくるに違いない。そして自分の兵も敵の兵も、どちらの犠牲まで抑えようとするはずである。

 

「片付けを済ませようか。キルヒアイス」

 

 ラインハルトも同じことを考えているのだろうか。熱のない言葉であった。

 

 

 

 決戦はわずか一日で決着した。

 戦場には同盟軍艦艇の残骸がむなしく漂う。

 

 華々しい戦術も見事な奇策もなかった。数で大幅に優っていた同盟軍の双頭の蛇は、あっさりと帝国軍先鋒であるミッターマイヤーの艦隊運動にかわされ、またミュラーの防御に取り込まれてしまった。

 その上で帝国軍は反撃に出る。

 ワーレンが同盟艦隊の結節点を攻略し、その統率を無に帰す。

 そしてビッテンフェルトの黒色槍騎兵が同盟軍艦隊の中枢を撃ち抜く。

 

 これで意図した混戦に巻き込む。

 本来なら混戦になれば数が多い同盟艦隊が有利だろう。しかし、この場合はまるで逆になった。

 それぞれの提督の力量が違ったのだ。

 ビッテンフェルトはムーアやルフェーブルなどをいともあっさりと破り、余裕綽々の構えを見せている。ミッターマイヤーはビュコックとチュン・ウーに多少てこずったが負けたわけではない。ミュラーはボロディンの攻勢によく耐え、逆撃でこれを壊滅させている。他、ワーレン、アイゼナッハ、シュタインメッツもまた次々と同盟軍を破った。

 ラインハルトの各将は地力を発揮したのだ。

 

 そうなる一番の要因はラインハルトが総大将として輝きを増していたからだ。

 各将の戦闘状況を見て、同盟艦隊の中で弱い艦隊を看破し、的確な戦力移動を的確なタイミングで行った。

 艦隊戦の最後はキルヒアイスの高速別動隊が無敵の強さを見せつけ、決着をつける。

 

 同盟艦隊は指揮官の多くが斃れ、艦隊も多くを失った。

 やっとのことで壊滅は免れた。

 戦いの終盤、イゼルローン方面から長駆してきたアップルトン中将、ウランフ中将の艦隊が姿を現したからである。といってもまともに戦いに加わったのではない。そこまでする力はなく、かえって帝国軍の退路を断つ陽動を仕掛けたのだ。

 もちろんラインハルトはすぐさま陽動と見抜き、にいささかも動揺はない。だが掃討戦まではせず、補給物資に余力を残してあるうちに早めに退いた。

 

 いったんウルヴァシーに戻ったラインハルトだが、補給を充分に済ませると再び出動の準備をする。今回の外征は同盟首都星ハイネセンの攻略がその最終目標だからである。

 

 

 だが、ここで同盟側はハイネセンから情報戦を仕掛けた。

 今度は情報部の戦いだ。

 

 ビロライネン少将の案をブロンズ中将が修正し、エベンス大佐やバグダッシュ中佐が実行していく。それは同盟領全ての惑星情報、航路、補給基地の所在などについて本当の情報と偽情報を混ぜて撹乱することだ。民間企業も各惑星政府も市民も、多少の生活悪化など無視してそれへ協力を惜しまない。

 

 同盟は総力を挙げる。

 皮肉にもここに至って挙国一致が実現している。

 ジェシカも市民の混乱を一生懸命抑え、生産力の低下を防いだ。わずかなことでもこの国難への対処に協力するのだ。

 

 しかし、情報戦になればラインハルトの側にはあのオーベルシュタインがいる。オーベルシュタイン一人の前にそういった情報戦の大半は砕かれてしまう。むろん、手痛いことがなかったわけではない。帝国軍補給担当のゾンバルト少将は航路に迷い、奇襲にあって敗死した。

 

 

 二度目の大規模な会戦はやはり平凡な形で始まった。

 

 バーミリオン星域にて両軍は正面から対峙する。

 今度は同盟四万三千隻対帝国四万一千隻、ほぼ同数の艦数での戦いとなる。

 同盟艦隊は嚆矢陣を取り、逆に帝国軍は横陣をとって機動力を生かす柔軟な陣形とした。

 この戦いの華は同盟軍きっての猛将ウランフ提督とビッテンフェルトの黒色槍騎兵との戦いだ。それは語り継がれるほどの激戦を展開した。

 

 結果だけをとればまたしてもラインハルトは大勝し、同盟軍は組織的な抵抗力を失った。祖国防衛の決死の戦いも天才ラインハルトを拒むことはできなかったのだ。続くマル・アデッタでのゲリラ戦も侵攻を鈍らせるに過ぎない。

 

 

 その頃、イゼルローン要塞ではヤン・ウェンリーが焦りながらも要塞放棄のタイミングを掴みかねていた。さすがにロイエンタールは当代一流、第十三艦隊が下手に要塞を後にしたら、後背に急進されてしまう。

 ヤンは第十三艦隊だけなら追い付かれない方策も立てられるだろう。よしんば戦いになっても負けない算段くらいはある。第十三艦隊一万六千隻へロイエンタールの二万四千隻が襲いかかってきたところで、ヤンにはその自信がある。

 

 なぜならロイエンタールの艦隊の中でクナップシュタインとグリルパルツァーの指揮する部分が不協和音を発しているのを看破したのだ。

 つまりクナップシュタインとグリルパルツァーはこのイゼルローン方面に回されたのを大いに不満に感じ、武勲を立てられないのを嘆いている。ロイエンタールのような大局的な視点がないからだ。結果、焦って動きすぎる艦隊運動をすることがヤンに見られていた。

 

 ただしそれでもヤンが動けなかったのには理由がある。

 

 ロイエンタールはヤンに対し余りにも有効な手札を打っている。

 それはわざと情報を漏らしていることだ。

 

「イゼルローン要塞の民間人を捕らえれば、帝国は思想矯正のため速やかに帝国領内に移動させるだろう」

 

 本当にロイエンタールがそうするかどうかは関係ない。

 その可能性がわずかにでもあればヤンは民間人を残して出ることはできず、艦隊に全て乗せなくてはいけない。とすればそのまま艦隊戦など論外、それこそ守り切れる保証はなく、そんな危険は冒せなかった。ロイエンタールのたった一言がヤンをこれほど縛ることになってしまう。

 

 だがそこでヤン・ウェンリーは一計を思いつく。

 

「なんだ、自分でも思いつくのが遅かった。うん、それがいい」

 

 

 

 その頃、わたしは再びリッテンハイム大公国の艦隊に乗り、一応様子見をしている。もちろん戦闘に介入する気は微塵もなく、また帝国軍に疑惑も持たれないよう相当の距離を取っている。

 

 そしてイゼルローンのヤンから通信が届く。

 

「伯爵令嬢、お話し、いやお願いが」

「ヤン提督、こちらからも提案が、あ、失礼しました。済みません。お先にどうぞ」

「いえいえ、令嬢こそ、どうぞ」

 

 二人とも焦り過ぎだ。それが分かって何かおかしくなり、笑みがこぼれる。

 

「お話しはたぶん同じものだと思いますわ。違いますかしら。イゼルローン要塞を一時お借りします」

「まいったな。こちらの話も同じです。要塞をリッテンハイム大公国にお貸しします」

 

 そう、これが妙手だ。

 イゼルローン要塞を民間人ごとリッテンハイム大公国に貸す形をとれば、帝国に手出しはできない。帝国と同盟の和約は崩れても、帝国とリッテンハイム大公国との取り決めは生きている。そしてこれは帝国との取り決めにギリギリ抵触しない範囲である。これで民間人の保護が可能になり、ロイエンタールの脅しはもう意味がない。

 

 話がついたところでなぜかアッテンボローがスクリーンの前にキャゼルヌを引っ張ってきたではないか。

 

「ほら、キャゼルヌ中将。」

「アッテンボロー、お前さんがそんなにしつこいとはね」

 

 何だろう。何かの寸劇だろうか。

 

「伯爵令嬢、先日は小官が大変失礼いたしました。要塞はトイレごとお貸しします。お使い下さい」

 

 ああ、その話か、わたしは大いに笑う。

 

 

「そう、令嬢はけっこうトイレを使いますからな」

 

 え! その声は隣にいるファーレンハイトが口を挟んだものだ。いらない個人情報を。

 

「トイレは綺麗にしてお返しいたします」

 

 ルッツまで別に言わなくてもいいことを。どうせ二人とも面白がっているんだわ。

 

「充分お使い下さい。トイレの能力には余裕があります」

 

 キャゼルヌまでが下らない寸劇に乗るとは。

 しかしその直後、横から咳払いが聞こえたが、おそらくムライのものだろう。

 

 

 直ちにわたしはイゼルローン要塞に入るがもちろんロイエンタールにもそれは手出しできない。入れ替わりに第十三艦隊が要塞を出ていき、救援のためハイネセン方面へ進路をとる。

 

 ロイエンタールが第十三艦隊を追いかけにかかるが、ほんの少しはイゼルローン要塞の動向を確認する時間が必要だった。間違ってもトゥールハンマーを撃たれたらたまらないからである。

 そのわずかな遅れを取り返すことはできなかった。

 エル・ファシル、シヴァ、シャンプールと進んでも追い付けない。さすがに同盟領深くになれば航路情報の完全でない帝国艦隊はどうしても速く進めない。ここでしばしロイエンタールも考えてしまう。追いかけるのを続けるか、それともフェザーン方面のラインハルトらに合流するか。

 

 

 ところが突然ロイエンタールは迷う必要がなくなった。

 

 オーディンで変事、この急報が届いたのだ!

 オーディンにて同時多発のテロ事件が発生したらしい。その場所は行政府、無優宮、そしてアンネローゼの住む館から遠くないというのも憎らしい。これは誰にも先のアンスバッハ准将の襲撃を思い起こさせる。

 

 ロイエンタールはこの報を聞くと、直ちに同盟領から引き返した。

 最優先事項であるオーディンの治安のため戻るのだ。

 

「もしヤン・ウェンリーの艦隊に追い付こうが巨大な武勲を立てようが、皇帝の姉君に何かあれば俺などは粛清されるしかないだろうな。それだけは確実だ。それを考えたら武勲など空しいものだ。ミッターマイヤーならどう思うだろう」

 

 このタイミングでのテロ事件、誰しも同盟の関与を疑ったが、その証拠は何も出てこない。というよりどんな証拠も出てこなかった。

 事実はルビンスキーの手の者によるのだが誰も知る者はいない。せいぜいオーベルシュタインが一瞬顔をしかめただけなのだが、それはルビンスキーのまだまだ使える実力をあたら無為にしたことを示す意趣返しなのを見通したためである。

 

 

 一方、同盟ではせっかくイゼルローンを脱した第十三艦隊もまた間に合わなかった。

 ラインハルトらの艦隊は既にバーラト星系に入ってしまっていたのだ。そして首都星ハイネセン防衛の頼みの綱であるアルテミスの首飾りはキルヒアイスがゼッフル粒子を使って綺麗に無力化してしまっている。

 

 帝国軍艦隊に囲まれても同盟は簡単に降伏に応じない。

 

 帝国軍があまりに民間人に無茶をすれば、その後の統治など不可能になる。帝国軍の方でもそれはよくわかっていることで、先の同盟軍による帝国領侵攻が反面教師になる。同盟側はそこを見透かしての交渉に臨む。

 

 それにまだ同盟にも戦力がないわけではない。ヤンの第十三艦隊が残っている。他にはバーミリオンやマル・アデッタで少なくともビュコック、ボロディンの生存が確認されているのだ。

 

 交渉にはドーソン大将が粘り強く当たった。

 

 しかしハイネセンは固く包囲され、民需物資も不足してきた。帝国軍が市民を餓死させるとは考えられないが、圧迫を緩める気もないらしい。

 

 そして同盟内部で卑劣な行為をとったものがいる。

 ロックウェル少将とクリスチアン大佐は仲間を集め、ビロライネン、エベンス、ベイらの要人を襲って殺害し、何とそれらを手柄と称してラインハルトに助命を嘆願した。

 それはあまりにも愚かな行為、かつてブラウンシュバイク公がどういう運命を辿ったか考えもしていない。これらの者は自分の発想でしか物事を見ることができないのだ。もちろん恭順の手土産として行ったことがそのまま罪状になる。

 ラインハルトは先の戦いで同盟に殉じて散っていったウランフ提督らを思い出しながら、投降してきたロックウェル少将らを乾いた感情で刑に処した。

 

 ついにドーソン大将は事実上の降伏を受諾する。

 

「自由惑星同盟は銀河帝国と、軍事上の和平を条件とした協定を結ぶ。再建のため行政的な支援人員を受け入れ、帝国の保護の元で新たに出発することを宣言する」

 

 自由惑星同盟の名が消滅することを先延ばしにする、それが精一杯であり、長く続いた戦いが敗北で終わったことは明らかだった。同盟はその歴史的使命を果たし終えた。

 

 ドーソン大将はまたラインハルト側に伝えたことがある。

 

「私も含めた指導部はいかようにもすればいい。責任を免れようとは思わない。ただし同盟市民には手出し無用で願いたい」

 

 そしてドーソン大将とブロンズ中将は帝国軍に拘束されたが直ぐに軟禁というものに緩められ、やがて監視程度にされる。

「立派な男たちだ」そうラインハルトがつぶやいたからだと言われる。

 

 

 


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